AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

三叉神経痛と針灸治療(仮性三叉神経痛を中心に)

2020-02-28 | 頭顔面症状

針灸師の守備範囲は結構広く、四方にアンテナを広げているつもりでいても、いつの間にか各分野の新知識に遅れをとってしまいがちになる。今回もそのようなケースであった。ある日三叉神経痛の患者が来院した。これまで三叉神経痛は針灸不適応だと思っていたのだが、この患者に対しては、予想外なことに1~2回の施術で症状消失をみたのだった。嬉しいことである反面、どういうことなのか疑問に思って調べ直してみた。


1.現在と一昔前の三叉神経痛の分類の違い

一昔前の三叉神経痛の分類では、本態性三叉神経痛と症候性三叉神経痛に大別していた。本態性とは原因不明な場合をいうが、このタイプの三叉神経痛の9割は橋付近の血管による三叉神経圧迫が原因だと特定されたので、もはや本態性という名称はふさわしくない。そのためだろうか、いつの間にやら真性三叉神経痛という名称に変わった。
 
一方、症候性三叉神経痛というと三叉神経領域の帯状疱疹とか齲歯痛が思いつくが、実際には原因不明であることも非常に多い。ただし真性(=本態性)三叉神経痛と違う点は、押圧しても痛みを誘発するポイントがないこと、ビリッビリッとした耐え難い数秒間の痛みではなく持続性の鈍痛であることなどがあった。そこでネットで調べてみると、かつての症候性三叉神経痛は、現在では仮性三叉神経痛と呼ばれていることを知った。仮性三叉神経痛の8割は原因不明だという。

2.真性(特発性)三叉神経痛 
話の順番として、真性三叉神経痛について総括する。
  
1)原因
40~50歳代の女性に多く見られる原因不明の三叉神経痛とされてきた。しかし今日では三叉神経痛の9割が橋付近の血管による三叉神経圧迫が原因だとされるに至った。なお発性叉神径痛と思われた1割で脳腫瘍が発見されてる。            
  
2)症状
痛みは顔の右か左かどちらか一方におこる。痛みの部位は、上顎部・下顎部・鼻翼外に出ることが多く鼻や口唇の周りなどを触ることにより激痛(風に当たっても痛いという)が誘発される。これをPatrickの発痛帯とよぶ。夜間睡眠時は、これらの発痛帯に刺激が加わらないので、痛み発作は起こらない。
発作時は、鋭い電気の走るような激しい痛みが、発作的(2~10秒)に、繰り返し起こる。洗顔、歯磨き、ひげ剃り、化粧、食事、会話などにより痛みが誘発される。
※Patrick発痛帯:無痛状態時に刺激されると必ず疼痛を発現する部位。口角、口唇、鼻翼鼻唇溝、眉、歯肉などの特定部位。
   

3)三叉神経痛の現代医学治療
①「微小血管減圧術」手術
約9割以上が脳幹出口部における三叉経の“神経血管圧迫”であり、これに対ては、脳外科的に神経を圧迫している血を神経か剥がし、圧迫を解除するのが根本療法になる。有効ほぼ100%だが、再発することもある。

②薬物療法
抗痙攣薬カルバマゼピン(商品名:テグレトール)が第一選択。多くの症例に効果あるが、服用を中止すると再び疼痛が生じる。本剤は本来は抗テンカン藥で、てんかん発作痙攣を抑制するが鎮痛効果はないはずである。しかしこの中枢神経興奮抑制効果を利用して叉神経痛など一部の末梢神経痙攣痛に対し、痛みの発症以前の痙攣を抑制する目的で処方れる。元々が痛みの発症する前に使われるので、痛みのあるなしは関係がない。
    
近年ではリリカ(一般名プレガバリン)など使われるようになった。リリカは末梢神経障性疼痛の治療薬であり、三叉神経痛、帯状疱疹後神経痛に適応がある。従来の鎮痛剤であるロキソニンやボルタレンなどの消炎鎮痛剤は無効。


③針灸治療の意義
真性三叉神経痛発作時は、パトリックの発痛帯に触れると、耐え難い痛みが誘発するので 顔面を施術すること自体が難しい。現代では鎮痛効果のある治療薬も出現しているので、治療効果的にもあえて針灸を行う意義は乏しくなった。



3.仮性三叉神経痛とは
   
症候性三叉神経痛はそのままとして、現在では原因不明なものの大部分は、顔面の筋膜症と考えられている。顔面部の筋膜症であれば、患者が指で示す圧痛点に深刺置針5~10分で一時的に症状改善でることが多い(治るわけではない)。
 
1)顎関節症Ⅰ型の針灸治療

Ⅰ型顎関節症とは、咬筋や外側翼突筋の過緊張によるものが多い。咬筋緊張に対しては頬車・大迎の緊張部に刺針し、外側翼突筋に対しては下関直刺が有効となる場合が多い。  

2)耳鳴・難聴および耳痛の針灸治療
    
三叉神経第Ⅲ枝の分枝である耳介側頭神経は、側頭部皮膚知覚を支配しているだけでなく、外耳道知覚、鼓膜知覚、顎関節知覚にも関与している。これは顎関節症により二次的外耳道や鼓膜症状が出現することを示唆している。針灸臨床上、顎関節症を治すことが難耳鳴の治療につながることを経験している。

 耳介~外耳道の神経痛は三叉神経第Ⅲ枝痛だが、Ⅲ枝の分枝の耳介側頭神経痛によるもので、これを「神経性耳痛」とよぶことがある。現代医療では、この治療に耳介側頭神経ブロックを行うことがある。この方法が針灸でも流用できる。和髎(耳珠前方で、頬骨弓直上に浅側頭動脈の拍動を触れる。同動脈に伴走して耳介側頭神経が走る部)、または和髎の方1寸から、側頭部に響かせるように斜刺する。
 
3)舌痛症の針灸治療                                               

舌神経(三叉神経第Ⅲ枝の枝、舌前2/3知覚を担当)を刺激する。それには裏頬車~裏大迎から刺針し、内側翼突筋緊張などを緩めるよう刺針を左右計4カ所程度行う。または下顎骨前面の内側縁の顎舌骨筋(前廉泉穴の傍)から直刺し、舌の起始部へ直刺する。治療効果が長持ちしない場合、刺針部に円皮針を追加する。



4)筋膜症としての仮性三叉神経痛の針灸治験症例

 
真性三叉神経痛は、発作時は顔面に触れることができないので、勿論顔面部の針灸治療を行うことは困難である。その一方で非発作時は、そもそも針灸治療が意義あるものかも判然としない。
しかし仮性三叉神経痛の大部分は、筋膜症ではないかとする見解があり、私の治療経験からも、
針灸治療は結構有効なのではないかとの印象を受けた。患者が指指す顔面部位に十分に深刺するのがコツで、有効な場合、筋緊張の抵抗の中をグイグイと針を入れていくという手の下感があるようだ。


①症例1 72才、女性
  
二十年以上前から左鼻翼外方に部分的に重苦しい感じがあり、左鼻も詰まるという。病医院でも治療は必要ないとして、無処置であった。寸6、2番で患者の指示する部に骨にぶつかるように斜刺深刺(直刺したのではすぐに骨に当たってしまうので刺針感がほしいので斜刺した)して置針5分。症状軽減した。
本例は、完治させることはできないが、こうした鍼をすると症状は毎回大幅に軽減した。
 

②症例2 37才、女性

   
当院初診10日前から左耳前~頬部に強い痛み出現。痛みは発作性ではなく持続性。強く歯を噛みしめると、左下奥歯が痛む。近医受診し、三叉神経痛の特効薬であるテグレトール処方され、以来痛みは7~8割ほど軽減されている。

痛み部位は三叉神経第2枝領域なので、眼窩下孔刺針、下奥歯痛ということで咬筋と内側翼突筋、おとがい孔に刺針。使用鍼はすべて寸3の0番針で、5分間置針。すると痛みほぼ消失。強く噛むと左下奥歯がまだ痛むというので、咬筋に対する運動鍼を行い症状大幅に軽減した。

 


下歯痛の針灸治療 ver.1.1

2020-02-28 | 歯科症状

1.針灸適応となる歯痛
歯の激痛に対して、針灸で止痛させることは難しい。しかし関連痛による歯痛(放散性歯痛を含む)による歯痛は効果がある。歯肉痛にも効果がみられる。上歯痛・下歯痛それぞれ2回に分けて考えてみる。

※関連痛を生ずる歯痛のなかで、とくに遠隔部位に生ずる痛みを放散性歯痛とよぶぶ。

2.下歯痛の治療

歯痛の鍼灸治療で、筆者が参考にしているのは、柳谷素霊著「秘 法一本鍼伝書」であり、また木下晴都創案の傍神経刺である。今日で入手できる歯痛の傍神経刺の載っている成書として「最新鍼灸治療学」がある。
 
1)頬車水平刺(柳谷素霊著「秘法一本針伝書」)

①体位:上歯痛の場合と同じ。但し上歯と下歯とのあいだに手拭をまるめて噛ませるようにする。こうすれば穴が益々明かとなる。
②取穴:下顎骨隅を指でナデ上げるようにする。初めは軽く、除々に強くなでると骨の欠け目がある。上にゴリゴリした筋肉様のものがある。この下の陷凹部を穴とする。
③刺鍼:鍼尖が口吻の方向に向くようにし、鍼尖をして下顎骨中(内に非ず、外に非ず、骨中を標的に)に刺し透すやうな心得で刺入する。手技は上歯痛の場合と同じ。 深度は1~1.6寸位。
④注意:刺入しているうち、鍼尖が骨に当ったときのように硬く感ずる、手ごたえがあっても緩やかに旋撚しつつ刺入する。このように刺入せば入るものである。且つ鍼響の感があるものである。但し、耳の中に鍼の響がある場合には鍼尖を下方に向ける(刺鍼転向)、痛む歯に鍼響あれば手をもって合図させる。響いたならば除々に抜除し、後を揉まない。

2)頬車水平刺に対する筆者の見解
柳谷のいう頬車水平刺は、内側翼突筋中に刺針することで、下歯槽膿神経刺激を行っていると思えた。

ペインクリニックで用いる下歯槽神経ブロックは下顎の下方から水平刺する口腔外アプローチと、口腔内の歯肉から刺針する口腔内アプローチがある。刺入部位は3者とも異なるが、マトとなるのが下顎孔あたりになるのが興味深い。大迎あるいは裏大迎から口方向に水平刺しても、下歯槽膿神経の直接刺激はできない。

 ※下歯槽神経の走行:下顎孔から骨中のトンネル中を走りつつ、下歯に知覚神経の枝を出し、最終的にオトガイ孔から下顎骨表面に出る。このオトガイ孔部を刺激することは、適用が限られるのでペインクリニックではあまり用いられない。オトガイ孔刺の適応は、狭車水平刺に含まれる。 
 

 

3)聴関穴(木下晴都の下歯痛に対する傍神経刺)について

聴関とは、聴宮と下関の中間にあることから木下が命名した。しかし聴関穴は、今日の標準経穴位置から検討すると「下関」にほぼ一致しているので注意すべきである。
この部から2寸鍼を使って3.5㎝直刺する。これには咬筋深葉を貫いて外側翼突筋中に刺針狙いがある。(このさらに深部には、三叉神経第3枝の出る卵円孔があり、ペインクリニックでは上顎神経ブロックとして使用される)

この発想はいいとしても、下関から3.5㎝深刺するとなれば、実際には用いづらい施術法といえよう。

 

4.オトガイ孔への刺針の検討

三叉神経第3枝の分枝で、下歯槽膿神経は下顎孔から骨トンネル内に入り、はオトガイ孔から下顎骨の表に出てくる。
この骨トンネル走行中に下歯痛に知覚枝を送っているので、下歯痛とは下歯槽神経痛だともいえる。
ところでオトガイ孔は予想外な方向で開口しているので、骨孔を貫通させるには案外難しい。それに加え、
オトガイ孔の骨孔を貫通できたとしても、下歯痛に効果があるとはいえない。結局オトガイ孔刺針の臨床的価値は乏しいといえる。

 


上歯痛の針灸治療 ver.1.1

2020-02-28 | 歯科症状



歯痛には次の3種類がある。 
①原発性歯痛:歯牙、歯周囲組織に器質的変化があるもの。最も多い。通称は虫歯。
②続発性歯痛:全身性疾患(白血病、敗血症、梅毒、糖尿病)の一部分症状。
③放散性歯痛:歯牙および歯周囲組織に隣接する器官の疾患により、歯にも原因があるように感じられる疼痛。眼、耳、鼻の疾患に由来することが多い。

針灸治療は、虫歯(齲歯)由来であれば、神経興奮そのものなので、あまり効果が期待できない。続発性歯痛であれば原疾患の治療を優先させる。しかしなが放散性歯痛のように、 歯周囲組織に痛みの原因があれば、効果が期待できる。そしてこのタイプの痛みは歯科が苦手と している。歯肉の充血も針灸の適応である。

 

1.客主人移動穴刺針(柳谷素霊著「秘法一本針伝書」)

①体位:痛む歯を上にした側臥位。口を閉めさせておく。響いたら、口を閉じたまま「ウーッ」と発声させるように指示しておく。

②取穴:耳前頬骨弓の上縁を指で触診しつつ前方へ指を移動する。側頭動脈と頬骨弓との分かれ目より1.5寸で、一筋越せば指頭に陥没の部を触れるところ。
③刺針:寸3の#2にて、針を頬骨弓をくぐらせるようにし、針柄をほとんど皮膚に接触させるくらいにして、ゆっくりと刺入する。患者が痛む歯に針の響きのあるのを度とする。「ウーッ」と患者が言えば抜針。抜針後はただちに指頭で刺針部位を圧迫(青あざを予防)。もし出血斑ができたら、マグレインを貼ると退色が早くなる。

 

2.客主人移動穴刺針に対する筆者の見解


上記刺針をしても上顎神経やその下流である眼窩下神経を直接刺激することはできない。刺入点直下にあるのは側頭筋であり、針先に当たるのも側頭筋である。
側頭筋の深部んは側頭頭頂筋(顔面神経支配)があるが、今日では退化していて役割を失っている。側頭筋の運動針は、側頭筋中に刺針した状態で、力を入れて咬む動作をさせることである。




側頭筋にトリガーが発生すると。上歯痛が生ずることがあることがトラベルらにより確かめられている。
上前歯となるか上奥歯となるかは、側頭筋トリガーの位置により異なる。

 


3.
下関穴(木下晴都の上歯痛に対する傍神経刺)

木下晴都の上歯痛の傍神経刺は「下関」と記されているが、今日の標準経位置からいえば、下関より鼻方向に1センチ前方に移動し、頬骨下縁の下1センチの部位である。これを下関移動穴を呼ぶことにする。この部から同側の外眼角に向けて30°の角度で、約4センチ斜刺する。
すると咬筋浅葉中に刺入される形になる。

咬筋にトリガーが発生すると、次のパターンの放散痛が生ずることが報告されている。咬筋がトリガーをもつと、上歯痛・下歯痛とも起こりえる。


 

咬筋の解剖
大きな浅部と小さな深部に分かれている。三叉神経の第三枝である下顎神経の枝の一つである咬筋神経に支配。

浅部:起始が頬骨弓のの前2/3、停止が下顎骨咬筋粗面下部。

深部:起始が頬骨弓の後ろ2/3で、停止が下顎骨咬筋粗面上部。

 

 

 

 


側頭筋緊張に対する運動針

2020-02-11 | 頭顔面症状

1.側頭部痛をもたらす放散痛

側頭痛をもたらす筋膜症には、局所として①側頭筋膜痛の他に、②後頸~後頭筋膜や③胸鎖突筋膜など、3方向からの放散痛が関与する<吹きだまり>のようなところである。さらに側頭筋が緊張すると、顎関節部や上歯に放散痛を起こすことも知られている。

 

2.側頭筋の筋硬結の触診

側頭筋の起始は側頭骨の側頭面全体、停止は下顎骨の下顎枝である。支配神経は三叉神経第3枝。三叉神経というと顔面知覚を支配しているが、三叉神経第3枝は、例外的に咀嚼筋も支配していることも広く知られていることである。
 
側頭筋は薄い筋で、その底には側頭骨があるので、指で擦りつけるように触ると、筋線維を触知できる。その筋線維の方向は、下顎骨下顎枝から放射状に側頭部全体に広がるので、この流れを意識して筋線維を横断するように擦ると、何ヶ所か筋硬結を感ずる場合が少なくない。
 

3.側頭筋の運動針法
   
側頭筋の筋硬結は噛みしめると明瞭になる一方、噛みしめる強さによって移動する。
よって、先ずは弱い力で噛みしめるよう患者に命じて硬結を繰り、つぎに強い力で噛みしめるよう命じ硬結を繰るようにする。その時出現した硬結を指頭で押さえておき、まとめて1㎝~2㎝横刺する。横刺した状態で、三たび噛みしめ動作を行わせるようにするとよい。
側頭部圧痛点は、下図のごとく、外眼角と上耳介側を結んだライン上に出現しやすいように感じる。