AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

現代針灸治療の公開にあたって

2006-03-29 | 現代医学的針灸の公開にあたって
 針灸治療は大きく、現代針灸治療と古典針灸治療(中医学治療を含む)にわけられる。現代針灸治療とは、現代医学の知見に基づく治療のことで、解剖学的針灸とは現代針灸治療の一側面をいう。針灸学校教育では両者の基本を教えるが、それぞれの考え方は非常に異なるので、国家試験免許取得後は、医師が自分の標榜診療科目を決めるように、趣向に応じて、どちらか一つを選択し、一生の課題として深く学び始める。

 では古典派の成書は非常に多いのに、ではなぜ現代派(とよべるほどの)成書はあまりないのだろうか。古典派は、古典という共通の原点があるのに対し、現代派は共通のベースとなるマトモな書物があまりないからだろう。現代針灸治療の具体例は、多くの専門書や学術発表の中に見つけることができ、また多くの鍼灸師により毎日の臨床で行われているはずなのに・・・・、である。なかには整形ペイン疾患は現代針灸で、内科方面の疾患は古典派でと使い分ける鍼灸師もいる。これは内科方面の疾患の現代針灸の方法を知らないことからくるものだ。何しろ公開された情報が少なすぎるので、現状ではやむを得ないことである。

 ところで私は、針灸学校の常勤時代と非常勤の現在を通して、20年間以上針灸応用実技の教育に携わってきた。この教科は既存の教科書がなく、各針灸学校の担当教員自身が独自の方法で工夫して教えている。私も日産玉川病院研修時代に学習した内容をベースに治療の理論化を行い、「現代針灸臨床論」と題して、現代針灸の立場から整形、内科、産婦人科、五官科など、ほぼ全診療科目の針灸治療法を現代針灸の立場から学生に教えてきた。

 今回、私の理解した「現代鍼灸」というものに関し、諸先生のご意見・ご批判を頂戴するとともに、「現代針灸」を普及させたく、テキスト内の臨床に役立つ部分を再構成して公開することにした。とりあえず最も需要の多い整形ペインクリニック分野からスタートするが、すこしづつでも、人があまり書いていない内科、泌尿器、産婦人科、耳鼻咽喉科分野にも筆をのばしたいと思う。

兪募穴治療の適用および腹痛に対する鍼灸の適否

2006-03-27 | 総論
1.内臓の自律神経支配
 内臓は自律神経により支配されているが、交感神経優位なものと副交感神経優位なものに大別される。そして交感神経優位な内臓反応は、内臓→交感神経節興奮→交通枝→脊髄神経興奮となり、体壁神経痛を生ずることがある。しかし副交感神経優位の内臓は、このような体壁痛は生じることはない。
 表現を変えるならば、交感神経優位の内臓に限定すれば、古典的な兪募穴治療が、(大雑把には)通用するのに対し、副交感神経優位の内臓に兪募穴治療は通用しないのである。
 
 たとえば交感神経優位な胃(Th5~Th9デルマトーム)を例にとれば、その背部反応はTh5~Th9棘突起の高さの起立筋上に出現(膈兪付近)し、腹部反応は、第5~第9肋間神経が腹直筋を支配する部(中かん付近)に出現する。
 副交感神経優位な肺は起立筋上や胸骨上の圧痛硬結反応は出現しない。たとえば気管支喘息や気管支炎時の圧痛硬結といった体壁反応は、肺兪や中府に出現することはないのである。

2.交感神経優位な臓器と副交感神経優位な臓器
1)交感神経優位→兪募穴治療可
 心臓プラス上中腹部消化器内臓(食道、胃、十二指腸、肝臓、胆嚢、膵臓、小 腸、上行結腸など)
2)副交感神経優位→兪募穴治療不可
 迷走神経支配:肺、気管(支)
 骨盤神経支配:婦人科・泌尿器科臓器のとくに肛門に近い側、下行結腸


3.腹痛3分類と針灸の適否
 周知のように、腹痛の古典的3分類は、内臓痛・関連痛・体性痛である。うち内臓痛とは交感神経興奮による漠然とした痛みで腹部前正中線上に出現する。関連痛とは内臓痛より重症度が1つ上がった状態で二次的に興奮した体性神経痛(=腹壁神経痛)が所属内臓のデルマトームに一致した領域に出現する。体性痛とは腹膜の炎症によるもので、病巣直上の体性神経の激しい痛みになる。
 上記腹痛3分類で針灸をしてもよい状況なのは、内臓痛だけだろう。内臓痛であれば、局所治療ということで腹部任脈上の反応点に針灸することだろうが、基本的に交感神経興奮に対する鍼灸治療には明確な手段がないので、治療効果は不安的なものになる。
 2番目に重い関連痛は、強い明瞭な自発痛である。私の説明した腹壁痛とは運動時痛のことなので、この点をしっかりと把握しておく必要がある。3番目は緊急外科手術の適応にもなるほどで針灸の絶対禁忌である。
 





肋間神経と腹壁神経痛

2006-03-27 | 腹部症状
1.肋間神経痛の走行
 肋間神経12対のうち、胸郭を走行するのは第1~第5肋間神経であり、第6~第12肋間神経は腹壁を走行している。いずれも支配領域の筋と皮膚の運動と知覚を支配している。第12肋間神経の支配領域は鼡径部なので、胸部のみならず腹部全体の皮膚と筋は肋間神経の支配下におかれている。

2.腹部反応点と背部治療点の関係
 治療は、肋間神経の基本反応点である起立筋上、腹直筋上、体幹外側点を選択する。うち外側点は臨床的に反応が出にくいことから、実際には起立筋上と腹直筋上で選ぶ。たとえばつぎのような対応になる。
 臍レベルの圧痛硬結→Th10棘突起の背部兪穴つまり胆兪
 心窩部の圧痛硬結→Th7棘突起の背部兪穴つまり膈兪
 関元穴あたりの圧痛硬結→Th12棘突起の背部兪穴つまり胃兪

3.腹壁神経痛と針灸治療
 腹痛の原因の一つに腹壁神経痛(肋間神経の興奮によるもの)がある。これは本来非常に多いものであるが、医師はどうしても内臓指向なので見過ごされやすい。陳久性の腹痛で内臓病変が否定されれば、腹壁神経痛を疑う。
 針灸来院患者で多いのは左または右の慢性の下腹部痛であろう。右下腹部痛で最も考えるべき疾患は慢性虫垂炎だろうが、白血球数の増加やCRPなどの炎症反応が乏しい場合、腹壁神経痛を考える。検査データがない場合でも、動作時に生ずる痛みであれば内臓障害よりも体壁障害を考え得る。このような場合には、Th11~Th12レベルの肋間神経痛を疑うので、同レベルの脾兪から胃兪への刺針で解決する。また同じ高さの夾脊穴刺針でも非常に効果があり、速効することが多い。




現代医学的鍼灸学習のための書籍は?

2006-03-26 | 現代医学的針灸の公開にあたって

 先日ベテラン針灸師を集めて針灸研究会をしたが、私にとっては常識的とも思える本を読んでいないばかりか、こうした本の存在を知らない人が多いのに気づいた。後日の追加もあるが、とりあえず思いつくままに、参考となる本のリストを示すことにした。※印のついた書籍が絶版で、それもかなり多い。学校の図書室や古本屋などでチェックしてほしい。最近では古書店に行かなくても、ネットから簡単に検索し、注文できるようになった。

 1.筋々膜痛の臨床 ハリ治療の西洋医学的手法
   C.CHAN著 大村昭人・北原雅樹訳 克誠堂
 2.※内科的疾患の神経領帯療法 
   F.ディトマーE.ドブナー著 間中喜雄訳 医道の日本社
 3.※内臓体壁反射(復刻版)
   石川太刀雄 木村書店
 4.※鍼の科学
   FELIX MANN著 西条一止ほか訳 医歯薬
 5.※ドクトルなおさんの治療事典
   枝川直義 地湧社
 6.秘法一本鍼伝書
   柳谷素霊 医道の日本社
    長期間絶版だったが、東洋針灸専門学校より再版となった。
 7.※鍼灸臨床実例集
  郡山七二 自費出版
 8.※現代鍼灸治法録
   郡山七二 自費出版
 9.鍼灸臨床の科学
   西条一止監修 医歯薬
10.※図解痛みの治療 神経ブロックを中心として
  山本了、若杉文吉著 医学書院
11.医家のための痛みのハリ治療
  高岡松雄 医道の日本社
12.※「愁訴からのアプローチ」シリーズ 医道の日本誌記事
  全日本鍼灸学会東京地方会
13.北京堂ホームページ 
  淺野周
14.「運動と医学の出版社」刊行のYouYube動画および書籍
  園部俊晴(代表)
  


緊張性頭痛は、後頸部と頭部の圧痛点を丹念につぶす

2006-03-22 | 頭顔面症状

1.針灸に来院するのは慢性頭痛
 頭痛を急性と慢性に区分すると、針灸に来院するのは慢性頭痛が多い。急性頭痛は、病医院で診療を受けている。頭痛に急性頭痛の中には緊急を要する頭痛もあるので、針灸師側にしても、これはありがたいことである。
 数年来の頭痛といった慢性頭痛で、危険な頭痛は考えにくいので、治療に専念できるからである。

2.片頭痛
 片頭痛は、頭蓋外を走行する外頸動脈の分枝の血管拡張が原因とされる。夕立のように発作的に起こる頭痛で、月平均2回(週1回~年数回まで)、発作的に繰り返して起こる。1回の発作持続時間は、4時間~1日くらい。頭の片側のコメカミから眼のあたりに起こるズキンズキンとした拍動性頭痛で、吐気を伴う。

 片頭痛の特殊タイプに群発性頭痛があり、これは片頭痛の1/100の発生頻度である。頭蓋内の内頸動脈や、その分枝の眼動脈の血管拡張が原因とされる。
 一度起こると、群発性地震のように、1~2ヶ月間、連日のように群発する。1回発作は1時間程度。眼や眼の上、コメカミあたりの、えぐられるような激しい頭痛で、じっとしていられない(狭義の片頭痛は、痛みをこらえるため、じっとしている)。睡眠中に起こりやすい。

 片頭痛は、よくある疾患だが、医師による薬物療法がよく効くので、実は針灸の出番はあまりない(それゆえ本疾患に対する鍼灸の効果は不明である)。片頭痛に対する治療薬には、昔は酒石酸エルゴタミン製剤(製品名カフェルゴットなど)が使われ、発作前兆期に服用しないと効果がなかなった。しかし平成12年からはトリプタン製剤(製品名イミグランなど)が使われるようになり、拍動性発作期に服用しても効果が出るようになった。


3.緊張性頭痛
1)概要
 緊張性頭痛は、1998年頃までは筋収縮性とよばれていたが、精神緊張による頭痛と筋緊張による頭痛は区別がつかないので、これらを一体化して緊張性頭痛とよぶようになった。頭痛発症は不明瞭で、梅雨時の雨のように何日も続く。頭痛の7~8割を占める。鎮痛剤は、あまり効果なく、その作用時間だけ症状軽減する。
<症状の病態生理>
 精神緊張・抑うつ状態・頭頸部外傷などによるストレス→頭頸部筋の持続的収縮→血行循環不良→疼痛物質発生→さらにこれが筋収縮を惹起、という悪循環状態となる。
 なお後頭神経痛というのは症候名であり、診断的には緊張性頭痛に含める。実際には後頭神経痛が引き金となって生じた緊張性頭痛が非常に多い。

2)緊張する筋と興奮する神経
後頸部痛(頭に重石をのせらせている感じ)
 原因:大後頭神経(C2後枝)の運動枝支配→深頸部筋
    後頭下神経(C1後枝)の純運動神経支配→後頭下筋群
頭蓋周囲痛(被帽感)
 原因:顔面神経支配→前頭後頭筋、耳介筋、側頭頭頂筋
    三叉神経支配→側頭筋
頭頂部痛
 原因:三叉神経第1枝興奮
 
3)緊張性頭痛の針灸治療
 重石がのっている感じならば後頸部筋深層に、被帽感ならば頭蓋周囲筋層に置針する。頭頂部痛ならば、頭頂に筋はないので、頭頂の皮膚知覚支配の三叉神経第1枝刺激を目的に、頭頂部圧痛点に置針する。

 なかには、頭全体が痛むと訴える者もいるが、とにかく、圧痛を一つ一つ全部針でつぶしていく気持ちで置針することを心がける。治療後も症状にあまり変化ないと訴える患者は、まだつぶしていない圧痛点が残っていることを意味するから、症状部位を中心に圧痛探索して施術すること。
 




ド・ケルバン病には偏歴運動針プラス局所皮内針

2006-03-21 | 上肢症状
1.ド・ケルバン病の病態と症状
 手関節の橈骨茎状突起部に生ずる狭窄性腱鞘炎。長母指外転筋腱と短母指伸筋腱は、橈骨茎状突起部あたりで共通の腱鞘を通過する。母指の動きは他の4指と比べても非常に大きいので、この部の狭窄性腱鞘炎を好発しやすい。
 母指IP関節の屈曲時や、手関節を尺屈する動作で局所に痛みを発する。フィンケルシュタインテスト陽性となる。

※フィンケルシュタインテスト:母指を他の4指に包むようにして拳骨をつくり、小指側に手関節を屈曲させると、手関節橈側に強い痛みが出現。

2.ド・ケルバン病の好発する理由
 人間の母指はサルと異なり、非常に自由で、かつよく制御された運動性をもっている。これが文字を書くことや、道具をつくることなど、文明を築き上げた基本的素養といえるのである。ではなぜ母指はこれほど意のままに動かせるのだろうか?

 母指を除く手の4指の伸展に作用する筋の共通した起始は上腕骨外側上顆にあるのに対し、母指を動かす筋はこれと独立して存在するからであろう。母指の伸筋や外転筋は、前腕骨間膜を起始としている。母指橈側には長母指外転筋腱と短母指伸筋腱が入り、母指尺側には長母指伸筋が入っている。
 
 長母指外転筋腱と短母指伸筋腱は一つの腱鞘に入っているので、もともと運動量が大きい母指としては、共通腱鞘が腱鞘炎になりやすいといえる。

3.ド・ケルバン病の鍼灸治療
 本疾患の機序は、次のようになるだろう。
母指の運動過剰→長母指外転筋や母指伸筋の緊張・短縮→両腱の炎症・肥厚→共通腱鞘の摩擦大
 筋腹部である偏歴運動針と疼痛局所の皮内針というパターンが私の治療である。

1)筋腹への運動針
 鍼灸治療はテニス肘やゴルフ肘の治療と同じく、緊張・短縮した筋の筋腹部への運動針を行うことで、腱への負担を減らす必要があるだろう。この筋腹とは通称、蛇頭とよばれる部で、ツボでいうと偏歴穴になる。

 偏歴穴の教科書上に位置は、手関節側背から上3寸、長母指外転筋と短母指伸筋の筋溝にとるので、実際には圧痛あるいずれかの筋上にとるようにする。

2)腱鞘圧痛部への皮内針
 腱は、要するにヒモであり、筋に比べて機能は単純であり血流量も少ない。腱そして腱鞘の痛みとは、本来ならば筋に比べて乏しくてもいい筈なのだが、実際には鋭い痛みを生むのである。私の見解だが、「腱や腱鞘が痛む」というのは元来わずかな痛みに過ぎず、皮膚に投影された痛み(橈骨神経皮枝の興奮)が強く意識されるのだろうと思っている。なぜならば腱炎や腱鞘炎には皮内針で十分効果あるためである。
 皮内針により皮膚関連痛を消すことで、痛みは大幅に減少するらしい。

天柱症候群とは

2006-03-16 | 経穴の意味
 後頸部の諸穴(天柱、風池、上天柱など)からの刺針が、眼症状や鼻症状に有効であることは、古くから経験的に知られている。このことは鍼灸師なら誰でも知っていることなのだが、なぜ効果あるか説明がつかなかった。

 最近になり、上部後頸部で三叉神経の走行が、三叉神経脊髄路を下って、第2第3大頸髄の高さまでいったん下ってから再び上行する過程で、近くを走行する大後頭神経との間で影響を与えることが知られるようになった。大後頭神経の代表刺激点は天柱なので、天柱刺針により三叉神経症状が改善される機序に説明がついたのである。

 それから一歩発展させて、天柱刺針により効果がみられる顔面部症状を、天柱症候群とよぶようになった。常見の天柱症候群症状には、前頭部痛、眼精疲労、鼻汁などである。

頸性メマイと半身脱力感に対する後頸部刺針

2006-03-15 | 耳鼻咽喉科症状

1.頸性めまいの症状と鑑別すべき疾患
 
鍼灸に来院する患者で、最も多いのは頸性めまいであろう。頸性めまいの主訴は非回転性めまいで、難聴や耳鳴を伴わないのが特徴である。なお激しい回転性めまいで難聴や耳鳴を伴わない場合、良性発作性めまいを疑い、回転性メマイに難聴耳鳴が併発すればメニエール病を疑う。


2.頸性めまいの病態生理と鍼灸治療

 
身体平衡は内耳(前庭)からの前庭神経、眼(網膜)からの視神経、深部感覚(筋腱紡錘)の後索が受容器である。内耳・眼・運動系からの3つの情報は脳幹の前庭神経核に集められ、統合判断により空間上の自分の位置や姿勢を判断している。しかし3つの情報を統合する際、矛盾するならば、結果としてめまいが起こる。うちめまいと最も関係するのは内耳の前庭であり、メニエール病や良性発作性めまいは、内耳前庭性のめまいであって、私が改めて説明するまでもないことである。


ただし鍼灸に来院する患者は、耳鼻咽喉科医の診療を受けて、満足いかない者が来院することもあり、頸性めまいが非常に多いようだ。本疾患は深部感覚の障害に起因するもので、こじれたムチウチにその典型をみるほか、頸肩部のコリ症の者にもしばしばみることができる。

頸性めまいに関係する深部感覚(関節覚、振動覚、深部痛覚のこと)の受容器は上部頸椎とくに後頭骨/C1椎体とC1/C2関節に分布することが知られており、この受容器の病的刺激により、めまいが起こる。したがって上天柱や天柱からの深刺が効果的になるのである。

3.半身の脱力感
 
鍼灸治療を長く続けていると、教科書に書いていない主訴の患者が来院する。半身の脱力感もその一つである。もちろん脳血管障害後遺症を除外しての話である。

上部頸椎に異常があれば、自覚症状としてのメマイのほか、他覚所見としては平衡障害が生じている。前庭神経核からの出力の代表は次の3種類である。

 a.前庭-眼反射 →眼振
 b.前庭-脊髄反射 →運動失調(ロンベルグ、マンのテスト、足踏み試験)
 c.前庭-自律神経反射 →悪心、冷汗、心悸亢進

上述で身近な例はcで、乗物酔い時の症状に他ならない。aとbの反射による所見は、しばしば平衡感覚の理学テストとして行われているものである。鍼灸治療に関係するのはbで、ヒトは前庭-脊髄反射により、全身骨格筋の緊張を刻々と変化させて身体平衡を保っている。

ここで肝腎なことは、一側の前庭は同側の骨格筋緊張を高めていることが分かっていることである。逆にいえば一側の前庭機能低下は、同側の筋緊張がゆるむので、歩行時に一側に偏倚する。この筋の調節作用において、頸筋の関与が最も大きいことが知られている。すなわち、半身の脱力に対する鍼灸治療は、脱力側の頸部筋の緊張を高めるか、健側の頸部筋の緊張を緩めるかの選択になる。頸部筋緊張の左右のアンバランスが、半身の脱力感を生ぜしめている。


耳鳴治療と舌咽神経ブロック針

2006-03-15 | 耳鼻咽喉科症状

1.浅野周先生の耳鳴り治療
 私は長年、耳鳴の鍼灸治療をしてきたが、効果あった例は殆どなかった。しかし浅野周先生の「北京堂」ホームページ記載の方法を応用して追試してみると、たしかに効果が出て非常に驚いた。浅野先生には敬意を表したい。
 私の以前の方法と、浅野先生の治療の違いは、主に次の2点であった。
 a.浅野→40分間(短くとも20分)置針
   私 →せいぜい10分間程度の置針(ときにパルス併用)
 b.浅野→項針(翳風、風池、完骨)への刺針は、しっかりと耳の中にズシンと響かせる。
   私 →響きには無頓着

2.私の耳鳴治療
 とりあえず耳介周囲(聴会、角孫、翳風など)に寸6#2の針で6~10本、20分間置針した。これで耳鳴はかなり改善する。ただし耳中に響かすという方法がよくわからかった。ある日、柳谷素霊の「秘法一本鍼伝書」を調べてみると、耳鳴には、下歯痛と同じ治療で、頬車を使うと記載されていた。「下歯痛に対する場合はそのように刺入し、この時もし耳中に響いた場合には針先を下方に向ける」とある。これですっかり謎が解けた。

 下歯に響くのは、下歯槽神経を刺激した結果であり、耳中に響くのは舌咽神経を刺激した結果である。下歯に響かすのが目的ならば、頬車穴から下顎骨の内側の縁に沿って針を進めればよいであろう。しかし頬車から耳中に響かすのは解剖学上は難しく、その2~3㎝耳垂に向かった部から直刺深刺することで舌咽神経を刺激可能なのである。舌咽神経に針を当てるには、私考案の下耳痕穴(筆者命名、奇穴の耳痕の5ミリ下方にある)を使用するのがよく、ペインクリニック本の通りやっても、うまくいかない。

 下耳痕穴は、耳垂が頬に付着しているその接合線の中央にとる。刺針は耳垂の前からでも後からでもよい。直刺1㎝で顔面神経幹に命中し、ここにパルス刺激を与えると顔面表情筋全体が攣縮する。問題の下咽神経はその深部にあり、2㎝深刺で刺針転向法により耳中に針響を与えることができる。舌咽神経は本来的には中咽頭知覚を支配するが、その枝の鼓室神経は中耳~鼓膜の知覚を支配している。すなわち耳中に響くというのは、中耳~鼓膜に響かせるということなのである。
 このことを知った後、私の耳鳴治療時の使用穴は下耳痕穴を中心とした少数穴への20分間置針へと変化した。




肩甲間部のコリにはTh1~Th4夾脊刺針

2006-03-12 | 頸腕症状
 肩甲間部のコリや痛みで鍼灸に来る患者は多い。初心者鍼灸師は局所治療をするのだろうが、これでは治せない。

 肩甲間にある浅層筋は大・小菱形筋であり、肩甲背神経(純運動性)が支配している。肩甲背神経とは腕神経叢の分枝である。深層筋は起立筋および板状筋ともに脊髄神経後枝(混合性)が支配している。

 もし肩甲間部のコリが肩甲背神経の興奮によるものだとすれば、腕神経叢への刺激(中国流天鼎など)をすると少しは効果がみられるはずだが、たいていは無効である。しかし脊髄神経後枝を刺激すると著効が得られることから、肩甲間部のコリは起立筋または板状筋の緊張に起因すると推定される。

 後枝の治療点は、症状部位の斜め45度内上方(脊柱方向)の背部一行であって、結局肩甲間部のコリは、Th1~Th4棘突起の直側刺激で、ほぼ満足すべき治療効果が得られる。

肩関節痛に対する巨骨斜刺+肩前斜刺

2006-03-11 | 肩関節痛

私の行う肩関節痛の鍼灸治療は、今では非常にシンプルになり、常用はつぎの3つにすぎない。しかもbとcはペアで使うことが多い。
 a.三角筋痙縮→三角筋圧痛点への運動針
 b.棘上筋炎、棘上筋部分断裂→巨骨斜刺
 c.上腕二頭筋長頭腱々炎→肩前水平刺

1.三角筋痙縮
 年齢に関係なく、肩関節部の過使用(理容師、調理師など)や打撲で生ずる。老化現象とはあまり関係がない。三角筋は機能的に前部線維(上腕屈曲)、中部線維(上腕外転)、後部線維(上腕伸展)に区分されるが、前部線維の障害が最も多く、次いで中部線維の障害が多くみられるようだ。いずれも三角筋を調べれば圧痛が明瞭なので、圧痛点に浅針し、上腕挙上の運動針を行えば直後効果は非常によい。ただし身体には「元に戻そう」とする力が働いている。経過の長いものは1~2日で元に戻ってしまうので、抜針後に円皮針をおこなったり、自宅温灸したりといった工夫が必要になるケースがある。

 三角筋と比べて地味だが、大胸筋の短縮により上腕挙上制限があることもあり、中府あたりの圧痛への運動針で急速に上腕挙上の可動域が増すこともある。

2.肩腱板の障害
 老化現象が関係する。40才以上で、三角筋部の圧痛が顕著でない場合、本疾患を疑う。痛みによる上腕の挙上制限がある。外転の自動ROM<他動ROMとなる。肩腱板ではとくに棘上筋腱が問題になる。棘上筋腱部分は血行不良になりやすいので、カリエは「危険地帯」と称した。この危険地帯に針を入れるには、肩ぐうや肩りょうから肩甲上腕関節腔内への深刺では無理で、2寸以上#5程度の針にて巨骨斜刺(肩井を刺入点とし、肩峰下へと入れる。軽く雀啄して抜針)をしなければならない。単なる巨骨直刺では棘上筋に入るだけで、治療効果は得られないのである。

 なお巨骨斜刺法は私が知ったのは、浅野周先生の「北京堂」のホームページからである。本法は非常に効果的な治療方法だが、治療持続効果はあまりないケースもあるので、肩峰~上腕外側を結ぶテーピングを併用し、棘上筋の負荷を軽減することを考える。

 巨骨斜刺は、肩腱板炎にも肩腱板部分断裂にも効果がある。自動ROM=他動ROMであり、一見して凍結していると思える例でも、効果が出ることは珍しくない。

3.上腕二頭筋長頭腱々炎
 本疾患が単独で出現することは稀であり、教科書的記述通りの臨床像はめったにない。炎症は長頭腱部だけでなく、肩甲上腕関節にまで炎症が拡大していることが多いので、巨骨斜刺が必要になる。なお単純な上腕二頭筋長頭腱々炎ならば、上腕骨結節間溝を走行する長頭腱への直接刺入(曲池方向への斜刺)しての運動針が効果ある。この部位は、肩前穴とよばれる奇穴になる。
 実際には、肩前斜刺+巨骨斜刺を一つの配穴としてとらえると、細かな診断に頭を使うことなく、迅速な治療ができる。

4.肩峰下滑液包炎、石灰沈着性腱板炎
 強い自覚痛を訴える。激しい炎症によるものなので、鎮痛剤を使って、まずは炎症を抑えることが必要になる。鍼灸はほとんど効果ない。
5.凍結肩
 完全に凍結した状況(運動時痛なく、運動制限のみあり)であれば、鍼灸は効果ない。
6.上腕外側の放散痛に対する治療
 上腕外側皮神経痛(皮膚の痛み)であり、本神経は腋窩神経の分枝である。上腕外側痛に腋窩神経ブロック点(肩貞)刺針をしても、効果に乏しく、上腕外側の疼痛部に対する局所治療が必要となる。最も効果的なのは、梅花針などの皮膚刺激である。
 


八髎穴の使い方

2006-03-11 | 経穴の意味

八髎穴は、左右8つの後仙骨孔をいう。臨床的によく用いるのは次髎穴と中髎穴であるが、きちんと説明した本もないようなので整理しておく。
八髎穴に関係する神経は、仙骨神経後枝、陰部神経、骨盤神経の3種類である。

1.次髎穴刺激の適応
整形ペイン疾患に関係するのは仙骨神経後枝で中殿皮神経(S1~S3)が上位3つの穴から出て、仙骨と仙骨外縁部の知覚を支配している。したがって、仙骨周囲の痛みがあれば、上髎~中髎への施術が必要であり、その代表穴は中央であるS2の次髎穴となる。

2.中髎穴刺激の適応
 骨盤内臓疾患に関係するのは陰部神経と骨盤神経で、ともにS2~S4から出る。その中心はS3の中髎穴になる。

陰部神経は混合性の体性神経で、陰部の知覚とシモの穴(肛門や尿道)の括約筋をコントロールしている。したがって、脱肛、痔疾、尿道炎、膀胱炎、子宮脱などで陰部神経を刺激する治療が成り立つ。もっとも陰部神経をきちんと刺激するには、中髎穴刺激よりも、陰部神経ブロック刺針の法が適している。

骨盤神経は骨盤内臓器を副交感支配する神経である。骨盤内臓器はおおむね副交感神経が主支配しているので、骨盤内臓疾患(下部消化器、泌尿器、婦人科)に広く適応がある。


腰下肢症状の診断

2006-03-10 | 腰下肢症状
1.痛みが坐骨神経走行に従う場合 
 腰下肢症状をもたらす疾患で最多は、坐骨神経痛であろう。臀部~大腿後側~下腿(前、外側、後側)という坐骨神経走行に沿った痛みが出現し、坐骨神経ブロック点(=中国流環跳)押圧で痛みが下肢に放散する。

 坐骨神経痛は、梨状筋症候群と神経根症に大別できる。腰痛があれば神経根症の確率が高く、SLRテスト陽性、下肢症状がデルマトーム分布に一致すれば、ほぼこの診断が確定的になる。

 梨状筋症候群の場合、腰痛(-)で下肢症状は殿部梨状筋緊張による坐骨神経の絞扼障害という形になり、下肢症状はビリビリ、ピリピリする痛みであって知覚麻痺や運動麻痺は伴わない。国家試験用の知識としてKボンネットテスト(+)がある。治療法については別項参照。

2.大腿外側の痛み
 大腿外側痛を訴える患者は案外多い。鍼灸初心者は、つい大腿外側皮神経痛として一件落着としがちであるが、本症であることは少なく、むしろ変形性股関節症の放散痛もしくは仙腸関節のズレによる関連痛の場合が多いだろう。
 もし大腿外側皮神経痛であるならば、その神経絞扼障害の好発部位である上前腸骨棘の内端(教科書の環跳の部位)の圧痛の有無を調べなくてはならない。

3.鼡径部の痛み
 鼡径靱帯下を大腿神経や大腿外側皮神経(いずれも腰神経叢L1~L3前枝)からの分枝)が縦走しているので、この部の神経絞扼障害が疑われる。あるいは腰神経叢の分枝である腸骨鼡径神経や腸骨下腹神経の神経痛であることも多い。
 いずれにせよ、腰神経叢に対する刺針(=外志室刺針)が重要で、必要に応じて鼡径部局所反応点にも刺針する。

4.足が前へ出にくくなる
 間欠性跛行症である。この原因として馬尾性脊柱管狭窄症と末梢動脈閉塞症がある。歩行困難になった際、腰掛けて上体をかがめるようにすると、間もなく再歩行可能になれば馬尾性脊柱管狭窄症であり、いつまでも歩行できなければ動脈閉塞性間欠性跛行症である。前者には鍼灸治療法がある(別項参照)が、後者に対する鍼灸はあまり期待できない。



 

筋々膜性腰痛に対する運動針と外志室深刺

2006-03-10 | 腰背痛
 筋々膜性の腰背痛とは、筋よりも筋膜に起因する痛みである。(この筋膜痛は脊髄神経後枝が知覚支配しているので、実際は後枝症候群との混合性腰痛として見られることが多いようであり、背部一行刺針を併用するケースが少なくない)

 腰部の筋膜は浅葉と深葉に分かれている。腰仙筋膜浅葉とは、起立筋の浅層にあり、腰仙筋膜深葉とは起立筋と腰方形筋の境にある。二層の筋膜は、それぞれ異なった痛みかたをする。
  浅葉痛:局在性の明瞭な腰痛で、急性腰痛に多い。
  深葉痛:漠然として腰部広範囲にわたる腰痛で、慢性腰痛に多い。

1.浅葉痛の筋々膜性腰痛の治療
 痛む姿勢にさせ、痛む部を指で指示してもらって、この部に寸6#3程度の針で表層筋まで刺入して軽く雀啄して抜針。すると症状は少し楽になるとともに、別の場所が痛むようになる(最大圧痛点が改善したので、2番目に強い圧痛点が最大圧痛点に変化する)ので同様に刺針。これを症状が3分の2程度改善するまで繰り返す。

2.深葉痛の筋々膜性腰痛の治療
 側腹位にして、腸肋筋の外縁と腰方形筋の圧痛ある筋溝から腰仙筋膜深葉面に向けて(脊髄に向けるつもりで)刺入。なお針は2.5寸#5~#8を使用し、1.5 ~2寸深刺し、ゆっくりとした雀啄を実施。すると腰部の広範囲に気持ちよい針響が得られる。その後すぐに抜針してもよく、置針5~10分してもよい。
 本治療穴は、ほぼ志室に相当するものだが、側腹位で行うことや独特の狙いがあることから、外志室刺針と呼んでいる手法である。