AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

筋伸張位で行う鍼灸治療の生理学的意義 ver.1.1

2021-03-26 | 総論

 熱心に勉強を続けている<奮起奮起の会、針灸実技講習会>の常連参加のS先生から、「伸展時痛というのは、筋の凝りからきているのでしょうか?  」とのメールを頂戴した。このような原理的な学習は鍼灸師の苦手とするところである。私に寄せられた質問の多くは「こういう患者がいて、鍼灸しても改善しません。どうましょうか?」という即物的なものであって、治効原理の質問は珍しい。私は次のように返信メールした。

筋コリは、すなわち筋短縮のことで、短縮した筋を無理に伸張させようとすると、所定の長さまで伸張させるには余計負担がかかることになる。ゆえに回答はイエス。また短縮筋を押圧すれば、コリを触知できる。


治効原理については、一度疑問に思ってそれを解決すべく色々調べてみても、余計に難しくなり混迷の度を増すばかりになることが多い。とくに生理学は抽象的なのでその傾向がある。ところで生理学を学習することは、鍼灸臨床には、どのように役立つのだろうか。筋刺激をより効かせるものにするには、どうすべきか。これらに対する見解を示すことにしたい。


1.筋紡錘と腱紡錘の伸張受容器の相違点

「筋紡錘」「腱紡錘」にはともに伸張受容器で、これは筋肉が、これ以上引っ張られると困るというセンサーである。一方、筋肉に収縮受容器は存在しない(これ以上縮んだら困る!ということはない)。
  
筋紡錘(錘内筋)には運動神経(γ)と感覚神経(Ⅰa)がある。
腱紡錘(ゴルジ体)には感覚神経(Ⅰb)があって運動神経はない。
(腱紡錘に運動神経がないことは、筋紡錘は伸縮するが、腱紡錘は伸縮しないことを示している)

筋紡錘と腱紡錘は発火する閾値に差がある。筋紡錘の方が先に発火する。たとえば足関節の背 屈動作を急な動作で行うと下腿三頭筋が伸張されるが、アキレス腱は伸張されない。アキレス腱伸張させるには、足関節の背屈動作をゆっくりとした動作で徐々に力を入れて行うべきである。

  
2.伸張反射(=深部反射)

1)概念

筋・腱に刺激を与えた際、筋の反射的収縮を起こす仕組みを伸張反射とよぶ。本反射は受容器と効果器が同じ筋内にある単シナプス性(脊髄にあるシナプスを1回経由しただけ)である。急に伸ばされた筋線維は、反射的に収縮する性質がある。原始的には、関節を固定し姿勢保持する意義がある。

筋が普段から一定レベルに緊張しているのも伸張反射による。たとえば手に持ったバッグをひったくりに持って行かれそうになった際、反射的に手に力を入れてしまう現象が起こる。これはバッグを奪われないようする反射行為だが、生理学的には、急に伸ばされた筋が反射的に収縮した結果、つまり伸張反射に他ならない。

筋が普段から一定レベルに緊張している(これを筋トーヌスとよぶ)のも伸張反射による。
伸張反射の例: 膝蓋腱反射、眼輪筋反射、下顎反射、上腕二頭筋反射、アキレス腱反射など

※屈曲反射(=表在反射):皮膚や粘膜に刺激を与えると、筋の反射的収縮をおこす仕組み。詳細省略

2)α-γループとは

どの程度の伸張反射を起こすかの調節には、α(筋収縮そのものを行う)とγ(筋紡錘の感度を調整)の運動ニューロンが関与している。たとえば精神緊張している際、おもわず手に力が入ることがある。精神緊張していると、腱反射は強く出現しやすい。

状況に適合したγ運動ニューロンの興奮
→筋紡錘の感度が上がる(=γバイアス)
→設定された感度に応じてα運動ニューロンが活発に活動
→筋収縮

3)筋ストレッチとの関係
    
筋をゆっくり伸張させる運動を、筋ストレッチとよぶ。ゆっくり伸ばすのは、伸張反射を防ぐ意味がある。筋を瞬間的に伸ばそうとすると、反射的に筋が収縮してしまう。筋をゆっくり伸ばすことで、筋をストレッチ(=伸張)させる効果、具体的には筋緊張緩和と筋の柔軟性改善、関節可動域拡大、血流改善が期待できる。
   
私の針灸治療で、効かそうとする重要点刺激は、刺針部をストレッチして行う、もしくは運動鍼することにしている。それは、γ運動ニューロンの活動を高めておくことを念頭に置き、伸張反射を活発化させることを重視しているため。


3.Ⅰa制御とⅠb制御

γ運動ニューロンの興奮を鎮めるには、「Ⅰa抑制」または「Ⅰb抑制」を用いる。

1)Ⅰa抑制

①Ⅰa抑制とは

主動作筋が収縮する際は、拮抗筋が弛緩する生理的機序をⅠa抑制とよぶ。これはスムーズな関節運動を行うためのしくみである。別名、相反性抑制または反回抑制。
例)肘屈曲の際、上腕二頭筋が収縮する際には、拮抗筋である上腕三頭筋は弛緩する。

②Ⅰa抑制の生理学的機序
   
目的筋を大きな速度で伸張する
 →筋紡錘が反応してⅠa求心性線維に刺激を送る
 →その刺激が脊髄を通り脊髄にあるα運動線維を介して拮抗筋に抑制的に働く
 →拮抗筋が弛緩。        

③Ⅰa抑制の臨床応用
   
対象筋の拮抗筋を収縮させることが、問題筋の筋緊張を緩めることにつながるケース。

例)腰部筋緊張を緩める。 
拮抗筋である腸腰筋を緊張させる動作をさせる。具体的には仰臥位で大腿挙上させ、腸腰筋を緊張させる動作を指示。治療者は、その運動に抵抗を加える。

例)大腿四頭筋緊張を緩める
拮抗筋であるハムストリング筋を緊張させる動作をさせる。具体的には側臥位で、上になった側の下肢を、膝関節伸展させたまま、股関節を伸展させる。弓を反らすような姿勢にし、セラピストは、その運動に抵抗を加える。

2)Ⅰb抑制

①Ⅰb抑制とは

筋肉の両端部分のスジが他動的に引き伸ばさると、筋は反射的に弛緩する。これをⅠb抑制とよぶ。Ⅰb抑制は、筋肉の収縮や外力によって急激に引き伸ばされ筋が断裂するのを防ぐための防御機能である。「腱」紡錘による自筋(目的筋)の抑制。
例)腱反射:腱を筋が弛緩した状態で軽く伸ばしハンマーで叩くと、筋は一瞬遅れて不随意に収縮した後、弛緩する。筋が弛緩するのは、筋断裂を回避するための防御反応である。

②Ⅰb抑制の生理的機序

筋をゆっくりと大きく伸張する
→腱紡錘(=ゴルジ腱器官)腱紡錘が伸ばされてⅠb線維に刺激を送る
→その刺激が脊髄を通りγ線維を介して伸張した筋に抑制的に働き、筋が弛緩する。

※Ⅰa抑制は、目的筋を大きな速度で伸張することでスイッチが入る。これに対して、Ⅰb抑制の起こる閾値が高く鈍感なので、Ⅰa抑制が働かないように、静かにゆっくりした動作が必要である。

③Ⅰb抑制の臨床応用  

「腱」紡錘は自筋(目的筋)を抑制する。

例)下腿三頭筋痛では、アキレス腱のばし
スタティックストレッチ(反動をつけず、ゆっくり引き伸ばして行うストレッチ。ストレッチ作用は弱いが安全性が高い)

例)膝OAの痛みでは、大腿直筋緊張を緩める
大腿直筋緊張を緩めるには、単に四頭筋上の筋硬結部に刺針するのではなく、仰臥位で膝関節屈曲させ、四頭筋緊張させる→その状態で膝蓋骨の大腿四頭筋停止部の圧痛(鶴頂あたり)を探って手技針すると効果的。

例)腰方形筋緊張による腰痛治療 
立位で前屈させて腰方形筋を伸張させる。その状態で腰方形筋の腸骨稜停止部の圧痛に手技針または運動針。   

 

4.坐位や立位で行う体幹筋施術も、筋伸張肢位での施術といえるか?


立位や坐位になると体幹部では背腰部筋や胸腹部筋が緊張し、その姿勢を保持しようとする。より厳密にいうなら、重力方向に重心が合うように拮抗筋が緊張しつつ調整している。この筋が緊張している状態を、筋収縮と考えれば、先に記した<筋伸張位で行う鍼灸治療‥‥>という論旨と矛盾するかのように見える。しかしこれら拮抗筋は同時に持続筋収縮しているかに思えるが、前後、左右、上下の重心動揺に合わせて筋収縮が変化している。
 
立位や坐位の姿勢に変化なければ、筋は等尺性筋収縮をしているといえるのだが、厳密にいえば重心動揺に応じて筋収縮が変化しているという意味がら、筋が伸張と収縮を繰り返しているともいえると思う。
ゆえに立位や坐位での背腰部刺針や腹部刺針も、やはり伸張状態にして刺針しているといえるだろう。

例1:上腹部症状を訴える患者に、ベッドに腰掛けさせた姿勢で、膻中~中脘の圧痛点を探して刺激する。

例2:治療室の壁の前に、患者の胸や腹を接触するよう立たせる。この状態で、脾兪・腎兪・上仙などの圧痛点を探して刺針する。なお壁の前に立たせるのは、術者の背腰部を押圧する力を逃がさないため。
では背腰痛患者に対し、立位で施術するのではなく、立位で上体を強く前屈させた状態すなわち背腰筋を強く伸張させた状態で刺激するとどうなるだろうか。非常に治療効果が高くなることだろう。

 


森秀太郎著「運動分析と瞬間脱力法」を読んで

2019-09-24 | 総論

久しぶりに医道の日本誌500回記念号をめくっていると、森秀太郎氏発表「運動分析と瞬間脱力法」と発表が目にとまった。森秀太郎は、かつての針灸本のベストセラー「はり入門」の著者としても知られた方である。


筆者はかつて次のブログを報告した。
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/59095952791641dd7da8222827b5327b

今回はその続編で、森秀太郎と類似内容のものを併記して検討することにしたい。


1.森秀太郎「運動分析と瞬間脱力法」からの部分抜粋
(補助として用いる療法 「 現代日本の針灸」、医道の日本、500回記念、昭和44(1969)年5月1日)

身体のひずみの治しかたには二つの方法がある
1)整復法
関節の仮脱臼を他力的に整復する。(カイロプラクティックのことか?)

2)瞬間整復法
痛みがある方向とは、相対的な反対方向に運動を行い、その時に術者が適当に抵抗を加えながら、ある角度に達すると急に患者自身に脱力させる方法をいう。
たとえば「寝違い」で、前屈すると非常に痛いが、後屈にはそれほど苦痛がないとする。このような場合、あらかじめ前屈せしめて痛みの起こす寸前で止め、次に術者は患者の後頭部に手を当て、患者自身に後屈するよう命じて患者自身の後屈運動に抵抗を加えながら徐々に後屈させ、前屈と似たような角度になったときに号令を与えて患者自身に急速に脱力させるようにする。この間、患者と術者のイキが合うとうまくゆくが、患者が脱力のタイミングを間違えると十分な治療効果が得られない。脱力が完全に行われた場合は、つぎに前屈すると運動前の痛みがまったくなくなっていることもある。
瞬間脱力法は、筋緊張性の痛みにはとくに勝れた効果があり即効性がある。頸痛、肩関節痛、腰痛、膝痛など、その応用範囲が広い。


2.操体法
 
森秀太郎の記した瞬間脱力法は、橋本敬三医師が創案した操体法に似てる。橋本が操体法を始めたのは、函館病院勤務の頃(1926~1941)なので、森が医道の日本に発表した原稿よりも前の話ということになる。

操体法とは、橋本が高橋迪雄・奥村隆則に正體術など民間の健康法・療術を習い実践する中で、創案した手技療法であって、痛みやつっぱりを感じるとき、痛い方向・つっぱる方向から、痛くない方向・つっぱりを感じない方向にゆっくり動かし、最後にすっと力を抜くと歪みが解消されるという方法が基本原則になる。
橋本の初期の代表的著書には、「万病を治せる妙療法」や「からだの設計にミスはない」
などであるが、エビデンスに乏しかった。これらは一般向けの実用書だからなのであって、医療専門家が読む医歯薬出版社発行のものならば大丈夫だろう思って、国分壮、橋本尊敬三共著「鍼灸による速効療法 運動学的療法」(昭40年4月20日)の古書を探して読んでみたが、状況に変わりはなかった。ただ序文には、運動学的療法は操体法と同じ意味でわが国で用いられるようになり、間中喜雄はこの運動力学を経筋療法と称して海外に公開していることを知った。


3.伸張反射

1910年頃から中枢神経が末梢神経を制御していることが知られるようになった。求心性(上行性)の神経である「感覚線維」は、次の分類で表現される。
 Ⅰa・・・筋紡錘
 Ⅰb・・・腱紡錘
 Ⅱ・・・触覚・圧覚
 Ⅲ・・・痛覚・温冷覚
 Ⅳ・・・痛覚
 

操体法の理論敵裏付けとなるのは、上記のⅠa神経の抑制である。Ⅰa抑制とはスムーズな関節運動を行うためのしくみで、主動作筋が収縮する際は、拮抗筋が弛緩する生理的機序のこと。この機能がないとスムーズな関節運動はできない。たとえば肘屈曲ので上腕二頭筋が収縮する際、上腕三頭筋が弛緩する現象などである。
 
傷害ある筋は筋緊張(=収縮)して痛みをもたらしているから、その拮抗筋を収縮させることで、傷害筋の筋収縮を緩和するというのが治療原理になる。その際、この反応を強めるため、拮抗筋を収縮させる際に術者が抵抗を加え、最終動作段階で患者・術者ともにタイミングを合わせて脱力させるのが効果を生む秘訣になる。

1910年というと百年も昔ことになるが、このような海外の生理学的知見が、日本に入ってきてさまざまな医療者に理解され、臨床応用されるまでになるには、現在と異なり、10~20年の時間を要するだろうから、橋本敬三や森秀太郎が海外の最新知識として参考にしたとしても不思議ではない。

 


内臓疾患に対する針灸治療の私見 ver.1.4

2018-01-30 | 総論

私が平成29年12月22日に発表したブログ<泌尿器科症状に対する陰部神経刺の限界>をみて、最近「初心のはり士」氏が、驚くべきことに数回にわけて自分の見解を示している。この内容は私のブログ内容とは直結していないが、内容はうなずかされる点が多い。これに対する私の直接の返答ではないが、内臓疾患に対する私の見解を示しておくことにしたい。内容的には過去ブログのダイジェストである。


1.現代鍼灸流の内臓治療の原則

内臓機能は主に自律神経によって調整されている。自律神経には交感神経と副交感神経がある。交感神経優位支配内臓では、交感神経節を仲介して脊髄神経に反応が出ている場合、該当内臓に所属するデルマトーム領域の起立筋や腹直筋の緊張部位を治療点に選ぶことになる。たとえば胃が悪いとする。胃はTh5~Th9レベルの交感神経優位の内臓で、この高さの起立筋や腹直筋を刺激するというが、患者の訴える胃症状を改善できるのだろうか。胃症状と思っているのは、実は横隔膜辺縁Th5~Th9の反応すなわち肋間神経の治療をしているのではないだろうか。肋間神経痛は体性神経なので、鍼治療の守備範囲である。横隔膜症状を問題視するのならば、柳谷素霊の一本鍼伝書中にある五臓六腑の鍼の一つの膈兪一行刺針の方が本質的な治療になるだろう。

 

肺・気管支と骨盤内臓器は副交感神経優位であって、デルマトーム反応が現れない。その内訳は、肺・気管支は第10脳神経である迷走神経中に含まれる副交感神経により、骨盤内臓器である泌尿器臓器は骨盤神経になる。

 

 

2.肺・気管支症状に対する鍼灸治療

 
ゆえに、鍼灸治療の基本的考え方として、肺・気管支疾患の症状は、副交感神経の活動を低めること、すなわち交感神経を興奮させることで症状緩和が図られるので、座位にして大椎や治喘への強刺激を与えることが理にかなっている。

以上は原則的な理論構成なので、実際の疾患に対しては思惑通りの効果を上げられるとは限らない。たとえば気管支喘息に上背部への強刺激を与えるのが良いとしても、同部位に伏臥位で浅鍼置針をすると、呼吸困難になるかといえば、そうも言い切れない。その治療をすると症状が悪化するのなら鍼灸医療過誤が多発することだろう。治療は過誤が強刺激するとその時は症状改善するが、その晩喘息症状出現するというケースは重度喘息患者(肺性心)に多数みられた。

針灸治療で大椎を使うのは、星状神経節刺針の代用としての用途である場合もある。医師が行う星状神経節ブロックの意味は、頸部交感神経節の支配を緩めることで、頭蓋内を副交感神経優位にさせ、血流を促進させて自然治癒力向上させることを目的としている。主に顔面麻痺で用いられるものである。ブロックした直後、縮瞳したり顔面発赤することで、ブロック成功を確認することができる。針灸治療で星状神経節を刺激しても、ブロックした時に準じた効果があげられるとい報告はある。しかし前頸部から刺針することは患者に恐怖感を与えるので、大椎刺針を使うという作戦になるのだが、大椎は喘息発作時に、交感神経興奮させる目的で行うと前段では書いた。これは星状神経節ブロックの効果とは真逆になる。大椎と星状神経節ブロックは似て非なる効果なのだろうか。

 

3.骨盤内臓症状に対する鍼灸治療 
 
骨盤内臓は骨盤内臓神経という副交感神経優位の神経がコントロールしている。骨盤内臓はS2~S4からなるので、これを刺激するには八髎穴(とくに中髎)を刺激点とするのが妥当である。副交感神経の優位過剰が症状をもたらしているのであれば、八髎穴に強刺激を与え、交感神経興奮させることで相対的に副交感神経の鎮静化を図る。副交感神経支配が弱くなりすぎるのであれば、八髎穴に弱刺激を与えることで副交感神経を活性化させるということになる。実際の臨床では骨盤内臓が副交感神経優位になりすぎていると解釈して、八髎穴に強刺激を与えることが多いようである。そして研究報告では、八髎穴
刺激が功を奏したという結論になることが多い。ただし現実には、泌尿器科症状を呈する疾患に対して鍼灸治療を行っても、当ブログへコメントを下さった<初心のはり氏>が指摘するように症状が改善しないケースは非常に多いのである。

鍼灸が体性神経症状に対して効果的なことは自明であるが、内臓疾患に対して、本当に鍼灸は効果があるのだろうか。それは臨床研究における「変化」ではなく、金銭を支払って鍼灸にかかった患者にとって、その金銭以上のメリットを与え得るのだろうか。

筆者のこれまでの経験から鍼灸は自律神経がからんだ症状にはあまり有効でないとの印象をもっている。たとえば慢性肝炎、慢性腎炎などの難病ではもちろんだが、過敏性腸症候群あるいは常習性便秘など機能性疾患に対しても、ゼニを受取って治療を請負うほどの自信はないのである。しかしながら尿路結石による側腹部痛には外志室深刺、胆石による中背痛には胃倉の刺針あるいは多壮灸など中空臓器の非常な痙攣による痛みには、これを速効で軽減する力をもっている。


4.体性神経性の内臓症状に対する鍼灸治療


数は少ないが内臓症状に有効な鍼灸治療もあって、それが内臓にありながら体性神経支配であるという例外がある。その体性神経とは横隔神経と陰部神経である。その証拠として横隔神経は呼吸運動に関与するが、呼吸は一時的なら我慢することができる。もし一時的に呼吸を止められないなら、水中に潜ることは当然として、飮食することもできなくなる(嚥下時は無呼吸になるので)。陰部神経は知覚・運動両方の線維をもつ。その運動線維成分だが、肛門や外膀胱括約筋を意志によりある程度制御できるので、大便や小便が我慢することができ、社会生活が可能になるのである。

陰部神経の知覚成分は、膀胱炎や切痔の痛みに、そして生理痛に関係していて、これらの疾患は針灸で非常に効果のあることが知れる。「頭痛・歯痛・生理痛にはバファリン」というコマーシャルがあるが、知覚神経の痛みにバファリンは効果があって、同時に針灸の良い適応もそこにあるのだろう。
 
胃症状に対しては、肩井・巨闕など横隔神経を刺激して胃症状の治療にあたる。生理痛は陰部神経の鎮痛を図る目的で八髎穴を刺激するようなものである。切痔にたいしても肛門周囲を刺激すると鎮痛効果が得られることが多い。

 

5..針灸治療を一生の仕事とすること

理論的矛盾を挙げるときりがないのだが、それでも鍼灸治療を続けるのが鍼灸師である。治療を続ける中で、より有効な治療法を方法を具体的に見出し、報告することが鍼灸の進歩につながってくる。治療理論がガラス張りなので、特定個人が神格化されることもない。伝統至上主義で変わらない医師でも針灸をやる人はたまにお目にかかるが、ちょっと針灸を行って効果がでないと、それを針灸の限界のせいにして、その後は関心を失ってしまう。その点、鍼灸師は鍼灸しかないのだがら、針灸が効かないのなら、効くような針灸をするよう努力を続けざるを得ない。この意味から針灸は鍼灸師が発展させるほかなく、今後鍼灸師が生き延びるには、医師が及ばない針灸をすること以外にないだろう。このように代田文彦先生は話していた。

 

 

 

 


神経性疼痛に対して、針灸はリリカより効果ないのか? Ver.1.2

2017-04-29 | 総論

1.序

針灸治療は「痛み」に対して効果があるといわれてきた。それは原則としては正しいものの、針灸で上手に治せない痛みも相当数あることを、日頃からうすうす感じていた。これまで針灸の直接的な治効は、筋膜痛と神経痛によるものだと考え、刺激目標も両者に対して行ってきたのだが、最近になり後者の神経痛に対する針灸は効果的でないのではないかとも思うようになった。 

話は代わるが、これと同じような感慨は30年ほど前にもあった。ステロイド剤使用中の患者に対する針灸であった。気管支喘息患者や関節リウマチ患者が、すでにステロイド剤を内服している場合に、やはり針灸の効きが悪いことを痛感した。これには、ステロイドを使わねばならないほど疾患レベルが悪いので、針灸も効きが悪いという観点と、それに針灸の治効の一端は、副腎皮質ホルモン分泌を促すことにあるから、すでに薬剤としてステロイドホルモンを使っているのなら、針灸してもステロイドホルモン分泌は増えないので効きが悪くなる(下図青矢印ルートは既に使われている)という視点があった。

 


2.神経性の痛みは針灸で効かないのか?


常見症状である坐骨神経痛は、神経根症による痛みというより、梨状筋症候群に代表される筋による神経絞扼障害であるらしい。それゆえ梨状筋緊張部に刺針すると、症状は軽減されることが多い。また大後頭神経痛の原因は、多くの場合、後頸部筋の神経絞扼障害による痛みであるから、天柱や上天柱への刺針で改善されることが多い。すなわち神経痛の原因が筋緊張にあるという点で、筋痛症の範疇になるであろう。

一般的に針灸が効きづらい疾患には、三叉神経痛、帯状疱疹後肋間神経痛などがあるが、頸痛や腰殿痛の中にも、針灸無効なことが数%程度存在するように感じる。

症状だけからは一見すると、針灸適応かに思える筋肉痛かと思える症例であっても、触診すると症状部分に、圧痛・硬結などが指先に触知できない場合、刺針施灸ポイントを見出すことは困難になる。神経痛かと思っても、いわゆるワレーの圧痛点に圧痛がない場合、途端に病態把が難しくなり、やはり刺針施灸ポイントを見出せないのである。

※線維筋痛症も、針灸であまり効果ないが、中枢性の痛みに分類されるので別格扱い。 


3.神経障害性疼痛に対処するリリカ 


近年、新薬リリカ・カプセルを使っている患者が来院するようになった。リリカを使って少しは楽だが、完全に痛みがなくならないとの訴えをよく耳にする。なおリリカとは従来の消炎鎮痛剤で改善しにくかった痛み(これを神経障害性疼痛とよぶ)に対しても奏功するとされる薬で、2010年に発売された。2012年になり、保険適応になるとともに、本剤の適応が拡大された。

概して、リリカを服用中の患者は、針灸の効きが悪いといえるのだが、そうした患者は圧痛硬結などの体表反応も乏しく、針灸治療点を探し当てるのは困難だと感じている。

リリカについてネット検索すると、次のようなことが書かれていた。痛みは大きく次の2つになる。 
1)炎症性疼痛:頭痛や歯痛、肩こり、打撲、切り傷 重くズーンとした痛み 
2)神経障害性疼痛:強いしびれ、電気が走る、灼熱痛、ビリッとくるなど、鋭い痛み。
従来の痛み止め(バファリンなど)は、1)に対しては効果あるが、2)には効き目が悪い。2)に対してはリリカが効果があるという。痛みを伝える神経伝達物質が放出され、脳に伝わって痛みを認識するのだが、この伝達物質が出すぎることで起こる痛みを神経障害性疼痛とよび、これを制御する作用がリリカにあるということらしい。

針灸治療は、MPS(筋膜痛症候群)にはよい効果を上げることができるので、バッファリンやロキソニンなどの通常タイプの消炎鎮痛剤以上に針灸治療が適応するので、神経障害性疼痛が適応するリリカとは適応分野が異なるのだろう。紛らわしいのは、<
神経痛>という名称である。三叉神経痛は神経疼痛性障害だが、大後頭神経痛は診断名というよりは単なる症状で、痛みは上部後頸深部筋の緊張に由来するので、筋膜症として把握するのがよい。坐骨神経痛も殿部梨状筋の緊張や神経根付近の筋膜刺激が症状を呈しているので、やはり筋膜症として施術するのがよい。本態性肋間神経痛は、椎間関節や肋椎関節の異常可動により惹起した関節周囲筋の筋膜症と把握でできるが、帯状疱疹後肋間神経痛は神経障害性疼痛障害となる。

4.リリカが効き、針灸が効かない症例
現実にはリリカを使って少しは楽だが、完全に痛みがなくならないので、針灸で何とかならないかとの要求がある。

1)K.I. 76才女性

右三叉神経第1枝痛
数年にわたり、膝OAで針灸治療を実施し、良好にコントロールされている。
2ヶ月前、急に右眉上~コメカミ~前頭部に間歇的にビリビリとした痛みを訴えるようになった。痛みは強いが我慢できる程度。右三叉神経第1枝痛と考えた。三叉神経痛に針灸は効きが悪いことは知っていたが、試しに三叉神経第1枝の代表的圧痛点に、寸6の2番で置針。膝痛症状は、その都度改善するも、三叉神経痛はやはり改善がない。そこで近医に、リリカまたはテグレトールの処方を検討してもらった。
その医師はテグレトールの方が副作用が強いとのことでリリカ処方。なお副作用として、めまいと眠気が生ずるこことがあるとの説明も受けた。
実際、服用して数日間、めまいや眠気は有ったようだが、その後消失。服用した直後から三叉神経痛症状消失した。2ヶ月経った現在も服用中であるが三叉神経痛消失した状態が続いている。

2)M..H. 60才女性
右臀部痛
1ヶ月前から、右下臀痛が生じ、間もなく両側性に痛むようになった。痛みでデスクワークできない。腰部圧痛点なし。殿部を押圧すると不鮮明に圧痛点はあるも、筋硬結はない。
SLR、パトリックは両側性に正常。
病院受診し、リリカ4錠/日服用。リリカを飲んでいると殿痛あまりなく、仕事もできる。他に頻発性膀胱炎あり。
神経根症状なく、特定筋の緊張症状も発見できないので、とりあえず坐骨神経ブロック点刺針を実施、また膀胱炎あるので陰部神経刺針も実施。しかし症状不変。

3)H.N. 49歳男性
頸痛、肩甲上部痛、両側第4、5指の知覚低下
1年半前から上記症状出現。変な格好で重量物を持ち上げ、その2~3日後から出現したとのこと。X線、MRIで異常なし。1年以上、整形にて保存療法を行うも改善なし。頸部神経根伸展テストや圧迫テストは正常、胸廓出口用理学テストもほぼ正常。
リリカとテルネリン(筋弛緩剤)を服用し、とくに痛みが強い場合には、スミルチック塗布藥(非ステロイド抗炎症藥) を使うとのこと。
側頸の神経根部付近の圧痛なし。斜角筋部緊張なく、小胸部緊張もなし。頸椎レベル棘突起両側に弱い圧痛あったので、頸椎棘突起傍刺針、大椎付近湿吸実施。しかし治療効果なし。


神経領帯療法と内臓治療

2016-07-28 | 総論

筆者は以前「兪募穴治療の是非および腹痛に対する針灸の適否」と題したブログを記したが、簡単にまとめ過ぎて内容に不満があった。同様の内容を、丁寧に説明しつつ、移行分節治療についても及言する。

手元に一冊の本がある。F.ディトマー・E.ドブナー共著、間中喜雄訳「内科的疾患の神経領帯療法」医道の日本社、昭和42年3月5日初版とある。すでに絶版になってしまった。神経療帯療法は、ヘッドの過敏帯発見(1898年)に始まる。ディトマーは体表-内臓反射という新しい反射路を発見し、あるデマトームに刺激を加えると、その分節所属の内臓に反射経路を通して神経興奮が伝わることを動物実験で証明した。要するにドイツにおける内臓対壁反射の理論と臨床応用について記されていて、内容的には石川太刀雄著「内臓対壁反射」と類似しているが、治療自体は希釈局麻剤注射で行う。
「内臓対壁反射」は、網羅的なのに対し、神経領帯療法の本は、コンパクトにまとめられている。とはいいつつも、初学者にとっては難解である。この本の中核であり、かつ針灸治療に応用できる部分を、分かりやすく説明したい。


1.オレンジ色の領域

上表で、オレンジ色の部分は、交感神経性の内臓体壁反射部分である。これを胸腰系とよぶ。例えば、心臓の反射は主として体壁のC8~Th3交感神経性デルマトーム上に出現する。オレンジの内臓は、交感神経→交通枝→脊髄神経を経由し、体幹背面においては脊髄神経後枝反応として起立筋に、圧痛硬結反応を呈する。また脊髄神経前枝反応として胸腹面において胸骨傍と腹直筋に圧痛硬結反応が出現する。
従って、古典的な兪募穴をペアにした施術は、当たらずも遠からずといった感じで実用的な治療になるであろう。
※肺の内臓体躄反射は、上表ではTh1~Th5領域の交感神経反応となっているが、実際には副交感神経優位の臓器であって、交感神経反応は目立たない。つまり肺(気管・気管支も)の針灸治療に、肺兪や中府を刺激するというパターンは効果的ではない。

上図で上肢・下肢の反応帯である×印は、オレンジ色内にあることが知れる。上肢はC8~Th1の脊髄神経系が支配するが、一方で内臓治療に対して上肢や下肢を取穴するのは、交感神経性デルマトームに影響を与えることで、治効を生むと考えられる。

2.水色の領域

頭部と仙骨部に水色領域がある。これは頭仙系と称される副交感神経優位の反応帯である。
1)仙骨から出るのは、骨盤神経とよばれる副交感神経性の神経である。この治療には、骨盤神経刺激目的で、八りょう穴が使われる。
2)頭部の水色領域に印がついているのは、基本的に胸部にある内臓である(ただし心臓は、交感神経・副交感神経の両方の強い支配を受ける)。脳神経12対のうち、副交感神経成分をもつのは、動眼・顔面・迷走・舌咽の4神経であるが、内臓治療という観点からは迷走神経刺激が中心になる。迷走神経は、体幹深くを走行するため、直接的な刺激は難しいが、例外的に耳介中央部の肺区部分に表在性に分布しているので、肺区刺激が使われる。これが痩身耳針の治効機序の説明となっているが、本来的には種々の疾患への治療に用いられる理論的ベースとなるものであろう。

体幹内臓の病変により生じた交感神経反応は、閾値以上であればTh1交感神経→C1~C8体性神経に漏れ、項部~後頭部の痛み・コリ反応としても出現し、Th1→三叉神経に漏れて、顔面部の痛み・コリ反応としても出現することがある。この反応パターンもヘッドやポッテンジャーにより、以下のように報告されている(下記図表は、石川太刀雄著「内臓体躄反射」より抜粋一部改変したもの)。頭顔面部に反応帯をもつ内臓は、限定的であることがわかる。これが頭針法の理論的追求の糸口になるのではないか。




3.黄緑色の領域

一般的には、横隔神経の反応とされる。つまり横隔膜隣接臓器刺激→横隔膜刺激→横隔神経刺激となる。内臓の疼痛閾値は比較的高いので、少々の異変では自覚症状は出現しない。しかし横隔膜の閾値は低いので、横隔膜隣接臓器の病変は、その臓器自体の自覚症状よりも早期に、横隔神経の反応として出現し、その交感神経性デルマトームであるC3C4反応として、頸肩部症状が出現しやすいということである。それがミオトーム反応として出現すれば頸肩コリとなる。

4.移行分節について

シャイト Schidt は 、脊髄と交感神経幹のある一定の場所(主にC8,L2分節で、S2分節も多少関係)に、移行分節なるものがあることを生理学的に実証した。移行分節とは、脊髄神経系と自律神経系を統合する唯一の分節をいう。内臓・体表の双方の反射的関係を持ちうる、要するに交差点のような処だという。
具体的には、C8やL2分節を刺激すると、自律神経系に影響を与える力が強く、内臓治療に役立つということである。

5.動脈血管壁に対する刺激

冷え性や、阻血性疾患に対して患部を環る動脈血管壁、とくに拍動部への刺激が針灸治療では多用されている。動脈血管壁刺激の意義は何となく理解できるが、なぜ拍動部なのかは常々疑問に感じていた。
本書「神経領帯療法」では、<血管周囲注射法>と称して、大動脈の外膜の自律神経叢の遮断(短時間の交感神経切除術といえる)を目的としている。周知のように動脈血管壁にある平滑筋は、交感神経のみにより支配されており、交感神経緊張時には、動脈血管壁内径を狭める役割をする。交感神経をブロックすれば、動脈血管内径を縮小する要因がなくなり、末梢循環の促進と該当動脈血に灌漑される骨格筋の緊張増大(著者らの考え)をもたらす、ということであるが、拍動部を狙って注射する訳ではない。

1)鎖骨下動脈周囲注射
たとえば狭心症の際、左鎖骨上窩において左鎖骨下動脈の血管周囲注射を行う。すると左上肢の反射的な血管痙攣の緩和と、反射的な筋の過緊張も緩める。本術式は中枢に原因のある機能的または器質的循環障害(たとえば脳卒中)の療法に必須のものである。ただし技術的難易度が高く、初心者が安易に試みるべきでない!

2)大腿動脈周囲注射
伏在裂孔または大腿筋膜卵円窩に、1~1.5㎝の深さで行う。下肢の循環障害に奏功する。

3)膝窩動脈・後脛骨動脈周囲注射
膝窩にて、約1㎝の深さで行う。患者は注射後、快適な温感と筋の弛緩を、下肢と足に感じる。




針灸の効果を高める運動学的方法

2016-01-26 | 総論

鍼治療の効果を高めるには、針の手技だけでなく、患者の体位・筋に力を入れるか否か・息を止めるか否かなどを考慮するとよいことが知られている。これらは導引という概念といえるらしいが、現代では導引に代わり、神経生理学的機構に働きかけることで治療効果を高めようとする考えが生まれている。

1.Ⅰa抑制

1)Ⅰa抑制とは
スムーズな関節運動を行うためのしくみ。
主動作筋が収縮する際は、拮抗筋が弛緩する生理的機序のこと。この機能がないとスムーズな関節運動はできない。筋紡錘による拮抗筋の抑制である。肘屈曲の際、上腕二頭筋が収縮する際、上腕三頭筋が弛緩する現象など。

2)Ⅰa抑制の生理学的機序
伸筋からのIa線維が抑制性介在ニューロンを介して屈筋の運動ニューロンに接続していることで起きるIa抑制(=相反性抑制または反回抑制)
 目的筋を大きな速度で伸張する
 →筋紡錘が反応してⅠa求心性線維に刺激を送る
 →その刺激が脊髄を通り脊髄前角にあるα運動線維を介して拮抗筋に抑制的に働く
 →拮抗筋が弛緩。

3)臨床応用
筋紡錘刺激は、拮抗筋を抑制する。

①腰部筋緊張をゆるめる手技:

その拮抗筋である腸腰筋を緊張させる動作を指示する。具体的には仰臥位で大腿挙上させ、腸腰筋を緊張させる動作を指示する。セラピストは、その運動に抵抗を加える。
 
②大腿四頭筋緊張を緩める手技:
その拮抗筋であるハムストリング筋を緊張させる動作を指示する。具体的には側臥位で、上になった側の下肢を、膝関節伸展させたまま、股関節を伸展させる。弓を反らすような姿勢にし、セラピストは、その運動に抵抗を加える。
   ※「筋」紡錘は拮抗筋を抑制し、
 
2.Ⅰb抑制

1)Ⅰb抑制とは

筋肉の両端部分のスジが引き伸ばされても反射的に弛緩する。これをⅠb抑制とよぶ。Ⅰb抑制は、筋肉の収縮や外力によって急激に引き伸ばされスジが断裂するのを防ぐための防御機能である。「腱」紡錘による自筋(目的筋)の抑制。


筋伸張反射とは、筋肉が急に引き伸ばされた時、筋が切れないように筋が防御的に収縮する反射(=Ⅰb抑制)であって、等尺性の筋収縮(=関節運動を伴わない筋収縮)を起こさせる。
 
※急激に筋肉が引き伸ばされた時は伸張反射(例として膝蓋腱反射)が起こり、引き伸ばされた筋肉が収縮する。これは関節が過剰に動き破壊されてしまうのを防ぐ目的がある。
   
2)Ⅰb抑制の生理的機序
筋をゆっくりと大きく伸張する→腱紡錘(=ゴルジ腱器官)腱紡錘が伸ばされてⅠb線 維に刺激を送る→その刺激が脊髄を通りγ線維を介して伸張した筋に抑制的に働く→伸張した筋が弛緩する。
   
※Ⅰa抑制は、目的筋を大きな速度で伸張することでスイッチが入る。これに対して、Ⅰb抑制の起こる閾値が高く鈍感なので、Ⅰa抑制が働かないように、静かにゆっくりした動作が必要である。(例:アキレス腱ストレッチは、腱に伸張刺激を与えることを目的とするので、徐々にゆっくりと負荷をかける。)
  
3)臨床応用  「腱」紡錘は自筋(目的筋)を抑制する。

①アキレス腱のばしの方法:

スタティックストレッチ(反動をつけず、ゆっくり引き伸ばして行うストレッチ。ストレッチ作用は弱いが安全性が高い)
  
②膝OAにおける大腿直筋を緩ませる方法
大腿直筋緊張を緩めるには、単に四頭筋上の筋硬結部に刺針するのではなく、仰臥位で膝関節屈曲させ、四頭筋緊張させる→その状態で膝蓋骨の大腿四頭筋停止部の圧痛(鶴頂あたり)を探って手技針すると効果的。
   
③腰方形筋緊張による腰痛治療:
立位で前屈させて腰方形筋を伸張させる。その状態で腰方形筋の腸骨稜停止部の圧痛に手技針または運動針。  

 

3.筋ストレッチと筋トレの相違
 
「ストレッチ」という言葉は、1960年頃にアメリカで発表されたスポーツ科学の論文中で使われ始めた。筋緊張時、、この収縮状態を引っぱって伸ばす運動のことを筋ストレッチまたは単にストレッチとよぶ。

 筋ストレッチの効能は、①筋緊張緩和と筋の柔軟性改善、②関節可動域拡大、③血流改善などである。今日ストレッチはスポーツにおけるウォーミングアップ、クールダウンの中で盛んに行われ、重要な役割を果たしている。
 一方、筋トレ(筋力トレーニング)は、筋肉(骨格筋)の出力・持久力の維持向上や筋肥大を目的とした運動の総称をいう。目的の骨格筋に抵抗(レジスタンス)をかけることによっておこなうものはレジスタンストレーニングとも呼ばれる。抵抗のかけ方には様々ありますが、重力による抵抗を利用するものをとくにウエイトトレーニングと呼ぶ。
 
4.スタティック ストレッチング(static stretching 静的筋伸張)
 
1)方法と適応 

   
通常の筋伸張運動。反動をつけずに目的の筋肉をゆっくりと伸ばし、その姿勢を30秒(または20秒)程度保持する。運動後のクールダウンやリラクセーションに適す  るが、パフォーマンス向上には適さない。

  ※伸ばしている時は息を吐く(=交感神経緊張を緩める)と筋が伸びやすい。
 
2)生理学的意義

     
筋肉をゆっくり伸ばすのは、伸張反射を防ぐ意味がある。筋肉には筋紡錘と呼ばれるセンサーがある。筋肉が瞬間的に引き伸ばされると、次の変化が起こる。

   
筋紡錘から「伸張された」という信号が出る→反射的に脊髄から「筋を収縮させよ」  という命令信号が出る→筋肉が反射的に(意思とは関係なく)収縮する。これを伸張  反射とよぶ。伸張反射は筋肉が急激に引き伸ばされたときに起こる防御反応である。

   
この伸張反射はスタティックストレッチングを妨げるので、これを避けるためにはゆっくりとした筋伸張動作を行うのがよい。

2.バリスティック ストレッチング(Ballistic stretching  勢いのある筋伸張)
   
反動を利用したストレッチのことで、筋の柔軟性を改善する効果が高い。柔軟体操やラジオ体操がこれに相当する。可動域 増大、筋温上昇、交感神経興奮の効果が得られる。静的ストレッチングと異なり伸張反射が起きやすいので、健康維持目的の運動(=フィットネス)には用いられなくなったが、 競技スポーツにおいては現在でもバリスティックストレッチが使われている。

   
類似のものにダイナミック ストレッチング(dinamic stretching 動的な筋伸張)がある。これは勢いを制御したバリスティックストレッチングのことで、大きくは反動をつけないので事故が少ないという利点はあるが、効果的にはバリスティックに及ばない。


3.PNFストレッチ

 
1)概要

     
PNFは” Proprioceptive Neuromuscular Facilitation ”の頭文字をとったもので、
固有受容性神経筋促通法と和訳される。PNFストレッチとは、リハビリテーションの手法を取り入れた徒手抵抗ストレッチの技法をいう。
   
抵抗を加えながら筋肉を収縮させた後、抵抗をなくすことで、筋肉の柔軟性を高める。すなわち単純に筋を伸ばすのではなく、一旦収縮させることで筋肉が伸びやすく  なる性質を利用し、また力を入れた主動作筋に対して、反対側にある拮抗筋は緩むという性質(Ⅰa抑制)を利用する。PNFストレッチは目的とする筋の緊張を緩めるのに非常に適している。その結果、関節可動域の拡大を図ることもできる。

   
自分一人では行いにくいので、トレーナーがセラピストとなって行うのに適している。これまで針灸臨床の場でも、刺針+筋肉運動が相乘効果を生むことが認識されて  きたが、多分に経験的で運動学的理論に基づいて行われることは少ないように思われる。これからの検討課題となるであろう。

 
2)具体例 

  
①五十肩に対するカリエのリズミックスタビリゼーション

    
患者はセラピストの指示にしたがい、上腕を上下左右に動かす。その時セラピストは患者の上腕を持って腕の動きと逆方向に力を入れる。患者、セラピストとも筋力を使っているのだが、その力が釣り合っているので、上腕はあまり動かない(等尺性運動になる)。この運動を行うと、肩関節ROM拡大が図られる。

 

 ②ハムストリングのPNFストレッチ

 

 ③大腿四頭筋のPNFストレッチ

 

 

 

 ④梨状筋のPNFストレッチ



⑤吸玉療法で筋が緩む現象

     
まず皮膚と皮下組織を吸玉で吸引する。この状態では患者は交感神経緊張状態になっている。5~30分間後に吸玉を外すと、副交感神経緊張状態に変化する。すなわちリラックスするためには、単に筋の脱力を図ろうとするのではなく、そ    の直前に身体緊張状態をつくり、急に脱力させるのがよい。


 


筋々膜性疼痛に対するトリガーポイント療法の整理

2011-02-15 | 総論

 「トリガーポイント」という言葉を私が知ったのは30年以上前になる。ケネディー大統領の主治医だったというトラベル女史らが研究したということと、数多くのトリガーポイントと関連痛の図が掲載されていて、興味深かったのだが、専門書も入手困難で、それ以上の知識が入手できなかった。それが針灸治療にとって、どうかかわってくるのかは、まったく不明だった。しかし明治鍼灸大学の川喜多健司先生、黒岩共一先生らのご努力により、近年になって、在野の針灸師にとってもやっと概要が把握できるようになった。また加茂整形外科医院の加茂淳先生も、トリガーポイントと筋々筋膜性疼痛症候群(MPS)に関して、新たな観点から鋭い指摘を行ってる。 

それは知れば知るほど驚くべき内容で、主張に一本スジが通っており、医師にも受け入れられる内容になっている。このことは針灸学の方向性ばかりでなく、病院医療における針灸師のポジションを確定できる可能性もあるとさえいえる。初歩的であるが、私なりに理解した内容を、かいつまんで紹介する。  

1.筋収縮の種類と遅発性筋痛
1)筋収縮の種類

   

2)エキセントリック収縮と遅発性筋痛

筋力を発達させるには、筋への多大な負荷をかけ、あえて筋に微細な損傷を与え、損傷治癒の過程で、元の筋線維が太くなる機序を利用する。それには最大筋力での筋収縮を行うのが適しており、そのためエキセントリック収縮を行うことになる。ボディビルダーのトレーニングとして高い負荷をかけてのエキセントリック収縮が積極的に利用されている。
 山を下る際の、下腿三頭筋や大腿四頭筋収縮例がある。山から帰った翌日から筋痛になることが多いのは、この下山時のエキセントリック収縮による。
 

 筋の微細損傷を治癒過程で、損傷細胞を白血球のマクロファージが取り込む。その際、発痛物質を放出する(炎症状態)。この発痛物質が筋膜を刺激すると「遅発性筋痛」delayed onset muscle soreness が起こる。 

2.トリガーポイントと遅発性筋痛の機序 
  筋肉へ伸張性筋収縮負荷の持続
          ↓  筋線維の微細損傷
  筋線維が部分的に伸びにくい状態になる=筋に硬結出現(自覚痛なし)
         ↓ その部分が酸素欠乏になる。循環不全
    潜在性トリガーポイント形成(運動時痛)
         ↓ さらなる循環不全の持続→虚血によりブラジキニンなどの疼痛物質を生成
     ↓  →それが知覚神経C線維の先端にあるポリモーダル受容器に取込まれる
     ↓  →痛みとなる 
   活動性トリガーポイントの形成=遅発性筋痛(自発痛)

※痛覚を伝える神経終末は筋膜には接合しているものの筋線維には接合していない。
ゆえに筋線維は痛むことはないが、筋膜は痛む。

※伸張性収縮などによって筋肉が過負荷を受けた瞬間(筋線維がミクロレベルで損傷した瞬間) に痛みを    感じることはない。ただし筋膜までも損傷するような疾患(肉離れ」など)の場合は即痛みを伴う。
※遅発性筋痛とは、運動終了後、しばらくしてから感じる筋痛のことで、一般的な筋肉痛は、遅発性筋痛に分類される。

※痛みの原因は、筋々膜にあると考えがちだが、トリガーポイントの活性化にある。

3.腱付着部症とトリガーポイント
腱や靱帯が骨に付着している部分を、エンテーシスenthesis とよぶ。そこが引っ張られることで生じる障害を、エンテソパチー enthesopathyとよぶ。
筋が緊張し、短縮すると腱に加わる牽引力は増し、とくに構造的に脆弱な腱付着部に大きな負 担が加わる。腱付着部に微小外傷が生じ、その発生と修復のバランスが崩れることで症状が引き起こされる。
     

 2.筋と腱付着部のトリガーポイント構造

1)タクトバンド(硬くて痛い筋線維)の存在
これが狭義の筋筋膜性疼痛である。タクトバンド中の一点にTPsがある。

 2)CTrP(セントラルトリガーポイント)
筋腹にある。そこには運動終板(=モーターポ イント)がある。筋が緊張(=短縮)すると、腱にかかる負担(牽引力)が増える。

3)ATrP(アタッチメントトリガーポイント)
 2つの組織の間(筋と腱、腱と骨)

4.トリガーポイントへの鍼刺激の狙い
1)感作したポリモーダル受容器をより強く興奮させることで、内因性の鎮痛系をより効率的に賦活させる。
2)ポリモーダル受容器の末端から神経ペプチドを放出し、局所の血管拡張をもたらし血流を改善させる。
3)上記方法により、TPsの不活性化を目指す。治療によってTPsを消失させることは困難だが筋中の血行が良い状態に保つならば、TPsは再活性化しない。

 
 

 

 

 

 

 

 


S先生とのQ&A 古典と經絡に関する私の見解

2011-01-07 | 総論

S先生(53歳男性)は、臨床経験3年の鍼灸師で、首都圏で開業している。私のブログの熱心な読者であり、時々メールで質問してくる。ここでは、中医学と經絡に関する私の見解が記されている。このたびS先生が転載の許しを得たので公開する。

1.經絡について

S先生の質問
年末のお忙しい中ブログで経穴図を公開され、そのご尽力に敬意を表します。
1)ところで今年は小生にとって○○先生の解剖学に立脚した筋肉への刺鍼、そして似田先生の筋肉に加え神経そのものへの刺激も意図する方法に触れ、これらをまがりなりにも模倣するに至り最近は経穴の位置そのものにさほど拘らなくなっている自分に気づきました。

2)それまでは、中医といってもほぼ臓腑弁証に基づいた本治として臓腑関連の兪墓穴やら瘀血、気滞には何何穴との組み合わせ、はたまた順経治療として耳鳴りであれば足臨泣・中渚などを補法・瀉法も取り混ぜ標治に合わせて実施しておりました。
それ故に正確な刺鍼点(何が正確なのか議論百出ですが)経穴の位置に気を使っていた積もりでした。

3)しかし、臨床においては特に筋肉外科系症状における自分の治療法の進化とともに経穴図もさして重要な位置を占めないと思うようになってきたのですがこの点似田先生はいかがお考えでしょうか。

4)かつて専門学校で学んでいた頃に経絡治療を標榜するある先生が”極論すると鍼師にとって経穴が唯一の飯の種であり、これを取ったら何も残らない”と言っていたのが当時妙に納得がいったものでしたが、この受け取り方も自分のキャリアとともに変化しそうです。

5)また、経穴とは体表、あるいは体表近くにある経絡上の内臓にも影響を及ぼす反応点と理解するも、時に中医では”骨の裏に深く経絡が流れるため、骨の際にある経穴から骨を超えて斜めに骨の裏側目指して刺す”なんてことも言われますが、似田先生は経絡と経穴の位置関係に関しどのように理解すべしとお考えでしょうか? 
深い場所にあり体表から探れない脈はそもそも経絡ではなく経別になるのでは?とも思います。また一般的には経穴のすぐ真下に経絡があると理解されていると考えるのですが。
 
似田の返答

1)經絡、経穴図はあまり必要ないですが、局所解剖学的要所として刺激ポイントとしての経穴図は必要と考えます。刺激点をカルテに記入したり、他の先生がたとコミュニケートする記号として、経穴名も必要となるでしょう。

2)針灸治療は、実用の医学である→治療費は安いことが条件→短時間治療になる→形式的な治療穴を省略して実際に効果のある穴のみを選択して刺激する。以上の考え方の変化が根本にあります。

3)たとえば臨床を初めて間もない頃、耳鳴りに中渚や液門をとったが効果がないことを知りました。内臓治療といっても、病院など現代医学的治療の場に放り出されると、鍼灸師は無力である体験をさんざんしました。

4)鍼灸師という身内だけで通じる話は無意味であり、医療の場でその専門性を発揮し、その存在価値を他の医療部門スタッフからも認められるようになる必要があるということです。

5)經絡を使わない治療と、經絡を使った治療とで、その治療効果に差はあるという討論に意味があるとすれば、經絡を使った方が有効率が高いという結論があることが必要ですが、実際はそうなっていません。代田文彦先生は、古典治療は、せいぜい気の病しか治せないとの見解をとっています。
オッカムのカミソリ:經絡という言葉を使わずとも、その事象を説明できるならば、もはや經絡という概念は必要ない。。物事を単純に説明できる方が正しい意見である。
 

2.針灸古典理論について

S先生の質問
1)(前略)ところで現代針灸派を称する似田先生が何故ブログでも古典中医学の体系を解説されているのですか? 鍼師としての教養の一つ、温故知新?

2)専門学校では古典理論をやはり教えるべきなのでしょうか、それより解剖学の知識増加にもっとを時間を割くべきとお考えでしょうか? 
例えばある経穴が何に効くと言われている因果関係を現代医学に照らし合わせ解明していくというのも頭の体操としては面白いとは思います、例えば痔には承筋・承山穴、なぜなら日本の専門学校では深く取り上げない(重要視されていない)経別で繋がっているから、との回答に神経学・筋肉学などからそのように解釈できるのかできないのか、を検討するのは面白いことと思います。ただ臨床で有効かは症例経験がなく実感がないまま効くに違いないと信じようとしている?のが小生の現状ですが。
 

似田の返答

1)日本の針灸・漢方の古典に対する教育の程度を中国と比べると、大人と子供ほどの知識量があり、太刀打ちできません。知識=古典を記憶する、というのではかないません。また臨床研究でも、予算・規模の面で日本は圧倒的に不利です。しかし、どうやって施術して治療効果をあげるのかをみると、日本と中国は大差ないです。中医も卒後、有効な治療を求めるほかありませんから。

2)私のブログで中医をやるのは、中医学の一般的知識ではなく、古代中医師の考え方を再現しようと思ったからです。もとより、人体メカニズム=蒸し器の原理ではない訳ですから、結果的に現代中医に対する批判になっているのかもしれませんが。中医学の第一人者である兵頭明先生も、中医学が未完成の体系であることは認めています。中医学のこれからの体系づくりには、中国人ではなく日本人の発想が必要だろうとも、私に話してくれました。

3)東洋医学者が本治という言葉を使うのは、現代医療の詳細を知らない針灸学生や患者向けのプロパガンダでしょう。よく言っても本治の実態は、術者の思い込みであって、ズサンなものです。


 


業務用としての吸角の取扱い

2010-12-19 | 総論

1.吸角の素材には、ガラス製とプラスチック製がある。ガラス製は落とすと割れる恐れはあるものの滅菌ができるので、業務用としてはガラス製を選択するほかない。

2.陰圧にするには、吸引ポンプ(手動、電動とも)方式と、熱で暖める方式(いわゆる中国式吸角)がある。吸引ポンプ式は、陰圧の程度を調節しやすいメリットはあるが、吸引弁の故障やガラスの破損が起こりやすく、凹凸があって洗浄にも難があるので、中国式の方が適している。

3.中国式吸角で、陰圧の程度のコントロールは、数時間の訓練により習得できる。火を使うので、注意が必要になる(患者の下着に穴をあけることがある)。
当院では大(口径が5㎝)、中(4㎝)、小(3.5㎝)の3種類を用意している。吸角部位で最も多いのは背部膀胱經上であり、これには口径5㎝の吸角を使うことが多い。四肢や肩甲上部などでは中小の吸角を使うことになる。

4.中国式吸角を陰圧にするには、吸角内に火を差しこんで吸角内の酸素を減らした後、直ちに身体に密着させる。吸角内の空気が冷えるにつれて陰圧になり、皮膚が隆起が始まる。皮膚密着のタイミングは初心者にとって案外難しく、一拍間が空くので十分な陰圧にすることができないことが多い。師匠は、「カッチンパ」のタイミングで取り付けるといい具合になると教えてくれた。

5.陰圧にするための火力の道具は長い間、悩みの種だった。簡単なのはチャッカマンの類を使用することで、コスト的にはガスの再充填可能なタイプが適しするものの、冬場は火力が弱くなるので使いづらい。
そこで、以前は消毒綿(私は50%イソプロパノールを使用)を、アイストング(氷をつまむU字の道具。100円ショップで購入)で持って点火するのだが、十分な火力を得ることは難しく、燃焼時間も短い。70%イソプロパノールでは十分な火力と燃焼時間となるのだが手持ちがない。

6.困ったあげく目をつけたのがコーヒー豆専門店で売っている燃料用アルコール(エチルアルコール63%、メチルアルコール37%の混合液。600ml840円)であった。
消毒綿を軽く絞ってアイストングでつまみ、スプレー容器に入れた燃料用アルコールを2~3回レバーで押し、消毒綿に吸わせて点火する。
この火力持続時間は、1分間以上になり、吸角8個を連続して付けても余裕がある。



兪募穴治療の適用および腹痛に対する鍼灸の適否

2006-03-27 | 総論
1.内臓の自律神経支配
 内臓は自律神経により支配されているが、交感神経優位なものと副交感神経優位なものに大別される。そして交感神経優位な内臓反応は、内臓→交感神経節興奮→交通枝→脊髄神経興奮となり、体壁神経痛を生ずることがある。しかし副交感神経優位の内臓は、このような体壁痛は生じることはない。
 表現を変えるならば、交感神経優位の内臓に限定すれば、古典的な兪募穴治療が、(大雑把には)通用するのに対し、副交感神経優位の内臓に兪募穴治療は通用しないのである。
 
 たとえば交感神経優位な胃(Th5~Th9デルマトーム)を例にとれば、その背部反応はTh5~Th9棘突起の高さの起立筋上に出現(膈兪付近)し、腹部反応は、第5~第9肋間神経が腹直筋を支配する部(中かん付近)に出現する。
 副交感神経優位な肺は起立筋上や胸骨上の圧痛硬結反応は出現しない。たとえば気管支喘息や気管支炎時の圧痛硬結といった体壁反応は、肺兪や中府に出現することはないのである。

2.交感神経優位な臓器と副交感神経優位な臓器
1)交感神経優位→兪募穴治療可
 心臓プラス上中腹部消化器内臓(食道、胃、十二指腸、肝臓、胆嚢、膵臓、小 腸、上行結腸など)
2)副交感神経優位→兪募穴治療不可
 迷走神経支配:肺、気管(支)
 骨盤神経支配:婦人科・泌尿器科臓器のとくに肛門に近い側、下行結腸


3.腹痛3分類と針灸の適否
 周知のように、腹痛の古典的3分類は、内臓痛・関連痛・体性痛である。うち内臓痛とは交感神経興奮による漠然とした痛みで腹部前正中線上に出現する。関連痛とは内臓痛より重症度が1つ上がった状態で二次的に興奮した体性神経痛(=腹壁神経痛)が所属内臓のデルマトームに一致した領域に出現する。体性痛とは腹膜の炎症によるもので、病巣直上の体性神経の激しい痛みになる。
 上記腹痛3分類で針灸をしてもよい状況なのは、内臓痛だけだろう。内臓痛であれば、局所治療ということで腹部任脈上の反応点に針灸することだろうが、基本的に交感神経興奮に対する鍼灸治療には明確な手段がないので、治療効果は不安的なものになる。
 2番目に重い関連痛は、強い明瞭な自発痛である。私の説明した腹壁痛とは運動時痛のことなので、この点をしっかりと把握しておく必要がある。3番目は緊急外科手術の適応にもなるほどで針灸の絶対禁忌である。