AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

改訂版・針灸院における凍結肩の対応 ver.1.1

2024-07-29 | 肩関節痛

1.凍結肩の概説

五十才前後で肩関節痛が生じると、凍結肩に至ることがあり、一度凍結肩になると自然回復まで半年~2年かかるとされる。現代では、凍結肩とは癒着性関節包炎のことをさすようだ。
若年層では肩関節が老化していないので、そもそも炎症が生じにくい。一方高齢者で肩関節の炎症は生じやすいが、血行が悪いので炎症は拡大せず自然に消退する。ということで五十才前後の者に肩痛が生じると、凍結肩に至ることが多い。
すなわち肩腱板炎症→肩峰下滑液包への炎症拡大→滑液包の癒着→関節包全体の癒着と進行する。一端凍結肩になると、効果的な治療に乏しいが、半年~2年の経過で自然回復するとされる。なお凍結肩の自然回復の機序についてはまだ不明な点が多い。

水色→生理的な関節液  オレンジ色→炎症  黒色→ 癒着


広義の五十肩症状は、疼痛と運動制限が2大症状となるが、痛みは関節包や筋腱の炎症による痛みに関係し、運動制限は関節包の癒着に関係するので、その症状の推移は二相性である。
凍結肩は、運動制限のある状態で、肩関節の自動ROMと他動ROMはともに制限を受ける。
ROM制限があることは凍結肩の必須条件だが、痛みはある場合とない場合がある。

 

痛みがあるケースでは、経過とともに痛みは減少するのが普通だが、いつまでも痛みが引かない例もある。このようなタイプは肩関節の可動域制限と疼痛のWパンチで非常に苦しむ。少しでも腕を動かすとズキンとする強い痛みである。この痛みは針灸での鎮痛させる程度を越えているように思える。おそらくこの病態は癒着性関節包炎に移行せず、肩峰下滑液包炎で留まっている状態であり、整形でもらう強力な痛み止めを使い、何とかこの病期を乗り越えるしかないようだ。
 
凍結肩になると、整形外科に通院するのが普通だが、保存療法で効果的な治療法があまりない。そこで患者は、何かよい治療はないものかと針灸院を訪問することも多い。
無論、針灸院でも特効的な治療があるわけでない。とはいえ、せっかく来院したのだから、少しでも改善できる治療を行ってみたいところだ。そうした意味で、次の方法は試みる価値がありそうだ。

 

2.凍結肩の針灸治療
 
1)「次どこ方式」の刺針
 
凍結肩は本質的には滑液包や関節包由来の痛みなので、直接的に働きかける針灸治療がない。ただ特定の筋に対する施術ではなく、「痛むので動かさない」ことで生じた浅層ファッシアの癒着に注目すると、「次どこ方式」が使えるだろう。
どこが痛むかを患者に指で示させ、そこに単刺する。疼痛部は施術するたびに大きく移動するので、次に今度はどこが痛むのかを再び患者に聴取、指で示すところにさらに単刺する。患者が痛む所を示せなくなるまでこのパターンを繰り返す。
「次どこ方式」は昔からある治療技法らしいが、このユーモラスな命名は、三島泰之著「身近な疾患35の治療法」医道の日本社刊(2001年3月)で知った。


2)代田文誌の灸治療


私が代田文彦先生に、凍結肩治療はどうすべきかを質問をしたら、「親父(文誌)は肩関節をぐるりと回り込むように灸治療していた」と答えてくれた。これは灸点の一つ一つを局所治療点と捉えず、罹患部の一定範囲に対する治療効果を狙う。換言すれば灸による長期的刺激を前提として”場の改善”を狙ったものといえるだろう。


3)凍結肩の関節裂隙刺針


「痛みの針灸治療」医道の日本社刊(昭和49年1月)という本がある。これは当時我が国を代表する現代針灸派針灸師9名の共著で、五十肩の項は塩沢幸吉が担当している。塩沢は、五十肩の針灸治療をライフワークとしていた。何しろ今から50年前の本ということで、凍結肩や腱板炎も混同した内容なので病態把握に甘さがある。
しかし肩甲上腕関節関節裂隙刺針を紹介している。このくだりと引用してみる。
 
「関節腔に対してはなるべく深刺する。五十肩の場合は肩関節前面において、上腕骨頭と肩甲骨関節の関節間隙をねらって、2~3カ所深く強く刺針すると、上肢の内旋・結帯運動が拡大される。他に肩峰下・肩関節後面・腋窩より、それぞれ肩関節口腔へ直接刺針する」 


 
 

医師による観血的治療で、凍結肩の関節包癒着に対し、硬くなった関節包をメスで切開する<肩関節関節包切開術>がある。この手術は通常全身麻酔下で行われ、入院を要する。これによりADLは術後から大きく改善できる(ただし痛みが残存することがある)。塩沢の関節腔刺針は、この手術療法と似ている。
 
これは根拠のある施術法になりそうだと思って、何例から凍結肩患者に肩甲上腕関節関節裂隙刺針を行ってみた。しかし0番や1番針でも骨膜に針先をぶつけると患者は非常に痛がり、十分な治療ができなかったせいか、治療効果もなかった。実際の臨床では実施困難な刺針技法なのかもしれない。


3.治療院内で実施したい肩ROM改善のための徒手矯正法
私が治療院内で行っている運動療法を示す。アイロン体操や棒体操など患者一人で自宅でもできるものは記さない。治療院で行うものは患者一人ではできず、施術者が関わることが必要になる。

1)華岡青洲の肩関節脱臼整復の応用


江戸時代の外科医、華岡青洲は朝鮮朝顔(=曼陀羅華(まんだらけ))と数種類の薬草を配合した飲薬として、全身麻酔薬「通仙散」(別名、麻沸散)を創出した。
これを患者に内服せしめ、1804年世界初の乳癌手術を行った。しかし青洲は通仙散の製造法を門徒にも伝えることはなく、彼の死後は製造できなくなった。

上図は青洲の肩関節脱臼整復の図である。凍結肩の関節腔拡大目的で行う場合、脱臼整復とは異なり、一気に力を入れるのではなくゆっくりと力を入れゆっくりと力を抜く。これを数回行う。術者が腰をかがめれば、患者の足は浮き上がる程度に強く牽引する。この整復は、肩関節が外転90°未満の場合では用いることができない。また治療者と患者間にあまりに身長差があっても実施が難しい。
  
  


②仰臥位での肩関節腔拡大手技

    
術者の片足先を患者の脇の下に挟み、術者は両手で患者の上肢を保持し、肩関節腔をゆっくりと引っぱる。徐々に引っぱり徐々に力を抜く。これを数回繰り返す。
引っ張る時には外旋運動を加える。


 

上図は、肩関節のモビリぜーション
他動的に関節を動かし、関節の柔軟性を高めるリハ手技)

 

 

 

 


結髪・結帯制限の針灸治療技法

2024-07-28 | 肩関節痛

前回のブログでは「結髪・結帯制限の針灸治療理論」を解説した。 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/72356f24985fdae94cc1f9ac836d4583

今回は、効かせるための技法について説明する。針灸の技法は、施術者により異なり、どれか一つが正解ということはない。ここでは私の普段やっている方法を説明することになる。効かせるコツがあるとすれば、施術肢位が治療効果に関わることがあげられる。症状を出現する体位にさせ、痛む部位を患者自身の指頭で示させ、その点を刺激するということが大原則になる。肩甲骨や上背部など患者の指頭が届かない処は、術者が押圧し、きちんと圧痛硬結を探すことが重要である。次に重要となるのは、施術後に再び痛む動作をさせ、術前術後の症状の改善具合を聴取して治療効果を判定することが重要である。通常は改善することが多いが、それでも10が0となるほど著効することはめったにない。先の治療で残存する症状部位を指頭で押さえてもらうことが「二の矢」としての治療につながる。
本稿では、施術体位について詳しく説明している。これも治療効果と関係してくる。


1.結髪動作制限に対する治療点

1)肩甲下筋      
①肩甲下筋の過緊張
肩甲下筋:起始→肩甲下窩、停止→小結節 作用→上腕の内旋
肩甲下筋は肩腱板の中では唯一の内旋筋で、外転90°での内旋運動は手掌を相手に向けての敬礼動作となり、事実上の結髪動作動になる。肩甲下筋が過収縮していれば、内旋ができない。



②側臥位にて膏肓(肩甲下筋)水平刺 

膏肓(膀):Th4棘突起下外方3寸、肩甲骨内縁。菱形筋中にとる。
側臥位で、肩関節をやや外転させた状態で、膏肓を刺入点とし、肩甲棘基部(曲垣穴)に向けて、肩甲骨-肋骨間を3寸程度刺入すると肩甲下筋に入る。膏肓の肩甲骨内縁を刺入点とし、針先を上腕骨頭に向けて、肩甲骨と肋骨の間隙から刺入し、菱形筋→前鋸筋と貫き、肩甲下筋中に入れる。2寸以上刺入すると肩甲骨の裏に強く響く。これは肩甲下筋のトリガーポイントに当たったのだと考えている。この響きを気持ち良く感じる患者もいる。


 

③肩甲下筋刺激の増強法
うまく響かない場合、他動的にゆっくりと肩を外転させると運動針となり治療効果が増強する。

2)大円筋
①大円筋の過緊張
大円筋:起始→肩甲骨下角、停止→小結節稜 作用→上腕の内旋・内転
大円筋の過緊張は、肩関節の内旋時に大円筋が伸張されて痛み、結髪動作を困難にする。

大円筋が上腕を内旋させるのに対し、小円筋は上腕骨を外旋させる。したがって大円筋刺針(肩貞)は結髪制限に対して使用するのに対し、小円筋刺針(臑兪)は結帯制限に対して使用することが多い。肩貞と臑兪は肩甲骨外縁に並んでいるので、長針で透刺をするやり方もある。

※学校協会教科書では、肩貞は腋窩横紋の後端から上1寸に、臑兪は肩甲棘外端の下際陥凹部としている。本稿では肩貞を腋窩横紋の下で大円筋上にとり、臑兪を腋窩横紋下で小円筋上にとる。 
    

②肩貞刺針               
肩貞(小):腋窩横紋上端から上1寸。  大円筋中。
大円筋を伸張させながら、肩貞から大円筋に刺激を与える。
側臥位で肩甲骨外縁の大円筋起始部を圧迫しつつ触診し、圧痛硬結を発見、この圧痛が刺入点となり、肩甲骨外縁に向けて刺針する。


 

上図:大円筋起始は肩甲骨外縁にあるから、側臥位にてこのヘリを押圧して、グリグリした硬結を見出し、刺針する。

 

③大円筋刺針の増強法 立位にての大円筋トレッチ
 立位で結髪動作をさせ、健側の腕で患肢を引っ張ってさらに外転させる。この動作で肩甲骨-上腕骨間にある大円筋を強く伸張させている。この姿勢のまま、大円筋刺となる肩貞や肩甲骨下角あたりに刺針する。ヨガでの「ネコの背伸のポーズ」でも大円筋のストレッチとなる。

 

2.結帯動作制限に対する治療点

1)棘下筋
①棘下筋の過収縮    
棘下筋:起始→肩甲骨内縁  停止→上腕骨大結節  支配神経→肩甲上神経運動支配
結帯動作(肩関節の伸展+外転+内旋)制限では、内旋筋である大円筋と肩甲下筋の筋力が弱まって生じているのではなく、拮抗筋である外旋筋(=棘下筋と小円筋)が過収縮状態にあり、これが伸張を強いられて痛みと可動域制限が生じている状態である。

②天宗運動針 
天宗(小):肩甲棘中央と肩甲骨下角を結んで三等分し、上から 1/3の処。棘下筋中。
棘下筋のトリガーポイントは教科書的な天宗の位置に限らず、棘下窩のいろいろな部分に複数出現することがあるので、丹念に触診して圧痛を見出すこと。    
強度な結帯制限では圧痛は肩甲骨下角に近づき、結帯制限軽度な者は肩甲棘に近づくという研究報告がある。 

③棘下筋刺針の増強法
過緊張状態にある棘下筋を刺激して伸張させる。座位で天宗刺針したまま結帯動作をさせる。患側上のシムズ肢位で、患側手掌をベッドにぴたりとつけ、肘を90°屈曲位で天宗   圧痛点に刺入したまま、肘の円運動をさせる。棘下筋に響きを与える刺激量を患者自身が調節できるのがメリットである。我慢できる痛みの範囲内で10回~30回、回旋するよう指示する。

 

 

2)小円筋
 
①小円筋の過収縮     

起始→肩甲骨の後面外側縁上部の1/2 停止→上腕骨大結節陵   神経→腋窩神経運動支配
小円筋が過収縮すると、内旋制限が生じる。これを無理に伸張しようとすると結帯制限が生ずる。
 
②臑兪運動針

臑兪(小): 腋窩横紋後端の上方、肩甲棘外端の下際陥凹部で小円筋中。臑兪は側臥位にて肩甲骨外縁を刺入点とし、骨にぶつけるよう刺入する。要領は大円筋刺針と同じ。

③臑兪刺針の増強法
座位で両手を腰にあてる。その際、母指は背中側に向ける。肘を手前に動かして、左右の肘頭を近づけ動作(肩関節内旋動作)を指示する。この時小円筋は伸張される。この肢位で肩甲骨外縁の圧痛硬結を診る。圧痛ある臑兪から小円筋に刺入。上記動作を側臥位で実施。患側の腰に手をあて、肩関節45°外転位とする。この肢位で肩甲骨外縁の圧痛硬結に対して刺針する。刺針したまま、患者の両肘を近づけるよう前方に動かすことで運動針となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


肩関節痛に対する「条口から承山への透刺」の適応 ver.1.4

2024-07-27 | 肩関節痛

1.五十肩に対する条口から承山への透刺の方法 

この刺針法は中国の清代以降に発見されたらしいが、わが国では1970年以降に、中国からの情報として知られるようになった。五十肩に対して健側の条口から承山に透刺(2穴を貫く)する方法で、条山穴と略称される。実際に2穴を貫くには5~6寸もの長針が必要である。


肩関節痛患者に対し、仰臥位または椅座位にさせて、4~10番相当の針を用い、健側の条口(足三里から下5寸、前脛骨筋中)から深刺する。そして針を上下に動かしながら、肩関節部の自動外転運動を行わせると、肩関節周囲への施術だけでは改善できなかった肩可動域制限も、半数程度の患者では可動域増大すことを経験する。なお元々は健側刺激となっているが、患側治療でも大差ない効果となる。しかし持続効果は短いのが欠点である。健側の下肢を刺激することが原法であるが、試しに患側を刺激してみたこともあったが、治療効果に大差なかった。


2.奏功要因

なぜ条山穴は、肩関節痛に効果があるかに解答することは困難だが、どういうタイプの肩痛に適応となるかを、台湾の中医師である陳潮宗氏は次のように報告した。

陳医師は、発症後1ヶ月以上を経過した者で、外転角100°未満、外旋45°未満、内旋45°未満であった14例の五十肩患者に条口-承山透刺を行った。その結果、肩甲上腕関節の外転可動域は、ほとんど改善しない(平均1.7°)が、肩甲胸郭関節の上方回旋可動域が改善(平均6.7°)したと発表した。(條口透承山穴治療五十肩、中国中医臨床医学雑誌 1993.12)
陳医師の治療成績が、あまり芳しくないのは、凍結肩状態にある患者を選んだためだろうが、結果的にこの結果が本研究の信憑性を増している。結局、条山穴透刺は、肩甲上腕関節の動きではなく、肩甲胸郭関節の動きに効果がるようた。

五十肩で上腕が十分には外転できないのは、肩関節包の癒着の問題を別にすれば、筋緊張が強すぎて短縮状態にある筋を、無理して伸張させようとした状態である。それは肩甲上腕関節の主要外転筋である棘上筋と三角筋中部線維と、肩甲骨上方回旋の主動作筋である肩甲下筋と大円筋である。このたび条山穴刺針が肩甲骨の可動性を改善した結果、肩の外転可動性が増すことが判明したので。条山穴刺針は肩甲下筋刺針や大円筋刺針と同じような作用をすると思われた。  

条山穴透刺が、肩甲胸郭関節の緊張がゆるんで、外転時の肩甲骨上方回旋角が増大するという。凍結肩での外転障害は、肩甲上腕関節の大幅な可動性低下であっても、肩甲骨上方回旋運動性が良好ならば、強い凍結肩であっても、外転30°はできるから、箸をもって食事したり、トイレで尻を拭いたりはできるだろう。この時肩甲上腕リズムは、正常では、肩甲上腕関節:肩甲骨上方回旋=2:1だは、3:1とか5:1となるだろう。
一方高齢者では、肩甲上腕関節の可動性よりも肩甲骨上方回旋可動性が低下することが知られており、肩甲上腕リズムは1:1とかになるだろう。おそらく本来はこのような病態に対する治療として条山穴透刺が適するのではないかと思えた。

 

3.条山穴刺針の治効理由

条山穴を透刺するには6寸針もの長針が必要である。これは長すぎるので、筆者は条口から1寸、承山から1寸刺入を続けて刺入することにしたが、塗料効果はそれなりにあるようだった。さらに省略する者もいて、条口一穴から2寸ほど刺入しても、一定の効果は得られるようだ。条口から浅刺直刺して、
下腿三頭筋を刺激するのではなく、その深部にある後脛骨筋への刺針が必要な気がする。きちんと断言するためには、症例を多数こなして感触をつかむほかない。

陳潮宗氏の研究結果のように、条山穴刺針がもし肩甲胸郭関節の可動域を増すことが目的ならば、肩関節に関係する經絡走行という観点では、条口よりも承山刺激の方が重要となるだろう。承山と肩関節は、陽蹻脈で連絡しており、アナトミートレインでの浅層バックラインでも連絡している。

 

朝目覚めて、思わず背伸びする時、体幹から下肢は弓成りに反らし、両腕はバンザイするよう挙上させる体位となるが、このような原始的姿勢反射も、上腕挙上と下腿筋の収縮が関係していることが推察できるからである。


4.症例:凍結肩患者に対する承山運動針の効果

現在通院中の右凍結肩患者(55際、女性)に対し、椅坐位で患側の承山に2寸#4で2㎝刺入し、肩関節外転運動を実施すると70°→75°となった。抜針せずに条口から2寸#4で2㎝刺入すると、外転運動を実施すると75°→80°程度となった。承山穴刺針と条口穴刺針の凍結肩に対する優劣は不明であるが、ともに同程度の効果をみた。その後、患側上にした側臥位で承山と条口個々に刺針してみたが、体位が悪いのか、すでに坐位で一度肩関節周囲がゆるんだ直後だったのか、ともにそれ以上に改善効果は得られなかった。条口→承山への透刺を行うことは実際的な治療として無理な話だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 


結髪・結帯制限の針灸治療理論

2024-07-27 | 肩関節痛

1.結髪制限・結帯制限の運動分析

結髪制限とは、肩関節の屈曲+外転+外旋の複合動作であり、結帯制限とは、伸展+外転+内旋の複合動作でありともに肩関節障害での代表的なADL制限である。
凍結肩を別とすれば、肩関節障害は、結髪・結帯制限複数の関節運動の主動作筋とくに肩腱板の障害によって起こるとしてよいだろう。下表×印は緊張状態にある筋という意味で、これを引き伸ばそうとする動作で痛みと運動制限を生ずる。結髪・結帯を構成する3方向の運動うち、障害動作に関わるのは、外旋・内旋制限の関与が最も強いとみなすことにして、分析を先行させてみた。  

       
 

なお外転制限×は、棘上筋腱に続く肩腱板部、および三角筋停止部の筋腱付着部症によるものであり、結髪・結帯動作制限の原因である過収縮筋の過緊張とは病態が異なる。なお外転制限についても触れているが外転制限については、下のブログで説明した。

肩関節外転制限の針灸治療法 ver.2.0

 

 

2.結髪・結帯制限にかかわる筋

上表では、結髪制限に強く関与するのは内旋筋である大円筋と肩甲下筋であり、結帯制限に強く関与するのは外旋筋である小円筋と棘下筋であることを示している。これを断面図として表現すれば次の図と表を得ることができる。     

     
     
     
 外旋内旋の各2筋(計4筋)は、どの筋も起始を肩甲骨に、停止を上腕骨頭としている。
内旋筋は結髪制限に関与する筋で、大円筋(肩貞)と肩甲下筋(膏肓で肩甲骨-肋骨間に水平刺)になる。外旋筋は結帯制限に関与する筋で、小円筋(臑兪)と棘下筋(天宗)を結んでいる。
結帯・結髪制限では( )内で示した治療穴を使うのだが、これをどのように刺激するかは技術の問題になるので、稿を改めてブログにて記すことにする。


3.いろいろな運動制限

 
1)結髪・結帯制限の合併ケース


これまで結髪制限・結帯制限を個別にみてきた。その病態生理は「過収縮している筋を結髪や結帯動作で伸張させる際の痛みと可動域制限」と単純化して考察してきたが、伸張痛ばかりでなく、過収縮時痛もあるだろう。
もし過収縮時痛であれば、結髪動作制限時に使用することになる肩貞や膏肓水平刺は、結帯動作制限での治療穴になる。実際の病態は、過収縮時痛と伸張痛が混在することが多いと考えるので、上述した肩貞・膏肓水平刺・臑兪・天宗の4穴を同時に使用して運動針(運動制限のある動作を行わせる)のが実用となるだろう。
 
2)外転制限の治療

   
結髪動作(屈曲+外転+外旋)と結帯動作(伸展+外転+内旋)には、どちらも外転動 作が含まれているから、外旋と内旋治療とは別に、外転制限に対する治療を併用した方が  効果的かもしれない。

筆者は以前のブログ(肩関節外転制限の針灸治療法 ver.2.0)で外転制限には、座位で腰に手をあてた肢位させ、肩髃から3㎝以上水平刺(床と平行に)するとよいことを説明した(他に3寸針を使って肩井から上腕骨頭大結節方向に深刺斜刺しても効果的だが難易度が高い)。
  

したがって、どのような腱腱板症状に対しても、前述した貞・膏肓水平刺・臑兪・天宗の4穴に、肩髃を加えて常用5穴とすることが実戦的な治療になると思われた。

 

 


肩関節外転制限の針灸治療法 ver.2.0

2024-07-26 | 肩関節痛

1.肩関節の外転運動の機序

 

①肩甲上腕関節において、凸面である上腕骨と比較して凹面である肩甲骨関節窩は比較的広い。これにより上腕骨頭が上下に辷る仕組みがある。
②上腕骨頭を回転させて上腕を外転させるには、まず上腕骨頭の回転軸を定めなければならない。そのため肩腱板が緊張して上腕骨頭と肩甲骨関節窩を固定させる必要がある。固定させる役割は肩腱板(とくに棘上筋部)が担当する。回転軸を固定した後に、三角筋中部線維が収縮して上腕骨の外転運動が行われる。③
③上腕骨の外転90°までは、手掌を下にしても動かすことはできるが、それ以上の外転では、上腕骨大結節が肩峰に衝突するのでできない。
④上腕骨の大結節が肩峰にぶつからないようにするには、上腕骨を外旋し上腕骨大結節を肩峰に潜らす必要がある。そのためには手掌を上に向けた状態(外旋位)で外転させるのことで、外転180度できるようになる。

2.棘上筋の退行変性の病態生理 

肩関節疾患のほとんどは上腕ROM制限と痛みを生ずる。上腕外転筋は、棘上筋と三角筋中部線維である。両筋に障害を生ずるのは、肩腱板炎・肩腱板部分断裂・凍結肩など主要な肩疾患である。
 
上述したように上腕を外転させる機能があるのは三角筋中部線維と棘上筋である。この両者では、圧倒的に棘上筋と棘上筋につづく腱板部分が脆弱である。この部分は肩峰下滑液包や肩甲棘に圧迫されたり、摩擦されたりするため虚血が生じやすく、変形・断裂・石灰沈着などを引き起こしやすい。この部をカリエは危険区域と称した。現在でも筋腱付着部症(エンテソパチー enthesopathy)とよばれる病態の一タイプになる。 

筋が緊張し、短縮すると腱に加わる牽引力は増し、とくに構造的に脆弱な腱付着部に大きな負担が加わる。腱付着部に微小外傷が生じ、その発生と修復のバランスが崩れることで症状が引き起こされる。病態としては腱炎そのものである。

肩腱板のすぐ上には肩峰下滑液包があり、腱板の炎症は二次的に肩峰下滑液包炎を起こしやすい。そして肩峰下滑液包炎の程度が強ければ、夜間痛関節の腫脹・熱感など急性の関節炎症状を併発する。
なお肩腱板炎は肩腱板部分断裂と問診や理学検査のみからは鑑別がつきにくいが、高齢者ではほとんどが肩腱板部分断裂である。


 

4)腱板炎の炎症拡大
    
肩腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑液量滑量が増えたり滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増加して痛みも増加する。筋の滑りが悪くなった結果、上腕をぐるぐる回すと、そのたびに肩峰の奥あたりがコキコキあるいはジャリジャリ音を発し、音がするというあたりに術者の手を当てると、震動を感じることができる。

 

3.肩関節外転制限の針灸治療技法
 
1)肩髃から棘上筋腱への刺針

肩腱板炎の多くは棘上腱に相当する腱板部位に限局して痛む。棘上筋腱は、大結節に付着するので、本稿ではこの部に肩髃をとる。座位で患側の腕を自分の腰にあてがい、肩関節45度外転位とする。肩髃(大結節と肩峰間)を刺入点に刺針点とし、床に平衡に3㎝程度刺入すると、針先が棘上筋腱の虚血好発部(カリエのいう危険区域)に達する。
この肢位で刺針する理由は、肩を外転すると肩腱板の筋収縮により上腕骨頭が降下して肩関節腔が開き、刺入しやすくなるためである。以前筆者は、後述する<肩井の斜刺>に比べて効果が少ないと考えていたが、3㎝以上刺入(したがって寸6ではなく2寸針を使用)することで、治療効果を得ることが
できた。以前の2㎝程度の深さの針では針先が危険区域に達しなかったらしい。

     
 

2)肩井から棘上筋腱への刺針

肩井から直刺深刺すると、僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋→肩甲骨に入るが、これでは治療効果が得られない。棘上筋の障害部は棘上筋の筋よりも腱部分なので、肩井から肩峰方向に刺針して棘上筋腱に命中させるのがよい。側臥位または座位で行う。僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋と入れ、痛くない範囲で上腕の外転運動を行わせる。この施術は3寸針を使った斜刺になる。治療効果は高い、強刺激になりやすいという欠点がある。なお本法では患者自身の手を腰に当てさせる必要はない。

 

 

 

 

3)三角筋停止部刺針(臂臑)

頻度は少ないが、料理人や美容師などなど腕を長時間上げて作業することの多い職業では、上腕骨の三角筋粗面(三角筋の上腕骨停止部)に骨付着部炎(エンテソパチー)を生じ、上腕が上がらないことがある。この圧痛点の存在を患者は気づかないことも多い。前述の肩腱板の障害では「肩を上げる際の痛み」になるのに対し、三角筋の障害では、肩を上げ続ける肢位できない」というようになる。

本症も三角筋停止部の筋腱付着部症(=エンテソパチー)である。
三角筋停止部刺針(臂臑)の圧痛点に刺針しながら肩の自動外転運動を行わせると改善することが多い。なお臂臑は、腕の付け根と肘を結んだの中央にとるとされるが、実際には三角筋停止部に取穴した方がよい。
臂臑(大腸):上腕骨外側の上(肩髃)から曲池に向かう線で上1/3。三角筋停止部。

「腕を長くは上げていられない」という特徴的な訴えになる。「鍼灸治療は痛む姿勢にして、痛む処を施術すればよい」というのが治療の定石なので、本例も施術体位に一工夫する。患者を椅子に座らせ、患側肩が正面にくるよう患者と直角位置に術者も座る。患者の患肢を術者の肩井あたりに載せる。この姿勢で腕を上げるよう指示し、術者はその腕を抑えることで。三角筋の等尺性収縮となり、その時生ずる運動痛(=圧痛点)である臑兪を施術するのがよい。

 

※使用した経穴の位置(現行の学校協会の方法とは異なる)

肩前(新穴)
上腕骨頭部前面、結節間溝部。この結節間溝に上腕二頭筋長頭腱が走る。実際には上腕二頭筋長頭腱々炎はまれな疾患であり、肩前に圧痛が現れることは少ない。すなわち実際に肩前穴に治療点を求める機会はマレである。

肩髃(大腸)
教科書には「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、前方の穴]と記載されている。本稿では中国の文献に従い、肩峰と大結節間にできる溝中を肩髃穴とした。

肩髃穴は棘上筋腱が大結節に起始する部位なので、臨床で使う機会は非常に多い。

肩髎(三焦)
教科書に「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、後方の穴」とある。本稿では肩峰外端の後下際にとる。大結節を挟んで、前方が肩前穴、後方に肩髎。本穴は治療穴としての使用意図が不明であり、実際に使用する機会は少ない。

 




凍結肩の運動療法の整理および外科手術の適応

2024-01-07 | 肩関節痛

拘縮期の五十肩に対しては、鍼灸治療であっても、あまり効果的な方法がない。肩関節癒着には無効なのであって、治療の中心は運動療法主体になる。なお運動療法に温熱療法を併用することの効果は広く認められているが、電気をかけたり磁石を貼ったりするのはエビデンスに乏しい。

 

1.古典的な運動療法 

 

2.関節モビリゼーション

1)モビリゼーションとは
整体手技の一種で、瞬間的矯正をかけることなく、関節に細やかな運動を繰り返し与え、硬直した関節部分を動くように回復させたり、痛みを軽減させるテクニックのことをいう。関節モビリゼーションともいう。
 
2)癒着をゆるめ、肩関節腔を拡大する手技 
凍結後であれば通常の針灸では治療法に乏しく、ROM拡大を目的とする手技療法が主体となる。関節包下方が短縮していたり、腱板の骨頭を関節窩に引きつける求心力が低下している場合、自動運動で上肢を挙上すると、骨頭の下方移動が障害され、上腕骨頭を包む腱板と、これを上方から覆う烏口肩峰アーチと衝突が生じ、運動痛を誘発したり、この部分の炎症を生じさせる。
この衝突を避けるため、上肢の長軸に沿った遠位方向への牽引力もしくは徒手的に骨頭の下方移動を働かせながら可動域を拡大する方法が考案されている。

 

 

 2)凍結肩に対する筆者の工夫した関節モビリゼーション
  
肩関節の関節膜癒着を少しでも剥がすことを目的すなわち上腕のADL拡大させる手技として、以前筆者は、「側方引き出し運動」を参考に、下写真の手技を考案した。十年ほどこの方法を実践していたが、術者が力を入れて上腕を引っぱっている割に、肩関節腔拡大に作用する力の効率が低かった。

現在は上腕骨を下方に強く引っぱるのではなく、結髪動作制限時には関節を外旋を加えつつ(結帯動作制限時には関節に内旋を加えつつ)上下に動かすようなった。仰臥位、患者の脇の下に術者の足先を入れ、これを支点に患肢を保持する。患者に痛みを与えない範囲で、ゆっくりと外転・外旋の他動運動を実施する。一度に3分間以上繰り返し行う。この方法により可動域が少々拡大できることが多い。

 

 

3.PNF(proprioceptive neuromuscular facilitaition;固有受容性神経筋促通法)手技

上図は五十肩に対するホールドリラックスで、カリエはこれを「リズミックスタビリゼーション(律動固定)」と名付けた。
①患者はセラピストの指示に従い、上腕を上下左右に動かす。その時セラピストは患者の上腕を持って腕の動きと逆方向に力を入れる。
②患者、セラピストとも筋力を使っているのだが、その力が拮抗し打ち消しあっているので、上腕はあまり動かない(等尺性運動になる)。
③力を入れた主動作筋に対して、反対側にある拮抗筋は緩むという性質を利用する。これをⅠa抑制とよぶ。筋の緊張を緩めることで関節可動域の拡大を図る狙いがある。
④鍼治療では、肩関節付近の最大圧痛点に浅刺した状態で本法を行うとよいだろう。

 

 

4.凍結肩の観血的治療(医師)

凍結肩が6ヶ月以上経っても改善の方向性が見通せなかったり、痛みが続いて我慢できない場合、医師は観血的治療を選択することがある。これは少なからず手術後遺症を残すことがあるので、慎重な判断が必要である。近年、お笑い芸人かまいたちの一人である山内氏がこの治療を受けたことで一般に広く知られるようになった。

1)サイレントマニピュレーション

関節の徒手的他動伸張運動による治療行為のこと。エコーを使ってC5C6神経に局麻注射。その後、固まった肩関節を全方向に他動的に動かし、縮んだ関節包を剥がしていく。この時に関節包の剥がれるベリベリという音がするが痛みは感じない。その時の音が小さいので、サイレントという名称がつけられた。最後に三角巾で腕を吊す。日帰り治療できる。術後7~10時間で麻酔が切れ、肩や肘の動きが元に戻る。以降はリハの運動療法を行い、積極的に肩を動かすようにする。

肩ROMは大きく改善することが多いが、腱や関節包に損傷を与える危険性があり、少数ではあるが痛みが持続する例もある。この治療を受けた山内は、治療直後から腕が動くようになり非常に驚いて医師に感謝の言葉を告げた。その医師は「まあ可動域はよくなるのですが・・」と返事した。実際、術後数時間して麻酔が切れた後、強い肩痛が出現するようになった。麻酔下でマニプレーションをする際、筋腱や靱帯、関節包に損傷を与えても、その時は気づかないのである。

2)肩関節関節包切開術

凍結肩の関節包癒着に対し、全身麻酔下で医師は硬くなった関節包をメスで切開する手術がある。この手術によりADLは術後から大きく改善できる。この手術が患部を視認しながら実施するので、上記のサイレントマニプレーションに比べて医療過誤は少なくなる。1週間程度の入院が必要。先の山内は、最終的に肩関節関節包切開術を受けることで、凍結肩は完治に至った。

 


 


肩関節の語呂 ver.1.2

2024-01-05 | 肩関節痛

先日、奮起の会「肩関節痛」の講習会を実施した。肩関節は他の関節に比べ、動きが複雑なこともあって、記憶すべき内容が多くなる。この対策として医語呂を活用している。

1. 四つの肩種腱板の名前は?

語呂:消極的ケンカ
消(小円)極(棘上・棘下)的ケンカ(肩甲下)


2.結髪動作の複合動作と、結帯動作の複合動作

結髪動作:髪(結髪)が、く(屈曲)さくて、かゆい(外転)かゆい(外旋)。

結帯動作:帯(結帯)が伸(伸展)びて、ふが(外転)いない(内旋)。(力士のまわしが伸びて、不浄負け)

    


4.肩関節周囲筋の支配神経


1)肩甲上神経の運動支配 

語呂:献上した二曲
献上(肩甲上神経)した二曲(棘上・棘下)棘上筋、棘下筋 
肩甲上神経は、棘上筋・棘下筋を運動支配   


2)腋窩神経の運動支配筋

語呂:硝酸液か
硝(小円筋)酸(三角筋)液か(腋窩神経)! 
腋窩神経は、小円筋・三角筋を運動支配


3)肩甲下神経の運動支配筋

語呂:ケンカ多かった
ケンカ(肩甲下神経)多(大円筋)かった(肩甲下筋)  
肩甲下筋は、大円筋と肩甲下筋を運動支配 


4)筋皮神経支配筋
 
語呂:きんぴらウニ椀定食

きんぴら(筋皮神経)ウ(烏口腕筋)ニ椀(上腕筋・上腕二頭筋)定食


五十肩の鍼灸治療を苦手とする理由 ver.1.1

2022-01-07 | 肩関節痛

五十肩の鍼灸治療は難しく、いくらがんばって鍼灸しても効果が現れない。患者本人がいやになって来院中断すると、鍼灸師は逆にホッとする。これは鍼灸師あるあるだろう。五十肩の鍼灸治療はなぜ難しいのかを解説する。

 


1.凍結肩への進行
凍結肩は、肩の炎症の終着点である。一般的には、次の①②③④の順番に進行する。必ず最後まで進行するのではなく、途中で自然治癒することもある。

①肩腱板炎

肩腱板炎の時期は、動作時痛があるもROM制限はない。これは通常の筋々膜痛の治療と同列のように取り扱える。たとえば筋々膜性腰痛、テニス肘、腱鞘炎などと同じ。
肩腱板完全断裂の場合、上肢が挙上不能となるので再建手術が必要になる。しかし大部分は肩腱板部分断裂で、上肢は挙上可能で理学所見からは肩腱板炎と肩腱板部分断裂の区別はつかないものの、40歳以上では部分断裂の比率が高い。ただ肩腱板部分断裂での痛みやROM制限は、部分断裂した箇所を守ろうと周囲筋が緊張することにあるので、治療は肩腱板炎と変わらない。肩腱板部分断裂の者に対しては、その進行を食い止めるため、関節を酷使する仕事やスポーツ避けるようにアドバイスする。


②肩峰下滑液包炎期

腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑液量滑量が増えたり、滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増加して痛みも増加する。

痛みのため腕が動かせなくなる肩関節部に熱感も感ずることもある。とくに夜間は血行障害になりやすいので夜間痛で眠ることも難しくなる。ただし他動的なROM制限にあまり異常はない。この痛みのの本質は神経痛性疼痛であり、一般的消炎鎮痛剤であるロキソニンではあまり効果ない。鍼灸もあまり効果ないというので痛がってやらせてくれない。リリカやサインバルタは鎮痛に効果あるが治す作用はないので、服薬中止すると痛みが再燃するので始末が悪い。安静第一である。


③癒着性滑液包期

元来はゼリー状だった滑液は、水分が失われて接着剤様になり、滑液包の癒着が起こる。そうなると上腕骨の可動性が減り、自動的・他動的ともROM制限が出てくる。痛みがあるか否かは炎症の程度により様々。癒着を改善する治療は手術以外はない。保存療法としては癒着を拡大させないよう頑張るしかない。滑液包の炎症の程度が減れば自発痛も少なくなる。

 

④凍結肩期

肩峰下滑液包の癒着が、肩甲上腕関節関節包に拡大した状態。自動・他動ともにROM制限が強くなる。すなわち凍結肩状態。痛みの有無は炎症の程度により様々だが、次第に痛み自体は軽くなる。痛みが軽くなっても、ROM制限は続く。ある程度肩甲上腕関節の動きが自然治癒するまで6ヶ月~2年を要するとされる。しかも元の可動域にまで回復するとは限らない。

 

 



2.五十肩の各時期の治療法

)肩腱板炎
上述した①②③④で、日常的な筋筋膜症の治療として取り扱えるのは①肩腱板炎のみになる。本症は鍼灸の適応で、でに様々な鍼灸治療方法が発表済。②は痛みが強いため施術困難、③④は滑液包や関節包の癒着が症状の中心となるので鍼灸治療には不向き。

過収縮している筋の伸張痛がその正体である。基本スタイルは次の通りで、他に圧痛点治療実施。次のステージへの移行を防ぐことも治療目標になる。
外転制限→外転動作をさせての上筋、三角筋中部線維への運動針
結帯制限→結帯動作をさせての肩甲下筋、小円筋の運動針
結髪制限→結髪動作をさせての肩甲下筋、大円筋の運動針

 

2)肩峰下滑液包炎
痛みが非常に強いので、針灸刺激することが困難になる。基本は三角巾などを使った患部の安静。痛みは筋々膜症に由来するのではなく、狭義の神経痛なので、理論的にはリリカやサインバルタの適応となるも、服薬中断すれば元通りの痛みになるので治療が難しい。


3)癒着性滑液包炎
癒着すなわち他動ROM制限になる。あまり痛みの出ない範囲で肩関節可動域訓練を行い、癒着を拡大させない、すなわち凍結肩への移行を防ぐことが目標になる。


4)凍結肩
肩関節包の癒着は、他動的ROM制限があることを示し、前記の癒着性滑液包炎よりもROM制限の程度は強くなる。ただし炎症そのものは小さくなるので運動痛は減少するのが普通である。癒着した関節包をリハ訓練によって徐々に剥離することが治療の中心となる。円滑なリハ訓練を妨げるのが痛みであるから、鍼灸はこの痛みをとることが目標になるだろう。リハ訓練でも速効的な効果は得られないのが普通。
難治性のものは、医師によるサイレントマニプレーションや鏡下関節切開手術が行われることがある。

①サイレントマニプレーション:局所麻酔で腕の運動・知覚を麻痺させる。その上で医師が強制的に肩を外転、伸展などの運動をおこなう(授動という)。長期間拘縮状態にあった肩を他動的に動かすと、ぎしぎしという音が鳴る。その日に三角巾で腕を吊って帰宅も可能。この日の夜になる頃になると麻酔は切れて腕は動かせるようなる。術後は肩ROMは正常化するが、痛みは残存するので鎮痛剤を不況する。そのまま治ることもあれば、この操作で却って組織を傷つけてしまい、再びROM悪化、痛み増大してしまうケースもある。次に記す鏡下関節包切開術の適否の前段階の処置として行うこともあり、これで改善すれば鏡下関節包切開術は行わない。

②鏡下関節包切開術:全身麻酔下、肩腱板部に関節鏡を入れ、視認しながら拘縮している肩関節包を切開していく。サイレントマニプレーションに比べて大ごとのように思えるが、関節包を視認しつつ少しずつ切開するので安全性が高い。本法も術後の鎮痛剤服用やリハ訓練は欠かせず、2~3週間の入院が必要。お笑い芸人のかまいたち山内が五十肩になり2年経っても治らないのでサイレントマニプレーション治療を受けた。それでROMは大幅に改善したが、痛みは残存したので、鏡下関節包切開術を受けた。その後経過良好となった。

 

3.鍼灸師の応対

鍼灸が五十肩に効果ある場合の条件は、五十肩の一部にすぎない。非常に痛んだりROM制限が強い場合、その多くは鍼灸の適応ではない。患者が鍼灸に通院するのは効くと思えばこそであって、効くことが鍼灸への信頼の証にほかならない。効かないことは整形保存療法も同じ条件なのだが、患者は医者と現代医学を信用していて、効かなくてもその信頼は揺るがない。1回の治療費も安価なので、効かないと文句をいいつつも通院を続ける。それに通院していないと薬も安く手に入らないのだ。

では鍼灸師はどうすべきか。それは時間を味方につけるといよい。今は、こういう段階なので鍼灸はあまり効果ないと、本稿の上に示した図を見せて、該当する病態部分を指し示す(ちなみに上の図やチャートは筆者オリジナル)。しかし痛みが軽くなったら、あるいは具体的に3ヶ月後にはこうなっているだろうから、再来院した方がよいと指示しておく方が良いだろう。


凍結肩に対するROM拡大の刺針手技 ver1.1

2021-09-09 | 肩関節痛

1.凍結肩の関節裂隙刺針

 凍結肩状態にある五十肩は、症状を修飾している筋緊張症状は針灸で改善できても、本質的には肩甲上腕関節関節包の癒着なので、筋・神経・皮膚を刺激目標にした鍼では効果を出すことは難しい。

塩沢幸吉は、関節破裂隙に対する刺針を紹介している。
「関節腔に対してはなるべく深刺する。五十肩の場合は肩関節前面において、上腕骨頭と肩甲骨関節の関節間隙をねらって、2~3カ所深く強く刺針すると、上肢の内旋・結帯動作が拡大される。他に肩峰下・肩関節後面・腋窩より、それぞれ肩関節腔へ直接刺針する。」 
 
                                                  

 

2.肩関節関節包切開術(医師)

凍結肩の関節包癒着に対し、医師は硬くなった関節包をメスで切開する手段をとることがあり、この手術によりADLは術後から大きく改善できる(ただし痛みが長期に残存することがある)。塩沢の関節腔刺針は、この手術療法と似ている。


3.肩関節裂隙刺針の肢位工夫


関節口腔を開いた状態で関節裂隙に刺針した方が深刺できるので、前方の肩関節裂隙に刺入するには、座位で結帯動作をさせて行いたいが、刺針鍼が強いことを勘案すれば、臥位で実施するのが実際的だろう。肩関節上部の間隙(前肩グウ~肩グウ)と前部の間隙は結合組織が薄いので関節包を刺激するのは容易。しかし後方(ひじゅ)や下方(極泉)からの刺入は結合組織が厚く、関節包に入れるのが難しい。5~8番程度で関節の隙間を狙って、コツコツをノックして癒着を剥がすように数回雀啄する。

 


弾発肩甲骨症候群、肩峰下滑液包炎、指関節軋轢の関節音鳴りの対処法

2020-10-28 | 肩関節痛

肩関節や肩甲骨を動かすたびに、ゴリゴリ・ポキポキといった音が鳴る者がいる。音の鳴る部位より弾発肩甲骨症候群や肩峰下滑液包炎に大別できる。これと関連はないが、指関節がポキポキ鳴る性癖についても説明する。

1.弾発肩甲骨症候群  Snapping scapula syndrome 


1)病態


肩関節や肩甲骨を動かすたびに、ゴリゴリ・ポキポキといった音が鳴る者がいる。これを
弾発肩甲骨症候群とよぶ。音のみであれば骨がすり減るなどの問題にまでに進行しないのが普通だが、本人が気にする場合も多々ある。
弾発肩甲骨症候群は、肩甲下滑液包炎の一部である。肩甲骨は元来可動性に富むので、肩甲骨下組織との間の3カ所に肩甲下滑液包が存在し、摩擦を防いでいる。肩甲下滑液包内の滑液  量が減れば摩擦量が増えて滑液包炎が生じ、肩甲骨の動きにより音が生ずるようになる。
 

 

腕を挙上する時、肩甲骨は上方回旋(左右の肩甲骨上部は近づき、肩甲骨下部は遠ざかる)し、腕を後に回す時に肩甲骨は下方回旋(左右の肩甲骨上部は遠ざかり、肩甲骨下部は近づく)する。しかし肩甲骨周囲筋の可動性が悪いと、肩甲骨の滑走が悪くなる。これにより滑液包  からの滑液分泌量が減ってくる。
 
2)運動療法
   
滑液分泌を正常化させるには、温めることや運動療法が基本である。
前鋸筋のストレッチには、”肩甲骨はがし”体操するのもよい。腕立て伏せの初期姿勢の体勢で、数分間前鋸筋を脱力させる。また前鋸筋を収縮するさせる運動例としては、ボクシングでストレートパンチを出す動作があり、このトレーニングも効果的である。
  
①菱形筋と肩甲下筋のストレッチ
指先を肩関節部に置き、肘を前後に振る(肩甲骨の外転・内転)、また肘をグルグル回す(肩甲骨を上下内外に動かす)。体操を行い、菱形筋や肩甲下筋の柔軟性を高める。ただし「音」の問題が慢性的であるため、体操してもすぐの改善は望めない。気長に長期間継続して行わせる。

3)鍼灸治療


  
一部の医師は、音鳴りに対して滑液包に対する局麻注射を行っている。鍼でも、この方法に準じる。ま
ずは音が鳴ると申告した部位に術者の手掌をあて、音がする運動をさせ、手掌に震動を感じるピンポイントを探し当てる。何ヶ所もあることが多い。
   
音の発生源部位をしっかりと押圧しながら音の出る動きを繰り返し行わせる。その間ずっと押圧は続けるのが治療のコツである。しつこく音が出る場合、音の出る局所に刺針して同じ動作を行わせる。そこに太鍼(8番針程度)を1㎝ほど刺し、鍼柄の動きを観察する。はじけるような動きがあれば、患部に命中している。

   
置針したまま、前述のエクササイズにより肩甲骨を上下内外に動かすことで、筋の柔軟性を回復させる。また、置針したまま、前述のエクササイズにより肩甲骨を上下内外に動かすことで、筋の柔軟性を回復させる。ただし肩甲骨の音鳴りは、陳久性で、おそらく筋の線維化などの器質的変化などもあるだろうから、このような鍼灸治療を始めたからといっても、
急速な改善は期待できないことが多い。根気強く運動療法を行わせる。

2.肩峰下滑液包炎
 
1)凍結肩への進展

   
肩関節疾患は、最初は色々な診断名がつけられるのだが、それが自然治癒しない場合、最終的には凍結肩という単一病態へと収束されていく。疾患の基本的な移行は次の通り。

  腱板炎症→炎症が肩峰下滑液包に拡大
  →滑液包内の水分減少し粘性増大して癒着性滑液包炎に
  →炎症が肩甲上腕関節全体に拡大し癒着性関節包炎(=凍結肩)に
  →6ヶ月~2年の経過で自然治癒。
 
2)肩峰下滑液包炎とは

   
肩腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑量滑量が増加したり、滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。
滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増えて痛みも増加する。筋の滑りが悪くなった結果、上腕をぐるぐる回すと、そのたびに肩峰の奥あたりがコキコキあるいはジャリジャリ音を発する。音がするというあたりに術者の手を当てると、震動を感じることができる。滑液包炎の炎症の程度が酷ければ、自発痛が出現し、とくに夜間痛で眠れないほどになる。
 
3)滑液包炎時の音鳴りへの対応
     
肩峰下滑液包炎の程度が軽いものは自然治癒するが、凍結肩への中途過程という見方もできるので、凍結肩に移行するのを防ぐことが重要。その対策として、まずは安静で、他に三角巾を吊って肩への負荷を軽くする、鎮痛剤投与を行う。鍼灸治療は行わないか、軽い刺激にとどめておく。


3.指関節軋轢音

 
1)現象

   
軽く握った指に対し、もう片方の手で関節を強く過屈曲(あるいは過伸展)させると、指関節がポキッと鳴ることが多い。これを指関節軋轢音といい、英語で crack 
knuckles(直訳でヒビが入った手指の関節)という。何かする時の準備として指関節を鳴らす者もいるが、これは単に習慣であって、やりすぎても関節が摩耗することはない。
 
2)関節が鳴る機序

   
どの関節も関節包で覆われている。関節包内部は透明な関節液で満たされていて、関節の摩耗を防ぐ潤滑油として機能している。関節のコキッとする音の発生する機序は次のように説明されている。

   
指を過屈曲または過伸展させると瞬間的に関節包内部の容積の増加

→内圧の減少
→これまで関節液中に溶け込んでいた空気が溶け込めなくなって気泡を発生
→次の瞬間には気泡は破裂してポキッとする音を発生。
※この音をキャビテーションノイズといい、船のスクリュー回転の際、エネルギー効率低下やスクリュー自体への損傷、さらに潜水艦では雑音発生源としてとして問題視されている。
→関節を鳴らすと気泡は分散して小さくなり再び関節液中に溶け込む。

なお気泡が完全に溶け込むまで20分ほどかかるので、その間指関節を鳴らそうとして力を加えても鳴らすことはできない。


    

3)付:カイロプラクティックのアジャストメントについて
   
関節とくに背骨をポキポキと鳴らす行為で有名なのが、カイロプラクティックである。
カイロプラクターは背骨のズレをアジャストメント(=矯正する)目的で、背骨に微妙な外力を加えて、ボキボキ・バリバリといった音を出すようにする。カイロにおける背骨のズレとは脱臼や亜脱臼といったものではなく、サブラクセーション subluxation とよばれるカイロ独自の概念で、「関節面の接触が保たれつつ、運動分節の配列、動きの一貫性さらには生理学的機能が変化している状態」と定義されてはいるが、今ひとつ理解しがたい。
ただ急性腰痛を瞬時に治したといった事例はごく普通のことであり、カイロの治療が有効な病態は存在するらしい。いずれせよ関節音は、関節包内部の気泡の破壊音に過ぎないので、これをもってアジャストされたとはいえない。


アナトミートレイン理論からみた肩関節の遠隔治療穴 

2019-12-23 | 肩関節痛

1.アナトミートレイン理論                                                       

アナトミートレインとは、解剖学的筋膜の連結線のことをいう。身体の筋は筋膜で繋がってり、線のような繋がりが全身12本あるという。この走行は経絡の流れによく似ていることに驚かさせる。ところで肩関節と体幹をつなぐアナトミートレインは4本あるが、肩関節挙上と関係するのは深層バックアームラインと深層フロントアームライン2本である。  

1)深層バックアームライン     

肩関節の後方挙上動作時には、前腕尺側が上になる。つまり前腕尺側の筋膜が緊張する。

患者を椅座位にさせ、術者は患側の腕をゆっくり後方挙上させてみる。もし可動性不十分な場合、腕骨・清冷淵・天宗といったツボ圧迫しつつ後方挙上に引っぱり上げる。これで可動性拡大した場合、それぞれの障害筋をスレッチさせた体位にさせ、筋上のツボに刺針して運動針を施す。

結帯動作をとらせた時、小指球筋→尺骨々膜→上腕三頭筋→肩回旋筋群→菱形筋・肩甲挙のラインがねじれてつっぱる。この一連の機能筋膜連結も深層バックアームラインである。

 

2)深層フロントアームライン   

肩関節の前方挙上動作時には、前腕橈側上になる。つまり前腕橈側の筋膜が緊張する。

患者を椅座位にさせ、術者は患側のをゆっくり前方挙上させる。もし可動性不十分な場合、魚際・手三里、中府といったツボを迫しつつ前方挙上に引っぱり上げる。これで可動性拡大した場合、それぞれの障害筋をストレッチさせた体位にさせ、筋上のツボに刺針して運動針を施す。

 

3)アナトミートレインと奇経の関連          

奇八脈は基本的に下から上へと縦方向に流注する。深層バックアームラインは陽蹻脈の流注に似ており、、深層フロントアームラインは陰蹻脈の流注に似ているようだ。

 

2.肩関節後方挙上障害に対する深層バックアームラインを使った治療   

深層バックアームラインは陽蹻脈に似ている。ただ陽蹻脈の宗穴は足臨泣だが、肩関節痛での深層フロントアームラインでの代表穴といえるのはペアである奇経の督脈の宗穴、後溪となる。肩の後方挙上制限時には後溪を含め、他に魚際や手三里を刺激する。

 1)腕骨刺針    

単に腕を後方挙上させただけでは痛まず、とくに手関節の捻れが起点となることから、小球筋(腕骨穴)を押圧した状態で、結帯動作を行わせると、可動域が改善されることが多い。改善された場合、腕骨穴に刺針した状態で、結帯動作を行わせるとよい。

 

2)清冷淵刺針    

腕骨刺激と同じ発想で、上腕三頭筋起始の清冷淵を押圧しつつ、肘の屈伸運動を行わせ、帯動作の軽減をみたら、清冷淵に運動針を行う。

 

3.肩関節前方挙上障害に対する深層フロントアームラインを使った治療

深層フロントアームラインは陰蹻脈に似ている。ただ陰蹻脈の宗穴は照海だが、肩関節痛での深層フロントアームラインでの代表穴といえるのはペアの奇経である任脈の宗穴、列缺となる。肩の前方挙上制限時には列缺を含め、他に魚際や手三里を刺激する。

上腕挙上させた時、母指球→橈骨骨膜→上腕二頭筋→小胸筋がつっぱる。この一連の機能筋膜結合を深層フロントアームラインとよぶ。母指球筋(母指内転筋、母指対立筋など)を押圧する目的で、魚際と合谷を同時につまみつ、肩関節外転運動を試みる。改善するのであればそこに刺針して肩関節外転の自動運動実施。これは大胸筋・小胸筋がゆるんだ結果である。

1)魚際刺針   

2)手三里刺針      

手三里あたりで輪状靱帯・腕橈骨筋・長橈骨手根屈筋間あたりには外側筋間中隔(屈筋と筋の境にある筋膜)があり、筋の重積が発生しやすい。ここを術者の2~5指で押圧しつつ  前腕の回内・回外を10~20回行い、その後に上腕挙上させると滑走性が高まり挙上しやくなる。       

 

※五十肩に対する条山穴刺針について     

40年ほど前、「五十肩(広義)に対し、条口から承山へ透刺すると効果あり」とのニュースが中国から届いた。実際に条口から承山に透刺するには4寸針が必要となるが、腱側の条口から承山にむけて直刺深刺ておき、患側肩関節の自動運動をさせるという方法。 実践すると、効かないとも効くこともあって、なかには肩関節局所を刺激して効果なかった者に対してってみると、意外にも肩がすーっと挙がったという例も経験した。一見して凍結肩かと思える例であっても効果が出る例も経験した。ただし奏功機序はわからないままであった。  

しかしながらアナトミートレインの考えでいえば、肩関節挙上時痛に腕橈骨筋あたりの手三里を刺激すことになる。条口は前脛骨筋であるが、腕橈骨筋と前脛骨筋は構造的類似性がある。前脛骨筋で条口を選理由は、同筋で最もボリュームがあるところという点になる。条口を押圧しつつ、肩を挙げさせる運動をさせる。

 

 

 

 

 

 

 


三角筋筋力低下による外転制限と思えたのに、外関運動が効果あった症例(81才、女性)

2018-12-20 | 肩関節痛

1.主訴:両肩関節の外転制限

2.現病歴


痩せて筋力が少なそうな高齢者。2~3週前から次第に、自力では右肩関節は外転60°以上はできなくなった。ときには45°程度しか外転できなくなることもある。当院初診3日前からは左肩関節にも同症状が出現した。
ただし肩関節周囲の痛みは感じない。他動的には外転ROMはほぼ保たれている。アームドロップサイン正常 ペインフルアーク正常。

3.診断:三角筋の筋力低下
 
上腕外転自動運動90°未満は、棘上筋の問題であることが多いが、本例は肩関節の運動時痛もないので、三角筋の問題であると考えた。三角筋が問題となるケースには、外転筋オーバーユース(料理人、ウェイトレス等)の場合と、三角筋筋力不足(高齢者・運動不足・虚弱体質者)の場合もあるが、本例は後者だと判断した。


4.当初の治療

 
1)三角筋停止部症を考えて、圧痛ある臂臑に刺針しながら、リズミックスタビリテーション手技を行うと、少し改善するが持続効果に乏しいかった。

 
※リズミックスタビリテーションとは

リズミックスタビリゼイション(Rhythmic stabilization 律動固定)とは、PNF(固有受容性神経筋促通法)の一手法。
患者と術者が反対方向の力を加えることでの均衡状態のこと。力を入れた主動作筋に対して、反対側にある拮抗筋は緩むという性質を利用する。これをⅠa抑制とよぶ。筋の緊張を緩めることで関節可動域の拡大を図る狙いがある。鍼治療では、肩関節付近の最大圧痛点に浅刺した状 態でリズミックスタビリゼイションを行うようにするとようだろう。

 


5.外関刺針しての肩関節外転運動

  
三角筋の収縮力不足であれば、やはり身体を鍛える以外に症状改善の手段はなく、それは一朝一夕には成し遂げられないのかと治療を諦めかけた。その時、肩関節の痛みと外転制限には陽池や外関に1㎝ほど直刺して、直後から大幅に外転角が増した症例があったことを思い出し、左右の外関に1㎝ほど直刺した状態で、肩関節の自動外転運動を行わせてみた。すると直後から左右とも肩関節外転角が135°あたりになった。

 
この効果は、3~4日後の再診後には消失しているが、外関に運動針をする度に外転角が135°程度まで回復し、最近では治療前でも外転90°程度を保つようになった。なお三角筋停止部である臂臑への運動針では、こうした外転制限を改善させる効果はなかった。 


6.「外関刺針しての肩関節外転運動」が奏功した意味

 
ベッドに向かって椅坐位となり、上肢をベッド上に置いて脱力させ、外関に1㎝直刺する。この状態で被験者にゆっくりと肩関節外転動作を行わせると、針体は首側に傾くことが判明する。なお手関節を背屈させると、針体は指側に傾く。
外転動作時は、指伸筋を収縮(起始に向かって筋が動く)するので、針体は指側に傾くと予想していたのだが、予想外の結果になった。

そこで筋収縮ではなく、皮膚が引っぱられてこの結果を生むのではないかと考えを改めた。外関に1㎝直刺した状態で、四瀆部の皮膚を曲池方向に1~2㎝引っぱってみた。すると針体は曲池方向に傾いたことで、この皮膚が動いたという仮説は正しいらしかった。ただし肩関節の外転制限がある症例で、そのすべてに外関運動針が効果あるとは限らないので、外関運動針が有効となる条件を模索すると、どうやら三角筋停止部の臂臑の圧痛が出ることと関係があるらしい。三角筋停止部と指指筋間の皮下筋膜の連動線(=アナトミートレイン)が関係しているのではないかと思った。皮下筋膜の問題だとすれば、深刺は必要ないだろう。

※四瀆:前腕屈筋側のほぼ中央。指伸筋腱と小指筋腱との間。
※臂臑:三角筋の上腕骨停止部。上腕の上方1/3ほどの部位。


「秘法一本鍼伝書」⑥<上肢内側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討 

2018-08-21 | 肩関節痛

1.「秘法一本鍼伝書」上肢内側痛の鍼(肩貞)

1)取穴法
後腋窩紋頭の内上方約2寸を下からナデ上げると、内上方から外下方にむかって太い筋肉が指に触れることができる。この筋の下縁に指頭を突っ込むように強圧すると有感的に響く処がある。本穴はここに取る。いわゆる肩貞穴である。

2)用鍼
寸6ないし2寸の3番の銀鍼または鉄鍼を用いる。

3)患者の姿勢
正座して手を下垂させ、拳を握らしめ、閉目させて呼吸を静かにさす。

4)刺針の方向
鍼尖を穴の部から内上方に向かうように刺す。取穴の時に述べた筋層の下に鍼を刺すように心構えて刺入する。硬物につき当たったならば、瀉法を行う。

5)技法
患者をして吸息させる同時に、鍼を進退しつつ左右に動揺させながら刺入する。鍼の響きが小指側に響けば刺入をやめる。

6)深度
約1寸3分ないし2寸近く刺入。鍼尖、硬結物に当たり、小指側に響く程度でやめ、弾振する。

7)注意
針響強劇にして患者圧重倦怠感ありといえば直ちに退け、皮下まで鍼尖を抜き上げ、患者をして呼吸させて抜除する。補助法として鍼尖を缺盆穴に水平にあて、やや外方に向かうようにして刺入する。これまた小指側に響くように刺すべし。首の側面、肩背に響く場合は、鍼尖を転向させて上肢に響くようにすべし。

 

 

 2.現代鍼灸からの解説

1)後方四角腔の局所解剖

後腕と肩甲骨間にできる陥凹を、後方四角腔とよぶ。後方四角口腔は、上腕三頭筋外側頭・上腕三頭筋長頭・大円筋・小円筋が四辺を構成していて、腋窩神経が深層から浅層に出てくる部である。

 


後方四角腔に直刺すると腋窩神経を刺激できるが、腋窩神経には知覚神経成分がないので、響きを生じることはない。
内上方に向けて斜刺すると、小円筋に刺針できる。一本鍼伝書<上肢内側痛の鍼>は、小円筋に対する刺激になるだろう。しかし小円筋刺針は上肢外側に響くことはあっても、上肢内側に響きは得られにくい。

 

 しかしながら肩貞から、小円筋を貫通して、肩甲骨と肋骨間に入れるような深刺をすると、肩甲下筋を刺激できる。肩甲下筋トリガーポイント活性時、その放散痛は、上肢内側に放散する。なお、肩甲下筋は、肩甲下神経の運動支配である。

 

 

 

 肩貞穴から肩甲骨と肋骨間に入れるような深刺で上肢内側痛に効果があるのならば、膏肓など肩甲骨内縁の穴から、肩甲骨内と肋骨をくぐる深刺も効果あるに違いない。
ということで実際にやってみる。3寸鍼を使い、2寸以上深刺すると、ズキンというような響くポイントに命中し、その直後からつらい症状が改善することを何例も経験できた。

実際の臨床にあたっては、患側上の側臥位で、肩甲骨の可動性を改善することを目標として、肩貞または膏肓から深刺し、介助しながらゆっくりと上腕の外転運動を行わせるようにすると効果的になる。 

 


 ※肩甲上神経:棘上筋・棘下筋を運動支配。知覚神経支配なし。肩関節包上部と後部を知覚支配
 ※腋窩神経 :小円筋・三角筋を運動支配。上外側上腕皮神経として上腕外側を知覚支配。肩関節包下部を知覚支配

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「秘法一本鍼伝書」⑤<上肢外側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討 ver.1.2

2018-08-21 | 肩関節痛

最近の当ブログでは「秘法一本鍼伝書」中の下肢痛の鍼を4パターンに分け、現代鍼灸の立場から解説した。同じような形式で、上肢痛は2パターン分けて説明する。

1.「秘法一本鍼伝書」上肢外側痛の鍼(肩髃)

1)取穴法

肩関節上際部で上腕を挙げて凹みが出るところがある。この凹みに前と後の2カ所あり、前の凹みが治療穴である。この凹みのところに指端をあてて一応手を下垂する。それから患者をして上肢を外転そして内転させると、指端に太い筋が現れたり隠れたりするのを感ずる。外転させた時に太い筋が指下にきたり、内転させるとその筋前方に転移して指下には只やや陥凹の感を得る。これが穴である。肩髃穴である。

2)用鍼
寸6ないし2寸の2番を用いる。毫鍼の銀鍼または鉄鍼でよい。

3)患者の姿勢
正座させて両手は穏やかに下垂させ、手は自然の位置に垂れ、力を入れぬようにさせる。


4)刺針の方向
上方より穴所から垂直に、つまり上腕骨の縦側に沿うように刺入する。


5)技法
鍼を進退(刺入し、入れまたは引く)するにあたり、や左右に揺するごとく刺入する。もしくはゆるい間歇法を行う(これを古法では白虎揺頭の法)という。

※白虎揺頭の法:「金筋賦」にみえる刺針手法の一つ。基本的には深層まで刺針し、得気したのち浅層まで引き上げ、虎が頭部をゆらすように振顫する手法。


6)深度
針響が橈側に響くのを度とする、響いたら抜針する、患者が刺針によって重圧感を感じなければ弾振する。重圧感覚を訴えたら鍼を直ちに抜除する。

7)注意
患者が鍼を抜除した後でも重圧感を訴えたら円鍼を用いる。または渋滞のところに散鍼する。もし針響が予期どおりない時は、いったん抜いて刺し直す。
総じて、上肢外側の痛み・神経痛・リウマチ・肘腕の関節炎には呼吸の瀉法を、麻痺・鈍麻・痒癢(かゆい、くすぐったい)には呼吸の補法を用いる。


 

2.現代鍼灸からの解説

1)肩髃穴の取穴

「上肢を90度外転させてできる肩甲上腕関節の上際にできた2つの陥凹のうち、前の方の陥凹」というのが広く知られている<肩髃>穴の取穴法である。後の陥凹が肩髎穴になる。しかしこのような表現は解剖学的に曖昧で、昔から疑問だった。ひとつの取穴法として、上腕骨大結節を術者の母指と示指でつまむようにすると、肩髃と肩髎を同時に取穴できるというものがあったので、自分では結節間溝(大・小結節間)部が肩髃、大結節後の陥凹が肩髎とすることにした。しかしながら十年ほど前、肩髃穴の前方に<肩前>という新穴があることを知った。肩前穴は、上腕骨小結節と大結節の間にある結節間溝を走行する上腕二頭筋長頭腱部になるから、必然的に<肩髃>は、大結節と肩甲骨肩峰端の間隙に取り、肩髎穴は上腕骨大結節の外方陥凹部と肩峰端との間隙であると考えるようになった。 臨床的意味合いは次の通り。

上腕二頭筋長頭腱刺激→肩前穴
棘上筋腱刺激→肩髃穴
棘上筋腱刺激→肩髎(あまり使わない)


 

 

 2)上外側上腕皮神経痛に対する肩髃から曲池方向への水平刺刺

肩関節上外側の痛みは、三角筋部に相当し、この皮膚知覚は上外側上腕皮神経知覚(腋窩神経の分枝)支配である。腋窩神経の本幹は小円筋・三角筋を運動支配し、腋窩神経はさらに肩関節包下方を知覚支配している。

すなわち三角筋の痛みであるかのように見えるものは、実は上外側上腕皮神経痛による。そのため筋膜に対する刺針よりも、皮膚に対する水平刺または皮膚の刺絡の方が効果的になる。皮膚の痛みは皮膚を撮むように触診すると過敏点を検出しやすく、発見した撮刺点を貫くような水平刺を行うとよい。
その典型が、肩髃から曲池方向に水平刺である。この一本鍼は、清脳開竅法(天津の石学敏により開発された脳血管障害の鍼灸治療法)での脳血管後遺症としての肩関節痛の治療とほぼ同じものである。

 

 

 

しかしながら私の臨床経験から、上述した治療を行っても、直後効果のみで終わることが非常に多かった。この領域の皮膚を刺絡してみても、効果あるのは治療当日のみで、翌日には元に戻るのが普通だった。
上腕外側痛を生ずる、もっと本質に迫った治療があるのではないかと考えるようになった。

 

2)棘下筋の放散痛に対する天宗刺針

トラベルのトリガーポイントの図を見ると、上腕外側痛は、棘下筋のトリガー活性化に由来することでも起こるようだ。天宗穴あたりの圧痛点に4番程度の鍼を置いておき、まずは側臥位で上腕外転の介助自動運動を実施。すると次第に外転可能な範囲が広がることが多い。同じことを坐位で実施(上腕外転運動は重力に逆らうのでより強刺激になる)。

時には棘下筋の伸張を強いるので、上腕外転に軽度障害も生ずることが多い。このような場合、圧痛ある天宗に4番針以上で刺針すると上腕外側痛と上腕外転制限に効果あるようだ。
陳久性で棘下筋の緊張が強く、肩関節外転のROMは正常だが、それでもスポーツ時の動きが悪いという患者に対しては、天宗刺針で効果不足の場合には、上腕を自動的に外転させた肢位(棘下筋の収縮状態)でこの刺針をすると効果が増大する。もっと強く棘下筋を伸張させるヨガの「ネコの背伸びのポーズ」をさせた状態で圧痛ある天宗に雀啄刺針をするとよい。

 




3)大円筋・小円筋の放散痛

上腕骨と肩甲骨外縁の陥凹(後腕のつけね=後方四角腔)には肩貞を取穴する。肩貞から肩甲骨外縁に沿うように(それでも肩甲骨上になる)刺針すると小円筋に刺針できる。小円筋の放散痛は三角筋部の後方から上腕外側に放散痛が得られることがある。 

 


肩貞から少々下方には大円筋があり、肩甲骨下方の外縁で肩貞の下方1~2寸下方から刺針すると、小円筋と同様に三角筋部後方に痛みが放散するほか、前腕の背面にまで放散痛の得られることもあるらしい。後方四角口腔に刺針してもスカスカとした粗な組織に刺入している手応えが得られるだけで、筋中に命中しないので、筋膜症に用いる価値は薄い。しかし大円筋・小円筋の起始部である肩甲骨部に刺針すると、上腕外側に響きの得られることがある。

 

 

 

以上の検討から、肩甲骨棘下腋窩にある筋刺激が、上腕外側症状をきたすことが多いと思われた。
もちろん腕神経叢過敏状態や斜角筋放散痛が上肢外側症状を生ずることがあるが、ここでは論じない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


肩関節痛に対する肩髃から肩髎への透刺(柳谷素霊の方法)

2013-05-12 | 肩関節痛

針灸に来院する肩関節痛患者では、肩関節前面から外側部の三角筋部に痛みを訴える者が多い。その原因が三角筋前部線維の痛みによるもので、圧痛部に運動針するだけで改善する者もいるが、少なくとも主訴として肩関節痛を訴える者は、このような単純な治療で改善する例は少ない。

肩関節前面~外側部痛を訴える本格的(?)疾患としては、肩腱板症状、とくに棘上筋に続く腱板部分の問題であることが最も多いだろう。問題は、どこがピンポイントとしての障害部なのかという点と、そのポイントにどうやって針先をもっていくかという点であると思う。

 

1.カリエという危険区域

棘上筋につながる肩腱板部で、カリエは危険区域という概念を示している。その根拠は次の2つの理由による。

①棘上筋を栄養する肩甲上動脈と肩甲下動脈から、やや離れた部位であり、また上腕骨を栄養する前回旋動脈からもやや離れた部位でもあるので、虚血になりやすい。

②上腕外転の際に上腕骨大結節と肩峰間に圧迫されやすい部である。


2.危険区域への刺針法

棘上筋に連なる危険区域へ刺針する方法として、肩井穴から上腕骨頭に向けての深刺斜刺のことは既に本ブログで説明した。実際行ってみると、効果不十分なことも少なくなかった。この原因として、針先がこの危険地帯にまで入っていないことが考えられた。 

一般的に知られてるのは、巨骨を刺入点とし、棘上筋筋部分(腱板ではなく)にまで深刺直刺する方法である。これは棘上筋の筋トーヌスを弛めることで、肩腱板に加わる張力を減らす意義があると思っているが、筆者の考えた方法も、これと大差ないのかもしれないと思うこともあった。 

 

3.肩髃から肩髎への透刺

柳谷素霊は、講習会のデモンストレーションの患者役の中で、五十肩の者がいると喜んだというほど五十肩の鍼灸を得意としていたという。その治療法は文献によっても種々あるが、肩髃から肩髎の透刺(逆も可)(貫く必要はない)も行ったという(柳谷素霊「秘法一本鍼伝書」)
私は、その一文を読んだ瞬間、「ああそうか」と思った。これまで私は、肩髃にしても肩髎にしても肩関節包刺激という目的で肩関節腔内に向けるように刺入してたのだが、効果がないので使用休止していたのだった
。 

これを肩髃から肩髎の透刺することは、カリエの危険区域への刺激として妥当なのではないかと考えたからだ。肩髃穴の位置は、人により異なるが、ここでは上腕骨大結節を横断するように刺入する。 

肩腱板炎や肩腱板部分断裂と思われる患者に試してみると、肩井から斜視する方法、肩髃や肩髎から直刺する方法いずれのアプローチでも外転可動制限が是正しきれなかった患者に対し、効果あることを幾例も経験した。

 

4.天宗刺針

肩関節前面~外側部痛に対して、肩井斜刺や肩髃から肩髃透刺は、一時的に効果ある。すぐに元にもどってしまうのは、そこが痛みの発生源的でないからで、実は棘下筋の関連痛が原因となっていることが非常に多い(これに関しては、すでに報告済)。ツボでいう天宗だが、天宗付近の圧痛硬結部位(1点とは限らない)に針灸するとよい。この棘下筋の筋緊張は非常に頑固なので、針だけでなく、有痕灸でもしないと、すぐ元にもどる傾向がある。1~2回の施術だけでは持続的な効果が出ない。それは慢性疾患は、元に戻ろうとする性質があるからで、慢性的に筋緊張している状態を。筋緊張が緩んだ状態にしても、筋緊張いている元の状態にもどろうとするからである。何度も同様の刺激をして、初めて緩んだ状態が元の状態と認識できるようになる。