AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

良性発作性頭位めまい症とメニエール病に対する針灸治療の根拠

2023-06-27 | 耳鼻咽喉科症状

針灸院に来るめまいの2大疾患は、項部の筋コリを別格とすれば、良性発作性頭位性めまい症とメニエール病であろう。両疾患とも、特別な針灸治療法があるわけでなく、項部の筋コリを緩めることで改善していくというのが実情のようで、治療のアセスメントにしっかりとしたものはないようだ。
最近、上記2疾患の病態生理に共通点のあることが指摘された。卵円囊、正円囊から剥がれた耳石片が原因をつくるのだという。

 

1.平衡覚センサーとしての平衡斑とプクラ

  

内耳の前庭には卵形囊と球形囊がある。半規管近くには卵円囊があり、蝸牛近くには球形囊があって、それぞれの内部には平衡斑(=耳石器)がある。平衡斑内部には耳石があり、この動きにより自分の頭位情報を中枢に伝えることで、体をまっすぐに保つ静的平衡覚に関係している。身体の動きにあわせてバランスを保ち、まっすぐに体を保つことができるのは平衡斑の働きによる。
   
卵形嚢と球形嚢の平衡斑は互いに直交していて、卵形嚢では水平方向の直線加速度(電車発着の加速度など)を感知し、球形嚢では垂直方向(エレベーター昇降の加速度など)の動きを感知している。

  
一方半規管の根元の膨大部にはプクラ(=膨大部頂)があり、プクラ内部には感覚毛集合体がある。半規管内部にはリンパ液が充満している。頭を動かすと半規管内部のリンパ液が動き、これにつれてプクラも動く。プクラの動きは、回転加速度(=動的平衡)の情報を中枢に送る役割がある。半規管は互いに直角になるよう3本ある。


2.良性発作性頭位めまい 


1)原因と病態生理

  

 

卵形嚢の平衡斑にある耳石から小さな耳石片が剥がれ、それが半規管内に混入することがある。この砂粒様の耳石片は細かいので、リンパの動きに影響を与えることはない。しかし長期寝たきりや外傷などで、耳石が長時間同じ場所に集まると、次第に結合して大きな塊になり、リンパ液の流れを乱すまでになり、めまい発作を起こすようになる。
 
耳石片は、やがてリンパ液中に溶けていくので1ヶ月以内に7割が自然治癒する。しかし次々に新しい耳石片が剥がれるケースでは、回復には長期間を要する。


2)症状

   
①特定の頭位変換で誘発される回転性のめまい。30秒ほどすると自然消滅。
②難聴・耳鳴(-)                   
③減衰現象(+):ある特定の方向を向いて、数秒後にめまい出現するが繰り返すうちに、 めまい減衰。


3.メニエール病

 
1)原因と病態生理


   

蝸牛管内のリンパは絶えず産生され排出され、一定量を保持している。しかし球形嚢内で耳石が剥離し、耳石片が内リンパ液の通路を塞ぐと、内リンパ液は行き場を失い、蝸牛は内リンパ水腫となり、難聴・耳鳴りが起きる。内リンパ水腫がある限界に達すると、外リンパ液との境界(=ライスネル膜)が破れ、リンパ液の乱流がおこり、その際に回転性めまいが起こる。
しばらくするとライスネル膜は自然修復され、内外のリンパ圧は等しくなるので、症状は寛解するが、数週間~数ヶ月後には同じ機序で発作を繰り返す。

メニエール発作とは、発作性反復性に生ずる回転性めまいをいう。これを<前庭型メニエール病>とよぶことがある。メニエール病には<蝸牛型メニエール病>もある。これは従来、急性低音障害型感音性難聴に分類されていたものである。めまいを伴わずに低音域の難聴と耳鳴りだけが反復。人の声は中音域なので、あまりコミュニケーションに不自由しない。このタイプはと分類され、緩解しやすいが再発もしやすい難聴として知られる。20~40代の若い女性が多く発症。 


2)症状   

本疾患は、めまいの4割近くを占める。40~50才台に好発。性差なし。

 三主徴は、めまい(回転性)、耳鳴り、難聴
①水圧が上昇して音を感ずる細胞を圧迫→鼓膜からの振動が伝達しにくい→感覚細胞を乗せて震動する蝸牛基底板の動きを全体的に悪くするので、低音障害型の難聴となる。
②水圧上昇し、膜迷路が膨張し、ライスネル膜が破れると発作性回転性めまい(反復性)
③難聴耳鳴は一側性。難聴、耳鳴が同時に起こる。補充現象(+)
④めまい発作は2~3時間程度、ときに半日続く(30分程度で治まるということはない)。
⑤めまい発作は、発作性反復性に起こる。めまい発作が治まり、寛解期に移行すれば、難聴・耳鳴も消失する。

 

4.めまいの針灸治療の検討
 
1)頚部性めまいの針灸治療

   
針灸治療は頚性めまいに効果あるとされている。すなわち内耳平衡機能障害によらず、頸コリにより生じた非回転性めまいに針灸は有効ということだ。非回転性とは、フラフラした足が地面につかない感じ。あるいはまっすぐに歩くつもりでも、片一方に寄ってしまうというような状態をいう。

内耳の障害ではないので、前庭症状(-)、回転性めまい(-)、難聴・耳鳴り(-)。   

 平衡感覚に関する情報は、①内耳から、②目から、③深部感覚から来た情報が橋・延髄移行部にある前庭神経核に集められ、互いに照合されて平衡機能としての用を成す。頚性まいとは、③の深部感覚情報の誤作動で前庭脳の情報処理に矛盾をきたした結果である。深部感感覚は全身的に存在しているが、頭位とのかかわりを考えた場合、頸部深部筋との関わりが深い。頸部深部筋とは、後頭下筋、頭板状筋・頭最長筋・頭半棘筋などをさす。
 
前庭は左右独立して機能しており、一側前庭の興奮は同側の筋緊張を高めている。左右同じ程度に前庭が働くことで、筋の左右バランスがとれ、正常な平衡感覚を保つことができる。
もし左右一側の頚部深部筋の緊張がると、その側の前庭機能のみ亢進するので、平衡感覚異常が生ずる。したがって一側の頚コリを改善することが、平衡感覚異常の治療になる。
 
 
2)良性発作性めまいの針灸治療

   
本症は椅座位から仰臥位になるなどの体位変換時に、地面がひっくりかえるような感じがするので、患者は恐怖感がある。これは一瞬にしておこる激しい症状なので、発作時は独歩して針灸院に通院することはない。膝痛など他の疾患で治療していて体位変換を指示する際、良性発作性めまい発作が突発することはあるが、患者は慣れており、数十秒じっと動かないでいると自然に発作はおさまることを知っている。したがって、この時も針灸の出番はない。

   
良性発作性めまいについては、半規管内に混入した耳石片を、元の耳石器位置にもどす矯正手技(エプリー法やランバート法)は知られているが、耳石片を消すような薬物療法はない。ただ応急処置としてメイロン静注(炭酸水素ナトリウム)が行われ、数分後には寛解することが多い。メイロンの作用機序は耳石に作用して加速刺激感受性を低下させたり、内耳血管を拡張して効果をもたらす。剥がれた耳石片が半規管内リンパに溶け込めば治ったといえるだろうが、次々に新たな耳石片が半規管中に混入するとなると、治癒までは長期間かかる。

 

3)メニエール病の針灸治療

     
40年も昔になるが、東京女子医大耳鼻科の研究で、メニエールの発症には自律神経が関与しているらしいので、針灸治療が効果あるかもしれないから、実際に効果あるのかどうかやってみようという話になった。針灸施術は代田文彦が行った。臨床研究は十年以上続けられ、次の好成績を得た。

①めまい(3年間観察):著効 65% 、有効 26%、無効 18% 、判定不能 4%(計23例)。
②聴力(5年間観察):改善 5.6%、不変 91.5% 悪化 2.8%(計59例、71耳)
※聴力改善の成績はあまりよくないが、薬物療法よりは効果がある。   

メニエール病に針灸治療する意義とは、頭部や項部の針灸刺激により、これらの筋緊張が緩和され、そのことが前庭-脊髄反射の逆の作用を起こし、前庭機能を強化するのだろう。ただしメニエール発作を改善させるのではなく、次に起こる発作までの期間を長引かせる作用になると代田文彦は考察した。

 

4)慢性メニエール病の針灸治療
   
メニエール病の活動期と安定期を長期間繰り返しているうちに、症状か慢性化する状態をいう。めまい発作を繰り返すうちに、ライスネル膜は厚くなるので、膜の破綻は起きにくくなるが、常に内外のリンパ圧が違うことで、コルチ器が正常に機能せず、持続的な難聴・耳鳴を生ずるようになる。慢性メニエールは恒常的に内リンパに圧の圧力が高まっているので、耳閉感が主訴(頭がパンパンになる)となる。このような症状改善が治療目標となる。

治療原理は急性メニエール病と同 じく前庭脊髄反射により、項部~側頸部が非常に緊張するので、天柱・上天柱・風池・百会などの筋緊張部に刺針(できれば中国針)20~30分間することで、前庭機能によい影響を与える。ただし完治するのではなく、週1回程度の定期的通院で快適な生活を過ごせることが治療目標になる。


治療中の笑話 Ver.1.9

2023-06-15 | 雑件

  長らく治療に携わっていると、ときには面白い話にぶつかる。思いつくままに紹介する。


1.50才台男

患者:「昔、40才頃の頃、20代の愛人がいましたよ」
私「それは、うらやましいことで‥‥」
患者:「愛人だけど、愛はなかったけどね。」
    「恋人には愛があり、愛人には愛がないか」


2.40才台男性患者

患者「大学でラグビーやっていた頃、足を痛めてベンチにいると、先輩がこう言った」
先輩「おまえは、顏が痛いのか」
患者「いえ、痛いのは足です」
先輩「だったら、痛そうな顔するな」

 同じような話を、以前父親から聞かされた。
私「父が軍隊にいた頃、古年兵が冗談を言い、皆を笑わせた。しかし父だけ笑わなかった。」
  「その時、古年兵が言った。<おかしくて、笑えないのか!>」


3.統合失調症の患者50才台女性 幻聴があるらしい。

先輩鍼灸師Y先生が、私の隣のベッドで、仰臥位で治療している。
患者:突然がばっと上体を起こし、こう言った。
   「神様は、そう、おっしゃいませんでした!」

Y先生はびっくりし、付添の夫は心配そうにし、私は声を立てないように笑った。


4.患者A(70才台女性)と患者B(40才台男性)は親子。

患者Aが友人にこう話したという:「あの先生(私のこと)は商売っ気がないので、貧乏しているらしいよ」
患者B:「先生は、もしかして、お金を汚いと思ってやしませんか?」

5.患者(60才台女性)の夫は、小さな会社の重役で、勤勉で温厚な紳士である。ただし、顔は土方の親方風だった。それでも背広を着るとマシになるが、その日はあいにく作業着姿で、仕事の打ち合わせで、相手方の社員食堂で、待たされていた。

食堂のおばさんが、その夫に、「はいよ」といって、エロ漫画雑誌を手渡した。

‥‥夫は激怒したという。


6.60才台女性

患者:「老化現象のつぎは、階段現象ですか。まるで建築現場ですね」

 

.50才台 男性 僧侶

僧侶の患者さんの治療が終了し、次に待っていた患者が治療室に入ってきた。その時、僧侶の患者とすれ違った。治療室に入ってきて一言私に言った。

「いまのは、ヤクザですか、それともお坊さんですか?」

 

8.精神科医が患者として来院した。その先生が、こう言った。

「人生の中の出来事で、8割はイヤなことですね」

 

9.玉川病院指導鍼灸スタッフH先生の話

ある時、H先生は仰臥位にて痩せた高齢者女性の治療をしていた。知熱灸をしていた時のこと、八分まで燃えた知熱灸を取り除こうとして、誤ってその女性の乳頭をつまんでしまった。するとその女性患者は、「ヒーッ」といって、両手を上げたという。

後に我々に、「その人の乳頭は、黒くて燃えた知熱灸の灰と区別がつかなかった」と弁解した。
どのようにその女性が反応したのかを、H先生が身振り手振りで再現。かつてアフリカ原住民が神様を拝むときのように両腕を上げたのだった。

 

10 ある日、常連の患者に紹介され、近所の歯医者が来院した。首が痛むという。首に針を刺したが、非常に痛がる。針を寸3#0に交換して、細心の注意をはらって浅刺しても痛がる。

一緒にいた常連患者も私も、あきれて言った。「先生、これまで自分が患者にさんざん、痛いことをしてきて、いざ自分の番になると痛がるというのは、おかしくないですか?」

歯医者がこう言った。「痛いのは患者であって、自分は痛くないのだから関係ない」

以来、二度とその歯医者は来なかった。

 

11.代田先生の内科外来時、たまたま患者が途切れた時があった。見学中のK君とO君が、尊敬してやまない代田文彦先生に質問した。

すると代田先生は、目を閉じ、顔をやや上に向けた。熟考している様子だった。

K君とO君は、先生の思考の邪魔にならぬよう、メモ帳を手にしつつ、静かに返事を待っていた。

待つこと少々‥‥ 小さないびきが聞こえた。

 

12.代田文彦先生が病院の当直の日には、我々研修生も一緒に泊まり込む日になっていた。それに先だって、夜8時頃、先生と一緒に全病棟のナースステーションを回診した。代田先生と一緒に歩いていると、研修生は何となく緊張し、沈黙に耐えられなくなる。その折の出来事。

先生に向かって私が言った「今、空きのベッドは、いくつあるでしょうね?」(そう言いながら、なんとつならない質問をしたのかと後悔した)

先生は答えた「そんなこと、知るか!」

 

13.某医学部学生の女性が、浪人時代から当院に来院していた。患者として来院してすでに4年ほど経ち、患者としても、すでにかなり針の通(ツウ)になっていた。その医学部のサークル活動の一つに、東洋医学クラブがあったので、覗いてみたことがあったという。そして次のように私に話した。

そのリーダーである先生が、患者役の者に刺針すると、必ずといってよいほど出血した。その先生は、針をすると出血するのは当たり前だと説明した。

その傍らで見学していた医学生は、真剣な顔で頷いていたという。

 

14.代田先生の奥様は、目鼻立ちがくっきりした美人の女医さんである。昔、代田先生がその人と結婚したいと、先方の御両親に挨拶に行った。

先方のお父様がこう言ったという。「あの、サルでいいんですか?」

 

15.イギリス人と日本人のハーフの男性が来院している。外見はまったくの外国人だが、日本生まれ日本育ちであって、海外生活の経験はない。日本語は得意だが、英語は苦手としている。

その彼がこう言った。「街を歩いていると、すぐ外人が話しかけてくるんで困るんですよね」

 

16.トルコ人男性と結婚した日本人女性が来院している。この女性の外見は、どこか日本人離れしていて、中近東風な雰囲気があった。

彼女がこう言った。「日本語お上手ですねといわれる。」

こうも言った。「夫の国トルコに行くと、トルコ人とは思われず、キリギス人かと聞かれる」

 

17.患者の息子さんに世界的なチェリストの毛利伯郎さんという方がいる。その毛利さんに、やはり世界的なチェリストであるヨーヨーマ(中国系アメリカ人)が話しかけた。
ヨーヨーマ「キミは、チェロが上手なんだって? 」
毛利「そうでも、ないです」
ヨーヨーマ「ああ、そうですか」

その返事を聞いて毛利さんは苦笑いした。やはり中国人だなと思ったという。

 

18.常連患者のN夫人の話。ある日の夜、子供も寝たことだし、というので久しぶりに夫と仲良くテレビゲーム「桃太郎電鉄」を始めた。

ゲーム途中で、その時は、N夫人にキングボンビーがついていた。しかし「特急カード」と「ぶっとびカード」を持っていたので、「特急カード」で夫のコマを追い越し、次に「ぶっ飛びカード」で、夫のコマからはるかに遠ざかってしまった。
それを見ていた夫は、「お前はそんな人間だったのか」と言って突然怒り出し、「そういう時のために、コンピュータ自動操作のコマがある」と訳の分からないことを言い、とうとうその夫人を泣かせてしまった。

それまでおとなしく寝ていた息子は、夫のどなり声で目覚め、何事が起きたのか、とリビングに行った。テレビ画面を見ると、キングボンビーが出ていたので、息子は恐くなって泣き出したという。

ゲーム中止になったことは、云うまでもない。



20.当院通院中の患者で高齢の元開業医がいる。この家は、奥様と娘夫婦の4人暮らしである。犬も一匹飼っている。犬というのは、ボスが誰であるかを敏感に認識する。犬の世話をするのが娘が一番多いのだが、残念ながら第2位の偉さであって、ボスはその亭主である。三番は元医者の奥様、最下位は彼自身である。 



21.後輩針灸師のK君が私に言った。「先生の電話って、アメリカみたいですね」
そう言われて一瞬何のことが分からなかったが、なにかカッコイイものを予想した。
少々期待しつつ、「どうして?」と聞くと、
自分の用件が済むと、相手の返答を待たず、ガッチャッと電話をきる」と返事をした。



22.某女子大の非常勤講師(日本史)をしている患者がいる。
「女子大で教えるなんて、いいですね」と私は言った。
患者は予想外の返答をした。
「私の教えている教室には20名の女子大生がいる。すると誰かしら生理中の人がいるわけで、教室には血の臭いがするんです」
※この患者は、博識で専門書も2冊著している。その患者がこんなことも教えてくれた。
「はたけ」という漢字には、畑と畠があり、姓にも畑山とか畠山の2通りがある。前者の畑は、火があるが、焼き畑農法としての畑である。一方、後者の畠には白があって、これは水を意味しており、水田農法としての畠である。つまり畠の方が近代なのだという。


23.玉川病院勤務時代の代田先生へ一通の手紙が届いた。ビートルズのジョン・レノン(ポール・マッカートニーだったかも)からのもので、「1千万円払うから、1年間自分の処にきて主治医をやってくれないか」と書いてあった。代田先生は、1億円くれるならば行ってもよい。日本の玉川病院に来るなら、1回35
00円で治療してやる」と返信した。

その後、ジョン・レノンからの手紙は途絶えた。



24.玉川病院時代、代田先生の同輩に、光藤英彦先生(前、愛媛県立中央病院付属東洋医学研究所所長)という医師がいて、代田先生と共同で鍼灸の研究や臨床に活躍した。当時玉川病院の鍼灸治療費は、初回4500円、二回目以降は3500円に設定していたのだが、光藤先生の治療は、自分で1回5000円と設定していた(これは自分の懐に入らず、病院の収入になる)。また病院内部のスタッフには、通常は治療費を取らなかったが、光藤先生は、同額を請求した。

病院スタッフが、自分の身体に対して光藤先生にちょと相談しても、相談後には5000円の請求書を渡したので、皆から恐れられた。明るく実力がある先生だったので、それでも相談しない訳にはいかない。そこで、請求書を渡されないよう、診察室に入らず、診察室のドアから首だけを出した状態で、光藤先生に相談するようになった。

 

25.元高校教員の患者から聞いた話。ある年、新人の高校教員がやってきた。新人挨拶とのことで、その人は、「まだ若輩ですが、‥‥」と言った。以来、あだ名が若輩となった。五十過ぎた現在でも、若輩のままである。

 

26.老夫婦・娘夫婦と、家族ぐるみで当院にかかっている人たちがいる。その老夫婦は、娘の車に乗せてもらい、当院までの送り迎えをしている。両親の食事もつくるなど、結構親孝行の娘である。
ある時、老夫婦が治療に来ていて、私に言った。娘は結婚して随分変わり、しっかり者になった。けれども昔の独身時代は家の仕事は一切しなかったので、「フン
製造機」と呼んでいた。 

27.脊椎圧迫骨折による背痛ということで、90代の女性の家に往診に出かけた。頭は全然ぼけていない様子だった。ふとリビングを見ると、少年ジャンプとムー(宇宙人とか空飛ぶ円盤とかを扱う、トンデモ雑誌)が何冊か置かれていた。同居している息子(60代)ともども、愛読者なのだという。 

 

28.ある鍼灸の大御所が自分の主催する研究会の参加者名簿を見ていたら、現代的な女性の名前が2人もあった。そこにはエリ、フミエと書かれていた。当日楽しみにして待っていると、この2人がやってきた。井上恵理と小野文恵だった。
(上地栄「昭和鍼灸の歳月」より)

 

29.当院患者のご主人のことで、奥様から聞いた話。主人は心臓が悪いため、定期的に病院に通院している。いつもは薬をもらうだけだが、たまには診察も受ける必要があるといわれ、しぶしぶ受診した。本人は「心臓が少し苦しい感じがする」ということもあり心電図をとった。すると明らかに心筋梗塞を伺わせる所見で、医師は仰天した。早速救急車を手配した。救急隊の人も、意外に元気な患者をみて不審がったが、医師から心電図を見せられ、仰天したという。早速都内専門病院に搬送され、カテーテルでステントを入れる治療を行った。

その手術実施中、つい患者はうとうとし、やがて目覚めた。「少し眠ってしまったようだ」と医師に話した。するとその医師は言った「あなた心臓が止まっていたんですよ」。そのご主人は無事に治療終了したが、奥様にこういった。「死ぬって、簡単なことなんだな」

 

30.私は診療時間中であっても、眠たい時には患者の予定が入っていない時はベッドで寝ることにしている。もちろん目覚まし時計をセットしてからだが。ベッド傍にも治療院用の電話を置いているのでスムーズな応接ができるというつもりだった。

ある日、ベッドで寝ている時、電話のベルが鳴った。眠りながらもベルの数をかぞえた。5回ベルが鳴った後、頭がボーッとしつつ電話に出た。窓の外をみると薄暗く、時計を見ると5時半だった。当院では午後6時受付終了なので、これから患者が来院する予約電話かと思った。
「はい、あんご鍼灸院です」と伝えた。
すると電話主(声の調子から70~80代の女性)は、「今何時だと思っているの?朝の5時半よ!」と言った。
次第に頭がはっきりしてきた。確かに今は午前5時半であると。冬の終わり頃の話なので、5時半といえば午前も午後も同じように外は薄くなっている。
「電話したのはそちらでしょう」と言っても、「そちらが電話したのでしょう」と言って譲らない。何度か押し問答して拉致があかず、患者でもないようなので、「何かの間違いなので、切らせてもらいますよ」といって電話を切った。

実に不思議な体験だった。



31.改めて言うまでもなく、当院は「あんご針灸院」という。これは作家の坂口安吾にちなんだもの。
数日前、昔当院にかかっていたという80代男性から電話があった。
「もしもし あんまはりきゅう ですか?」と言ってきた。
「しんきゅう」を「はりきゅう」と呼ばれるのは珍しくもないが、「あんま」と呼ばれたのは開業以来初めてのこと(私はあんまの免許は持っていない)。

いったい何を言っているのか?
どうやら「あんご」を「あんま」と記憶していたらしい。

 

32.R5.5.15 新ネタ。66才女性。最近の話で、既述の9とよく似ている。乳癌で右乳房全摘術をうけた。左乳房も乳癌になったが、こちら側は上部切開による癌組織摘出術で寛解した。乳頭があるのは左のみである。左肋間神経痛が常にある。
左側胸部が痛むとのことで、毎回寸6#2で数カ単刺していた。今回も同じように施術しようすると、ブラが邪魔だったので少々上にずらした。するとエレキバンを貼ってあるのを発見した。周囲皮膚にくらべ明らかに濃い肌色で、中央には直径1㎝ほど丘状に扁平隆起していた。少々古そうな感じだったので、爪先でエレキバンを剥がそうとした。しかし数回試みると粘着性がよく、剥がすことはできなかった。
 
その患者は大いに驚き、そこは乳頭だと声を上げた。それにしても実にマグレインにうり二つで、それにしれは乳頭輪にしては色は薄く、乳頭もこんなに扁平になるものかと思った。なぜエレキバンに間違えたのかを患者に説明すると、患者はうんざりした声で「もう、いいから」と言った。

 

 

 


輒筋穴という名称の由来 ver.1.2

2023-06-11 | 古典概念の現代的解釈

側胸部第4肋間で乳頭と並ぶ線で、中腋窩線上に淵腋穴をとり、その前方1寸に胆経上のツボとして輒筋(ちょうきん)穴がある。
「輒」は見慣れない漢字なのでネットで調べてみた。なお淵腋(胆)  は「脇の下に隠れる水溜まり(腋窩腺分泌)」の意味だろう。

すると①牛車(ぎっしゃ)などの両側の手すり、②牛車のひさし部分、③牛車をひかせるため、柄の端を牛の首に乗せる木のこと、④轍(わだち)のこと、とあった。轍とは荷車が道を走った際、2つの車輪により地面につけられた跡が肋骨だと説明したものもあった。これまで辞書というのは正確だという認識があったのだが、内容がバラバラであることに驚かされた。

④は明らかに別物なので除外できた。②の牛の首に載せる木とは何なのだろう。牛車各部の名称を図解したものを見てみると、長い柄の先には軛(くびき 首木)とよばれる横木があり、それを牛などの首に乗せ、車を牽かせるというものだった。この解釈も間違いだった。

 

軛(くびき)をつけた牛の写真
 

香港で出版された辞書には、「輒」とは荷車の側板だとの記載があった。この側板は、板を何枚も並べて作られていたものである。何枚もの板を、比喩として肋骨に例えたのだろうと、ここで初めて納得できた。輒筋は肋骨間中にあるツボだからである。肋骨の間にある筋という意味でと輒筋と名づけられたと思った。


  

しかしここで、新たな疑問がわいてきた。前胸部にあるツボの大多数は肋間にあるわけで、肋間にあるのは何も輒筋穴だけの特徴ではない。輒筋穴特有の解剖学的特徴は何かないのかと、再び解剖図と経穴図を見比べ検討すると、側胸の一部分には前鋸筋があることに気づいた。前鋸筋も板が並んでいるように見える。すんわち輒筋の「筋」は肋間筋ではなく、前鋸筋のことだと理解した。

「輒」の字を分解すると、「車」+「耳」+「L(おつにょう)」になる。そして「耳」と「L」で、柔らかい耳タブを意味すると書いてあった。なるほど、そういうことだったのかと、初めて腑に落ちた。前鋸筋のノコギリのようにみえる筋の一つ一つは、耳朶のようにも見えないこともない。


胃の大絡・脾の大絡の考察

2023-06-09 | 古典概念の現代的解釈

最近私は、ツボの由来に興味があり、本ブログにも数回報告してきた。この次は前胸部のツボの由来に取り組もうという段になり、「胃の大絡」「脾の大絡」という単語が出てきた。かすかに鍼灸学校で勉強した覚えは残っていたが、内容については何も記憶してなかった。自分なりに調べてみると、胃の大絡は良いとして、脾の大絡について納得できる説明は見つからなかった。私だけでなく、多くの針灸師も脾の大絡について理解できていないのではなかろうか。そこで胃の大絡について一通り説明した後、脾の大絡について私独自の見解を記すことにした。

1.胃の大絡=左乳根       
 
1)胃の大絡とは何か

   
胃の大絡の別名を虚里(こり)という。「虚」とはむなしい、うつろになっている状態、「里」とは距離を意味するので、虚里とは勢いの乏しい動きのこと示すと思えた。
虚里の動とは左乳下三寸のにある心拍動をさす。虚里の動は、「胃の気」と「宗気」に関係していて、元気の衰えや残された生命力を測る反応になる。胃の大絡とは、胃から直接出る1本の大絡脈で、胃から上に行き、横隔膜を貫通して肺に連絡した後、外に向かって分かれ出て、左乳下の心尖拍動部する部に分布するとされる。
 
2)心尖拍動

     
心収縮期に心尖部(最も左外側で触知する心臓の左前方の尖端)が前胸壁に突き当たり、その部分が心臓の拍動とともに持ち上がる現象。心尖部が胸壁に衝突して起こる胸壁上の隆起。心臓の収縮期に正常では第5肋間、左乳線より1横指内側の心臓の外端より少し内側(乳根~歩廊穴だろう)にあたる位置で触診できる。心尖拍動の診察により左室拡大、左室肥大の有無などが分かる。
※乳根:胃経。第4肋間外方4寸の乳頭部に「乳中」をとり、その下1寸で第5肋間に「乳根」をとる。
 歩廊:腎経。「乳根」の内方2寸。「中庭」の外方2寸。


3)虚里の動の自説

   
肌に触れている服の上からでも拍動を確認できる状況では、すでに臓腑の気が衰弱して、宗気が外に漏れ出ていることのあらわれで、生命を維持できない危うい状態を示しているとされる。

※私は三焦について三段蒸し器のイメージをもっている。下段には水が入っていて、下から加熱して沸騰し、蒸気を出している。中段には食べ物が入っていて、下段からの蒸気で蒸している。上段は蒸気が溢れている。蒸し器上段のフタに隙間があれば、そこから蒸気(蒸し器上段の気=宗気)が漏れ出るので、上手に食物を蒸すことはできない。蒸気の漏れは、心尖拍動として観察できるのではないだろうか。



2.脾の大絡=左大包

 
1)一般的な脾の大絡の説明

   
十二経絡には、経脈から分かれて働く細かい分枝1本づつあり、これを絡脈とよぶ。
これに陽を束ねる督脈、陰を束ねる任脈、脾の大絡の三つを加えて「十五絡脈」とよぶ。脾だけは絡脈が2本あることになるが、この理由に「後天の気」を重要視しているからだとする意見がある。
脾の大絡は、脾から直接分かれ、側胸壁の「大包穴」から出て、胸脇部に散布する。
 
2)大包穴


全身に巡る気血を統括し、臓腑四肢、つまり全身にくまなく滋養をする働きがある。

大包の位置:中腋窩線上の第6肋間。「包」には、包む、包容力といった意味がある。
  

3)脾の大絡についての大胆な仮説
     
繰り返すが胃の大絡では虚里の動を診ている。虚里とは心尖拍動のことで、心臓の収縮具合を観察することで、疾病の状況を診察している。このような説明であれば十分に理解しやすい。一方、脾の大絡は、<気血を統括するとか全身を滋養する>などと説明はなされていても、脾の大絡ならではの必然性についての説明はない。

   
そうした状況なので、私は脾の大絡は横隔膜のことではないかと考えるようになった。横隔膜のすぐ左下には胃泡があり、これは左下肋部の聴打診により認知できる。このように考えると、胃の大絡と脾の大絡は次のように同列に考えることができるだろう。
例として気胸では、肺が縮小するので胃泡の位置が上がってくる。呑気症では胃泡が拡大する(鼓音領域が拡大)などが観察できる。
       
胃の大絡(左乳根)=心尖拍動を診る→心臓機能
脾の大絡(左大巨)=胃泡を診る→横隔膜の動き(肺機能)

 

 

4)食竇穴の名称について
   
食竇(脾)穴の位置は、乳根穴(胃)の外方2寸にある。食竇の名称由来を調べると、「竇」=通り穴。食竇は食べ物の通過道であり食道のこと」と説明されていることが多いが、おそらくこれは間違いだろう。もし食道を意味するとなれば、食竇穴の位置は前胸部胸骨あたりになくてはならない。私は「竇」の使われ方を調べてみると、中国では副鼻腔各洞の名前で、蝶形骨洞を蝶竇とよんでいる。
つまり竇には洞穴、空洞といった意味もあったのだった。
これは何を意味していのだろうか。左大包と同様、左食竇も胃泡部を意味していると考えるに至った。確かに大包と食竇は近い位置にある。 

   

 

    
   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


地機、承山、跗陽の触診と刺針の体位  Ver.1.5

2023-06-05 | 経穴の意味

1.教科書記載の地機穴の位置
 
地機穴は脾経の郄穴でもあるので古典的鍼灸で多用される経穴の一つである。東洋療法学校協会編教科書「経絡経穴概論」の地機の取穴は、「内果上8寸で脛骨後縁の骨際」とある。下腿内側長を1尺3寸と定めるので、下腿内側を3等分し、ほぼ上から1/3の処になる。ただし教科書には築賓の反応の取り方についての記載はない。

2.地機の取穴と意味
 
股関節外転かつ膝関節45度屈曲位、すなわち一方の足底を他方のフクラハギ内側に付けた姿勢(パトリック試験をするその手前の姿勢)をさせ、曲げた下腿内側の反応を調べていくことにする。指頭は脛骨際を容易に触知できるが、地機の高さに相当する部だけは、筋肉が邪魔して骨がうまく触知できないことに気がつく。その筋肉は誰でもシコっていて、軽く押圧しただけでも非常に痛がる。

私は、長い間このシコリの意味が分からなかったのだが、最近になって尾崎昭弘著「図解鍼灸臨床手技の実際」を何気なく読み返してみると、「地機はヒラメ筋の起始部である」と明記されていた。つまりシコリの正体はヒラメ筋の起始部だったわけだ。

補足:ヒラメ筋と腓腹筋(内側筋と外側筋がある)は併せて下腿三頭筋とよばれる。腓腹筋の起始は大腿骨で停止は踵骨の二関節筋であり、足関節伸展と膝屈曲作用があるのに対し、ヒラメ筋の起始は腓骨頭と脛骨、停止は踵骨の単関節筋であり、足関節伸展作用のみがある。仰臥位で膝屈曲肢位では、膝に負荷がかかっているわけではなく、足関節底屈の弱い負荷がかかっている。したがって両筋とも弱い負荷がかかっている訳だが、一般に二関節筋は関節の伸展状態で優位に働き、単関節筋は関節の屈曲状態で優位に働く特性があるので、膝屈曲位ではヒラメ筋の方が緊張している状態にある。ヒラメ筋緊張を増強させるにはさらに足関節伸展位にするとよい。(介護予防主任運動指導員、古賀真人氏の指導による)

※地機の語源

ネットで「地機」を検索すると、ツボの地機以上に、織機の地機の記事が上位に並ぶことに気づく。機織り機の種類にはいくつかあるが、次第に改良されつにつれ、その構造も複雑になっていった。現在の機織り機は、<高機(たかばた)>とよばれ、歴史ドラマなどでたまに目にすることがある。それに対して<地機>(じばた)は、原始的な織機で、地面に直接杭を打って、タテ糸を引っ張り力を保つ方式になっている。つまり地機の語源は、地面に設置された織機という意味であろうか。高機は、よこ糸が表にくるが、地機はタテ糸が表にくる。
地機におけるタテ糸の緊張とは、ヒラメ筋の緊張を意味するのだろうか。下の写真は、中近東のある部落にみる地機であり、ネットで発見したものである。地面に、じかにタテ糸を引っ張っている。人体の場合、地面に相当するのは、脛骨であろう。


 

※大杼の語源

地機穴を織機を結びつけるのは、唐突な考えではないのか思うこともあったのだが、後に大杼穴(上背部、第1胸椎(T1)棘突起下縁と同じ高さ、後正中線上の外方1.5寸)の由来が機織りの、横糸の間に縦糸を通すのに使われる道具であることを知った。脊椎の両側に伸びる横突起の形が杼に似ている。第1胸椎は最も大き椎体なので大杼となったという。やはり当時の中国人も織物は関心事だったに違いない。地機と大杼には共通項があった。

 



.仰臥位での承山・承筋刺針の体位

先に地機はヒラメ筋上にあるので、ヒラメ筋は緊張し腓腹筋は弛緩する体位となる股関節外転かつ膝関節屈曲位にして、地機刺針を行うこ効果的であることを説明した。

では、仰臥位の時、腓腹筋を緊張位で承筋や承山に刺針するにはどうすればよいだろうか。

それには、まず治療側の膝をのばした状態で下肢を挙上30度程度にする。この体位にすると腓腹筋、ヒラメ筋の両方が緊張している。患者の下腿後側とベッド間に術者の一側の膝をもぐりこませつつ、術者の両前腕で患者の下腿を抱え込み保持。次に術者の手指を上手に使って承山や承筋に刺針するとよい。


4.跗陽の触診方法

跗陽は、外果の上3寸でアキレス腱前縁にとる。膀胱経ではあまり目立たない穴だが、陽蹻脈の郄穴となっている。もっとも奇経は八宗穴が治療でよく使われるが郄穴の使い方はよく分かっていないのだが・・・ 跗陽の反応は、仰臥位で術者の手を被験者の踵とベットの間に入れ、少し下腿を挙上させ、もう片方の手指で押圧しつつ擦過するようにするとよい。隆起していれば陽性とする。もともと圧痛はあまり出ない。