AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

レイノーに対する針灸治療の価値

2006-06-25 | 末梢循環器症状
1.レイノー現象とは
 レイノー現象とは、寒冷暴露に際して左右対称に手足指趾の末端動脈が発作性に一過性に収縮することで生ずる現象をいう。交感神経過緊張や強い情動が原因とされる。1次相は蒼白、2次相はチアノーゼ、3次相は反動的な動脈拡張による発赤。発作時は患部の知覚異常を訴える。
 1回の発作時間は、10~30分間ほど。ひどい場合には1時間程度になる。

2.1次性レイノーと2次性レイノー
 レイノー現象が単独で生ずるものを、レイノー病とよぶ。これは機能的血管収縮によるもので若い女性に多い。基礎疾患が根底にあり、症状の1つにレイノー現象があるものを、レイノー症候群とよぶ。レイノー症候群の代表疾患は、閉塞性動脈硬化症(ASO)・バージャー病(TAO)、膠原病などである。レイノー病に比べ、レイノー症候群が圧倒的に多い。

3.一次性レイノーの針灸治療
 グロムス機構の反射を期待し、好発指に対する指間指刺針や井穴刺絡を行うと、血管拡張することで症状軽減するようであり、発作が起こりにくくなる傾向がある。この治療パターンは代田文誌先生そのまである。
※グロム機構→「指端刺絡の作用」ブログ記事参照のこと。

4.二次性レイノーの針灸治療をめぐって
 Moehrle(1995)は1次性レイノーに対する針灸治療が有効であり、二次性レイノーに対する針灸治療が無効だったことを統計学的に証明した。(Edzard Ernest & Adrian White 山下仁ほか訳「鍼治療の科学的根拠」医道の日本社 2001)
 すなわち二次性レイノーに対する針灸治療の効果は乏しいが、それを云々する以前に、原疾患の存在を見極め、原疾患に対する治療を行うことが重要になる。

1)閉塞性動脈硬化症によるレイノー症例(代田文誌)
 代田文誌「針灸臨床ノート下巻」には次のような症例提示を行っている。
「レイノー病により左右の手の指端が黒色に変わり壊疽が始まったばかりの患者に対してm血管周囲に刺激を与える針灸治療を6ヶ月間行い、指端の壊疽発生を防止できた。針灸治療を継続しても、重症のものは6ヶ月~1年ほど要する」
 当時の記述としてはやむを得ないが、提示症例はレイノー病ではなく、レイノー症候群であり、基礎疾患に閉塞性動脈硬化症である可能性が高い。
 本疾患に対する現代医療は、先進的な試みが行われているが、決定的なものがない。最悪の場合は罹患部以下を切断することになる。

2)膠原病によるレイノー
 二次性レイノーを起こす最も高頻度の疾患は膠原病である。ただし常見膠原病の慢性関節リウマチにレイノーは起こりにくい。針灸院でRA以外の膠原病を扱う機会はあまり多くないが、大学病院で行う針灸治療では、膠原病に付随するレイノーは解決すべき課題であった。
 「あった」と過去形にしたのは、2004年頃から生物学的製剤の投与が行われるようになり、治療成績が格段によくなってきた。それに伴うレイノーの問題も自然と解決してしまったからである。現代医学の進歩が、針灸での取り組みを無意味にした例といえる。

 

指端刺絡の作用

2006-06-24 | 経穴の意味
1.指端刺絡の概略
1)方法
 指端刺絡とは、手足の各指の左右爪甲根部から、三稜針等で刺絡し、ごく少量出血させる方法で、針灸治療の伝統的手法の一つである。この部は古典的に井穴とされ、大部分が各経絡の末端になる。

2)従来的適応症
 古典五兪穴の作用分類では、心下満(心窩部のつかえ感)の際に使うとされる。実際的には、急性心疾患や脳卒中発作時の緊急処置としても適応がある。常用法では、対症治療として神経根症時や糖尿病等での知覚鈍麻に使うと速効することが多い(持続効果は丸1日程度)。

2.指先刺絡の作用機序
1)グロムス機構とは
 手足の指の末端の血流は、動脈から静脈に流れる経路で、一般的な毛細血管を経由するものとは別に、小動脈から小静脈へと短絡する経路がある。これをグロムス機構(動静脈吻合)といい、指先にあるものをとくに指端グロムス機構とよぶ。

2)グロムス機構の臨床応用
 寒冷時にはグロムスを閉じて末梢血流量を減らすことで核心温度の低下を防止し、熱暑時にはグロムス機構を開いて放熱を盛んにするというのが本来の生理的意義がある。指端の1カ所の指先グロムスを刺激すると、その指の血行が促進されるので、知覚麻痺に効果がある。それにとどまらず、理論上は手足全部のグロムスに影響を与え、全部の指の血行を改善するとされる(石川太刀雄)。

 指先グロムス刺激では、脳や心臓などにはグロムスはないので内臓血流に変化を与えることはできない。しかしながら実際には脳卒中や虚血性心疾患時の承知として効果的なので、指の末端といった知覚過敏部刺激による血管収縮に関係するとも解釈できる。

3.指端刺絡と自律神経の関係
 古典針灸書をみてみると、治療法として、「まず刺し、・・・・」という記述に出くわすことが多い。これはまず「刺絡し、・・・・」ということだとされている。針灸治療の最初に刺絡処置を行った後、本格的な補瀉治療が行われた。つまり刺絡は補法でも瀉法でもないという解釈をしているらしい。刺針時の切皮痛は補でも瀉でもなく単なる有害刺激とするのが普通だが、指先刺絡に限定するなら、部位的特性として知覚に敏感なので、刺痛を伴いやすく、結果的に瀉法になってしまうと私は考えていた。ところがそういう訳でもないことを知った。

 近来話題になった本に、安保徹著「医療が病いをつくる 免疫からの警鐘」岩波書店刊がある。福田稔医師は安保理論をベースとし、浅見鉄雄医師の論文を追認し、指端刺絡が副交感神経興奮作用のあることを提示した(」難病を治す驚異の刺絡療法」マキノ出版による)
 浅見先生の見解は、30年来の実践から生まれたそうで、手足の第4指からの刺絡は、副交感神経緊張を抑えて交感神経緊張を亢進させる作用があり、副交感神経緊張で悪化する疾患(喘息・アトピー性皮膚炎・蕁麻疹など)などに適応があると述べている。なお浅見先生の井穴刺絡では一カ所につき30滴ほど出血させるという。私は2~3滴程度だったので意外な感じがする(浅見鉄雄先生の井穴刺絡学:優游堂本舗「戸塚鍼灸院別館」HPより)。
 福田先生の見解は、第1、2、3,5指からの指端刺絡は交感神経緊張を弛める作用があるとするもので、広義の交感神経緊張症(頭痛、高血圧、肩こり、腰痛など病の大部分)に効果があるとしている。

 刺絡した指は、<血行がよくなる→すなわち副交感神経緊張に傾く>とは理解できるにしても、なぜ第4指だけ逆の作用になるのか分からない。しかしメカニズムが分からなくでも治療に役立てばよいとするのが臨床家の考え方である。交感神経緊張にもっていく治療は、西条一止理論では座位での灸治療だったので、武器がもう一つ増えた格好になる。本当に使える武器なのか否か、今後追試してみたい。

 

月経痛には腰腹部、仙骨部、三陰交の皮内針

2006-06-20 | 産婦人科症状
1.月経痛とは
 下腹部不快感、下腹部痛、腰部や肛門に響く痛み、頭痛などが、月経開始日やその前日くらいから始まり、月経終了時まで持続する状態。

2.機能性と器質性の鑑別
 月経痛にも機能性と器質性がある。機能性では症状を軽減させることが治療目標になるが、器質性では症状を起こしている原疾患の追求が必要になる。
 思春期~十代女性で、月経直後からの痛みであれば機能性を考える。しかし20~30歳代以上で、月経数日前もしくは月経とは無関係の痛みであれば器質性を疑う必要がある。

 器質性月経困難症にはつぎのものがある。
 20~30歳代→子宮内膜症(不妊症の合併あり)
 中年女性→子宮筋腫、子宮癌
 月経は正常→卵巣嚢腫や卵巣癌(初期)

3.機能性(原発性)月経困難症の機序
1)過剰なプロスタグランジン産生
 黄体期(高温相期)には子宮内膜でプロゲステロン(黄体ホルモン)の分泌が増大し、またプロゲステロンからプロスタグランジン(PG)が産生される。
過剰なPGは、過剰な子宮筋収縮→子宮内圧亢進→子宮筋虚血という悪循環により月経痛が生ずる。月経時にみられる悪心・嘔吐・腰痛・下痢・頭痛などの全身症状は、PGとその代謝物質が、子宮内に限局せずに、体循環に流入して起因する。

※プロスタグランジン(PG)とは:細胞や血小板でつくられるホルモンの総称。PGが胃や食道で増えれば嘔吐し、腸で増えれば下痢となる。また気管支では咳となり、頭部血管が収縮すれば頭痛になる。そして子宮で増えれば強い月経痛となる。とくにプロスタグランジンF2αには、平滑筋刺激作用があり、子宮筋や胃腸筋を刺激し収縮させる。この機序からPGは分娩促進剤としても用いられる。

2)子宮頸管の狭小
 出産経験のない若い女性では、子宮頸管が狭いことがある。この場合、月経血を外に出そうとする際、子宮頸部を無理に押し広げることになるので、強い子宮収縮や子宮痙攣が起こり、月経痛となる。

4.機能性月経痛の体壁反応点
 針による鎮痛は、子宮収縮の程度を弱めるのではなく、関連痛の鎮痛によるものだと思われる。したがって興奮する体性神経の鎮静が重要になると考えている。鎮痛剤バファリンのコマーシャルのうたい文句は「頭痛・歯痛・生理痛に」であるが、腹痛を止めるには、副交感神経緊張を弛めるために抗コリン剤である鎮痙剤(ブスコパンなど)が有効となるのである。

1)交感神経興奮→体性神経興奮による反応点
 交感神経興奮に伴う子宮体部や子宮頸部の平滑筋収縮による痛みは強いものではなく、二次的に生じた同じデルマトーム上(Th10~L1)の体性神経興奮により強い痛みを感じる。
 Th10~L1脊髄神経後枝反応は、脾兪~三焦兪に、Th10~L1脊髄神経前枝反応は天枢~横骨に、それぞれ筋コリや自発痛として出現する。またL1神経への過剰入力は腰神経叢(L1~L3)を興奮させるので、腸骨下腹神経・腸骨鼡径神経・陰部大腿神経などの分布領域に筋痛や皮膚過敏をもたらす。

2)副交感神経興奮→陰部神経興奮による反応点
 子宮体部や子宮頸部の内臓興奮反応は、副交感神経反応として骨盤神経が興奮する。骨盤神経はS2~S4支配であり、S3仙骨孔の中りょうが代表穴である。副交感神経性の痛みは強いものではないが、同じS2~S4からは体性神経性の陰部神経も出ているので、二次的に陰部神経が興奮すると陰部神経支配領域に強い痛みが出現する。肛門・膣・前陰部の痛みは、このために起こるのであろう。

5.月経痛の針灸治療
 内臓痛に対する針灸治療の効果は一般に不安定であるが、月経痛に関しては非常に効果がある。内臓痛一般では、関連痛が内臓痛を上回る強い痛みであれば重篤疾患を予期して病院受診するのが普通だろうが、月経痛では非常につらくはあっても、毎月のことなので患者に重篤感がなく、針灸受診する余裕があるからだろう。
 月経痛に針灸がよく効くのは、症状が体性神経興奮主体だからであろう。

1)背腰腹部の治療
 脊髄後枝反応→脾兪~三焦兪の筋コリや圧痛点に施術
 脊髄前枝反応→天枢~横骨の筋コリや圧痛点に施術

2)仙骨部の治療
 陰部神経反応→中りょう付近の圧痛点に施術

3)遠隔治療
 腰神経叢興奮→大腿神経興奮→伏在神経興奮の機序で三陰交を中心とした下腿内側に皮膚過敏が出現する。これらの施術により関連痛をゆるめる。
 ※筆者ブロク「三陰交の治効機序」を参照

4)月経痛の針灸治療の実際
 三陰交に皮内針すると、大部分の例で痛みは改善する。残存する痛みがなおも強いようならば、中りょう付近の圧痛点に皮内針を追加。それでも効果不足であれば、腰痛時には脾兪~三焦兪、下腹痛時には天枢~横骨の反応点に皮内針する。






 

脳血管障害と醒脳開竅法 その1(歴史と普及)

2006-06-19 | 特定疾患
1.醒脳開竅法以前
 私の玉川病院研修時代、昭和55年当時の玉川病院にはリハ科がなかったこともあり、何例かの脳卒中後遺症(入院患者)の治療を経験し、また同科の針灸師の治療も見学してきた。その治療内容は単純で、麻痺筋にパルス刺針通電をすることだった。これは不勉強の結果というより、学習したくても文献類がなかったからである。
 それでも、急速に麻痺が回復する者もおり、一方、毎日治療してもあまり回復しない者などもいた。この結果から、脳卒中に対する針灸治療は非力であって、治るべきものは何もしなくても自然回復し、治らない者は何をやってもダメなのだという認識を得た。結局、病巣の位置と広がりの違いによって、予後も違ってくるのであろう。その後、リハ科新設とともに、針灸への需要は非常に少なくなったのだった。

2.醒脳開竅法の実演
 当時脳血管障害に対して、針灸の可能性をあまり信じられないでいたのだったが、それから5年後、東京衛生学園常勤講師時代に、醒脳開竅法のことを知った。開発者は、天津中医院付属第一病院院長の石学敏教授で、来日して学園内でデモンストレーションを行ったことによる。デモには学校近くの総合病院に入院中の実際の患者を使って行った。1回の治療で歩行可能になる者もいて、観客一同仰天したものである。このあたりの事情は、雑誌「中医臨床」1988年9月号に詳しい。

3.中医クリニックの誕生
 そのデモの見学者の一人に、その総合病院の副院長がいて、それほど素晴らしいのであれば、ウチの病院にも是非取り入れたい、との強い希望があり、病院付属中医クリニックを設立する一方、石学敏先生グループ内のの高名な先生を病院が招聘して日本人針灸師の教育に携わることとなった。
 私も何回か中医クリニックを見学させていただいた。具体的な治療効果については明言できないが、スタッフは自信をもって診療にあたっており、それは十数年経た現在でも継続して診療にあっている。

 なお醒脳開竅法は、そのやり方が理論的に定められているので、微妙な針の手技以外は、追試しようと思えばできる治療法である。そこで東京衛生学園では、全国的に普及させる目的から、養成講座を開講した。まさに順風満帆の船出だった。

4.醒脳開竅法は、わが国に普及したのか?
 私は開業して14年になるが、その間、脳卒中後遺症患者の治療をしたのは、わずか2例にすぎない。しかもその2例とも発症6ヶ月以上経過し、リハ訓練終了の段階から行ったものであり、2例とも治療効果を認めるに至らなかった。
 醒脳開竅法は、発症直後から行うほど効果的で、3ヶ月を過ぎると効果が出にくくなり、6ヶ月以上過ぎると治療効果があまり得られなくなるとされている。
 醒脳開竅法のゴールデン期間は、入院中の患者であり、内科とリハ科中心で治療され、針灸はお呼びがかからない。全部終わっても麻痺が残存し、その段階になってから、患者の希望で針治療を開始するのでは、たまったものではないのである。
 結局、脳卒中後遺症の新鮮例は入院中の期間であって、主治医が全面的に権限を握っている以上、針灸を行うことは実際的に無理なのである。

5.醒脳開竅法は、中国に普及したのか?
 石学敏教授は、中国でも針灸の第一人者として知られている。針灸が国家の積極的支援を受けている中国にあっては、中医針灸は盤石たるものだというように私は思っていた。しかし医道の日本(平成17年12月号)の記事、石学敏著、飯田清七訳「鍼灸学が新世紀に直面している問題と対策について」を読んで驚いた。以下記事の一部を転記する。
 鍼灸病棟の最大の疾患は中風疾患である。中医病院の脳血管疾患の急性期の患者のほとんどは内科に入院している。(中略)鍼灸病棟には内科を退院した回復期と後遺症期の患者が収容されている。これは鍼灸科が主体的でない表れであり、これでは鍼灸病棟の活動はできない。(中略)どうして神経内科は鍼灸科と共同できないのだろうか?

 石学敏教授の所属する天津中医学院付属第一病院内において盛んに醒脳開竅法が実践されてはいるが、一般の病院内では東西医学間で勢力争いがあるらしい。中国にも疾病ごとに担当する診療科目が決まっているので、争いごともなく隣同士で治療を行うことができる。しかし鍼灸科という診療科目は得意とする疾病ではなく、治療法による区分であるため、他科との間に縄張り争いが生まれやすいのだろう。 また北京や上海といった大都市にも、針灸教授がいるので、それぞれ自分流を押し進めることになる。東洋医学を実践する同志間にも競争があるのは、わが国以上に厳しい状況であるかもしれない。



脳血管障害と醒脳開竅法 その2(現代医学的解釈と評価)

2006-06-18 | 特定疾患
 醒脳開竅法は、「写真でみる脳血管障害の針灸治療 醒脳開竅法の理論と実際」東洋学術出版社刊(1991)で詳しく紹介されている(巻末には、私が整理した醒脳開竅法で使う治療穴の一覧表も載っています)。ただし説明は中医学的であり、読者に中医学の素養があることを前提としている。門外漢を納得させることはできない。ここでは現代医学的観点から、その説明を行う。

1.脳卒中の針灸治療概要
 脳卒中の針灸治療には、種々の方法が考案されているが、おおざっぱには次の方法に整理できる。

1)脳循環改善
 ①肩背部からの大量瀉血
 ②完骨付近からの大量瀉血
 ③手足の12井穴刺絡
 解説:①は脳圧亢進を直接的に軽減させる狙いがある。③も脳圧亢進軽減のために、乳突導出静脈からの減圧を目的としている。静脈圧を下げることで動脈血流を脳に流入せしめるという作戦。③の井穴刺絡だが、井穴から刺絡すると四肢末梢血管が拡張することで血圧降下させることや、刺痛刺激が脳血管を反射的に収縮させるが、二次性変化として血管拡張変化させることを目的としている。すなわち反射的に脳血流量の増大を図るものである。原著は「鍼灸大成」。

2)脳に知覚インパルスを送り脳の予備機能や代謝機能を活性化
 ①12井穴刺絡、湧泉刺針、十宣刺針
 ②合谷、太衝、内関、三陰交の強刺激
 ③人中の強刺激
 解説:12井穴刺絡は前項でも出てきている。前項での目的は血を出すことであり、本項では刺針刺激を与える目的がある。
 末梢神経麻痺時、障害された神経へ直接刺針刺激を与えると、麻痺が改善することが多い(老人や圧迫の程度が強いと、あまり効果ない)。では中枢神経障害時はどうであろうか?
 その要点は、神経幹への直接的刺針刺激、または知覚過敏部である四肢の指先(井穴など)や顔面部(人中など)を刺激である。刺激すると、確かに麻痺が改善し、意識明瞭になるという効果が認められることが多いことにまず驚くであろう。
 この治療を体系づけたのが清脳開竅法だと私は理解している。清脳開竅法でも症状に応じて種々の経穴を使うが、主穴は人中・内関・三陰交の3穴である。その取穴理由は中医弁証により行われるが、単純化すれば、すれば人中は三叉神経を刺激することで意識に、内関は正中神経刺激により上肢麻痺に、三陰交は脛骨神経刺激により下肢麻痺に対処するものである。人中は患者の目が潤むまで刺激し、内関と三陰交は電撃様針響を与えるとともに、運動神経線維刺激として患部筋が3回躍動するまで行うよう定めている。
 醒脳開竅法では、一見すると非常な強刺激に思えるが、患者にしてみれば刺激過剰による弊害はみられない。脳卒中患者は脳による末梢神経支配が弱まっているので、刺激に対する身体反応も弱くなっている。一般的刺激量では効果に乏しく、患者の感受性としては妥当になる
 運動麻痺に対する知覚刺激治療は、ボバース法としてリハ分野で実践されている。ボバース法では運動療法を行いつつ、動きの悪い部をブラシなどで擦過刺激を与えるものである。脳に知覚インパルスを送ることが、発症直後の意識障害や片麻痺改善に効果があることが知られていたのである。
※醒脳開竅法は1972年に発表された。しかし1967年には、楊再春らのグループが脳血管障害に対する「神経幹刺激療法」を発表している(医道の日本、昭57.11~昭和58.9)。楊医師らの治療理論は、生理的機序を基礎としており、中医理論を使用していない。

3)痰の改善
 脳卒中後3~4時間経つと、痰(現代医学でいう)が非常に多くなり、これを吸引しないと窒息したり肺炎を起こす。これは気管支の脳からの神経支配が悪くなり、気管支の分泌が多くなるために生ずると現代医学では説明づけている。
 古代中国医師は、このような観察から、痰(非生理的な水液貯留)が脳卒中の原因だと考察した。すなわち飲食物の不摂生により痰が生ずる→痰が停滞して熱をもって痰火となる→痰火が心竅を塞げば意識障害になり、痰火が経絡を塞げば半身の運動や知覚が麻痺するという病理観が生まれた。

 この解釈は現代医学的にはナンセンスなので、とりあえずは無視するが醒脳開竅法の語源由来に関係している。醒脳開竅法の「竅」とは身体に多くある洞穴のことであり、とくに頭蓋骨に開いた穴すなわち眼・耳・鼻・口を意味する。「開竅」とは痰火が洞穴を塞いで生じた意識障害を改善するという意味がある。「醒脳」にも意識をはっきりさせるという意味がある。


2.醒脳開竅法の治療効果
 一般に中国の鍼灸治療成績は、わが国医療人にとって、信じがたいほど好成績のものが多い。それが真に素晴らしいものであるか、それとも判定基準の甘さにあるのか不明だが、結局は好成績であること自体が、わが国だけでなく世界的にも、不信感をもたれている原因をつくっている。

 具体的数値はともかくとして、醒脳開竅法が非常に効果的な治療法であることは、天津中医学付属第一病院を見学すれば知れることである。わが国では、中国と医療システムが異なっているのであまり普及していないが、東京衛生学園近くの総合病院では、入院・外来とともに醒脳開竅法を行っており、田中泰ほか著「牧田病院における醒脳開竅法施行50症例の経過(Br.Stageを中心として)」を全日本鍼灸学会誌1990.3で発表している。ブルンストロームステージとは、脳卒中回復の評価に用いる指標で、世界的に普及している。醒脳開竅法治療を、ブルンストロームステージで評価した場合、通常みられる共同運動パターンが抑えられ、正常パターンで回復していく状況がみられた。ただし醒脳開竅法は巧緻動作の向上は難しいことも指摘されたということだった。

 醒脳開竅法に弱点はあるものの、その点は他の方法でカバーすればよいのであっって、やはり有力な脳卒中の治療法だといえる。また醒脳開竅法の実施にあたっては中医理論を理解しているに越したしたことはないが、現代医学的解釈でも、一応の解釈が可能である。
 醒脳開竅法は急性期から後遺症期まで使えるが、真骨頂は急性期であって、内科的治療と並行して行われることが望ましい。それが全国の病院に普及しないのは、普及の妨げとなる法規や悪癖があるためであろう。、そのことが患者を不幸にしていると私は考えている。


 

内・外膝眼穴への刺針意義

2006-06-14 | 経穴の意味

1.内膝眼と外膝眼の位置

東洋療法学校協会の経絡経穴学テキストによれば、内膝眼(奇穴)は、仰臥位で膝伸展位で、膝蓋骨靱帯内側の陥凹部にとる。外膝眼(奇穴)は、同姿勢で、膝蓋靱帯外側の陥凹部にとる。
ただし日本経穴委員会では、犢鼻穴位置(膝蓋靱帯上の中央部)を外膝眼を定めており、犢鼻穴と外膝眼を同一部とみなしている。本稿では東洋療法学校協会テキストに従う。


2.膝関節内刺針の意義
 
膝伸展位にて内外の膝眼穴から直刺すると、針は膝蓋下脂肪体→関節滑膜→関節腔と入ることになる。ある程度深刺して関節滑膜を刺激すると、関節全体に響く感じが得られる。関節滑膜には神経・血管が豊富なので、関節滑液の分泌、知覚神経興奮の鎮静、血流改善などの治癒機転が働く。
さらに深刺すると関節腔に入るが、関節腔内にあるのは関節液だけなので、刺激する意味はない。

※関節包:骨膜が互いに連続してできた2層の膜で、内面を滑膜、外面を線維膜とよぶ。

なお膝眼穴刺針の体位は、可能であれば膝完全伸展位の方が、当たりがいいようで、膝下にマクラを入れての軽度屈曲肢位の刺針は、効きが悪いという印象がある。

 

3.細菌性膝関節炎への注意

膝関節痛に対し、医師が行う関節包内へのステロイド注射には関節リスクを伴う。細菌性関節炎になると、施術後数時間~2日程度後に、急激な疼痛・発赤・腫脹・熱感・運動制限などがおこる。ひどくなると悪寒発熱出現。このような場合、緊急で関節部への直接的な抗生物質投与が必要となる。

鍼灸治療での内膝蓋・外膝眼刺鍼では、使う鍼が医師の使う針と比べ、細菌感染の頻度が低いとはいえ、細菌感染リスクがあることに変わりはない。感染過誤を起こさなぬよう、鍼の滅菌、刺針患部の消毒、施術者の手指の消毒など細心の注意が必要である。

 
 


腎尿路・生殖器臓器の自律神経支配

2006-06-12 | 泌尿・生殖器症状

1.腎尿路・生殖器臓器の自律神経支配
 内臓は交感神経と副交感神経の二重支配を受けているが、臓器により優位性の比率は異なっている。骨盤臓器の場合、おおざっぱにいえば、骨盤上位にあるものは交感神経優位で、骨盤下位にあるものは副交感神経優位である。

 骨盤内臓の交感神経優位の臓器は、その内臓-体壁神経反射は、Th11~L2
交感神経性デルマトーム領域に出現し。皮膚のざらつきや立毛、発汗などの反応をもたらし、その興奮が一定以上に強い者ならば体性神経デルマトームにも出現して圧痛硬結反応を呈する。
 ただし体幹部において、両者のデルマトームはほぼ同じなので臨床上は同一に扱ってかまわない。

 副交感神経優位の臓器では、具体的には骨盤神経がその興奮を伝達している。骨盤神経はS2~S4からなるが、それ自体は内臓-体壁反射を起こさない。しかし一定以上の興奮はS2~S4体性神経デルマトームに反映される。

 ただ骨盤臓器はどちらかの自律神経成分が優位だとしても、それは相対的な問題であってTh11~L2交感神経とS2~S4副交感神経の両方の反応が出現している。なおそこ間にあるL3~S1の脊髄神経は専ら、腰下肢という広範囲な知覚と運動を担当しているので、内臓支配まで手が回らないのである。




 

上記で、とくに踵部と泌尿器の関係が興味深い。このことはフェリックスマン著「鍼の科学」にも記載があって「尿道と足とは、おそらく同一または隣接したデルマトームに属しているのだろう。多発性硬化症患者の踵を鍼で刺すと、排尿が起こることを観察している」とある。

踵中央にある失眠穴に灸刺激すると尿量が増えることが深谷伊三郎によって報告されている。足ツボ療法では足のむくみがとれるともいわれているが、これも利尿作用と関係しているのだろう。
 


膀胱炎には中極多壮灸

2006-06-11 | 泌尿・生殖器症状
1.膀胱炎の分類
 膀胱炎は急性膀胱炎と慢性膀胱炎に分類される。慢性膀胱炎はさらに、二次性膀胱炎、非細菌性膀胱炎、間質性膀胱炎に分類される。うち針灸治療にとって重要なのは、急性膀胱炎と慢性膀胱炎の中での非細菌性膀胱炎であろう。

1)急性膀胱炎
 膀胱の細菌感染症。主として大腸菌感染による。女性に多い。
 3大症状は、頻尿、排尿終了時痛、尿混濁(細菌尿による)。

2)二次性膀胱炎
前立腺肥大、前立腺ガン、神経因性膀胱などの基礎疾患の存在により生じた膀胱炎だが、原疾患による症状が 前面に出ているので、膀胱炎症状は相対的に重視されない。

3)非細菌性膀胱炎(膀胱三角過敏症)
膀胱三角の過敏状態による症状。膀胱三角とは左右の尿管と内尿道括約筋を結んだ三角形の領域で、尿量を捉えるセンサーがある。このセンサーの過敏により頻尿や残尿感を生ずる。センサー過敏になる原因としては、女性ホルモン分泌低下や血流減少などが考えられている。


4)間質性膀胱炎
主として中年女性にみられる原因不明の炎症性疾患とされるが、定義は不明瞭であり、慢性膀胱炎の範疇に入れる立場もある。 

2.膀胱炎の針灸治療
 急性膀胱炎で、排尿終了時痛や頻尿だけの場合ならば、膀胱平滑筋の伸展性低下や膀胱粘膜の過敏性改善目的に、陰部神経刺激を行う。陰部神経は体性神経で、シモの痛みと排尿排便の括約筋の開閉をつかさどっている。治療点には中極や大かくを刺激する。よく用いるのは症状消失するまで多壮灸する。その状態が続き免疫力か低下すると細菌感染して尿白濁(細菌尿)が出てくるが、こうなれば感染症なので抗生物質治療がよい。
 すなわち針灸治療は、自覚症状をとることと、細菌感染に至ることを防止するという役割がある。

 膀胱炎は治りやすい疾患であるが、ひとによっては慢性反復性膀胱炎になり、年に数回も膀胱炎症状が出てくることがあり、その度に抗生物質を使うことになりかねない。中極などへの長期自宅施灸(毎日半米粒大灸3~7壮)は、膀胱炎の予防に役立つ。ある患者に対して毎日3壮の灸では再発を防げず、7壮に変更してから
再発しなくなった例がある。
 冷えると膀胱炎になるという者がいる。これも膀胱の血流低下が関係しており、非細菌性膀胱炎のたぐいであろう。針灸の治療も同じでよい。
 


腕神経叢刺激点としての天鼎・肩中兪 

2006-06-09 | 頸腕症状

1.腕神経叢刺激点
 
腕神経叢はC5~Th1神経前枝からなる。ここから分かれる枝は、主として上肢全般の運動と知覚を支配する。腕神経叢を刺激するには、肩中兪穴と中国式の天鼎が妥当である。東洋療法学校協会編の経絡経穴学教科書の示す天鼎の位置は、古典的に忠実かもしれないが、腕神経叢刺激点としては不適当である。

 中国流天鼎は、腕神経叢の直接刺激点である。それと同じ高さで背中に位置するのが肩中兪である。肩中兪から深刺すると間接的に腕神経叢を刺激することができる。すなわち腕神経叢を前から攻めるのが天鼎、後ろから攻めるのが肩中兪だといえる。

1)天鼎穴の取穴

学校協会:扶突(喉頭隆起の外方で胸鎖乳突筋中に扶突をとり、その後下方、胸鎖 乳突筋の後縁。

中国流:甲状軟骨と胸鎖関節の中点の高さで、胸鎖乳突筋後縁から下方1寸。

2)肩中兪の取穴


実際的には座位で、C7棘突起の外方1寸にとる。(正しくは外方2寸だが深刺すると気胸を起こすことがあるため)


2.肩関節痛と腕神経叢の枝
 
肩関節痛に関係ある神経は、腋窩神経と肩甲上神経なので、神経ブロック的には腋窩神経刺激点として肩貞穴、肩甲上神経刺激点としては秉風や天宗をとる。

※具体的には、肩関節痛のブログ参照のこと


3.上肢症状と腕神経叢の枝


頸腕症候群で、頸部痛単独では頸部軟部組織障害を考えて、頸部筋に対して施術することが多い。頸部痛に上肢症状が加われば神経根症状を疑い、この考察の裏付けのために腕神経叢の反応点として天鼎の圧痛を診る。圧痛があれば神経根症の疑いが強くなる。

 
もっとも神経根症との診断はできても、神経根症をもたらした原因が頸椎椎間板ヘルニアであれば、天鼎刺針しても本質的解決にはならず、施術効果は一過性にとどまることが多い。

 ヘルニアで頸部痛に加え、上肢症状が非常に強ければ、手術しかないが、症状が弱いものであれば針灸よりも、食事とトイレ以外は横になっているという程度の「徹底した安静」が推奨できる。安静には局所浮腫をとるという意味がある。神経自体の浮腫が減れば、体積が減ずるので圧迫の程度も減少するからである。



頸神経叢刺激点としての天窓

2006-06-09 | 頸腕症状
 頸神経叢はC1~C4神経前枝からなる。頚神経叢から出る枝で臨床上重要なのは、小後頭神経と直接筋枝である。
1)小後頭神経:興奮時には、小後頭神経痛を引き起こす。
2)直接筋枝:興奮時には、肩甲上部(肩井あたり)のコリをもたらす。

 頸神経叢の直接刺激には天窓刺針を用いる。肩井部のコリに対しては、肩井直接刺激を行うのが普通だが、人によっては座位にての天窓刺針の方が効果的なこともある。天窓の取穴は、咽頭隆起の高さで、胸鎖乳突筋の後縁にとる。





自律神経失調症?の針灸治療の考え方

2006-06-03 | 精神・自律神経症状

1.自律神経失調症の概念
 臨床上、不安で消長しやすい多数の自律神経性の身体的愁訴を訴える者を、自律神経失調症とよび、同じ多愁訴でも心因性要素の多い者を神経症とよんでいる。ただし本当に自律神経が失調すれば、大変な重病なわけで、実際には長期的な経過を経ても悪化しない多愁訴患者で、神経症性要素の少ない者を、ゴミ箱的診断としてとりあえず自律神経失調症としているのが現実である。

2.自律神経失調症分類
 自律神経失調症は、古くから交感神経緊張症と副交感神経緊張症に漠然と大別されてきた。

1)交感神経緊張症(ジンパチコトニー)
概念:ストレス→交感神経緊張状態→血流障害による諸症状
主な症状:脈拍の増加、高血圧、高血糖、痛み、コリ、不眠、いらいら、便秘、食欲不振、歯槽膿漏、痔疾など

2)副交感神経緊張症(ワゴトニー)
概念:リラックスした状態で現れる症状で、この時免疫機能は高まっているが、これが破綻する方向に機能するとアレルギーとなる。
主な症状:鼻汁、喘息、乾咳、蕁麻疹、皮膚のかゆみ、元気が出ない、趣眠

3.自律神経失調症の針灸治療の考え方
1)西条一止先生の研究
自律神経失調症の針灸治療は次の2タイプに分類した。
①交感神経緊張型の治療 :伏臥位にて背部兪穴に置針
②副交感神経緊張型の治療:座位にて単刺。針より灸

2)全日本針灸学会東京地方会学術部の報告
西条の考えに影響を受け、上記団体所属の諸氏は、交感神経と副交感神経の両者とも緊張しているタイプが実証であり、これには瀉法(ないし強刺激)をに行うのがよく、両者とも弛緩しているタイプが虚証であり、これには補法(ないし弱刺激)を行うのがよいという見解を示した。

①交感神経緊張型の治療:伏臥位にて頸部から腰部にかけても背部兪穴に置針
②副交感神経緊張型の治療:灸を中心とする治療。針ならば浅刺か座位での単刺。
③両神経緊張型の治療:瀉法ないし強刺激
④両神経弛緩型の治療:補法ないし弱刺激



上記で①②は手技に関する相違であり、③④は刺激量の相違なので実際の治療には①+③、①+④、②+③、②+④という4通りの組み合わせになる。直感的に理解しやすいように、施術体位や手技を風呂の温度に、刺激量を風呂につかる時間にたとえて表現すると次のようになる。

①+③:熱い風呂に長時間我慢して浸かる=強刺激(瀉法)。
 伏臥位で背部に太い針で、深刺持続手技針。強壮者の止痛や強いコリの治療。
①+④:ぬるめの風呂にゆっくり浸かる=リラクセーション。
 伏臥位で細い針で浅刺置針。交感神経緊張症に対する治療。
②+③:熱いシャワーをサッと短時間浴びる=リフレッシュ。
 座位で太い針で上背部に速刺速抜の針刺激。副交感神経緊張症に対する治療。
②+④:ぬるめのシャワーをサッと短時間浴びる=弱刺激(補法)
 座位で細い針で、上背部を単刺。虚弱者や過敏者に対する治療。



3)私の針灸治療の考え
 本ブログ冒頭に自律神経のブレと体力の有無という2つの要素を表にしたものを示した。この考え方は、自律神経のブレ=陰陽、体力の有無=虚実とも言い換えることもでき、結局八網弁証の分類に類似してしまう。八網弁証は、興味深いものではあっても、針灸治療に直接は結びつかない考え方である。なぜなら実際の患者では、交感神経優位症状と副交感神経優位症状が交錯しているのが普通で、しかも主訴や主訴に準じた訴えといった、重点づけも考慮しなければならないからである。

 代田文誌先生の治療は、施灸係の助手一人いただけで、1日80人の患者を診ることができる体制だったという。平均すると1日40~50人来院していたので、余裕もって診療に臨んでいた。多くの患者を診る手順は決まっていて、初診患者では1日目は仰臥位で胸腹部の施術をして、2日目は伏臥位にてTh7以下の背腰部を施術し、3日目に座位で頸部~Th7までの上背部の施術をしたという(連続3日間来院させる)。頸部~Th7のレベルを座位で施術するのは、柳谷素霊先生も同じだった。

 針灸来院の患者では、急性症状を除き、訴えは3つ以上あるのが普通である。たとえば、腰痛・膝痛・肩コリといったように。詳細に聴取すると、足冷や胃弱や便秘もあったりする。患者が治療を希望している症状に対処しないと、満足を与えるのは難しいが、症状多数の場合、一度には対処しきれない。そこで治しやすさも加味しつつ、上位3つ程度の症状にターゲットを絞る必要が出てくる。

 もともと自律神経失調症という診断名は、しっかりとした病態的裏付けがあるわけではない。上位3つの点症状に対する治療と、仰臥位・伏臥位・座位での身体の異常所見に対する治療という2つを同時進行させることが、実施可能な現実的対処法となるだろう。つまり自律神経失調症の針灸治療を特殊なものと考える必要はなく、不定愁訴症候群という広い範疇でとらえ、仰臥位、伏臥位、座位と肢位を変えながら、それぞれ順番に反応点をみていき、要所を施術するという治療でかまわないのではないか?
 鼻炎・気管支喘息・アトピー・やる気が出ない、など明らかな副交感神経優位の場合には、教条的には座位での短時間刺激ということになるが、それで正規の治療料金がとれるだろうか? 座位での施術を重視するにしても、仰臥位や伏臥位での治療は、「治療」としての形を整えるためにも必要となるだろう。