AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

睡眠のトリビア ver.1.2

2024-03-02 | 精神・自律神経症状

1.睡眠の目的

睡眠の目的は疲労回復にあることに異論はないが、最終回答とはいえない。というのは「疲労とは何か」についての疑問にとって変わることになるだけだからだ。より本質的な回答として、眠りの目的は脳の深部温を下げるためとされている。
体温や脳の深部温は、心身の活動に比例しており、起床時に低く就寝時に高い。前頭葉が過熱すると能力が低下し眠気を生ずる。最初に起こる睡眠は、ノンレム睡眠 (詳細後述)で、脳深部の血流が減少して加熱を防ぎ、また深部体温を強く下げる作用がある。疲労は睡眠中に回復するが、その主役は成長ホルモンによる。

2.レム睡眠とノンレム睡眠

睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の2種類ある。起きている間は目は素早く動いているが、眠ると目は動かなくなる。しかしながら90分もすると眠っているにも関わらず、あたかも起きている時のように目が素早く動く現象の起こることに気づき、睡眠の質に違いのあることを発見した。


1)ノンレム睡眠(徐波睡眠)  non-rapid eye movement sleep

ノンレム睡眠は、睡眠の前半に多く現れる。大脳皮質休息の意義があるので、夢をみない。一方、寝返りなど身体はよく動く。睡眠は、まずノンレム睡眠(徐波睡眠)から始まる。このノンレム睡眠には4段階ある。
段階1→段階2→段階3→段階4の順番に深くなる。眠りが浅くなる時は、段階4→段階2となり段階3と段階1はない。これら段階の区別は、脳波に占めるθ波δ波の比率による。

①座って眠った場合、第3段階には移行しない。非常に疲れた状態で第3~4段階に移行した場合、ソファに横に寝込むか、転げ落ちてしまう。

②自然に目覚める時は、1度のノンレム睡眠から覚醒状態になるので気分がよい。急に叩き起こされるなど、4度のノンレム睡眠から覚醒すれば非常に気分が悪い。 
③ノンレム睡眠がとれないと眠りは浅く、病気にもかかりやすい。カゼをひきやすく、ガン細胞の発生を抑制できなくなる。これは免疫細胞であるNK細胞がノンレム睡眠のときに最も活動が活発になるため。


2)レム睡眠 rapid eye movement sleep
    
レム睡眠時の脳波はθ波(ノンレム睡眠の第1段階と同じ)だが、瞼の下で眼が動くので、REM(Rapid Eye Movement 急速眼球運動)睡眠とよぶ。レム睡眠の役割は身体休息にあり、この間骨格筋は弛緩して、その間あまり寝返りなどの動きはないが、精神は活動して夢をみる。夢は見るが、筋はゆるんで動けないのでおもわぬ事故は防げている。生理的な日中活動時は、基本的に交感神経優位状態であるが、このレム睡眠は、きつく巻かれたゼンマイを緩めるように、副交感神経優位状態にする役割がある。
    
入眠後約90分でレム睡眠に移行。約90分周期でレム睡眠が起こり、1回平均20分間持続する。一晩にこの周期を3~4回繰返すが、レム睡眠は明け方に近づくほど時間は長くなる。睡眠の25%がレム睡眠。レム睡眠の比率は、新生児に長く、加齢とともに割合は減少する。

①レム睡眠時、成人男性は生理的に一晩に3~5回勃起する。これは性的刺激とは無関係。「朝立ち」は、最後のレム睡眠のタイミングで目ざめた場合に生じている。
②早朝覚醒や短時間睡眠では、レム睡眠は不足してくる。脳の疲労回復はできても、身体の疲労回復は充分ではないので、自律神経失調をきたしやすい。仮に1回90分未満の睡眠を計8時間分とっても、レム睡眠時間は不十分である。
③筋肉が弛緩して動けない状態「金縛り」は、レム睡眠から急に覚醒した場合に生ずる。

       

 

3.天然の睡眠薬メラトニンと松果体
 
①生物には中枢に体内時計がある。この機能をつかさどっているのが松果体で、松果体から分泌されるメラトニンは、強い光では分泌が減り、暗くなると分泌を増やすことで、天然の睡眠薬として作用する。しかしながら現在主流のベンゾジアゼピン系睡眠薬に比べ、メラトニン薬は、依存性はないものの睡眠誘導作用は弱いという欠点がある。
  
②松果体は、脳の深部中央にあり、松果(=松ぼっくり)の形をした、直径8ミリほどの内分泌器官だが、大脳が進化発達して巨大化した結果、押しやられて脳の中心部に位置し、視覚機能は退化していった。しかし脳の中心にあることで、第六感としての機能だとする見解が生まれた。開眼(かいげん)という言葉は、この第三の眼の能力が身についた、すなわち悟ったという意味になる。

手塚治虫の漫画「三つ目が通る」では、主人公の少年には左右の目の他に額にも目があるが、普段は絆創膏で隠している。無邪気な性格だが、絆創膏をはがすと古代人の力を受け継いだ超能力者と変貌するのだった。


③17世紀のフランスの哲学者デカルトは精神と身体とは完全に交流がないとする人間観を主張する一方、精神と肉体の相互作用を松果体の役割だと考えた。大脳半球は左右に分かれているが、当時の解剖から松果体は中央に一つしかない(現在は、松果体も左右2つあることが判明)ことで、精神と肉体の統合に関係していると推察したのだった。

興味深いことに、バチカン市国のサンピエトロ大聖堂の中庭には、松ぼっくりのモニュメントが鎮座している。

下写真は、地元にある一ツ橋大学図書館の外壁で、ここにも松ぼっくりの装飾を発見した。



③仏像の白毫(びゃくごう。間のやや上に生えているとされる白く長い毛。光を放ち世界を照らす)やヒンズー教のシバ神の額にある第三の目などの神性と松果体との関連は不明。インドの既婚女性ヒンズー教徒がする、ビンディー(前額部への赤く小さな丸模様をつける)は、元来は貞操を守る風習からのものであるが、今日では一種のオシャレとして既婚未婚を問わず行われている。

  

 

 


④眉間は、中国医学では「闕」ともよばれ、古人は肺病の診察点として用いた。「闕」には要塞や都市を守る城壁の大きな門、そして門の間の通路という意味がある。闕はヒンズー教やヨガではチャクラの発する場所の一つとして知られている。チャクラとは体のエネルギーを補給、コントロールするポイントとされている。経穴でいえば、巨闕穴は左右肋骨に挟まれた場所であり、神闕は腹壁が壁のようにそそり立っている体内への入口という意味。

 

ちなみに「厥」は、体内における陰陽の不均衡をさしている。外界から導入されるべき気が滞って体内深部に入らない状況であって、行き場を失った気は体の上部や表に向かって発作を起こすことになる。欮(ケツ)はのぼせのこと。

一方、人相占いは、流派によって呼び名は種々あるが、眉間を印堂と称しているグループがいる。印鑑を押す部位との意味で、これはヒンズー教のビンディーと通じるものがある。なお印堂は鍼灸学ではツボの名称にもなっていることで鍼灸家ではお馴染みになっている。
  
4.不眠の分類


1)神経症性不眠と脳幹網様体興奮

延髄・橋・中脳内部にある脳神経核(白色)と神経線維(灰白色)がネットワークを形成している部分を脳幹網様体と称し、白質中に灰白質が散在する外見をしている。
大脳皮質が興奮して、下行性に網様体賦活系を刺激することで、不眠状態になったもの。その一方で、末梢からの知覚情報は、脳幹網様体を経由し、大脳皮質に伝達され認識される。末梢からの知覚情報には、体内刺激として痛みやかゆみ、体外刺激として身体運動などがあるが、これらはすべて網様体を通過する知覚情報インパルスとして捉えられ、このインパルス数が多いほど意識は明瞭になり、少ないと意識は不鮮明になる。
したがって睡眠誘導には、網様体を通過するインパルスの数を減らすことを考える。具体的には暑さ寒さ、明るさ、雑音を遮断する睡眠環境にすることや、思い悩まないことである。逆に眠気をさますためには、身体運動を行う。とくに歩行(大腿四頭筋)やアクビ(咬筋)は効果的である。 

2)老人性不眠と視床下部機能衰退

老人性不眠は、視床下部の機能衰退が関係している。視床下部の主な役割は、①哺乳類共通の自律神経中枢(体温調節、水分調節、食欲調節、睡眠調節)と、②生体時計(意識に応じた内分泌の活動調整)である。老人の生体時計は、24時間という覚醒と睡眠のリズムを刻むことは難しくなり、分断睡眠や昼寝、早朝覚醒が起きやすくなる。

 

5.不眠の日常的対処法
 
1)寝付きをよくするメラトニン分泌増大
   
眠る予定時刻の2時間前からは、明るすぎない照明にして、睡眠物質メラトニンの分泌を促す。(2時間ほどで充分な量にまで増え、眠くなる)。逆に寝覚めの悪い者は、起床時に眼に強い光を十分浴びる。
 
2)熟眠するACTH分泌増大
       
熟眠感を得るには、眠った後の最初のノンレム睡眠を深くすることが重要である。疲労回復、細胞修復してくれる成長ホルモンは、ほとんどが一回目のノンレム睡眠中に分泌される。
ノンレム睡眠を深くするためには、ストレスホルモン(副腎皮質刺激ホルモンACTH)が必要である。ストレス物質そのものは、眠りを妨げるが、ストレスのない状態に変化すると、ストレス物質は分解されて睡眠薬様物質に変わる。このことは多忙な仕事後や、深い悲しみの後にはぐっすりと眠れるという常識に科学的根拠を与えている。精神的なストレスを除けない場合は、運動ストレスを与えることで、精神的ストレスを軽減させることができる。これを眠る2時間前に行う。


自律神経失調症の針灸治療理論と守備範囲

2012-07-10 | 精神・自律神経症状

最近の針灸勉強会でK宮先生が、小林弘幸先生著「なぜ「これ」は健康にいいのか?」サンマーク出版、2011.4 のことを紹介した。小林先生は交感神経と副交感神経がシーソーのように一方が上昇すると他方が下降するといった単純なものでないことを記し、とくに副交感神経興奮性を上げることの重要性をいろいろな例をあげて説明している。
まずは、この著書から重要部分を抜粋し、その意味するところを図示(自作)することにしたい。

1.交感神経と副交感神経のバランス 
従来から、人間を含む動物の身体は、活動的な日中は交感神経が支配し、夜にリラックスする ときには副交感神経が支配するというように、相反する働きをもった2つの自律神経が、交互に身体を支配することで身体機能が保たれている。交感神経優位と副交感神経優位のブレが生理的範囲から逸脱したものが自律神経失調症である。
  
身体が最もよい状態で機能するのは、交感神経・副交感神経ともに高いレベルで活動している時である。ともに活発に活動しているという条件範囲内で、交感神経やや優位状態と、副交感神経やや優位状態といったバランスシーソー状態が生じている。次の状態は病的である。

交感神経緊張↑↑ and 副交感神経緊張↓↓  ‥‥身体各所の不調者の大部分。感染症等。

交感神経緊張↓↓ and 副交感神経緊張↑↑ ‥‥鬱病傾向 
交感神経緊張↓↓ and 副交感神経緊張↓↓  ‥‥健康状態は悪くないが不活発。体力なし。
       

 

2.交感神経緊張症(sympathicotonia  ジンパチコトニー)
ストレス → 交感神経緊張状態 → 血流障害による諸症状。
脈拍の増加、高血圧、高血糖、痛み、コリ、不眠、いらいら、便秘、食欲不振、歯槽膿漏、痔疾、傷が化膿しやすいなど。

3.副交感神経緊張症(vagotonia,parasympathicotonia ワゴトニー)

身体を休めるほか、消化と排泄なども優位になる。この状態で免疫機能が高まるが、これが破綻するとアレルギー現象になる。副交感神経緊張症は全身的なものであるが、その人の体質的弱点へ特に強く症状を呈してくる。 
①動眼神経:めまい・立ちくらみ
②迷走神経:嘔気、胃の不快感、食欲不振、心臓衰弱感、遅脈
③気管支:喘息様症状、乾咳
④末梢血管や皮膚:蕁麻疹、皮膚の痒み
⑤情緒:元気が出ない、不眠、ため息、生あくび、物忘れ

 4.自律神経失調症の針灸治療方針
1)西條一止先生の考え方
西條一止先生は、自律神経と鍼灸治療の関係をライフワークとし、一定の生理学的変化を見い出した。筆者の理解できる範囲で、その要点を箇条書きにすると次のようになる。
①副交感神経を興奮させることが治療となる。その方法とは、浅刺・呼気時・座位の刺激である。浅刺・呼気時・座位の刺激は、臨床では治療開始時と治療終了時の場面で行う。
浅刺:刺激部位は、皮膚・皮下組織である。筋を刺激しないこと。体幹よりも四肢末梢の方がよい。臨床的には外関を使う。
呼気時:副交感神経機能は、呼気時に高まる方向に、吸気時には低下する方向に働く。
座位:姿勢による交感神経機能は、臥位<座位<立位の順に高くなる。

②副交感神経が興奮すると、それに引っ張られる形で交感神経も興奮してくる。


③しかし副交感神経緊張者の場合、副交感神経を緊張させることを意図した治療をしても、交感神経は興奮せず、副交感神経緊張になりすぎるので注意が必要である。


④交感神経を興奮させるには、長座位にての低周波通電を行う。気管支喘息・咳・片頭痛・鬱症状などは、この方法が適している。

 
2)筆者の考え方
筆者の日常行っている現代鍼灸を中心とし、その観点から西條先生の方法を眺めるならば、その方法も変化してくる。鍼灸来院患者で最も高頻度なのは、関節痛・神経痛・筋肉痛であろう。これらは一括して体性神経症状と捉えることができる。鍼灸治療は神経や筋肉  を刺激する、いわゆる「現代鍼灸」的手法で行うとすれば、愁訴部位を中心とした解剖生理学的な要所に行うのであって、これで解決できることが多い。これらの症状は自律神経的な要素があまりないので、西條先生の方法を使う必要はない。
  
①交感神経機能興奮の針灸治療
交感神経緊張傾向のある患者は非常に多い。現代に需要の多い按摩マッサージ指圧の得意分野は、ストレス・疲労の回復であって、これらは交感神経緊張に分類されるのであり、浅刺・呼気時・座位の法則が成り立つ。
經絡治療派であれば、西條流を取り入れることは比較的抵抗ないのかもしれないが、多くの鍼灸師は、伝統的経験的に仰臥位・伏臥位での、浅刺・多取穴・置針を行うことで患者の需要に応え、生計を営んできた。これは患者にウトウトするような眠気をさそうもので、副交感神経の興奮レベルをあげることを意図している。副交感神経興奮させることにより、それと拮抗関係にある交感神経緊張を緩めるという考え方である。ただし新理論では交感神経興奮状態と釣り合う状態にまで副交感神経の興   奮性をあげるというのが新解釈になる。
  
②副交感神経機能興奮の針灸治療
交感神経緊張と比べると数は少ないが、副交感神経緊張状態の者(喘息、アトピー、鬱傾向)を治療する機会も時々あるだろう。これは、良く言えばリラックス状態、悪く言えば気合いが欠けている状態である。
気管支喘息者は、夜間に呼吸困難発作が起こることが多く、起座呼吸することで呼吸苦が軽減することが知られている。これは夜間は必然的に副交感神経優位になるから発作が起きやすく、座位になることで交感神経優位に導き、症状軽減させているでのある。深夜に鍼灸治療を行うことは困難なので、筆者は熱いシャワーを短時間、首肩に浴びるこよう指導し、良い効果をあげている。
治療院来院時では、交感神経優位にもっていくことを考え、座位で大椎付近に強刺激(米粒大灸7壮程度の有痕灸や太針による刺激)を行うことにしている。
  
③自律神経失調と針灸の守備範囲 
器質的疾患の多くは、同時に自律神経失調的症状を呈するのは珍しいことではない。この場合、器質的疾患を治療することで自律神経失調症状となった根本原因は取り除かれ、自ずと自律神経失調症状も改善するのである。
病の原因として自律神経の問題を過大視するわけにはいかないだろう。自律神経失調症に対して鍼灸が効くといった言い方は、「自律神経の生理的ブレ」から少々逸脱した状態にのみ対処できると捉えるべきであり、これが鍼灸の守備範囲なのであろう。    
感染症は勿論、ステロイド使用ししている気管支喘息、アトピー性皮膚炎、鬱病などの根本原因を副交感神経緊張に求めることは無理があり、針灸治療の適応疾患とはいいづらい。

 

 

 


発汗過多に対する針灸の検討 Ver 1.2

2011-06-06 | 精神・自律神経症状

A.発汗の種類

1.温熱性発汗
身体の温度上昇を体温中枢が感知→発汗命令→体表面全体の発汗量をたかめ、気化熱を利用して体温を低下させる。これら全身 の汗腺には、交感神経第8頚髄~第3腰髄の交感神経が関与している。交感神経遮断術(後述)後の代償性発汗はこのたぐい。


2.精神性発汗
手掌・足底の発汗は体温調節とは無関係で、精神的興奮に反応する。精神性発汗の中枢機構には大脳皮質の前運動野、大脳辺縁系、視床下部などが関与するとされている。
多汗症での、手掌からの発汗はこの類で、「手に汗握る」の好例。

B.発汗過多となる疾患:甲状腺機能亢進症、褐色細胞腫、更年期障害、低血糖など。

 

C.発汗過多の鍼灸治療
1.視床下部の血流増加
現代医学では、発汗過多は症状の一つであると認識していても、とくに寝汗だけを問題にすることはない。入眠開始時はノンレム睡眠となるが、ノンレム睡眠は体温や脳内温度を強く下げるという目的がある(眠気とは、脳内温度が高すぎることで生じる)。発汗するのは温度を下げる方法であって、視床下部の発汗中枢による命令である。厚い布団に入って寝れば、さらに発汗量も増えることになる。

代田文彦先生は、風呂屋でかなり熱い浴槽に入る前、桶で何杯も首や肩に湯をかけてている人を見て、視床下部の体温中枢を一時的に狂わすことで、風呂に入ろうとしているのではないか、との着想を得た。

視床下部の体温中枢は、自らの設定した体温と、現在の体温のズレを監視している。体温を下げるためには発汗させる。しかし頸肩のコリなどで視床下部に行く血流が減少すると、正しくモニターできないのかもしれない。

発熱時、鍼灸治療で、天柱や肩井を刺激して下熱させる意図はここにあるが、有効となるのは限定的であり、追試しても効果のない場合が多い。

2.胸部交感神経遮断術の応用
発汗過多、とくに手掌の発汗を止める方法としては、胸部交感神経遮断術が知られる。人間の身体は、第一に脳の加熱を防止するよう制御されている。マラソンなど激しい運動したときや夏の暑いときにまず最初に顔や頭から汗がでるのはこのためである。
胸部交感神経遮断術を行うと、代償性発汗が必発するが、交感神経遮断部位と代償性発汗には交感神経デルマトームに従う。高位の神経を遮断するほど代償性発汗は高度になる。胸部交感神経遮断術は、顔面と手掌からの高度な発汗過多に対して、Th2~Th3レベルでの遮断が行われることが多い。

胸部交感神経遮断術は、気胸を惹起しやすいので、針灸で真似することは危険である。しかし胸椎棘突起の直側にある棘筋に刺針することに危険性はないので、Th2~Th3棘突起直側への深刺を行う。
村上守氏のHP「マッサージ鍼灸の魅力 村上治療室 診療ノート」には、寝汗過多の患者に、「胸椎の左右の際のところに、細い木の枝のように感じられる筋肉の凝りがありました。寝汗の患者さんにはこのような凝りが出ることが多く、この凝りを取ることで寝汗の症状は出なくなります」との記述がみられる。

1)Th2交感神経の遮断
頭・顔面の汗は、第1~2胸部交感神経が支配する。Th2交感神経の遮断では、手掌や顔の汗がまったく出なくなる。
頭や顔から汗がまったく出なくなるので、熱から脳を守るため視床下部からもっと汗を出すように命令が出される。命令がでても顔や頭からは汗が出ないので、少しでも熱を発散するために背中や胸、大腿などから大量に発汗するようになる。これを代償性発汗とよぶ。視床下部一部からフィードバック現象で代償性発汗が起こるとされる。
Th1交感神経に影響を与えて遮断すると、眼瞼下垂が起こる(ホルネル現象)。

2)Th3交感神経の遮断
手掌の汗が完全に出なくなる一方,代償性発汗が多く出ることもある。

3)Th4交感神経の遮断
手掌の過剰発汗が停止し,代償性発汗の程度もわずか。
腋窩の発汗(おもに第4~第5胸部交感神経支配)にも有効。

4)腰部交感神経の遮断
足底の汗の対して、3~5割程度に有効。

 


5.寝汗の針灸治療
睡眠の第一義的目的は、脳深部温度を下げることにある。寝汗を多量にかくのは、脳内温度が高すぎた場合の反動であるが、脳内温度が高くなり過ぎる原因としては、夜遅くまで残業したり、昼間の強い精神的刺激などが考えられる。日中の心身の疲労を軽減する針灸治療が、寝汗の治療につながる。

6.中医理論の紹介
中医学の成書には、次のような内容が書いてある。
気虚→自汗(昼間に、暑くなく、労働もしないのに出る汗)
陰虚→盗汗(寝入ってから出る汗で、目覚めるとすぐに止まる)

1)気虚と自汗
通常、そう理(皮下水脈と体表を結ぶ、井戸のような縦坑)は開いており、この穴を通じて、体表に汗、脂分、蒸気が出ている。衛気は皮膚の防御作用を行うと同時に、衛気自体の量や汗量(温度調節に対応)を調節するため、腠理の開閉をコントロールしているという。
気の固摂作用→腠理を閉じる
気の宣散作用→腠理を開く
衛気が不足していると、気の固摂作用も弱くなるので、腠理を閉じる力が乏しくなる(縦坑内径が緩んで拡大する)ため、井戸から水があふれるように汗が出る。これが自汗である。
現代医学的には、発汗はイコール交感神経緊張とするが、中医では自汗は副交感神経優位状態(よく言えばリラックス状態、悪く言えば虚脱状態)と捉えるている。

2)陰虚と盗汗
納得できない説明:陰虚になり体内に熱が蓄積されると、逆に熱により次第に体表まで熱が押し寄せ、津液がはじき出される。これが盗汗である。

一応納得できる説明:覚醒状態は、陽>陰であり、睡眠は陽<陰である。ゆえに睡眠時に陰が不足していると、眠りにつくことができない。陰不足では体内に熱がこもる。体は汗を出して熱を下げようとするが、汗を多くかくとさらに陰が不足し、悪循環に陥りやすい。
要するに陰虚(水不足=脱水)→熱がこもる→腠理開して発汗→陰虚増大となる。


自律神経失調症?の針灸治療の考え方

2006-06-03 | 精神・自律神経症状

1.自律神経失調症の概念
 臨床上、不安で消長しやすい多数の自律神経性の身体的愁訴を訴える者を、自律神経失調症とよび、同じ多愁訴でも心因性要素の多い者を神経症とよんでいる。ただし本当に自律神経が失調すれば、大変な重病なわけで、実際には長期的な経過を経ても悪化しない多愁訴患者で、神経症性要素の少ない者を、ゴミ箱的診断としてとりあえず自律神経失調症としているのが現実である。

2.自律神経失調症分類
 自律神経失調症は、古くから交感神経緊張症と副交感神経緊張症に漠然と大別されてきた。

1)交感神経緊張症(ジンパチコトニー)
概念:ストレス→交感神経緊張状態→血流障害による諸症状
主な症状:脈拍の増加、高血圧、高血糖、痛み、コリ、不眠、いらいら、便秘、食欲不振、歯槽膿漏、痔疾など

2)副交感神経緊張症(ワゴトニー)
概念:リラックスした状態で現れる症状で、この時免疫機能は高まっているが、これが破綻する方向に機能するとアレルギーとなる。
主な症状:鼻汁、喘息、乾咳、蕁麻疹、皮膚のかゆみ、元気が出ない、趣眠

3.自律神経失調症の針灸治療の考え方
1)西条一止先生の研究
自律神経失調症の針灸治療は次の2タイプに分類した。
①交感神経緊張型の治療 :伏臥位にて背部兪穴に置針
②副交感神経緊張型の治療:座位にて単刺。針より灸

2)全日本針灸学会東京地方会学術部の報告
西条の考えに影響を受け、上記団体所属の諸氏は、交感神経と副交感神経の両者とも緊張しているタイプが実証であり、これには瀉法(ないし強刺激)をに行うのがよく、両者とも弛緩しているタイプが虚証であり、これには補法(ないし弱刺激)を行うのがよいという見解を示した。

①交感神経緊張型の治療:伏臥位にて頸部から腰部にかけても背部兪穴に置針
②副交感神経緊張型の治療:灸を中心とする治療。針ならば浅刺か座位での単刺。
③両神経緊張型の治療:瀉法ないし強刺激
④両神経弛緩型の治療:補法ないし弱刺激



上記で①②は手技に関する相違であり、③④は刺激量の相違なので実際の治療には①+③、①+④、②+③、②+④という4通りの組み合わせになる。直感的に理解しやすいように、施術体位や手技を風呂の温度に、刺激量を風呂につかる時間にたとえて表現すると次のようになる。

①+③:熱い風呂に長時間我慢して浸かる=強刺激(瀉法)。
 伏臥位で背部に太い針で、深刺持続手技針。強壮者の止痛や強いコリの治療。
①+④:ぬるめの風呂にゆっくり浸かる=リラクセーション。
 伏臥位で細い針で浅刺置針。交感神経緊張症に対する治療。
②+③:熱いシャワーをサッと短時間浴びる=リフレッシュ。
 座位で太い針で上背部に速刺速抜の針刺激。副交感神経緊張症に対する治療。
②+④:ぬるめのシャワーをサッと短時間浴びる=弱刺激(補法)
 座位で細い針で、上背部を単刺。虚弱者や過敏者に対する治療。



3)私の針灸治療の考え
 本ブログ冒頭に自律神経のブレと体力の有無という2つの要素を表にしたものを示した。この考え方は、自律神経のブレ=陰陽、体力の有無=虚実とも言い換えることもでき、結局八網弁証の分類に類似してしまう。八網弁証は、興味深いものではあっても、針灸治療に直接は結びつかない考え方である。なぜなら実際の患者では、交感神経優位症状と副交感神経優位症状が交錯しているのが普通で、しかも主訴や主訴に準じた訴えといった、重点づけも考慮しなければならないからである。

 代田文誌先生の治療は、施灸係の助手一人いただけで、1日80人の患者を診ることができる体制だったという。平均すると1日40~50人来院していたので、余裕もって診療に臨んでいた。多くの患者を診る手順は決まっていて、初診患者では1日目は仰臥位で胸腹部の施術をして、2日目は伏臥位にてTh7以下の背腰部を施術し、3日目に座位で頸部~Th7までの上背部の施術をしたという(連続3日間来院させる)。頸部~Th7のレベルを座位で施術するのは、柳谷素霊先生も同じだった。

 針灸来院の患者では、急性症状を除き、訴えは3つ以上あるのが普通である。たとえば、腰痛・膝痛・肩コリといったように。詳細に聴取すると、足冷や胃弱や便秘もあったりする。患者が治療を希望している症状に対処しないと、満足を与えるのは難しいが、症状多数の場合、一度には対処しきれない。そこで治しやすさも加味しつつ、上位3つ程度の症状にターゲットを絞る必要が出てくる。

 もともと自律神経失調症という診断名は、しっかりとした病態的裏付けがあるわけではない。上位3つの点症状に対する治療と、仰臥位・伏臥位・座位での身体の異常所見に対する治療という2つを同時進行させることが、実施可能な現実的対処法となるだろう。つまり自律神経失調症の針灸治療を特殊なものと考える必要はなく、不定愁訴症候群という広い範疇でとらえ、仰臥位、伏臥位、座位と肢位を変えながら、それぞれ順番に反応点をみていき、要所を施術するという治療でかまわないのではないか?
 鼻炎・気管支喘息・アトピー・やる気が出ない、など明らかな副交感神経優位の場合には、教条的には座位での短時間刺激ということになるが、それで正規の治療料金がとれるだろうか? 座位での施術を重視するにしても、仰臥位や伏臥位での治療は、「治療」としての形を整えるためにも必要となるだろう。



疲労倦怠の針灸治療

2006-05-31 | 精神・自律神経症状

1.疲労・倦怠の原因
 疲労・倦怠はとりとめのない概念なので、問診や理学的検査だけで鑑別することは難しい。「実地医科の会」の統計による疲労・倦怠の原因は、風邪症候群60%、精神疾患30%、器質的疾患10%だったという。
 針灸来院患者では、急性の疲労倦怠や発熱疾患はあまり来院しないので、上述の風邪症候群はあまり考えなくてよいので、だいたい次のように整理できる。

 ①基礎体力不足(老化現象含む)
 ②精神疲労 生理的、病的(鬱病、神経症)
 ③症候性(貧血、慢性肝炎、慢性腎炎、糖尿病、甲状腺機能低下症など)
 ④薬の副作用(降圧剤、ジギタリス、アルコール症、睡眠薬中毒など)

2.針灸治療パターン
 上記分類で③と④は、医療施設での検査で容易に判断できるので、疑わしきは医師の診察を受けることを勧めることになる。それ以外で①は肉体疲労、②は精神疲労であり、これらの疲労回復に必要なのは十分な休養であり、とくに睡眠の改善がポイントになる。
 もちろん低栄養や体力(運動能力)不足があれば、この方面からアプローチすべきで、とくに高齢者の診察では重要になってくる。

3.精神疲労と針灸治療
 持続性の疲労で、頭痛、不眠、苦悩などがあり、肉体疲労がなく、十分な休息がとれている場合には、精神疲労を疑う。
 人間の本能(食欲、睡眠欲、性欲、集団欲)は大脳辺縁系が支配しているが、大脳皮質の過剰興奮は本能を抑圧する方向に働き、精神不安を惹起する。睡眠は疲労倦怠に対する最大の良薬とされる。
 睡眠にはノンレム睡眠とレム睡眠があるが、ノンレム睡眠の意義は大脳皮質の疲労回復であり、この睡眠が不足すると本能が不安定になるので神経症性不眠の状態になる。したがって針灸は神経症性不眠の治療と同じく、向精神作用を狙って実施する。
 ノンレム睡眠には第1度(うとうと)~第4度(ぐっすり)まであるが、眠っているようであっても、呼びかけに返事できる場合が多いので、第1度レベルの睡眠だと思える。ノンレム睡眠は最初に現れる睡眠なので治療室内で誘導することができる。
 具体的には睡眠誘導を目的として、頭皮や項部の圧痛硬結部に置針10~20分間置針する。

4.肉体疲労と針灸治療
 日中の活動時は誰でも交感神経優位となっているが、この状態が過剰になったり、睡眠不足で疲労が蓄積すると慢性的な身体疲労状態になる。レム睡眠には骨格筋弛緩の役割がある。ただしレム睡眠は、眠りについて90分ほど経過して初めて出現するので、治療室のベッド上でレム睡眠状態にすることは不可能で、副交感神経優位に誘導する針灸を行う。基本的に身体の筋肉が弛んでリラックス状態にもっていくには、伏臥位での背部兪穴置針や起立筋の吸玉(乾吸)を行う。

5.低栄養と体力不足
 私事になるが、この度「介護予防運動指導員」講習会(30時間)に参加し、いくつもの新しい知識を得ることができた。低栄養と体力不足の問題は、針灸治療とは直接関わりがないが、内容の一部を紹介する。
1)低栄養
 中年期においては、生活習慣病予防のため、いわゆる粗食・少食が推奨されている。しかし70才以上の老人が、老化の進行を遅らせるためには、中年期とは逆に、油脂類や動物性タンパク質をきちんと摂取することが大切である。高齢者女性では、コレステロール値が高いものの方が生命予後がよいことが分かってきた(高齢者男性では優位差なし)。
 栄養度は、血清アルブミン値を調べることで推定できるが、最大歩行速度とアルブミン値は正比例の関係にあることが知られ、食物摂取だけでなく、運動習慣をつけることでアルブミン値が上昇することもわかってきた。
 一方認知機能はビタミンB6やビタミンB12、葉酸の血中濃度と比例し、摂取量が少ない者ほど、機能低下することも分かってきた。

2)体力不足
 体力とは、筋力・バランス・柔軟性・協調性などの要素の集合したもので、体力不足は老年症候群を惹起する。この改善にはウエイトマシンを使った運動メニューが用意されている。従来の常識とは異なり、高齢者であっても筋力アップが可能で、それには高負荷低反復運動が推奨できるとのことであった。

 





乾吸治療には副交感神経緊張効果がある

2006-05-16 | 精神・自律神経症状

1.針灸治療システム内の吸玉の位置づけ
 吸玉の歴史は非常に古く、インドや中国では紀元前から行われていたという。西洋には11世紀頃十字軍の東洋派遣の際に持ち帰って普及したらしい。吸玉は何も東洋医学だけのものではないのである。
 吸玉には乾吸と湿吸がある。乾吸とは、単に吸いつける方法であり、湿吸とは刺絡した後に吸玉を使って陰圧にし、静脈血を積極的に吸引する方法である。
 東洋医学において、湿吸は瘀血を出す治療であることは明瞭だが、乾吸の効能に関する記述はあまりないようである。たとえば伏臥位で、背部に置針したり、吸玉したりするが、その使い分けはどのようにすべきなのだろうか?

2.乾吸の適応とは
 乾吸は、皮膚や皮下組織の牽引という物理的刺激と、皮下出血を起こすという化学的刺激がある。
1)皮下出血効果
 一度生じた皮下出血は、血管内に戻ることはなく、組織に自然に吸収される。これは組織の自然修復力に依存するので、灸治療における灸痕治療と同じように、修復が完全に終了するまで、この部に数日の間、継続的に自然治癒力を発揮させることができる。
 しかしながら陰圧が弱い時や陰圧時間が短い時に皮下出血は起こりにくいので乾吸効果の必須条件とはいえない。また皮下出血は外見上は宜しくないことなので、副作用というべきものかもしれない。

2)皮下組織の牽引効果
 乾吸を体験すれば分かるが、吸いつけた直後に一種の爽快感が得られる。そして5~10分後に乾吸をはずすと、こんどは解放感が得られる。
 吸いつけけている最中は、交感神経が緊張しており、取り外した直後は、その反動で副交感神経緊張になっているのだと考えている。一種のバルサルバ Valsalva 効果であるが、その主目的は取り外した後の効果である副交感神経緊張にある。つまり交感神経緊張亢進状態に適応があるといえる。

 たとえば患者に上腕屈筋を脱力させるとき、「ハイ、力を抜いてください」との指示で脱力させるのは難しく、肘を保持しつつ「今から腕を力いっぱい上に挙げてください」と言った後、つぎに「今度は腕の力を抜いてください」と言った方がうまく脱力できるのと同じことであろう。