AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

弾発肩甲骨症候群、肩峰下滑液包炎、指関節軋轢の関節音鳴りの対処法

2020-10-28 | 肩関節痛

肩関節や肩甲骨を動かすたびに、ゴリゴリ・ポキポキといった音が鳴る者がいる。音の鳴る部位より弾発肩甲骨症候群や肩峰下滑液包炎に大別できる。これと関連はないが、指関節がポキポキ鳴る性癖についても説明する。

1.弾発肩甲骨症候群  Snapping scapula syndrome 


1)病態


肩関節や肩甲骨を動かすたびに、ゴリゴリ・ポキポキといった音が鳴る者がいる。これを
弾発肩甲骨症候群とよぶ。音のみであれば骨がすり減るなどの問題にまでに進行しないのが普通だが、本人が気にする場合も多々ある。
弾発肩甲骨症候群は、肩甲下滑液包炎の一部である。肩甲骨は元来可動性に富むので、肩甲骨下組織との間の3カ所に肩甲下滑液包が存在し、摩擦を防いでいる。肩甲下滑液包内の滑液  量が減れば摩擦量が増えて滑液包炎が生じ、肩甲骨の動きにより音が生ずるようになる。
 

 

腕を挙上する時、肩甲骨は上方回旋(左右の肩甲骨上部は近づき、肩甲骨下部は遠ざかる)し、腕を後に回す時に肩甲骨は下方回旋(左右の肩甲骨上部は遠ざかり、肩甲骨下部は近づく)する。しかし肩甲骨周囲筋の可動性が悪いと、肩甲骨の滑走が悪くなる。これにより滑液包  からの滑液分泌量が減ってくる。
 
2)運動療法
   
滑液分泌を正常化させるには、温めることや運動療法が基本である。
前鋸筋のストレッチには、”肩甲骨はがし”体操するのもよい。腕立て伏せの初期姿勢の体勢で、数分間前鋸筋を脱力させる。また前鋸筋を収縮するさせる運動例としては、ボクシングでストレートパンチを出す動作があり、このトレーニングも効果的である。
  
①菱形筋と肩甲下筋のストレッチ
指先を肩関節部に置き、肘を前後に振る(肩甲骨の外転・内転)、また肘をグルグル回す(肩甲骨を上下内外に動かす)。体操を行い、菱形筋や肩甲下筋の柔軟性を高める。ただし「音」の問題が慢性的であるため、体操してもすぐの改善は望めない。気長に長期間継続して行わせる。

3)鍼灸治療


  
一部の医師は、音鳴りに対して滑液包に対する局麻注射を行っている。鍼でも、この方法に準じる。ま
ずは音が鳴ると申告した部位に術者の手掌をあて、音がする運動をさせ、手掌に震動を感じるピンポイントを探し当てる。何ヶ所もあることが多い。
   
音の発生源部位をしっかりと押圧しながら音の出る動きを繰り返し行わせる。その間ずっと押圧は続けるのが治療のコツである。しつこく音が出る場合、音の出る局所に刺針して同じ動作を行わせる。そこに太鍼(8番針程度)を1㎝ほど刺し、鍼柄の動きを観察する。はじけるような動きがあれば、患部に命中している。

   
置針したまま、前述のエクササイズにより肩甲骨を上下内外に動かすことで、筋の柔軟性を回復させる。また、置針したまま、前述のエクササイズにより肩甲骨を上下内外に動かすことで、筋の柔軟性を回復させる。ただし肩甲骨の音鳴りは、陳久性で、おそらく筋の線維化などの器質的変化などもあるだろうから、このような鍼灸治療を始めたからといっても、
急速な改善は期待できないことが多い。根気強く運動療法を行わせる。

2.肩峰下滑液包炎
 
1)凍結肩への進展

   
肩関節疾患は、最初は色々な診断名がつけられるのだが、それが自然治癒しない場合、最終的には凍結肩という単一病態へと収束されていく。疾患の基本的な移行は次の通り。

  腱板炎症→炎症が肩峰下滑液包に拡大
  →滑液包内の水分減少し粘性増大して癒着性滑液包炎に
  →炎症が肩甲上腕関節全体に拡大し癒着性関節包炎(=凍結肩)に
  →6ヶ月~2年の経過で自然治癒。
 
2)肩峰下滑液包炎とは

   
肩腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑量滑量が増加したり、滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。
滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増えて痛みも増加する。筋の滑りが悪くなった結果、上腕をぐるぐる回すと、そのたびに肩峰の奥あたりがコキコキあるいはジャリジャリ音を発する。音がするというあたりに術者の手を当てると、震動を感じることができる。滑液包炎の炎症の程度が酷ければ、自発痛が出現し、とくに夜間痛で眠れないほどになる。
 
3)滑液包炎時の音鳴りへの対応
     
肩峰下滑液包炎の程度が軽いものは自然治癒するが、凍結肩への中途過程という見方もできるので、凍結肩に移行するのを防ぐことが重要。その対策として、まずは安静で、他に三角巾を吊って肩への負荷を軽くする、鎮痛剤投与を行う。鍼灸治療は行わないか、軽い刺激にとどめておく。


3.指関節軋轢音

 
1)現象

   
軽く握った指に対し、もう片方の手で関節を強く過屈曲(あるいは過伸展)させると、指関節がポキッと鳴ることが多い。これを指関節軋轢音といい、英語で crack 
knuckles(直訳でヒビが入った手指の関節)という。何かする時の準備として指関節を鳴らす者もいるが、これは単に習慣であって、やりすぎても関節が摩耗することはない。
 
2)関節が鳴る機序

   
どの関節も関節包で覆われている。関節包内部は透明な関節液で満たされていて、関節の摩耗を防ぐ潤滑油として機能している。関節のコキッとする音の発生する機序は次のように説明されている。

   
指を過屈曲または過伸展させると瞬間的に関節包内部の容積の増加

→内圧の減少
→これまで関節液中に溶け込んでいた空気が溶け込めなくなって気泡を発生
→次の瞬間には気泡は破裂してポキッとする音を発生。
※この音をキャビテーションノイズといい、船のスクリュー回転の際、エネルギー効率低下やスクリュー自体への損傷、さらに潜水艦では雑音発生源としてとして問題視されている。
→関節を鳴らすと気泡は分散して小さくなり再び関節液中に溶け込む。

なお気泡が完全に溶け込むまで20分ほどかかるので、その間指関節を鳴らそうとして力を加えても鳴らすことはできない。


    

3)付:カイロプラクティックのアジャストメントについて
   
関節とくに背骨をポキポキと鳴らす行為で有名なのが、カイロプラクティックである。
カイロプラクターは背骨のズレをアジャストメント(=矯正する)目的で、背骨に微妙な外力を加えて、ボキボキ・バリバリといった音を出すようにする。カイロにおける背骨のズレとは脱臼や亜脱臼といったものではなく、サブラクセーション subluxation とよばれるカイロ独自の概念で、「関節面の接触が保たれつつ、運動分節の配列、動きの一貫性さらには生理学的機能が変化している状態」と定義されてはいるが、今ひとつ理解しがたい。
ただ急性腰痛を瞬時に治したといった事例はごく普通のことであり、カイロの治療が有効な病態は存在するらしい。いずれせよ関節音は、関節包内部の気泡の破壊音に過ぎないので、これをもってアジャストされたとはいえない。


腰部神経根症に対する大腰筋刺針と坐骨神経刺針 ver.1.3

2020-10-11 | 腰下肢症状

本タイトルは2006年6月23日に投稿したものだが、現時点の常識に合わせ、少々改変して報告する。

1.腰部神経根症の概念
臨床的にはL5S1L4(多い順)神経根の圧迫により下肢の痛みや知覚鈍麻を起こしている病態。神経根圧迫の原因としては20~40才では腰椎椎間板ヘルニア(線維輪の膨張や髄核脱出)によるものが多い。高齢者では変形性脊椎症(骨棘による神経根圧迫)によるものもある。

2.診断
L5やS1の神経根症であればSLRテストで60度以内で、疼痛は下肢に放散する。L4の神経根症の頻度は非常に少ないが大腿神経伸展テストで大腿部に痛み放散する。ほかにデルマトームに従った知覚鈍麻が出現。

3.病態生理
坐骨神経は混合性神経である。この神経が腰部や殿部のヘルニアや筋により圧迫され、神経絞扼障害を起こすと考えられていた。しかし運動神経は下行性で、知覚神経は上行性なので、腰殿部で坐骨神経の知覚成分を圧迫しても下肢には痛み症状は出現しない。ゆえに坐骨神経痛症状を呈しているのは、運動線維成分が下肢の運動支配筋 (前脛骨筋、長短腓骨筋、下腿三頭筋など)を緊張させ、それぞれの筋が二次的に筋膜症を生ずるとみなされているようになった。これがMPSの考え方になる。
ゆえに腰殿部筋のコリを緩めることが本質的な価値をもつ治療へと見方が変化した。


4.鍼灸治療
基本的には下記の1)または2)の施術が効果あって無駄がない。1)は腰痛+臀痛+下肢痛の場合で、2)は腰痛ななく、臀痛+下肢痛の場合である。

1)大腰筋・腰仙筋膜刺針
L5やS1の神経根症の症状は坐骨神経痛が出現する。坐骨神経痛は仙骨神経叢(L4~S3前枝)の主要枝であるから、L4やL5の神経根部に刺針することは、高い技術が必要だが理論上は可能である。このような神経根刺針は、直後の治療効果は別として症状改善に寄与するかは疑わしい。腰部筋で坐骨神経の近傍にあるのが大腰筋と腰仙筋膜で、これらに対する刺針(シムス肢位にて行う外志室深刺)により症状部に一致した響きが得られれば、効果大になる。大腰筋に入れるか、腰仙筋膜に入れるかは、術者はコントロールできないが、効果の違いはさほどないと思っている。

※上図で、腰方形筋と大腰筋の接触部あたりに閉鎖神経と大腿神経が描かれている。この2つは腰神経叢の主要枝で、閉鎖神経は大腿内側の皮膚と筋を知覚・運動支配し、大腿神経は大腿外側~中央の皮膚と筋を知覚・運動支配している。すなわち大腿の外・前・内側の症状は外大腸兪の深刺で改善することがあることを示している。閉鎖神経痛と大腿神経痛は同時に起こることもある。

2)梨状筋刺針
殿部の最大圧痛点である坐骨神経ブロック点(中国の環跳穴)への置針、それに下肢症状部への置針(パルス鍼でもよい)で10~20分間を行う。すると数日間は良好な状態に保てることが多く、この効果を持続する目的で下肢症状部への自宅施灸を行わせる。
坐骨神経ブロック点刺針:側腹位(シムズ肢位)で実施することが重要。上後腸骨棘と大転子を結んた中点から、3㎝直角に下した点を刺入点とする。2.5寸#5~#8の針で直刺、電撃様針響を下肢に与える。



あえて少しずらして坐骨神経傍の梨状筋に刺針することで電撃様針響をあたえない方法もあって、両者間には治療効果の差はない。しかしながら、響きに過敏な者では電撃様針響は受け入れられない一方、電撃様針響を与えないと鍼灸師の技術が低いとする思い込みの患者もいるので、患者の好みの問題だといえる。


5.患者指導
神経根症は安静が非常に重要である。安静にすることで、次の効果が生まれる。

①局所の炎症が治まることで浮腫も消退して、神経圧迫の程度が軽減する。
②長期的には自ら神経根部の神経が位置を変化させることで、神経圧迫の度合も軽くなる。
③白血球がヘルニアを貪食する。

3週間の安静でもあまり改善しない場合、手術も考慮するが、実際に手術に至る例は100例中数例にとどまる。
腰椎神経根症では、下肢の知覚鈍麻を訴える例も多いが、知覚鈍麻に特化した治療というものはなく、痛みを軽減することで次第に知覚鈍麻も軽くなることを期待する。ただし痛みよりも知覚鈍麻は治しにくい。


令和2年10月4日、現代鍼灸科学研究会開催しました。

2020-10-05 | 講習会・勉強会・懇親会

1.開催日時:令和2年10月4日(日曜)  午後3時~午後5時半
2.会場:あんご鍼灸院内  国立駅南口より徒歩7分
   国立市中1-11-26 電話042(576)4418

3.発表者とタイトル

1)小野寺文人
臼蓋形成不全と診断されてから末期変形性股関節症(Otto骨盤の危険性)まで進行していると診断に至るまで、疼痛緩和が可能であった鍼灸治療の1症例(53才、女性)
   ※Otto骨盤→ 骨盤腔盤内に臼蓋底が突出している状態。変形性股関節症の重篤状態。 非常にまれ。

2)岡本雅典
アルコール性神経障害による手掌及び足底の自発痛に対する圧痛点への鍼灸刺激が奏効 した一症例(49才、男性)

3)似田敦
陰部神経刺針と閉鎖神経刺針の比較検討一覧  
(基本的陰部神経刺針、仙棘靭帯刺針、肛門挙筋刺針、大腿内側筋刺針などの技法紹介)

4)吉村英         
歩行障害の1症例(76才、男)   
-対応を誤れば慢性硬膜下血腫として致死的な転機を辿っていた可能性のあった症例-
 
5)小宮猛史
潤天堂式、徒手的な大腰筋性腰痛実技 

6).紺野康代
下顎の運動鍼について
-側頸部および肩こりに対し下関より下顎の運動鍼を試みた症例-(47才、女性)

 4.私の感想
いつもなら参加資格をゆるく、鍼灸学生も提出レポートなしの条件で、多くの先生方に参加していただく意向だったが、今回はコロナの三密を避ける意味もあって、少数精鋭の6名(最低でも臨床10年以上)にお集まりいただいた。ベテラン勢ということで、基礎的なことからの説明は要らず、質疑応答も的を得たものだった。有意義なひとときを過ごすことができたと思う。

前列左から、:村英(吉村はりきゅう院)、似田敦(あんご鍼灸院)、小野寺文人(稲穂鍼灸院・整骨院)
後列左から:紺野康代(自由ヶ丘鍼灸均整院)、岡本雅典(鍼灸ホスピターレ)、小宮猛史(潤天堂鍼灸院)

3.懇親会(午後5時頃~)    

国立駅南口バーミャンにて