現代針灸治療

針灸師と鍼灸ファンの医師に、現代医学的知見に基づいた鍼灸治療の方法を説明する。
(背景写真は、国立市「大学通り」です)

上腕外側痛に対する症状部位からの水平刺または大椎一行深刺の使い分け

2011-02-20 | 肩関節痛

1.肩関節痛に伴う上腕外側痛
このテーマは以前のブログ<肩関節痛に対する巨骨斜刺+肩前斜刺>
にも記したが繰り返し述べる。症状部の撮痛(+)であれば、腋膝神経の分枝である外側上腕皮神経の興奮とみなし、症状部に寸6#3以上の太さの鍼で、肩峰から肘部に向けて2~3本水平刺するか、刺絡すると速効がある。

ただし治療翌朝には元の痛みに戻りやすいという欠点があるので、来院ごとにこの施術を行い、併せて上腕の痛みを訴える部に、半米粒大灸をすることになる。なお腋窩ブロック点である肩貞からの深刺は、ほとんど効果がない。

2.肩関節痛のない上腕外側部痛
肩関節が正常であっても、上腕外側痛を訴えるケースがある。この場合、上腕外側部に撮痛があることもないこともあるが、前述の治療法ではあまり改善しない。

通常体格の男性で、背泳ぎの際にこのような症状を訴える81歳男性に対し、当初は腕神経叢からの分枝の傷みだろうと考えて、天鼎から腕神経叢刺を行ったが、それでも改善に乏しい。脊髄神経後枝の興奮かと考え、座位で大椎一行(正確には大椎移動穴でC7棘突起直側。標準の大椎一行では下過ぎると思う)から、2寸#4で、深部にあるシコリ目がけて刺針すると、上腕外側の症状部に響くという。数回の雀啄の後、抜針すると症状消失した。なおTh1棘突起直側からの深刺では背中側に針響が下り、C6棘突起直則では局所のみの針響に留まった。

別患者で仕事中(パソコン執筆)に同様の症状を訴える55歳女性に対し、座位にて寸6#2を大椎一行から直刺すると、しっかりと上腕外側に響くという。雀啄後抜針すると、今度は症状は少し軽くはなったが、まだ痛むというので、2寸#4に替えて同治療を再度実施。するとかなり楽にはなったが、まだ痛みが残るという。そこで針に慣れている人だったので、思い切って2吋#30(和針8番相当)中国針で、3度目のトライを実施。やっと症状消失との結果を得ることができた。

上記2症例の共通点は、大椎周囲に強い筋緊張があることだった。

3.大椎一行深刺の考察 
大椎一行にある筋肉は、浅層から順に、僧帽筋→小菱形筋→頸棘筋・多裂筋であり、これらはすべて胸髄神経後枝の神経支配を受けている。しかし上腕外側はデルマトーム的にC5C6レベルなので、治効理由を神経支配的には説明できない。一方、シコリに対する刺針という点と、刺針すると症状部に響いたという点で、トリガーポイント治療になっていると判断した。
 なお大椎一行の位置は、「治喘」(新穴)とも呼ぶことを以前から私は知っていたが、学校協会教科書では「定喘」となっていてた。改めて調べ直してみると、大椎の外方5㎜が治喘息で、大椎外方1㎝が定喘ということらしい。

大椎一行は、代田文誌先生も良く使った穴で、沢田流では、この位置を大杼一行と称した。著書「針灸臨床ノート第4集」には、「治喘の穴」と題して次のようなエピソードが載っている。

文雑先生ご自身が流感にかかり、咳と呼吸苦で苦しんでいた際、治喘穴から腰部方向に1.5寸刺入すると、脊柱に沿って5寸ほど響いた。治喘から直刺すると1寸の深さで、頸から咽方向に響いたとのこと。

座位での大椎一行深刺は、脊柱沿いに症状がある場合、症状部に針先を向けることで、症状部に針響を与えられることが多いのは、普段の臨床で経験していることだが、C7棘突起直側の針が上腕外側にも響くということに気づいた。無論、上腕外側に症状のない者に対する大椎一行からの深刺は、上腕外側に響かない。以前のブログ<肩部の特徴的な訴えと針灸治療2題>では、大椎一行深刺で肩関節部痛が改善したことを報告したが、同じ治療が上腕外側痛にも効果的であることを知った。 


筋々膜性疼痛に対するトリガーポイント療法の整理

2011-02-15 | 総論

 「トリガーポイント」という言葉を私が知ったのは30年以上前になる。ケネディー大統領の主治医だったというトラベル女史らが研究したということと、数多くのトリガーポイントと関連痛の図が掲載されていて、興味深かったのだが、専門書も入手困難で、それ以上の知識が入手できなかった。それが針灸治療にとって、どうかかわってくるのかは、まったく不明だった。しかし明治鍼灸大学の川喜多健司先生、黒岩共一先生らのご努力により、近年になって、在野の針灸師にとってもやっと概要が把握できるようになった。また加茂整形外科医院の加茂淳先生も、トリガーポイントと筋々筋膜性疼痛症候群(MPS)に関して、新たな観点から鋭い指摘を行ってる。 

それは知れば知るほど驚くべき内容で、主張に一本スジが通っており、医師にも受け入れられる内容になっている。このことは針灸学の方向性ばかりでなく、病院医療における針灸師のポジションを確定できる可能性もあるとさえいえる。初歩的であるが、私なりに理解した内容を、かいつまんで紹介する。  

1.筋収縮の種類と遅発性筋痛
1)筋収縮の種類

   

2)エキセントリック収縮と遅発性筋痛

筋力を発達させるには、筋への多大な負荷をかけ、あえて筋に微細な損傷を与え、損傷治癒の過程で、元の筋線維が太くなる機序を利用する。それには最大筋力での筋収縮を行うのが適しており、そのためエキセントリック収縮を行うことになる。ボディビルダーのトレーニングとして高い負荷をかけてのエキセントリック収縮が積極的に利用されている。
 山を下る際の、下腿三頭筋や大腿四頭筋収縮例がある。山から帰った翌日から筋痛になることが多いのは、この下山時のエキセントリック収縮による。
 

 筋の微細損傷を治癒過程で、損傷細胞を白血球のマクロファージが取り込む。その際、発痛物質を放出する(炎症状態)。この発痛物質が筋膜を刺激すると「遅発性筋痛」delayed onset muscle soreness が起こる。 

2.トリガーポイントと遅発性筋痛の機序 
  筋肉へ伸張性筋収縮負荷の持続
          ↓  筋線維の微細損傷
  筋線維が部分的に伸びにくい状態になる=筋に硬結出現(自覚痛なし)
         ↓ その部分が酸素欠乏になる。循環不全
    潜在性トリガーポイント形成(運動時痛)
         ↓ さらなる循環不全の持続→虚血によりブラジキニンなどの疼痛物質を生成
     ↓  →それが知覚神経C線維の先端にあるポリモーダル受容器に取込まれる
     ↓  →痛みとなる 
   活動性トリガーポイントの形成=遅発性筋痛(自発痛)

※痛覚を伝える神経終末は筋膜には接合しているものの筋線維には接合していない。
ゆえに筋線維は痛むことはないが、筋膜は痛む。

※伸張性収縮などによって筋肉が過負荷を受けた瞬間(筋線維がミクロレベルで損傷した瞬間) に痛みを    感じることはない。ただし筋膜までも損傷するような疾患(肉離れ」など)の場合は即痛みを伴う。
※遅発性筋痛とは、運動終了後、しばらくしてから感じる筋痛のことで、一般的な筋肉痛は、遅発性筋痛に分類される。

※痛みの原因は、筋々膜にあると考えがちだが、トリガーポイントの活性化にある。

3.腱付着部症とトリガーポイント
腱や靱帯が骨に付着している部分を、エンテーシスenthesis とよぶ。そこが引っ張られることで生じる障害を、エンテソパチー enthesopathyとよぶ。
筋が緊張し、短縮すると腱に加わる牽引力は増し、とくに構造的に脆弱な腱付着部に大きな負 担が加わる。腱付着部に微小外傷が生じ、その発生と修復のバランスが崩れることで症状が引き起こされる。
     

 2.筋と腱付着部のトリガーポイント構造

1)タクトバンド(硬くて痛い筋線維)の存在
これが狭義の筋筋膜性疼痛である。タクトバンド中の一点にTPsがある。

 2)CTrP(セントラルトリガーポイント)
筋腹にある。そこには運動終板(=モーターポ イント)がある。筋が緊張(=短縮)すると、腱にかかる負担(牽引力)が増える。

3)ATrP(アタッチメントトリガーポイント)
 2つの組織の間(筋と腱、腱と骨)

4.トリガーポイントへの鍼刺激の狙い
1)感作したポリモーダル受容器をより強く興奮させることで、内因性の鎮痛系をより効率的に賦活させる。
2)ポリモーダル受容器の末端から神経ペプチドを放出し、局所の血管拡張をもたらし血流を改善させる。
3)上記方法により、TPsの不活性化を目指す。治療によってTPsを消失させることは困難だが筋中の血行が良い状態に保つならば、TPsは再活性化しない。

 
 

 

 

 

 

 

 


組織別の最適な治療手法

2011-02-08 | 上肢症状

  筋・腱関係の疾患には共通した病態生理がある。針灸治療においては、単に反応点を刺激するというに留まらず、反応点にどのような刺激を行えば治療が効果的になるのかまでが論点となる。刺激方法について定説はないが、臨床経験豊かな針灸師であれば、自分なりのルールができあがっていことだろう。本稿では私なりの回答を示す。 

 

1.筋腱付着部症  enthesopthy
 以前は筋付着部炎と称されてきたが、病理学的に炎症がないことがわかったので、現在では「症」と名称変更となった。筋腱の骨付着部は、知覚性神経線維が豊富で、複雑な神経叢を形成しており知覚感受性に富んでいる。腱はその中央部が強いが、腱の骨付着部や腱の筋連絡部は比較的脆弱であって腱付着部炎や筋付着部炎を起こすことが多い。 また靱帯の伸びを感知し、これに応じて筋トーヌスを決定する。
 たとえば胸鎖乳突筋起始部にある完骨穴で、仰臥位にて完骨に置針したまま、顔を左右に回旋させることで胸鎖乳突筋の緊張を緩め、頸の回旋の可動域を広げることができる。
 膝関節痛の場合、膝蓋骨内上縁にある内側広筋部(下血海)に置針した状態で膝関節の屈伸を行わせると、内側広筋の筋緊張を緩め、この部の膝痛を緩和させることができる。
 テニス肘では上腕骨外側上髁への前腕伸筋群の起始部に刺針し、手関節の屈伸運動を行わせると、これら筋群の緊張が緩み、肘痛も改善できる。

1)代表疾患:テニス肘、鵞足炎、アキレス腱付着部炎、オスグッド病、ジャンパー膝
2)治療手技:針管などを用い、腱の骨付着部にある限局的な圧痛を発見する。数カ所見つかることが多  
い。圧痛点から刺針し、抵抗を感じた時点で小刻みに強めに捻鍼し患部に得気を感じさせる。この際、針先に線維が絡み付く抵抗を感じた場合は、緊張を緩めずにそのまま短い振幅で素早く抜鍼する(筋線維が切 れる感覚を得る)。

 

2.筋々膜症
 筋線維自体に痛覚はなく、筋膜に痛覚がある。筋に炎症が起こると筋膜に信号を送り、筋膜痛を生ずる。筋膜痛は、とくに筋の伸張性収縮時(坂道を下る際の下肢筋など)にみられる。筋は一様に緊張するのではなく、筋線維中にいくつかの硬結が出現する。ここを治療点として選ぶ。

1)代表疾患:いわゆる筋々膜痛症候群
2)治療手技:運動針法 

 

3.腱炎、腱鞘炎
 腱の役割は、筋を骨に連結させることにある。筋に大きな力が加わった場合、筋の柔軟性が高ければ、腱に加わる衝撃は、穏やかなものになるが、筋が硬化し衝撃吸収能力が低下すると、腱へは短時間に大きな負荷となるので、最悪の場合には腱断裂を起こすこともある。
 腱鞘炎による痛みは、腱と腱鞘間に生じた摩擦による炎症に由来するが、それが近傍を走行する知覚神経に影響を与えた結果によるものである。
 一方、臨床点な観点として、「腱は痛むのか」は不明な点が多い。アキレス腱断裂であっても痛みを感じないことがあり、バネ指でも痛みは軽いわけである。結局、障害部位の近傍を走る知覚神経が影響を受けて初めて痛みを感じるのではないか。
 ちなみに、ド・ケルバン病の痛みの直接原因は、橈骨神経皮枝の興奮、すなわち皮膚に感じる痛みである。鵞足炎の痛みは、滑液包炎であることはめったになく、筋腱付着部の興奮が皮膚に投影され、限局的な伏在神経痛を起こしているのではいか?

1)代表疾患:腱鞘炎
2)治療手技:腱炎や腱鞘炎の痛みが、皮膚への放散痛であることの確認は、撮診(母指頭と示指頭で皮膚を軽くつまみ上げる)で行う。そして、撮痛部に皮内針を数本行うだけで、痛みが消えることが多い。ただし撮痛が広範囲にある時は、まず乱刺刺絡を行い、それでも残存する撮痛点に皮内針をする。 

 

 先の分類で、鵞足炎を、筋腱付着部炎による痛みに分類したが、腱炎を原因とした伏在神経痛という見方も可能なのではないか?いずれにしても圧痛点への皮内鍼で痛みが大幅に軽減することに変わりが。縫工筋。薄筋、半腱様筋中への運動針も併用した方がいいだろう