AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

肩甲骨上角のコリに肩外兪運動針、肩甲骨部~肩甲上部のコリに附分斜刺

2010-07-15 | 頸腕症状
 本稿の附分穴斜刺の内容は、医道の日本、H22年2月号掲載の筆者原稿と重複する内容であることを、あらかじめお断りしておく。

1.肩外兪
  Th1~Th2棘突起間に陶道をとり、その外方3寸に肩外兪をとり。本穴は、肩甲骨上角部であり、そこは肩甲挙筋の停止部である。肩甲挙筋は、洋服をかけるハンガーのように、重くぶら下がる上肢をつなぎ留める役割をもっている。肩甲骨上角は、上肢の動きに際し、運動量が大きい処なので、肩甲骨内上角滑液包炎を生じやすい。

実際には、患者は肩甲上部のコリを漠然と訴えることが多く、施術者側としては間違って肩井部のコリと判断し、頸神経叢刺針を行うも、さっぱり効果が得られないという事態になる。
 
肩外兪のコリは、下図のようにロープ状に出現しやすい。筋線維と非水平に刺針(交叉刺)し、上肢の自動外転運動を指示することで改善できることが多い。




2.附分
 患者のなかには、肩甲骨裏面(肋骨側)のコリや痛みを訴える者がいる。肩甲間部の筋の大半は肩甲背神経という純運動神経が支配しているので、この限りでは痛むことはないだろう。

ただし深部に起立筋があり、起立筋は脊髄神経後枝支配なので、起立筋のコリや痛みが生じているケースは多々ある。この場合には、脊髄神経後枝を刺激する目的で、Th1~Th5棘突起の直側に刺針することで、改善できるのが普通である。

しかしながら附分から斜刺し、上後鋸筋を刺激する必要がある例もある。この場合の附分は、肩甲骨上角と肩甲棘内端縁の中点をとる。座位にして、ここから肩甲骨裏面(肋骨側)に向かって45度の角度で3㎝斜刺し、針先は肩甲骨下に到達する。このあたりの筋は運動性神経が支配しているものばかりだが、例外的に上後筋は、体幹背部にありながらも、肋間神経(混合性)支配というユニークさである。知覚成分があるので刺針すると肩甲骨裏面~肩井周囲に、ほぼ確実に針響を送ることができるので、運動針する必要はない。響かなければ効果もない。







古代中国人の脳と頭蓋の認識

2010-07-12 | 古典概念の現代的解釈
1.胴体は蒸籠、頭蓋は鼎
  古代中国医学において、胴体は三焦という名の蒸籠(せいろ)のような生命機械にたとえられることはすでに指摘した。今回は、頭蓋が鼎(かなえ)にたとえられることを説明する。

 鼎とは、古代中国の調理器具である。円筒形の容器の下に三本足のあるのが特徴で、この空間に火を入れ、肉を炒める時などに使われた。これを頭蓋にたとえれば、三本足とは、左右の胸鎖乳突筋と頸椎になる。正面からみると、顔のようで、取っ手は耳のように見える。「鼎の軽重をはかる」とのことわざがある。これは、相手の人物の器の大小を窺うといった意味で、鼎はしばしば擬人化され、権力や器量の象徴でもあった。



2.頭部における気と血の循環モデル
 頭蓋が胴体の上にあるように、蒸籠の上に鼎は据え付けられた。蒸籠上部の蒸気穴から出る熱い水蒸気が、鼎を底から温め、脳髄に気を供給する。

 脾が生成した血は、身体の血管中を循環するが、血管の一部は頭蓋に入り、脳髄に血を供給する。





3.脳髄の認識
1)運動機能の中枢
  「脳は髄の海」という言葉があるこれは、脳は髄の集合体といった意味である。骨髄と脳髄は、ともに骨に囲まれた中にあるという共通性がある。脊髄と骨髄の区別は考えな及ばなかった。したがって脳髄という場合、脳と脊髄の両方をさす。古人は、て腕や脚に力を入れると震えるという生理現象や、末梢神経麻痺の病態から、筋を動かす力は髄にあると推定したらしい。その髄が集まる脳は、脳卒中の半身不随やテンカン発作から類推して、運動機能の中枢と捉えたらしい。

※感情の起伏と心拍数は比例することから、精神作用は「心」の反応である。これを「心は神をつかさどる」と称した。神とは、情緒・感情などの精神作用をさす。意識・判断・思考なども心の作用と捉えるのが普通だが、そうであれば肝の作用と区別しにくくなるので、筆者はこの説を支持しない。情緒・感情とは現代生理学では、大脳辺縁系の作用(とくに大脳基底核の作用)とされている。筆者は肝は大脳新皮質の作用と考えている。他に心には、「心は血脈をつかさどる」とされ、これは現代医学と同じく、血液ポンプ作用とみなされる。

2)清竅のエネルギー源
 身体上部にある穴(耳・目・鼻・口)を、清竅という。脳髄から、これらの感覚器のは、細いパイプが通っていて、感覚器の生理機能を保持するためのエネルギー源として認識されてたらしい。テンカン発作の際、口から泡を吹いたり、脳疾患で盲や聾唖になるは、古代では清竅が塞がった結果だとされていた。

3)上述した1)と2)を総合すると、知覚(眼・耳・鼻・口)などの感覚神経→大脳→運動神経という伝導路をさす。  

4.頭痛の主な病態(東洋療法学校協会教科書「東洋医学臨床論」の分類に準拠した)
1)肝陽上亢
 蒸籠上部の蒸気穴から、乾いた熱い空気が出過ぎ、脳髄を襲う。
2)腎陽虚
 腎虚には、腎陰虚(腎水不足)と腎陽虚(火力低下により腎水が温まらない)の区別がある。腎陽虚では、水蒸気の発生量が減少し、
鼎に行く水蒸気量も減少するので、脳髄に気が十分至らない。
3)痰濁
 蒸籠や鼎の清掃不良で、垢や埃が内部に付着し、水蒸気の生成を妨げている。痰濁が清竅を塞げば、脳卒中発作になる。
4)オケツ
 頭部外傷などで、脳髄に入るべき血量が減少する。
5)気血両虚
 鼎に入る、蒸気量と血液量の両方の不足。
 気虚:清陽が頭に上がらない(≒低血圧)
 血虚:頭部を栄養できない(≒貧血)
 要するに、食べないので気力がでない。食べる気力もない。







中脘穴の語源

2010-07-11 | 経穴の意味

胸骨体下端(中庭穴)と臍(神闕穴)の間を8寸とし、その中点に中脘穴をとる。ところで、なぜ中脘との名前がつけられたのだろうか。筆者の学生時代、担当の先生から、胃の中央といった意味だと教えられたが、調べてみると「脘」といいう漢字に、胃や袋といった意味はなかった(10年前の話)。

漢和辞典によれば、脘には「平たく伸ばした肉」という意味がある。では、平たく伸ばした肉とは何か?

腹直筋をさすと思われる。したがって中脘とは、腹直筋の中央にある穴といった意味であろうと思う。同じように考えると、上脘は腹直筋の上方の穴、中脘は腹直筋下方の穴であろう。

最近、中脘の意味を漢和辞典で調べ直すと、今度は胃袋といった意味が追加されていた。「脘」という漢字が中国で使われ始めて、少なくtも二千年は経過しているのに、漢和辞典の内容の変化はどうしたものだろう。本来の意味からはずれ、少しずつ慣用的な使われ方が主流となったものではないか。間違って使う人々が多くなれば、その間違いも正しいことになってしまう。


肺の宣発粛降作用について

2010-07-09 | 古典概念の現代的解釈

筆者が針灸学校学生時代(今から35年ほど前)の教科書「漢方概論」には、肺の宣散粛降作用に関する記述はなかった。当時の針灸師の認識にはこうした概念はなく、明らかに中医学の導入による内容刷新である。

人体の正常な水液の総称を津液とよぶ。唾液、胃液、汗、涙なども津液である。脾で合成された血は、正確には血球成分とよぶべきであり、それに津液が混じって初めて現代の血液と同様の概念となる。津液は、蒸し器の中で、腎水を加熱することで蒸気として発生する。それは蒸し器内を上り、蒸し器上部に空いた穴から身体各所に向けて放出される。蒸気の一部は上るにつれて冷やされ、やがて水滴になって再び腎水に戻ってくる。この一連の水の循環を「通調水道」とよぶ。ただしこの仕組みだけでは身体末梢まで蒸気を送り届ける力としては不足で、肺の呼吸運動がこの作用に協力する。

まさしく地面にある水の蒸発→雲→雨→地面に戻るという自然界の一面をみているようである。ちなみに雲に相当するのが、宗気である。

 血の循環力の源が心であるのに対し、気の循環力の源は肺である。呼吸運動で、息を吸う時には空気中の清気を体内に取り込まれ(=静粛降作用)、息を吐く時には濁気を外部に放出する一方、蒸し器内で合成された蒸気を身体の隅々まで送る原動力となる(=宣発作用)。

一般的にも「深呼吸は体によい」といわれている。東洋医学では、息を吸えば、空気を肺に取り込むが、それで終わりでなく、蒸し器にフイゴをつけたように、蒸し器内の蒸気を積極的にコントロールするという意味がある。



吸気による空気(=清気)の流入は、とくに大きく吸気する場合、肺に留まらず臍下丹田かで行き、精を活性化すると考えた。これは腎の作用(納気作用)によるものとした。つまり通常の呼吸は、肺の宣発粛降作用により行われるが、深呼吸時には、これに腎の納気作用が加わるということである。「気の主は肺、気の根は腎」とはこのことをさしている。腎不納気とは、この腎の作用が弱ったため、腹式呼吸が困難になった状態である。


古代中国人の考えた消化管構造 とくに脾・腎・膀胱について

2010-07-09 | 古典概念の現代的解釈

1.古代中国人の医学的認識は、人間は自然の一部であり、自然も人間の一部であるというである。端的にいえば、人体の中に自然を見いだし、自然現象を観察することで、人体内部の仕組みを追求したといえる。しかし現代において、古典を研究する者は、古代中国医師の自然観察姿勢を忘れ、古典を六法全書のように考え、裁判官のような態度で疾病に対処しようとしている。
 古典(中医学を含む)を勉強して常々思うのは、法律の羅列であって、これを事実として認識せよ、とする著者の態度であり、これでは宗教のやり方と変わらない。古代医師のもっていた筈の、自然を観察する姿勢はどこに行ったのだろうか。

2.私に新たな目を開かせたのは、平成16年3月号と平成16年6月号の「宗気考」と題して「医道の日本」に載った松本岐子先生の記事であった。松本先生は、人体の生命現象を蒸籠(せいろ)にたとえた。体幹部は大きな蒸籠であり、頭蓋は鼎(かなえ)だという。私は、これに触発され、古典を読み返して、古代中国医師が考えた人体モデルを考えてみた。
 ※ 鼎については、「中国医学における頭痛の認識」(仮題)の項で将来説明する予定でいる。

3.これまでの消化器系の認識を以下に図示した。脾の役割が不明瞭であること、胃・小腸から膀胱に流れる汚水の経路も不明瞭であることが読み取れる。この程度が古代中国医師の認識なのだろうか? 筆者は古典を読み直して本図を改変してみた。この新しい図は、多くの内容を含んでいて、中医理論を明快にいくつか説明できるものである。数回に分けて徐々に説明したい。今回は、脾・腎・膀胱の機能について説明する。




4.脾の機能
  もし脾がなかったらと仮定する。口から水を飲めば、単に消化管を下り、大腸を経て肛門から水が出るだけである(膀胱から小便が出るのではない)。これでは人間は生きていけない。胃や小腸に行った水は、脾の力で、体幹の蒸し器に投入される。蒸し器の底には水がたまっており、蒸されることで水は徐々に失われるので、この水を補充するという意味がある。
 水以外の水溶性栄養分も水と同じ経路をたどるので、蒸し器に溜まっている水は、単なる水ではなく栄養液というべきである。食物中の脂溶性栄養成分は、蒸されることで血液に変化する。血が濃縮して集まってできたのが脳や骨髓である。余剰の血液は脂肪に変化し、蓄えられる。

5.腎の機能
 蒸し器の底にある水を、腎水とよぶ。腎水には、生命の元である精が溶け込んでいる。房事過多などで精液を出し過ぎれば、腎水中の精が少なくなる。精子は新しい生命を誕生させる物質だが、その精が減れば、自分自身の生命も維持できなくなってくる。腎水中にあるのは、水+水溶性栄養成分+精である。
なお腎陰・腎陽という言葉がある。新しい解釈によれば、水は陰なので、腎陰とは腎水そのものをさし、腎陽とは加熱された腎水をさす。
腎水は、火によって温められ、水蒸気を出し、それを人体各所に行き渡らせることで生命現象を営むことが可能になる。腎水がなくなれば、水蒸気が上らなくなるので生命を維持できなくなる。
腎水を温める火のある場所を丹田という。丹田にある火は、命門の火とよばれる。生命の炎というべきで、これが消えることも死を意味する。この火の正体は、筆者は小腸だと理解している。その理由は筆者の過去ブログ「手所属の経絡と足所属の経絡-古代中国の内臓観」で記してある。

6.膀胱の機能
 腎水は、火によって加熱されて水蒸気(=原気とよぶ)になり、身体各所のエネルギー源として利用されるが、残りは蒸し器の上部で冷やされて水滴となり、腎水中に戻ってくる。腎水の減少分は、脾によって補給されるものの、繰り返し使用されるので次第に濁ってくる。あるいは脾の補水機能が異常亢進すれば、水は余剰になるであろう。このような不要な水は排泄されるべきであり、その排水タンクに相当するのが膀胱である。



7.血と精の循環
 上図では、脾で生成された血の行方が描かれていないので、その循環図を示す。腎において、精と血は必要に応じて変換されるので、精の循環についても併せて示す。

 精には、先天の精と後天の精の区別がある。先天の精は、生命の素となる物質で、両親から受け継いだ「生殖の精」で、生殖や発育を担当する。いわば生命の炎であり、腎に大切に貯蔵されている。この炎の消滅は、死を意味する。後天の精とは、飲食物の脂肪以外の物質を原料として脾で合成された気血の元となる物質で、先天の精の炎を絶やさぬように栄養を補給する役割と、肉体を活性化する役割がある。もし長期間、飲食物を口にしなかった場合、後天の精は先天の精を養えず、生命の炎が消えてしまうことになる。「精力のつく食べ物という時の精」である。


 血の循環は、現代医学とほぼ同じで、血管内を巡る。心はポンプとして、肝は貯蔵場所として機能している。後天の精は、脾で合成され、血管外を一巡する。後天の精は、必要に応じて腎において、血を精に、あるいは精を血(血が不足した場合、まずは肝に貯蔵した血を放出するが、それでも不足した場合には、腎で精から血を合成する)に物質変換する機能がある。これを腎の気化作用とよぶ。なお気化作用とは、一見すると、物質を気体化する作用に思いがちだが、気の運動変化を略した単語であって、気による物質変換や物質生成作用のことである。





8.三焦とは
  通常、蒸し器は、三段に分かれている。下段は水を入れ蒸気を発生させるところ、中段は蒸すための食物を入れるところ、上段は蒸気が冷やされて水に変わるところである。仮に上段がない蒸し器があったら、その食物はベチャベチャに濡れた状態になるであろう。(最近では、鍋にしても、タジン鍋というのが流行している)
 この蒸し器は、火で加熱するものなので、当然熱くなるわけだが、人体における蒸し器本体を三焦とよぶのだと想像する。上焦・中焦・下焦の主機能も、蒸し器と同様である。  


顎関節症由来の耳鳴に対する針灸

2010-07-06 | 頭顔面症状

1.難症のⅠ型顎関節症
 
筆者は以前、顎関節症の針灸治療と題して、咬筋に対する運動針を説明した。確かに咬筋に対する運動針は効果大だが、こじれたタイプはそうはいかない。元来顎関節症の9割は自然治癒するとされるので、咬筋の運動針だけで効果があるのは軽症の部類なのだろう。

顎関節に問題があれば、閉口時に咬筋の働きが抑制される。咬筋のコリを放置し、その働きが長期間低下すると、咬筋とともに顎を持ち上げている内側翼突筋に負担がかかり、強い顎のズレが生ずる。また外側翼突筋と顎二腹筋の障害(過緊張)では、開口運動力が制限される。

要するに顎関節症に直接関与する筋は、4つの咀嚼筋(咬筋・側頭筋・内側翼突筋・外側翼突筋)と、顎二腹筋であり、これらが複雑に絡み合って症状を呈すると考えた方がよい。臨床的に重要なのは、咬筋・外側翼突筋・顎二腹筋後腹であろう。

どういう症状の時に、どの筋を刺激するかの運動分析は、針灸臨床的にはあまり重要ではなく、要は各筋を触診あるは刺針してコリを見つけ、それらに筋緊張を緩める目的の針をすることが重要である。


2.咬筋の起始停止への運動針

患者に歯をくいしばらせた状態、つまり咬筋を働かせた状態で、咬筋の起始(頬骨弓下縁)と停止(大迎・頬車)に対して運動針を行う。


3.外側翼突筋起始に対する下関斜刺深刺
外側翼突筋の過緊張があっても、開口制限はあまりみられない。しかし自覚的には頬奥のコリを意識する。歯に直径3㎝程度のパイプを加えさせ、最大開口位状態にし外側翼突筋を伸張させておく。下関を刺入点とし、直刺深刺すると外側翼突筋の筋腹に当たるが、前上方(鼻根方向)に向けて深刺1~1.5寸すると同筋の起始に当たり、この方が効果的になる。針は咬筋→側頭筋→外側翼突筋中に入る。ある程度刺入するとコリを感じ取ることができる。10分程度の置針をする。




4.顎二腹後腹に対する天容刺針
 
顎二腹筋には前腹と後腹がある。前腹は三叉神経支配、後腹は顔面神経支配である。両者とも顎関節症に関係があるが、より直的に関係するのは後腹である。後腹の起始は側頭骨乳突切痕針、停止は舌骨外側面である。要するに乳様突起に胸鎖乳突筋が停止しているが、その乳突筋の前縁(天容穴)に触知できる筋が顎二腹筋後腹である。外側翼突筋に対する刺針と同様に開口を保持した姿勢にさせ、ここから下顎骨内部に1寸前後刺入する。外側翼突筋と顎二腹筋は、ともに開口作用をもつ筋なので、3と4は同時に行うのが普通である。

 


5.顎関節症と耳鳴りの関係
 
顎関節症に起因した耳鳴というものがある。中耳にあるあぶみ骨にあるあぶみ骨筋は、顔面神経に支配され、突然入ってくる大音響を内耳に伝達しないよう制止している。顔面神経麻痺で、あぶみ骨筋を制動できないと、聴覚過敏になりことがあるのは、その理由からである。発生学的に、あぶみ骨筋は顎二腹筋から分化したものである。

 一方、顎関節症の者の多くは、左右のどちらかの顎を動かして口を開く。顎が左右にズレながら開口する動きは顎二腹筋の左右差を生む。この顎二腹筋の動きが、あぶみ骨筋に影響を与えているという説がある(斎藤治療院HP)。要するに顎のズレが中耳性の耳鳴を生ずるという説である。
 

トラベルは咬筋にトリガーポイントが生ずると、耳鳴を起こす(難聴は起こらない)ことがあり、咬筋を押すと音程や音調が変化することがあると記している。

口腔外科領域では、1930年代に「奥歯が抜けると顎が後退し、耳の受容器を刺激して耳鳴が起こる」という報告後、顎関節症と耳鳴の関係性が指摘されていたようである。歯科専門誌をみると、「下顎頭の捻れによる関節包の侵害刺激が、三叉神経節から上オリーブ核を経由して聴覚路に影響を与える」という一文を発見した(竹村雅宏「日本顎口腔機能学会誌 vol.11 No.1 2004.11.30)。

 とすれば、耳鳴は顎関節部への刺激(=耳門)も効果的な筈である。実際の患者に試すと、従来に増して耳鳴に効果があった。従来、耳症状は局所として聴会からの深刺を使うこともあったが、あまり効果はなかった。しかし咀嚼筋に対する刺針に加え、耳門から顎関節包への刺針を追加してみると、効果はありなあらも、足踏み状態だった耳鳴(すでに6~7割改善)に対しても、8割改善まで効果が増したと患者は述べている。

総括:これまで私は、耳鳴に対して鼓室神経刺激目的で下耳痕穴深刺を行ってきた。鼓室神経は、舌咽神経の分枝である。顎関節症がある場合には、下耳痕刺激に加え、咀嚼筋(三叉神経第3枝支配)への刺激を追加併用してきた。ここにきて、顎関節関節包刺激(三叉神経支配)も意味あることを知り、耳門刺針を追加することになった。