AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

首下がり病の針灸治療検討(89才、女性)ver.3.0

2024-06-13 | 頸腕症状

 1.本患者のこれまでの経緯

4年前(85才頃)ほど前から、急に顔が正面に向けづらくなってきた。右手のしびれと脱力感も出てきたので、整形訪問。手根管症候群と腱鞘炎と診断され、手術をうけた。それにより右手症状は改善したが、顔の上げづらさは不変。
顔が下を向いた状態で、正面を見ることが非常に困難。マクラをしないと仰臥位になることはできない。握力は左8㎏、右10㎏。

患者の写真

椅子に座ると、自然と背中を反らした姿勢となり、首下がりの状況を目立たなくしている。
立位になると、後頭部より隆椎の方が低くなる。

 

この患者は以前から頸痛、背痛などでたまに当院に受診していた。今回は2年ぶりの来院で、その時に顔が下を向きっぱなしになっていたので、非常に驚いた。高齢であることから、その時点では頸椎圧迫骨折による変形性頸椎症だと考えた。
 
そうなると、針灸治療の方針は、頸部に加わった力学的ストレスを一時的にでも緩和し、筋疲労をとることだと考え、頸椎と上部胸椎の一行深部筋(半棘筋や多裂筋など)をゆるめ、また頭蓋骨と頸椎間の筋疲労を改善するため、後頭下筋郡や頭半棘筋をゆるめることだと考えた。側臥位で、これらの筋に刺針し10分置針した。要するに一般理学療法のような施術をした。それ以外の治療法を思いつかず、効果も不明だった。こうした治療を年に数回行った。

最近、この患者がまた来院。大学病院を受診した結果、「首下がり症」と診断されたという。担当医は「後頭部を下に引っぱる筋がはずれていている(原文まま)。骨にボルトを入れ、頭を支える手術を行う手もあるが、高齢なので心配だ。自分はこれまで7例手術した」と説明した。頸椎変形については、特に指摘されなかった。顎が胸に付いている状態”chin on chest”でありで、後頭部よりも上部頸椎の方が上にあった。

「首下がり病(=首下がり症候群)」は初耳だった。関節の問題でなく、筋の問題であるならば針灸でも治療方法があるかもしれないこと、後頭部を下に引っぱる筋は多数あるので、はずれてしまった筋があっても残存する筋の収縮力を復活させることができれば、症状が軽減するかもしれないと考えた。本患者の最も強い圧痛点は、C7~Th3の2行なので、頸半棘筋のアイソトニック筋収縮状態であり、頭蓋骨を前に倒れそうになるのを、防いでいると考察した。左上天柱の圧痛は頭半棘筋停止部反応。

2.初期の針灸治療

この患者は、頸を左右に回旋する際につらいのではなく、単に座って静止している状態で頸が前に垂れ、それが持ち上がらないのが苦痛である。ゆえに、頭板状筋や頸板状筋に対して施術するのではなく、まずは側臥位で頭半棘筋~頸半棘筋~胸棘筋の筋疲労(=過去収縮)を改善する目的で刺針することにした。を姿勢にする。また大後頭直筋に対しても同様の手技針を行った。

 

この方法の治療直後効果は、「頸が持ち上げられる」というものだったが、他覚的には頸の前屈の程度はあまり変化がないように見受けられた。
実は、上記の治療には疑問が残っていた。緊張し過収縮している筋に対して刺針すると、筋緊張がゆるみ筋長が増すというのが普通の考え方だが、今回の等張性筋収縮状態に対しては、これを緩めると、余計に頭が垂れてしまうのではないかとも思ったのだった。
ただ、患者が針が効いたと返答したので、まずはよかったのではないかと自分を納得させた。


3.1ヶ月後の治療

週に1回程度の頻度で、当患者を治療した。圧痛点は毎回、下玉枕(頭半棘筋停止部)とC6~Th2突起直側すなわち半棘筋と思える部に存在した。また胸鎖乳突筋の乳様突起停止部に強い圧痛があった。要するに体表所見は初回とくらべて大した変化はなかったので、初回と同様の針灸治療を行った。しかし施術後、今回は治療後にも顎が上がらないと訴えた。そこで側臥位ではなく椅座位にしてC6~Th2の高さの頭・頸半棘筋にしっかりと数分間雀啄してみると、今度は頸が上がるようになったとのこと(他覚的に前屈は改善したようにみえなかったが)。

しかしながら、座位で上記の筋に同じように雀啄した場合、効く場合と効かない場合があって、毎回試行錯誤で微妙に刺激点を変えねばならなかった。

 

4.長・短回旋筋に対する治療へ

初期の治療計画は、もともと合理性がなかったのだが、効果があったので結果オーライとした。しかしやはり無理があった。
そこで別の角度からの治療を考えてみた。頸下がりの現状は変えようがないが、頸が下がってつらいとする苦痛を改善すればよいのではいかと考えることにした。すなわち筋に対する施術ではなく、神経に対する施術に変更である。

頭・頸半棘筋の深層には長・短回旋筋がある。これは椎間関節部にも付着していて、脊髄神経後枝支配である。C2より下位の頸椎棘突起外方1寸あたりを刺針ポイントとし、頸椎にぶつかるまで深刺するようにする。針先は、長短回旋筋と椎間関節両方を刺激することになるだろう。表現を変えれば、<頸下がり症>の苦痛の一部は、頸部椎間関節症の痛みに由来するのではないか、と大きく考えを変化させた。

本患者を座位にして、寸6#2針でC2~Th3両側の棘突起外方1寸から2㎝程度の間隔で数本直刺深刺(針体の2/3ほど入った)して椎体にぶつけて、コツコツと骨膜をタッピングしてみると、これだけで自覚的には首があがるようになったとの効果をえた。これまで苦労しきた筋に対する治療はいったい何だったのか。

5.まとめ

1)首下がり病の症状は、①頭蓋骨の前傾自体、②そのことによる苦痛、の2つに大別できる。
2)いろいろ針灸治療を試みてみたが、①に対する治療効果はないようだった。施術前と施術後の写真を比較してみても、頭の前屈角度に改善はなかった。
3)毎回施術は同じように行った。施術後も「首が上がらない」との訴えた際には、
「首が上がるようなった」という返事を引き出せるまで施術を続けた。引き続き行う施術とは、Th6~Th3背部一行と頸椎外方3寸のところに行うことが多かった。つまりは頸板状筋の起始である肩甲間部の一行の圧痛点と頭板状筋の停止(下風池)あたりの圧痛点に治療効果があったようだ。いずれも深刺の必要はなかった。当初、頸椎に対しての頭蓋骨の前傾を問題視していたが、胸椎に対する頸椎の回旋に対する治療効果があったようだ。「首が上がるようになった」との申告は、頸の左右回旋がしやすくなったとのことのようだ。
4)結局、「首下がり病」に対する針灸の意義は、首が下がっていて苦痛な気持ちに対するものと思われた。対症療法にすぎないが、他の手段にとって代わることができきにく一定の価値があると思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 


腕神経叢刺激ポイント ver.1.1

2024-05-14 | 頸腕症状

腕神経叢刺激には、側頸部から行う天鼎刺激と上背部から行う肩中兪の2つがある。一見すると天鼎の方が高く、肩中兪は低い位置にあるように考えが地だが、実際にはほぼ同じ高さにでる。

1.肩中兪

1)肩中兪深刺の適応

   
肩中兪(C7棘突起外方2寸)深刺では第1肋間(第1肋骨と第2肋骨間)に刺入できる。この刺針の適応は、頸部交感神経節刺激の他に、腕神経支配領域の症状に対する治療としての使い道がある。

     
腕神経叢はC5~Th1神経前枝からなるが、腕神経叢から起こり、中府・雲門あたりの大胸筋部痛、肩甲間部痛、後方四角腔部痛に対して、効果あることが多い。一方、肘を越える前腕~手指症状は、腕神経叢部の前・中斜角筋刺針の方が効果がある感触である。このような前腕~手指症状がある場合、患側上の側臥位で、肩中兪深刺と天鼎から前・中斜角筋刺針(これも腕神経叢の傍神経刺)を併用する方が多くなった。

 上記神経枝で、小後頭神経と大耳介神経は知覚枝のみである。他の神経枝は運動枝のみなので痛むことはない。


2)傍神経刺としての肩中兪

     
木下晴都氏の肋間神経痛に対する傍神経刺は、棘突起の外方3㎝からやや脊柱方向に10°傾けて4㎝ほど刺入すると記載されている。追試してみると良好な結果を得られたのだが、誤ると気胸になるかもしれない危険性がある処である。

木下の治療理論は、間神経に接触する外肋間筋を緩ることを治療根拠としているようだが、これは危ない針になりかねない。フェリックス・マンは「鍼の科学」の中で、突起端にぶつけると、神経根刺激と同様な響きが得られると記しており、横突起付近は筋の重積が密であることから筋膜癒着が症状の本態なのではないかと予想した。要するに、棘突起外方3㎝ではなく、棘突起外方2㎝(すなわち外方1寸)から深刺して横突起付近の筋膜に響かせることが重要になるのだろう。

 

3.天鼎(中国式)

中国式天鼎は、腕神経叢刺激点と同じ位置になる。刺針すると強い針響を上肢や肩部に送ることも可能である。ただし強い響きを与えることが治療効果と直接結びつくことがなく、筋の絞扼症状としての腕神経叢興奮は、筋緊張を緩めることの方が本質的になるだろう。

※学校協会編の天鼎は、喉頭隆起外方3寸、下顎角下方1寸、胸鎖乳突筋前縁に扶突をとり、その後下方1寸で胸鎖乳突筋後縁になる。


1)腕神経叢直接刺激点としての中国天鼎

頸椎側線中央にある横突起の並びで、C6C7横突起を触知し、その内縁に刺針する。針は前斜角筋と中斜角筋の間を通過して、腕神経叢を刺激できる。

2)傍神経刺としての中国天鼎 

 頸を前面からみると、胸鎖乳突筋→前斜角筋→腕神経叢→中斜角筋の順に層をなしている。腕神経叢傍神経刺とは、C6の高さで胸鎖乳突筋外縁を刺針点とし、同じ高さの棘突起方向に刺針する。針は前斜角筋→中斜角筋と刺入する。途中で間接的に腕神経叢に影響を与える。こちらの方が穏和な刺激感になる。

同様の企図をもつものに木下晴都の扶突からの腕神経叢傍神経枝がある。扶突は、C4(甲状軟骨の高さ一致)する。C4は頸神経叢の高さになるので、腕神経叢を狙うには高位すぎるため、本稿では腕神経叢傍神経刺として天鼎(C6で輪状軟骨の高さ)を用いることにした。

※扶突の語源
「扶」には、手を揃えて助けるという意味がある。それが発展して4本指(示指から小指)を揃えて伸ばす意味となり、骨度法ではこれを3寸とした。

「突」とは甲状軟骨のでっぱりを意味するので、そこから3寸離れた部位を扶突とした。


肩中兪刺針の針響 ver.1.2

2024-05-11 | 頸腕症状

1.肩中兪刺針は腕神経雄に影響を与える
(鈴木由紀子:腕神経叢の圧迫に肩中兪「疾患別百科 頚肩腕痛」、医道の日本社、2001.3.25)

取穴:座位。大椎穴(C7T1棘突起間に大椎をとり、その外側2寸。

  ※定喘:大椎の外方1㎝、治喘:大椎の直側(外方0.5㎝)   

刺針:2寸4番針にて直刺4㎝。(椎体の外側を深刺する)


考察:
肩中兪の直刺深刺は解剖学的は腕神経叢に直接命中するのではなく、僧帽筋→肩甲挙筋→中後斜角筋→前斜角筋と貫く。腕神経叢は、前斜角筋と中斜角筋に挟まれた形で存在するので、肩中兪の針は間接的に腕神経叢に影響を与える。


.新針法の肩中兪刺針の針響
(長尾正人「弾発指から上肢の神経痛・五十肩まで」医道の日本、平成11年12月号より)
 
刺針法やや上方からの深刺→肩関節部へ針響(肩甲上神経刺激)                  

ほぼ中央からの深刺→上肢へ針響(橈骨・正中・尺骨神経刺激)            
やや下方からの深刺→肩甲間部のコリに効果(胸神経後枝刺激か?)           

※上2者は、腕神経叢刺激だろうか。括弧内の神経は筆者推定。  


3.肩中兪刺針の私的見解(似田)

 
坐位で2寸4番針にてやや脊柱側に向けて10°の角度で直刺4㎝。椎体の外側を擦るように 入。深刺すると斜角筋・腕神経叢刺激になり、星状神経節にも影響を与えるのだろう。したがって頸椎神経根症、前斜角筋症候群に適応があるのは勿論、頸部交感神経節刺激という点から、バレリュー症候群、気管支喘息、などにも適応がある。

肩中兪から斜角筋に刺針し、さらに少々深さを増すようにすると肩甲間部に響くようだ。

 

長尾氏は、肩中兪から下方に深刺すると 肩甲間部のコリに効果あると記しているが、これを肩甲間部に響きが得られるというように解釈し、その針響の起こる理由を考えてみた。胸神経後枝を刺激するとも考えたが、あまりに深刺になるので無理があった。
 
しかし前斜角筋のトリガーポイントを考えると、この疑問は氷解したようだ。斜角筋トリガー活性時、放散痛は肩甲間部にも出現するということだ。さらには甲間部以外にも、上肢に響いたり、肩関節部にも響くようだ。針の方向によって意図的に針響方向を変えるのは難しいが、被験者の痛み閾値が低下している部分(すなわち患部)に響くということだろう。


先に紹介した鈴木由紀子氏の考察は、当時はまだトリガーポイントという考え方が普及する以前の頃のもので、やむを得ない。

 5.代田文誌の治喘刺針の針響報告
(「針灸臨床ノート」第4集、医道の日本社刊、昭和50年6月30日)

肩中兪についての上記文章を書き終えた後、同じようなことを代田文誌先生が書き残していたことを想い出した。治喘の穴」とのタイトルで、「快速針刺激法」にでている治喘穴についてであった。治喘穴との名称は、これまでわが国では知られていなかった。文誌が、これまで治喘穴を大杼一行として用いていたものだった。「快速針刺激法」の記載は次の通り。

取穴:C7棘突起とTh1棘突起間に大椎をとり、その2~3分傍ら。骨縁。
主治:喘息、咳嗽、脊柱両側の痛み、後頭部の痛み。
針法:直刺1~1.5寸
針感:しびれて腫れぼったい感じが、下方に伝わり、背部または腰部に達する。

文誌自身の体験:昭和46年12月初旬に流感となった。葛根湯を飲んだり、身柱や風門に灸したがよくならず、やや慢性して咽痛や咳が出はじめ、夜中に咳がでて呼吸困難を感じるほどになり、布団の上に座っていなければならぬほどになった。
そこで自分で治喘と思えるところに針を打ってみたら、やや楽になったので、息子の文彦(代田文彦先生)に「快速針刺激法」の通り、治喘の針をしてもらった。
針尖を脊柱に沿って下方に向け、約1寸5分ほど刺入してもらった。すると脊柱に並行して下方に5寸jほどひびいていったが、針を抜いて更に直刺1寸ほどしてもらったら、針のひびきは、頸の方から咽の方に達した。すると間もなく咽が楽になり、咳が鎮まってきて、体を横にして眠ることができた。(以下略)

似田の見解:感冒は通常、発病後5日前後までは進行期(=副交感神経優位状態)であり、その後に回復期(=交感神経優位状態)に変化して発病7~10日程度で治癒する。副交感神経優位の症状とは、鼻水・発熱・だるさ・食欲不振などで、交感神経優位症状とは硬い黄色の鼻水出現であるが、この交感神経優位段階では元気を回復しており、日常生活ができるまでになっている。
しかし患者の中には7~10日どころか、数週間もカゼをひいている、カゼが抜けないという者がいる。これは、なかなか交感神経優位状態に移行できない者なのだろうと筆者は考えている。この時のカゼの治療は、交感神経を優位にするような施術を行う。具体的には「身体に活をいれる治療」で、座位にての強刺激の施灸がよい。

治喘から深刺しても斜角筋に達しないが、この部の筋(長短回旋筋など)状態が過敏状態となっていたので斜角筋に影響を与え、併せて交感神経優位に導いたとものと解釈した。

 

 


後頸痛に対する針灸治療の総括 ver.1.4

2024-05-06 | 頸腕症状

シンプルに私の行っている後頸痛の針灸治療を整理してみた。

2018.9.7で「本稿での後頸部の経穴位置と刺激目標」ブログ(以下)を発表した。今回はそれから6年経た現在の進捗状況である。

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/813c479992742718841d4e2777582ff0

 

1.胸椎・腰椎部筋の構造と針灸治療方法のおさらい
     まずは背腰部固有背筋を整理し、頸部の固有背筋と比較する。

起始・停止とも背部にある筋を固有背筋とよび、脊髄神経後枝支配である。胸椎と腰椎における固有背筋の構造は、浅層には起立筋があり、棘筋・最長筋、腸肋筋に細分化される。深層には横突棘筋があり、半棘筋・多裂筋・回旋筋(長短)に細分化される。
   

頸椎では頭・頸半棘筋が、胸椎は長・短回旋筋が、腰仙椎では多裂筋が発達している。横突棘筋の機能は、上下椎体間の静的安定を保つ役割と、脊柱運動(前後屈や左右回旋)の際、生理的範囲を越えた動きをないよう捻挫しないよう制限をかける役割がある。脊柱を動かす筋は、棘筋・最長筋、腸肋筋といった浅層筋であるが、これらは背腰痛を起こすような障害はあまり起こさないので、針灸治療上は考慮する意義は薄い。つまり腰痛の治療穴として代表的とされる腎兪や大腸兪は、実際には治療穴として使う機会はあまりない。
   

背腰痛の針灸臨床の場合、症状部の撮痛の発見→脊髄神経後枝興奮エリアの把握→後枝が脊椎傍から出る部への刺針→症状改善という一本道の考え方で成功することが多いので、これは針灸治療定理の一つとなる。背部部一行からの深刺が効く訳は、背腰痛の大部分は、横突棘筋の過緊張が真因だからだろう。

2.頸椎の筋の構造

※上図は以前に筆者が創案したものだが、長らく「脳戸」を「脳空」と誤って記載していた。ここにお詫びとともに訂正させていただきます。
脳戸の外方1.3寸に玉枕、脳戸の外方2寸に脳空がある。
脳戸(督)-玉枕(膀)-脳空(胆)と横並びになる。語呂は、脳(脳戸)のマクラ(玉枕)はからっぽ(脳空)。

頸椎では起立筋に代わり後頭下筋と板状筋が存在している。横突棘筋は胸椎~腰椎と同じように頸椎でも存在している。

1)後頭下筋の機能と刺激点

①後頭下筋は、後頭骨-C2間にある。その主作用は頭の前後屈運動の際、頸椎アラインメントからの逸脱防止がその役割になるが、うがいをする際は、後頭下筋の最大屈曲(25°)、顎をひく際は最大伸展(10°)が必要となり、これは後頭下筋の仕事になる。

②下頭斜筋を除く後頭下筋3種は、後頭骨下項線に停止がある。その代表刺激点は上天柱穴である。天柱刺針では大後頭直筋の下方に入ってしまうので、後頭下筋群に対する治療穴としては 適切な治療穴とはいえない。
C1C2棘突起間の外方1.3寸に天柱穴をとり、その上1寸で後頭骨-C1間に上天柱をとる。上天柱から直刺すると、僧帽筋→頭半棘筋→大後頭直筋と入る。なお僧帽筋は肩甲上部を挙上(肩をすくめる動作)する機能なので、頸部筋としての作用はない。

2)頭半棘筋と刺激点

①頭の前後屈運動の主体となるのは後頭下筋の浅層にある頭半棘筋で、頭半棘筋は頭の重量支持の大黒柱なので太く発達している。

②頭半棘筋の停止は、後頭骨上項線にあるので、治療点としては上天柱のさらに上方の下玉枕になる。ちなみに上項線中央にある外後頭隆起の直上に脳戸穴があり、脳戸の外方1.3寸に玉枕穴がある。脳戸の外方2寸には脳空穴がある。

③後頭下筋は、C1後枝(=後頭下神経)により運動支配を受ける、後頭下神経は知覚成分をもたないので、筋痛を生ずることはない。しかし後頭下筋と頭半棘筋の間をC2後枝(=大後頭神経)が通過して後頭に向かう部なので、後頭下筋の筋コリは大後頭神経痛のワレーの圧痛点になる。

大後頭神経痛の原因の大部分は、頭半棘筋の神経絞扼が原因となる。治療穴は下玉枕または上天柱になる。

 


3)頭半棘筋への効果的な刺針体位


腹臥位で大後頭直筋に刺入するよりも、この筋を伸張させた肢位で刺針すると奏功しやすい。

通常は下図の方法で行うが、この時患者の頭は術者の心窩部に当てる。

下玉枕ともなると、頭半棘筋の直下に頭蓋骨があるだけなので、直刺ではなく斜刺がよい。たとえば左下玉枕を刺入点とすれば、右下玉枕方向に斜刺する。

術者が女性で患者の頭が胸に当たることが気になる場合、下図の方法を使うこともできる。ただし下図では運動針を併用できなくなる。

 

4)頭の左右回旋運動と筋

①頭蓋骨を左右に回旋する主動作筋は、頭板状筋である。頭板状筋は、中部頸椎棘突起と乳様突起を結ぶ筋で、後頸部において頭部回旋の主役である。k頸椎全体での回旋ROMは左右それぞれ60°であるが、うち45°はC1-C2間で行われる。この左右回旋の主動作筋は、おそらく頭板状筋ではないだろうか?

②頭板状筋を刺激するベストポイントは下風池穴になる。風池穴でもよいが、頭板状筋筋腹を刺激するには下風池の方が適している。
ちなみに風池から深刺しても上頭斜筋に刺入できない。なぜなら上頭斜筋はあまりに深い位置にあるため。

 

※下風池はあまり聞きなれない穴名かもしれないが、芹沢勝助は耳鳴時に圧痛がみられるポイントとして本穴を紹介していた。ただし芹沢は、天柱と風池を一辺とした正三角形の頂点と記していた。一側の頭板状筋の緊張も後頭下筋と同じように一側の内耳機能を亢進させる。この左右差のコリの程度の違いが内耳症状を生ずるらしい。


5)頭半棘筋への効果的な刺針体位

頭半棘筋は頭部回旋の主役なので、過緊張している頭半棘筋を伸張させるような動きで痛みを生ずる。治療は、本筋を伸張肢位にして下風池に実施するとよい。


3.頚部横突棘筋の機能と頸椎一行刺針

深層にある固有背筋の役割は、頸椎重量の静的状態を維持する。また頸椎回旋運動での頸椎に加わる衝撃を緩和させることにある。この役割は、胸椎・腰椎にある横突棘筋と同じものである。もしも横突棘筋がないとすれば、脊椎捻挫が多発することになるだろう。

 

1)頭半棘筋への刺針

頸椎一行線の圧痛の好発部位は、頭蓋骨-C1間では下玉枕で、C7-Th1間では大椎一行(別称は定喘・治喘)が代表である。これらの穴は、頭蓋骨-頸椎、そして頸椎-胸椎といった異なった構造物のつなぎ目になるので構造的に脆弱である。
棘突起傍にあるにある横突棘筋のコリ→脊髄神経後枝興奮→腰殿痛症状という病理変化となる。

①下玉枕:上天柱と玉枕の中点。直下に頭半棘筋がある。
②定喘(教科書):C7棘突起下に大椎をとり、その外方5分
③治喘:大椎の外方1寸

頭半棘筋の下方には頸半棘筋と胸半棘筋があり、これら3筋が協力して頭蓋骨の引き上げ、顔を正面に向かせている。いわゆる寝違え時、後頸部だけでなく、Th3~Th7の高さの頸・胸半棘筋に刺入して、頸を動かす運動針を行うことが効果的なのは、この理由によるものだろう。

 


2)C3~Th7一行刺針

この高さにある横突棘筋に刺針する。これは脊髄神経後枝刺激になる。C1後枝とC2後枝は上行性に分布するが、C3以下の脊髄神経後枝は、すべて神経根から外下方45°方向に伸びる。なおこの反応は撮痛点としても把握できる。症状部から内上方45°方向の棘突起との交点にある背部一行線が取穴部位となり、そこから横突棘筋まで深刺する。

 

C3以下の後枝は、神経根から下外方に走行している。とくに後枝皮膚知覚枝は、症状部から脊髄神経後枝走行を斜め上方45°を下行しているので、後頸部~肩背部に、圧痛硬結もしくは撮痛部を発見できたら、その部位から逆に斜上方45°方向と背部一行(棘突起外方5分)上の交点が治療点となる。頸椎一行の圧痛点に深刺すると症状を緩和できることが多い。

施術の際は、側臥位で顔を下に向かせるように指示すると、頸椎の前弯が減少して頸椎一行の圧痛を触知しやすくなる。

     

3)頸板状筋

頸椎回旋は、その3/4が頭板状筋の収縮により左右回旋45°がC1-C2間で行われる。C2-C7間で、それぞれ上下の頸椎間で少しずつ回旋し、それが積み重ねた結果、15°の回旋運動になり、頸椎全体のしての左右回旋はそれぞれ60°が正常ROMである。C2-C7の回旋主動作筋は、頸板状筋になる。
ただし頸板状筋の障害で頸痛を起こすのではなく、回旋し過ぎぬようブレーキをかけているのが横突棘筋で、本筋が過伸張されて頸痛を起こしている。症状部は頸半棘筋にあったとしても、それは頸神経後枝の神経痛によるものであって、神経痛をもたらしているのは頸部一行深部筋であり、頸部一行への深刺が効果的になる。

 

 


胸郭出口症候群の針灸治療 ver.1.6

2020-11-23 | 頸腕症状

 胸郭出口症候群という診断は針灸師サイドではよくつけられるが、整形外科医はあまりつけたがらない。そのその理由をある整形外科医に質問すると、真の胸郭出口症候群であれば、絞扼部位を広げるような手術が必要な筈であり、安静や理学療法で改善するのであれば、その病態は軟部組織障害である。軟部組織障害であれば、通常の頸腕症候群の理学療法と同じなので、あえて胸郭出口と診断する意義はないとのことだった。

ただし針治療あるいはMPSの筋膜注射では、絞扼部位に対するピンポイント治療をしないと効果があまりないので、正しい治療のために正しい診断が必要となる。「正しい診断」とは、第1に頸腕症候群との鑑別、第2に胸郭出口症候群所属の頸肋・斜角筋・肋鎖・過外転症候群のどれかという判別である。これら4つの細分化された病名の鑑別は、教科書(国家試験問題)的には理学テストで判別する建前になっている(本当は理学テストだけでの判別は限界がある)。

1.胸郭出口症候群の概要

1)定義
胸郭出口部における腕神経叢と鎖骨下動静脈の絞扼障害をいう。かつては頸腕症候群に分類されたが、現在では独立した症候群になる。

2)症状

上肢の痛み、上肢のしびれ・だるさなど。
①上肢の痛みは、ピリピリ、ジリジリといった灼熱様で末梢神経分布に従う。
※神経根症状では、デルマトームに従った知覚鈍麻が起こる。
②鎖骨下動静脈も圧迫されるので、上肢は冷えを伴うことが多い。
※神経根症状では、血管症状は伴わない
③ルーステスト(3分間挙上テスト)陽性

2.胸郭出口症候群の分類

2.胸郭出口症候群の分類 

絞扼部位により、次の4つに細分化される

 1)頸肋症候群
第7頸椎横突起が延びて肋骨化した先天性奇形。低頻度。上肢やその付け根の上肢帯の運動や感覚を支配する腕神経叢は、頚神経から第8頚神経と第1胸神経から形成されるが、頚肋がある者は、第4頚神経から第8頚神経根から形成されることが多い。
腕神経叢の神経絞扼障害が生じる。鎖骨下動脈が絞扼されるか否かは場合により異なる。鎖骨下静脈は圧迫を受けない。

 



2)(前)斜角筋症候群
 斜角筋裂隙(前斜角筋、中斜角筋、第1肋骨で囲まれた部位)を腕神経叢と鎖骨下動脈が走行している。前斜角筋緊張のため、これらの神経と動静脈が絞扼された状態。鎖骨下静脈は絞扼されない。
 モーレーテスト(+)、アレンテスト(+)、アドソンテスト(+)


3)肋鎖症候群
鎖骨と第1肋骨の間隙から、腕神経叢と鎖骨下動静脈が出て、上肢に向かっている。この間隙が狭くなることにより、神経血管絞扼障害を起こした状態。低頻度。エデンテスト(+)

4)過外転テスト(小胸筋テスト)
小胸筋と肋骨間の間隙を腕神経叢と鎖骨下動静脈が走り、上肢へと向かっている。上腕外転時に、小胸筋の烏口突起停止部で、腕神経叢と鎖骨下動静脈が絞扼された状態。ライトテスト(+)


3.胸郭出口症候群の針灸治療

上肢症状が知覚鈍麻でなく、知覚過敏であり、上肢痛のみ訴え、で頸痛がない場合には、胸郭出口症候群を疑う。理学テストはルーステスト以外はあまり信頼性がなく、ルーステストは実施に時間がかかるので、圧痛点の所在から診断し、即治療とする方が実際的であろう。

なお1980年頃から、胸郭出口症候群の98%は、神経系圧迫の問題であって、血管圧迫の病態はわずかだとする認識に変化した。脈拍の消失を診るテスト(ライトテストやアドソンテスト)の有用性は否定されている(健常者でもよく陽性になる)

私の経験によれば、胸廓出口症候群の中の、前斜角筋症候群が大半であり、たまに過外転症候群も来るといった印象である。前斜角筋症候群の診断のためには、モーレーテストを使用し、過外転症候群の診断には、中府穴圧痛の有無を調べる。ともに神経圧迫テストで、該当部を圧迫すると筋緊張を感じ、やや強く押圧すると上肢に電撃様の神経痛が放散することで確定診断している。

1)前斜角筋症候群

前斜角筋症候群では、前斜角筋部(天鼎穴に相当。刺針には高い技術が必要)に刺針して置針10分を行う。頸を健側に精一杯回旋さたせると斜角筋か伸張された状態になり、この状態で刺入すると、上肢症状部に響きを与えやすい。

※天鼎位置:学校協会教科書では、喉頭隆起の高さの胸鎖乳突筋中に扶突穴をとる。扶突の後下方1寸で胸鎖乳突筋後縁に天鼎穴をとる。しかし斜角筋や腕神経叢を刺激するには、中国式天鼎の位置の方がよい。中国式では、甲状軟骨と胸鎖関節の中点の高さで、胸鎖乳突筋の後縁から下方1寸とする。すなわち中国式は教科書と比べ、2寸ほど下になる。

斜角筋のストレッチ方法についてトラベルは上図のような方法を紹介している。しかし筆者は天鼎刺針時の体位は、側腹位の方法がやりやすいと考えているので、患側上の側臥位にし、患側の腕を腰に回す(五十肩検査時の結帯動作のように)。また鼻を下になっている肩になるべく近づけるように指示するといった方法をとるようになった。この体位をさせることは、斜角筋をある程度ストレッチ状態にする目的とともに、天鼎刺針時に患者の肩関節が邪魔にならないようにするという目的もある。

 

2)過外転症候群

過外転症候群であれば中府穴から直刺し、大胸筋を貫き、その深部にある小胸筋部硬結まで刺入して置針10分を行う。なお症例によっては天鼎と中府ともに圧痛がある場合があるので、両者に置針10分することもある。小胸筋の反応をみるのは必ずしも容易ではないが、患側上肢を挙上させ、手掌で頭頂を触って固定した状態にさせると小胸筋はストレッチされているので、圧痛の有無を判断しやすい。圧痛点に刺針すると上肢症状部に響きを与えやすい。

※中府位置:中府は教科書では第2肋間で前正中から外方6寸とある。実際には気胸を避けて小胸筋を刺激する目的で、烏口突起の内方1.5㎝、下方1.5㎝を刺入点として直刺するとよい(深刺しても気胸の心配がない)。最近では、前記の中府穴ではなく、烏口突起の頂から1寸内方から直刺した方が、上肢に針響を与えやすいことを発見した。


3)追加すべき治療

側臥位にて頸椎一行からの深刺置針10分を行うと、さらに成功率が高まることを感じる。前記の頸椎の前枝だけでなく、後枝の治療も必要となる場合が実際的には多いようだ。それ以外の治療(たとえば患側上肢症状部に対する刺針)は必要がない。


 


腕神経叢刺針部位の検討 ver.1.1

2019-08-03 | 頸腕症状

上肢に神経痛様の痛みがある場合、腕神経叢の興奮を疑い、腕神経叢への刺針を行うことになる。これには腕神経叢直接刺激と、前斜角筋に刺針して間接的に腕神経叢に影響を与える方法がある。これらの刺激と、よく似たものが現代医学的にも、いくつか知られているので、比較検討してみた。 

1.腕神経叢ブロック鎖骨上法
神経ブロックでは、腕神経叢ブロック鎖骨上法が、針灸で行う腕神経叢刺に類似のものであろう。鎖骨左右中の中点、上下の骨幅の中点から上方1.5㎝から刺入するもので、腕神経叢を直接刺激する。本法は直下に肺尖があるので、深刺することはできないという意味で危険性がある。

2.モーレー点
腕神経叢ブロック鎖骨上法の部位より、わずかに内側にあるのはモーレー点であり、鎖骨上縁の前斜角筋部を直接圧迫するものである。モーレー点に圧痛や上肢への放散痛がある場合、(前)斜角筋症候群との診断になる。モーレー点を直刺すると、前斜角筋に命中するので同筋の緊張緩和に有効だが、腕神経叢ブロック鎖骨上法と同じく、深刺すると気胸を生ずる危険性がある。

3.エルブ点
 モーレー点の、少し上方にはエルブ点がある。頚部が伸展され,肩甲部が下方に牽引されると、上位型麻痺(C5C6神経=エルブ麻痺)が起こり、上肢が挙上位のまま牽引されると下位型麻痺(=クルンプケ)麻痺となる。エルブ麻痺は分娩時に新生児の肩が産道にぶつかって生じやすいので、とくに分娩麻痺との別称をもつ。なおオートバイ事故など強大な外力が加わると全型麻痺となる。エルブ麻痺では、手首から先は動くが肩や肘が動かない。C5神経麻痺では肩の挙上困難(三角筋麻痺)、C6神経麻痺では前腕屈曲困難(上腕二頭筋麻痺)を生じるためである。エルブ麻痺などの頸神経損傷は、強い力が短時間に加わった結果、すなわち急性症という特徴がある。 
 エルブ点は、仰臥位、治療側の反対に顔を向かせる。鎖骨内側1/3で、鎖骨上縁から3㎝上方の頸側にある。

 

4.木下晴都の扶突傍神経刺
 
下晴都は、前・中斜角筋の痙縮による腕神経叢や鎖骨下動脈の絞扼に対し、扶突傍神経刺を考案し、扶突傍神経刺と称した。腕神経叢を直接刺激するには、もっと下位頸椎レベルから刺入する必要があるが、腕神経叢を直接刺激せず、前・中斜角筋には刺入できるので、筋を弛めることで神経絞扼障害を改善するという、傍神経刺の原則にのっとったもであろう。
下図(着色は似田による)は木下の「最新鍼灸治療学」に載っているものである。この図では扶突からC6棘突起に伸びる波線を水平線と説明しているように思えて疑問に思っていたが、木下の講義を受けた方(現在鍼灸学校教員)がおっしゃるのは、「点線は水平線ではなく、針の方向を示している」との説明だったとのことだった。斜角筋緊張を緩める目的で、扶突からC6棘突起を狙って刺針する。

5.天鼎の位置(日本式と中国式)
腕神経叢刺を行う経穴といえば中国式天鼎を思い浮かべるのだが、日本製天鼎と比較してみたい。 
1)日本式天鼎
東洋療法学校協会の経穴教科書の天鼎は、「喉頭隆起の高さで胸鎖乳突筋前縁に扶突をとり、扶突の高さで胸鎖乳突筋後縁にそって下方1寸の部」としている。喉頭隆起の高さは、C4,C5棘突起(仰臥位時でマクラを使用しない時)なので、天鼎の高さはC5,6棘突起ぐらいになってしまう。腕神経叢を刺激するのであれば、高すぎる部位である。
2)中国式天鼎
甲状軟骨と胸鎖関節の中点の高さで、胸鎖乳突筋後縁から下方1寸にとる。だいたいエルブ点より2㎝下方(エルブ点とクルンプケ点の中点あたり)になると思う。

6.中国式天鼎への刺針法(実際に筆者がやっている方法)
筆者が腕神経叢刺針を行う場合、中国式天鼎あたりを使用している。ただし上記の取穴法では、解剖学的位置関係が不明なので、この方法をとっていない。
胸に刺すのではなく、頸筋に刺すという気持ちで行うことが大切で、これが気胸事故の回避になる。中国式天鼎あたりに1~2㎝以上刺入すると、上肢に電撃様針響が得られる。通常は仰臥位で行うが、響かせにくい場合には、側臥位で行うと、さらに響きを得やすくなる。

とりあえず筆者の普段やっている腕神経叢刺の方法を示す。

1)治療側上の側臥位にさせる。肩甲上部と頸部の境にあたる部の高さから、左手母指を伸ばす。
2)左手母指IP関節のつくる掌側横紋を下部頸椎横突起位置に固定する。
3)母指頭を固定し、母指IP関節を屈曲させつつ、母指頭を徐々に皮膚面に対して直角にもっていく。
4)母指頭を針にみたて、針を刺すつもりで、皮膚面を軽く押圧する。
5)上肢への放散痛が得られることを確認し、寸6で#2以上の太さの針で直刺し、上肢への放散痛を得る。そのまま5~10分間置針する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


肩甲上部と側頸部のコリへの解剖学的針灸と坂井流横刺

2017-02-07 | 頸腕症状

1.肩甲上部僧帽筋コリの鍼技法

1)柳谷素霊の秘法一本鍼伝書<肩井>刺針の概要 

位置:座位。肩?穴と大椎穴を結んだ中点の僧帽筋部。硬結部。
刺針:寸6の2~3番針を用いて、やや背中方向に直刺1~2㎝。

 

2)解説

針は僧帽筋に入る。深刺すると棘上筋に至る。深部には第2肋骨がある。肩井押圧に指頭に感ずる硬結は、この第2肋骨だとする見解がある。肩井は、僧帽筋のトリガーポイントにほぼ一致する。刺針刺激で活性化したトリガーポイントに鍼先が当たると、検者はビクンと筋が収縮するのを感じとれる。 

 

 3)坂井豊作の肩井横刺

坂井豊作は、江戸時代徳川末期の針医で<鍼術秘要>を著述した。その鍼の特徴は、経穴に刺すというより経絡に従って横刺するのだが、経穴位置にこだわらず、丹念に指先で反応を捉えるのを特徴としていた。これは經絡は皮下の浅層を通っているから、直刺よりも横刺の方が經絡に与える刺激が大きいので治療効果は大きいと考えたからである。その刺激対象は今日でいう筋肉や筋膜(皮下筋膜を含む)であろう。代田文彦先生は、坂井豊作の横刺のことを「縫うように刺す」と語っていたことを思い出した。

     
坂井の肩甲上部僧帽筋に対する横針は、患者を側臥位にし、医師は患者の後に座る。僧帽筋腹を後から前へ約1㎝間隔で4~5本刺し、さらに巨骨あたりから首のつけね方向に僧帽筋筋線維に沿って横刺する。この巨骨からの僧帽筋筋線維に沿った鍼は、非常に効果が大きいとのこと。なお刺針の際は、皮下組織を母指と示指でつまみ、そこを刺すようにする。


坂井豊作の肩甲上部の小腸経に沿う横刺を具体化したのが柳谷素霊の肩井の一本針だろうが、坂井の肩部の横刺の目的は、心窩部~上腹痛に対するものとなっている点が大きく異なる。現代医学的には、肩甲上部僧帽筋刺激→C4神経根→横隔神経→横隔膜隣接臓器への刺激(とくに胃に対する刺激)という具合に説明できるだろうが、肩井からの刺針で本当に腹痛が改善するとは考えづらく、これには坂井流横刺の技法が関係しているのかもしれない。寸6#2で座位で肩井に直刺すると、必ずといってよいほどゲップする患者がいたことを思いだした。これは記憶に残るほどレアなケースだった。

 
2.側頸部胸鎖乳突筋コリの鍼技法

1)C.Canの僧帽筋コリを緩める技法

 

上図は仰臥位で健側を向かせ、横突起先端に刺針するもの。横突起先端には肩甲挙筋・中斜角筋・後斜角筋が付着しているので、これらの筋を緩めることを目的としている。
下図は患側胸鎖乳突筋を収縮さえるため、顔を横に向かせて頭をマクラから頭を少し持ち上げ、その状態で胸鎖乳突筋筋腹に刺針している。

2)坂井豊作の胸鎖乳突筋後縁側からの横刺

坂井は<鍼術秘要>で、胸鎖乳突筋後縁側からの横刺も発表しているが、この治療目標は疝痛様腹痛になっている。現代医学での解釈は、胸鎖乳突筋刺激→C3神経根→横隔膜神経→横隔膜隣接臓器への刺激となるだろう。疝痛が内臓平滑筋痙攣を意味するものであれば、鎮痛効果が得られやすいといえるが、側頸部に刺針して腹部仙痛を治療することは、生理学的機序が納得できるものであっても、その治療効果に疑問をもつせいか、現代ではあまり一般的とはいえない。これも坂井流横刺という技法があって成立するものかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


上腕がまったく動かせなくなった2症例の治験

2014-04-24 | 頸腕症状

1.肩関節症状時、側頸部から斜角筋に刺激する方法

肩関節痛の針灸治療では、頸部治療も必要となるケースが多いことは広く知られている。
肩関節の主動作筋は、腕神経叢(C5~Th1)より出る次の2つの神経が中心となっているので、腕神経叢の神経絞扼障害があれば、肩関節症状は起こりえる。

腋窩神経支配:小円筋・三角筋
肩甲上神経支配:棘上筋・棘下筋
 
具体的に肩関節の運動時痛があれば、上記の筋を支配する腕神経叢刺激を行う。このための筆者の方法は、扶突から同側横突起方向に押圧して前中斜角筋の緊張度を診て、必要に応じて前中斜角筋に、2~3本刺針するという方法をとると有効となることが多い。このやり方は、木下晴都の方法を真似たものである。この技法の利点は、指頭で頸椎横突起方向に押圧することになるので、前中斜角筋の緊張度が把握しやすい点にあると思われる。

木下氏の斜角筋刺と類似のものに、天鼎刺針(=腕神経叢刺)がある。天鼎刺針は、いわゆる神経根症状に対して適応となり、刺針すると上肢に響きが放散することが多い。どちらか優れているかというものではなく、使い方が異なる。


 

 

2.症例 

最近、<症例2>を経験した。その30年程前、私は<症例1>を経験していたので、それが邪魔して正しい病態把握がしづらかったと思う。 

1)症例1:針灸治療中に生じた肩腱板完全断裂の例(80歳代 女性)

私が総合病院内で針灸臨床を初めて3年目くらいの頃、一人の80歳過ぎの老人女性を治療した。どこが悪いのかは忘れてしまったが、その人が、腕が挙がらないと訴えた。診ると、片方の腕は、ほぼブラブラ状態になっていた。痛みはまったくなかった。その時の私の治療は、肩関節附近に施術していらず、患者も私を責める様子でなかったので、一応安心しつつ、総合病院内の整形外科に依頼した。すると、肩板完全断裂ということで、手術するとのことだった。

以上の苦い経験から、肩関節が動かない→肩腱板完全断裂という思考回路ができたようだ。

2)症例2:肩関節の運動不能が、エルブ麻痺由来と思われた例(52歳、女性)
 
52歳の女性が来院した。以前から、膝痛や頸で時々来院していた人だったが、10日ほど前から左腕が挙がらなくなったという。発症3日後に整形外科受診したが、様子をみましょうといわれたが、今になっても改善しないので、心配になって当院来院した。思い当たる原因はない。痛みはまったくない。
座位での左肩関節を外転運動はまったく不能。外転90°位の保持も不能。仰臥位では外転90°程度まで可能だった。
肩関節周囲に、目立った圧痛や腫脹、発赤は見られなかった。

左肩関節腱板完全断裂を疑ったが、年令が若いこと、また普段から重労働している訳ではなく、肩関節を強打した覚えもない、肩関節周囲に圧痛もなかった。この時点で、エルブ麻痺のことは念頭になかった。とりあえず肩関節周囲に刺針したが、治療無効。

 
この患者は15日後再来。左肩関節は90°外転ができるようになっていた。MRIでは、腱断裂所見は認めなかったという。そういうことであれば。エルブ麻痺かもしれないと思った。その後、次第に症状は自然に改善され、完治に至ったという。


※エルブ麻痺とは

肩甲部の下方牽引や分娩時に生じる上位頸神経幹麻痺。C5神経麻痺で肩の挙上困難(三角筋麻痺)、C6神経麻痺で、前腕屈曲困難(上腕二頭筋麻痺)。自然治癒しやすい傾向がある。

対比すべき疾患としてクルンプケ麻痺(=下位神経幹障害C8,Th1)がある。クルンプケ麻痺では、手首から先が動かないが、肩や肘が動く。一般に難治である。


肩甲骨裏面に自覚するコリの正体と刺針法 Ver 2.0

2012-10-10 | 頸腕症状

1.肩甲骨裏面のコリの疑問
頸椎椎間板ヘルニアの患者は、頸部痛や上肢痛を訴えるとともに、肩甲骨内縁や肩甲骨裏面に、コリや痛みを訴えることがある。また緊張性頭痛と緊張性の頸コリを訴える患者でも同様の現象がみられることがある。

この理由として、初めは肩甲下筋の緊張に由来するものだろうと考えていた。肩甲下筋は肩腱板の一部であるが、上記症状をもつ患者は肩関節症状とは無関係の者ばかりなので、判然としなかった。

従来から肩甲骨内縁のコリや肩甲骨裏面のコリを訴える者に対し、肩甲骨内縁から肩甲骨裏面へ水平刺する方法が広く行われていることは知っていた。しかし肩甲骨内縁のコリは脊髄神経後枝の興奮に由来すると筆者は考えていたので、大小菱形筋のコリという考えさえも疑問視していたのであった。

しかし常連患者で、肩甲骨裏面が凝って非常につらいという訴えがあったので、肩甲骨-肋骨間に入れる局所刺針を行ってみた。最初は一向に感触がなかったのだが、よく来院する人かつ針に強い人でもあったので、いろいろ試行錯誤できた。その結果、私なりに結論を得ることができたので、報告する。

なお本稿は、一年ほど前の報告を書き改めたものであるが、当時と結論が異なっている。

 


2.肩甲骨裏面への刺針

患者の中には、肩甲骨の裏が凝ると訴える者がいる。局所治療として、そのコリ部に刺入するためには、肩甲骨内縁を刺針点として、肩甲骨と肋骨間に刺針することになる。
肩甲骨と肋骨間にある筋は、肩甲下筋と前鋸筋である。肩甲下筋も前鋸筋も、腕神経叢の枝に属する。

 

 

 

 

 

 3.刺針体位の工夫

肩甲骨と肋骨のつくる間隙に十分深く刺入するためには、患側を下にした側臥位または側腹位にするとよい。この体位により、肩甲骨が背部から浮き上がるので、刺入しやすくなる。

 

4.刺入

肩甲骨内縁の膏肓あたりを刺入点として、肩甲骨裏面と肋骨間に刺入する。針は、4番~8番が必要である。2番以下ではツボに当たったという手応えを感じにくい。

また3㎝程度の刺入では響かず、5㎝以上刺入すると刺し手にしこりを感じることができるので、ここを狙って刺入する。ツボに命中すると、患者はコリを感じる肩甲骨裏面あたりにドンいう刺激が得られ、「よく効いた」といって満足する患者が多い。

 

5.肩甲下神経のモーターポイントを刺激しているのか?

刺入すると、まず前鋸筋を貫くが、この程度の刺針長では針響は得られず、手応えも得られない。さらに刺入を勧めると、肩甲下筋中に入る。響きが得られるのは一定の長さの刺入の後なので、肩甲下筋を刺激したというよりも、肩甲下筋のモーターポイントを刺激した結果だと思っている。なお肩甲下筋の支配神経は、肩甲下神経(純運動性)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


肩甲骨上角のコリに肩外兪運動針、肩甲骨部~肩甲上部のコリに附分斜刺

2010-07-15 | 頸腕症状
 本稿の附分穴斜刺の内容は、医道の日本、H22年2月号掲載の筆者原稿と重複する内容であることを、あらかじめお断りしておく。

1.肩外兪
  Th1~Th2棘突起間に陶道をとり、その外方3寸に肩外兪をとり。本穴は、肩甲骨上角部であり、そこは肩甲挙筋の停止部である。肩甲挙筋は、洋服をかけるハンガーのように、重くぶら下がる上肢をつなぎ留める役割をもっている。肩甲骨上角は、上肢の動きに際し、運動量が大きい処なので、肩甲骨内上角滑液包炎を生じやすい。

実際には、患者は肩甲上部のコリを漠然と訴えることが多く、施術者側としては間違って肩井部のコリと判断し、頸神経叢刺針を行うも、さっぱり効果が得られないという事態になる。
 
肩外兪のコリは、下図のようにロープ状に出現しやすい。筋線維と非水平に刺針(交叉刺)し、上肢の自動外転運動を指示することで改善できることが多い。




2.附分
 患者のなかには、肩甲骨裏面(肋骨側)のコリや痛みを訴える者がいる。肩甲間部の筋の大半は肩甲背神経という純運動神経が支配しているので、この限りでは痛むことはないだろう。

ただし深部に起立筋があり、起立筋は脊髄神経後枝支配なので、起立筋のコリや痛みが生じているケースは多々ある。この場合には、脊髄神経後枝を刺激する目的で、Th1~Th5棘突起の直側に刺針することで、改善できるのが普通である。

しかしながら附分から斜刺し、上後鋸筋を刺激する必要がある例もある。この場合の附分は、肩甲骨上角と肩甲棘内端縁の中点をとる。座位にして、ここから肩甲骨裏面(肋骨側)に向かって45度の角度で3㎝斜刺し、針先は肩甲骨下に到達する。このあたりの筋は運動性神経が支配しているものばかりだが、例外的に上後筋は、体幹背部にありながらも、肋間神経(混合性)支配というユニークさである。知覚成分があるので刺針すると肩甲骨裏面~肩井周囲に、ほぼ確実に針響を送ることができるので、運動針する必要はない。響かなければ効果もない。







腕神経叢刺激点としての天鼎・肩中兪 

2006-06-09 | 頸腕症状

1.腕神経叢刺激点
 
腕神経叢はC5~Th1神経前枝からなる。ここから分かれる枝は、主として上肢全般の運動と知覚を支配する。腕神経叢を刺激するには、肩中兪穴と中国式の天鼎が妥当である。東洋療法学校協会編の経絡経穴学教科書の示す天鼎の位置は、古典的に忠実かもしれないが、腕神経叢刺激点としては不適当である。

 中国流天鼎は、腕神経叢の直接刺激点である。それと同じ高さで背中に位置するのが肩中兪である。肩中兪から深刺すると間接的に腕神経叢を刺激することができる。すなわち腕神経叢を前から攻めるのが天鼎、後ろから攻めるのが肩中兪だといえる。

1)天鼎穴の取穴

学校協会:扶突(喉頭隆起の外方で胸鎖乳突筋中に扶突をとり、その後下方、胸鎖 乳突筋の後縁。

中国流:甲状軟骨と胸鎖関節の中点の高さで、胸鎖乳突筋後縁から下方1寸。

2)肩中兪の取穴


実際的には座位で、C7棘突起の外方1寸にとる。(正しくは外方2寸だが深刺すると気胸を起こすことがあるため)


2.肩関節痛と腕神経叢の枝
 
肩関節痛に関係ある神経は、腋窩神経と肩甲上神経なので、神経ブロック的には腋窩神経刺激点として肩貞穴、肩甲上神経刺激点としては秉風や天宗をとる。

※具体的には、肩関節痛のブログ参照のこと


3.上肢症状と腕神経叢の枝


頸腕症候群で、頸部痛単独では頸部軟部組織障害を考えて、頸部筋に対して施術することが多い。頸部痛に上肢症状が加われば神経根症状を疑い、この考察の裏付けのために腕神経叢の反応点として天鼎の圧痛を診る。圧痛があれば神経根症の疑いが強くなる。

 
もっとも神経根症との診断はできても、神経根症をもたらした原因が頸椎椎間板ヘルニアであれば、天鼎刺針しても本質的解決にはならず、施術効果は一過性にとどまることが多い。

 ヘルニアで頸部痛に加え、上肢症状が非常に強ければ、手術しかないが、症状が弱いものであれば針灸よりも、食事とトイレ以外は横になっているという程度の「徹底した安静」が推奨できる。安静には局所浮腫をとるという意味がある。神経自体の浮腫が減れば、体積が減ずるので圧迫の程度も減少するからである。



頸神経叢刺激点としての天窓

2006-06-09 | 頸腕症状
 頸神経叢はC1~C4神経前枝からなる。頚神経叢から出る枝で臨床上重要なのは、小後頭神経と直接筋枝である。
1)小後頭神経:興奮時には、小後頭神経痛を引き起こす。
2)直接筋枝:興奮時には、肩甲上部(肩井あたり)のコリをもたらす。

 頸神経叢の直接刺激には天窓刺針を用いる。肩井部のコリに対しては、肩井直接刺激を行うのが普通だが、人によっては座位にての天窓刺針の方が効果的なこともある。天窓の取穴は、咽頭隆起の高さで、胸鎖乳突筋の後縁にとる。





胸鎖乳突筋緊張を弛める刺針法

2006-05-09 | 頸腕症状

 頸部痛を訴える者では、後頸部筋は当然ながら、胸鎖乳突筋の緊張をみることが少なくない。緊張の有無は、本筋を母指と示指でつまむようにするとわかりやすい。むちうち症、精神緊張では、胸鎖乳突筋緊張は高頻度にみられる。
胸鎖乳突筋緊張を弛めるには、通常の刺針では効果的ではないので、独特な工夫が必要である。

1.5分針にての多数単刺
 代田文誌は、5分針を使い、胸鎖乳突筋に多数単刺術で刺針したという。このことは、1995年5月28日、日本針灸師会学術講習会にて代田文彦氏が「父の治療を見学していて」と題して報告したものだが、刺針肢位に関しては言及してない。

2.頭をマクラから持ち上げた肢位にて刺針雀啄
 仰臥位。胸鎖乳突筋を緊張させるため、患者に少しだけ頭をマクラから持ち上げるようにさせる。外頸静脈をさけつつ、乳様突起の下、2.5~5㎝の点で胸鎖乳突筋の上部を針治療する。側屈の可動域を調べてみれば、改善されているはずである。
(C.CHANN著、木村昭人ほか訳「筋々膜痛の臨床」)

 その他に、「胸鎖乳突筋をゆるめるには、本筋全体に多数刺針する」といった内容が書いてある本があったのだが、出所は忘れた。

 私は一通り追試してみたが、伏臥位での5分針にての多数単刺は効果不明、頭をマクラから持ち上げさせての刺針は患者の負担が大きく実用的でないことを知った。また胸鎖乳突筋を緊張させての刺針がようだろうと考え、仰臥位で頭を横を向かせての刺針を試行したこともあるが、明確な効果はなかった。

 結局、胸鎖乳突筋(および斜角筋や肩甲挙筋など側頸部の筋も含めて)の緊張を弛める実用的な方法は、寸6#3程度の針を用い、座位にて圧痛硬結を目安に数カ所刺針、その状態で頸の左右の回旋動作を行うという運動針法に落ち着いた。

PS:上図の赤×印に置針した状態で運動針することは、指圧マッサージ的手法であって、鍼灸治療としてスマートさに欠ける。そこで座位にて胸鎖乳突筋付着部の完骨穴のみに刺針し、そのまま首の左右回旋運動を指示すると、次第に可動域が増すようになることを発見した。胸鎖乳突筋の緊張に対して、この方法でも効果がある。


肩甲間部のコリにはTh1~Th4夾脊刺針

2006-03-12 | 頸腕症状
 肩甲間部のコリや痛みで鍼灸に来る患者は多い。初心者鍼灸師は局所治療をするのだろうが、これでは治せない。

 肩甲間にある浅層筋は大・小菱形筋であり、肩甲背神経(純運動性)が支配している。肩甲背神経とは腕神経叢の分枝である。深層筋は起立筋および板状筋ともに脊髄神経後枝(混合性)が支配している。

 もし肩甲間部のコリが肩甲背神経の興奮によるものだとすれば、腕神経叢への刺激(中国流天鼎など)をすると少しは効果がみられるはずだが、たいていは無効である。しかし脊髄神経後枝を刺激すると著効が得られることから、肩甲間部のコリは起立筋または板状筋の緊張に起因すると推定される。

 後枝の治療点は、症状部位の斜め45度内上方(脊柱方向)の背部一行であって、結局肩甲間部のコリは、Th1~Th4棘突起の直側刺激で、ほぼ満足すべき治療効果が得られる。