AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

焦氏頭針法と朱氏頭皮針法 ver.1.1

2024-01-29 | やや特殊な針灸技術

私の手元には、焦氏頭鍼法、朱氏頭皮針法、山元式新頭針法といった3種の参考文献がある。歴史的には、焦氏頭鍼法は焦順発医師が1960年代に、朱氏頭皮針法は朱明清医師らにより1980年代に、ともに中国で開発された。山元式新頭針は、YNSA(Yamamoto New ScalpAcupuncture)とも略される。1980年代頃から日本の山元敏勝医師により開発された。この3つの方法は治療点が異なり、治療点を示す頭のマップも当然異なっている。山元式新頭針法は別稿にゆずり、ここでは焦氏頭鍼法、朱氏頭皮針法の概要を説明する。

1.焦氏頭鍼法(杉充胤訳「頭針と耳針」、自然社、昭和50年)

1)焦氏の頭針チャートと理論的根拠

上記書籍「頭針と耳針」は頭針療法(山西省稷山県人民病院編)と耳針(中国人民解放軍南京部隊編)の合本である。昭和50年、自然社より刊行された。前半1/4(約50ページ)が頭針について書かれているが、当時の中国においても耳針とは違って頭針は目新しいものだった。後半3/4が耳針について当時中国では文化大革命が進行中であり、中国共産党の中央幹部以外のカリスマはつくらないという方針からなのか、著者名は伏せらせていた。著者が焦順発医師だと知れるようになったのは、かなり後になってからのことだった。

焦氏頭鍼法は、大脳皮質の機能局在を、素朴な形で頭皮に投影させている。この象徴的な例としては、大脳中心溝の前方部分の中止前回に相当する部が運動区となり、中心後回に相当する頭皮が感覚区となっていることがみてとれる。
運動麻痺時は、運動区を刺激するが、ペンフィールドの小人に準じた大脳機能局在があって、頭頂付近は下肢、側頭部付近は顔面部が、両者の中間領域は上肢に振り分けられている。

 

 

 

2)用針:焦氏頭鍼の方法では、2.5~3寸の26~28号中国針(日本針では15~12番相当)を使用する。
3)刺針手技:斜めに捻針しながら刺入、頭の皮下、あるいは筋肉層にまで刺針する。その深さに達したら、針を固定し上下してはならない。その後、毎分200回前後捻針し、各回、針体が前後に2回転するくらいに捻針し、1~2分間捻転し、5~10分間置針しておいたら、また前回と同じように捻針することが必要である。これをもう一度繰り返してから抜針すればよい。
4)私の印象:今となっては大脳機能局在の、原始的な局在をマップの根拠としている点で治効理論的に非常に弱い。しかし従来の体針法では知覚異常性疾患に鍼灸で治効を引き出せても、運動性麻痺性疾患が鍼灸では弱いことを自覚し、それに対処するための着眼点としては妥当であり、実際に運動麻痺性疾患に効果があり、鍼灸の適応を拡大したことを評価すべきであろう。頭針法の原点といえる。 

 

2.朱氏頭皮針
 (朱明清、彭芝芸著、「朱氏頭皮針」東洋学術出版社、1989.9.20刊)

 

1)朱氏頭皮針の頭針チャート 
朱氏頭皮針のチャートは、焦氏頭針のチャートと似ている部分が少なくない。たとえば、前頭部髪際にみる治療帯、頂顳帯が中心溝に一致している点などである。総合的に焦氏頭針法の流れを受け継ぎ、改良したものだと推測できる。


2)用針:朱氏頭鍼の方法では、1~1.5寸の30~32号中国針(日本針では10~8番相当)を使用する。従って、焦氏と比べて、短く細い針を使用する。座位で施術することが多い。僧帽筋膜下層(やわらかい疎生結合組織)に刺入する。そのためには、頭皮と15~30度の角度として、1寸くらい刺入する。

3)刺針手技:朱氏頭鍼が焦氏頭針法と比べての最大の違いは、単なる刺針手技をするのではなく、補瀉手技を行う。

①抽気法:頭皮に対して、15度の角度で、指の力を用いて鍼尖を皮膚にすばやく刺入し、さらに腱膜下層まで刺入したら、鍼体を寝かせ、1寸ぐらいゆっくり刺入した後、瞬発的な力で表層に向けてすばやく引き出す。引き出す幅は、多くても1分くらい。得気があり効果が収められるまで以上のことを何度か繰り返す。補法の手技。
②進気法:刺入方法は抽気法と同じ。鍼体を寝かせ、1寸ぐらいゆっくり刺入した後、瞬発的な力で内にすばやく押し入れる。押し入れる幅は、多くても1分くらい。得気があり効果が収められるまで以上のことを何度か繰り返す。瀉法の手技。
 
4)促通手技の併用

刺針手技中は、患者に疎通効果が得られるよう協力して運動方を併用させる。中国医学の言葉でいえば、導引の併用ということであろう。疎通効果を得るための運動は、疾患によって異なるが、私が見学した講習会で学んだ方法を紹介する。、

①片麻痺に伴う歩行困難(車椅子患者)

座位にさせ、頭皮針実施。刺針手技に応じて、患側下肢を太ももから浮かせ、足裏を床面に音をたて叩きつける動作を繰り返す。大きな動作ほど有効。
②耳鳴、難聴
患側外耳口から術者の指先を入れ、刺針手技に応じて、指を抜き差しする。
③腰痛
座位で頭皮針を実施。その際、助手の先生に腰背部疼痛部を叩かせる。
 
5)置針:一般的に頭皮鍼の留鍼時間は、長いほど優れた効果が得られる。通常は、2~4時間にも及ぶ。留鍼中に間歇的に手技を施し、一定の刺激量を持続できれば、治療効果は一段と高められる。

 
6)私が東京衛生学園常勤教員だった頃、東京衛生衛生学園では朱明清・彭芝芸を招待して講演する機会をもった。その冒頭、朱氏は「私の講演では、まず最初に実際の患者に頭皮針を行い、その効果をお見せすることにしている」として、学校近くのM病院に脳血管障害で入院中の歩行困難患者に対し、頭針鍼を行ってみせた。施術時間10分間ほどで、驚くべきことに歩行可能となった。数人の難病患者をその場で治療し、どれも速効的な効果が出せていた。

しかしながら追試しても、同じような効果を出すことは難しかった。この理由として、刺針部位の選出の誤りもあるかもしれないが、重要なのは針の手技の違いなのだろうと思った。実際、朱氏頭皮針法を追試しても、同じような効果が出せないということは、よく耳にする。朱明清医師の技術は非常に高いものだという事実に異論はないが、追試が無理なのであれば、医療技術の普及という点ではマイナスになる。 


カッサの効果 浅層ファッシア刺激と皮下出血効果 ver.1.1

2023-04-10 | やや特殊な針灸技術

カッサは次の2つの統合刺激である。すなわち「皮膚をこする」こと、次に「皮下出血させる」ことである。個別に検討をしていく。皮下出血させることを目的とする施術は珍しいが、皮膚をこするという方法は、同じような手技療法がいくつか存在している。こすって何を調べているのかといえば、今注目を集めている「浅層ファッシアの癒着」の有無を調べている。つまりカッサをすることは浅層ファッシアをリリースしていることになる。


1.浅層ファッシア刺激の方法

 
1)結合識マッサージ

  
皮膚や皮下組織に機械的刺激を与える治療として、我が国では按摩・指圧が、中国では推拿が、そして西洋でははマッサージが行われてきた。
西洋でのマッサージの新しい技法として1952年、ドイツのエリザベート・ディッケは結合織マッサージを考案し命名した。

従来のマッサージは、なでる・さするなどの皮膚刺激をするのに対して、結合織マッサージでは、結合識(皮膚・皮下組織・筋々膜・腱・靱帯・血管壁など)に対するマッサージを行う。患者さんの皮膚をつまんだり、両手で寄せてシワを作らせたりして、少しつつずらせていく。このようにすると健康な部は弾力的で皺ができやすいが、病的な結合識では皺ができにくくざらザラザラした状態を指先に感じる。

結合識マッサージのもう一つの特徴は、反射帯(内臓反応が皮膚に投影されたヘッド帯、および内臓反応が筋に投影されたマッケンジー帯)に施術する点にある。このような方法で身体を調べると、どのような疾患であっても脊柱を中心に腰~殿部(L2~S4)にかけてと、項の部分(C8)に反応点が集中する傾向があった。これは内臓と特定の体表部位との間につながりがある領域ということになる。ちなみにドイツのシャイトは脊髄神経系と内臓支配する自律神経が互いに影響を受ける領域として、C8.L2、S2を移行分節とした。移行分節とは聞きなれない単語だが、脊髄の一段と太い部分(頸膨大・腰膨大)に相当し、上肢と下肢の神経の出るところといった意味がある。S2は人間では退化したが、尻尾の出るとことだろう。

要するに上肢や下肢の刺激は、体幹内臓治療にも使えるということを示唆している。

結合織マッサージを行うと、従来の皮膚に対するマッサージに比べて皮膚温が上昇し、関節可動域が向上するなどの効果が得られるのだが、では指圧・按摩と似たような手技になってしまうので、現在では結合識マッサージという言葉はあまり用いられなくなった。”結合識”とは広い概念である。真皮・皮下組織・粘膜下組織・骨膜・筋膜・腱・血管外膜など、すべて結合組織になってしまうので、結局何をマッサージしているのか判然としないことが原因だろうと思われた。現代的認識では、結合識マッサージとは、皮下筋膜(=ファッシア)に対する刺激手段となるだろう。

2)ストレッチ
    
筋を伸張させることを(筋)ストレッチといい、1970年代にアメリカで開発された。ストレッチは柔軟性を高めるための運動として、筋肉ならびに結合組織の柔軟性を改善し、関節可動域を広げる。じっとしているなどの不活発な状態が続いたり、トレーニングなど特定の部位が疲労すると膜が硬くなり、膜と筋肉との間の滑走(すべり)性が悪くなる。また、疲労や老化によって筋膜細胞の減少や弾力性が無くなると、滑走性が悪くなり、痛みがでたり動きにくくなり、柔軟性も低下する。これは筋膜と隣接する結合組織が癒着している状態であり、これを開放(リリース)させることが大切になる。これを「筋膜リリース」と呼ばれている。

   
やがて筋膜のストレッチだけでは不十分で、浅筋膜もストレッチすべきだとする考えも生まれた。皮膚をこすることは皮下筋膜に影響を与え、外皮-皮下組織-筋間の滑走をよくする。すなわちファッシアの動きを回復させる効能がある。

 

3)グラストンテクニック  

ラストンテクニック Graston Technique とは筋膜スリック(筋膜を滑らかにする)一つの技法であり、1994年前に米国のアスリートによって発案された。専用の医療器具を用いて皮膚を擦り、浅筋膜の癒着を開放しようとするものである。グラストンテクニックで使われるのは、いろいろな形をしたステンレス製の道具で、擦る部位により使用する道具を変える。グラストンテクニックは、カッサそのものであるが、浅筋膜刺激を目的とするもので、皮下出血は必要としない。グラストンテクニックの主眼は浅筋膜リリースであり、皮下出血は必らずしも必要とない病理機序として扱った。
皮膚をどの程度の強さで押しつけるのか、何回くらい上下にスライドさせるのがよいかは意見が異なるようである。軽刺激でよいとする立場では、筋緊張部位にタオルをあてがい、一方向に20回ほど軽くこする。強刺激がよいとする立場ではカッサと同様、赤く皮下出血が起こるまで擦り続ける。

 

グラストンテクニックにより生じた皮下出血斑

 

4)撮診法(成田夬助)
 

皮膚と皮下組織を一緒につまむと、痛みを強く感じる部とさほど感じない部があることに気づくが、この現象を治療に応用したのが成田夬助(かいすけ)で、撮診とよんだ。西洋では同様の手法を skin rolling  スキンローリングとよんでいる。撮診の手技は、皮膚と皮下組織をつまんで、圧痛の有無を診るというものだが、撮診で痛む部は、他部位と比べて皮膚と皮下組織が分厚く感じる。

つまむとつねられているように感じるのは皮神経か過敏になっているからだろう。分厚く感じるのは、浅層ファッシアが皮下組織と癒着している証拠である。


2.カッサによる皮下出血について

 
表皮に血管はないが、真皮より深い組織には血管がある。皮膚を何度も強くこすると、皮膚は発赤し、やがては皮下出血するまでになる(身体の部位別に皮下出血しやすい部位としにくい部位があるが)。皮下出血とは皮下にある毛細血管や細静脈血管に傷がつき、血液が血管外に漏れ出すことをいう。

 
一度血管外に漏れた静脈血は二度と血管内に戻ることはない。動かない血液すなわち瘀血である
。内出血は自然と皮膚に吸収されるが、修復する際の自然治癒力を利用して治療効果企図する。カッサの皮下出血斑は意外にも1~2日で自然消退するのは、吸玉による皮下出血斑では消えるには1~2週間を要することとは対照的である。

カッサによる皮下出血斑は、1~2日後にはほぼ消退することから、浅い部分の毛細血管または小静脈の血管から漏れ出た血液であろう。皮下出血を皮膚は吸収しようとして、新たな生理機序(=自然治癒力)を引き出す。
意図的に皮下出血させる意義について医学的エビデンスははっきりしたものがない。しかし皮下出血を組織に自然吸収させるためには自然治癒力を活用しているのだから、この部分の代謝が活発化し以前の状態に戻そうとしている。この生体反応を疾病治療に活用しているといえる。カッサ施術後の皮下出血は端から見れば、ムチで叩かれたような痛々しいものになるが、皮下出血斑は数日間で急速に改善され、数日中には殆ど消失するという特徴がある。これは打撲傷時の皮下出血に比べ、出血部分は浅層からのものだと思われた。カッサではこの皮下出血斑を瘀血として捉えている。瘀血といっても内臓病変とは無関係で、静脈血流の部分的停滞のことをいう。

3.カッサの研究

皮下出血させると色々な疾病に効果のあることは、カッサの症例から推測されるが、その具体的機序については、いつの間にか世界中の医学者が研究しており、こちらが驚かされるほどである。

この状況は、まず「google  shcolar 」の検索サイトに行き、そこで「covid-19  guasha」で検索をかけてみると知ることができる。google shcolar とは
グーグル検索で、とくに学術論文を集積されたサイトのこと。covid-19は新型コロナウィルス感染症、  guashaはカッサのこと。

たとえば現在コロナ後遺症患者は、わが国にも数十万人いる。疲労倦怠・関節筋肉痛・咳喀痰・息切れ・胸痛など多くの症状が残ったままで、何も手立ての方法がない状況がある。このような状況にあって、カッサ治療もある程度の役割を果たせるのではないかと症例集積が始まり、手応えのある感触が得られている。

 

 

   


灸頭針の歴史と方法、および適用について ver1.1

2023-02-17 | やや特殊な針灸技術

1.灸頭針の歴史

昭和6年、東京の芝で開業していた笹川智興氏発案による。婦人雑誌へ発表した処から一般に知られるようになった。発表当時は、鍼頭灸という名称だった。笹川智興の方法は、今川正昭氏「灸頭鍼の周辺」(医道の日本、昭和60年10
月号)に詳しく載っている。それによると、元々の方法は比較的長鍼を用いて斜刺し、モグサを丸めて鍼柄にからめて点火する方法だった。浅刺の場合には、鍼はモグサの重みで倒れぬよう、丸めたモグサで鍼を支えていたということである。

 

田中博氏によれば、柳谷素霊は笹川氏自身から教えを受け、柳谷素霊の門下生である西沢道允氏が赤羽幸兵衛にそれを伝え、赤羽幸兵衛が「灸頭鍼法」を執筆して広く知られるに至った、という流れとなるらしい。(「灸頭鍼入門(6)笹川智興氏の軌跡」医道の日本、昭和61年5月号)。なお田中博氏の同上文献によれば、灸頭鍼という名称を考案したのは柳谷素霊であり、この名称が広く普及したのは赤羽幸兵衛著「灸頭鍼法」によるということである。 

当時の鍼は、鍼柄と鍼体がハンダで連結されているだけで、熱はもちろん、ちょっと力を入れると継ぎ目で折れてしまうほどで実用にならず、赤羽氏も相当苦労した。結局、太めのステンレスの鍼で、鍼柄を半田ではなく、カシメで方式でつなぎ、その上に中央部に鍼柄が被さる塔のような管がついた金属製のお皿を乗せ、お皿の上でもぐさを燃やす方法を考案した。1970年代以降は、鍼もステンレス製が中心になり、鍼柄も大半がカシメ式になったため、現在では鍼に直接もぐさをつけるようになった。


2.灸頭針の基本手技(田中博氏の見解を中心に)

1)ステンレス針柄、ステンレス鍼を使用する。
鍼の太さは直径0.2㎜(3番鍼)以上が必要。鍼が細いと艾炷の重さに耐えきれず、鍼が彎曲する。一般に顔面では1寸、腰殿部では寸6、四肢体幹部では寸3と使い分ける。

2)灸頭針に通常の透熱灸モグサを使うとコスト高かつ温感が弱すぎて使いづらい。温灸用の下等モグサは安価で燃焼熱量が高いが、パサついて球状に丸めにくく煙の量も非常に多い。無理に丸めて針柄にとりつけても、燃焼中落下の危険がある。ということでその中間である灸頭針用モグサを使うのが普通である。価格も透熱灸用モグサと温灸モグサの中間くらい。近年、灸頭用モグサとしてあらかじめ丸く固めてあるものが市販されている。多量に使う治療院ではコスト高になるだろうが、たまに使う分には必要十分だろう。

3)皮膚と艾炷底面との距離は2.5㎝で、艾炷直径は1.8㎝(0.5g)。なお艾は、いわゆる灸頭針用艾すなわち中級艾を使用し、できるだけ固く丸める。鍼の長さが変わっても、皮膚と艾炷底面との適切な距離は変わらない。

※ちなみに一円硬貨の直径は2㎝である。艾炷直径1.8㎝というのは、私のイメージからすると小さ目である。先輩から教わったのは、直径2~2.5㎝すなわち1円玉~10円玉硬貨大で、フワッと固からず軟らかからずに丸めるというもの。これは固く丸めすぎると、点火しづらくなるため。この艾炷の大きさしたなら、艾炷と皮膚との適正距離は3~4㎝である。

4)点火は、マッチやライターでもよいが、使い勝手は、チャッカマンタイプの方が使い勝手は良い。
点火する部位は、艾の下側から行う方が熱効率は良い。艾炷の上側から点火するなら燃焼するにつれ、針体が倒れ、皮膚に近づくので、患者は熱くて悲鳴をあげるなりかねない。艾の重量で針が傾いている場合、傾いている側(皮膚に近づいている側)から点火した方が、艾が燃えるにつれ、針の傾きが修正されるのでお勧めである。

直刺した針柄にとりつけた艾炷であっても、艾炷の上から着火するより、下から着火した方がよい。上から艾炷を燃焼させると、患者が暖かさを感じるまで時間を要し、結局暖かく感じる時間が短くなってしまう。


)灸頭鍼は、通常は3~5壮行う。1壮目が燃え切ったら、燃えかすを軽く取り除き、2壮目をつけるが、その際、鍼柄は非常に熱くなっているので、火傷防止の意味で術者の手指が鍼柄に触れないような注意が必要である。指が針柄に触れることなく、艾炷を丸めることは意外に難しい。燃えかすを取り除くには、専用の器具を使う方法もあるが、カットした乾綿でも間に合う。2枚のカット綿を使い、灰を挟むようにして両側からすくい上げ、灰皿に捨てる。

6)目的とする壮数を燃焼したら、燃えかすを取り除いた後、ピンセットまたはカット綿で針体をつまみ、抜針する。不用意に針柄を指でつまんて抜針しようとすると火傷することがある。

7)万一燃焼中の艾炷が患者皮膚に落下した場合、すばやく艾を取り除かないと患者が火傷するばかりでなく、熱さに驚いて急に体を動かすことにより、他部位の燃焼中の灸頭針艾が落下したり、折針したりする大事故にもなりかねない。取り除くための道具を探すような時間的余裕はないので、術者は間髪を入れず、素手で燃焼中の艾炷をつかみ、灰皿に入れる他ない。ごく短時間に行う操作なので、術者の手指はほとんど熱く感じない。患者もほとんど熱さを感じない。

艾炷落下防止のため、灸頭針キャップを使うのも一つの方法であるが、灸頭針キャップは重いので針がしなりやすく、それを避けるためにはさらに太い針を使わざるを得ない。灸熱を金属で遮蔽していることになり温熱効果が弱まる。何回も灸頭針キャップを使っていると、キャップがモグサのヤニで汚れ見た目が悪くなる。


8)艾炷の熱さを弱めるための道具を自作しておくことをお勧めする。ティッシュ箱を分解して、直径5㎝ほどの円に切る。”ハスの葉”のように下図のように一部を切り取った道具を何枚か用意しておく。患者に「熱い」といわれたら、その部に”ハスの葉”を置くと、熱さは大幅に緩和される。

 

 
3.灸頭針の利点(私見)

単に置針+温熱効果を期待するならば、置針した状態で赤外線を照射したり、置針した上から箱灸をするのが簡便である。それでも灸頭針を行うメリットは、刺針ポイントに対して十分な熱量を与えることができることにある。同じこと赤外線で行うと、広範囲に熱量を与えることができるものの、単位面積あたりの熱量は比較的弱いものとなる。

刺針点を中心に、熱量は距離の二乗に反比例した熱量を周囲に放射する。その結果次のメリットが生ずる。(たとえは不適切であるが、広範囲に被害を与えるため、原爆は地表ではなく、高い高度で爆発させたのと同じ)

①刺針直下のポイントでも、耐え難い熱さにはならない。

②数十秒間の持続した加熱により、深部温も上昇する。
田中博によると、灸頭針後には、刺激部位の皮膚温は、処置前皮膚温に比して約3度上昇し、治療後30分経過しても皮膚温は約1度高く維持されるという。
③加わる熱量は刺針部位から離れるにつれ、同心円状に連続的に減少する。これは熱したい部位を、集中的に熱することが可能という意味になる。 


4.灸頭針の欠点


①燃焼中、煙が多量に出るので、換気扇を回していても治療室の空気を汚す。

※近年、煙のでない灸頭針用艾が販売されている。艾を炭状にしたもの(炭化艾という)が発売された。わずかな衝撃でも欠けやすくモロいこと、値段が高いことが欠点であろう。私見では、火持ちが良すぎることは、治療時間が長引くので、これも欠点になると思う。

②落下の危険防止と熱管理のため、艾燃焼中は術者はベッドサイドで見守る必要がある。同時に行える灸頭針は
4カ所程度まで。燃焼中、患者が「熱い熱い」と叫んだ場合、その灸頭針の熱量を減らさねばならないが、もたついているうちに別の場所の灸頭針も「熱い!」と叫ぶ自体になることがあり、対処できなくなる。すると患者は熱さに我慢できず、動くので燃焼中の艾炷が落下したり、針が折れたりする危険性もある。また灸頭針として使った針は針柄が焼け焦げるので、見た目に悪いばかりでなく、再利用時には針管に通りにくくなり、挿管時に支障が出ることも多い。

灸頭針最大の欠点は、艾炷落下による火傷である。それが怖いので筆者は30年以上灸頭針をしていない。その代わりに箱灸を行っている。この箱灸は自家製である。数本置鍼しておき、その上に箱灸を設置する。艾炷落下の危険性がないので、術者は患者のそばにつきっきりになる必要はない。

箱灸の自作
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/640d8106132c7fbf9e0d4a15657e5f73

上写真のモグサは、中国棒灸を八等分にカットしたものを使用。煙が多量に出るが、実際にはフタをして燃焼させるので業務に支障はない(換気扇を使用)。

 

③適切な加熱のため、皮膚から針柄までの距離を2~3㎝に保つ必要がある。深部にあるツボに針先をもっていくのではないので、刺針が浅すぎたり深すぎたりすることもある。
④原則として直刺しかできない。

⑤艾はかなりの重量になるので、針柄がたわたわまないためには、ある程度太い番程の針を使用しなければならない。(#2以下は使用し難い)


5.灸頭針の臨床応用


灸頭針の長所は、患者に無理なく、大きな熱量をスポット的に与えることができることにあると思った。その点、通常の刺針や施灸はエネルギー的には小さなものであるから、古典でいう「気血を動かす」ことは可能だとしても、気や血のエネルギーを増やすことは困難だろう。


灸頭針を行うと、針+灸の作用ということで、患者は特別な治療をされているという満足感が得られることも多い。実際、心地よい熱感を感じる。しかしあえて艾を多くしたり、艾と皮膚の距離を短くすることで、耐えられる限界あたりまで、皮下組織深部の皮下組織まで加熱することも行われる。これは通常の針灸をしても同じ場所が頑固に痛む場合の場合に行う切り札ともいえる。

 


カッサ治療の意義と適応の考察 ver.1.1

2022-09-26 | やや特殊な針灸技術

1.乾吸における皮下出血

乾吸(瀉血なしの吸玉)もある一定時間(10分程度)すると、皮下出血することが多い。

これは毛細血管が破れて皮下出血した結果であり、毛細血管の破壊が大きいほど、陰圧をかける時間が長いほど、皮下出血は大きくなる。一度血管外に出た静脈血は再び静脈管内にもどることはなく、自然に組織から吸収される。しかし程度を越えた皮下出血斑は完全に吸収されることなく半永続的に残存することもある。
半月経って次回鍼灸来院時にもも皮下出血斑が残るようであれば刺激量過剰とする判定をするのが普通であろう。皮下出血斑が残っている状態だと、同部位に再び吸玉治療しづらい。

乾吸で皮下出血斑を出すことは、乾吸療法で必ずしも必須のものではなく、最も重要なことは皮膚に陰圧を加えることで生ずる交感神経緊張および乾吸終了直後のリバウンドを利用して副交感神経優位状態にすることに意義があると私は考えている。

 

2.皮下出血とは

 皮下組織の血管が破れ、血液がたまる状態を皮下出血という。皮膚の真皮や皮下組織にある毛細管や静脈血管が破れ、血管周囲に広がる出血である。皮下組織には細い静脈が走行しているが、真皮にはさらに多数の細い静脈が走行している。なお表皮に血管は走行していない。

 

3.カッサによる皮下出血
 
積極的に皮下出血を起こそうとする治療にカッサ(刮痧)療法がある。皮膚に潤滑油を塗布し、ヘラのような道具で皮膚をこすりつける。同じ部位を何回もこすることで、皮膚色がピンク色になり皮膚温も上昇する。さらにこすり続けると内出血斑が現れる部とそうならない部位がある。皮下出血斑を出現させることをカッサの目標であり、頸部・肩甲上部・肩甲骨上・背腰部を中心に行うのが基本である。というのはカッサでは、この内出血斑を瘀血とよび、施術終了の目安と考えている。内出血斑を瘀血と称してよいものか否かは微妙なところである。とかく民間療法はこのあたりの詰めが弱い。


4.カッサによる皮膚の擦過手技

 
実際に体験してみて、サッカは結合識マッサージと似た面をもっていると感じた。従来のマッサージが筋肉を刺激対象として「なで」「もみ」「こねる」のに対し、結合織マッサージは皮下結合織に引っ張るような刺激を与えるため、「皮膚をずらす」ようにする手技だけを行う。本手技が認知されたのは1952年ドイツのディッケ女史が著書を発表した後からであるが、現代的にいうなら皮下筋膜刺激ということになると思われる。


結合織マッサージの興味深いところは、単に手技を示しているだけでなく、ヘッド帯、マッケンジー帯を利用した反射帯という領域を治療対象としてい点で、カッサの治療理論に転用できるものであろう。また結合識マッサージで指をすべらす方向性もカッサに利用できるだろう。

5.鍼灸臨床にカッサを取り入れることの意義
 
結合織マッサージもカッサも施術すると、必ずといってよいほど皮膚の発赤と皮膚表面温度の上昇がみられる。鍼灸でもこのような反応は得られることはあるが、必発ではない。このことから従来の鍼灸治療の不足部分を、カッサで補うことができるかもしれないとも考えている。皮下出血を起こすことは、皮下出血斑が組織に吸収するまで治癒反応は続くと考えることもできるが、筆者はまだカッサの初心者なので積極的に皮下出血を起こす段階に至っていない。要するに結合識マッサージ的な意味でカッサを行っているのだが、カッサの方が効率的であり、また元々は中国民間療法なので、同じ中国生まれである鍼灸とは親和性がよい。東洋医学であることを前面に謳えるので。

 
私は現在、いつも通りに鍼灸治療する一方、いろいろな患者にカッサ治療を試みている。カッサは鍼灸治療にとって代わるものではないので、鍼灸で効果出しにくい症状に対してカッサを試みている段階であるが、冷え性、便秘、精神疾患、肩関節周囲炎など鍼灸単独治療では治療に限界がある症状に適応がありそうに思っている。


1)冷え性:腹部皮膚表面低下、下痢傾向、小便が近いなどの腎陽虚に対し、下腹部と仙骨部にカッサを実施。カッサ実施部の発赤・皮膚温上昇がみられるので治効が得られるだろうという考え。


2)精神疾患:軽度の統合失調症、鬱病、自閉症などに対し、座位で上背部にカッサを実施。これまで抗精神作用の意味で胸部督脈の施灸と背部一行に刺針をしたが、はっきりし効果が得られなかった。これは刺激療法としては弱すぎるのではないかと考え直し、カッサに変更した。


3)五十肩:五十肩は常見整形外科疾患の中では最も治療に難儀するものであろう。まずは凍結肩になっていないことが前提となるが、インピンジメントがあってROM改善を目安に施術しても<筋が伸張できない>という病態ではなく、交感神経緊張の要素が多々あり、それを少しずつ緩めるような治療が必要である。施術直後に効果あったと思っても、次回来院時には元の状態にもどっていることも少なくない。
こうした一朝一夕に処理しづらい問題に対し、肩関節・肩甲骨・三角筋・大胸筋など広範囲にカッサ治療をすることで、場の改善をはかりたいとするもの。あるいは、特定部分の新陳代謝活性化を図ろうとするものだと感じている。


6.かっさの練習

令和4年9月25日、わが国でカッサを普及させたい徐園子先生
と徐由実先生(ともに鍼灸師で元・教え子)が当院を訪問、かっさの実地トレーニングを受けた。徐園子先生は十年前から治療にカッサを取り入れているという。私の場合、いくらヘラでこすっても発赤はするも内出血(かっさでいう瘀血)とならなかったのだが、皮膚に対してヘラを直角にして押圧しながら擦るとのよいと指導を受けた。たしかにこの方が体重をかけることができ、力は入るが腕力はあまり使わなくて済む。お土産として徐園子先生特性のかっさオイル2種(瘀血用と水滞用)とカッサ用へらを頂戴した。カッサへらには、レーザーであんご針灸院と似田敦のまで刻印してくれた。

 

左が徐由実先生、右が徐園子先生。義理の姉妹の関係。

 


針灸臨床のための浅筋膜と刺激手法 ver.1.1

2022-08-13 | やや特殊な針灸技術

以前、「筋膜(ファッシア)の問題点の整理 ver.2.0」題したブログを発表したが、鍼灸臨床にあまり関係ない内容を削除するとともに、臨床的側面を追加し、新たに、上記タイトルとして整理することにした。

1.ファッシアとは  

これまで慣習的に筋々膜性疼痛という言葉が使われたが、筋肉は痛まないので現在では筋膜性疼痛という用語に変化した。そして筋膜性疼痛を起こす病態のことを筋膜性疼痛症候群(MPS:
Myofascial Pain Syndrome)とよぶ。MPSは、筋膜トリガーポイント(TP:Trogger  Point)によって引き起こされる知覚・運動・自律神経症状を呈する。筋肉から生じる関連痛は、1938年にケルグレム John Kellgren により報告された。1988年には、トラベル Janet  G.Travellと共同研究者の David G.Simons がMPSの概念を書籍にした。
 
わが国の医学者は、fascia(ファッシア)を筋膜と和訳したものだが、これは後々誤解を生じる元となった。fascia はラテン語の  fascis(ファスキス)「束」を意味する。ファッシアはシーツのような薄い一枚の膜を意味するが、意訳すると、人体における様々な構造物を「包むもの、
隔てるもの」になる。その代表が深層筋膜であるが。皮下組織中には浅筋膜(浅層ファッシア)がある。


 

2.浅層ファッシア(=浅筋膜、皮下筋膜) Superficial fascia

 

 

「膜」といえば、筋を包む膜(=深筋膜 深層ファッシア)のみを考えがちであるが、皮下組織を包む膜もあって、これを浅筋膜(=浅層ファッシア)とよぶ。浅層ファッシアは、皮膚と筋の間にあり、互いに絡み合ってネットワークを形成しているので、どこか一か所を引っ張ること、全体的な緊張やバランスに影響をあたえる。
皮膚をオーバーコートと仮定すると、浅層ファッシアはコートの裏地のようなものである。皮膚と筋の間のスライドを援け、外部からの圧力に対して筋肉を保護する。もし浅層ファッシアがないとなれば、コートはゴワつくので着心地が悪いものとなる。

浅筋膜は広大な面として広がるので、個々の筋応じた深筋膜と箱となり。頭部・頚部・胸部とった身体区分で分ける。

  
3.浅層ファッシアへの刺激手法

1)挫刺針(塩沢幸吉著「挫刺針法」医道の日本社、1967より)


塩沢幸吉創案の挫刺針法は、この浅層ファッシアの癒着を剥がすので効果があると考える者がいる。塩沢は「挫刺針法とは、挫刺に適する針先が「J 」の字になっている特殊な針を使用し、表皮・真皮及び皮下組織の一部を極めてミクロな状況下において刺切し、挫滅することによって、‥‥」と記している。この治療は患者に強い痛みを与えるので、コリの強い者に対する最終手段として行うようだ。
   
塩沢の症例報告:右側の背部から肩頚部に強度の疼痛を発し、さらに右上肢に強い倦怠を訴えて通院する慢性胃炎の患者の鍼灸治療を1年2ヶ月色々な方法で治療してみたが疼痛は一向に軽快しなかった。しかし皮下組織とおぼしきところまで数回にわたって線維を引き出しては切除したところ、患者は今までの苦痛が一掃したとの治験を紹介した。

2)撮診


   
皮膚と皮下組織を一緒につまむと、痛みを強く感じる部とさほど感じない部があることに気づくが、この現象を治療に応用したのが成田夬助(かいすけ)が報告した撮診(=skin rolling  スキンローリング)である。撮診の異常所見で、「撮痛」は皮神経の閾値低下部位であろうが、痛みの有無は被験者にしか分からないことである。しかし撮診時、他部位と比べて「皮膚と皮下組織が分厚く感じる」のが常だが、これは検者が感じる所見である。分厚く感じるのは、浅層ファッシアの反応を捉えていると思えた。


日常的鍼灸臨床で、よくみるのは深層ファッシアが存在しない腱・腱鞘部の反応である。腱鞘炎時にいける手関節背面の撮診反応は、撮診すると跳び上がるような痛みを感じ、また撮んだ皮膚が厚ぼったく感じる。 厚ぼったく感じる理由こそ、 浅層ファッシア反応なのだろう。鵞足炎時の膝関節内下方の撮診でも同様のことがいえる。
結合織マッサージやロルフィング(1930 年代にアメリカでアイダ・ロルフによって開発された浅層ファッシア癒着を解放する治療)は同様の意義をもつと思えた。


4)走缶法(スライドカッピング) 

     
事前に皮膚面にオイルや石鹸水を塗り、滑りをよくしておく。  その上から吸玉を一つかぶせ、吸玉を手指で肌上で滑らす。陰圧が強ければ強刺激になる。陰圧が弱すぎれば、吸玉を滑らす際、空気が中に入って皮膚から外れやすくなる。通常の吸玉治療よりも短時間で皮膚を発赤/充血させることができる。

   
これは毛細血管を充血させ、浅層筋膜の緊張を緩めている。強い陰圧では吸玉痕が何日も残る   が,これは毛細血管が破れ内出血した状態である。この内出血は自然と皮膚に吸収されるが、完全に消失するには何   日もかかる。痕が消失した後でなければ、再び走缶法をするのは痕が消退しにくくなるなどの医療過誤を生ずる恐れがある。

走缶法をエステやリラクセーションの場で行い、患者に満足感を与えるのであれば営業として行う価値があるのだだろうが、医療的価値は判然としない。
 
5)刮痧(かっさ)療法
「刮(かつ)」には削るという意味で、「痧(さ)」は滞って動かなくなった血液を示している。つまり、刮痧とは「肌をこすることで滞っている血液を刺激し、滞りをなくす」療法をいう。
     
専用の板片や中華料理のレンゲを使い、不調を感じる部分をこすることで、肌の表面に瘀血を浮き上がらせると同時に、血流やリンパの流れが促進されることで、老廃物をスムーズに排出することができるとされている。これも浅筋膜刺激になるだろう。


刮痧療法で肌をこすると、皮膚が充血・発赤して痛々しいほどに見える。これは内出血そのもので、これが瘀血だとするのは科学的な見方とはいえない。

毛細血管が切れた状態となるのではないか?
しかし透熱灸すると皮膚が火傷し、これが疾病治癒に効能があるとする論法からすれば、内出血させることが疾病治療に有益な作用をもたらすという見方もある。問題なのは、皮膚をこすって充血・発赤させる行為が度を越える危険性があることである。事情を知らない者が見たら、ムチで打たれた痕のように思うかもしれない。  前述した走缶法にも増して皮膚に痕がつくから、事前に患者に覚悟してもらった上で行う。痕がつくという欠点以上にメリットがあれば行う価値があるというものである。

かつての教え子に、徐園子先生がいて、すでに十年以上カッサ療法に取り組んでいる。8月12日は徐由美先生(旦那が兄弟)と一緒に当院までお越し頂き、私にお試しでカッサ療法を体験させてもらった。徐先生はグイグイと押してくる性格。
治療時間は40分コースと他の治療と組み合わせる80分コースが用意されているという。私はお試しということで15分ほどやってもらった。その結果、下の写真のようになった。非常に痛々しいが、受けた感じだが、少し強めのマッサージという程度のもので、痛みに我慢するという性質ものではなかった。カッサについては、今後詳しく説明するつもりでいる。


箱灸の自作 ver.1.2

2022-05-20 | やや特殊な針灸技術

本記事は2013年に発表し、2022年5月に一部修正した。

代田文彦先生は、質問に答える形で、「灸頭針は手間の割合に効かないネ」と漏らしたことがあった。灸頭針を日常の針灸臨床に取り入れるには、燃焼中の艾の落下や、煙やニオイの問題を考慮するなら、ハードルが高いものとなる。現在では灸頭針に代わり箱灸が普及してきたようである。置針した上から箱灸を行うことで灸頭鍼の代用となるかもしれない。箱灸であれば、艾の落下の危険性はないし、艾に炭化艾を使えば煙の問題も解決できる。

箱灸、心地よいということで患者受けがいいようで鍼灸治療院経営の手段としてはいいのだが、はたして治療効果という点ではどうなのだろうか。

これは実際にやってみなければ分からないということで、私も箱灸治療を開始してみた。箱灸は市販品もあるが、試作品ということで簡単に、かつローコストで製作することを心がけた。箱灸時に使うモグサの熱量と、箱灸の密閉空間の大きさの関係は本来ならば、いろいろ試作品をつくって最も適切なものを採用すべきだろうが、今回は一発勝負で行った。それにしては最大温度、加熱持続時間、心地よさなどすべて適切にいった。

本原稿は、多くの鍼灸の先生にご覧頂き、実際に制作している方も多くいることに驚かされた。お互いに頑張ろうという気になり結構なことである。

1.箱灸の製作

1)金属網:既製品の流し用の金属網。直径13.5㎝、深さ4㎝(100円)
この「流し金属網」はロングセラー商品で、いつでも入手できる。

2)木製外箱:既製品の物入れ用の木箱 外寸:縦18.5㎝ 横12.㎝ 高さ8.5㎝(100円)  
3)金属網を載せるため、木箱の底中央を、10.5㎝×10.5㎝カット。
4)木製フタ:既製品直径18㎝の調理用の木製落としぶた(100円)。この両サイドをカット。箱の幅に合わせて横12㎝とした。

5)熱が加わる部分にアルミホイールを巻き付け、アルミ粘着テープ巻き付け。
 以上で基本的構造が完成。制作材料費ほぼ300円。

6)箱灸に使用する艾は、初めは灸頭鍼用モグサを固く丸めて使ったが、すぐに燃焼終了してしまうので、中国棒灸を長さ1.5~2㎝程度にカットして使用。一度に2個燃焼させると適温となる。燃焼時間も10分間程度と丁度良い。
中国棒灸は1本約21㎝で、約80円。これを12カットに切った。1度に2個使うので、1回のコストは13円程度。

 

 

上の写真では、ヤニ汚れを簡単に拭き取れるように、粘着アルミテープとアルミホーイルをクリップ止めしている。ヤニはアルコール綿で簡単に拭き取れる。頑固なヤニは、マニキュア除光液を使えば取れる。使ってみて分かったのは、クリップ止めしたアルミホイールは必要なかった。その代わり蓋の裏側にも粘着アルミテープを貼っている。

 


2.箱灸の改良


この箱灸を何回か使ってみて分かったことは、箱灸の長辺が長すぎるために、箱灸を患者の腰や背中に置くと、グラぐらつき、両サイドに空間が空きすぎるということが判明した。箱の長辺を短くするのは大変なので、箱の長辺に山型の切れ込みをいれると安定感が増した。また両サイドを板で塞ぐことで熱が逃げない工夫をした。

箱灸製作の要点は、①モグサと皮膚との距離が6㎝前後であること、①皮膚に開放した箱灸面は、10㎝×10㎝前後だということらしい。
以上できあがってみると、いかにも図工作品のようなので、見栄えをよくするため、カラースプレーでチョコレート色に塗装した。


3.箱灸の使用感

1)しっかり加熱すると症状が改善すると思える患者数名に対して、臍部、仙骨部に箱灸を実施すた。その際、置針した上から箱灸をするので、灸頭鍼に近い治効が得られると思う。概ね患者は「気持ちが良い」というが、1名は家に帰ると具合が悪いので、今後使いたくないという者がいた。高齢女性で、強いて言えば熱証に属するためだろうか。またストレス性頻尿の患者に使ったが、頻尿自体に改善はみられていない。


2)「治療した晩はポカポカと腰が温まって、患者はどうしたワケかと不思議に思ったが、そういえば本日は箱灸したので、それが理由か」と、次回来院時に私に申告した者は2名もいたことには驚いた。要するに長時間温感が続くらしい。これは一般的な赤外線照射10分間では起こらないことである。箱灸は、赤外線ではマネできない価値をもつ治療手段であることを思い知った。


3)全体として箱灸の使い勝手は悪くないが、従来の治療にプラスする形で箱灸を使うとなれば、どうしても治療時間は長びく。私が鍼灸治療に要する時間は、ほぼ30分程度としているので、これに箱灸の時間が追加することは苦痛である。いくら患者受けがいいからといって、万人にやるわけにはいかない。あくまで「冷え」に対する治療手段として限定的に行うことになるだろう。


4.箱灸に使うモグサについて

秋頃から箱灸を使い始めたが、その時は直径1.5㎝、長さ21㎝の中国押灸をカッターで16等分し、一個の長さを1.3㎝程度とした。一度にそれを2片づつ使って温めた。これで10分強は温熱が持続した。室内が煙くなったら、窓を開けたり換気扇を回したりして室内の換気に努めた。



しかし冬になって室温が下がるので、この方法はとれなくなった。コスト高になるが、煙の出ない炭化灸(商品名は温暖、
釜屋製品)を使うことにした。ちなみに、480個で11,130円(税込)だった。温暖は、直径0.7㎝、長さ一個一個が小さいので、熱量も不足しがちなので一度に3個使うことした。それでも煙が出ないので、いつ燃焼終了したのかも分かりづらかった。苦肉の策として、現在は押灸片1個、温暖2個を使用することに落ち着いている。押灸片を併用しているのは、コスト削減と燃焼状況モニターのためである。 
 本稿とは別に、「箱灸2号機の自作」2016/10/17 10の記事がある。

 

 

 


頭針法がなぜ効果をもたらすのかの一考察 ver.1.1

2022-04-19 | やや特殊な針灸技術

1.頭針法に関する成書の貧困について
 
頭皮に刺針することで、頭痛のみならず、非常に多様な疾病や症状を治療する方法を頭針法とよぶ。頭針にはいくつかの流派があり、それぞれ独自の頭針チャートをもっていて、ある疾病の時にはこの部分を刺激するという法則が定められている。しかしながら流派にり指定された刺針点が異なることや微妙なコツもあって、追試してみても容易には治療効果が観察できないという困った問題がある。
さらに勉強しようとする者の意欲を削ぐことになるのは、生み出され理論化された過程が説明されていないので、やってみて効いた、効かなかったというレベルに問題が終始するほかないことである。こうした論理性の欠如は、耳針法とまったく同じもので、中国人特有の思考回路かと思っていたら、山元敏勝著「山元式新頭針療法」でも同じような内容なので非常に失望した。


耳針チャートにはノジェ式と中国式の2種が代表的だが、基本的には母胎内にいる胎児は頭を下にして手足を縮こまっているが、その形が耳介に反映されているという風になっている。にわかには信じがたいが、そういうこともあるかもしれないとは思うことができる。
頭針チャートでは大脳皮質の機能局在が元になっているらしいが、脳は頭蓋骨で覆われており、大脳皮質局在と頭皮が対応関係にあることはにわかには信じがたい。


2.頭針の機序
 
偏頭痛と血管刺激部位の関係は、RayとWolfによって詳細に検討されている。それによれば脳の表在性の動脈刺激部位と頭痛部位の関係は、あたかも頭蓋骨が存在しないごとく、血管直上付近の頭皮に出現(直径5㎝ぐらいの範囲)し、脳底部の動脈では、耳と眼やこめかみの高さで帯状に出現することが確認されている。

一方頭皮上を刺針すると、刺針部を中心とした大脳皮質の血流改善が観察されている。これは三叉神経を仲介した反応だと推定されており、頭皮刺激が直下の大脳皮質に直接影響を及ぼしているとは考えられていない。なお山元式新頭針法は、別称頭髪際刺針とよばれており、文字通り前頭髪際を中心に治療点を求めるもので、三叉神経の分枝である前頭神経刺激だといえるかと思う。

つまり障害部位の大脳皮質の血流を増すことが治効を生むのだと仮定すれば、頭皮への刺針は、ある程度の効果をもたらすことが予想される。その施術点を求めるには、三叉神経支配領域であることが必要条件であるが、それ以上のことは不明である。ただ頭針チャートが何通りもあるように、かなり大きな面積をもつものだと予想される。


最近、パーキンソン病に対し、耳介上方のブヨブヨした感じの処に、横刺捻転手技をすると症状軽減し、また血中ドーパミン量が増加傾向にあることが確認されている(水島丈雄:パーキンソン病の鍼灸治療、医道の日本、平成15年12月号など)。三叉神経を刺激することで、脳内物質の分泌に変化がみられることは、今後の針灸の発展方向に大変な影響をもたらすことになるだろう。

 

3.頭針が有効となる条件
 
このような知見のもとに自己流に等しい頭皮刺激を行っても、実際にはあまり効果が得られないだろう。というのは、①一定の刺激量、②促通手技の併用、③一定以上の置針時間といった条件も満たす必要があるからである。

①一定の刺激量とは、中国針程度の太さ(和針10番相当)の使用である。

②促通手技とは、患部に刺激を与えるということである。頭皮針の創始者、朱明清氏の方法は、これが非常に徹底している。たとえば片麻痺で歩行困難の患者に対しては、座位にして頭皮針を行うが、頭皮針で手技針を行う一方、麻痺側の足底を、繰り返し床に叩きつけるような自動運動を併用したり、耳疾患の患者では頭皮針の手技針を行いつつ、外耳口に指を入れ、指を前後に動かしたり、外耳口を塞ぐように耳介を折り曲げ、指で叩いてその音を聞かせるようにする。これらは一言で言うと導引術を併用しているといえる。

※導引とは何か
中国医学には治療医学と養生医学があり、治療は薬と鍼灸、養生は食養生と気功から成り立っている。この気功の前身が導引吐納法で、導引とは身体をゆり動かし気の通路である経絡がスムーズに流れやすくする体操法のこと、吐納とは呼吸法のこと。人の心は常に静かであるべきだが、身体は常に動かしていた方がよいという思想にもとづく。


③治療の直後効果は速効的だが、手技を終えてもすぐに抜針はしない。すぐに抜くと元の症状に戻るらしい。1時間以上置針し、重症者には半日置針することもあるという。なお治療直後効果ない者は、置針しても無駄である。






頭皮への熱刺激 施灸にかわるアイデア

2021-12-11 | やや特殊な針灸技術

頭皮に多数針刺激を行うには、針管を使わない短針の使用が効率的になるが、それを一歩進めて、文房具のだるま画鋲を使うことを思いついた。だるま画鋲は非常に廉価で、百均で買えば1個数円ですむ。なお当院ではだるま画鋲のことを「画鋲針」と呼ぶことにした。(普通の画鋲を机に置くと、針は横を向いたり上を向いたりさまざまである。だるま画鋲の場合、必ず針が横になるので、手指に刺さる危険は少なくなる。絶対に起き上がらない画鋲なのに、だるま画鋲と命名したのは面白い)


しかし灸はどうか。頭皮に施灸するには、頭髪をかき分けて地肌を一定面積露出させ、そこに艾炷を立て、線香で点火することになる。百会あたりに一カ所だけするだけならまだしも、何カ所も施灸するとなると非常に面倒である。そこで灸はあきらめ、刺針することが多くなるが、刺針では頭皮をアルコール綿花による滅菌も徹底しづらい。

手軽に頭皮に灸刺激をすることはできないものかと考えているとき、針灸研究会の岡本雅典氏が鍉針をライターの火であぶり、軽く叩くように頭皮を刺激する方法を紹介した。
それで鼻や目の周囲にも行ったりするらしい。岡本氏の使った鍉針は銅製で箸くらいの太さ(ちなみに3000円前後)なので、熱容量が大きい。熱が指に伝わりにくくしているせいか、樹脂製のチューブを巻いていた。熱容量が大きいことは、熱した温度を長い時間保てることを意味している。

良いことを耳にしたと思って、自分の治療室にある鍉針をライターの火であぶってみたが、細い金属でできてきているせいか、すぐに温度が下がってしまい実用にはならなかった。

そこで鍉針の代わりに寸6または2寸針用のステンレス針管(標準タイプ)の先を熱し、頭皮に一瞬接触させることを試してみた。あまり短い針管を使うと持つところまで熱くなることが心配だったがステンレスは熱伝導性が悪いので実用に耐えた。いろいろ試してみると、ライターで5秒ほど熱すると、頭皮を10回ほどトントンと叩くには丁度よいことがわかった。なおライターの代わりにカセットガストーチを使うとさらに効率的になる。

上写真は2寸針管をライターであぶっている。


針管を押しつける時間が長いと、頭皮にじんわりと熱さが染みこむ感じだった。熱く感じすぎるようなら、針管先を頭皮に接触してすぐに滑らすようにするとよい。
やってみると、なんのことはない。イトオテルミーのようなものだと思った。

 


澤田流太極療法 (代田文誌の鍼灸姿勢その2 ) Ver.1.5

2021-01-08 | やや特殊な針灸技術

代田文誌が澤田健の治療院を見学したのは昭和2年のことで、澤田健50才、文誌27才の時だった。代田は神業的な治効を出す澤田健の姿をみて驚嘆し、鍼灸古道を学んでいく決意を新たにした。

その澤田流太極治療とは、どのような内容だろうか。筆者の手元には、通い弟子あった代田文誌著「沢田流聞書 鍼灸真髄」昭和16年発行と、内弟子であった山田国弼(くにすけ)著「鍼灸沢田流」昭和7年発行(昭和55年再版され現在再び絶版)の2冊がある。

前者は、まさしく治療見学で見聞きしたことが中心で、詳細で綿密なメモ風となっておりドキュメンタリーのようで面白いのだが、澤田流太極療法について、順序だてて書かれている訳ではないので、初心者にとってとっつきにくいと思えた。その点、山田先生の「鍼灸沢田流」は、治療現場とは一歩離れた立場から、教科書的に整理されているので、最初に読むべき書として適切だと思う。本稿では、山国弼著「鍼灸沢田流」(絶版)の内容のを整理しつつ、代田文誌の見解をまじ交え紹介する。

1.沢田健の治療風景

澤田先生は灸を主として針はその補いとして使うことの方が多かった。使用針は金鍼ばかりで、多くは4~5番だった。長さは2寸~2寸5分。最初の頃は管を使わず、すべて捻針だった。多くは直刺だが斜刺もあった。手技は雀啄または回旋が多く、単刺も随分あった。刺針は徐々だったが、抜針は右手で一気に抜き去るというもの。昭和2年に代田文誌が見学した時は、澤田先生は体を診て腹と腰だけに灸すえ、あとは背部も手足も灸ツボをとって墨をつけて、城一格氏(内弟子)へ回していた。朝9時から昼飯抜きで、夜8時頃まで、1日40~50人みていた。


2.太極療法の語源

 
「太極」とは元来「易」の用語で、万物の根源をさしている。ここから陰陽の二元が生ずる。太極療法とは澤田健の造語で、天地の究極原理に根ざした治療法という意味がある。これに反する治療を小極治療(≒対症治療)と呼び批判していた。

ただし澤田健自身は、自分の治療を「沢田流」と称せず、「普遍的な古典治療」とよんでいた。ただし古典とは異なる位置を経穴として用いることがあり、通常の取穴位置と区別する意味で、例えば澤田流合谷などといった表現をすることがあった。このことが澤田流とよばれる下地になっていたのかもしれない。「澤田流太極療法」というのも、おそらく弟子たちが考えた造語だろう。

 

3.診療の第一段階:三原気論から太極治療へ 

1)三原気論

古法の一つに「三原気論」というのがあるらしい。先天の原気系は腎、後天の原気系は脾、原気の別使系は三焦であると考えた理論で、今日ではあまり有名とはいえない。三焦は五臓六腑を正常に機能させるためのエネルギー源なので、これが五臓六腑を正常に作動させる条件となる。たとえば人間の深部温は37℃が正常だが、これより低くても高くても体調が悪くなる。三焦のエネルギーは、臍下丹田を潤し、十二経を潤すとする。

※稚拙ながらここで筆者独自の東洋医学観を述べるならば、三焦という蒸籠容器のに腎水を入れ、それを丹田の炎で熱することで水蒸気が生ずる。この水蒸気は後の世で蒸気機関にも利用されるように、非常に強い力が生ずる。この推動力は血を循環するエルギーでもあり、血を温めるエネルギーにも使われるということである。体温は丹田の炎(=命の炎)が熱源だが、丹田から生ずる熱が腎水を温め(=これを腎陽とよぶ)、熱い水蒸気となって蒸籠容器を温める。三焦とは、温まった蒸籠容器そのもののこと、あるいは生命活動する内部環境をさすと、筆者は考えている。その点、三原気論の立場には納得できないものがある。 

 


2)先天の原気の治療部位として、丹田と腎兪に施術

診療手順では、まず仰臥にて腹をみる。そして丹田(または気海)の虚実を診る。生命根本は先天の原気系をつかさどる腎が重要だからである。丹田に力が満ちてくれば、いかる病気も治るとする考え方がベースになっている。腎の治療により、患者個体の治癒力増進の心勢力に働きかける。次に伏臥位にした後、腎兪(ときに腎の募穴である沢田流京門≒志室)を施術する。

※「腎間の動悸(=腹腔動脈の拍動)は人の生命、十二経脈の根なり」という


3)原気の別使系は三焦であることにより、陽池に施術


難經の六十六難には次のような記載がある「原穴の部位は、三焦の気が運行して出たり入たり留止する場所でもある。故に五臓六腑に病があれば、所属する経脈の原穴を選穴すきである」。これを論拠とし治療穴として三焦経原穴である陽池を使う。人身の右を陰となし左を陽となるとの古典の説より、左陽池に施術する。

丹田は、体温の発生源であり、体温によって三焦は温められ、胸腹腔内臓は、本来の理機能の営みが可能となる。  


4)続いて後天の原気系である脾をみる。代表穴中脘


腹部診察では、上腹部より下腹部を重要視するのだが、下腹部に問題が少ない場合や、よしとした場合は、上腹部とくに中脘を施術。なお必要ならば水分や気海や大巨や滑肉門を使う。その狙いは栄養代謝の改善にある。 

 


4.第2段階:五臓六腑の調節

三原気論による施術は、匙加減するとはいえ、どの患者に対しても同じようなターン取穴をする。しかし第2段階になると個別治療の理論が必要である。 

患者ごとの個別治療の基本理念は、五臓六腑を調整することにあるが、患者の訴えや外見を五臓色体表に照合することで、いずれの臓腑に根本の問題があるかを決め、治療方針とした。

一例として肝の体質者を示せば「顔色青く、眼に異様な光があって、怒りっぽい性質で酸っぱい味を好み、病季は春に配す。すなわちヒステリーや怒発性の神経疾患(逆上)春に萌しがち」といったことが裏書きされる。


その治療は、背部においては膀胱經の背部兪穴を、胸腹部においては募穴を選穴し、補的に手足の原穴を治療点として重視した(ときに五行穴中の兪穴・合穴を施術した)。三焦の病変で、と全身性急性病変など急激な病状の悪化に対処するためには、人の発生的見地から、臍傍の八穴(気海、大巨、天枢、滑肉門、水分)を以て、外邪と生命力の極の闘争の場としてこの部の治療を重視した。 

ところで、この第2段階の思考は、患者側の症状所見を五臓色体表に当てはめるという作業中、治療者の解釈や判断が出てくる。杓子定規に五臓色体表に当てはめるため、本来意味のすくないことも過大評価し、重要なことを無視するということにもなるだろう。このあたりの直感に基づく判断が、他の術者にはできないレベルにあったのだろうと思われた。この作業を形だけマネしても澤田健のような臨床能力は発揮できないに違いない。このことが澤田流太極療法の普及の妨げになっているといえよう。

 

澤田健「十二原之表」解説 2013.8.22

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/159cb2af0776c4083e2998a343973b28

 

6.沢田流になかったもの

澤田健は五臓色体表を座右に置き、診療の指針とした。基本の治療穴は、障害のある五臓の兪募穴と原穴であり、難經六十六難(五臓六腑に病あれば、所属する経脈の原穴を選穴する)を中心に考えていて、經絡治療のように一つの害ある臓腑にひきづられる形で関連する他臓腑も悪くなるといった波及作用は考慮しなった。


經絡治療が誕生したのは澤田の没後で、経絡治療派は相生相剋関係を治療に織り込んだ。逆にいうなら、澤田健は経絡治療派の影響をまったく受けていない。すなわち難經六十九難(虚すればその母を補い、実すればその子を瀉するべし)や難經七十五難(肝実虚に補水瀉火法を応用する原理)は治療に利用しなかった。經絡治療は澤田の治療式の発展型として捉える見方もあれば、型にはまって硬直したという見方もできると思う。脈診にしても、沢田の脈診も遅速虚実程度であって、三部九候の脈は治療に取り入れなかった。(代田文誌も、代田文彦も脈診は行わなかった)

 
沢田健の太極治療(沢田のいう「古典に基づく治療」)を文字として説明すると、その理論は、いわゆる經絡治療派の治療理論に比べれば単純だといえよう。しかしながら実際の治療効果を出すという点で、澤田健はやはり名人であった。「生ける体を読んで治療するという識に基づき、長年の経験によって自得された特別な能力があった」と代田文誌は記してる。

おそらく幼少から鍛錬した武術や柔術の修業も、その能力形成に関係していたことだろうが、こうした能力は天才一代のみ可能であって、代々伝えるということは不可能なことである。このことが沢田流が現在さほど普及していない理由といえるかもしれない。代田文誌著「鍼灸治療基礎学」の序には「我が沢田流の如きは、教えても解らぬ。心眼で感得し得る者にのみ理解できる」と沢田健が話したという旨が書かれている。

 

7.沢田流基本穴について

沢田流太極療法をしようと思っても、知識不足・技術不足の者がいる。沢田流太極治療を行っていると、自ずとよく使うツボと、そう使わないツボが出てくるので、使う頻度の高いツボをリストアップすることはできる。こうした観点から、沢田流基本穴が選ばれた。

基本穴は、百会穴、身柱穴、肝兪穴、脾兪穴、腎兪穴、次髎穴、澤田流京門(志室穴)、中脘穴、気海穴、曲池穴、左陽池、足三里穴、澤田流太谿(照海穴)、風池穴、天枢穴などである。 (時代により多少変化あり)

どのような患者が来院しても、このようなツボに灸治を行えば、「当たらずといえども遠からず」の治療ができるというものだが、本来の沢田流太極治療と異なる。沢田流太極療法とは、どのような患者が来ようと、沢田流基本穴に施術する、との安直な考え方が一人歩きしてしまった。代田文彦先生は、それを嘆き、たとえ一穴治療であっても、太極治療といえる場合がある(例:小児疳の虫に対する身柱の灸)と語っていた。

ブログ「戦時下における集団施灸の効果」
施術者による太極治療基本施灸点の相違について記されています。

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/572d8ed33eff104ad4e3580011444a18

 

9.お宝写真

十年前位に、代田泰彦先生(文彦先生の実弟)から、沢田健が代田文誌に贈ったという<五臓色体の図>を拝見させていただいた。縦20㎝、横100㎝くらいの巻物のようなものだった。紙は茶色く変色し、年代を感じさせるものだが、パソコンで白っぽく色調を変化させた。余りに長いので、3回に分けてスキャンした。(本稿ではパソコン操作で2分割した)て残すことにした。紙は黄色く代田文誌先生から代田文彦先生が譲り受けたのだが、文彦先生も亡くなったので、泰彦先生が保管していた。五臓色体表と五行穴のほかに、ここでも難經六十六難のことが記されている。

 

 

 ※中国の柴暁明医師が、本記事を中国語に翻訳して下さいました。

柴暁明医師曰く、
中国では、鍼灸医、と灸道ファンの間に沢田流はよく知られています。これは承淡安さんのお陰です。承さんは1957年「鍼灸真髄」を中国語に翻訳したのです。
 
 
泽田流太极疗法 -上篇

https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzU0Nzg5MjkzNQ==&mid=100000163&idx=1&sn=3eb291ca92ee5d1cc32b20201863c31f&chksm=7b463a0b4c31b31d6cf4049e9feb605a8bc2684b93823d8059e0b16aef999bf4de791579aa1f#rd

泽田流太极疗法-下篇

 https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzU0Nzg5MjkzNQ==&mid=100000168&idx=1&sn=47f8edee92149f889bab37414d05a60f&chksm=7b463a004c31b31699424452ca73b19fbb80cc6f3fdf0a9c720562b11700ced83d8c140c9be8#rd

 

https://www.douban.com/group/topic/123779089/


吸角を加熱し、陰圧にするガスカセットトーチ運用 ver.2.0

2017-08-09 | やや特殊な針灸技術

当院では昔から中国吸玉を使っている。中国吸玉は単純な形をしているので滅菌・洗浄がしやすい。ガラス製なので床に落とすと割れる弱点はあるが、中国で買うと1個100~200円(国内価格は1個1000円前後)なので満足している。プラスチック製吸玉では滅菌が難しく、いずれにせよ業務用としては不合格であろう。

1.吸角内部を陰圧にする道具

吸玉内部を陰圧にするには、ポンプで吸引する方法と、内部の空気を熱し、それが冷却すうる時に体積が減る現象を利用する方法がある。前者は吸玉の口金や弁に耐久性が乏しく、業務用としてふさわしくない。当院では後者の方法で行っているが、吸玉内部の空気を熱して陰圧にする道具については、長年にわたるり悩んでいた。
 
チャッカマンでは冬期には火力が弱く、ガスの消耗も早く不経済である。チャッカマン類似品にはガスを再充填できるものもあるが、火力の強さは本家チャッカマンに及ばない。そこである時、ふとカセットガストーチを使うことを思いついた。ちなみに、トーチとは松明(たいまつ)のことで、よく聞くガスバーナーとは別物で、ガスバーナーは溶接に使うもので燃焼温度と火力が強い。


2.カセットガストーチバーナーの使用

カセットガストーチバーナーは、カセットガスボンベを燃料として使う。このカセットガスボンベはカセットガスコンロとして家庭用のナベ料理の定番商品であり。安価でスーパでも入手もできる。

カセットガストーチバーナーは何種類も市販されているが、とりあえず SOTO ST-Y450Y という製品を購入してみた。さっそく常連患者に吸玉をする際に使ってみたが、①燃焼時にゴーッという音がするので、患者に恐怖心を与えること、②炎の色が青く薄いので炎の尖端がどこにあるのか判別しづらいことなどの欠点があって使用中止となった。
 
この製品がダメなのかと思って、さらに有名な会社である岩谷産業のIwatani CB-TC-BZ を買ってみたが、結果は変わらなかった。同じような結果になった。改めてSOTOとIwatani のトーチバーナーの違いを調べると、 SOTOにだけ空気取り入れ量調節レバーがあることを発見した。空気取り入れ量を大きくするとゴーッという音とともに青色の炎となり、少なくすると無音でゆらゆらとしたオレンジ色の炎となった。
 

 

 

3.吸玉療法に適した炎の色
  

調べてみると青色炎は燃料ガスと酸素が反応している完全燃焼状態で1300℃となる。オレンジ色の炎は不完全燃焼状態で、酸素と反応する前の熱せられた燃料ガスから遊離した炭素の集合であるという。その炭素が燃やされてオレンジ色に光るという。この時の炎の温度は900℃ になる。炎を照明の用途で使うぶんには、不完全燃焼の方が適している。
 


吸玉として適しているのは、無論オレンジ色の炎の方なので、Iwataniの製品は使えないことになった。中国で多用するのは、鉗子の端にガーゼを巻き、アルコール液に浸して点火するもので、炎はオレンジ色になる。Sotoの製品をこの数ヶ月間使って問題は生じていない。ただし炭素が燃やされるので、吸玉内部が煤で汚れるので洗浄する手間がかかる。



 

4.箱灸でのモグサ着火時のトーチバーナーの使用

当院では箱灸実施時、中国棒灸(長さ19㎝)を16等分したものを2個入れている。棒灸はモグサを硬く詰めてあるので、火持ちが良い反面、点火には苦労する。以前はチャッカマンを使っていたが、それでも点火しづらいので、最近ではトーチバーナーを使うことにした。この用途の場合、青色炎の方が点火しやすいように思う。

 

 5.韓国での独自の点火器を使った吸角の方法

上述のブログをご覧になったようで、韓国の李珉東先生から韓国の吸玉点火器の情報を教えて頂いた。登山などでつかうガスバーナーを用い、独特の金具がついている。
炎の周囲にある丸い金属板に、吸玉を押し当てると、金属板が押されている間だけ強い炎になるという。非常にスピーディーであり確実性がある。吸玉を多用する者には、便利な道具だろう。

実際の運用動画

https://www.youtube.com/watch?v=5yJgr7-wXCA

 

 

 


箱灸2号機の自作

2016-10-17 | やや特殊な針灸技術

今からちょうど3年前に作製した箱灸初号機は、現在も現役で活躍している。寒くなると出番が増えるが、壊れば業務に支障をきたすことになる。同サイズの箱灸がもう一つ欲しくなり、また自作することにした。よい機会なので、製作過程を写真で解説した。

1.用意するもの

①木製箱:百均で売っているもの。縦110×横186×高さ80㎜

②ステンレスシンク排水口ごみ受け 直径133㎜
③台所用アルミテープ 7㎝幅
④画鋲(だるま画鋲)4個
⑤アクリルスプレー チョコレート色2缶
⑥その他木片、接着剤、木ねじ、紙ヤスリ
 
※上記はすべて百均のダイソーで購入。

 

2.製作過程

1)本体づくり


①初号機の大きさが非常に良かった。初号機製作で利用した百均の箱は縦120×横183×高さ約100㎜の大きさで、、高さをカットして83㎜に加工して使用した。今回も同様のものを探したが見当たらず、それに近い縦110×横約230×高さ80㎜の箱を使うことにした。これは旧来のティッシュ箱と同じ大きさ(現在では薄型が主流)である。ただし長すぎるので、185㎜になるようノコギリでカットした。


②上面に四角く開口した。ここに「ステンレスゴミ受け」が入る穴である。箱の上面は薄く軟らかい材質なので、カッターで簡単にカットできた。なおこのステンレスゴミ受けは、どこの百均でも必ず売られているものである。



③底面開口部の長辺を谷型にカット。山の頂点が辺縁に比べて10㎜高くなるようにした。この谷型カットの意味は、身体体幹にのせた時、ぐらつかず安定するのに貢献している。底面の両端を薄い木片で覆ったが、これも熱が漏れないようにする工夫。





 

2)上フタづくり



初号機は、百均で18㎝木製落とし蓋が買えたので、それを利用できた。今回は丁度よいものがなかったので、普通の板片と持ち柄となる木の棒を加工し、初号機と同じ形になるよう加工した。

 

 

3)塗装

初号機の塗装は、当初はレンガ色も考えたが、百均の品揃えになかったので、次善の策としてアクリルスプレー「チョコレート色」を選んだ。3年経過した現在、箱灸内面はヤニだらけとなったが、表側には汚れが目立たず、チョコレート色にしたことが良い結果を生んだ。2号機も「チョコレート色」を選択した。今回は2度塗りしたが、これには百均スプレーで缶2缶を使い切った。

 


4)アルミテープ貼り

熱が強く加わる部分に、アルミテープを貼った。使ったのは、スーパーで売っている台所用アルミテープ7㎝幅である。初号機は蓋の裏面にアルミテープを貼ったが、熱とヤニ対策としてその上からさらにアルミホイールを巻き付けてクリップ留めをしたが、後日これは必要なかったことが判明した。アルミテープは熱に強く、ヤニよごれもアルコール綿で簡単に落とせたからである。熱が分散するのでベースとなる木が焦がされることはない。

 

 



上フタ裏面は、全面的にアルミテープで覆った。





※初号機と2号機はほぼ同じ構造だが、わずかに2号機の方が小さい。
上フタの持ち手の取り付け位置が少々異なる。2号機と比べると初号機はだいぶ古ぼけて見えたので、チョコレート色に再塗装し、アルミテープを貼り直した。



3.本機で使う温灸モグサとその点火法



1)最適なモグサと使用量


中国棒灸:箱灸用のモグサとして、いろいろ試したが、最も使い勝手がよく、ローコストだったのは、中国棒灸(正式には華陀牌「温灸純艾條」)だった。中国棒灸は1箱10本入りで600円くらい。1本の長さは21㎝で。これをカッター16等分(一個長13㎜程度)して使う。一度に燃やすのは、、この艾塊2~3個が適切だった。


通常の温灸用モグサ:急に燃え広がるので、温度を適切に保つのが難しい。煙が出すぎる。


炭化モグサ「温暖」:煙が出ない利点はあるが、一個片が小さいので熱量が足りない。


無煙灸条:炭化條のモグサということで、確かに煙は出ない。しかし見た目は単なる木炭そのものである。発熱量は十分だが、着火するのが非常に難しい。燃焼終了まで時間がかかりすぎる。まったく実用にならない。
買ったはいいいが、一度も使っていない。

 


2)点火方法  


一般に棒灸は点火しづらい。チャッカマンも時間がかかる。棒灸片一つを金属製のトングでつまみ、カセットトーチで点火するのがよい。点火したら箱灸の金網に入れる。棒灸片3個に点火したら、箱灸本体を患者の身体に載せる。 





※温度がなかなか上がらない場合、棒灸片の火が消えかかっていることにある。

温度が熱すぎる場合、上蓋を開け、熱を上部に逃がすようにする。それでもなお熱ければ、
箱灸と皮膚間にティッシュを入れる。

 


運動針とは

2014-06-09 | やや特殊な針灸技術

筆者が運動針を行ったのは、針灸臨床を始めて2~3年経った頃だが、人に教わった記憶がない。雑誌記事で知ったのだろう。ツボに刺針して、置針や雀啄などいろいろやってみても、それ以上の改善が得られない、「てこずっている患者」に、運動針を行ってみると、これまで経験しなかったような効果が得られたことがきっかけで、今日まで数十年間使い続けている。 
 
ところで運動針を行う鍼灸師は少なくないだろうが、やり方が人によって、微妙に異なるようだ。人から人へと伝わるうちに少しづつ内容が変化してきたと思った。運動針オリジナルは誰が考案し、どのように紹介されているのか、まずはそこから調べ、私の行っている運動針と比較してみたい。 

1.遠藤唯男氏の運動針法開発  

医道の日本誌バックナンバーから「運動針法」に関する記事を調べてみた。すると1975年6月号の遠藤唯男氏による「運動針療法について 針刺激のドーゼ決定の苦心」が発端らしい。その関連記事として同年9月号「運動針法による臨床例2」と、同年11月号「運動針療法における問題点」がある。これらの内容をQ&Aで整理してみる。下記でA(Answer)は遠藤氏の文章から要約。  

Q1: 運動針に使う針の長さ・番程・材質は?
A1:銀針寸3#1を使用。

Q2:運動針法の適用と目的は?
A2:一般的には動作時に生ずる疼痛部位の鎮痛である。特殊ケースでは呼吸運動で上下する腹部の痛みの鎮痛。遠藤は、これを呼吸運動針と名付けた。 

Q3:刺針深度は?
A3:刺入深度は、皮下組織内と筋肉内いずれでもよい。響きを十分得る深さまで刺入する。ただし筋肉に深く刺入することは、折針の危険性と、運動針自体の運動が制限されるので不可。(当初は刺針深度は皮下組織内としたが、針灸学生を指導してみると、未熟なため、筋層に至る刺入の禁止は遵守できなかったが、それでも大問題は起こらなかった)

※皮膚表面から順に、皮膚(表皮→真皮)→皮下組織→筋層となる。皮膚の厚みは0.4~1.5
㎜なので、切皮した時点で、針先は皮下組織中に入っている。皮下組織の厚みは、部位によっても、肥満度によてもさまざま。

Q4:刺針部位と運動させる部位の関係は?
A4:留針したまま、自動運動を行わせる関節は、筋肉内刺針でも曲がったりしないよう、刺針部の筋が直接関与しなくても動かせる関節であり、しかもその運動によって刺針部に響きを起こすことのできる関節とする。
自動運動させる関節は、疼痛局所ではなく、一つ末梢側である。以下に具体例を載せる。少々おかしな点もあるが、原文通りである。
 例)三角筋部の留針 →肘関節の屈伸運動
   腰部の留針 →  股関節屈伸運動  
   臀部の留鍼 → 膝関関節屈伸運動 
   大腿部の留針 → 膝関節屈伸運動 
   大腿二頭筋 → 足関節運動
   下腿部刺針 → 足関節運動 
                                       
Q5:留針時間は?
A5:刺入しただけで響いた場合、そのまま留針。響かない時は、軽く針を動かして響きを感じさせる。次に留針したまま、患部近くの関節の自動運動を行わせる。こうすると運動開始時は響きがかなり強く感じることもあるが、運動継続とともに次第に響きは弱まり、運動も軽くできるようになってくる。まったく響かなくなった時点で運動を止め抜針する。なお運動針開始時は、狭い範囲でゆっくりと動かし、次第に広い範囲で速く動かすべきであろう。
 どの程度の振幅の自動運動を行うかは患者自身の判断による。どのくらいの時間、自動運動を行うかも、患者の判断によるので、ドーゼオーバーは起こらない。遠藤が実際の臨床で行った運動針時間は、一カ所につき、数秒~数十秒で、ときに3分を超えることもあった。健常者に運動針を行うと、30秒前後それ以下で針響が消失するので、運動針持続時間が30傍前後に短縮した時点をもって、治癒の判定をして差し支えないと考えられる。


2.遠藤唯男氏の意見に対する感想と、私の行っている運動針

1)両者の手法の相違点
遠藤氏は1975年当時だが銀針寸3#1という、極めて細く軟らかい針を使っていた。これでは深く刺すには時間を要するし、深刺では折針事故の心配があっただろう。現在は刺しやすく折れにくいという特性をもったステンレス針が主流であって、私はステンレス針の寸6#2~#8ステンレス針を常用している。症状部筋を伸張すような体位、または痛みを発現するような体位をとり、その圧痛点に刺入。針の深さは筋層内までとする。
このように書くと、危険な運動針だする見解もあるだろうが、痛みの出ない範囲で行うので、関節運動範囲は小さなものになる。例えば、肘痛であれば、手関節屈伸運動を行うが、自動運動のやり方を示す意味もあって、最初は治療者が患者の手をもって、小さくゆっくりと手の上下運動を行う。要領を得たら、患者自身による運動を行わせる。その時、「痛みが出ない範囲で動かすように」という指示を出すことが重要である。痛いのに無理に動かすと、針が鋭角に曲がるので要注意。運動回数は5~10回程度と比較的短いのも、遠藤氏と異なる点である。刺入した針が深いほど、使用した針の番程が大きいほど、無理なく自動運動できる範囲は狭くなる。たいして動かしていないのに、関節運動に痛むようならば、針を引っぱって、浅刺状態にすると、運動可能範囲は広くなる。
 よく運動針は非常に強刺激になるとする意見もあるが、それは間違ってると思う。運動量は患者自身が決定するから、過不足ない刺激量となると考えている。これまで数千回は運動針を行ってきたが、刺激量という点で失敗したことはない。
 遠藤氏は、「留針して自動運動を行わせる際は、皮膚の移動や弱い筋運動のために針が倒れてしまわないよう、必ず押手で針を支えていることとする」としているが、私の方法は刺針深度が深めのためか、針を押手で支える必要はない。

2)直接運動針と間接運動針
私は運動針を直接法と間接法とに区分している。動作時に生ずる痛む筋浅層まで刺針した状態で、該当筋を伸縮させる目的で自動運動を指示するのが運動針直説法であり、最も普通に使うものである。一方、腰痛で腰腿点に刺針した状態で、腰部の自動運動を行わせたり、五十肩で条山穴に刺針した状態で、上腕の自動運動を行わせるのが間接運動針である。間接運動針は折針事故は起こらないが、治療効果はやってみなければ分からないというのが本当の処である。 

3.運動針のバリエーション

1)呼吸運動針
遠藤唯男氏が運動針を思いついた契機となったのは、上腹激痛患者に対する上腹部留針の経験たった。刺針すると非常に強い響きが得られたが、次第に針響は弱くなるともに、上腹部痛も軽減した。その時、呼吸運動により腹部が上下したが、刺針して間もなくは深い呼吸をすると痛むので浅い呼吸をしたが、痛みが軽くなるにつれて、呼吸は深くなり、したがって腹の上下運動も大きく(=正常に)なったということだった。留針した状態で、施術者が手技を加えなくても、呼吸運動によって手技針効果が得られ、しかもその適正刺激量は患者自身が導き出すという点で興味深い。要するに運動針は、呼吸運動針がむしろ原法となっている。

2)阻力針 
わが国に阻力針が報告されたのは、史宇広著「阻力針法」中医臨床大9巻4号、1988年であった。内容要約を以下に示す。

①患者に一連の運動をさせて、一番疼痛の激しい動作を定め、最も痛みの強い姿勢を維持しながら、さらに一番の痛点を探す。 

②ここに刺針して、手法を行うと同時に、患者に適切な運動をさせる。この時、行う刺手技は、浅刺高頻度振顫(せん)法である。皮下まで刺針し、振顫頻度は毎分200回以上。深層部損傷は刺針を少々深めにする。ただし静止時に深刺して損傷部位に達する必要がある。針を皮下まで引き上げた後、再び適切な運動をさせ、運動時に 高頻度振顫法を施す。すなわ深層部損傷では提挿法と浅刺高頻度振顫法を合わせた手法を行い、これを何回か繰り返す。どのような手技を行うにしても、短時間のうちに強めの刺激量を与え、置針はしない。(以上、引用終了)
  
要する運動針をさせる際、留針している針に手技を加えるという特徴がある。私は阻力針も追試してみたが、定められた独特の手技を行うのが面倒であること、通常の運動針との効果の違いが分からないことから、現在は行っていない。


刺絡法の整理

2010-11-02 | やや特殊な針灸技術

1.刺絡の法的側面 
平成17年6月14日の内閣の答弁以後、針灸師の行う刺絡の正当性は認識されたが、その正当性は「あくまでも個別の判断が必要」との要件づきである。現在でも、針灸学校教育や月雑誌「医道の日本」でも刺絡治療はタブー視されている。その一方で、平成3年頃から<日本刺絡学会>が発足している。

いずれにしても、刺絡は針灸治療の一方法として、当院では普通に行われており、現在まで重大な医療過誤は生じていない。しかし私的勉強会で、私は刺絡を指導したことがあるが、それを聴いた教え子の某先生は、患者からバンバン刺絡するようになってしまった。こういう人がいるから困る。

2.古典での刺絡の位置づけ
 『素問』三部九候論篇には次のように記されている。実するときには之を寫し、虚するときには之を補え。必ず先ず其の血脉を去れ。而して後に之を調えよ」文中の「血脉」とは、瘀血のことである。

治療の際には、必ず先に刺絡をして瘀血を去り、その後に毫針によって虚実を調えよ、という。毫針による治療を行う前に、まず刺絡をすることが一般的だったらしい。

針灸治療には去法と実法があり、まず去法(刺絡のこと)を行った後に、実法として、通常の針灸治療を行うと師匠に教わった。

3.刺絡に適する針の種類
刺絡は、針治療の一手段として、古来から行われていた。古代では、鋒針により刺絡が行われ、現代では三稜針に取って代わった。だだし三稜針は入手困難なことから、ディスポ注射針で行われることも多い。

刺絡用として使い易いのは、21ゲージ程度の太さであろう。細いと出血させるのが難しく、太いと刺痛が強くなる。
※ゲージ(G)とは、1インチ(25.4mm)の何分の1かを表しており、21Gは外径0.80mmの太さの針。ゲージ番号が大きいほど細くなる。

4.刺絡の分類
1)乱刺刺絡(工藤訓正医師の造語)
方法:筋肉や皮膚表面が数センチの面積で緊張している時、この面に対して数カ所~十数カ所刺絡し、指頭で血を絞り出す方法。

目的:筋緊張→鬱血→筋緊張という、コリの悪循環を遮断する。鬱血の改善→コリの改善を目的とする。

2)細絡刺絡
方法:細絡から刺絡する方法。静脈圧が強い場合、刺絡針を抜針しただけで、静脈血が出てくる。放血後、軽く絞ってテープ固定する。
静脈血が弱い場合、刺絡しただけでは、ほとんど血は出ない。軽く周囲を圧して血を絞り出すが、治療効果は劣る。

目的:周囲軟部組織の緊張等により、局所の静脈環流が悪くなっている(=瘀血)ため、血液が流出できない。この状況で静脈が流入するので、目に見えないほど細い静脈であっても、次第に膨らんで、細絡を形成する。すると局所静脈圧が高まることで、痛みを誘発する。この状況で、細絡刺絡をすれば、静脈圧が減少し、治癒機転が働く。

3)井穴刺絡
方法:手足の爪甲根部去ること1分から刺絡することで、数滴の血を出す方法。

目的:手足の尖端には動静脈吻合とよばれる装置がある。手足の末端には毛細血管があるが、その少し手前の爪甲根部あたりには、小動脈→小静脈とショートカットする脈管があり、手足末端の血行調整をしている。この部から刺絡することは、動静脈吻合を刺激し、全身的な血行動態に変化を与え   ることができる。例→狭心痛に少衝刺絡。
   
阿保-福田理論では、井穴刺絡すると身体は副交感神経優位に作用するということである。そんなに簡単にいくもなのかとの疑念は残る。

5.増強法としての湿吸
吸角法には、乾吸(皮膚に単に吸角をかける方法)と湿吸(点状刺絡または細絡刺絡した後に吸角をかける方法)がある。

1)乾吸の臨床的意義
乾吸をかける→患者は交感神経緊張状態になり、リフレッシュ効果が得られる。
乾吸をはずす→5分~15分後に吸角をはずせば、副交感神経緊張状態になりリラクセーション効果が得られる。
 
乾吸の効果は、このリラクセーション効果を期待している。したがって、もともと交感神経緊張状態にない者(≒虚証体質者)には、適応とならず、乾吸をしても「気持ちよい」との感想は得られない。

2)湿吸の意義(私見)
刺絡とは、血を少量出すことで効果が得られる。刺絡しても予想したほどの血が出ない場合、治療効果があまりないことになるが、こうした場合、陰圧にすることによって放血を促進できる。細絡刺絡や点状刺絡の効果増強法として用いられる。
またプラスアルファの作用として、乾吸時と同じくリラクセーション効果が期待できる。

6.臨床で効果がある実戦的刺絡

1)井穴刺絡:指先の知覚低下に有効。糖尿病性知覚障害にも一時的に有効。

2)風府刺絡:点状刺絡。ときに電動吸角併用。後頭部痛、項コリ、不眠、眼精疲労時、項部に発赤があり、充満感がある(虚 していない)場合に有効。

3)五十肩で上腕挙上時に、上腕外側が痛む(上腕外側皮神経痛)場合、症状部から点状刺絡して有効。ただし持続効果は丸1日程度。

4)肝兪刺絡:ストレスが溜まり、背部のコリが強い場合、肝兪あたりから点状刺絡(ときに湿吸)する。

5)L5-S1棘突起付近の細絡刺絡:腰痛を訴える者で、同部付近に細絡があれば、細絡刺絡して有効。

6)委中刺絡:腰痛で前屈困難であり、局所に針灸しても効果が乏しい場合、委中から刺絡して著効を得る場合がある。委中刺絡は膝窩静脈から刺絡するので、細絡刺絡とは異なる。(故)間中喜雄先生は、患者を立位にして委中から刺絡していた。本人が医師だがらいいようなものだが、この体位では血が噴き出すことがある。伏臥位で行うべきだろう。