AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

腰痛に対し、次の手として行う立位体前屈位で行う背腰部一行刺針

2022-01-17 | 腰背痛

腰痛には筋膜由来のものと椎間関節由来のものがある。鍼灸治療では、背部一行(棘突起の外方5分)からの深刺で、腰が伸びたり動作時痛が軽くなったりするのが普通である。しかし不十分な効果しか得られないことあるので、次の手段(=二の矢)を用意しておくべきである。

1.一の矢
 
頸背腰殿痛を起こすことの多い脊髄神経後枝症候群の鍼灸治療は、普通は腹臥位で背腰部一行に刺針することが多いと思うが、私は側腹位(シムズ肢位)で行うのを常としている。その方が反応点をつかまえやすく、刺針して深部の筋硬結に命中させやすいと思うからである。何カ所かに刺針し、5分間の置鍼を行うことにしている。側臥位で行う場合、片側側腹位で置鍼5分の後、もう片側にも置鍼5分するので単純計算で治療時間が倍になるという短所があるが、治療効果を優先するはやむを得ないことである。

このような施術をした後、患者を立たせてみて、痛みや背腰の可動性の軽減の程度を調べ治療効果を確認する。この方法で十分な効果が出れば治療を終える。


2.二の矢

 
しかし治療効果不十分な場合、次の<二の矢>としての治療を加える。ベッド傍に立たせ、上体を前屈させ、再び腰背部一行線上の圧痛反応を探し、一行反応点から深部にある硬結を目標に深刺する。なおこの体位は不安定なので置鍼はせず軽く手技した後に抜針。これを数カ所に行う。

患者を立位体前屈位に保持するには、次の2つがある。 1)より2)の方が効果的かと思っていたが、最近これを実証できた症例を経験した。

※二の矢の治療は不安定な体位なので置鍼はできない。一の矢の治療は、頸背腰殿部の診察を兼ねているのでどうしても必要。側臥位でだいたいの反応点に施術しておき、それでも治しきれない重要な患部を二の矢として治療する。すなわち一の矢は無駄な治療とはならない。

1)両手掌をベッドの天板につけて腰を曲げての体前屈位
 体位が安定するので、安定感をもって施術できる。背部筋伸張は後者より劣る。

2)上体をできる限り深く屈曲させての体前屈位
背筋を強く伸張した姿勢になるので、治療効果も勝るのではないか(Ⅰb抑制)。この姿勢は患者にとって不安定なので短時間で治療を終えるべきだろう。



3.立位でできる限り上体前屈位にて行う鍼治療(47歳男、植木職)

 
仕事柄、年中頸背腰が痛くなり、年に数回当院に通院している。今回は本日仕事中、急に腰が伸びなくなったとのことで来院。無理してでも腰を伸ばせない状態。側臥位で腰背部一行を触診すると、L5S1S2の高さに強い圧痛硬結を発見。左右とも側臥位で2寸#4で一行数カ所に5分置鍼するも効果不十分だった。

 
だがこの程度の効果しか得られないことはよくある。次に立位で両手掌をベッド天板にのせる軽度前屈位で、背部一行に手技鍼を実施したが、どうも鍼先が筋硬結に当たっている感じがしないので3寸#8に変えて背部一行に手技鍼を実施。ただしこれも治療効果不十分で、来院時よりも改善するも背筋を完全には伸ばせなかった。
 
さすがに少々焦ったが、<第三の矢>ともいうべき治療、すなわち立位で出来る限り深く上体前屈位をとらせ、3寸#8でL5~S2の高さの一行に深刺した。すると患者は、「オー」と叫んだ。どうしたのかと問うと、痛むところに響いたということだった。たしかし鍼先は硬い筋硬結(多裂筋)に当たったという手応えが得られた。抜鍼後には背中はほぼ完全に伸びるまでに回復させることができた。



4.立位体前屈位で行った電気鍼治療の自験例(中高生当時、男)

 
私が中高生の頃、2回ギックリ腰で、腰が伸びなくなり、寝ているしかなかったことがあった。当時は私の家族の祖母と父が、たまに近所の鍼灸接骨院(実際は良導絡の局所直流電流電気鍼)に通院した。家族が言うには整形の治療より効果あるということで、恐る恐る鍼治療に出かけた。

 
すると立位でできるだけ前屈位にさせ、良導絡の握り導子を握らせた。「どこが痛むのか、指で示して下さい」と言うので、私が「この辺りです」と言って指で示すと、先生は探索子でその部位を探り、メーターの針が最も振れるところを探し、太い鍼を刺して電流を数秒間流した。切皮痛も痛かったが、数秒間後にはギューというような強い締め付け感を生じて抜針。「今度はどこが痛みますか」というので、再び指で示したが、先ほどとは少し違った場所になった。先生はその辺りを探索導子で探り、メーターの針が最も触れる処を先ほどと同じ要領で刺針。5回程度この方法を繰り返すと、腰痛は自覚するがどこが痛むのか分からなくなった。これをもって治療終了。治療前と比べ症状は1/3程度に軽減した。何しろ痛い治療なので、早く治療が終わって欲しかった。気持ちよさは皆無だったが、実によく効く治療だと思った。
今思えば、電気治療が効いたというより、立位前屈位で行った施術が効果的だったと思う。


五十肩の鍼灸治療を苦手とする理由 ver.1.1

2022-01-07 | 肩関節痛

五十肩の鍼灸治療は難しく、いくらがんばって鍼灸しても効果が現れない。患者本人がいやになって来院中断すると、鍼灸師は逆にホッとする。これは鍼灸師あるあるだろう。五十肩の鍼灸治療はなぜ難しいのかを解説する。

 


1.凍結肩への進行
凍結肩は、肩の炎症の終着点である。一般的には、次の①②③④の順番に進行する。必ず最後まで進行するのではなく、途中で自然治癒することもある。

①肩腱板炎

肩腱板炎の時期は、動作時痛があるもROM制限はない。これは通常の筋々膜痛の治療と同列のように取り扱える。たとえば筋々膜性腰痛、テニス肘、腱鞘炎などと同じ。
肩腱板完全断裂の場合、上肢が挙上不能となるので再建手術が必要になる。しかし大部分は肩腱板部分断裂で、上肢は挙上可能で理学所見からは肩腱板炎と肩腱板部分断裂の区別はつかないものの、40歳以上では部分断裂の比率が高い。ただ肩腱板部分断裂での痛みやROM制限は、部分断裂した箇所を守ろうと周囲筋が緊張することにあるので、治療は肩腱板炎と変わらない。肩腱板部分断裂の者に対しては、その進行を食い止めるため、関節を酷使する仕事やスポーツ避けるようにアドバイスする。


②肩峰下滑液包炎期

腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑液量滑量が増えたり、滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増加して痛みも増加する。

痛みのため腕が動かせなくなる肩関節部に熱感も感ずることもある。とくに夜間は血行障害になりやすいので夜間痛で眠ることも難しくなる。ただし他動的なROM制限にあまり異常はない。この痛みのの本質は神経痛性疼痛であり、一般的消炎鎮痛剤であるロキソニンではあまり効果ない。鍼灸もあまり効果ないというので痛がってやらせてくれない。リリカやサインバルタは鎮痛に効果あるが治す作用はないので、服薬中止すると痛みが再燃するので始末が悪い。安静第一である。


③癒着性滑液包期

元来はゼリー状だった滑液は、水分が失われて接着剤様になり、滑液包の癒着が起こる。そうなると上腕骨の可動性が減り、自動的・他動的ともROM制限が出てくる。痛みがあるか否かは炎症の程度により様々。癒着を改善する治療は手術以外はない。保存療法としては癒着を拡大させないよう頑張るしかない。滑液包の炎症の程度が減れば自発痛も少なくなる。

 

④凍結肩期

肩峰下滑液包の癒着が、肩甲上腕関節関節包に拡大した状態。自動・他動ともにROM制限が強くなる。すなわち凍結肩状態。痛みの有無は炎症の程度により様々だが、次第に痛み自体は軽くなる。痛みが軽くなっても、ROM制限は続く。ある程度肩甲上腕関節の動きが自然治癒するまで6ヶ月~2年を要するとされる。しかも元の可動域にまで回復するとは限らない。

 

 



2.五十肩の各時期の治療法

)肩腱板炎
上述した①②③④で、日常的な筋筋膜症の治療として取り扱えるのは①肩腱板炎のみになる。本症は鍼灸の適応で、でに様々な鍼灸治療方法が発表済。②は痛みが強いため施術困難、③④は滑液包や関節包の癒着が症状の中心となるので鍼灸治療には不向き。

過収縮している筋の伸張痛がその正体である。基本スタイルは次の通りで、他に圧痛点治療実施。次のステージへの移行を防ぐことも治療目標になる。
外転制限→外転動作をさせての上筋、三角筋中部線維への運動針
結帯制限→結帯動作をさせての肩甲下筋、小円筋の運動針
結髪制限→結髪動作をさせての肩甲下筋、大円筋の運動針

 

2)肩峰下滑液包炎
痛みが非常に強いので、針灸刺激することが困難になる。基本は三角巾などを使った患部の安静。痛みは筋々膜症に由来するのではなく、狭義の神経痛なので、理論的にはリリカやサインバルタの適応となるも、服薬中断すれば元通りの痛みになるので治療が難しい。


3)癒着性滑液包炎
癒着すなわち他動ROM制限になる。あまり痛みの出ない範囲で肩関節可動域訓練を行い、癒着を拡大させない、すなわち凍結肩への移行を防ぐことが目標になる。


4)凍結肩
肩関節包の癒着は、他動的ROM制限があることを示し、前記の癒着性滑液包炎よりもROM制限の程度は強くなる。ただし炎症そのものは小さくなるので運動痛は減少するのが普通である。癒着した関節包をリハ訓練によって徐々に剥離することが治療の中心となる。円滑なリハ訓練を妨げるのが痛みであるから、鍼灸はこの痛みをとることが目標になるだろう。リハ訓練でも速効的な効果は得られないのが普通。
難治性のものは、医師によるサイレントマニプレーションや鏡下関節切開手術が行われることがある。

①サイレントマニプレーション:局所麻酔で腕の運動・知覚を麻痺させる。その上で医師が強制的に肩を外転、伸展などの運動をおこなう(授動という)。長期間拘縮状態にあった肩を他動的に動かすと、ぎしぎしという音が鳴る。その日に三角巾で腕を吊って帰宅も可能。この日の夜になる頃になると麻酔は切れて腕は動かせるようなる。術後は肩ROMは正常化するが、痛みは残存するので鎮痛剤を不況する。そのまま治ることもあれば、この操作で却って組織を傷つけてしまい、再びROM悪化、痛み増大してしまうケースもある。次に記す鏡下関節包切開術の適否の前段階の処置として行うこともあり、これで改善すれば鏡下関節包切開術は行わない。

②鏡下関節包切開術:全身麻酔下、肩腱板部に関節鏡を入れ、視認しながら拘縮している肩関節包を切開していく。サイレントマニプレーションに比べて大ごとのように思えるが、関節包を視認しつつ少しずつ切開するので安全性が高い。本法も術後の鎮痛剤服用やリハ訓練は欠かせず、2~3週間の入院が必要。お笑い芸人のかまいたち山内が五十肩になり2年経っても治らないのでサイレントマニプレーション治療を受けた。それでROMは大幅に改善したが、痛みは残存したので、鏡下関節包切開術を受けた。その後経過良好となった。

 

3.鍼灸師の応対

鍼灸が五十肩に効果ある場合の条件は、五十肩の一部にすぎない。非常に痛んだりROM制限が強い場合、その多くは鍼灸の適応ではない。患者が鍼灸に通院するのは効くと思えばこそであって、効くことが鍼灸への信頼の証にほかならない。効かないことは整形保存療法も同じ条件なのだが、患者は医者と現代医学を信用していて、効かなくてもその信頼は揺るがない。1回の治療費も安価なので、効かないと文句をいいつつも通院を続ける。それに通院していないと薬も安く手に入らないのだ。

では鍼灸師はどうすべきか。それは時間を味方につけるといよい。今は、こういう段階なので鍼灸はあまり効果ないと、本稿の上に示した図を見せて、該当する病態部分を指し示す(ちなみに上の図やチャートは筆者オリジナル)。しかし痛みが軽くなったら、あるいは具体的に3ヶ月後にはこうなっているだろうから、再来院した方がよいと指示しておく方が良いだろう。