AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

泌尿器科症状に対する陰部神経刺針の限界 ver.1.1

2020-12-31 | 泌尿・生殖器症状

1.泌尿器科症状して期待はずれの陰部神経刺針

筆者は馬尾性脊柱管狭窄症に対して陰部神経刺針を鍼灸臨床の中で日常的に行っている。馬尾性脊柱管狭窄症の間欠性跛行「5分以上歩くと脚が前にでづらくなる」という訴えに対し、陰部神経刺針をすると、陰部神経支配領域であるペニス・陰嚢・肛門・直腸あたりに響きが得られるので、泌尿器科疾患に対しても陰部神経刺針が有効かもしれぬという思いがあった。そのことをブログにも書いたことで、泌尿器系愁訴をもった患者が遠方からでも来るようになった。

 
陰部神経刺針そのものは、すでに豊富な経験があって、ほぼ確実に針響を陰部にもっていくことができるようになっていた。しかし実際に行ってみると、このことが治療効果につながらないことに気づいた。最近のカルテで該当するものを以下にリストアップしてみる。症例2は陰部神経運動針がある程度効果的だったが、その他の症例は無効といってよく治療1~3回で脱落してしまうことが多かった。


症例1:25才、男。排便時に肛門が開きにくく、大便が出にくい。

症例2:53才、女。会陰痛。会陰がぴくぴくする。脱肛感。
症例3:39才、男。左鼠径部~精索部痛。会陰痛。
症例4:46才、女。左坐骨結節部痛
症例5:52才、男。右陰嚢部痛。
症例6:49才、女。左大腿内側部痛、左坐骨結節部痛。 
症例7:30才、男。肛門奥が突き上げるように痛む。
症例8:26才、男。20才で包茎手術。その直後からペニス部あピリピリ痛む。

2.陰部神経刺針の真のねらい

糸のような細い陰部神経に直接命中させることは本来難しいはずである。私がほぼ確実に陰部に針響を導くことが出できると書いたのだが、今思うと実際には緊張状態にある閉鎖膜部分にある内閉鎖筋に針先を入れたのではないかと考えている。
というのは、刺針深度を深めていって、響く直前に、そのことを予見できるからで、刺し手に針先が硬い組織に入ったことを感じれるからである。

 

 

3.内閉鎖筋と陰部神経刺激刺針について
 
1)内閉鎖筋の基本事項 

    
内閉鎖筋の起始は、寛骨内面(弓状線下)で閉鎖膜周囲である。途中坐骨結節を越える部分で走行が直角に折れ曲がり、大腿骨転子窩に停止する。作用は大腿骨外旋。上図は、「烏丸いとう鍼灸院」のブログに載っていたものであるが、院長の伊藤千展氏は、泌尿器疾患の鍼灸治療を専門に行っているようだが、私と同じ見方をしていて、治療上の悩みまで共通していることに驚いた。 

 

)内閉鎖筋の解剖学的特徴と泌尿器科症状の関連
   
内閉鎖筋は小坐骨孔(仙結節靭帯と仙棘靭帯で構成される間隙でその中を内閉鎖筋と陰部神経、陰部動脈が通過)を通過している。この解剖学的特徴により、内閉の緊張によって陰部神経や陰部動脈を圧迫して泌尿器科症状を生ずることがある。

 

3)内閉鎖筋緊張の診察


内閉鎖筋の緊張の有無を調べるには、被験者を側腹位にさせ、坐骨結節の裏側を強く触診す  るようにする。非根性坐骨神経痛や泌尿器症状があれば本筋過緊張を一応疑ってみる。

 

 

 4)陰部神経刺針(内閉鎖筋刺針)の適応
   
陰部神経刺針を行うと、当然ながら陰部に針響を与える場合が多いが、この刺針では小坐骨孔を通過する辺りで、内閉鎖筋を同時に刺激していることになり、泌尿器科症状(仙骨部痛、尾骨痛、直腸肛門痛、括約筋不全、排便障害、下腹部症状泌尿器症状)をもたらすことがあ
る。実際、内閉鎖筋の筋緊張が原因であれば、陰部神経刺針で奏功が期待できるのだろう。
  
しかし症状が、真の泌尿器科臓器の問題に起因するのであれば、陰部神経刺針は症療法にすぎず、直後効果さえ効果は不十分になりがちなのが現状である。陰部神経症状をもたらしている元の病態が存在しているので、陰部神経を刺激するだけでは効果が少ないのかと思った。要するに壊れかけた電気製品を叩いてみて、調子よくなったようにみえても、結局はダメなのに似ている。その上、泌尿器症状を訴えて鍼灸に来院する患者は、それ以前に泌尿器科や婦人科の診察を受け、そこの医療施設でうまく治療できかったから鍼灸に希望を求める訳で、もともと難症であることが多いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


乳汁生成に対する古典的考えと乳房症状に対する針灸治療

2020-12-26 | 産婦人科症状

1.乳の生成過程の生理

1)乳腺葉が血液から乳を生成する

小腸から吸収された栄養素は、肝臓に集められた後、血液によって全身各所へ運ばれる。乳房の中には、乳頭につながる太い乳腺が何本も通っている。この乳腺の根元には、乳腺葉があり、乳腺葉には多数の毛細血管が張り巡らされて、乳腺細胞が並んでいる。
乳房基部に運ばれた血液が乳腺葉の毛細血管に届くと、乳腺細胞は血液中の赤血球は取り込まない一方、白血球、アルブミン、グロブリン、各種栄養素を取り込んで母乳を生成する。

2)血液は赤いのに、乳汁が白いのはなぜか


血液が赤いのは、ヘモグロビン色素を含む赤血球が赤いため。(タコやイカなどはヘモシアニンという青い色素を使って酸素を運ぶため、その血液は青く見える)。

乳が赤く見えないのは、赤血球を含まないからである。白く見えるのは、脂肪分やタンパク質の小さな粒子が溶け分散してコロイド溶液状になっていて、分散した粒子に当たった光がランダムに散乱して、さまざまな色(=波長)の光が均等に混ざることで白く見える。白い色素が溶けているからではない。


2.乳汁の生成の東西古典理論

1)ギリシャの哲学者アリストテレス(BC384-BC32)は、「乳は調理された血液である」とした。妊娠以降浄化排泄(月経)は胎児が女ならば30日、男なら40日続いたあと、血液は方向を変えて乳房に入り熱せられ凝固され、空気の作用で白くなったと考察した。

2)東洋医学でも乳汁は血液から造られるとした。そして出産に伴う膣からの出血やイキミにより、肝の働きが低下して蔵血作用や疏泄作用が低下すと血が回らなくなり、乳汁も出にくくなると考えた。

3)アリストテレスや東洋医学理論が上記のように考えた理由として、授乳中の女性には月経がないことを観察することで、乳が血に変わると考えていた。


2.乳汁分泌不足の針灸治療報告(立浪たか子氏)

乳汁分泌不良の婦人99例に対して、「乳房マッサージ群」と「乳房マッサージ+円皮針群」に2分して治療効果を調べた。円皮針は中府・膻中・少沢に貼附し週に1回交換。希望があれば数回繰り返した。この結果乳房マッサージ+円皮針群の方が有意に効果あった。 針灸は乳房マッサージに併用して行うことが大切である。
乳汁分泌不足には、内分泌の問題と、産後の体力低下情緒因子の問題がある。針灸治療は後者に対して効果ある。 (立浪たか子:乳汁分泌促進のためツボ療法とその効果の検討;母性衛生、第38巻4号)  


3.鬱滞性急性乳腺炎による乳房痛の針灸治療   

一般的処置としては、乳房を温めたタオルで温罨法をしたり、頻回の搾乳が効果的(乳房に熱があるようならば、冷湿布)。感染予防目的に抗生物質投与。乳房マッサージ(乳管閉塞を開通させ、シコリをほぐしてゆく)。ひどい場合には薬で一時的に乳汁分泌を止める。

1)乳房要因に対する針灸治療

①乳房の硬結部に対する局所刺針と、膻中施灸(せんねん灸など)、肩井、天宗などが知られる。針灸治療では細針で乳腺の周囲に4本程度、針先が乳腺の底辺にする角度で3.5㎝刺入(郡山七二)。

   
②深谷伊三郎は特効穴として、肩甲骨棘下窩にある天宗(膏肓でもよい)への多壮灸を推奨している。
似田考察:小腸経の天宗をとるのは、古典では乳汁分泌は小腸経に関係するとされていること、整体観として、乳房は肩甲骨に対比するものであり、乳頭部に対応するのが天宗になるため。 (ちなみに鎖骨に対比のは肩甲棘)    


③膻中を治療点として選ぶ理由は、大胸筋+胸鎖乳突筋の線維が交わる点が膻中だと考えるため。


④大胸筋の上に乳房脂肪組織が載っている。乳房外縁から、細い針でこの境の膜を、ゆっくりとほぐすように横針、置針するとよい(加藤雅和氏)。 


2)ストレス改善目的の針灸治療


母親は生まれたばかりの赤ちゃんの世話で、慢性疲労状態で、かつ情緒不安定となりがちで、ホルン系に変調をきたしやすい。こうした者への治療は、ストレス改善目的で治療を行う。とくに肩こりと背部圧迫感の改善に主眼をおいた治療を行う。頻回授乳と休息が大事。


機能性側弯症に対する操体法治療

2020-12-14 | 現代医学的針灸の公開にあたって

1.機能性側弯と器質性側弯の鑑別

まずは側弯症が機能性か器質性かを鑑別する。検者は被験者の後方に立ち、立位前屈するよう指示する。この時、左右の背部の高さに差がなければ機能性、で差があれば器質性と判断する。


2.脊柱側弯症の典型的パターン

下図は右脊柱側弯症の典型パターンで、重心は右側に寄り、右側が伸びている。骨盤は右に傾斜し、右下肢の方が長くなったかているように見える。脊柱は傾斜している側に疼痛性側弯が生じている。
右下肢の膝窩筋(委中)は体重がかかているので緊張が生じる。膝窩筋が緊張している意味は、脊柱の歪みの早期診断点だと書いているものの、それ以上の説明はない。私は膝関節が立位固定されておらず、膝屈曲待機状態にあること、つまり利き脚になっているという意味だと解釈している。
この例では、右腰部と左肩甲間部に脊柱の凸があり、この側に椎間関節接衝や長・短回  旋筋緊張による痛みが生じることが多い。逆に膝窩筋の筋緊張が強ければ、その側の骨盤か降  下していることを示唆する診断点ともなる。
 
これは側弯症の典型的なパターンだが、実際の骨盤や脊柱の歪みは多様性に富むので、たとえば右骨盤が下がっているからといって、必ずしも左肩が下がっている訳ではない右骨盤が下がっていて左肩が下がっている場合もあるので、治療としては肩峰の左右差の矯正、そして骨盤・下肢の左右差の矯正と個別にみてゆく。両方が異常な場合、骨盤・下肢の矯正を先行させる。

3.機能的側弯症に対する操体法 

機能性側弯に対して、これまでも整体的技法が行われてきた。これは側弯を是正するとともに、側弯によって二次的に生じた、頭痛・頸肩コリ・腰臀痛などの自覚症状を改善することを目的としている。ただ整体には種々の流派があって正体がはっきりしない。ここでは橋本敬三の操体法の方法を説明する。操体法は、左右の動きを比べ、動かしにくい位置から動かしやすい位置まで自動運動させ、術者はこれに抵抗を加えるという方式。PNFストレッチの応用手技といえる。
操体法の特徴は、脊柱や骨盤の歪みがあると、必ず膝窩部のシコリが出現するとし、膝窩部のシコリをとることが脊柱や骨盤の歪みにつながると主張していることである。


1)肩峰の左右の高さに差がある場合


椅坐位で、左右の肩峰の左右の高さを比較し、骨盤の左右の高さを比較してみる。肩峰の高さに左右差がある機能的側弯の場合上部脊椎の歪みを矯正する。それには図に示す通り、坐位にさせ、上体を上下左右あるいは回旋させる操体法を実施。


2)骨盤の左右の高さに差がある場合 

骨盤の左右の高さに差がある場合、見かけ上の下肢長にも異常は反映され、骨盤が下がっている側の下肢が長く見える。短く見える下肢の足底を床に置いた本やレンガの上に置き、骨盤の左右の高さが同じになるようにすると、敷物の高さを記録することで下肢長の差を知ることができる。
 
   

仰臥位または伏臥位にさせ、図のような下肢の操体法を実施する。

 

   

 


  


柳谷素霊の「五臓六腑の針」と私の刺針技法の比較

2020-12-10 | 経穴の意味

 1.「五臓六腑の針」の内容

柳谷素霊の著書の中で、「秘法一本針伝書」は異質な存在で、単に刺針ポイントを提示するだけでなく、刺針体位、患者の力の入れ具合や呼吸、刺針手技、響きについ具体的に書かれている。そこに古典的要素はない。基本的に、一つの症状に対する効果的な刺針について解説しているが、以下に述べる五臓六腑の針の意味するところは意味深である。

本書に提示された図に若干説明を加えたものを示すとともに、内容を一覧表に整理しみた。
なお図では、膈兪、脾兪、腎兪には、あえて一行の名を付け加えた。柳谷は標準経穴位置(外方1.5寸)より内側(外方1寸)を取穴しているためである。

1)胸腔疾患の治療穴として膈兪を挙げているが、膈兪は胸腔内疾患と腹腔内疾患の境界で、横隔膜の位置である。膈兪の刺針は、胸腔臓器というより横隔膜に対する治療穴らしい。体位は坐位にて上体を脱力させ、横隔膜に刺激をもっていく。

2)骨盤内疾患の治療穴として腎兪を挙げているが、腎兪の位置は腹腔内疾患と骨盤内疾患の境界である。腎兪は腰部深部に響かせるということで、骨盤内疾患の治療としてはあまり適当だとは思えない。骨盤内臓治療としては八髎穴を使った方がよい。
(図は秘法一本針伝書掲載の図をベースしているが、ヤコビー線の位置がL2~L3になっているので不正確。大腸兪の高さとヤコビー線が同じにすべき)

3)腹腔内疾患として脾兪を挙げている。脾兪はまさしく腹腔内疾患領域のほぼ中央であって、まさしく代表穴といえる。

 

2.刺針体位について

現在の鍼灸治療では、仰臥位や伏臥位(ただし腹腔内疾患では伏臥位も可)で施術することが多く坐位での施術は少ないようだ。それは交感神経優位の状態を、副交感神経優位に変化させること換言すればストレスや不眠に対する治療を行う機会が多いからだろうと思う。しかし柳谷の五臓腑野施術体位をみると、坐位や長坐位で行っている。これらの体位では身体を支えるため体幹筋は緊張態にあるので、刺針に際しては響きやすくなることが関係していると思った。


3.代表穴の針響

筆者が鍼灸を勉強し始めて二十年くらいは、柳谷素霊の「五臓六腑の針」のことを、それほど真剣に検討してこなかった。その一方で、鍼灸臨床経験が増えて、背部治療穴で使う頻度の高い穴が自然と決まってきたが、この段階までくると柳谷素霊の「五臓六腑の針」の言わんとするところをある程度理解できるようになると同時に、自分だったらこうするとの意見をもつようになる。たとえば横隔膜症状→督兪、胃疾患→外魂門(代田文誌の胃倉)、腸疾患→外志室とうように。
 
1)督兪    
 Th6棘突起下外方1.5寸と定めているが、実際には外方1寸の方が響かせやすい。伏臥位でも剤でも響かせることができる。手技が難しいのが難点。
☆筆者ブログ:横隔膜に響かせる針、督兪・膈兪の刺針と理論 2013.12.20 参照
 
2)胃倉
 外志室刺針と同じ要領で側腹位にて実施。起立筋と肋骨間に深刺。私がこの臨床的使い方を発見したのは、30年ほど昔で、外志室の刺針技法を腰部ではなく背部で行ったらどうかと考えた。すると中背部広汎に針響を得ることができた。肝兪の外方だから魂門で、それを側腹位で刺針するのだから外魂門だと自分で命名した。
代田文誌は胆石疝痛の激しい痛内臓痛に、胃倉に灸するとよいと記述しているが、この外魂門が代田のいう胃倉のことかもしれぬと思うまで10年ほど要した。以前、胆石疝痛で入院した患者に対して、外魂門に置針して数分後、鎮痛に至った治験がある。
☆筆者ブログ:胃に響かせる針、胃倉の刺針技法と理論 2013.9.1  参照
 
3)外志室
 側腹位にて、L2脊椎の高さで、起立筋と腰方形筋の筋溝を刺入点として横突起方向に、深刺刺入。腰仙筋膜深葉刺針になる。腰部のほか、下腹部、大腿外側(大腿神経刺激)や大腿内 側(閉鎖神経刺激)に針響をもってくることもできる。腰大腿痛の患者に対して使用頻度が高く、腸疾患に対する使用頻度は高くはない。腸疾患の治療穴としては八次髎穴が本スジだろう。
☆筋々膜性腰痛に対する運動針と外志室刺針 2006.3.10  参照

 


胸椎椎間関節症のアドバンス針治療 ver.1.2

2020-12-06 | 腰背痛

 1.背部一行刺針の限界

2016年6月1日に<胸椎椎間関節症には針が一番>と題したブログを発表した。

側腹位で胸椎椎間関節症に対して、胸椎の一行線に刺針すると一般的によい効果があげられることが多い。しかしながら直後効果は良くても数日経つと元にもどるケースがあったり、治療数回目まで順調に改善していても、それ以上治療回数を重ねても治療効果が頭打ちになるケースがあったりした。これが針灸の限界なのかとも思ったが、あれから一年半が経ち、背部一行刺針に運動針や体操を併用することが打開策らしいことが判明したので報告する。


2.短背筋群の構造と性質

 

 短背筋には多裂筋、長短の回旋筋、頭頸胸の半棘筋がある。その位置と機能は次のようになる。なお浅部筋である背部の起立筋は背腰部運動の主動作源であるのに対し、短背筋はそこまでの力はなく、動作時の脊柱のアラインメントを調和させる役割がある。起立筋は長いので予期しない外力が働いても力を上手に逃がしやすいのに対し、短背筋は起始停止間が短いので、まともに力を受け止めることになる。

1)多裂筋
腰椎・仙椎の高さで発達している。腰椎は椎間関節刻面の形状から、左右回旋の可動性に乏しく、前後屈の可動性がある。つまりは前後屈の動作で生ずる腰背痛は多裂筋に原因があるだろう。仙椎は癒合して一つになっているので、仙椎の椎間関節症はあり得ず、仙椎部の痛みは多裂筋性の痛みであるといえる。

2)胸椎部の短背筋は、長・短の回旋筋が発達している。胸椎は左右回旋方向の可動性に富み、前後屈の可動性に乏しい。左右回旋のための筋力は、この長・短回旋筋によるものだろう。

3)半棘筋の「半」とは脊柱上半分(Th10)以上にあるという意味であり、頭・頸・胸部で発達している。腰部には存在しない。半棘筋は上図をみると胸半棘筋は胸椎部にも発達している回旋よりも前屈背屈に関係している。半棘筋の役割は重い頭を動かすためのものだろうと考えた。寝違え時には後頭部や後頸部を治療するだけでなく、上背部一行が効果あるのはこのためだろう。その反面、胸半棘筋は背腰痛には関わりが少ないのではないだろうか。


3.背部一行刺針に運動針法を加える

胸椎部症状に対しては、立位で背部一行刺針しままま左右に上体をひねるよう指示すると治療効果が高くなる。またL5腰椎~仙椎症状には、立位で背部一行に刺針したままおじぎをするよう指示すると、治療効果が増す。キャスター付きの椅子に座らせて、上体を左右に回旋するよう指示すると、椅子が回ってしまうのでうまくいかないので注意。

   

 

4.操体法の追加

慢性的な胸椎椎間関節症は、胸椎の陳久性機能性側弯症を併発していることが多い。いくら胸椎の一行に運動鍼をしても、この側弯症を是正しないことには直後効果のみとなる。ただ側弯症は整体では問題視され、治療前治療後の写真を並べて、その効果を謳っていることも多いが、効果の持続時間はどれほどのものだろうか。
西洋医学的観点からみれば、軽症では経過観察、中症ではコルセット、重症では手術となり、整体的方法が治療効果をもたらすとは考えていない。
ただし側弯症を治すのではなく、胸椎椎間関節症による背部痛を改善するのであれば、結論は異なったものとなるのではないか。

ここでは背痛に効果をもたらすとされる操体法を紹介する。操体法の手技は、事実上PNFストレッチを行っているので、リハ的に合理性がある。

 


内臓体壁反射からみた上中腹部消化器症状に対する針灸治療様式 ver.2.4

2020-12-05 | 腹部症状

1.上腹部消化器内臓

1)上腹部内臓の反応の特徴

上部臓器(胃、十二指腸、肝胆膵、脾、腎)は交感神経優位で、病的反応があれば交感神経が興奮する。それは腹腔神経節とTh6~Th9交感神経節を興奮させる。これらはその解剖学的位置から、前者を椎前神経節、後者を椎傍神経節ともよばれる。
椎前神経節の反応は心窩部の漠然とした鈍痛を生じる。後者は交通枝を介して同じ高さの体性神経系に入り、Th6~Th9の体性神経性デルマトームに従った圧痛硬結が出現する。体性神経性デルマトームは、末梢神経分布のことなので、後枝反応として主として起立筋上の圧痛硬結が、前枝(=肋間神経)反応として主として腹直筋上に圧痛硬結が現れてくる。

2)横隔膜神経の反応
 
内臓は体壁組織に比べ、一般に反応に鈍感であり、わずかな病変であれば自覚症状や他覚所見も生じにくい。ただし横隔膜神経は体性神経なので敏感である。たとえば横隔膜隣接臓器(肺・心臓・胃・肝臓など)の病変では、本来の内臓の病的信号よりも、二次的に生じた横隔膜神経の興奮が強く出現することが多い。
上記の上腹部臓器の病変では、常に横隔膜神経の反応を考慮するべきである。横隔膜神経はC3C4からでる脊髄神経であり、本神経興奮ではC3デルマトーム反応として後頸部、C4デルマトーム反応として肩甲上部のコリや痛みが出現する。 たとえば胃が悪いと左頸肩のコリ痛みが出やすく、肝臓が悪いと右頸肩のコリ痛みが出やすくなる。逆に頸肩部のコリ痛みに対する施術が横隔膜神経を介して内臓治療に関係してくる。

3)上腹部消化器内臓の針灸治療パターン
 
針灸治療は、体性神経系に対する施術を直接目標としているので、次の3つの方向から施術する。
  Th6~Th9前枝の刺激 → Th6~Th9腹直筋(歩廊~滑肉門)
  Th6~Th9後枝の刺激 → Th6~Th9起立筋(膈兪~肝兪)

膜神経刺激 → C3C4デルマトーム(頸肩コリの治療)

  横隔

 

2.中腹部消化器内臓

1)中腹部臓器の反応の特徴

中腹部臓器(小腸、虫垂、左結腸彎曲部までの大腸。ただし文献によっては上行結腸までの大腸)も交感神経優位で、病的反応により交感神経が興奮し、上腸間膜神経節(椎前神経節)とTh10~Th12交感神経節(椎傍神経節)を興奮させる。
 
椎前神経節の反応は臍部の漠然とした鈍痛を生じる。後者は交通枝を介して同じ高さの体性神経系に入り、Th10~Th12の体性神経性デルマトームに従った圧痛硬結が出現する。すなわち、後枝反応として主として起立筋上の圧痛硬結が、前枝(=肋間神経)反応として主として腹直筋上に圧痛硬結が現れてくることになる。※ただし上腸間膜動脈神経節の反応は腹腔神経節を仲介するので、実際には臍部痛よりも心窩部痛を訴えるケースが多くなる。 

2)中腹部消化器内臓の針灸治療パターン
考え方は、上腹部臓器の針灸と同じだが横隔膜神経は関与しないので、次の2つの方向から施術する。
  
Th10~Th12前枝の刺激 → Th10~Th12腹直筋(天枢~大赫)
Th10~Th12後枝の刺激 → Th10~Th12起立筋(脾兪~三焦兪)
意外なことに、体幹前面においては、臍から下腹部領域が、中部消化器の治療に使われることになる。

3.アナトミートレインの浅前線との関係

以上が2006年に発表した「内臓体壁反射理論からみた鍼灸治療方針」だが、その通りの治療を行ったとしても、これは言うなれば「型」であって、実戦とな異なる。実戦では臨床でよりより効果を出すにはどんな考え方や技術でも使うべきなのだろう。こうした考えの中にあって、数年前からアナトミートレインという考え方が出現し、その中の浅前線が胃経走行に似ていることを知った。

アナトミートレインでは、足三里のある前脛骨筋と腹直筋は連絡しているので、腹直筋に影響を与えようとして足三里を刺激するという方法が成り立つ。ただしアナトミートレインは内臓は無関係なので、足三里を刺激したからといって胃に影響を与えることはできない。
一方胃経流注を考えれば、腹部の腹直筋を直脈が下する一方、支脈脈は鎖骨上窩(缺盆)から深く潜行して腹部の胃に入出し、鼠径溝(気衝)から表層に出て直脈と合流する流れになるので、足三里刺激で胃に影響を与えることができる理屈になる。

実際に足三里を刺激すると、百回に1回程度は胃や腸のグル音を聴取することができるという程度の関連性であって、胃の悪い患者に対して足三里の灸は有名なのだが、胃の悪い患者に自信をもって足三里を刺激するのかと自問してみれば、効かないと困るので体幹前面と体幹背面の刺激も並行して施術するということしか言えないのではないか。

私は足三里刺激→腹直筋、そして腹直筋刺激→胃に影響という論法を考えみた。足三里刺激→胃に影響を与えるという訳ではないので、足三里が確実に胃に影響を与えるというわけではく、それは腹直筋の状態次第になる。腹直筋が緊張していることが、反射板的作用となって胃に影響を与えると思った。したがって、腹筋を緊張させた状態で足三里に刺針して下腿に響かせることが胃に影響を与えるコツではないのかと考えた。


4.胃部症状に対する坐位での治療

上腹部症状の代表である胃症状に対し、諸先輩は坐位での治療が多いことに気づかされる。

1)柳谷素霊の五臓六腑の鍼<膈兪>
体位: 腹に力を入れさせ、姿勢は正座するも伏臥させるのもよい。(上背部刺針では正座させ、上体を脱力、息を静かに深く呼吸させる)
位置: Th7棘突起下で、棘突起から外方1寸内外。 
刺針: 寸3または寸6の2~5番の針で1~1.3寸ほど直刺。横隔膜に針を響きをもっていく。響きが至れば弾振後、抜針する。
適応 横隔膜症状、横隔膜痙攣


2)高岡松雄「医家のための痛みのハリ治療」座位での上腹部刺針(医道の日本社、昭和55年)

つわりの皮内針治療として、次のように記している。「つわりでは、日中きている時に吐き気や不快感が強いが、夜間就寝時には少ないことから、立位で反応点を診察する。壁に背中をつけた姿勢で上腹部を探すると、巨闕~中脘あたりの任脈を中心に圧痛点が発見できる。また壁に胸腹をつけた姿勢で腰背部を探すと脾兪~胃あたりで、胃の裏あたりに相当する起立筋上に圧痛点を発見できる。これらの反応点すべてに皮内針を貼る。」
似田註釈:つわりの針灸治療といっても、症状は悪心嘔吐中心であり、これは胃の不調の治療と同様に考えてよい。腹筋のしこりを緩めることが重要で、座位や立位にての腹直筋附近の反応点刺針は、実用的な方法となる。


3)橋本敬三「万病を治せる妙療法」より胃のつかえの治療
 
操体法では「胃のつかえ」は、現代医学ではうまく治療できず、その真因は上腹部腹直筋と中背部筋の筋緊張によることがあるとしている。一見すると胃症状と思えても、実際は体壁の筋緊張に由来している。下記の手技はPNFストレッチ(徒手抵抗ストレッチ。抵抗を加えながら筋肉を収縮させた後、抵抗をなくすことで、筋緊張を緩めるのに適している)の応用例といえる。足三里の刺激が胃に効くというのも、足三里の刺激→腹直筋緊張軽減→胃症状軽減といった機序になるかもしれない。換言すれば、足三里の刺激→胃症状の軽減という直接的な関係になっていないのではないか。