1.淋病の名称由来
淋病の英語名は gonorrhea で、(勃起することなく)精液がどくどく流れるという意味。これは外尿道口から膿が大量に出ることから名付けられた。日本語の淋病は、尿道の強い炎症のために内腔が狭まり、小便の勢いがなくなり木々の葉からポタポタと雨が滴り落ちるのを表現したもの。女性の淋病では、おりものの増量や不正出血、下腹部痛、性交痛などが現れることもあるが、半数以上は自覚症状が出ない。
2.かつての淋病の認識
柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」の中に「急性淋病の鍼」の記述がみられる。
淋病(=淋菌性尿道炎)は、性病なので針灸で治るとは到底思えないが、本書が発刊したのは1946年4月であり、実際の執筆は当然それ以前になる。淋病の治療薬ペニシリンが我が国に普及したのは1940年代なので端境期となり、情報が混乱していたのだろう。当然ながらペニシリン以前にも、性病に対していろいろな治療が行われていて、その中に針灸も含まれていたことだろう。
ペニシリンが発明される以前の西洋医療でも、水銀を飲んだり水銀蒸気を吸引したりする治療が行われた。水銀は銀色に輝く液体ということで神秘的な力を秘めた物質とみなされたらしく、また水銀は殺菌効果があるため、疥癬などの皮膚病には確かに効果もあったから、同じく皮膚の損傷を起こす梅毒にも適用できると考えられたのだろう。
水銀による治療では、流涎や下痢が出現するが、これが体内の毒物を排出するのに有効だとされたが、実際に流涎や下痢は、水銀中毒そのものの症状である。中毒による中毒死が起こるので大変危険な治療だった。
3.膀胱炎症状と鑑別すべき疾患
1)膀胱炎がいつまでたっても治らないという場合、膀胱炎以外の疾患を疑う必要がある。膀胱炎類似疾患には膀胱炎の他に、前立腺炎・尿道炎がある。尿道炎の起炎菌は、淋菌性とクラミジア性があるが、両者の症状はよく似ており治療も同じ。
2)膀胱炎で鑑別すべき疾患には、膀胱炎・前立腺炎・尿道炎がある。尿道炎の起炎菌は、淋菌性とクラミジア性があるが、両者の症状はよく似ており治療も同じ。
膀胱炎の3大症状は、①頻尿・②排尿終了時痛・③尿白濁(死滅した白血球)である。排尿終了時痛は、炎症を起こした膀胱が排尿により急激に縮まり、排尿終了時に染みることによる。
淋菌性尿道炎は尿道の強い炎症のために、尿道内腔が狭くなり痛みと同時に尿の勢いが低下する。
膀胱炎の場合、尿道口から白い膿が大量に出るということはなく、尿を容器に入れて観察すると白濁している。この白濁は細菌尿による。
淋病の類似疾患にクラミジアがある。どちらも外尿道口からの細菌の侵入による尿道炎で、ともに性病。どちらも菌の種類が異なるだけで、症状はほとんど同じ。
※梅毒は膀胱炎と全く異なる症状で、痛むことはないので、今日では針灸に受診することはまずなかろう。
3.一本鍼伝書「急性淋病の針」について
1)一本鍼伝書の内容
本書には次のように記述されている。仰臥位で両脚を伸展、身体に力を入れさせる。刺針時は口を閉じ鼻で呼吸し、拳は握る。伸展した脚に力を入れさせる。中極~関元から下方に向けて斜刺。吸気時に針を進め、息を止める。その後に徐々に息を吐かせる。針響は、尿道に響くをもって度とする。
おおよそ1寸~1寸6分で響く。響けば抜針する。長く強く刺激すれば萎陰症になることがある。寸6ないし2寸針。1~2番針。
中極ないし関元から下方に向けて斜刺して尿道に響くことは膀胱炎やEDの治療としてよく使われる。響く理由は、陰茎背神経(陰部神経の枝)刺激と思えるが、陰茎背神経は、恥骨の下にもぐって走行しているので、針先を恥骨裏にもっていっても、針先は陰茎背神経に達しないようだ。陰茎背神経の細い枝が下腹部分布しているのだろうか?
なお<中極に針すれば陰茎背神経に放散する>との記載を発見したのは、七条晃正著「電探による針灸治療法」医道の日本社、昭35年4月1日刊(絶版)であった。ただし実際に尿道に響かせることは難しくはない。
この針治療は、標準的な急性膀胱炎の針治療であり、素霊のいう急性淋病の針は、実際は急性膀胱炎の針といえよう。淋病の排尿終了時痛に対しては、戦前は効果的な治療法が乏しい中にあって、症状を一時的に軽減する程度の価値はあったのだろう。 前立腺肥大の初期の排尿困難に対し、中極の針がある程度効果があるのと同じである。
七条晃正(てるまさ):明治43年生まれ、医師。平田氏十二反応帯を利用した治療を実施した。また七条式灸点探索器を開発した。
2)膀胱炎の針灸治療理論
膀胱壁過敏症状に対して、この支配神経興奮が症状をもたらしているのだから、この神経痛を鎮痛させてやれば膀胱炎も治まるはず、という論理である。
ただし膀胱炎は細菌(多くは大腸菌)感染症である。針灸は細菌感染に対処できるはずがないはずなのに、効果的だという事実がある。
この理由として、代田文彦は冷えやストレスで膀胱が血行不良になり、免疫力低下したところに常在菌である大腸菌が悪さをするという風に説明した。そして膀胱が血行不良になった段階ですでに膀胱炎初期症状は出現している。この段階であれば大腸菌の前感染段階なので血行改善目的で行う針灸は効果がある。しかし尿検査で細菌尿が検出された段階では、針灸よりも抗生物質が効くと語った。
3)針灸の真価
針灸は膀胱炎初期症状に効くだけで、所詮抗生物質より効果が劣るのかといえば、慢性反復性膀胱炎では話が違ってくる。抗生物質の長期連用は耐性をつくるからである。
膀胱炎様症状が出て間もないなら、自宅で中極あたりに灸をすえることで、症状軽減するからである。
私は中極に何壮すべきかを試したことがある。ある慢性反復性膀胱炎の女性患者に対し、最初は米粒大3壮の自宅施灸を行わせたが効果なく、毎日7壮の自宅施灸をさせることで、膀胱炎発症を抑えられた例がある。