AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

運動針とは

2014-06-09 | やや特殊な針灸技術

筆者が運動針を行ったのは、針灸臨床を始めて2~3年経った頃だが、人に教わった記憶がない。雑誌記事で知ったのだろう。ツボに刺針して、置針や雀啄などいろいろやってみても、それ以上の改善が得られない、「てこずっている患者」に、運動針を行ってみると、これまで経験しなかったような効果が得られたことがきっかけで、今日まで数十年間使い続けている。 
 
ところで運動針を行う鍼灸師は少なくないだろうが、やり方が人によって、微妙に異なるようだ。人から人へと伝わるうちに少しづつ内容が変化してきたと思った。運動針オリジナルは誰が考案し、どのように紹介されているのか、まずはそこから調べ、私の行っている運動針と比較してみたい。 

1.遠藤唯男氏の運動針法開発  

医道の日本誌バックナンバーから「運動針法」に関する記事を調べてみた。すると1975年6月号の遠藤唯男氏による「運動針療法について 針刺激のドーゼ決定の苦心」が発端らしい。その関連記事として同年9月号「運動針法による臨床例2」と、同年11月号「運動針療法における問題点」がある。これらの内容をQ&Aで整理してみる。下記でA(Answer)は遠藤氏の文章から要約。  

Q1: 運動針に使う針の長さ・番程・材質は?
A1:銀針寸3#1を使用。

Q2:運動針法の適用と目的は?
A2:一般的には動作時に生ずる疼痛部位の鎮痛である。特殊ケースでは呼吸運動で上下する腹部の痛みの鎮痛。遠藤は、これを呼吸運動針と名付けた。 

Q3:刺針深度は?
A3:刺入深度は、皮下組織内と筋肉内いずれでもよい。響きを十分得る深さまで刺入する。ただし筋肉に深く刺入することは、折針の危険性と、運動針自体の運動が制限されるので不可。(当初は刺針深度は皮下組織内としたが、針灸学生を指導してみると、未熟なため、筋層に至る刺入の禁止は遵守できなかったが、それでも大問題は起こらなかった)

※皮膚表面から順に、皮膚(表皮→真皮)→皮下組織→筋層となる。皮膚の厚みは0.4~1.5
㎜なので、切皮した時点で、針先は皮下組織中に入っている。皮下組織の厚みは、部位によっても、肥満度によてもさまざま。

Q4:刺針部位と運動させる部位の関係は?
A4:留針したまま、自動運動を行わせる関節は、筋肉内刺針でも曲がったりしないよう、刺針部の筋が直接関与しなくても動かせる関節であり、しかもその運動によって刺針部に響きを起こすことのできる関節とする。
自動運動させる関節は、疼痛局所ではなく、一つ末梢側である。以下に具体例を載せる。少々おかしな点もあるが、原文通りである。
 例)三角筋部の留針 →肘関節の屈伸運動
   腰部の留針 →  股関節屈伸運動  
   臀部の留鍼 → 膝関関節屈伸運動 
   大腿部の留針 → 膝関節屈伸運動 
   大腿二頭筋 → 足関節運動
   下腿部刺針 → 足関節運動 
                                       
Q5:留針時間は?
A5:刺入しただけで響いた場合、そのまま留針。響かない時は、軽く針を動かして響きを感じさせる。次に留針したまま、患部近くの関節の自動運動を行わせる。こうすると運動開始時は響きがかなり強く感じることもあるが、運動継続とともに次第に響きは弱まり、運動も軽くできるようになってくる。まったく響かなくなった時点で運動を止め抜針する。なお運動針開始時は、狭い範囲でゆっくりと動かし、次第に広い範囲で速く動かすべきであろう。
 どの程度の振幅の自動運動を行うかは患者自身の判断による。どのくらいの時間、自動運動を行うかも、患者の判断によるので、ドーゼオーバーは起こらない。遠藤が実際の臨床で行った運動針時間は、一カ所につき、数秒~数十秒で、ときに3分を超えることもあった。健常者に運動針を行うと、30秒前後それ以下で針響が消失するので、運動針持続時間が30傍前後に短縮した時点をもって、治癒の判定をして差し支えないと考えられる。


2.遠藤唯男氏の意見に対する感想と、私の行っている運動針

1)両者の手法の相違点
遠藤氏は1975年当時だが銀針寸3#1という、極めて細く軟らかい針を使っていた。これでは深く刺すには時間を要するし、深刺では折針事故の心配があっただろう。現在は刺しやすく折れにくいという特性をもったステンレス針が主流であって、私はステンレス針の寸6#2~#8ステンレス針を常用している。症状部筋を伸張すような体位、または痛みを発現するような体位をとり、その圧痛点に刺入。針の深さは筋層内までとする。
このように書くと、危険な運動針だする見解もあるだろうが、痛みの出ない範囲で行うので、関節運動範囲は小さなものになる。例えば、肘痛であれば、手関節屈伸運動を行うが、自動運動のやり方を示す意味もあって、最初は治療者が患者の手をもって、小さくゆっくりと手の上下運動を行う。要領を得たら、患者自身による運動を行わせる。その時、「痛みが出ない範囲で動かすように」という指示を出すことが重要である。痛いのに無理に動かすと、針が鋭角に曲がるので要注意。運動回数は5~10回程度と比較的短いのも、遠藤氏と異なる点である。刺入した針が深いほど、使用した針の番程が大きいほど、無理なく自動運動できる範囲は狭くなる。たいして動かしていないのに、関節運動に痛むようならば、針を引っぱって、浅刺状態にすると、運動可能範囲は広くなる。
 よく運動針は非常に強刺激になるとする意見もあるが、それは間違ってると思う。運動量は患者自身が決定するから、過不足ない刺激量となると考えている。これまで数千回は運動針を行ってきたが、刺激量という点で失敗したことはない。
 遠藤氏は、「留針して自動運動を行わせる際は、皮膚の移動や弱い筋運動のために針が倒れてしまわないよう、必ず押手で針を支えていることとする」としているが、私の方法は刺針深度が深めのためか、針を押手で支える必要はない。

2)直接運動針と間接運動針
私は運動針を直接法と間接法とに区分している。動作時に生ずる痛む筋浅層まで刺針した状態で、該当筋を伸縮させる目的で自動運動を指示するのが運動針直説法であり、最も普通に使うものである。一方、腰痛で腰腿点に刺針した状態で、腰部の自動運動を行わせたり、五十肩で条山穴に刺針した状態で、上腕の自動運動を行わせるのが間接運動針である。間接運動針は折針事故は起こらないが、治療効果はやってみなければ分からないというのが本当の処である。 

3.運動針のバリエーション

1)呼吸運動針
遠藤唯男氏が運動針を思いついた契機となったのは、上腹激痛患者に対する上腹部留針の経験たった。刺針すると非常に強い響きが得られたが、次第に針響は弱くなるともに、上腹部痛も軽減した。その時、呼吸運動により腹部が上下したが、刺針して間もなくは深い呼吸をすると痛むので浅い呼吸をしたが、痛みが軽くなるにつれて、呼吸は深くなり、したがって腹の上下運動も大きく(=正常に)なったということだった。留針した状態で、施術者が手技を加えなくても、呼吸運動によって手技針効果が得られ、しかもその適正刺激量は患者自身が導き出すという点で興味深い。要するに運動針は、呼吸運動針がむしろ原法となっている。

2)阻力針 
わが国に阻力針が報告されたのは、史宇広著「阻力針法」中医臨床大9巻4号、1988年であった。内容要約を以下に示す。

①患者に一連の運動をさせて、一番疼痛の激しい動作を定め、最も痛みの強い姿勢を維持しながら、さらに一番の痛点を探す。 

②ここに刺針して、手法を行うと同時に、患者に適切な運動をさせる。この時、行う刺手技は、浅刺高頻度振顫(せん)法である。皮下まで刺針し、振顫頻度は毎分200回以上。深層部損傷は刺針を少々深めにする。ただし静止時に深刺して損傷部位に達する必要がある。針を皮下まで引き上げた後、再び適切な運動をさせ、運動時に 高頻度振顫法を施す。すなわ深層部損傷では提挿法と浅刺高頻度振顫法を合わせた手法を行い、これを何回か繰り返す。どのような手技を行うにしても、短時間のうちに強めの刺激量を与え、置針はしない。(以上、引用終了)
  
要する運動針をさせる際、留針している針に手技を加えるという特徴がある。私は阻力針も追試してみたが、定められた独特の手技を行うのが面倒であること、通常の運動針との効果の違いが分からないことから、現在は行っていない。