AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

ドライアイの針灸治療

2011-04-18 | 眼科症状

1.涙の産生と排出 
涙は主に主涙腺で作られて、瞬きによって目の表面に運ばれる。また、瞬きによって鼻側ある上下二つの涙点から排出される。通常では涙の10%が眼の表面から蒸発する。

2.涙液膜の三層構造
1)外側:薄い油膜のような「油層」
睫毛の生え際にあるマイボーム腺より分泌。瞬きで上下の瞼がくっついて離れる時に涙の表面に油膜をはる。涙の水分蒸発防止の役割。
2)中間:栄養分と水分をたくさん含んだ「水層」
涙の主成分。主涙腺で産生され、瞬きによって眼の表面に運ばれる。 瞬きには、角膜(三叉神経第1枝支配)を刺激し、涙腺からの涙の分泌を促す作用もある。汚れた涙を涙点(目頭にある涙の排出口)へ運ぶのも、またたきの働きである
3)表面:タンパク質でできた粘りのある「ムチン層」
結膜にあるゴブレット細胞から主に分泌。水層を眼の表面にとどまらせる接着剤のような役割。
目やにの主成分は、ムチンである。

3.ドライアイの原因
眼精疲労を訴える者の6割はドライアイである。ドライアイはその原因によって大きく二つのタイプに分けられる。
1)涙液蒸散型
涙の蒸発量が増える。軽度のドライアイに多い。マイボーム腺の分泌量低下であり、涙分泌量は正常。分泌減少する者は高齢者に多い。マイボーム腺が分泌減少する原因は、油の性状が変化して固まりやすくなり、ときには腺が詰まることもある。
この改善の目的で行う眼瞼マッサージは、油が固まっていると効果がない。固まった油を溶かすには、40℃程度のおしぼり(または遠赤外線。赤外線ではまぶしすぎる。マイクロウェーブは禁忌)で、眼瞼を5分間以上温める方法がある。

2)涙液減少型
シェーグレン症候群(皮膚、粘膜、眼の乾燥症候群)が代表。シェーグレン症候群は膠原病の一種で、免疫異常が原因。涙腺と唾液線を自分の体の免疫が攻撃して腺組織が破壊。涙腺分泌減少すると、目のかさつきや乾燥性角膜炎が起こり、唾液分泌減少すると口腔乾燥による齲歯等が起こる。その他に、気管支腺分泌低下で気管支炎、膣液分泌低下で性交障害が起こることもある。40~60歳女性に多い。治療法はなく対症療法として人工涙液や人工唾液を使用。基本的には鍼灸不適応であろう。 4.ドライアイの症状
「眼が乾く」と感じる人は意外に少なく、はじめは、なんとなく目の違和感、目の疲労感として自覚症状が出現する。めやに、流涙、ゴロゴロ感、乾燥感、かゆみ、視界がかすむ、重たい感じ、まぶしい感じ、不快感、充血なども出る。

5.ドライアイの針灸治療
瞬き数は交感神経緊張で減少することが知られている。またたき回数は、読書では通常の1/2に、車の運転やパソコン操作では、通常の1/4にまで減少する。
このような交感神経緊張性涙液抑制が針灸適応になる。

治療は三叉神経涙腺枝への働きかけを行う目的で上眼窩内刺、涙点刺激目的で睛明刺を行う。本治的には、交感神経緊張状態の是正すなわちストレス改善目的で天柱や百会に置針する。
ドライアイは眼精疲労の原因にもなるので、眼精疲労と同様の針灸を考える。眼精疲労の代表穴は、天柱、百会、太陽である。太陽は側頭筋刺激として、緊張性頭痛の治療としても用いることが多い。


掌蹠膿疱症の局所刺絡治療

2011-04-12 | 皮膚科症状

掌蹠膿疱症の患者2名の針灸治療を行い、好結果を得たので報告する。


1.症例
頸痛を主訴として40才台女性患者が来院した。両手掌一面に、水虫のような鱗屑が十カ所にできていた。医師から掌蹠膿疱症だといわれている。痒みはない。足底にも同様の症状があったが手掌ほどではない。

実をいうと私は不勉強でこの時まで、この疾患を知らなかった。早急にネットで調べると、「原因不明だが免疫系に問題があり、感染性ではない」という内容だったので、とりあえず安心して施術することにした。

掌蹠膿疱症は、皮膚病であり、手掌や足底に圧痛硬結はみらないので、刺絡を思いついた。アトピー性皮膚炎に対して、局所の刺絡が効果的な場合があるので、本症にも両手掌からそれぞれ十カ所程度刺絡し、紙絆創膏で止血した。

1週間後再診、水虫様のカヒは半減していたので、同様の処置を実施。さらに1週間後来院し、2診目のさらに半分程度となった。しかし以降は来院休止となった。

後日、治療中止した理由を聞く機会があった。患者自身、掌蹠膿疱症に刺絡は非常に効果あることは認めるが、手掌からの刺絡は痛いので、治療されるのが恐怖だったと語った。
あれから約1年後、別人の掌蹠膿疱症患者が来院した。迷わず手掌刺絡を実施した。本例も手掌皮膚は非常に改善したのだが、痛すぎるという理由で治療3回で頓挫してしまった。
手掌部の刺絡は有効だが、痛いのが欠点である。刺絡ではなく、ジャンボローラーのような刺激ではどうなるか、工夫する余地はあるかと思う。 

2.掌蹠膿疱症とは
1)掌蹠膿疱症は手掌、足底を中心に発生する膿疱様の発疹を主徴とする疾患である。

2)皮膚所見:手掌、足底を中心に粟粒大から米粒大の無菌性の膿疱様の発疹が多発。この周囲にIgAの免疫グロブリンが沈着してる。発疹は手背、足縁、足背、四肢、体にも発生するが、乾癬様になるため、しばしば尋常性乾癬と誤診される。

3)本症の10%:胸鎖関節、胸骨と肋骨との間の関節を中心に激しい関節痛(IgAの骨関節部沈着による)
経過:増悪と寛解を繰り返しながら、次第に悪化する。痛みのために身動きができなくなったり、睡眠不足にもなる。

4)ビオチン 
これまで掌蹠膿疱症は、よく分からない疾患の一つだった。なお不明な面はあるが、免疫内科医前橋賢により、ビオチン(ビタミンB7)欠乏症が原因であり、ビオチン欠乏となる原因は、腸内細菌の悪玉菌優位にあるとの研究報告が提示された。悪玉菌優位になる原因には、抗生物質の長期投与、不良な食生活、長期の下痢、ヨーグルト過剰摂取(ビフィズス菌はビオチンを破壊する)などがある。
治療は、ビオチン内服+痒みがとれるまで希釈ステロイド外用薬となる。

5)異種タンパク
食物中のタンパク質がアミノ酸にまで分解される手前の状態が異種タンパクである(まれに歯科金属性の詰め物が唾液と反応してイオン化し、それが表皮や粘膜のタンパク質と結合して異種タンパクとして作用することもある)。とくに肉や卵に含まれるタンパク質は、分解されにくく、その形状を維持したまま腸管に到達し、これが腸内の悪玉細菌の好物となって、悪玉菌が繁殖する。さらに悪玉菌は腸内粘膜を損傷させ、その損傷した腸管粘膜から異種タンパクは内部に侵入しようとする。身体側はこれを異物と判断して、IgE抗体やIgA抗体を多量につくって阻止しようとする。この抗体が悪さをする。 

6)ストレス
ストレスがあれば免疫力低下するので、ストレス対策は種々の疾患治療に有効となる。脊柱や骨盤の左右差を整えたり、項背部の筋緊張を緩めることは、一定の意義はあるかと思うが、これは非特異的作用であり、メイン治療法とはならないであろう。

3.皮膚病と刺絡治療について
皮膚病については分からないことが非常に多く、それ以上に皮膚病の鍼灸というのも分からないことが多い。各所で様々な鍼灸治療が行われているが、治療自体に統一性は見いだせず。どの治療法であっても効く場合と効かない場合があるからである。

こうした状況であっても、皮膚疾患に対しての刺絡は、ある程度の有効性が見込めるもと考えている。刺絡には、血行改善のほかに毒素排出の意味がある。アトピー性皮膚炎に対して刺絡治療が行われており、これも効くことも効かないこともあるようだ。この場合、毒素とは蔡篤俊医師によれば、異種タンパクだということで、湿吸治療には、異種タンパクを排泄する作用があるという。

アトピー性皮膚炎が抗体産生過剰+皮膚セラミド異常という2つの問題をかけえるのに対し、掌蹠膿疱症は症状部位も限定され、抗体産生過剰のみ問題と捉えられる。これはアトピーに比べ、治療しやすいのではないだろうか。 

筆者の行った治療は、手掌への刺絡を数回のみであり、1回治療でも効果がみられた。出血量も少なかったので、異種タンパク排泄作用はあまりないと思えるが‥‥。掌蹠膿疱症は、アトピー性皮膚炎以上に刺絡が有効なことを経験する。


陰部神経刺針の適応について

2011-04-05 | 経穴の意味

陰部神経刺針は、「シモ」の穴の症状に用いられるが、内科・泌尿器科・婦人科・整形外科などの縦割り科目分類では、全体像を把握しづらい面があるので整理を試みた。

 

陰部神経(S2~S4)は、体性神経で運動成分と知覚成分に分けられる。運動成分については排尿排便運動になるが、骨盤神経(副交感)や下腹神経(交感)の要素がからみ、また重篤な器質的疾患の結果として排便排尿の障害が生じている場合が多いので、一般に針灸で改善させることは難しい。しかし痛みに関しては、針灸にはさまざまな適応があると思われる。

1.陰部神経の運動作用  
骨盤神経は排便・排尿に促進的に働く。下腹神経は排便・排尿に抑制的に働く。
陰部神経は、肛門挙筋と外肛門括約筋の運動を支配している。陰部神経は、畜便・畜尿時に漏れを防ぐ役割と、排便・排尿時に意志により、大小便排出を我慢する役割がある。陰部神経の運動作用はなくとも生存には困らないが、社会生活を営めなくなる。

1)畜尿・畜便運動
①畜尿時、無意識的に外尿道括約筋を閉じることで、尿失禁を防ぐ。
②畜便時:無意識的に外肛門括約筋を閉じることで、便失禁を防ぐ。
 ※排尿排便の我慢は、外尿道括約筋や外肛門括約筋の強度収縮により可能となる。

2)排尿・排便運動
①意志により外尿道括約筋を緩めることで、排尿できる状態になる。
※陰部神経が異常興奮すると外尿道括約筋が過緊張し排尿障害になる。逆に陰部神経が出産などの際に障害を受けると、筋の収縮性が低下して尿失禁を生ずる。
②意志により外肛門括約筋を緩めることで、排便できる状態になる。
③肛門挙筋は、便を排出するとき、肛門が下方に押し出されるのを制止する役割がある。

2.陰部神経の知覚興奮と針灸治療

※陰部神経刺針の方法については、筆者の過去ブログの腰下肢症状のカテゴリー中の<馬尾性脊柱管狭窄症に対する陰部神経ブロック刺針>で記述済み。

1)膀胱炎・尿道炎での痛み
陰茎背神経の興奮による。
※前立腺、直腸の知覚は、副交感性である骨盤神経支配。慢性前立腺炎(肛門奥の不快感)に針灸を試みたが無効だった経験がある。
※陰部神経は、肛門の知覚や運動を支配する会陰神経が分かれるので、中極や関元からの刺針は、肛門に針響を与えることも原理的にはできるはずだが、実際にはペニスに響いてしまうことが多い。下腹部に刺針して肛門に響かせることが、便秘治療の秘訣だと記している文献が多いのであるが・・・。

2)ED
陰茎背神経は、ペニス全体を知覚支配している。中極・大赫:陰部神経の終枝である陰茎背神経を刺激できる部位であり、ペニス先端まで響かせる方法がよいとされる。 

3)痔痛
肛門裂創での痛みや外痔核での痛みの直接原因は、陰部神経の分枝である会陰神経の興奮による。
肛門裂創や外痔核に対しては陰部神経刺針が効果ある場合が多い。内痔核に対しては陰部神経刺針を行うことで外肛門括約筋の血流をよくすることで静脈鬱血状態を改善するのではないだろうか。筆者の痔の針灸治療は、2.5寸#8相当中国針を使い、会陽穴から直刺深刺を行うことが多い。
これは陰部神経直接刺激ではいが、肛門部諸筋の緊張緩和および血行改善作用だろう。患者は刺針中、肛門の温感と緩む感じを実感する者が多い。

4)肛門挙筋由来の痛み
立ち座りの時、尾骨~骨盤底に感じる強い痛み。肛門挙筋の過剰収縮、肥厚によるという。尾骨外縁に圧痛が出現する。筆者は、その圧痛点に2寸#4程度の鍼で深刺すると良好になった治験を数例もっている。

5)分娩第2期の痛み
分娩第2期(娩出期)は、膣道や会陰が、胎児により伸展されて痛む。これは体性神経である陰部神経の興奮による。昔、筆者は家内の初分娩に立ち合い、出産直前の陣痛緩和目的で、家内の痛いという場所(仙骨部)を強く指圧すると、いくらか痛みは軽減した。陣痛とは周期的に訪れる激痛であるが、波のピークには同じような場所が再び痛むというので、そのたびに押圧を繰り返した。これは対症療法として一定の効果があったと思っている。
※分娩第1期(開口期)は、子宮上部の平滑筋の強い収縮による痛みであり、交感神経性の下腹神経(Th10~L1)が痛みを伝達する。子宮口が開口する時、陰部神経を受けるので、陰部神経の興奮の要素もある。
※下腹神経:Th10~L1レベルから出て骨盤内臓器を支配する交感神経。

6)馬尾性間欠性跛行症的症状 
坐骨神経は梨状筋下孔から骨盤外に現れる。梨状筋下孔からは陰部神経も出るが、小坐骨孔から再び骨盤内に戻るように走行している。

陰部神経障害が膀胱直腸障害をもたらすことがあるのは上述の通りである。陰部神経障害をもたらす原因として脊柱管狭窄症が知られているが、梨状筋の緊張が陰部神経絞扼状態を惹起していることが考えられる。

間欠性跛行といえば馬尾性脊柱管狭窄症と下肢閉塞性動脈硬化症が2大疾患となるが、梨状筋緊張による陰部神経絞扼でも間欠性跛行は生じるのではなかろうか。脊柱管狭窄症という器質的疾患が針灸で改善するとは思えないのである。

しかし間欠性跛行症状を訴えて針灸に来院する者のうち、陰部神経刺針を行うことで、5割程度は効果があるという印象がある。そして針灸が効果ある者は、比較的軽症の間欠性跛行が多い。梨状筋緊張性による間欠性跛行(そして膀胱直腸障害)であれば、梨状筋 刺針や梨状筋起始部刺針(≒陰部神経刺針点)が有効となるのではかろうか。

3.仙骨神経障害症候群(高野正博)
1)高野正博医師は、直腸肛門痛、括約不全、排便障害、腹部症状は互いに合併しやすいことを指摘し、これら四症状と仙骨神経障害をもととする症候群を、仙骨神経障害症候群と名づけた。この症候群の患者では、仙骨の左右で陰部神経に沿って圧痛を伴う硬結があることがわかった。陰部神経ブロックを行ってみると、65%の患者で疼痛消失をみた。この結果、上記症状は陰部神経由来の疼痛であることが推測できたとしている。

2)便失禁患者においても、陰部神経に沿って圧痛を伴う硬結を触れることが多く、逆に陰部神経痛患者に肛門括約筋不全を伴うことが多かった。  

3)過敏性腸症候群(IBS)
IBSの精神ストレスが結腸運動に悪影響をもたらした結果であるとされる。しかし陰部神経痛患者が訴えるIBSは、中枢のストレスではなく仙骨神経障害症候群としての直腸性排便障害があるため、口側の結腸が便を出そうとして痙攣状態になりIBS様症状を呈している例がある。この例も陰部神経に沿って圧痛を伴う硬結を触れ、骨盤痛を伴うことが多い。
文献:高野正博:会陰痛を主訴とする仙骨神経障害の病態の解明に向けて-仙骨神経障害症候群-;日本腰痛学会雑誌、第11巻・第1号