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AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

下歯痛・耳鳴に共通する一本針伝書「頬車」の考察

2025-05-28 | 経穴の意味

  一本針伝書の下歯痛の針と、耳鳴の針はよく似ている。その相違点を調べていくことにする。

1.下歯痛

1)下歯痛に対する裏頬車水平刺(「秘法一本針伝書)
 
東洋療法学校協会の頬車は、下顎角の前上方で歯を噛み締めると咬筋が緊張し、力を抜くと陥凹するところにとる。 しかし一本針での頬車は、下顎骨の裏側縁にとり、下顎骨裏面に沿って刺入する。したがって、下歯痛の一本針は標準的な頬車ではないので、これを「裏頬車」と称することにする。

①体位
痛む歯を上にした側臥位。上歯と下歯との間に手拭いをまるめて噛ませるようにする。

②取穴
下顎骨隅を指でナデ上げるようにする。初めは軽く、除々に強くなでると骨の欠け目がある。上にゴリゴリした筋肉様のものがある。この下の陷凹部を穴とする。

③刺針
針尖が口吻(こうふん)(=口元)の方向に向くようにし、針尖を下顎骨中(内に非ず、外に非ず、骨中を標的)に刺し透すような心得で刺入。深度は1寸~1.6寸位。(中略)痛む歯に針響あれば手をもって合図させる。響いたならば除々に抜除し、後揉捻しない。
☆注目すべきは、「耳の中に針響がある場合には針尖を下方に向ける」という一文である。この考察は耳鳴の一本針の項で説明する。


2)裏頬車水平刺の意味
   
通常の頬車は、下顎骨の表層を取穴するのに対し、素霊は下顎骨の裏側に入れる。頬 車水平刺は内側翼突筋中に刺針することで、下歯槽膿神経刺激をしている。「骨の欠け目」というのは、下顎骨と内側翼突筋のつくる陥凹だろう。

下顎孔から骨中のトンネル中を走りつつ、下歯に知覚神経の枝を出し、最終的にオトガイ孔から下顎骨表面に出る。このオトガイ孔部を刺激することのできる部分は裏頬車など狭い範囲に限定され、ここ以外の下歯槽神経は骨トンネル中にあるため、針で直接刺激できない。たとえば大迎(下顎角の前1寸3分で顔面動脈拍動部)からでは刺激できない。


2.耳鳴


1)「一本針伝書」の耳鳴りの針頬車水平刺
   
耳鳴りの一本針は、下歯痛の一本針と同じく裏頬車水平刺のことをさす。技法と深度も下歯痛と同じだが刺針方向が異なる。

下歯痛の治療は、患側上の側臥位でタオルを咬ませ、頬車から下顎骨内壁に沿うように水平刺すると下歯槽神経を刺激し、針響は下歯に至るというもの。
耳鳴りの治療は、まず下歯痛の一本鍼をして針響を下歯に得た後、今度は針先をやや上方(耳介方向)に向け、1寸ほど刺入するというもの。すると耳中に響きを感ずる。

2)「耳鳴の一本針」の考察

耳鳴に対する一本針である頬車水平刺の施術は、顎二腹筋後腹刺激になると考えた。

顎二腹筋後腹の起始は側頭骨の乳突切痕(乳様突起裏側の陥凹)、停止は舌骨であり、顔面神経支配。下顎角あたりの顎二腹筋後腹にはトリガーポイントがあり、このトリガー活性化は耳鳴りと関係があるという見解が散見できる。


3)顎二腹筋後腹筋腹への刺針


一本針伝書にみる頬車は水平刺しているが、顎二腹筋後腹筋腹際に刺すには直刺が適している。仰臥位で、顎を上げて健測に顔を向け、指先で顎下部を軽く押圧してスジバリを触知して刺針。寸6#2で1~2㎝刺入する。


一本鍼伝書の症状別治療の区分は大雑把なものだが、耳中疼痛と耳鳴は個別に説明している。耳中疼痛は中耳症状で、痛みは鼓室神経(舌咽神経の分枝)興奮によると私は推定しているが、頚筋や顎関節由来でもその関連痛として耳中疼痛は生ずるだろう。


4)蝸牛神経と連絡している脳神経


耳鳴は内耳症状であるが、針灸で治療可能なのは、いわゆる体性神経姓耳鳴で、具体的には顎関節症や頸部筋痛症など筋や関節運動により引き起こされたものになると思われる。ここでは顎二腹筋後腹のトリガーポイント活性による耳鳴として把握している。

難聴・耳鳴は蝸牛神経症状である。蝸牛神経は、脳幹レベルで種々の脳神経と連絡しているので、三叉神経・顔面神経・迷走神経などを刺激したりしても、耳鳴治療として効果があるかもしれない。


秘法一本針伝書における柳谷風池と柳谷完骨の考察

2025-05-27 | 経穴の意味

 柳谷素霊著「秘法一本針伝書」に収録されている眼疾一切の針「柳谷風池」と耳中疼痛の針「柳谷完骨」の図は非常に似ているが、詳しくみていくと別物であることがわかる。柳谷風池は、乳様突起の下後縁から対側眼窩方向に刺入する。これに対して柳谷完骨は、乳様突起の下後縁を刺入点とし、胸鎖乳突筋停止部をくぐるように耳孔方向に刺入する。両穴間の相違について説明する。

1.風池

1)位置と刺針

東洋療法学校協会教科書(以下、標準と記す)の風池の位置は、乳様突起下端と瘂門穴との中間で後髪際陥凹部にとる。ただし瘂門は項窩の中央、C2棘突起上方の陥凹部。後髪際を入る5分の陥凹部にとる。
一方、柳谷風池は、乳様突起後方に軟骨様の小突起(三角形で尖端下方に向く)中で、顎を上げると凹陥のある部にとる。針尖は 三角形の小隆起下を通過させ、対側の眼窩の方向にもっていくるような心得で5分~2寸刺入。側頭部または眼底に針響を誘導する。

2)柳谷風池の考察と適用

柳谷風池は標準風池に比べ、3㎝ほど外方になり、ほぼ標準完骨の位置になる。標準風池と柳谷風池はともに頭板状筋刺激になると思われる。また両穴とも対側の眼窩に向けて深刺すれば、大後頭神経刺激になる。大後頭神経刺激という観点からは天柱刺針の目的と同様の意味になる。以上の推測から次のことがいえるだろう。

①頭板状筋は、胸鎖乳突筋とともに、頭部を左右回旋する作用がある。

②大後頭神経痛の治療に用いる。大後頭神経痛は症状であって、真因は、頭半棘筋緊張にあり、本筋緊張によりC2後枝が興奮した結果である。したがって診断名は緊張性頭痛になる。

③大後頭神経刺激では、大後頭神経刺激→C2神経根→三叉神経脊髄路→三叉神経と刺激が伝わり(=大後頭三叉神経症候群)、三叉神経痛とくに眼精疲労(一本針伝書では眼病一切とあるで用いられる。


2.完骨

1)位置と刺針

標準完骨は、乳様突起基底部の後下方の陥凹部に取る。天柱と並ぶ高さ(C1C2棘突起間)になる。
柳谷完骨は、側臥位で脱力開口。乳様突起尖端後側、胸鎖乳突筋付着部で、指頭をここに付着させながら、頭をやや後方に曲げると、乳様突起と胸鎖乳突筋の付着部が陥むところにとる。
側臥位で脱力開口。耳孔に向け、乳様突起の下をくぐらせるように刺入。吸気時に留め、呼気時に刺入。寸6#2~#3で1寸~1寸3分刺入。、針尖がグリグリしたものに当たったところで留め、弾振して気の往来を待つ。耳の奥に響いたら、呼気にゆっくりと抜針する。針響を好む患者では、手技で響きを持続させる。


2)柳谷完骨の考察と適用

乳様突起の浅層には胸鎖乳突筋停止があり、乳様突起の奥に隠れるように顎二腹筋後腹の起始(側頭骨乳突切痕)がある。乳様突起後下縁の胸鎖乳突筋下から耳孔方向に刺入し、針先を顎二腹筋後腹停止部にもっていく。


顎二腹筋後腹の機能は、一言でいうならば開口時の下顎骨の位置を正常に保つことにある。顔を上に向けると、閉口しづらくなるのは顎二腹筋後腹が下顎骨を後方に引っ張るからである。顎二腹筋のトリガーポイント活性すると、耳鳴・難聴、耳閉感が生ずるとされる。
※顎二腹筋には前腹と後腹があるが、耳症状の治療として重要なのは後腹の方である。なお前腹への施術は梅核気の治療に用いられることがある。

 

3.柳谷風池・柳谷完骨と標準位置の一覧表


 


大久保適斎著『鍼治新書』<手術篇>の要点 ver.1.2

2025-02-27 | 経穴の意味

本書は明治25年発刊。明治44年5月25日第2版発行。昭和50年9月30日医道の日本社より復刻再版。

著者の大久保適斎は明治時代の西洋外科医で、群馬県医学校の初代校長、兼病院長の重責に任じられた。自らのノイローゼが鍼灸により軽快した体験から鍼灸に興味をもった。しかし良き指導者にめぐまれなかったため、現代解剖生理学に基盤をおく「自律神経手術」という針治法を独自に開発した。本書の価値は、明治中期の頃、西洋医の第一人者として活動していた者が、針灸治療を現代医学的にどのよう理解していたかにあり、医史的価値をもつものである。

 

本著『鍼治新書』は、「解剖編」「治療編」「手術編」の3部作からなる。医道の日本社からは昭和四十~五十年代に「治療編」と「手術編」のみ復刻版が出ていたが現在では入手困難である。針灸治療法について書かれているのは「手術編」である。なお本著でいう<手術>とは外科手術のことではなく、解剖生理学的理論に基づく具体的な鍼の手法のことを指している。「解剖編」「治療編」とは異なり、知識・技術不足の者が手術編を読んだだけで安易にこの内容をマネして医療過誤を起こすことを恐れ、読み手を制限したという。

明治の頃、西洋医の権威とえるほどの本著者が、東洋医学に興味があることは意外なことだった。私はここまで書いてきて、澤瀉久敬(おもざわひさたか)著「医学概論」を思い出した。澤瀉は哲学者であり医学者ではない。本来ならば、医学概論は医師が著す筋合いのものだが、医者には執筆依頼を断られ続け、やむを得ず澤瀉に原稿をお願いしたという経緯があったという。
澤瀉久敬著「医学概論」東京創元社刊(昭和36)は、三部構成となっていて、<第一部>科学について、<第二部>生命について、<第三部>医学についてに分冊されている。「<第三部>医学について」は今から50年近く前に見(読んだとはいえない)て驚いた。理想の医学とはどういうものかを説明し、東洋医学の理念について説明していたからだった。とにかく格調の高い本であった。
 
しかし本書の内容に反旗を翻す者が出てきた。医学概論なのだから空論ではなく実用的内容にすべきだと主張し、「現代医学概論」が誕生した。著書は、高橋晄正(東大医学部講師)で、これはしっかり読了した。針灸業界において、高橋晄正は「漢方の認識」著者(NHKブックス)として有名であり、私も多くの鍼灸師に本著を紹介した。漢方診療のあいまいさを是正するには多変量解析という統計手法(この統計計算手法は昔から知られていたが計算量が膨大になるためモノにならなかった。しかし高橋の時代頃になりコンピュータが使えるようになり実用化の道が開けた)を運用すべきだということ主張し、脈診のいい加減さを科学的データから批判した。その「現代医学概論」も、すでに新大久保の東洋鍼灸専門学校に寄贈してしまって手元にない。  


私は病院研修した昔、研修2年目仲間で「手術編」の抄読会をやったことがあった。しかし知識のない者同士が集まっても、疑問点の解決につながることはなく、あまり成果はあがらなかった。今回はさすがに40年間の知識や臨床経験があるので大丈夫(ただし技量と余命は等価交換)と思い、手術編の中で中核となっている刺針点について、その概要をまとめることにした。

なお本著の示す刺激点とほぼ一致すると思われる経穴名を付加した。また必要に応じて図を挿入した。 


1.刺針点の総説


大久保適斎の「治療編」には、簡明に鍼の治効作用が示されている。①神経の運動枝に作用した場合には、筋の痙攣を鎮め、麻痺(運動麻痺)を回復させる。②感覚神経枝に作用した場合には痛みを鎮め、痺れ(知覚鈍麻)を回復させる。③交感神経に作用した場合は内臓機能を調整する、としている。③の鍼灸刺激は交感神経を介して内臓機能に影響を及ぼすとする考えは、当時として先進的なものである。

刺針点を多く定める必要はない。「本」の治療が効果あれば、いちいち末梢を治療する必要はない。重要点となるのは以下の11点である。この中で内臓交感神経手術として用いるのは左右6点とする。

 
内臓交感神経刺激点:頸部交感神経点(3カ所)と腰部内臓点(3カ所)

体性神経刺激点:上肢部(3カ所)と下肢部(2カ所)


2.頸部交感神経点

後頸部の後正中の左右外方1寸からの深刺が、上・中・下交感神経節に影響を与えることは十分理解できる。
しかし本稿で詳しく書くことは省略したが、<同部から浅刺すると副交感神経に影響を与える>とする旨も記されているので、これは誤った指摘であろう。当時は副交感神経につて、よく分かっていなかったというべだろう。





1)頸部第1位点(上頚神経節点)(天柱)

①位置

乳様突起の尖端と下顎角との中間から、頸椎に向け、頸椎中央に至る水平線を引く。その中央より左右に開くことそれぞれ約一横指。すなわち項窩の一横指下の左右、椎体の左右の筋隆起の際を取穴する。

②刺針法
浅層手術:刺入5分~8分。副交感神経の運動性後枝を刺激する。(?)
深層手術:刺入8分~1寸。椎骨動脈への刺入を避けるため、やや外方に向けて刺入する。

③意義

深層手術は、交感神経上頸神経節に刺激を与える。上頸神経節からは上心臓神経が、中頸神経節からは中心臓神経が、下頚神経節からは下心臓神経が、それぞれ心臓神経叢に入る。一方、迷走神経の枝である上頸心臓支と下頸心臓支に影響を伝播させる。

肺臓に対する深層手術は、上頸神経節の喉頭支迷走神経に影響を与える。

肺に対する浅層手術は副交感神経支配の僧帽筋枝であって、これは肺や気管に興奮または鎮圧作用を至らせる目的である。喘息および動悸の鎮静に用いる。 

2)第二位点(中頚神経節点)

①位置

第一位点と第三位点の中間。頸椎の左右で、第4第5頸椎横突起間とする。

②刺針法

浅層手術:6~7分。副交感神経の運動性後枝を刺激する。(?)
深層手術:1寸ときには2寸に達する。熟達した者以外、深層手術を慎むこと。③意義

③意義
深層手術の意義は、頸部交感神経中頸神経節に刺激を伝播させる目的。第一位点の補助。

3)第三位点(下頸神経節点または星状神経節点) (治喘穴または定喘)

①位置

頸椎第6第7あるいは、第7頸椎と第1胸椎間において、その上下横突起間とする。この探り方は、第7頸椎の棘突起の基準として、その左右に去ること横一横指の点である。ときとして第一胸椎と第二胸椎間に取穴することがある。

②刺針法

浅層手術:刺入6分ないし8分。副交感神経の運動性後枝を刺激する。(?)
深層手術:1寸ないし2寸。

③意義

深層手術は、下頸神経節に刺激を伝播する目的で、最も心臓鼓舞の作用がある。時には呼吸催進術として行うべきである。呼吸催進作の効能は、交感神経枝から反射的に、上喉頭枝下喉頭枝を興奮させて、呼吸圧制作用を行なうことができることによる。
かつこの刺点は、痰分泌を減少させる効果はあるようだが、完全にその効を奏するまでには至らない。


 

 

2.腰部内臓点
 
腹部内臓手術の3種の治療点は、腰部交感神経枝を刺激するのが目的だが、針尖は敢えてその交感神経節に直達させる必要はない。脊髄神経の前枝に達すれば、その刺激を交通枝に伝えることで、その交感神経節に伝達させることができるためである。


1)腰部第一位点(三焦兪)


①位置

第1腰椎と第2腰椎の横突起間。患者を伏臥位にしせめ、季肋を探り、その下線より水平に腰椎棘突起に至るラインよりも、一椎体あるいは二椎体上がった処を取穴する。二椎体異常は、往々にして肋間神経痛を発することがあるので、避けるのがよい。そして腰椎棘突起を中心にとり、それよりも左右1横指ないし一横指半のところに刺点を定めるとよい。

②刺針

2寸ないし2寸5分。

③意義

太陽神経叢の分枝に刺激を伝播することで、胃・肝の機能および尿の分泌を調理する。また腸が機能亢進して生じた下痢を鎮静する。糞便の厚薄は腹の蠕動に関している。その機能亢進すれば腸内容物の通過が速まり、液体吸収の時間が少なければ、水分増加して下痢する。その他にも神経切断により、あるいは他の事情により、腸神経およびリンパ管麻痺しても下痢する。この場合、強直性刺激?(こわばったような刺激のこと?)を行うべきである。

2)腰部第二位点(大腸兪)

①位置

第4第5腰椎横突起間。腸骨稜を探り、腰椎に至る水平線を引き、その棘突起の一節上の棘突起の左右それぞれ一横指ないし一横指半。

②刺針

2寸~3寸刺入、非常時は4寸刺入。この時は基準点よりも外側に開く、針先を椎体の前面に向けて刺入する。

③意義

腹大動脈神経叢に対する刺激が目的がある。その細胞から幾多の分枝を生じ、筋層に位するマイスネル粘膜下神経叢、およびアウエルバッハ腸管粘膜神経叢、迷走神経の末梢端を刺激すれば、胃を運動させるとともに腸管もまた同一の運動を起こす。この運動は下腸間膜神経叢から来て、迷走神経と同一の運動を営む腸上部の運動は、この二位点の手術を要し、それ以下に至っては針先を下に向ける必要がある。この刺激は腸の疝痛を治する。針尖を少し下方に向けて刺入すれば、下腸間膜神経叢に刺激を与え、下行結腸、S状結腸および直腸の運動を進め、便通を促す。また下痢止めの方法としては持続性刺激法を行うのがよい。
                                                   
3)腰部第三位点(関元兪)

①位置

第5腰椎と仙骨外上部との間隙。

②刺針

2寸ないし4寸(第二位の刺入の要領で)刺入。刺入要領は、腰部第二位点と同様。
腸骨櫛を探り、腰椎に至り、その横突起と仙骨翼(仙骨上外方の張り出し部分)との間に刺針点を求めることは前例と同様である。もっとも、この点においては、第4腰椎と第5腰椎の棘状突起の間に通信を定め、それよりも左右に開いて刺針点を求めれば、鍼先はちょうど第5腰椎棘突起と仙骨翼との間隙に入れることができる。

③意義
下腹神経叢に対する目的で、膀胱・子宮に対する治療にある。その傍ら下腹の血行を調節する。その他に、この刺針点は下腸間膜神経叢の下部を補うところの上痔神経を刺激し、結腸下部お呼び直腸の運動に対しても奏功あるから、便秘にも効果がある。
 
子宮機能にも作用する。しかしながら、出産に臨んで、あるいは単に子宮収縮させる必要がある場合、肩井・合谷・三陰交に鍼してもよい。
子宮を運動せしめる要素は多数あるが、直接刺激と反射による刺激に大別される。直接刺激によるもの第一は下腹神経叢、第二は仙骨神経叢から発する勃起神経、第三は腰部仙骨部の脊髄である。

一方反射によるものは、坐骨神経叢と腕神経叢(腕神経叢の中心を刺激すべき)である。また乳房を刺激すれば子宮収縮を起こせるので、肩井は鍼先の方向を左右すれば、腕神経叢の中心に触れることができる。また三陰交も鍼先を左右に動かせば、坐骨神経の末端に触れることから、その収縮を起こすことができる。

 
この2点をすべての妊婦行うことを禁じた方がよいが、分娩時の胎児排出を助け、不規則の陣痛を取り除くことは、前述したように第3位点を必要とする、


すでに胎児発育中心のものは、正規の排出力に加えて排出作用を強力に増し、速やかに排出をさせ、産婦に不必要な努力、疲労を増加させることなく、かつ刺激自体のために、脱胎早産させることはないのので、信念をもって従事すべきである。

4)後仙骨孔刺針(上髎、次髎、中髎、下髎)

この部位は、体性神経としては陰部神経、副交感神経としては骨盤神経が支配している。交感神経としては下腹神経が支配しているのだが、下死腹神経は泌尿器科や婦人科の医師以外、あまり意識しないものだろう。こうした解剖学的特徴を無視して、交感神経手術部位として後仙骨孔刺針を行っている。

①位置

第1~第4後仙骨孔

②刺針

第1後仙骨孔は、やや上方に向けて刺入。第2~第3後仙骨孔は直入する。約2寸刺入。
巧みに刺針してその目的を達すれば、患者は大いに癒された感覚を感じる。

③適応

子宮その他の小骨盤の疾患

 

3.上肢の刺針

上肢では、次の3種類の刺針点がある。上肢の疾患は、頸神経叢に刺激を伝達させるので、頸部第三位点において手術を施すが、前腕および手部に症状のあるものは、上肢部三点の刺激を考えるのがよい。

1)橈骨点(手五里)
三角筋停止部と上腕骨外側上顆との中間。
 
2)尺骨点(青霊)
上腕骨内側上顆の上部4~5㎝のところで、尺骨神経溝中を探る。

3)正中点(曲沢)
上腕骨内側上顆の上部2㎝の上腕二頭筋内側頭中。刺入する時は、前腕を曲げ、肘関節を上腕に向けて去る、おおよそ1寸の処で、橈骨前面に針尖を向けて刺入すること1寸。
 
※副点として、前腕後面に針することがある。この方法は、前腕を曲て、その後面において尺骨鈎状突起と橈骨頭との中間において、肘を腕に向けて去ること1寸の処で、尺骨の橈骨側に1寸刺入する。(位置不明瞭)

 

 

4.下肢の刺針点

1)股骨点(陰廉または足五里) 
上前腸骨棘と恥骨縫合との中央やや外方に仮点をとる。そこから鼠径溝下、おおよそ2寸のところに刺点を定める。約1寸刺入で刺点内方に針体を傾ければ、刺針の際、皮膚に刺痛を感じる大腿神経を刺激する。

 

 2)坐骨点(各種ある環跳取穴の一つ)
坐骨結節と大転子の中間。およそ1寸刺入。この刺針点は、全枝に激痛を発するので、極めて頑固な神経痛または麻痺症でなければ、みだりに針しない方がよい。この点は、多くの場合、施術する必要がない。というのは股筋の疾患は腰椎第2第3位で、その刺点を通常の刺針のやや外方に行えば、その目的を達することができるからである。もし強いてこの坐骨点に刺針しようと思えば、(麻痺症においては於いて可)、中央部、大転子より膝窩にいたるところを三等分し、刺針すると、強度の疼痛を避けることができる。

 

 

3)下腿の副点

①足三里
足三里は深腓骨神経を刺激するとともに、脛骨動脈とも関係している。足三里の位置は、前脛骨筋と長指伸筋間で、長指伸筋に寄りに針するのがよい。

足背の知覚枝に刺激を与えようとすれば、同所で長指伸筋の外側(浅腓骨神経刺激 で代表穴として陽陵泉?)にその刺点を求めるべきである。

②三陰交
三陰交は後脛骨神経の下端および足底神経に刺激を与える。内果の一握上で長指屈筋お後側に刺点を定める。この点は、足底運動・知覚の疾患を主治とする。

 

5.その他の刺点

1)回気鍼 

①水溝

水溝すなわち人中の鍼。鼻中隔直下に刺針すること4~5分。鼻口蓋神経(三叉神経第Ⅱ枝の枝)を刺激できる。この刺点の刺激は、鼻口蓋神経から反射的に精神を還帰して、医薬のアンモニアを吸入させて鼻腔粘膜を刺激するのと同一原理になる。

②紫宮直側(左)・玉堂直側(左)

左第2肋間ないし第3肋間で胸骨左縁。胸骨後縁に向けて1寸5分刺針する。心臓自動性運動中枢に刺激を与える。この刺針は、最も潜心注意し、肺運動停止した後でなければ鍼してはならない。それに呼吸停止後3分以内でなければ、確実な効果を得ることはできない。(以下略)

2)膀胱鍼(曲骨)

恥骨縫合上点に、刺点を定め、鍼尖を下斜に向けて刺入すること1寸5分、時として2寸4分を要することもある。この目的は膀胱に達することを必要とするので、肥痩に従って考えるべきである。膀胱がに非常に畜尿膨張していれば、あえて下斜めに刺針する必要はない。恥骨上縁に接して刺入すれば、腹膜に触れないだけでなく、患者の疼痛を感ずることもわずかであるという利点がある。痙攣症に対しては、一鍼で奏功するので、奏功後はみだりに鍼してはならない。麻痺症に対しては、一日一回あるいは隔日に一回するのもよい。

3)横隔膜鍼

①頸部の点
横隔膜の筋に強直を起こすから、症状を確実に病態把握して施術すべきである。その位置は、胸鎖乳突筋の外縁に沿って斜線を引き、また環状軟骨下縁から水平線を引き、その二線の交わるところを縦径に該当する神経の経過するをもって、僧帽筋の外縁の同位において、この点は、頸動脈の損傷を恐れるから、その搏動を按じつつ動脈を避けるように努める。                                      

②腰部の点(胃兪)
腰椎第一位点(三焦兪)の一椎上で、その左右一横指去った部を刺点に定める。これは横隔膜脚刺激を目的とするもので、刺入2~2.5寸。この針は、時として肋間神経痛を喚起して呼吸運動を障害することがあるが、大概3~4日で治る。

③期門
季肋部で第9肋間の軟骨部。鍼すること8分。(本著では、この解剖学的部位を「章門」としているが、章門穴は、今日では第11肋骨尖端に定めている。)


4)歯痛鍼

①上歯痛(客主人)
外耳孔直下に刺点を定め、下顎枝に沿って、やや前方に鍼尖を進めること1寸ないし1寸5分。これは上歯槽神経に刺激を与える目的がある。

②下歯痛(頬車)

下顎角の尖端から斜めやや上方で、できるだけ下顎骨に沿って前進すること1寸。あるいは、下顎角から頬に一横指寄ったところから、頬骨内面に向かい、上に刺針すること5分。これは下歯槽神経に刺激を与える目的がある。


6.おわりに
 
本著は針灸医学史に載るほどの重要書籍だが、文体が明治調であること。専門的な文章で、かつ現代の医学とは異なる用語もあったりして、現代語訳は意外に時間を要した。以下、本著に対する註釈を記す。

①大久保適斎といえば、頸部交感神経節に影響を与えようとする鍼が有名である。後頸部の後正中の左右外方1寸からの深刺が、上・中・下交感神経節に影響を与えることは理解できたが、同部から浅刺すると副交感神経に影響を与えるとする意味は理解できなかった。

②上肢と下肢の刺針は、末梢神経に対するものなので、今日でも同様の方法は広く行われている。ただし、上肢3点、下肢2点とする刺針点の簡素化は大胆なものであろう。

③回気針の人中刺針は、清脳開竅法でも使用するものである。清脳開竅法では、脳血管障害による意識障害に使用する。神経走行的に考察しているのが興味深い。回気鍼の左肋骨部刺針は、心停止に対する応急処置である。医師ならではの内容だが、針灸でこうしたことも出来るのかと感心する。

④横隔膜鍼の「頸部の点」の位置は、この記載から不明瞭だったが、C3~C4前枝への刺針でパルスをかけると横隔膜がリズミカルに動くことはよくあることである。
横隔膜鍼の、腰部の点(胃兪)が横隔膜脚刺激になることは、石川太刀雄著「内臓体壁反射」においても同様の記載がみられる。

⑤歯痛鍼の内容は、柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」の内容と類似しているが、「秘法一本鍼伝書」には局所解剖や治効理論の記載はない。

 

 

 


腹部ツボ名の由来 ver.1.3

2025-02-27 | 経穴の意味

先回、前胸部ツボ名の由来を調べ、当ブログで報告した。この作業は知的好奇心を刺激するものだった。そういう訳ならば同じ方式で腹部ツボの名称の由来を調べてみることにした。腹部のツボについて、中脘などの「脘」は腹直筋を示すこと。ブログ「鼠径部の経穴」と「天文学と経穴」において、天枢の「枢」は扉の回転軸であることを示した。ツボの五枢の「五」とは五方のことで、ここでは全方向を指し、「五枢」が股関節がいろいろな方向に可動性があることを示している。気衝の「衝」は脈拍ではなく、胃経走行の直角に折れ曲がる様を表現している。太乙の「乙」は腹直筋のつくる腱画の凹みのこと。膏兪の「膏」は横隔膜ではなく、膏膜(現在の腸間膜)であることを指摘した。中脘の外方2寸の梁門は、腹直筋の腱画を示すとした。


1.腹部経穴の分布傾向

①上腹部は、予想通り胃に関係する経穴(赤)が多い。すぐ下層には胃と腸の境界を意味する経穴(オレンジ色)も多数あり、両者は分離されてる。
②臍の横のライン、恥骨上のラインは、鼠径溝は取穴する上で基準となるものである。
これらの穴名には、解剖学的特性の名前が優先されてつけられている(黄緑色)。
③臍下2寸ラインにある石門、四満は腸を示す名称になる(黄色)。
④腸に関係するツボの下には、腎・膀胱を示す経穴がある(紺色)。
⑤さらにその下には婦人科の妊娠関連を示す大赫や帰来がある(紫色)。

 

2.腹部経穴の由来
※印は独自の解釈

1)臍上6寸
①巨闕(任)    「闕」は宮殿入口にある大きな門のこと。肋骨弓基部の陥凹部。
②幽門(腎)    「幽」は幽閉の幽で、隠すとの意味。胃の上部が肋骨弓で隠される。解剖学の胃の下口である幽門とは無関係。
③不容(胃)   胃の噴門に相当。胃の受納能力の限界が、このあたりになる。

2)臍上5寸
①上脘(任)  
a.胃の上部

b.「脘」には平たくのばした肉の意味があり、腹直筋を意味する。腹直筋の上部のこと。
②腹通谷(腎)    内経には<谷の道は脾を通ず>とある。水穀(飲食物)を上から下へ流す所。
③承満(胃)  「承」は受納。「満」は充満。不容穴の下にあり、水穀で満タンという意味。

3)臍上4寸
①中脘(任) 
a.「脘」=平たくした干肉の意味。腹直筋を干し肉にたとえた。腹直筋の中央。

b.胃の中央、小湾部
②陰都(腎) 
a. 腎経の流注が、胃の両側にある胃経と交わる。その様子が、村から都に上がる者のような、”お上りさん”状態。

b.胃の近くにあるので、胃を整える作用がある。別名「食宮」「食府」。
③梁門(胃)   「梁」=柱のハリ。腹筋と腹筋の間にある腱画。心下痞満(心窩部がつかえた感じ)、胃のつかえ、消化不良、脹満)治療の門戸。※滑肉門穴の図を参照のこと。

4)臍上3寸
①建里(任)  「建」=建ておく、位置する。「里」=居住地で、ここでは胃をさす。胃の通り道の途中にあるツボ。
②石関(腎)    石が邪魔しているように物が通らないこと。胃や腸の通過障害。
③関門(胃)  「関」は関所、「門」の開閉を管理すること。胃と腸の境目で、閉門時には食を受けつけず、開門時には下痢が止まらない状況になる。
④腹哀(脾)   悲しげな泣き声(この場合は腹鳴)を哀鳴という。腹痛、腹鳴の愁訴を治す。

5)臍上2寸
①下脘(任) 
a.胃の下部。

※b.腹直筋の下部のこと(「上脘」の説明を参照)。
②商曲(腎)    このツボの内部は大腸の横行結腸が下に垂れ下がり弯曲しているところ。商」は五行では五音の金に属し、肺・大腸に関係する。
③太乙(胃)   
a.中国の古代思想で、天地・万物の生じる根源。天極にある星だが、北斗七星の一番星である天枢のこと。北極星を意味しない。
太陽が別格として、一番目に明るいのは月、二番目に明るいのは金星である。「乙」は甲に続く二番目であり、金星の別名を太乙という。
ちなみに「乙」には、若いという意味もある。乙女は若い女性のこと。乙姫は、若いお姫様のこと。

b.「乙」には、つかえて曲がって止まるとの意味がある。
 道なりに歩いていて途中で急に曲がる。すなわち腹筋の腱画の陥凹を示しているのではないだろうか? 太乙とは、大きく深い腱画のこと。

 

C.「太乙膏」は中国の宋(我が国でいう鎌倉時代頃)の頃につくった皮膚病外用薬。これと同種のものとして、華岡青洲が処方した「紫雲膏」がある。


6)臍上1寸

①水分(任)     臍上1寸にあって水分が分かれ出る部。飲食物のうち水液は腎臓→膀胱に入る。この下にある小腸には清を吸収し、濁(植物残渣)は 大腸  に入る
②滑肉門(胃)   腹直筋上で、上下の腱画に挟まれた隆起した部。腰ヒモが腹を滑って褲子(=ズボン)が下がりやすい処。

 

7)臍部
①神闕(任) 「神」は生命、「闕」は要塞や都市を守る城壁の大きな門また門間の通路。神闕は体内への入口という意味。臍からへその緒を伝い胎児を 滋養するので、臍は神の気の出入り口だとする。
②肓兪(腎)  腎の流注は、この部から深く潜り肓膜(=腸間膜)に向かい入っていく。腹痛、泄瀉、便秘などを主治とする。
③天枢(胃)   
a.北斗七星の一番星(北極星に最も近い星。北極星そのものではない)
 古代中国人は、北極星を認識していなかった。

b.「枢」とは回転扉の軸構造をいう。金属製のちょうつがいが発明される前は、木の棒を丸ほぞ(凸構造)と丸ほぞ受け(凹構造)の2通り加工し、 組み合せて扉を開閉する仕組みをつくった。
体を折り曲げるところを扉の開閉軸に例えた。ここを境に上半身と下半身を区分する。
④大横(脾)    神闕から大きく離れた部位。
⑤帯脈(胆)    腰に巻く帯の位置。


8)臍下1寸
①陰交(任)    「交」=交わる。任脈・衝脈・腎経の陰経の三脈が交わる穴
②中注(腎)   深部には 腎気が集まる胞宮や精巣があり、ここから胞中(子宮)へと腎気が注がれる。
③外陵(胃)  「外」は傍ら、「陵」は突起したところ。臍下の高さで腹直筋が隆起しているところ。腹筋が盛り上がる様子が陵(=豪族の墓)のように見えることから。


9)臍下1寸5分
①気海(任)    先天の気が広く集まるところ。腎の精気が集まるところ。
②腹結(脾)    腹気すなわち腸の蠕動を調整する。腹の脹満を治する。


10)臍下2寸
①石門(任)       この部が石のように詰まって固い状態。大便秘訣、尿閉、この部が固く不妊女性のことを石女とよんだ。
②四満(腎)  臍~腸の瘀血による、切られるような劇痛に対して、瘀を散らし脹を消す効能がある。
③大巨(胃)       腹直筋で最も高く、大きく隆起した場所


11)臍下3寸
①関元(任)   「関」は要の場所。田=これを産する土地。不老不死を得るための修行を練丹術とよんだ。丹とは火の燃えているような朱色のこと。
        道教では人体の要所は下丹田(関元)、中丹田(膻中)、上丹田(印堂)の3カ所あり、中でも重要視したのは下丹田だった。
       
※朱の原材料は硫化水銀で、西洋では賢者の石とよばれた。熱すると硫黄と水銀に分離できた。水銀は猛毒なのだが、当時は不老不死に
なる霊薬とされ珍重された。 非常に高価であり、服用できた のは王貴族に限られた。ただし、この霊薬を飲んだ者は水銀中毒死したのだった。

②気穴(腎)    腎気が集まるところ。腎は納気を主どる。これは深く息を吸い込んで、大気を下腹までもっていく道教での呼吸法。

③水道(胃)    「道」は道路のこと、本穴は膀胱の上部にあり治水をする役目がある。


12)臍下4寸
①中極(任)      本穴は全身のほぼ中心にあたる。一方、腹部任脈の端なので「極」と名づけた。極とは南極北極、月極駐車場の「極」である。
        深部に膀胱があるので、膀胱の募穴でもある。
②大赫(腎)    「赫」=赤々という他にはっきりと現れるとの意味がある。本穴の内部には子宮があり、妊娠すると、この部が脹らみ突出する。
③帰来(胃)   a.帰来とは、還って戻るの意味。呼吸法で、息を吐き出した後、再び息を吸って、この場所に気が戻ること。
                     b.帰来=帰ってくること   病弱で子供ができず、実家に帰された女性が、このツボ刺激で元気になり夫の元へ帰れた。 
④府舎(脾)   「府」=腑と同じ、「舎」=住居する場所。腹部には六腑が集まることを示す。


13)臍下5寸
①曲骨(任)   かつては恥骨のことを横骨とよんだ。本穴は恥骨上縁で弯曲した処なので曲骨とした。

※骨度法では横骨幅6.5寸としているが、私は恥骨結節両端間の距離がなぜ6.5寸となるか疑問だった。それから数十年後、恥骨上枝の左右外端の間の長さのことではないかと理解することにした。ただし現行の学校協会教科書では、骨度法で恥骨長の長さという項目そのものがなくなった。教科書の著者も、恥骨結節両端間6.5寸とする内容が理解できなかったのだろう。

②横骨(腎)    恥骨の旧名を横骨という。
③気衝(胃)   下腹部胃経は、任脈の外方2寸を下行して鼠径部に衝突する。鼠径部では外方に90度方向転換して髀関(大腿直筋起始部で下前腸骨棘)にぶつかり、再び90度方向転換して大腿を下行する。すなわち本穴の「衝」は脈拍とは無関係で、衝突との意味である。

④衝門(脾)    「衝」は脈拍部で、突き上げる様をいう。大腿動脈拍動部。
⑤急脈(奇)  急脈は<鼠径部で曲骨の外方の2.5寸の拍動部>とある。すなわち曲骨の外方2寸にある「気衝」の、外方わずか約1㎝外方になる。「脈」の名がついてはい
る が、大腿動脈拍動は触知できない。<医心方>によれば「急脈の別名を羊矢(ようし)という。羊矢とくに陰部の腹と股が相接するところ」とある。したがって急脈は陰嚢と鼠径溝の境界で精索あたりをさす。急脈の”脈”とは勃起時の脈動を示していると推測する。急脈の拍動の出現は勃起時に限定するので、正穴ではなく奇穴として認定したのだろう。


14)その他の部位
①五枢(胆)    ※「枢」には枢要という意味の他に、扉の回転軸との意味がある。「五」は五方(東西南北と中央)のことで、全方向に動くこと。
本穴は腹部と大腿部の境にある鼠径部近くにあって股関節部にあり、広い関節可動域をもつことを示す。
②維道(胆)    「維」とはつなぎとめること。本穴は体幹側面を下行する胆経(縦糸)と臍周りを一周する帯脈(横糸)をつなぎとめる交会穴になる。



引用文献
①森和監修:王暁明ほか著「経穴マップ」医歯薬
②周春才著:土屋憲明訳「まんが経穴入門」医道の日本社
③ネット:翁鍼灸治療院 HP
④ネット:経穴デジタル辞典  ALL FOR ONE
⑤漢和辞典「漢字源」学研


柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」五臓六腑の鍼の解説 ver.4.1

2025-02-11 | 経穴の意味

 柳谷素霊著、秘法一本鍼伝書は60年ほど前に出版された本なので、知識的に古い部分があるのはやむを得ない。これを現代針灸的に整理する必要があるだろうが、とくに「五臓六腑の鍼」は、鍼灸で行う内臓治療のやり方を記しているのもで、本質的な問題の提示をしている。なお。本稿の針技法は、令和7年4月13日実施「一本針伝書実技セミナー」で講義と実技をする予定。

1.柳谷素霊「五臓六腑の鍼」の概説
  実際の記事を表に整理すると次のようになる。五臓六腑の鍼とは、膈兪、脾兪、腎兪の3種類をいう。各穴は、標準部位である棘突起下外方1.5寸ではなく、外方1寸としていることは、臨床的に重要な意味をもっている。さらに理解を助けるため、本内容を図示してみた。

 

 

2.横隔膜の神経支配

横隔膜中心部の神経支配はC3~C4、横隔膜辺縁部の神経支配はT7~T12肋間神経である。五臓六腑の針における響きを理解するには、横隔膜辺縁部すなわち肋間神経を上手に刺激させることにあるらしい。

素霊の五臓六腑の刺針のやり方は、胸椎Th7~Th12範囲内で、棘突起の外方から深刺して肋間神経に影響を与えることになるだろう。具体的には棘突起の外方1寸~1.5寸から脊椎方向に向けてほぼ直刺する。1寸程度刺入して、胸椎外縁をかすめるようにするとやや硬い組織(横突棘筋)に当たるので、当たったらそれをほぐすような気持ちで雀啄を10秒間ほど続けるとよい。すると患者は次第に心窩部あたりに柔らかい響きを感じるようになる。硬い組織に命中しない場合、響きは得られないので刺し直すが、硬い組織が発見でいない場合、この治療法は成立しない。
 ※横突棘筋:棘突起外方5分の深層にあり、横突起・棘突起・横突起に起始停止をもつ小さな筋の総称で、回旋筋、多裂筋、半棘筋がある)
一般的に肋間神経痛の治療は、昔から神経が深い処から浅い処に出てくる部と教えられてきたがこれは誤った方法であって、この治療では大した治効は得られない。本当は、肋間神経が神経根を出てすぐの処の深部筋を狙うべきで、私はこのあたりの筋緊張により肋間神経が絞扼されたのが本態性肋間神経痛の原因だと私は推測している。

 

3.一本鍼伝書で説明されている経穴

1)膈兪の針と脾兪の一本針


①外方1寸とする意義

一本鍼伝書の膈兪はTh7棘突起下外方1寸に、脾兪はTh11棘突起下外方1寸にとる。気胸予防だけでなく、このあたりが筋膜の重積部であると同時に筋膜癒着症状を起こしやすい部位になるからである。

②深部にある筋層を刺激する方法

気胸を避けるため、棘突起方向に向けて直刺する。1寸ほど刺入すると硬い筋膜にぶつかる。
硬い筋膜に針先が命中しても、ただちに響くことは少ない、。5~10秒間雀啄を続けているうちに、波紋のように響きが拡大する。響きの強弱は、雀啄の上下同の振幅で調整できる。細かな上下の雀啄の方が刺激が軟らかくなるなる。
なお1寸ほど直刺して硬い筋膜にぶつからない場合、響かせることはできないので、刺針部位を少しずらして再試行してみる。

③増強法

この技術は、少々難易度が高いので、経験の浅い者は、腹臥位ではなく座位で起立筋を緊張させた体位で、使用針も1~2番ではなく、5番程度を使い、響きを与えやすい条件で行うとよい。
膈兪・脾兪の針刺激→T7~T12肋間神経刺激→横隔膜辺縁部の響き(内臓に響いたような感覚)刺激との機序になる。


2)腎兪の一本針


横隔神経はTh7~Th12なので、腎兪から横隔神経を狙うのは難しいように思える。しかし腎兪レベルの椎体前面には横隔膜脚(横膈神経支配)
が付着しているので、この組織に影響を与えれば理論的には横隔神経に響かせることが可能かもしれない。石川太刀雄は、腎兪あたりに硬結が生ずる。小さな硬結なので見逃されることも多いと「内臓体壁反射」で指摘している。
横膈膜脚の過敏状態は、大腰筋・小腰筋・腰方形筋の緊張を惹起する。これらの筋は腰を形づくる筋のため、腰痛を起こしやすい。(細野八郎、下条喜信:内臓疾患に伴う横膈膜反射 その東洋医学的意義、国際鍼灸学会誌、1966)

柳谷は、腎兪の刺針深度を、寸6~4寸と幅をもたせて示しているが、4寸針を使えば横隔膜脚への直接刺針は可能かもしれない。私が普段から実践している志室から腰仙筋膜深葉の刺針が、横膈膜脚刺激になっているのかもしれない。細野八郎、下条喜信は大腰筋性腰痛の真因の一つに横膈膜脚の興奮にあるとする見方である。

柳谷は、膈兪や脾兪と異なって腎兪の響く部位を明記していない。また膈兪や脾兪が正座位で施術するのに対し、腎兪は長座位(膝を伸ばした座位)で刺針するとしている。長座位にするのは、腸腰筋を緊張させて刺針刺激に反応しやすくするためではないだろうかとも思う。

 


4.膈兪・肝兪・脾兪から心窩部~胃に響かせる針(森秀太郎)

内臓に響かせる針は、森秀太郎「はり入門」医道の日本社刊にもあり、柳谷と同じようなる内容のことを記してる。以下に該当部を抜粋する。

膈兪以上の高さの背部兪穴は正座させて取穴刺針し、肝兪以下の高さの背部兪穴は、伏臥位で取穴刺針している。胃部の痛みが甚だしいときは、背を丸めて膈兪・肝兪・脾兪などの経穴で圧痛のはなはだしいものを選び、刺針し雀啄法を行う。内側に向けてやや深く刺入すると心窩部に響き、胸がすいてくる。(以下略)
胃部に突然急激な痛みが起こり、しばらくしていると一時楽になるが、また痛くなるのを一般に痙攣性胃痛という。胆石疝痛、胃炎、胃潰瘍、回虫症などがあって原因はさまざまだが、(中略)まずは痛みを止めることが先決である。
止める方法は急性胃炎の場合とよく似ているが、脊柱の両側とくに膈兪、肝兪・脾兪などの経穴で圧痛の顕著なところを選び、5~6号のやや太い豪針で胃部に響くような雀啄法をしていると痛みが和らいでくる。

 

5.丸山昌朗らの研究

丸山昌朗らは、ある針響過敏者に刺針して針響を調べると、これまでの経絡走行によく似た響きとなったことを報告した。それにとどまらず、膈兪、督兪、八兪に刺針すると、これまで報告されていない響きの流れを発見し、それぞれ膈兪経、督兪経、八兪経と命名した。とくに督兪からの刺針では、胸郭をぐるりと一巡するような領域(ブラジャーのように)に響いたとする図が載っている。


この内容は、針灸師の間ではあまり注目を集めなかった。針響が経絡走行に似ていた特異体質者がいたとしても、これを通常体質者の治療に適用できるかは別問題だからである。ただし注目すべきは、督兪、膈兪、八兪が、横隔膜が胸壁に付着しているという点で、肋間神経に響かせやすいことを示唆していることである。私の普段の針灸臨床で、針響過敏者でなくても胃症状を訴える者に対しては、これらの穴に刺針して胃に響かすイメージで行うことが多い。このような針の方法があることを知っておくと、針灸治療の守備範囲が広がる。

 


前胸部ツボ名の由来 ver.1.2

2025-02-09 | 経穴の意味

1.前胸部経穴位置の特徴
 
前胸部は肺、心臓、乳房、横隔膜などで他に気管や胃などの重要組織があるが、前胸部のツボは、胸骨上もしくは肋間に整然と並んでいて、あまりに機械的すぎる印象を受けがちである。
では実際どういう構成になっているのだろうか。ツボの特性を大きく4つに分類して色分けして調べることにした。(下図)

①前胸部で<青色>で示したのは肺・呼吸器関係のツボである。昔の中国では肺はハスの花に例えられたこと、あるいは肺は現代と同じく呼吸作用で、他に宣散粛降作用がある関係で、解剖学敵な肺の位置より上になっているのだろうか。
②前胸部中央<赤色>には心臓・精神関連のツボがある。中医でいう心とは、血液ポンプ+ハート(精神)の作用になる。
③心関連のツボの周囲は<緑色>で、私の分類では区分・部屋・建物といった比喩的なものを示すツボがある。これには心を守る役割もあるのだろう。
大包は、私見であるが脾の大絡として胃泡の診察ポイントであり、胃や横隔膜の動きに関係していると解釈している。
④乳房と乳汁および胃の関連は<ピンク色>で示した。食竇穴は従来は食道と解釈すると位置的に横にありすぎて合理性がないので、私は胃泡を示すものにした。なお乳根穴は文字通り乳房と関係するが、胃の大絡として心尖拍動の診察点ともなる。

      

2.胸部経穴名の由来
巻末に提示した4種の文献を参考にしたが、不満が残ったので※印として自説を示した。

1)胸骨頸切痕ライン

①天突(任) 
胸骨頚切痕の上に向かう形。

②気舎(胃) 
「舎」=場所。肺(気の出入り)のある場所。

③缺盆(胃)  
欠けた盆のこと。丸い鎖骨窩を二分するのが鎖骨。これを欠けた鉢に例えた。缺盆骨=鎖骨のこと。


2)鎖骨下窩

①璇璣(任)  
北斗七星で、璇(せん)は2番星、璣(き)は3番星で、どちらも美しいという意味がある。璇には玉の次に美しいという意味もある。玉とは美しい宝石の頂点にあるもので、王に匹敵する価値があるが、王と区別するため王に「、」をつけた。璣は王+幾に分解できる。幾は幾何学の幾で、精密という意味がある。回転仕掛けの渾天儀(天体の動きを模した精密機器)のこと。星の運行は、人々に方角を教えてくれるばかりではなく、国家の命運をもにぎると考えられていた。

北斗七星が北極星を中心に規則正しく回転しているように、本穴も呼吸により上下に規則正しく動く。ちなみに1番星(北極星に最も近い星)の名は「天枢」という。天枢は回転扉の軸部分をいい、天枢を軸として上半身を折り曲げる処と考察した。扉自体は開閉で位置が変わるが、軸部分は位置を変えないので、北極星に似ている。

    渾天儀

②兪府(腎)   
 a.腎経の走行は肋骨を上行し、最後には、この穴に集結することを示す。
※b.「府」=は集合で肺の宣発作用、「兪」=輸送で肺の粛降作用をいう。すなわち兪府とは肺のもつ宣発粛降作用のこと。
 吸気時、体内の水分を一度肺の処まで引き上げ、息はく時に、その水分を内臓全体に、ジョウロで水をまくようにする。これはポンプの仕組みと同じ。

③気戸(胃)  
※前胸で、鎖骨と第1肋骨の間の小さな間隙を戸に例えた。気の出入りをする肺の入口。

3)第1肋間

①華蓋(任)
肺は蓮の華の形ににており、また天子の頭上にある絹の傘の形にも似ている。天子は華であり、その頭上にあるのが蓮花である。
天子の頭上を華蓋で覆うのは、遠目から見て、誰が最も偉いかを知らしめるためであろう。

ちなみに中国で祭礼の際に高貴な者が頭に載せているのは、冕冠(べんかん)という。四角い板状の前後から、旒(りゅう)という前後24本の簾が垂れ、個々に12個の飾り玉があり、視線を隠している。一説によると、一説によると皇帝は、あまりにも洞察力が鋭く、すべて見通すので、冕冠により世の中の見たくないものまで、見えてしまうのを防ぐ役割だという。しかし、冕冠は深編笠(一種のサングラス)のような役割があって、自分から相手は見えるのに、相手から自分は見えないという心理的優位性を目的としたものだと考えている。 

②彧中(腎)  
※「彧」=区切り、枠取り。肺と心の区切りのこと。

③庫房(胃)
「庫」は倉庫、「房」は厨房や工房。その下にある臓器「肺」を収納するための部屋。


4)第2肋間

①紫宮(任)  
天帝が住んでいる星、すなわち北極星を紫微星とよんだ。紫微星とは貴重な星の意味で、心臓の位置にある。

 

中国皇帝といえば古来から黄色(五行色体表の五方すなわち東・西・南・北・中央の中で、中央に相当するのが黄色)を最重要視しており、その代表が黄帝。

その一方、貝からとれる紫染料(これを貝紫とよぶ)が非常に希少で高価なことを知ると、紫も重視するよう変化した。北京にある昔の皇帝の住居(故宮)の別名を紫禁城という。これは一般人が入ることのできない特別な場所との意味がある。
(聖徳太子が制定した冠位十二階の最高位も紫色だったが、この染料は安価な紫芋(これを芋紫とよぶ)によるものだった。

②神蔵(腎)  
心に近い紫宮の両側で霊墟の上にあり、神霊(心)を守る。

③屋翳(胃)  
「翳」とは屋根、「翳」は羽でできたひさし。

④周栄(脾)  
「栄」は活力源で栄養素と同じ。全身に栄養素を巡らす。

4)第3肋間

①玉堂(任)  
玉堂=高貴な場所。皇帝の秘書。中国の科挙合格者の中でトップが配属される部門で、歴史編纂、皇帝の発言を記録する部署。

②霊墟(腎)
a.「墟」は土で盛られた高い山。 仰臥位になると霊墟は前胸部の高い位置になることから。       
b. 秦始皇帝が築いた運河のこと。中国の桂林市興安県に現存している。

③膺窓(胃) 
「膺」は胸、「窓」は気と光を通すところ。胸の辺縁にあり、本丸に
換気と光を通す役割。

④胸郷(脾)
※「郷」は人が集まる村々(=故郷など)のこと。胸郭はタル型をしていて、その
側面中央の断面積が最も広い処になる。
吸い込んだ清気(≒空気)がたくさん貯まる処として胸郷と名づけた。

5)第4肋間

①膻中(任)  
a.両乳間の間を膻という。膻にはヒツジのような生臭い。乳児がいる女性では仰臥位で寝ている時など、乳頭から漏れ出た乳汁がこの部に溜まるので生臭くなることがある。

b.君主(心)の住まいである宮城(心包)の別名。

②神封(腎)  
※「神」=心、「封」=境界線。胸中線の脇で心に近い部。

③乳中(胃)  
乳頭部

④天池(包)   
肋間のくぼみのような池(汗をかくところ)

⑤天渓(脾)  
この場合の「渓」は、乳汁分泌を川に例えている。

⑥輒筋(胆)  
「輒」は荷車の左右の側板をいい、荷崩れしないで多くの荷物を積めるようにしたもの。これが転じて胸横部の前鋸筋をさす。
※「輒」には耳タブのように軟らかいとの意味がある。これは前鋸筋筋腹の形容になっている。

⑦淵腋(胆)  
 脇の下に隠れる水溜まり。腋下の汗をかきやすい部。

                                   
6)第5肋間

①中庭(任) 
「庭」=宮殿(君主)正面の庭園。膻中(宮殿)の下に位置する。胸骨体下端の陥み(胸骨体下端)で、腹直筋停止部になる。

②歩廊(腎) 
「廊」とは建築用語で、2列の柱を繋ぐために作られた通路(腹直筋停止)のこと。歩道橋がその典型。中庭穴を跨ぐ通路のように左右の肋軟骨上に歩廊穴がある。


③乳根(胃)
 乳頭の根元。乳根は胃の大絡であり、心拍による左前胸部の上下動を虚里(わずかな振幅)の動ととらえたのだろう。

④食竇(脾)  
※「竇」=洞。私は、左食竇は胃泡のことと解釈している。胃の中に食物が入る場所との意味。  

従来の説では「食道」と解釈するが、本穴の位置は前正中付近にはないので、本説の信憑性は疑問である。


7)胸骨弓縁、その他
①極泉(心)  
泉(汗)がわき出る最も高いところ。

②期門(肝) 
十二正経は肺経の中府から始まり、肝経の期門で終わる。一周りしたとの意味。

③日月(胆)   
日月(胆募)の上方5分には期門(肝募)がある。

※「肝胆相照らす」との表現にあるように、両雄とも相手に影響を与え合う存在。期門と日月は影響を受け合うことを示す。

④章門(肝)  
※「章」=ひとまとまり。他の肋骨と異なり、本穴は第11肋骨前端という浮遊肋骨
にあることを示す。

⑤京門(胆)
※「京」はみやこという意味の他に、高い丘の意味がある。京門は第12肋骨前端という浮遊肋骨にあることを示す。

⑥大包(脾)   
脾の大絡として、内臓診察点。

※左大包は胃泡を示す(打診で鼓音の存在で調べたのだろう)。その上の横隔膜の動きにも関与。横隔膜は陰である胸部臓腑と陽である腹部臓腑の境界。
 仰臥位で食竇を打診すると太鼓音になることと同じ。

⑦鳩尾(任)  
剣状突起が鳩の尾の形に似ていることから。

 

引用文献
①森和監修 王暁明ほか著「経穴マップ」医歯薬
②周春才著 土屋憲明訳「まんが経穴入門」医道の日本社
③ネット:翁鍼灸治療院 HP
④ネット:経穴デジタル辞典  ALL FOR ONE
⑤漢和辞典「漢字源」学研

 


脳清穴の臨床応用例 ver.2.0

2024-09-19 | 経穴の意味

「脳清」という奇穴があることを知ったのは、月刊誌「針灸OSAKA」の特効穴特集の記事による。今から40年も昔のことであった。特別に運動した訳でもないのに、私はたまにこの部位に鈍痛を感じることがあった。この圧痛反応は、足三里の圧痛とは無関係だったこと。また「脳清」という名称が脳や精神に効きそうなイメージもあり現在でも興味をもっている。

 

1.脳清穴について
       
足関節背面には内側から順に、前脛骨筋腱、長母趾伸筋腱、母趾伸筋腱の3腱が並ぶ。これら3筋腱は歩行やランニング等で協調的に機能する。臨床上しばしば観察するのは、脳清穴部の鈍痛を訴える例で、長母趾伸筋力が低下し母趾背屈力ができない状態である。長母趾伸筋の大部分は前脛骨筋と長腓骨筋に覆われ、その遠位部のみ表層で確認できる。したがって長母趾伸筋腱を刺激するには脳清穴(解渓の上2寸)あたりが適切である。脳清穴直下にすぐに脛骨があるので、直刺できず、腓骨方向に45度斜刺すると2㎝程度は刺入できる。深腓骨神経に強い響きを与えることができる。
うまく響かない場合、置針したまま母趾の屈伸運動を少しずつ行わせると響く。いきなり母趾屈伸自動運動をやらせると、強烈な針響が起こるので患者は驚く。

 

 

2.前外側型のシンスプリント

1)病態
シンスプリントは後内側型が多いが、前外側が痛むタイプもある。前外側型は前脛骨筋や長趾伸筋間の筋膜癒着による滑走障害による。針灸治療は、足三里やや外方など、下腿前面の前脛骨筋が長趾伸筋に接する部の圧痛を探して刺針。そのままゆっくりと足関節の底背屈・回内回外の自動運動を行わせる。この2筋の筋間に刺針しつつ、足関節の屈伸運動を行わせることで、癒着を剥がすことを狙う。


2)脳清反応は、前外側型のシンスプリントに由来するのか?

前脛骨筋は足関節背屈作用、母趾伸筋は足母の趾背屈作用がある。両腱は下腿前面下方~足関節背面にかけて併走しているから、腱膜が癒着して滑走障害を起こすことがあるかと判断した。

当初、なぜ特異的に脳清穴あたりの鈍痛を生ずるのか不明だったが、やかてこれは「前外側型シンスプリント」の診断名になるのではないかと考えるようになった。シンスプリントの典型は、「後内側型シンスプリント」であり、この場合硬い内側の三陰交付近を中心に痛むものだが、「前外側型シンスプリント」というパターンもある。すねの前面と外側の筋膜(前脛骨筋、長母趾伸筋)に牽引ストレスが作用して痛みを生じ、付着する脛骨骨面の骨膜にも牽引ストレスが作用して痛む状態である。足関節背屈がしづらくなる。脛骨筋の障害では、脛骨前面の胃経から中封に沿って重苦しく痛むが、我慢できないほどの強い痛みになることはあまりない。後内側型シンスプリントに比べて治療に反応しやすい。


3.脳清刺針の症例と考察

1)症例1(T.O. 63才男性)

①主訴:足首を回しにくい

②現病歴
来院時の主訴は、坐骨神経痛と上殿部コリ。ともに仙骨神経症状なので、坐骨神経ブロック点刺針と中殿筋刺針で改善しつつあった。なお中殿筋は上殿神経の運動支配であり、上殿神経は仙骨神経叢の枝でなので、同じ仙骨神経の枝である坐骨神経痛時に同時に出現することが多い。
本患者は、他に「足首を回しにくい」との訴えもあり、治療数回目からは、こちらの方が主訴となった。

③考察
足首の動きが悪いという訴えから、拮抗関係にあるべき下腿後側筋や下腿前面筋の緊張を調べてみる(これはⅠa抑制を考えている)と、確かに圧痛点は多数見つかったが、どこを押圧しても痛がるといった状態だったので、特異的反応点を見出すことは逆に難しかった。

そこでどの姿勢をすると最もつらいかを問診すると、「正坐しようとすると、下腿前面がつつっぱって痛むので、上体を前傾させ、体重があまり下腿にかからないようにしている」との回答が得られた。

④治療
これは前脛骨筋を十分にストレッチできない状態であると考え、仰臥位で条口あたりから前脛骨筋に2寸4番にて刺針、その状態で足関節の上下の運動針を実施した。直後に正坐させてみると、上体の前傾程度が少し改善し、下腿前面の痛みは消失し、代わりに足背部の衝陽あたりがつっぱって痛むということであった。
 
足指を底屈する動作で痛むのだと捉え、再び仰臥位にして脳清穴から長母指伸筋腱と長指伸筋腱に刺入し、その状態で足指の底背屈の自動運動をさせた。その直後に正坐させてみると、上体の前傾がほぼ消失し、正しい正座姿勢ができるようになり、下腿前面や足背の痛みも消失した。

⑤分かったこと
・正坐が苦手という者は、膝関節部痛のことが多いが、負荷をかけた際の足関節の伸展痛や、足指関節伸展痛が原因のこともある。
・前脛骨筋の負荷伸展障害は、前脛骨筋部に刺針しての運動針(足関節底背屈運動)で有効になるケースがある。長母趾伸筋・長指伸筋の負荷伸展障害は、脳清穴に刺針しての運動針(足指の底背屈運動) で有効になるケースがある。

 

2)症例2(S.A.43才男性)

①主訴:足関節が痛くなって正座姿勢がとれない
以前から上記状態が存在する。痛むのは、足関節背面~下腿前面の下方。

②考察
正座姿勢時に、足母指MP関節が強く屈曲されるが、その動作で長母指伸筋腱が強制伸張される。この時の痛み。すなわち長母指伸筋の過収縮が本態。

本例は脳清運動鍼の適応であろう。ただし、これまでこの刺針は仰臥位で行うのが常だったのだが、この症例の数日前、理由なく私自身の脳清の重だるさを感じることがあってた。こういうことは過去に何回かあった。そのたびに長座位(足を伸ばしての座位)になっっ自分の脳清に刺針し、母指の底背屈運動を行った。よく響くのだが、脳清部のダルサに対してはあまり効果を実感できなかった。ここで今回は、椅座位で脳清に刺針した状態で、爪先の上げ下げ自動運動を行ったところ、初めて効果を実感できることになった。

③治療
座位または立位で脳清刺針し、爪先の上下自動運動を5回行わせて抜針。その直後にベッド上で正座させてみると痛みなく動作できるようになったとのことだった。

④分かったこと
同じ運動鍼でも、自分の体重を利用するといった、負荷をかけた運動鍼でないと、十分な効果は得られないらしい。なお、「脳清」という漢字イメージから受ける、脳をすっきりさせるような治療効能はないようだ。

 

 

 


犢鼻褌の話

2024-06-10 | 経穴の意味

改訂版の学校協会編「経絡経穴学」では「外膝眼」の位置を「犢鼻」としている。つまり外膝眼と犢鼻は同じ部位となってしまった。日本経穴委員会が制定した以上、表だって反論はできないが、既存の鍼灸有資格者からは不評である。

膝蓋骨の左右下縁には、内膝眼と外膝眼があり、そのすぐ下方の膝蓋靱帯上に犢鼻をとる。この3つのツボがセットとなって仔牛の目と鼻になるという、興味深いたとえが失われてしまった。わが道を歩む鍼灸有資格者にとって、このような変更は無視すればよい話であろう。

話は変わり、江戸時代は、褌のことを犢鼻褌(とくびくん)とよぶことも多いことを知った。
ちなみにわが国で褌をするようになったのは江戸時代中期からで、それ以前は着物の下には何もつけていなかった。褌は男女とも使われたが、女性では褌に代わり襦袢を着ることもあった。女性より男性の方が小便や精液で着物を汚すことが多かったので褌は必要な発明だった。江戸の男にとって、衣類の一つであって、暑い季節には褌一本で街を歩く者も普通にいた。

ところで褌を犢鼻褌とよんだ理由は、いくら調べても分からなかったので空想してみた。犢鼻褌とは犢鼻を守る褌ということで、犢鼻が非常に重要な部分であることが知れる。

褌はなぜ衣+軍となるのかは調べて理解することができた。軍は車+勹(つつむ)からなり、指揮官が乗る戦闘用馬車と、3組(1組25名)の歩兵団を組織していた。
これが転じて、褌は重要な部分(陰部)を防御する衣としての意味があると推測した。

 

古代中国の戦車は馬2頭立で、戦車には3人(御者、弓兵、槍兵)が乗った。弓は司令官が兼ねていた。主力武器は戈(か)とよばれた、長い柄に直角となる刃をつけたもので、いざ戦闘が始まると、疾走しながら次々に敵をひっかけて手傷を負わせ、敵を混乱させた(槍で敵を刺すと、抜けなくなって槍をもっていかれる)。後に続く歩兵が手傷を負った将兵を討ち取った。この戦闘用馬車は一騎でも平地では歩兵80人に相当する力があり、狭隘地でも40人の歩兵に相当する力があるとされた。


百会の治効と導出静脈 ver.1.3

2024-05-30 | 経穴の意味

百会穴は代表的な経穴の一つで、針灸師の間でもその重要性が指摘されている。ところが重要視すべき根拠は、経絡学説以外には、あまり明確に認識されていないようである。
この原稿では、代田文誌先生の考え方を紹介するとともに、その背後にある現代の理論を説明する。


1.導出静脈の機能に関する代田文誌先生の見解

百会ならびに通天は、頭頂孔付近(百会付近で、正中から両側外方約1㎝)に位置する。頭頂孔は頭蓋の外側にある浅側頭静脈と頭蓋の内側にある上矢状洞を連絡する導血管の通路に相当する。したがって頭蓋内の鬱血、静脈血の環流の妨げがあると、頭蓋の外側に静脈血が流れ、環流をはかるようになる。
代田文誌氏は、このような見解に立って、百会・通天に刺針施灸または瀉血すると、この部分の血行を促進し、したがって頭蓋内の鬱血を除くと考えた。なかんずく、この部位の瀉血が頭痛、片頭痛、脳充血の症状を即座に好転せしむる。
以上の記述は、石川太刀雄「内臓体壁反射」より抜粋したものであるが、本書が出版されたのは1962年なので、再検討すべき課題である。
なお同様の内容は代田文雑誌著「鍼灸臨床録」にも書かれている。鍼灸臨床録は、代田文誌が残した学術的傾向の強い論文集である。石川太刀雄が鍼灸に深く関係する著書を出版した後、いろいろな針灸師から「○○はどうやって治療するのか?」とする質問を受けたそうだ。臨床医でない石川はその質問に答えず、なによりも即物的な回答を求める針灸師を嫌うようになった。石川が交友をもった針灸師は、代田文誌のみだったという話である。

 

※清濁合わせもった石川太刀雄

石川太刀雄といえば、鍼灸界では内臓体壁反射や皮電計で広く知られているが、第二次世界大戦中には陸軍731部隊に所属し、現地人(中国人、ロシア人など)を使った生体実験をしたことでも知られている。このことを私が初めて知ったのは森村誠一著「悪魔の飽食」で、その中に石川太刀雄の名前が出ていたので驚いたものである。非人道的な実験をしつつも、実際に貴重な生データを得られたのは事実だった。敗戦後、731部隊のメンバーは当然ながら戦争犯罪人になるところ、データをアメリが側に提供すれば罪に問わないとする司法取引に応じて、実際に罪に問われることがなかった。
石川が亡くなったのは1973年だった。私が30才頃、医道の日本誌のバックナンバーを見ていて偶然に石川太刀雄死去の記事を発見した。記事のタイトルは「清濁合わせもつ人 石川太刀雄」だったことを覚えている。

 

 

 2.導出静脈付近の解剖

脳硬膜下で、かつ左右の脳硬膜が合わさる部分の大きな間隙を硬膜静脈洞とよび、脳を通ってきた静脈血を集めて内頸静脈に送る役割がある。
硬膜静脈洞で、大脳鎌上縁のものを、上矢状静脈洞とよぶ。頭蓋骨の円錐部にはいくつかの小孔が開口している。その代表が頭頂孔である。頭頂導出静脈は頭頂孔を通って、上矢状静脈洞と浅側頭静脈などの頭皮の静脈と交通している。すなわち導出静脈を仲介として、頭蓋内と頭蓋外の静脈血が貫通している。頭頂孔は、百会~通天付近に複数ある。頭頂導出静脈が出る部はほぼ百会の位置に相当するといえるが。同様の構造をもつものに、乳突導出静脈部の風池、後頭導出静脈部の強間などがある。さらに眼角静脈~眼静脈部の睛明もこの類になる。

 

 

 

 .導出静脈の血流方向の変化

頭部の静脈には弁がないこともあり、上述した静脈の血流方向は変化することが分かってきた。この現象を「選択的脳冷却」とよび、現代医学の一研究分野となっている。


1)ヒトが高体温になると、顔面・頭皮の静脈血が、眼角・眼静脈、導出静脈経由で頭蓋内に流れ、脳の冷却に寄与している(反対に低体温時になると、脳から皮膚へと流れを変える)。頭蓋内が高温になると、頭や額から発汗する。これが蒸発する際に、気化熱を奪う。高体温時に、額を濡れタオルで冷やすというのは合理性がある。

2)眼窩の奥に位置する海綿静脈洞が、脳核心温度を下げるため、ラジエータとしての役割を果たしている(正確には、下鼻甲介部に分布している海綿静脈洞が、呼吸気流で冷却され、冷却された静脈血が海綿静脈洞に集まる)
とする見解がある。

3)他にとして、換気量の増加は脳核心温度を下げる作用がある。これは上気道粘膜での水の蒸発による冷却効果である。イヌなどは暑い時、口をあけて大きく呼吸するのも、この機序を利用して脳内温度を低下させている。


4.脳の過熱防止機構と百会等への刺激

ヒトは、日中は脳の活動も盛んであり、徐々に脳の深部温度が高くなる。起床後、16時間ほど経過すると、脳の深部温が過熱した状態になり、過熱から脳を守る意味で眠気を感じる。入眠開始当初のノンレム睡眠に、脳の核心温と体温を強く下げる役割があることが知られている。
脳核心温度の上昇は、酷暑時や発熱時だけでなく、脳の活動過剰(知的活動、精神的ストレス)などでも生じやすいであろう。臨床的には、頭痛や不眠等の愁訴に対して、脳の核心温を下げることは治療になり得る。

冒頭に紹介した代田文誌の考察は、頭蓋内の静脈血の充満状態を、頭蓋外に放出することで減圧を図るとする考えのようだが、現代医学的研究は、脳の冷却におかれているようだ。

 

5.余談:医学生、北杜夫が受けた口頭試問

故、北杜夫は医師で小説家として有名だった。北杜夫が医学生だった頃、担当教官から次のような質問をされたという場面が載っていた。
「導出静脈の血流は、普段頭蓋内から頭蓋外に流れるのか?それとも頭蓋外から頭蓋内に流れるのか?」
北杜夫が、とまどいつつ「頭蓋内から頭蓋外に流れる」と返答した。
教官は、「本当にそれでよいか?」と問いただすと、北は「いや、頭蓋外から頭蓋内に」と回答を変えた。
すると再び教官は、「本当にそれでよいのだな」と問いだたすと、北は、「いや反対に・・・」とまたもや答えを訂正したという。


鼠径部周囲穴の由来の考察 ver.2.0

2024-05-28 | 経穴の意味

 

1.曲骨(任)、横骨(腎)

「曲骨」(任)は恥骨結合の直上にとる。本穴は恥骨上縁で弯曲した処なので曲骨と命名した。

横骨は恥骨の意味であるとともに、腎経の穴名でもある。骨度法では、横骨長は骨度法では6.5寸と定められている。横骨とは現代でいう恥骨のことだが、これを恥骨結節両端間の距離とすることは無理があるので、おそらく恥骨上枝の左右外端の間の長さを意味するのだろう。
なお横骨長には < むご(6.5寸)い横骨 > という語呂がある。

「横骨」(腎)は腹直筋上であるが、曲骨は白線上にある。白線とは筋を包む結合識で、外腹斜筋や内腹斜筋、腹横筋それぞれの腱のつながりである。筋ではなく腱なので刺針時には抵抗を感じるのを避け、曲骨の代用として横骨に刺針するという使い方もある。神経は陰茎背神経(陰部神経の枝)なので、膀胱炎やEDで使われることが多い。もっとも曲骨から刺針してペニスに響かせてもEDが治る訳ではない(尿道炎の鎮痛には効いたことがある)。曲骨の灸(毎日7壮以上)は慢性反復性膀胱炎に適応がある。抗生物質内服をいつまでも続ける訳にはいかないが、服薬中止すると症状が再発しやすいが、施灸を継続すると症状再発がない。曲骨の灸3壮では再発し、7壮に増やしてから症状が治まったという経験がある。


.衝門(脾)

上前腸骨棘と恥骨結節外端の結ぶのは鼠径靱帯で、このほぼ中央に「衝門」(脾)をとる。「衝門」は大腿動脈拍動部でもあるので取穴上の基準点になる。理論的には下肢の血流改善の目的での治療点となるだろう。下肢閉塞性動脈硬化症では衝門の拍動が減弱することがある。


3.気衝(胃)


「気衝」は”衝”の文字がついてはいるが動脈拍動部ではない。下肢から上行してきた胃経には勢いがあり、
髀関穴で直角に折れ曲がり、気衝で再び折れ曲がって、下腹部を上行する。経絡がぶつかって流れが急変するという意味で、”衝”の文字がつけられたのだろう。すなわち衝突の”衝”である。

 

4.髀関(胃)

”髀”は大腿の意味。学校協会教科書では「上前腸骨棘の下方、縫工筋と大腿筋膜張筋の間、陥凹部」とある。このあたりの解剖学的要所は、下前腸骨棘であり、この部は大腿直筋の起始部でもある。髀関は私は、ここを取穴している。



6.急脈(奇)

急脈とは、水なし川状態にあったものが、急激に流水量が増した状態のようなもので、勃起状態(出現する陰茎海綿体の充血)を示すのだろう。私が数十年前に針灸学生だった頃、急脈は奇穴だったが、最近になり肝経所属になったことを知って非常に驚いた。鼠径部で曲骨の外2.5寸。気衝のわずが5分(≒1㎝)外方になる。
<医心方>によれば「急脈の別名を羊矢(ようし)、陰部の腹と股が相接するところ」とある。羊矢穴周辺が羊のようにニオイがきつい(なまぐさい)ことを例えたものである。羊はもともと生臭い家畜であり、木を三つ合わせて「森」になったように、羊が三つ合わさるとなまぐさいという意味になる。部位的にアポクリン腺がある部なので腋の下と同じようなニオイとなる。羊矢の「矢」は、クサビ型(V字形)を意味し、左右の鼠径部が合わさるところを矢に例えた。

羊矢がニオイがきついことは、膻中穴もニオイがきついことを示すものである。膻は羊+亶からなり、亶はこってりした状態を示す。要するに「膻」のように生臭いという意味になる。これはおそらく乳頭からこぼれた母乳が両乳間に位置する膻中あたりに溜まり、それが発酵腐敗して羊のようなニオイとなったものだろう。
 

7.居髎(きょりょう)(胆)

居髎と環跳については、以前にも書いた記事があるので参照のこと。

居髎と環跳の位置と臨床運用  ver.1.1
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/7238c899cf40bfc3b09499a44a5f6a61

私は居髎を<こりょう>と習ったのに、いつのまにか<きょりょう>に変わってしまった。「居」はしゃがむ姿勢、「髎」は骨の陥凹部。膝を屈してできた陥凹部に取穴することから。これは和式トイレでの排便姿勢になる。上前腸骨棘の内縁で、鼠径溝外端、縫工筋の上前腸骨棘起始部にとる。直下に大腿外側側神経が縦走している。なお蹲踞姿勢とは下写真のような姿勢で相撲や剣道などで対戦前の儀礼姿勢になる。
            

 

8.環跳(胆)

側臥位、上になった側の股を関してできる鼠径溝の外端。「環」は丸いことで股関節回転軸を意味。「跳」はジャンプすることで、ジャンプ時に股関節は大きく動くことから。
居髎と環跳は、ともに股関節を強く屈曲した状態で取穴するのだが、居髎は股関節を屈曲させた上で、さらに外転させた姿勢で取穴することになる。


居髎と環跳の位置と臨床運用  ver.1.1

2023-12-19 | 経穴の意味

居髎や環跳は、文献により場所が相当違ってくるが、文献的にどちらに正統性があるかを問うよりも、針灸臨床での使い道という観点から整理した方が、実りあるものになるだろう。

1.居髎
 
居髎の「居」とは蹲踞(そんきょ)の「踞」と同じで、尻を踵の上にのせる肢位のこと。力士や剣道選手が対戦に望む際の基本姿勢になる。「髎」とは骨の隙間をいい、孔(貫通するあな)や穴(へこみ)の意味とは別である。要するに正座をした時にできる下腹と大腿間にできる隙間のこと。

本間祥白著『図解針灸実用経穴学』によれば、「居髎(胆)は上前腸骨棘の縫工筋付着部の後方、大腿筋膜張筋の付着部、圧して痛むところ」と記載されている。
 この居髎の解剖学的特徴は、鼠径靱帯下に大腿外側皮神経が通過する部であり、神経絞扼障害の好発部位になると思われる。      
 

(別説)居髎の位置は、大転子と上前腸骨棘を結んだ中点とする説もあって、この方が主流だろう。何といっても東洋療法学校協会教科書での居髎はこの位置。
この取穴では、中・小殿筋緊張緩和を治療目標としているようで、この使い方は納得できるものである。しかしながらこの位置に居髎をもっていくと、日本流環跳(後述)とだぶる結果となり、都合上が悪くなる。この部位は日本流環跳に譲ることにした。



 

2.環跳

環跳(胆) は、「環」は丸いことで股関節回転軸のこと。歩行時、とくに跳躍のような股関節を大きく可動する時に動くことを示している。この語源から、股関節裂隙~大腿骨頭あたりに穴位があることが予想できる。環跳の位置は大きくわけて日本式と中国式に分類できる。日本式は大転子の前方にとるのに対し、中国式は大転子の後方である。「困学灸法」では、側臥位で患側大腿を体幹にできるだけ近づける姿勢で取穴する旨が描かれている。
環跳では正座位すなわち股関節屈曲90°位で鼠径溝のつくる皺の外端を取穴するのに対し、環跳は股関節最大屈曲位で鼠径溝のつくる皺の外端を取穴するという違いがあると思われた。

1)日本式環跳

上前腸骨棘と大転子の頂点とを結ぶ線を3等分し、大転子の頂点から3分の1のところに取る。この部位は前述した居髎取穴の別法によく似ている。中・小殿筋刺針である。

中・小殿筋刺針は、単に側臥位で深刺するよりも、横座り位置で深刺行うと非常に効果的な刺針になる。それは硬く緊張した中・小殿筋が筋緊張真っ最中だからである。
 上図のような横座り位になると、重心が右になるのでこれに対抗するため上体を左にひねる。その結果、中・小殿筋に強い収縮が必要となる。その場合、中・小殿筋のコリをゆるめるには、横座り位にして刺針すると効果が高い。


2)中国式環跳


仙骨裂孔(督脈の腰兪)と大転子の頂点とを結ぶ線を3等分し、大転子の頂点から3分の1のところに取る。 

中国流環跳の取穴は、坐骨神経ブロック点とよく似ている。坐骨神経ブロック点は、側腹位にせしめ、上後腸骨棘と大転子を結んだ中点から直角に3㎝下った処にある。坐骨神経ブロック点から直刺深刺すると、梨状筋→坐骨神経と刺激できる。

3.まとめ

①居髎は上前腸骨棘の内縁で、縫工筋の上前腸骨棘起始部にとる。
その意義は、正座した際にできる鼠径溝外端で、大腿外側側神経の絞扼障害の改善。
②日本式環跳は、側臥位にして上前腸骨棘と大転子を線で線び、大転子寄りの1/3の部にとる。中・小殿筋緊張の改善を目的として刺針する。治療効果不足の場合、中小殿筋を強い収縮状態にすることになる横座り位で環跳から深刺すると治療効果が高まる。
③中国式環跳は、坐骨神経ブロック点とほぼ同じで、上後腸骨棘と大転子を結んだ中点から3㎝直角に下ったところにとる。梨状筋症候群や坐骨神経痛で用いる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


外縫線と胃倉・魂門・外志室

2023-10-06 | 経穴の意味

最近、外縫線という言葉を学習した。この外縫線が膀胱経二行線(棘突起外方3寸)が関係あるように思えた。中背部~腰部の膀胱経二行線は鍼灸治療の刺針点として多用される理由も、このあたりにありそうだ。なお本ブログは、第8期、鍼灸奮起の会、第1回「上中腹部消化器症状」で紹介した内容である。

1.腹筋の構造
 
体幹側面には、外・内腹斜と腹横の4種の腹筋があり、これが腰部にある腰方形筋へと腱で結合している。

前壁→腹直筋               
側壁→内・外腹斜筋と腹横筋 
後壁→腰方形筋        

これらの腹筋群は、腰部の胸腰筋膜に連結している。腰部の脊柱起立筋(棘筋・最長筋・腸肋筋)は胸腰筋膜の浅葉と中葉で包まれている。これらの胸腰筋膜と腹筋群はさらに腱で連結されている。この腱結合部を外縫線とよぶ。なお棘筋は頚棘筋と胸棘筋に細分化されるが腰部に棘筋はないので、上図では描かれていない。外縫線部は多くの筋が結合していて筋膜癒着(=重積)が起こりやすく、痛みを  生じやすい。


2.胃倉刺針

   
代田文誌は、胃倉が胃痙攣(現在の胆嚢症)の痛みを頓挫する名灸穴としている。
位置:側臥位。Th12棘突起下外方3寸または胃兪の外方1.5寸。腰方形筋が第1浮肋骨に付着する部。
刺針:側臥位で第12肋骨端下方、圧痛点を触知。2寸~2.5寸#4で腰仙筋膜深葉中に刺入。中背部全体に広範囲に心地よく響くように、ゆったりした雀啄手技を続ける。 

 

3.魂門刺針
Th9棘突起下に筋縮をとり、その外方3寸。刺針要領は胃倉と同じ。
 
4.外志室刺針

位置:側臥位。Th12棘突起下外方で、起立筋と腰方形筋の筋溝
刺針:3寸#8を使用。横突起方向に深刺すると胸腰筋膜中葉に入る。深部には腰神経叢から出る神経枝     が多数ある。大腿外側痛には外側大腿皮神経を刺激し、陰部痛には陰部大腿神経を刺激し、大腿前面痛には大腿神経を刺激し、大腿内側には閉鎖神経を刺激する。患者の訴える症状部位は閾値が低くなっているので、患者の感覚としては症状部位に自然に響いてくれるように感じる。


ボアス圧診点について ver.1.2

2023-09-10 | 経穴の意味

1.ボアス圧診点は胃・十二指腸潰瘍の反応点として広く知られている。ボアス圧診点の位置は、原著によればTh10~Th12椎体の左側になっている。
上部消化器の所属デルマトームはTh5~Th9だが、圧痛点は押圧して求めるものなので、ミオトームの問題と解釈すれば、ほぼ合致していると考えるべきだろうか。
それにしてもボアス圧痛点は「椎体の左側」という漠とした説明であって、これを起立筋上すなわち背部兪穴ラインで、棘突起の外方1.5寸の処だと解釈する者は多いと思う。

2.一方、意舎は胃倉は、ボアス圧診点の外下方にある。沢田流では胃痙攣(今日でいう胆石痛)の治療点として有名な穴であり、本穴の刺針で強力な鎮痛作用をもたらすことが多い。
ボアス圧診点と意舎・胃倉に共通するのが腰方形筋である。腰方形筋は第12肋骨を起始としているので、上記部位の圧痛反応は、腰方形筋の緊張を診ているのだろうか。
すなわち、胆石痛→交感神経興奮→脊髄→交通枝→体性神経興奮→腰方形筋緊張という内臓体壁反射である。とするなら、棘突起の外方3寸が正確なのかもしれない。

 ※代田文雑誌は、胃倉(Th12棘突起下外方3寸)を日常繁用だとし、胃痙攣、胆石疝痛に著効があると記している。また意舎(胃倉の上方1寸)の効能も、胃倉と殆ど同様だとしている。胃痙攣(現代でいう胆石痛)'の場合の圧痛点は、この意舎よりも五分ほど内下方に寄った筋間に現れることが多いという。(「鍼灸治療基礎学」より)

 

3.右ボアス圧痛点

ボアス圧痛点は左側が有名だが、右にもあって、「右第9、第10胸椎横棘突起の外方3㎝をボアス胆嚢点とよび、胆道疾患で出現する」という。ただしこの資料は中川嘉志馬著、守一雄改定「触診と圧診」金原出版、1955(絶版)によるもの。「石川太刀雄著内臓体壁反射」には<Th12すぐ右側>となっている。このあたりが不明瞭だったので海外のネット検索して確かめることにした。
ちなみに書籍「触診と圧診」は絶版ながら、鍼灸師が読むべき本。古書で発見したら購入をお勧めする。私は当時、新宿の紀伊国屋書店で1700円で購入した。

 

4.再びボアス徴候について

  LIFE IN THE FASTLIANEによれば、イスマール・イシドール・ボアス (1858 – 1938) はドイツの消化器病学者であった。
欧米でのボアス徴候は、胃十二指潰瘍よりも,、むしろ
胆嚢疾患の方を中心に記載されていた。


急性胆嚢炎時のボアス徴候

Th10 ~Th12 棘突起の右側の領域にある点の圧痛領域。正中線から右に 2 ~ 3 横指の位置から横方向に、後腋窩線に向かってのびる圧痛点。
上記の「触診と圧診」の本の内容は正しく、棘突起の直側ではなく、横突起あたりがら広範囲で圧痛が出てくることを知った。なお別の海外文献によると、この背部圧痛点の斜め上方の棘突起からの脊髄神経後枝の走行上の反応であって、Th7~Th8棘突起直側(いわゆる背部一行)を刺激すると効果的なことが予想される。


胃腸潰瘍時のボアス徴候

Th10 ~ThT12 左側にある圧痛。脊椎のすぐ左側、Th 12 脊椎に近い圧痛点。
※胃潰瘍でのボアス圧痛点は、棘突起の外方3㎝くらいで起立筋の最大隆起部をとると思っていたが、これは間違いで棘突起の直側を診ることを知って驚いた。鍼灸治療ではTh10 ~ThT12棘突起直側への刺針が有効になると思われた。


乳根・膻中・中庭・歩廊のツボ名由来

2023-09-06 | 経穴の意味

両乳間を結んだ胸骨体中央に膻中(任)をとり、その下1寸には中庭(任)がある。
中庭の外方2寸に歩廊(腎)をとり、歩廊のさらに外方2寸に乳根(胃)をとる。
以上の経穴の中で歩廊以外は、基本的ななツボであり、取穴の基準点ともなっている。

1.乳根
乳根の穴名由来は、自明なの省略する。左乳根は心尖拍部(=虚里の動?)であり、古典では胃の大絡として認識されたと考えている。これについての説明は、筆者のブログ参照のこと。

胃の大絡と脾の大絡の考察 2023.6.9
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/f1b72a840a5c85aa0f5a2b07a07414f0


2.膻中
「膻」とはヒツジのように生臭いのこと。膻中は乳頭の間にあるので、仰臥位で寝ている時などに乳頭から母乳が漏れ出て、膻中に溜まりやすいことから命名した。生臭いのは溜まった乳汁の臭いだろう。


3.中庭

中庭のすぐ上には胸骨体が隆起している。胸骨体は深部に心臓があって非常に重要な場所なので、その高貴な場所に続く庭という意味になる。これが外庭ではなく中庭としたのは。胸骨体から外れたとはいえ、左右肋骨弓間にあり下には剣状突起があるので、ここはまだ宮殿の敷地内という認識だろう。

 

4.歩廊
歩廊穴のツボ名由来についていろいろな参考書を開くも、しっくりくるものがなかったので、自分で考えてみた。
歩廊は、もとは建築用語で、二列の柱をつなぐための細い通路という意味がある。現代では工事現場の足場のようなものであり、歩道橋(少々立派すぎるが)もこのたぐいになる。

歩廊穴は肋骨軟骨縁にあり、左右歩廊の内側は陥凹して下にが剣状突起がある。
また左右歩廊は腹直筋停止部により連結している。このことを踏まえると次のような位置関係が得られるだろう。以上、歩廊の由来を簡単にまとめると、左右の肋軟骨が腹直筋停止で連絡している部位といえると思われた。

 

 

 

歩廊の例


頸動脈洞刺の意義 ver.1.3

2023-08-20 | 経穴の意味

1.頸動脈洞刺

1)洞刺(とうし)の開発 ※洞刺は「どうし」ではなく、「とうし」と読む。

1942年、中山(千葉大医学部教授)らは頸動脈球摘出術を施し、この手術が特発性壊疽、喘息、高血圧、狭心症等に著効あることを発表した。これをヒントに頚動脈洞の血管壁に針で刺激する方法を考案した。肺結核患者の訴える呼吸困難・極度の不整脈・高熱に対してこの技法を行ってみると卓効を得た。またある胆石疝痛患者の痛みに対して行うと即時に鎮静効果を得た、というエピソードが洞刺の始まりで、このことを契機として代田文誌と細野史郎(漢方専門医)が1948年に創案研究したもの。
頸動脈洞は、経穴でいう人迎穴がある部であることから、その血管壁刺針を、代田文誌は洞刺(頸動脈洞刺針の略)あるいは人迎洞刺と命名した。


  

2)洞刺の方法
①仰臥位にして、頸を過伸展させる肢位にする。喉頭隆起の高さで胸鎖乳突筋の内縁にある頸動脈の最大拍動部(人迎穴)を取穴。
②寸6~寸3の2番針程度の針で、拍動部からゆっくりと少しずつ直刺する。5分~1寸ほどの深度で頸動脈血管壁に針先を当てる。なお当たったか否かは、少し刺入しては術者の両手を針から離し、針の動きを見る。脈拍に一致した針柄の動きが観察できれば正解。そのまま7秒~数分間(病態により異なる)置針した後、抜針する。




2.洞刺の意義
代田文誌先生の記す適応症を個々に考察する。

1)圧受容体刺激による血圧降下作用

頸動脈洞には血圧の上昇を感知する圧受容体がある。血圧上昇すると頸動脈血管が拡張する。この反応を舌咽神経が捉え、延髄の血管運動中枢に信号を送る。すると血管運動中枢は迷走神経に信号を送り、血管拡張させ、血圧降下が起こるという仕組みになる。したがって洞刺は、高血圧時に血圧を下げる目的で行う適応が生まれる。しかしながら、この血圧降下は、正常血圧者では10~20㎜Hg程度(最高血圧150㎜Hgであれば時に50㎜Hg降下することもあるという)に過ぎず、反応は一過性である。洞刺が開発されたのは今から70年以上前の話であって、現代では効果的で安全で安価な降圧剤が広く普及しているので、応急処置は別として、高血圧の治療としての洞刺は適切な治療とはいえず、廃れてしまった。

なお血圧降下目的で行う洞刺の置針時間は左右とも7~10秒程度にするべきで、長時間の置針は人によっては血圧降下し過ぎる危険があるという。実際、洞刺を十分学習していない者が、洞刺の針に低周波通電10分ほどしたことがあり代田文彦先生を驚かせたが、実際には何の副作用もなかったということだ。


2)化学受容器刺激による気管支拡張作用

気管支喘息発作に洞刺を行えば、喘鳴が改善し呼吸が楽になると代田文誌は記し、実際にも有力な手段であることは確からしいが、この機序はよく分かっていない。滝島任ほか著:気管支喘息の鍼治療 気道抵抗連続側的による評価(日本医事新報 昭和54.12.29)によれば、「頸動脈洞には迷走神経からの線維を受け取っているので、迷走神経の鎮静化が治効を生むのであろう」と述べるに留まっている。

周知のように頸動脈洞部には、頸動脈洞とは別に頸動脈小体とよばれる直径1~2㎜の組織がある。これは血中酸素分圧の低下を感知する化学的受容器である。酸素分圧低下という信号は、舌咽神経により延髄の呼吸中枢に伝達される。呼吸中枢は、迷走神経興奮を弛めるよう命令が出され、これにより気管を広げるようになる。鍼で頸動脈洞を刺激すると舌咽神経が刺激されるが、これを中枢は頸動脈小体からの刺激だと誤認するので、呼吸中枢は血中酸素を増やすために、迷走神経に気管支拡張命令を送るのではないだろうか?

洞刺は気管支喘息発作時の鎮静に用いられるのだが、鍼灸治療院に来院することは喘息発作時には困難である。また現代の喘息治療は必要十分な量のステロイド剤吸入であって、発作に至る前に処置することになる。一方入院レベルの重度気管支喘息(肺性心)患者には、ほとんど洞刺の効果がないという事実がある。すなわち施術する機会は非常に限られるものになる。

3)舌咽神経痛の鎮痛

舌咽神経は、下根部~咽頭、外耳道、鼓膜を知覚支配しているので、洞刺によりこれらに鎮痛効果をもたらすことが知れる。代表疾患は扁桃炎。
速効しない場合には、人迎部に3㎜皮内針を皮下鍼的に下から上へ斜刺し固定する。おおむね24時間以内に扁桃炎症状は完全に治まる(渡辺実:扁桃炎・口内炎の簡易療法 医道の日本 昭58.8)という。

4)亜急性リウマチの鎮痛

代田文誌のいう「亜急性リウマチ」という言葉が、現在では何を意味するか不明であるが、慢性関節リウマチやリウマチ熱とは異なるようだ。
慢性関節リウマチ四肢痛に対する洞刺は、ほとんど鎮痛効果がない印象を受ける。

ただし私は過去28年の臨床中、興味深い症例を2回経験した。数週間来、四肢の多関節痛を訴えて苦しんではいるが、訴える関節部にはまるで圧痛を始めとする炎症所見がないケースであり、ともに1回の洞刺で症状消失したのだった。このことを代田文彦先生に報告すると、結合織炎ではないか?との一言だった。もっと詳細にお聴きすべきだったと後悔している。

慢性関節リウマチの疼痛や関節変形は、昔から医療における難題だった。数年間痛みをとればよいだけなら麻薬を使う手もあるが、本疾患は基本的には命にかかわる疾患ではないのでそうはいかない。かつて薬はできるだけ使わず様子をみて、改善しなければ消炎鎮痛剤、次いで抗リウマチ薬、悪化すれ強力な抗炎症薬であるステロイド薬を使った。「強い薬には強い副作用がある」との考えがあったためだが1990年頃からRAは発症後の最初の2年間で、骨破壊が進行することがわかり、薬物の使い方に変化した。 

身体の中でリウマチを悪化させるタンパク質あることは知られていて、そのタンパク質の作用と症状を抑えて関節の破壊を食い止めるリウマチ薬がいくつも開発され普及した。初期にはメトトレキサートなどの免疫抑制剤など強い薬を使い、それで効果不足であれば生物学的製剤のエンブレルやレミケードも併用して関節の変形や機能低下を防ぐようになった。
ある病院のデータでは、2000年頃の慢性関節リウマチの寛解率は8%だったが、2014年に50%に達した。 

※抗リウマチ薬:1990年代。代表はメトトレキサート(商品名リウマトレックス)で第一選択薬(免疫抑制剤)になる。関節リウマチを起こす免疫異常に作用し、病気の進行を抑える。痛みを直接抑えるのではなく、関節の軟骨や骨破壊を抑えることで、関節の痛みや腫脹が軽くなり、関節痛が改善される。 

生物学的製剤:2000年代。関節破壊に直接関わる物質(炎症性サイトカインTNFαなど)や細胞の活性を抑える。生物学的製剤は一般に高価。副作用は感染症に脆弱。レミケード(点滴注射)・エンブレル(皮下注射)・シンポニー(皮下注射)  

※生物学的製剤:バイオテクノロジーにより、生物がつくりだすタンパク質などから生成された(従来薬は、化学的に合成されたもの)。細胞から分泌される蛋白質の一つにサイトカインがる。これは他の細胞に情報を伝える働きをもつ物質だが、リウマチ患者ではサイトカインの働きが過剰になってリウマチが悪化する。生物学的製剤には、このサイトカインの作用を抑える薬やリンパ球の活性化を抑える薬がある。副作用は易感染。
最新薬はシンポニーで4週間に1度の皮下注射となるが、3割負担で1回4~7万円弱(2019年)かかる。

 

5)胃痙攣・胆石疝痛

胃痙攣は、現代でいう胆石疝痛に相当するとされる。胆石疝痛の痛みは、尿路結石と同じように迷走神経過剰興奮による中腔器官痙攣によるもので、体幹症状部に交感神経刺激目的の強刺激の針灸をすれば鎮痛するのが普通である。
洞刺激→舌咽神経→中枢→交感神経緊張作用という機序が作用するのであろう。

開業針灸にとって胆石疝痛はあまり縁のない症状だろうが、本症に緊急入院した患者に対し、側臥位にて魂門(肝兪外方1.5寸)に起立筋深層筋膜に向けて斜刺すると、数分後に鎮痛できた経験がある(数時間後に痛み再発)。ただし、このことを患者の担当医師に報告すると、ほとんど興味を示さなかったが。痛みをとるだけなら非ステロイド系消炎鎮痛剤を使えばよいことを知っていたからだろう。内臓痙攣痛に使うブスコパンではなく、ボルタレン等の消炎鎮痛剤が適応になることをもって、鍼灸が胆石疝痛にも効果あることを推定でき得る。

 
3.現在での洞刺の価値
 
現在でも頸動脈球摘出術は医科診療報酬点数表に載っているが、すでに過去の医療技術となっている。一方、洞刺を開発してすでに70年が経ているが、洞刺のことは針灸臨床の場でもほとんど話題にならなくなった。薬物療法の進歩により相対的に洞刺の価値は目減りしたのだろう。筆者が実際に洞刺を試みても、①②にあまり効いた印象をもっていない。咽喉痛に対しても速効するわけではない。③の胆石痛に対しては未追試(胃倉刺針の方が効果確実なため)。