AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

冷え性に対する針灸治療 ver.3.3

2017-02-24 | 末梢循環器症状

1.冷え性の鑑別診断

冷え性は疾病というより、その人の体質である場合が多い。ゆえに冷え症とはいわず冷え性とよぶのが妥当である。他の疾患と同様、まずは器質的疾患の鑑別を行う。

朝の寝覚めがつらい→低血圧症
動悸、いきぎれがある→貧血
婦人科手術後、発汗過多、のぼせ、50才前後の女性→更年期障害
徐脈、肥満傾向、色黒→甲状腺機能低下症
レイノー→膠原病(RAとRF以外)、慢性動脈閉塞症

以上のどれにも該当しなければ、機能性の冷え性を考える。貧血は鉄欠乏性貧血のことが多く、鉄剤の投与が必要になる場合が多く、甲状腺機能低下症では甲状腺ホルモン剤を使用する。甲状腺機能低下症は、易疲労を主訴とするので、針灸に来院することが多いが、標準検査のルーチン外になるので診断がついていないことも多い。

低血圧症については、その上位疾患に自律神経失調症があげられる。自律神経失調症の多彩な症状所見の一つに低血圧があるとするのが妥当であろう。低血圧を治すのではなく、自律神経失調症の治療が大切になる。

更年期障害については別項でも述べる予定だが、女性ホルモン分泌不足を契機として生じた自律神経失調症とみなされるので、基本的には自律神経失調症の治療が必要になる。

レイノーは一次性のものは稀で、大部分は二次性である。二次性の原疾患として最も多いのが膠原病(慢性関節リウマチとリウマチ熱以外)と慢性動脈閉塞症(閉塞性動脈硬化症、バージャー病)がある。


2.機能的冷え性の病態生理 

1)熱の産生不足

体幹部核心温度低下しそうになたら、身体の産生熱量を増加させようとする機序が働く。熱源は内臓(とくに肝臓熱)と骨格筋(ふるえ熱)であり、これらの代謝亢進のために、甲状腺刺激ホルモンや副腎髄質のカテコルアミン分泌が増加する。


※アドレナリン:恐怖に関係。心拍促進と血糖上昇作用
ノルアドレナリン:激怒に関係。末梢血管収縮作用→→冷え
※格言:怒りで顔が赤くなる人(アドレナリン分泌過多=おびえている人)はあまり怖くないが、青くなる人(ノルアドレナリン分泌過多=怒っている人)は怖いという。


2)四肢の組織と血流

体幹核心部で発生した熱は、動脈血流によって四肢末梢に運ばれる。四肢の基本構造は、皮膚表面から順に、表皮→真皮→皮下組織になっている。皮下組織は断熱材としての機能をもつ皮下脂肪がある。真皮は、動静脈の血流豊かなところなので、温かい動脈血流で保温されている。表皮には血流はない。なお真皮と表皮を合わせても2㎜程度の厚みしかない。


3)寒冷時と酷暑時の四肢血流の違い

冬の寒い時、真皮の血流は少なくなり、皮下組織のもつ断熱作用が身を守る。夏の暑い時、真皮の血流量は増し、手足表面温度を温めることで、熱を外部に逃がす。一般に小動脈は毛細血管を介して小静脈に変化する。毛細血管を経由する意味は、ガスや栄養交換のためである。しかし他に熱を緊急に逃がす装置として動静脈吻合(AVA)がある。これは小動脈→小静脈と血流をショートカットする役割がある。毛細血管は皮下0.2㎜程度の深さにあるのに対し、AVAは皮下1㎜の深さにある。

 



4)脳が「寒い」と感じる際の首にあるセンサー

※NHK<ためしてガッテン>「つらーい冷えが消え、手足を温めるスイッチがあった!」2002年12月4日放送より

AVAの開閉を決めるのは交感神経で、それは視床下部に支配されている。脳が「寒い」と判断すれば、末梢血流量を減らして末梢からの放熱を防ぐ。その結果、手足が冷える。脳が「寒い」と判断するのは、首が感じる気温に関係するらしい。したがって首をマフラーなどで覆って外気温から遮断すれば、「寒い」 と感じず、したがって四肢に送る血流量を減らすことなく、真皮に行く動脈血流量も減ることはない。その結果、手足が冷たく感じなくなる。就寝時にマフラーは使いづらいので、ネックウオーマー(100均でも買える)を使うとよい。

 

3.冷え症の針灸治療

冷え症の3大原因は、①熱が逃げる(放熱)、②熱の製造力不足、③熱が回らない、である。衣類による防寒は①の対策である。治療としては②と③を考える。
   
①に熱の製造不足についてであるが、針灸治療で基礎代謝上昇ホルモンに直接働きかけることは困難である。したがって最も原始的であるが、「身体を温める」ことを考える。

   
立位や座位状態にある患者を、十数分間仰臥位を保持させるだけで、生理学的には身体は副交感神経優位になり、結果として足の温かくなる計算であるから、冷え症の治療は仰臥で行うのが前提となる。 


1)腰仙部の長時間温補(筆者の方法)


治療室内は適温に保つ。伏臥位にて腰仙部を露出させ、赤外線(または遠赤外線)照射を実施する。照射部以外は頭部を除き、バスタオルで覆う。深部までの加熱を行うため照射時間は温和な加熱で20分またはそれ以上必要である(ローストビーフを上手に焼くには、火を肉の芯まで通さねばならない。それには長時間の弱火が必要である。短時間の強火では肉の表面が焦げるだけ)。  

   
この時重要なのは、足は直接温めないということである。腰仙を温めることにより、足部皮膚温を上昇させねばならない。言い換えるならば、足部皮膚温が正常になるまで、腰仙を温め続けるべきである。 

   
赤外線照射の代わりとして、灸頭針や箱灸の使用は、20分間の温熱治療という考慮すると実施困難であろう。温めたコンニャクを使うという手もある。このアイデアは良いと思うが、コンニャクを置いた部には置針ができなくなるので、針灸師の行う方法としては考えものである。自宅療法としては推奨できる。
コンニャクを丸ごとを熱湯で10分ほどゆでる。→コンニャクを取り出しタオルにくるむ(熱い場合は2~3枚くらい)、→伏臥位にさせた患者の仙骨部に置き20~30分間程度温めるというもの。一日何回やってもよい。最初は熱いが、コンニャクの温度も次第に下がるので、尻がホカホカになる。使っているコンニャクは水分が少しずつ失われるので次第に小さくなるが、10回程度は繰り返し使える。
  

2)腰仙部の多壮灸(郡山七二「現代針灸治法録」)


冷え症には、腰仙骨部の経穴を数カ所(たとえば、大腸兪や次髎)選び、多壮灸する。他の治療を行う暇があるならば、壮数を増やすことを考える。

  


3)就寝時に感ずる足冷の自己対策

筆者は普段は足底をあまり感じないが、寒い冬に布団に入ると足が非常に冷たく、しかもなかなか温まらないのでどうしたものかと思っていた。アンカや電気毛布を使わず、なんとかしようと考えてみた。裸足になり半ズボンのパジャマを着る。片足のつま先を、もう一方の足の膝裏に置き、膝を屈曲して冷たい足を挟み込む。するとジンワリと足先に気持ちよい熱が伝わってくるのを感じる。30~60秒したら、左右の足を入れ替えて同様の処置を行う。片足あたり2~3回繰り返すと足が温まる。  

 

4)皮膚温低下のみられない足冷

足冷を訴える者の足部を触ると、多くの場合に皮膚温の低下していることがわかる。しかし少数ながら、皮膚温の低下がなくても足冷を訴える者がいる。この理解として、前者は末梢血流障害だとすれば、後者は冷えに対する知覚過敏だと考える者もいるが、その後の考察が続かない。代田文彦先生は「どうして両者の治療を変えればならないのか」と我々針灸師に質問したことがあるが、誰も返事できなかったことを、ふと想い出した。

足冷が生ずるのは、核心温度を守るという合目的性からである。もし足冷がないのであれば足部皮膚から熱が盛んに逃げている訳なので、体温も下がるようなら核心温度が失われてい危険な状態であって、足冷者よりも深刻な状況だといえる。治療法は、皮膚温のみられる足冷者と同じに行う。

4.足の火照りの病態生理と対処法

足冷の時、動静脈吻合を開かせて大量の血液を末梢に環流することが必要で、その対策として首の保温が重要であるらしい。そうであるならば、足の火照る人は、後頸部をアイスノンなどで冷やして布団に入るとよいのではないだろうか。

そうすると、「暑い」とは感じにくくなるので、手足の動静脈吻合をあまり開かなくなる。すなわち手足の末梢血流は増大しないので、手足の温度上昇は起こりにくくなるだろう。足が火照るからといって、足を水に濡らしたりすると、やった直後は快適だが、余計に足が火照るようになるので逆効果である。


兎眼・長掌筋・メラトニン・心肺停止等のトリビア

2017-02-16 | 雑件

兎眼
 
眼が大きく開き、眼瞼が閉じない状態を兎眼とよぶ。顔面麻痺の所見。ではウサギは目を閉じないのだろうか。といえばそんなことはない。ウサギの上瞼は2枚あって、外側のは普通の瞼だが、内側の瞼が瞬膜とよばれる薄い膜である。外敵に対する威嚇を目的に、閉じていても開眼しているように見える。本当に安全だと思えば外側の瞼まで閉眼して眠る。ヒトでも内眼角部附近の白目部分(強膜)にピンク色の部分がある。これは瞬膜のなごりである。



長掌筋


長掌筋は、手関節を屈曲する時、浮き出てくる腱として有名である。その機能は、手掌腱膜を緊張させることで、猿などが木登りや木の枝にぶら下がる際に使われた。ネコが爪をしまう時にも使う。しかし今日ヒトはその機能は退化したので、長掌筋は無用のものとなった。



メラトニン

 
動物の進化をたどると、額の位置に「第3の眼」とよばれるものが存在した。これはカメレオンのように周囲の色や光を感知し、自らの体色を周囲に同調させるという保護色としての役割があった。メラトニン分泌により、皮膚に分布するメラニン細胞を収縮させることで変色させる。今日では、「第3の眼」は、大脳が巨大化した結果 脳深部の松果体に変化している。

松果体から分泌されるメラトニン量は昼間は低く、夜は高い傾向にあることから、夜はよく眠れる。メラトニンの役割は、動物の24時間のリズムを整えることと、生殖腺の発達と性活動を抑制することを仕事としている。

 



心肺停止

ニュースなどで心肺停止という言葉を、最近よく耳にするようになった。死亡ではなく、わざわざ心肺停止というのはなぜだろうか。法律上、死亡の判断は医師しかできないが、心肺停止は所見なので救急隊でもそのように判断できるのだろうと私は思った。しかし心肺停止がすなわち死亡とよべないことを知った。
 
心肺停止とは、脈もなければ息もしていない状態である。当然ながら意識はなく昏睡状態である。確かに二昔前であれば死亡とされていた。しかし現代の救急医療にあっては、止まったばかりの心臓を動かすことは簡単で、電気ショックとアドレナリンを中心とした薬剤を与えれば何とかなる。また息をしていなくでも人工呼吸器をつければ呼吸は停止しない。もっとも数分間の心停止の後、医療処置によって心臓が再び出したとしても、別の問題が出てきた。酸素不足に対して脳幹は比較的強いが、大脳皮質は非常に脆弱なので、生きてはいるが意識は戻らないという植物状態への回避も考えねばならなくなった。


つまり一旦止まった心臓に対し、長々と(4分間以上)
心臓マッサージなどをやるのは考えものなのだ。

 

灸するために天皇の地位を譲った話

現行の天皇が高齢のため、皇太子に天皇位を譲位する意向であることが話題になっている最中、天皇の歴史について研究している方(患者)に、興味深い話を聴いた。かつて後水尾(ごみずのお)天皇(在位1611年5月9日-1629年12月22日)は、徳川幕府へ通告することなく、次女の興子内親王(明正天皇)に譲位したという。この理由というのが、病気の天皇が治療のために灸を据えようとしたところ、「玉体に火傷の痕をつけるなどとんでもない」と廷臣が反対したために退位して治療を受けたという逸話がある。

 

嗅ぎタバコ盆

大腸経上で手関節背面橈側で、長短指伸筋腱間の陥凹に「陽谿」穴がある。この陥凹は通称タバチエールともよばれるが、私は四十年もの間、タバコ盆(=灰皿)と覚えていた。灰皿にしては小さすぎるのではないかとは思ったのだが。しかし最近偶然、嗅ぎタバコというもののあることを知った。この陽谿部に米粒大の嗅ぎタバコの葉を載せ、強く息を吸い込んで鼻の孔から鼻腔に入れるという。この嗅ぎタバコは、タバコ成分を丸ごと鼻腔に入れるものなので、紙巻きたばこ以上に毒性が強いという。ただし火は使わず煙も出ないので副流煙の被害はない。JTは2013年8月頃から無煙タバコ<ゼロスタイル>という商品名で販売している。

 

 


肩甲上部と側頸部のコリへの解剖学的針灸と坂井流横刺

2017-02-07 | 頸腕症状

1.肩甲上部僧帽筋コリの鍼技法

1)柳谷素霊の秘法一本鍼伝書<肩井>刺針の概要 

位置:座位。肩?穴と大椎穴を結んだ中点の僧帽筋部。硬結部。
刺針:寸6の2~3番針を用いて、やや背中方向に直刺1~2㎝。

 

2)解説

針は僧帽筋に入る。深刺すると棘上筋に至る。深部には第2肋骨がある。肩井押圧に指頭に感ずる硬結は、この第2肋骨だとする見解がある。肩井は、僧帽筋のトリガーポイントにほぼ一致する。刺針刺激で活性化したトリガーポイントに鍼先が当たると、検者はビクンと筋が収縮するのを感じとれる。 

 

 3)坂井豊作の肩井横刺

坂井豊作は、江戸時代徳川末期の針医で<鍼術秘要>を著述した。その鍼の特徴は、経穴に刺すというより経絡に従って横刺するのだが、経穴位置にこだわらず、丹念に指先で反応を捉えるのを特徴としていた。これは經絡は皮下の浅層を通っているから、直刺よりも横刺の方が經絡に与える刺激が大きいので治療効果は大きいと考えたからである。その刺激対象は今日でいう筋肉や筋膜(皮下筋膜を含む)であろう。代田文彦先生は、坂井豊作の横刺のことを「縫うように刺す」と語っていたことを思い出した。

     
坂井の肩甲上部僧帽筋に対する横針は、患者を側臥位にし、医師は患者の後に座る。僧帽筋腹を後から前へ約1㎝間隔で4~5本刺し、さらに巨骨あたりから首のつけね方向に僧帽筋筋線維に沿って横刺する。この巨骨からの僧帽筋筋線維に沿った鍼は、非常に効果が大きいとのこと。なお刺針の際は、皮下組織を母指と示指でつまみ、そこを刺すようにする。


坂井豊作の肩甲上部の小腸経に沿う横刺を具体化したのが柳谷素霊の肩井の一本針だろうが、坂井の肩部の横刺の目的は、心窩部~上腹痛に対するものとなっている点が大きく異なる。現代医学的には、肩甲上部僧帽筋刺激→C4神経根→横隔神経→横隔膜隣接臓器への刺激(とくに胃に対する刺激)という具合に説明できるだろうが、肩井からの刺針で本当に腹痛が改善するとは考えづらく、これには坂井流横刺の技法が関係しているのかもしれない。寸6#2で座位で肩井に直刺すると、必ずといってよいほどゲップする患者がいたことを思いだした。これは記憶に残るほどレアなケースだった。

 
2.側頸部胸鎖乳突筋コリの鍼技法

1)C.Canの僧帽筋コリを緩める技法

 

上図は仰臥位で健側を向かせ、横突起先端に刺針するもの。横突起先端には肩甲挙筋・中斜角筋・後斜角筋が付着しているので、これらの筋を緩めることを目的としている。
下図は患側胸鎖乳突筋を収縮さえるため、顔を横に向かせて頭をマクラから頭を少し持ち上げ、その状態で胸鎖乳突筋筋腹に刺針している。

2)坂井豊作の胸鎖乳突筋後縁側からの横刺

坂井は<鍼術秘要>で、胸鎖乳突筋後縁側からの横刺も発表しているが、この治療目標は疝痛様腹痛になっている。現代医学での解釈は、胸鎖乳突筋刺激→C3神経根→横隔膜神経→横隔膜隣接臓器への刺激となるだろう。疝痛が内臓平滑筋痙攣を意味するものであれば、鎮痛効果が得られやすいといえるが、側頸部に刺針して腹部仙痛を治療することは、生理学的機序が納得できるものであっても、その治療効果に疑問をもつせいか、現代ではあまり一般的とはいえない。これも坂井流横刺という技法があって成立するものかもしれない。