針灸院に来るめまいの2大疾患は、項部の筋コリを別格とすれば、良性発作性頭位性めまい症とメニエール病であろう。両疾患とも、特別な針灸治療法があるわけでなく、項部の筋コリを緩めることで改善していくというのが実情のようで、治療のアセスメントにしっかりとしたものはないようだ。
最近、上記2疾患の病態生理に共通点のあることが指摘された。卵円囊、正円囊から剥がれた耳石片が原因をつくるのだという。
1.平衡覚センサーとしての平衡斑とプクラ
内耳の前庭には卵形囊と球形囊がある。半規管近くには卵円囊があり、蝸牛近くには球形囊があって、それぞれの内部には平衡斑(=耳石器)がある。平衡斑内部には耳石があり、この動きにより自分の頭位情報を中枢に伝えることで、体をまっすぐに保つ静的平衡覚に関係している。身体の動きにあわせてバランスを保ち、まっすぐに体を保つことができるのは平衡斑の働きによる。
卵形嚢と球形嚢の平衡斑は互いに直交していて、卵形嚢では水平方向の直線加速度(電車発着の加速度など)を感知し、球形嚢では垂直方向(エレベーター昇降の加速度など)の動きを感知している。
一方半規管の根元の膨大部にはプクラ(=膨大部頂)があり、プクラ内部には感覚毛集合体がある。半規管内部にはリンパ液が充満している。頭を動かすと半規管内部のリンパ液が動き、これにつれてプクラも動く。プクラの動きは、回転加速度(=動的平衡)の情報を中枢に送る役割がある。半規管は互いに直角になるよう3本ある。
2.良性発作性頭位めまい
1)原因と病態生理
卵形嚢の平衡斑にある耳石から小さな耳石片が剥がれ、それが半規管内に混入することがある。この砂粒様の耳石片は細かいので、リンパの動きに影響を与えることはない。しかし長期寝たきりや外傷などで、耳石が長時間同じ場所に集まると、次第に結合して大きな塊になり、リンパ液の流れを乱すまでになり、めまい発作を起こすようになる。
耳石片は、やがてリンパ液中に溶けていくので1ヶ月以内に7割が自然治癒する。しかし次々に新しい耳石片が剥がれるケースでは、回復には長期間を要する。
2)症状
①特定の頭位変換で誘発される回転性のめまい。30秒ほどすると自然消滅。
②難聴・耳鳴(-)
③減衰現象(+):ある特定の方向を向いて、数秒後にめまい出現するが繰り返すうちに、 めまい減衰。
3.メニエール病
1)原因と病態生理
蝸牛管内のリンパは絶えず産生され排出され、一定量を保持している。しかし球形嚢内で耳石が剥離し、耳石片が内リンパ液の通路を塞ぐと、内リンパ液は行き場を失い、蝸牛は内リンパ水腫となり、難聴・耳鳴りが起きる。内リンパ水腫がある限界に達すると、外リンパ液との境界(=ライスネル膜)が破れ、リンパ液の乱流がおこり、その際に回転性めまいが起こる。
しばらくするとライスネル膜は自然修復され、内外のリンパ圧は等しくなるので、症状は寛解するが、数週間~数ヶ月後には同じ機序で発作を繰り返す。
メニエール発作とは、発作性反復性に生ずる回転性めまいをいう。これを<前庭型メニエール病>とよぶことがある。メニエール病には<蝸牛型メニエール病>もある。これは従来、急性低音障害型感音性難聴に分類されていたものである。めまいを伴わずに低音域の難聴と耳鳴りだけが反復。人の声は中音域なので、あまりコミュニケーションに不自由しない。このタイプはと分類され、緩解しやすいが再発もしやすい難聴として知られる。20~40代の若い女性が多く発症。
2)症状
本疾患は、めまいの4割近くを占める。40~50才台に好発。性差なし。
三主徴は、めまい(回転性)、耳鳴り、難聴
①水圧が上昇して音を感ずる細胞を圧迫→鼓膜からの振動が伝達しにくい→感覚細胞を乗せて震動する蝸牛基底板の動きを全体的に悪くするので、低音障害型の難聴となる。
②水圧上昇し、膜迷路が膨張し、ライスネル膜が破れると発作性回転性めまい(反復性)
③難聴耳鳴は一側性。難聴、耳鳴が同時に起こる。補充現象(+)
④めまい発作は2~3時間程度、ときに半日続く(30分程度で治まるということはない)。
⑤めまい発作は、発作性反復性に起こる。めまい発作が治まり、寛解期に移行すれば、難聴・耳鳴も消失する。
4.めまいの針灸治療の検討
1)頚部性めまいの針灸治療
針灸治療は頚性めまいに効果あるとされている。すなわち内耳平衡機能障害によらず、頸コリにより生じた非回転性めまいに針灸は有効ということだ。非回転性とは、フラフラした足が地面につかない感じ。あるいはまっすぐに歩くつもりでも、片一方に寄ってしまうというような状態をいう。
内耳の障害ではないので、前庭症状(-)、回転性めまい(-)、難聴・耳鳴り(-)。
平衡感覚に関する情報は、①内耳から、②目から、③深部感覚から来た情報が橋・延髄移行部にある前庭神経核に集められ、互いに照合されて平衡機能としての用を成す。頚性まいとは、③の深部感覚情報の誤作動で前庭脳の情報処理に矛盾をきたした結果である。深部感感覚は全身的に存在しているが、頭位とのかかわりを考えた場合、頸部深部筋との関わりが深い。頸部深部筋とは、後頭下筋、頭板状筋・頭最長筋・頭半棘筋などをさす。
前庭は左右独立して機能しており、一側前庭の興奮は同側の筋緊張を高めている。左右同じ程度に前庭が働くことで、筋の左右バランスがとれ、正常な平衡感覚を保つことができる。もし左右一側の頚部深部筋の緊張がると、その側の前庭機能のみ亢進するので、平衡感覚異常が生ずる。したがって一側の頚コリを改善することが、平衡感覚異常の治療になる。
2)良性発作性めまいの針灸治療
本症は椅座位から仰臥位になるなどの体位変換時に、地面がひっくりかえるような感じがするので、患者は恐怖感がある。これは一瞬にしておこる激しい症状なので、発作時は独歩して針灸院に通院することはない。膝痛など他の疾患で治療していて体位変換を指示する際、良性発作性めまい発作が突発することはあるが、患者は慣れており、数十秒じっと動かないでいると自然に発作はおさまることを知っている。したがって、この時も針灸の出番はない。
良性発作性めまいについては、半規管内に混入した耳石片を、元の耳石器位置にもどす矯正手技(エプリー法やランバート法)は知られているが、耳石片を消すような薬物療法はない。ただ応急処置としてメイロン静注(炭酸水素ナトリウム)が行われ、数分後には寛解することが多い。メイロンの作用機序は耳石に作用して加速刺激感受性を低下させたり、内耳血管を拡張して効果をもたらす。剥がれた耳石片が半規管内リンパに溶け込めば治ったといえるだろうが、次々に新たな耳石片が半規管中に混入するとなると、治癒までは長期間かかる。
3)メニエール病の針灸治療
40年も昔になるが、東京女子医大耳鼻科の研究で、メニエールの発症には自律神経が関与しているらしいので、針灸治療が効果あるかもしれないから、実際に効果あるのかどうかやってみようという話になった。針灸施術は代田文彦が行った。臨床研究は十年以上続けられ、次の好成績を得た。
①めまい(3年間観察):著効 65% 、有効 26%、無効 18% 、判定不能 4%(計23例)。
②聴力(5年間観察):改善 5.6%、不変 91.5% 悪化 2.8%(計59例、71耳)
※聴力改善の成績はあまりよくないが、薬物療法よりは効果がある。
メニエール病に針灸治療する意義とは、頭部や項部の針灸刺激により、これらの筋緊張が緩和され、そのことが前庭-脊髄反射の逆の作用を起こし、前庭機能を強化するのだろう。ただしメニエール発作を改善させるのではなく、次に起こる発作までの期間を長引かせる作用になると代田文彦は考察した。
4)慢性メニエール病の針灸治療
メニエール病の活動期と安定期を長期間繰り返しているうちに、症状か慢性化する状態をいう。めまい発作を繰り返すうちに、ライスネル膜は厚くなるので、膜の破綻は起きにくくなるが、常に内外のリンパ圧が違うことで、コルチ器が正常に機能せず、持続的な難聴・耳鳴を生ずるようになる。慢性メニエールは恒常的に内リンパに圧の圧力が高まっているので、耳閉感が主訴(頭がパンパンになる)となる。このような症状改善が治療目標となる。
治療原理は急性メニエール病と同 じく前庭脊髄反射により、項部~側頸部が非常に緊張するので、天柱・上天柱・風池・百会などの筋緊張部に刺針(できれば中国針)20~30分間することで、前庭機能によい影響を与える。ただし完治するのではなく、週1回程度の定期的通院で快適な生活を過ごせることが治療目標になる。