現代針灸治療

針灸師と鍼灸ファンの医師に、現代医学的知見に基づいた鍼灸治療の方法を説明する。
(背景写真は、国立市「大学通り」です)

耳鳴りの針灸治療まとめ2017年版

2017-10-10 | 耳鼻咽喉科症状

これまで耳鳴りの針灸治療について、いろいろとブログを書いてきた。報告した時点では、新鮮な内容であっても、時が経つにつれて私にとって当たり前になり、冷静にみられるようになってきた。そもそもAという治療法が有効で、耳鳴りの鍼灸治療において、Aという治療か効き、Bの治療も効いたという場合、両者にどのような相違があるのだろうか。俯瞰的立場から、2017年における私の耳鳴りの鍼灸治療体系を整理してみる。

針灸が有効となる耳鳴は、首の動きや顎関節の動き(口の開閉など)により、耳鳴りの音調が変化するタイプ。耳そのものに異常がなく、頭頸部筋の関節や筋肉、あるいは知覚神経や運動神経の問題で生ずる耳鳴りを、体性耳鳴(あるいは体性神経性耳鳴)とよぶ。針灸が効果的となる耳鳴は、このタイプであろう。

Cacaceは、聴覚以外の感覚入力によって、耳鳴や聴覚が変化すること報告。すなわち蝸牛から伸びる交通枝の刺激が、耳鳴治療に関係するという。その交通枝は次の神経になる。すなわち顔面神経・三叉神経・舌咽神経・迷走神経などである。迷走神経は全体的になりすぎるので、それ以外の神経について検討する。 

 

1.顔面神経

顔面麻痺時にみるアブミ骨筋反射(大きすぎる音は中耳に入れない)の存在。顔面麻痺時、アブミ骨筋を制御できないので、外界からの音がうるさく感じる時がある。

   

佐藤意生(耳鼻科医)は、感音性耳鳴患者の顔面神経下顎縁枝に経皮的に反復電気刺激で、蝸牛神経の異常を抑制できるのではないかと考えた。大迎と頬車に表面ツボ電極 をつけ、2~30ヘルツのパルス低周波刺激を2分間与えた。

耳鳴患者91例中、耳鳴が5/10以下に減少→47例(51.6%)、6/10~8/10に減少→
34例(37.4%)、9/10~10/10に停止→28例(11.0%)だった。治療有効だった者(53例)の持続効果は、1週間以内に元に戻ったのは43例(81.1%)、このうち、持続効果 2~3日だった者は17例(32.0%)だった。ただし4週間経過後におても耳鳴が以前より軽いと答えた例も5例(9.4%)あった。

 

2.三叉神経
 
1)耳介側頭神経


三叉神経第Ⅲ枝の分枝である耳介側頭神経は、側頭部皮膚知覚を支配しているだけでなく、外耳道知覚、鼓膜知覚、顎関節知覚にも関与している。耳鳴りと顎関節症(三叉神経第3枝の咀嚼筋緊張)との関係も指摘できる。
耳介側頭神経刺針は、開口させ、聴会にできる陥凹から直刺し、外耳道に沿わせるよう刺入する。ただし一般的には外耳炎など外耳道の痛みに使うことが多い。

2)咀嚼筋
トラベルよれば、顎関節症でとくに 耳鳴と関わりの深い筋は、咬筋と外側翼突筋だということである。いずれも三叉神経第3枝運動支配。以下は耳鳴に対して私が注目している咀嚼筋+顎二腹筋である。
 
①咬筋

主作用:下顎骨の挙上(=閉口)運動。
症状:噛む動作時に頬部が痛む。
治療:多くは外関(頬骨弓の中央直下)から深刺直刺する。

 

 

②外側翼突筋
位置:下顎骨を挟んで、咬筋の裏面にほぼ一致。
症状:下顎の突き出しができない。下顎を左右にずらせない。
治療:下関から深刺すると咬筋を貫き、深部で外側翼突筋中に入る。

  

 

③顎二腹筋後腹(起始部)
   
筋膜性疼痛症候群(MPS)の知識が増えるにつれて顎二腹筋後腹起始部の緊張が耳鳴と関係するらしいことが指摘。

位置:顎二腹筋後腹の起始は側頭骨乳突切根で、乳様突起の裏側になる。停止は中間腱で中間腱は舌骨につながっている。
症状:顎二腹筋後腹が収縮すると喉の詰まり感や物を飲み込みにくくなり、顎が動きづらくなる。
顎二腹筋後腹起始への刺針:側臥位。寸6#2程度の針で乳様突起の裏側に刺針。完骨穴に近い。乳様突起の表側は胸鎖乳突筋の起始があるのて、乳様突起からやや離れた部から刺針して斜刺し、針先を乳様突起の深部のコリにもっていく。

 

 

  

 

 

3.舌咽神経 

耳奥にズシンとした針響を与えることができるのなら、耳鳴治療にも効果あるかもしれない。このように考えて耳周囲に刺針しても耳奥に響かすことは案外難しいことである。そもそも響くということは知覚神経を刺激しているのだろうが、内耳には知覚支配がない。耳奥に響くとすれば、中耳の鼓膜から鼓室にかけて分布する舌咽神経分枝の鼓室神経だろう。舌咽神経も蝸牛に交通枝を送っている。

1)下耳痕

耳下垂つけねを中国では耳痕と命名した。そのやや下方にあることから筆者は下耳痕と命名した。 舌咽神経の分枝である鼓室神経は、鼓膜~鼓室知覚支配する。舌咽神経刺激は、神経ブロックとしては乳様突起と茎状突起の間に刺針することになろうが、針でこれを行ってもマトに当てるのは難しく。筆者が行っているのは、下耳痕穴刺針である。耳垂の頬付着部から直刺1~2㎝して鼓膜に響かせる。

   

 

2)鳴天鼓(めいてんこ) 

空気の波動を利用して鼓膜を刺激するものとて、内気功の鳴天鼓(めいてんこ)がある。
両耳を掌でぐっと押さえ、両肘は肩甲骨がよるくらい張り出す。手掌中央が耳穴にくる位置にくるように置き、強く密閉。そのまま頭の後ろに指を添えて中指の上に人差し指を乗せ、そこからはじくように人差し指を落とし頭を叩き頭の中全体に音を響かせる。1回20~40回。1日2回実施。

 

4.頸部治療

1)胸鎖乳突筋をゆるめる

   
めまいと胸鎖乳突筋コリが関係あることは、ムチウチ後遺症でしばしばみられることで、これを頸性めまいと称している。一側性胸鎖乳突筋緊張→顔の傾斜→頭位性めまいという機序になる。
耳鳴と胸鎖乳突筋のコリとの関係は不明瞭なところがあるが、めまいも耳鳴りも内耳症状という共通性がある。胸鎖乳突筋の緊張が強いことによる耳鳴りであっても、患者自身は自分の胸鎖乳突筋が緊張していることは案外気づかない。

筋緊張を緩めるには、該当筋を緊張させた状態で刺針した方が効果的である(=筋の促通作用)。患者をマクラを外した仰臥位にさせ、患側が上になるよう、顔を健側方向に回旋。その状態で胸鎖乳突筋の停止部(完骨あたり)に刺針。その状態のまま、患者に上を向くように指示する一方、施術者はその動きを妨げるように患者  の側頭部あたりを手掌で圧する。1,2,3と数を数えつつ、患者の力にタイミングを合わせて術者も力を加える。

 2)C1~C3頸神経
   
三叉神経は脳幹だけでなく、延髄・脊髄(C1~C3頸髄)にも核がある。例えば大後頭神経痛などで  C1~C3神経根が興奮すると、三叉神経核を刺激するので、項から後頭部痛だけでなく、顔面痛(とくに眼精疲労)を引き起こすことがある。これを大後頭-三叉神経症候群とよぶ。要するに、C1~C3頸神経刺激は三叉神経に影響を与えることがある。眼精疲労が、天柱や上天柱の針や指圧で改善するのはこの理由による。

 


 


バネ指手術の体験 ver.1.1

2017-10-03 | 上肢症状

1.術前の経過

2年程前から、理由なく起床直後に左母指のバネ現象が生ずるようになった。ただし基礎疾患として7年前頃から糖尿病があった。脱力時には痛みはないが、母指の曲げ伸ばするために、カクンカクンとして母指が動かしづらいので、絆創膏を母指IP関節に巻いてIP関節の動きを制限して過ごした。やがてバネ現象は自然消失したが、今度は母指IP関節が完全伸展できなくなった。母指の屈伸動作を行うと、母指MP関節掌側横紋の示指寄りに鈍痛が残るようになった。すなわち第3期のバネ指状態になった。母指の完全伸展ができないことは我慢ができても、母指球の鈍痛には我慢ができなかった。この鈍痛は湿布しても効果なかった。

痛みに我慢できなかったので、これまで整形外来に2度行き、腱鞘内への鎮痛剤注射を行う処置をうけた。この方法は、直後は効果を実感しないが、数週間でじんわりと効いてくるとのことだが、まさにその通りだった。しかし2~3ヶ月で元にもどることも多いという。一応計2~3回注射して、それでも効果ない場合、手術に踏み切るとの段取りになるという。腱鞘内への注射そのものが非常に痛く、局所注射が腱鞘を傷つけることになるなどにより、注射回数にも限界があるとのこと。


 2.(参考)バネ指のスタジウムと処置法

1)第1期:
関節の手掌側に痛みや圧痛があり、指の運動時痛がある。バネ現象はなく関節の動きも正常。日常生活にほとんど支障がない。このまま自然治癒することもある。治療は安静。
  
2)第2期:     
①バネ現象陽性
が一定の角度に達すると、自動運動が障害され、これを自動的・他動的に強制屈曲させる時には、弾撥性に屈曲する。かろうじて指は屈伸できるが、曲げた指がスムースに伸びない現象。重度バネ指でなければ、無理に伸展させると、轢音を発し、完全伸展可能。
   
②モーニングアタック出現
夜間就寝中に、無意識に指を屈曲するせいか起床後に指を再伸展させる際に強く痛む。
     
③MP関節掌側部の圧痛・運動痛。腫瘤を触知
  
治療は、腱鞘内への注射(局所にステロイド+局所麻酔剤)  

3)第3期 
バネ現象は消失するが、指の完全屈伸はできなくなる。日常生活で非常に支障をきたす。関節拘縮状態。 輪状靱帯の開放手術。手術以外に方法がない。


3.輪状靱帯切開手術

私のバネ指は、第3期となったので、手術しか選択肢がなくなった。

否応もなく平成29年9月15日、輪状靱帯切開術を受けた。腱が肥厚していて、輪状靱帯を切開すると、その輪状靱帯に覆われた部分だけ細くなっていたという。A1靱帯を切除し、A2靱帯入口部分も切ったとのこと(両靱帯を2つとも切除することはできない)。手術方法の選択はもちろん医師に一任したのだが、2㎜ほど皮膚切開してガイドナイフを使って腱鞘切開するという新方法ではなかった。しかしながら腱鞘を目視して切開できたことが、A1靱帯完全切除、A2靱帯入口の部分切除という臨機応変な対応をとることができた。A1靭帯を切開する時、腱が太くなっていて輪状靱帯をつまんで切開するのに手こずっていることが、医師の独り言から伺えた。

膚切開は10㎜ほど手術は正味20~30分で、手術室に入っていたのは60分ほどだった。YouTubeでは簡単に済んだという動画があったが、私も安直に考えていたが、予想外に本格的な手術だった。

輪状靱帯を切除したということは、腱鞘が癒着しやすい状態になったことを意味するので、これを防止するため、術後は母指の曲げ伸ばしをしっかり行うこと、との指導を受けた。
術後2~3時間して麻酔がとれてきた。これで母指の可動域も正常になると思い込んでいたが、意外にも母指伸展可動域の改善はあまりなかった。しかし母指球の鈍痛はなくなった。
   
その翌日から、右手に包帯を巻きつつ、鍼灸治療業務を何とか行った。母指を動かす度に傷口に痛みを感じていたが、経過と共にその痛みも軽減した。術後4日目に術後チェックをうけたが経過良好とのこと。

 

 

 

 

4.術後経過

術後2週間経て、抜糸を行った。改めて自分で触診すると、傷痕深部にシコリがあり、健側に比べて隆起していることが判明した。熱感と腫脹があることを医師に報告すると、抗生物質を5日間分投与された。抜糸して4日目になった現在、やはり熱感が少々残存している。傷痕内部のシコリも以前として存在している。安静時痛はなくなったが、母指を動かす際、MP関節掌側の痛みを若干感じる。母指IP関節の可動域は手術直後よりも改善したのだが、術前の症状を10とすれば、7程度にはなった。大幅に改善したというわけではない。健側と同様の可動域まで改善するのは約3ヶ月後だったが、成書を読み返すと、これも想定内のことといえた。

 母指を伸展すると母指MP関節部が痛むのは、オペ痕部に硬く分厚い皮下組織ができてしまって、それが母指屈筋腱を圧迫するためかと思ったが、触診してみるとオペ痕部が痛むのではなく、オペ痕よりも3㎜ほどIP関節に近い点に強い圧痛を2点発見した。銀粒を持っていなかったので、とりあえず米粒を貼って2カ所の圧痛点にテープ固定してみると、その直後から動作時の鈍痛は軽減したのでびっくりした。これもMPSの一部ということなのか。術前症状を10として3程度に改善した。だが別の痛点が出現してくる。

バネ指手術の症例数が多いことで知られる古東整形外科の「バネ指の手術を受けられた方へ」を読むと、手術後はスッキリと改善しない例もあるが、6ヶ月~1年の経過で、徐々に腫れが引いて、違和感が消失するといった内容であった。輪状靱帯に局麻注射をしても直後に痛みは改善せず、1週間~10日くらい後から徐々に効いてくるという治療経過、手術後後遺症が消えるのは6ヶ月~1年かかることもあるといった術後経過。バネ指は他の疾患と比べて、いろいろユニークな点が多いらしい。

術後2ヶ月経って、内科医師についでにバネ指をみてもらった。するとこれは腫れではなく、線維化だという。線維化だとすると、この分厚い皮下組織はもう治らないかもしれないとも思った。しかし術後3ヶ月が経過した12月下旬になってみると、母指球の重苦しい痛みや、母指運動時痛は術前の8割以上消失しており、普段バネ指だったことを意識することもまれになった。厚い皮下組織も術直後に比べて、1/3ほどにまで縮小している。そして術後2年した頃には皮下組織の肥厚もなくなった。常々思っていることだが、現代医学書の内容は、事細かに事実に一致していることに改めて驚かされる。