AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

ふらつき感に、中殿筋部の骨盤ベルトが有効な例

2013-04-30 | 腰背痛

症例 Y.F.  81才女性 やや肥満

膝関節症、左肩関節痛、腰下肢痛、花粉症などを主訴として来院中の患者。鍼灸治療により、どれも症状は軽減しているが、前記症状の他に、ふらつき感も訴えていた。

橋本病の持病があり、医師に定期的に受診していること。症状が多数あったことなどの理由で、当院ではふらつきの原因追及をしなかった。ふらつきを、動揺性めまいと解釈すると、頸性メマイであることが多く、頸性めまいは鍼灸の適応でもあるので、項部に大した筋緊張はなかったが、定石にのっとり、座位にて天柱や風池には深刺し、後頸筋のコリを弛める処置はしていた。

他の症状が改善するにつれ、相対的にふらつきの苦痛順位が上がってきたが、天柱や風池以外に大した治療もないの‥‥、とひそかに私は悩んでいた。

この患者は当院から徒歩5分くらいの処に住んでいるのだが、自転車に乗って当院に来院していることを当院の窓から見て初めて知った。「ふらふらしているのに、危険ではないか」と問うと、「自転車に乗っていればふらつくことはない」と返事した。

そういえば、本患者は自分のふらつきを、「めまいとは違う」と何回も説明していた。私は長らく、これを動揺性めまいと考えていた。そして「広義ではめまいの中に含めます」と患者に説明していた。

このふらつきは、中殿筋筋力の低下によるものかもしれないと瞬時に思った。というのは、以前かなり肥満している老人女性が「立ち上がって歩くことができなくなった」との訴えに対し、中殿筋を覆うように、骨盤ゴムベルトを装着せしめ、歩行可能となった症例を思い出したからである(本ブログ「殿筋痛による歩行困難に対するリフォーマーベルトの適用」2012.3.24.発表)。

本例も、側臥位にして左右の中殿筋に中国針で深刺手技針して抜針の後、中殿筋を覆う骨盤ゴムベルト(商品名:リフォーマーベルト)を巻いて歩行させてみると、あまりふらつかないで歩けるということであった。

ネットで調べてみると、中殿筋筋力低下で、歩行時にふらつきが生ずるという知識は、カイロや運動療法関連のホームページに数多く載っていて、既知の事実であったことに恐れ入った。

結局、ふらつきを、動揺性めまいと早合点したことが失敗の元といえる。


腰痛に関する最近の筆者の考え

2013-04-16 | 腰背痛

何といても腰痛で来院する患者は非常に多い。針灸治療も手慣れた感じで行うことになるが、今更ではあるが新たな発見があるので、昨今の知見を総括してみたい。


1.背部一行の圧痛好発部位

第1胸椎以下の背部一行(棘突起外方3~5分外方)の圧痛を触診すると、胸椎全域と胸椎と腰椎の接合部、および腰椎と仙椎接合部に圧痛が出現することが多いことに気づく。

 

 2.胸椎間は回旋可動性、腰椎は前後屈可動性
 

椎間関節の関節刻面の傾斜により脊柱の運動方向が決定される。胸椎は左右の回旋運動(上体を後にひねる動作)が可能である反面、屈伸運動(上体の前かがみや上体反らし動作)ができないので、上体回旋運動による力学的ストレスが胸椎部の椎間関節に加わることで、椎間関節性変化を生ずるのであろう。上体の激しい回旋時、Th12胸椎は左右に動くが、その下にあるL1椎体間は動けないので、Th12/L1椎間関節は椎間関節性腰痛が起こりやすい。

同様のことは腰椎と仙椎間にもいえる。腰椎は前後屈できるが、仙骨は一つの骨となって
可動性がない。強い前屈・背屈ではL5/S1椎間関節の椎間関節症が起こりやすくなる。

 

3.背部一行にある障害を受けやすい筋

この椎間関節に加わる力学的ストレスによる障害は、そのすぐ近傍にある筋の無理な伸張を強いる。一般的に脊柱起立筋のように長大な筋は上手に力を逃すことができるのに対し、椎間関節近傍にある深部筋は、椎間関節の変化を直接受け、筋長も短いので力を逃すことが出来づらいので、筋筋膜症性変化も引き起こす。すなわち筋筋膜性腰痛を生じる。

その問題となる深部筋は、胸椎部では回旋筋、腰椎部では多裂筋である。

3.背部一行圧痛時の診断名

すなわち椎間関節性腰痛と筋筋膜性腰痛は、背部一行部にある筋においては重複した概念になる。そしてその椎間関節症は、先に示したように、胸椎全般と、Th12/L1間と、L5/S1間に起きやすい。

 

 

 




4.椎間関節直接刺について


繰り返して記すが、腰痛は、背部一行の圧痛のある触知をもって、椎間関節性腰椎であると判断することはできない。筋の問題にしても椎間関節の問題にせよ、脊髄神経後枝内側枝の鎮痛を図るという意図からは、背部一行刺針は有効なことが多い。


では捻挫時に局所の関節に直接刺針すると、よく効くのと同じように、椎間関節症に対して棘突起から外方2㎝ほどの部を刺入点として、筋中を貫き、椎間関節の骨にぶつかるまで深刺する方法も考案されている。ドーンという針響が得られるとのことだが、あまりに強刺激なので、筆者は試みる気が起きない。

 


5.背部三行刺針

1)腰方形筋、腰仙筋膜深葉の痛み

背部三行とは、起立筋外縁と腰方形筋のつくる筋溝をいう造語である。筋筋膜性腰痛として腰仙筋膜深葉、それに腰方形筋性やなどの深部の腰痛で、この背部三行の刺針目標となる。穴としては胃倉、外志室、外大腸兪あたりになる。3寸ないし2.5寸の5~7番針程度が必要である。

起立筋は、体幹を下るにつれ、先細りになるのに対し、第12肋骨と腸骨稜間にある腰方形筋は逆に、体幹を下るにつれ広がっている。ゆえに下部腰椎部では起立筋の外方に腰方形筋がはみ出てきている。腰方形筋緊張による腰痛は、上後腸骨稜の外方で、腸骨稜上縁に沿うような痛みも出現しやすい。これは筋の骨付着部症としての脆弱性があるためだろう。立位上体前屈位にせしめ、腸骨稜縁の圧痛点に刺針。上体の屈伸運動を行わせると効果的である。


2)大腰筋性腰痛

大腰筋性腰痛が注目され出したのは最近である。何らかの原因で腸腰筋の持続的収縮が起こると中腰姿勢状態になり、上体を伸展させる際に、ひどく痛む。中腰姿勢の持続は、バランスをとるために腰背部筋の緊張を惹起するようになり、背部筋の筋筋膜性腰痛も合併するようになる。

大腰筋の伸張持続が極端な場合、このままでは筋が断裂すると筋・腱紡錘中の受容器が判断し、反射的に脱力(腰くだけ状態。立つことができない)になるとする説がある。治療は、側腹位、3寸#5~10の針を用い、ヤコビー線の高さで、起立筋外縁(痩せた者では横突起の直前)を刺入点とし、椎体側面方向に7~8㎝刺入。針先が患部へ響くと、ズーンと重く響くような感覚が腰全体に広がる。腰が抜け、立つこともできない者は、大腰筋の脱力を意味している。この状況から本来の筋トーヌスまで回復するには、1時間程度の置針が必要である。