AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

アキレス腱炎付着部炎に下腿三頭筋の運動針が有効だった症例(73歳女性、主婦)

2021-06-17 | 下肢症状

1.主訴:右アキレス腱部痛

2.現病歴:1ヶ月前より、歩行時に右アキレス腱部が痛みを感じるようになった。思い当たる理由はない。

3.所見:アキレス腱の踵骨停止部に圧痛、あり。発赤、腫脹なし。

4.診断:アキレス腱付着部炎
 
R/O (除外すべき疾患)アキレス腱炎:本症であればアキレス腱踵骨停止部の、上方2~6cm部分のアキレス腱の腫脹・圧痛を生ずる。

R/O アキレス腱滑液包炎:アキレス腱の踵骨停止部は強い摩擦にさらされている。この力学的トレレスを緩和するため、アキレス腱停止部の前後にアキレス腱下滑液包が存在している。このアキレス腱滑液包も長期的に強い摩擦にさらされると炎症が生じ、痛みと熱感が生ずる。局所は腫脹し、圧痛の範囲はアキレス腱付着部炎より広い。ズキンとする痛み。

5.治療方針

本例は、外傷歴がなく比較的単純な病態だったので気持ちに余裕があったため、アキレス腱の元の筋である下腿三頭筋に対する運動針体位を工夫してみた。

6.治療内容と経過

第一診療
仰臥位。圧痛点であるアキレス腱の踵骨付着部から3点ほど選穴して刺針。そのまま足関節の背屈、底屈の運動針実施。さらにアキレス腱の伸張に制動をかけるため、踵骨-下腿三頭筋のキネシオテーピング。

第2診察
1週間後来院。アキレス腱の痛みは依然と存在しているとのこと。立位でアキレス腱の踵骨付着部から3点ほど刺針、および下腿三頭筋の圧痛点4箇所ほど選んで直刺1㎝。そのまま膝の軽度屈伸運動を指示。しかしこの運動は非常に痛がるので中止。キネシオテーピングは前回同様実施。

第3診察
①1週間後来院。この患者は初診時だいたい3回くらいで改善する旨を伝えており、今回がラストのつもりだったが、まだアキレス腱の痛みは初回の半分以上ある様子だった。
②前回の立位での下腿三頭筋運動針は、痛がったので中止した。今度は体重負荷がない状態で下腿三頭筋運動針を行ってみることにした。
 伏臥位。ひざを軽く屈曲させ、足首の下に膝用マクラを入れる。その姿勢で下腿三頭筋圧痛点4~5箇所に直刺したまま、足首の背屈底屈運動10回実施。これはあまり痛くないようで、指示通りの運動針実施できた。刺針している針も上下に動いた。
③治療直後、患者から初めてずいぶん歩行が楽にできるとの報告を受けた。


現代鍼灸でのツボの効かせかた⑥頭部編 

2021-06-09 | 経穴の意味

1.百会と囟会

 1)解剖と位置
百会:前髪際を入ること5寸、頭頂部のやや後方。正中線上。頭頂孔がある。
囟会:前髪際を入ること2寸。正中線上。大泉門部。

2)臨床のヒント

①百会(ならびに通天)は、頭頂孔あたりにある。頭頂孔は頭蓋の外側にある浅側頭静脈と頭蓋の内側にある上矢状洞を連絡する血管通路で、頭蓋内の鬱血、静脈血の環流の妨げがあると、頭蓋の外側に導出静脈を介して環流をはかる機能がある。(石川太刀雄「内臓体壁反射」1962年より)。代田文誌氏は、百会・通天に刺針施灸または瀉血すると、この部分の血行を促進し、したがって頭蓋内の鬱血を除くと考えた。

②ヒトは起きていると、徐々に脳の深部温度が高くなる。そして過熱状態になると、熱から脳を守る意味で眠気を感じる。入眠開始当初のノンレム睡眠は脳の核心温と体温を強く下げる役割があることが知られている。この事実から、頭痛や不眠等の愁訴に対して、脳の核心温を下げることは治療になり得るだろう。

③これまでも百会に鍼灸すると鎮静効果は得られることが知られていた。実際、百会に灸して脳波を調べると、α波が増えることが確認されることがわかった。ただしα波が出るのは、百会に効果あるとされる主治症の一つである頭重感がある場合に限られた。(七堂利幸, 有地滋ほか「百会施灸時の脳波変化 と情緒的意味」)
鍼灸治療で、百会に施術しようと思うのは、患者が無論のこと百会の主治症をもっている時である。

④頭板状筋のトリガー(下風池)活性では、頭頂部に放散痛が生じることがある。この知見は、かつて鍼灸国家試験に出題されたことがあり、非常に驚いたことがある。こうした内容はすでに鍼灸学校教育で教えられているということだろうか。

⑤百会刺激の適応症は、交感神経緊張症(頭痛頭重、ストレス、不眠といった交感神経筋緊張状態であり、これらを副交感神経緊張に誘導するのが治療目的である。これに対して囟会は交感神経を活性化させるツボとして百会と対照的である。
囟会は三叉神経第Ⅰ枝の支配領域であり、鼻粘膜と同じ神経支配であり、鼻炎や副鼻腔炎に対して灸治されることが多い。頭髪の中なので、灸痕が目立たないこと。患者自身、鏡を見ながら施灸できることに理由がある。

 

2.頭維
1)解剖と取穴
神庭(前髪際の上方5分、前正中線上)から外方4.5寸。額角髪際。

2)臨床のヒント

①側頭筋緊張を生ずる代表は緊張性頭痛で、きついハチマキを巻いたような、きつい帽子をかぶったような、締め付けられる痛みとなる。トラベルによれば、側頭筋部の痛みは、側頭筋だけでなく僧帽筋・後頸部筋・胸鎖乳突筋など多数の筋の放散痛部位になっているという。したがって、側頭部の痛みがどこからくる放散痛なのかを調べ、その発震源となっているトリガーポイントに施術するべきである。

②側頭筋そのものは薄く広い面積をもつ筋である。トラベルによると側頭筋のトリガーは外眼角と耳尖を結んだ線上数カ所にあるので、頭維が側頭筋の代表刺激点とはいえない。

   

③私見になるが、側頭筋コリに対しては針で水平刺しても多数のコリに当てるのは難しいので、ツボが浅いこともあって指圧の方が適していると思っている。頭髪があるので灸や円皮針は使いづらい。坐位にさせ、術者の両手指を側頭筋に当て、押圧しながら大きく円を描くように側頭部皮膚とともに側頭筋を動かすようにする。
 

④側頭筋の深部にすっぽりと隠れるように側頭頭頂筋がある。側頭筋は咀嚼筋の一つで三叉神経第3枝支配なのに対し、側頭頭頂筋は顔面表情筋の一つで顔面神経支配である。ただし側頭頭頂筋の機能は耳介を動かす(うさぎなどの例)ことであるため、人間ではほぼ退化してしまった。


現代鍼灸でのツボの効かせかた① 上肢編 ver.1.1

2021-06-06 | 経穴の意味

経穴書には、つぼ名の位置と局所解剖、主治症などが記載されているが、ほとんどの場合、なぜこの症状に使うのかという理由は書いていない。根拠が分からないのか秘密にしておきたいのか不明だが、こうした書き方であったとしても、これまで通用してきた。しかしながこれをブラックボックス化してしまうと、効かなかった場合、反省のしどころも分からないので、自分の治療を改良させることもできない。故・代田文彦先生は、症例報告会では、使用したツボの取穴根拠は、こじつでもよいから、ともかく書くようにと指導していた。
「ツボは効くのではなく効かせるもの」という格言がある。結局効かせることのできるツボ、すなわち「手に入ったツボ」の数を増やすことが臨床の幅を広げることにつながる。
ここでは私がこれまでに、手に入ったつもりでいるツボと、その実用的意味を記す。どこまで長くなるか分からないが、部位別に5回前後に分ける予定でいる。

 

1.手三里

1)解剖と取穴

肘を曲げ、肘関節横紋の外側端に曲池をとり、その下2寸で、長橈側手根伸筋と短橈側手根伸筋の筋溝にとる。深部に回外筋がある。なお長橈側手根伸筋の外側には腕橈骨筋がある。

2)臨床のヒント

①腕橈骨筋は、大部分は前腕にあるが、上腕屈筋群に分類され、その作用は肘の伸展なので、テニス肘治療には使わない。長・短側手根伸筋は前腕伸筋群に分類され、その作用は手関節の伸展である。回外筋は前腕を回外させる機能がある。  
バックハンドテニス肘の痛みは、長・短橈側手根伸筋とくに短橈側手根伸筋に出現するので、腕橈骨筋に刺針しても効果ない。


②雑巾絞りの動作の過剰負荷では、回外筋の痛みを起こしやすく、やはり手三里から回外筋に刺針する。
橈骨神経深枝は、フロセ Frohse のアーケード(前腕部回外筋入口の部)=手三里を通る。この部は狭いトンネルであり、可動性が少なく、神経絞扼障害が起こりやすい。


2.合谷

1)解剖と取穴

標準的な合谷は、母指中手骨と示指中手骨の間で第一背側骨間筋中に刺入する。

2)臨床のヒント

①合谷は、面疔に対する多壮灸(桜井戸の灸)で有名である。これは顔にできた膿を、合谷を化膿させて膿の出口をつくってやるという解釈だろうと推察する。なので合谷に鍼しただけでは効果が出ない。

②合谷深部の鈍痛があれば母指内転筋症を疑い、第一中手骨内縁をえぐるように探って圧痛硬結を発見し、て第一背側骨間筋の奥にある母指内転筋に運動鍼を行うのがよい。(通常の押圧方法では圧痛硬結は触知できない)


③脳血管障害時の手指の痙性麻痺時、合谷を刺入点として小指中手骨方向に深刺水平刺して、掌側骨間筋の緊張を緩める方法があり、これは醒脳開竅法の一技法として知られている。

 

3.陽谿 

1)解剖と取穴
手関節背面の橈側、母指を伸展してできる長母指伸筋腱と短母指伸筋腱の間の陥凹部。
皮膚支配は橈骨神経皮枝。



2)臨床のヒント

長母指外転筋と短母指伸筋は共通の腱鞘に入っている。母指自体の可動性が大きいこともあって、構造的に狭窄性腱鞘炎を起こしやすい。母指に起こる腱鞘炎を、とくにドケルバン病とよび、腱鞘炎のなかで最も高頻度。
腱鞘炎での痛みは腱鞘に起因するが、症状自体は皮膚に放散された橈骨神経皮枝の興奮に起因すると思われる。痛みを訴える部の撮痛点へ局所皮内針が効果的である。

 

4.郄門

1)解剖と取穴

手関節前面横紋の中央に大陵穴をとる。大陵から上方5寸。長掌筋と橈側手根屈筋の間。
深部に浅指屈筋、深指屈筋がある。

2)臨床のヒント

①浅指屈筋、深指屈筋はともに指の屈曲作用がある。比較的大きな物を握る時は深指屈筋が働き、握力計や比較的握りやすい物を握る時は浅指屈筋が働く。ただ実際には独立して働く事はほとんど無く互いに協調して握力を生み出す。

②母指を除く4指のバネ指は、浅・深指屈筋腱にできた結節が、両腱共通の輪状靱帯を通過できなくなった状態である。もし浅・深指屈筋が弛緩・伸張した状態では結節が腱鞘に入らなくても指伸展が可能となると考え、前腕屈筋側中央に心包経の郄門をとり、その高さの心経ルート上を刺入点とし、浅指屈筋または深刺屈筋中に至る斜刺を行ない、置針した状態で、母指を除く4指の屈伸運動を行わせる。

③母指バネ指は、長母指屈筋腱にできた結節が、輪状靱帯を通過できなくなった状態である。
 本腱の過伸張は、長母指屈筋の過収縮によると考え、郄門の2~3㎝橈側から長母指屈筋へ刺入し、母指屈伸運動を行わせると効果的である。ただし長母指屈筋に刺入することは、深浅指屈筋に刺入するのと比べ、マトが小さいので難しい。
  

   

5.神門、澤田流神門

1.神門

1)解剖と取穴

①標準神門:豆状骨の際で尺骨手根屈筋腱が付着している部の橈側で、横紋中で神門の脈(=尺骨動脈の脈拍)が触れる処にとる。教科書神門は心經上にある。
②澤田流神門:豆状骨に尺骨手根屈筋腱が付着している部の尺側で、豆状骨と尺骨茎状突起の中央の間で、澤田流神門は神経と小腸経の間にとる。尺骨神経手背枝の経路。

2)臨床のヒント

①私にとって神門の治効は昔から謎だった。代田文誌著「鍼灸治療基礎学」では、澤田流神門は、狭心症、心筋梗塞、精神病、ヒステリー、テンカンの名灸穴、便秘の特効穴、面疔にも効くとある。一般的には便秘に効能ありとして記憶されていることが多いが、なぜ便秘に効くのか、その根拠は不明なままである。代田文彦先生は、<便秘に澤田流神門>というのは、錯覚かもしれないと語ったことがあった。実際に便秘に神門の鍼灸をしても、多くの場合は効果がない。しかし神門に鍼灸して効いたとする症例を持つ者は確かにいる。どういう便秘が神門の鍼灸で効果あるのかを聴いてみると、「よく分からないが、効く時には効く」という返事だった。

②代田文誌を師匠としていた塩沢芳一は合谷の圧痛と澤田流神門の関係を調べた。その結果、合谷の圧痛は神門の刺針によって, 拭うがごとく消退するものが多いことが判明した。塩沢は、澤田流神門に針をすると合谷の圧痛が減り、合谷に針をすると澤田流神門の圧痛が変化することは、代田文誌の日常臨床の経験から熟知していたとも記している。

また澤田流神門に針をしたとき、中府・中脘・上不容・大巨の圧痛が変化するかどうかを229例調べた。この結果、合谷の圧痛が減っていれば、他のツボの圧痛もとれる傾向にあった。(刺針と圧痛の関係の研究 (第5報) 神門について 日鍼灸誌 11巻1号 昭36.12.1)

③合谷といえばまず面疔の名灸穴である点で、澤田流神門と共通点がある。また合谷に30分以上捻針を続けると、首~頭に針麻酔がかかることを発見し、世界中を驚かせた。これは生理学の発展にも寄与し、、麻脳内麻薬のエンドロフィン、エンケファリンの発見にもつながった。
合谷→脳内感受性の鈍化→澤田流神門も同じく脳内感受性が鈍化という関連が推察される。

④ストレス過多で交感神経緊張状態にあると、大腸蠕動運動が円滑にいかない。この結果、痙攣性便秘となる傾向にある。こうしたケースでは心身をリラックスさせる目的で、澤田流神門に施術するという手段はあるといえるのではないだろうか。

 

6.孔最

1)解剖と取穴

①標準孔最:肘から手関節横紋までを、一尺と定めた時、前腕前橈側、太淵の上7寸。腕橈骨筋中。

②澤田流孔最:尺沢の下2寸。標準孔最の上1寸。腕橈骨筋上。
※孔最のツボ反応は上下に移動することがある。指先の按圧感によって、その最高過敏点の硬結を取穴。痔核の位置によって本穴の圧痛は移動する。左右を比べ、圧痛の強い側を取穴する。


2)臨床のヒント

①孔最は痔の特効穴として澤田流では広く知られている。痔痛、痔核、痔出血、痔瘻、裂肛、脱肛に効くが、脱肛には効かないこともある。灸治が適する。(「基礎学」より)

②左右の沢田流孔最を調べて、圧痛や硬結の多い方が患部である(必ず患側に強く発現する)。まず硬結を目標に5~7壮施灸する。そしてその灸痕は、翌日になれば必ず移動している。毎日移動している硬結を求めて、その中心に施灸する。そのうち硬結の移動が止まる。この時が治癒の近づいた時である。痔痛が除かれても孔最の穴の移動している間は血齲したとはいえない。だいたい2~5週間くらいを要する。3ヶ月を要した例もある。小島福松:痔疾、現代日本の鍼灸 医道の日本300回記念)

③痛みを我慢する姿勢は、歯を食いしばり、上下肢を含め全身に力を入れた状態になる。昔の排便スタイルはでは、膝を相当窮屈にまげた姿勢で、手は自然と結ばれ、前腕は屈筋に力が入った姿勢となる。前腕屈筋群では、孔最穴あたりから手首に向かって一番力が入った状態になる。痔の痛みの中での排便のポーズは、この延長上である(三島泰之「今日から使える身近な疾患35の治療法」医道の日本社刊 2001年3月1日出版)。
※同種の考え方で、小宮猛史氏は、体験から排便困難時に排便姿勢をしつつ両側の合谷を押圧しながらイキむと便が出やすくなると書いている。(ブログ「JTDの小窓」より)

④以上のような見解から、孔最の刺激を有効にするには、仰臥位で施灸するのではなく、坐位で強く手を握りしめた肢位で行うべきだということが分かるだろう。針ならば太針を用いて5分~1寸、数分間の手技針を行う。主な適応症は、痔出血と痔痛。           
                                     


現代鍼灸でのツボの効かせかた⑤腹部編 ver.1.2

2021-06-05 | 経穴の意味

腹部のツボというと心下痞硬に対する中脘や巨闕、あるいは胸脇苦満に対する右期門などが代表的なところである。このようなツボを使って日常的に施術しているわけだが、実は「よく効いた」とする手応えがない。
自信をもって治療に使っているという腹部のツボは以下のようであるが、意外と少ない。

1.帯脈、淵腋、大包

1)解剖と取穴

①帯脈:中腋窩線の下で臍の高さ。L2棘突起の外方。浅層に外腹斜筋、中層に内腹斜筋、深層に腹横筋がある。
②淵腋:第4肋間。中腋窩線の下3寸。
③大包:第6肋間。中腋窩線の下6寸。

2)臨床のヒント

①上殿部痛で来院する患者は非常に多い。これはメイン( Maigne)症候群とよばれ、Th12/L1椎体接合部に生じた力学的ストレスにより脊髄神経後枝外側枝が興奮した結果、その走行上の痛みとして生じたものである。治療はTh12/L1棘突起直側に深刺して棘筋・回旋筋に当てれば速効することが多い。
これと同じ原理で、中背部の痛みを訴える患者で、帯脈に圧痛や撮痛がある場合(患者は,通常この部に圧痛あることを意識しない)、Th9椎体直側に深刺することで、この中背部の痛みを改善できることが多い。すなわち帯脈は治療点ではなく、診断点として役立つ。

②帯脈と同じ意味合いのものとして、淵腋や大包がある。淵腋や大包に圧痛を認めれば、C7/Th1棘突起直側(=治喘穴)に深刺すると、頸椎の可動域が増す。

 

2.秘結穴(左腹結移動穴)、便通穴(左腰宜) 

秘結穴

1)解剖と取穴

秘結穴は、木下晴都『最新針灸治療学』医道の日本社刊に載っているツボである。左腹結部位(臍の外方3.5寸に大横をとり、その下方1.3寸)では効果が期待できないと記している。仰臥位、左上前腸骨棘の前内縁中央から右方へ3㎝で脾経上を取穴する。
   
2)臨床のヒント

3~4㎝速刺速抜する。この刺針は、鍼先が腹膜に触れるため、約2㎝は静かに入れて、その後は急速に刺入し、目的の深さに達した途端に抜き取る、と木下は記している。本穴は腸骨筋刺激になっているだろう。

※森秀太郎著『はり入門』には、左府舎から寸6#6でやや内方に向けて直刺すると10~30㎜ほど刺入すると、下腹部から肛門に響きを得る、と記されてる。左府舎からの直刺は下行結腸に入れるというより、その外方にある腸骨筋に入れて響かせることを意識していると思われた。腸骨筋は大腰筋の影にかくれて一見目立たない筋だが、骨盤内では意外なほど広い体積を占めている。
私は、弛緩性便秘に対して左府舎に2寸#4を使い、腸骨筋の筋緊張部に当て、腸骨筋を緩めることを目標に雀啄を行って抜針している。

 

便通穴
※本穴は腰部に?あるが、便秘の治療という効能をもつので、腹部編に入れた。

1)解剖と取穴

便通穴とは木下晴都が命名した。L4棘突起左下外方3寸。腰方形筋の外で、腸骨稜縁の直上を取穴。やや内下方に向けて3㎝刺入。

2)臨床のヒント

下行結腸(盲腸や上行結腸も)は後腹膜に固定されている。横行結腸・S状結腸は腸間膜を有し可動性がある。腰方形筋の深部にあるので腰部から直刺深刺すると内臓刺が可能である。
下行結腸を刺激する目的として、左腰宜(ようぎ=別称、便通穴(別名、左腰宜)を刺激する。

森秀太郎著「はり入門」には、「深さ50㎜で下腹部に響きを得る」とある。腰方形筋または下行結腸内臓刺になる。弛緩性便秘に有効。
上行結腸と下行結腸の内縁には腎臓(h12~L3の高さ)があるので、下行結腸に刺入する際には、腸骨稜(L4の高さ=腸骨稜上縁)から実施することで、腎臓に刺入するのを回避できる。

 


 

3.中極

1)解剖と取穴

下腹部白線上、臍下4寸。曲骨の上1寸。

2)臨床のヒント

中極から2~3㎝直刺すると、陰茎に電撃様針響を与えることができる。これは陰茎背神経を刺激していると思われる。陰部神経は、S2~S4 脊髄から出て、肛門・陰嚢・陰茎などを知覚・運動支配する。陰茎を知覚支配する陰茎背神経は、下腹部の白線あたりを上行しているのであろう。適応症は冷えによる膀胱炎様症状(排尿終了時痛、頻尿)に効果ある。(尿白濁、細菌尿があれば抗生物質使用)

中極から肛門に響かせるのは困難である。会陰刺針は別として肛門に響かせたいのであれば、3寸中国鍼を用い、陰部神経刺針(S2後仙骨孔の高さで仙骨外縁から深刺)を行うとよい。陰部神経刺針の適応は広く、痔疾、肛門奥の痛み(慢性前立腺炎?)、脊柱管狭窄症による間歇性跛行などに有効。

 


現代鍼灸でのツボの効かせかた④顔面部編

2021-06-01 | 経穴の意味

1.翳風と難聴穴

1)解剖と取穴
①翳風:耳垂後方で、乳様突起と下顎骨の間に翳風をとる。顔面神経幹が茎乳突孔を出る部。谷底の骨にぶつかるように刺入する。顔面神経幹部に正しく刺入できれば無痛で針響もない。ただし本刺針は難易度が高く、刺入方向を間違えると強い刺痛を与える。

 

②難聴穴:耳垂の表面の頬部付着部中央。中国の新穴「耳痕」の下方にあるので、筆者は下耳痕と名付けたが。すでに深谷伊三郎が「難聴穴」として記されていた。 

 

2)臨床のヒント

翳風

①顔面神経は、側頭骨内の顔面神経管を通って頭蓋外に出る。この出口を茎乳突孔とよぶ。ベル麻痺の原因は顔面神経管内の浮腫だとされるが、 この局所に最も近い刺激可能な部位が茎乳突穴孔刺針すなわち翳風刺針になる。

②代田文誌は、顔面麻痺に鍼灸治療は効果的でないと書いていた。しかし若杉文吉(関東逓信病院ペインクリニック科)は顔面神経の主幹を神経が頭蓋底を出た部位で針を使って圧迫する治療法を開発。痙攣が止まっている平均有効期間は9.3 カ月と好成績の結果を出した。痙攣が再発してもすぐにブロック前の強さにもどるのではないので,年に1回程度治療を行う症例が大部分だという。ブロック後の麻痺期間は平均1.3 カ月で70%以上が1ヶ月以内に麻痺は回復するとのこと。

③この若杉式穿刺圧迫法を私も鍼で追試してみた。2寸以上の中国針を使用。治療側を上にした側臥位。針先は顔面神経管開口部に命中させる。命中したことを確かめるには、針柄と他の部位(顔面と無関係な部位、例えば手三里)を刺針低周波通電をする。これで顔面表情筋が攣縮することを確認。攣縮しなければ、攣縮するまで翳風の刺針転向を行う。針先が骨に命中したら、3分間のコツコツとタッピング刺激を与える。その後7分間置針し、再び3分間タッピング刺激。トータルの治療時間は20分間程度。技術的に習熟していないせいもあるだろうが、上記の治療を行っても、痙攣が軽くならないケースは5割ほどいた。効果あった場合でも鎮痙期間は数日間という結果だった。

難聴穴

①深谷伊三郎は難聴穴に半米粒大灸7壮すると書いている。柳谷素霊の「秘法一本鍼伝書」には、耳中疼痛の一本針として、完骨移動穴刺針のことを記しているが、これも難聴穴のこと意味していると思えた。
私の場合は5㎜~1㎝刺針する。それで顔面神経幹に当たる。顔面神経幹の命中したか否かを調べるため、1~2ヘルツで通電しながら刺入し、唇や頬が最も攣縮する深さ(5㎜~1㎝)で針を留める。

鼓膜から鼓室に響かすことのできる針は、解剖学的見地から、この難聴穴以外にない。なお内耳には知覚がないので、痛みむことはなく響かせることもできない。

 

 

②現在ベル麻痺に対する針治療では、低周波置針通電に代わり単なる置針をするようになったと思う。低周波刺激をすれば後遺症(病的共同運動=閉眼すると口の周りが動く、口を動かすと目が閉じるなど)が必要以上に強化され、病的共同運動プログラムが助長されるとの危惧が広まったせいであった。病的共同運動は巧緻動作回復の邪魔をすることになる。

③難聴穴刺針は2つの神経が立体的に走行している。
直刺5㎜~1㎝では顔面神経刺激となり、ベル麻痺の治療に用いられる。
直刺2㎝では舌咽神経の分枝の鼓室神経(鼓膜~鼓室の知覚支配)に命中し耳中に響く。この刺針は中耳痛、難聴耳鳴の治療に適応がある。響かせた後30~40分間の長時間置針する(筋を完全に緩めるには時間がかかるので)。

 

    

3.下関、上関

1)解剖と取穴

①下関:頬骨弓中央の下際陥凹部。口を開けば穴があり口を閉じれば穴はなし。
口を閉じて陥凹がなくなるのは、頬筋が収縮するからだろう。下関から直刺すると頬筋に入り、深刺すると外側翼突筋下頭に入る。
②上関:旧称は客主人。頬骨弓中央の上際陥凹部。頬骨弓の下をくぐるように下向きに斜刺すると側頭筋に入り、深刺すると外側翼突筋上頭に入る。

2)臨床のヒント

下関

①咀嚼筋には側頭筋・咬筋・外側翼突筋・内側翼突筋の4種類からなり、いずれも三叉神経第Ⅲ枝が運動支配する。この中で側頭筋・咬筋・内側突筋は閉口筋で、外側翼突筋は開口筋である。

②Ⅰ型顎関節症(閉口筋緊張により開口困難)は顎関節症で高頻度にみられるもので、とくに咬筋の骨付着部に圧痛が多数みられる。患者に強く歯をくいしばった状態にさせた状態で、咬筋の起始・停止の圧痛点(頬車、大迎、下関など)に刺針する。
上下前歯にペーパータオル等を折り畳んで厚くしたものを強く噛ませ、頬筋を収縮した状態で下関から刺針すると効果が増す。

③外側翼突筋は顎関節症にとって最も重要な筋だとみなす者もいる。外側翼筋は他の咀嚼筋と違って開口筋であり、かつ咀嚼筋の中で最も小さい。顎関節は単純な蝶番関節でなく、口を大きく開けるために、外側翼突筋の収縮で下顎頭前下方への滑走運動を起こし、2横指ほど前方に滑走し、顎の突き出し運動をしている。

 

④外側翼筋は上頭と下頭を区別し、上頭は関節円板に停止している。顎関節の動きに適した関節円板の動きは外側翼突筋上頭が担当していることで、本筋を緊張異常は、半月円板の動きに異常をきたすのではないかと思ってる。若年者に生ずる開口時のクリック音は、開口時に前方に動く半月板が元の位置にもどる時に生ずる。外側翼突筋上頭への運動針(下関深刺)はⅠ型顎関節症だけでなく、Ⅲ型顎関節症状に対し、試みる価値があるのではないかと考えている。つまりクリック音が小さくなる感じ。  


⑤外側翼突筋への刺針:最大限に開口させた肢位にさせ、下関からやや上方に向けて直刺1~1.5㎝で外側翼突筋上頭に到達する(意外に浅い)。軽い手技を行い静かに抜針する。
実際には、ある程度開口させた状態で下関に深刺を行っておき、次に3秒間できるだけ大きく開口するよう指示する。術者は「1、2,‥‥」とカウントしつつ下関に刺してある針に上下動の手技を加え、「3」で静かに抜針するようにすると、治療効果が増す。

 

上関

①上関は柳谷素霊著「秘法一本針伝書」では上歯痛の治療として紹介されている。頬骨弓をくぐるように下向きに斜刺する。これはおそらく側頭筋中に側頭筋トリガーの放散痛は上歯部なので、側頭筋緊張由来の放散性歯痛に適応があるという意味であろう。

②深刺すると外側翼突筋上頭に入る。外側翼突筋上頭の起始は顎関節関節円板に停止しているので、Ⅰ型のみならずⅢ型顎関節症(関節円板の障害。開口制限あり。コキッというクリック音)にも上関深刺が効果的かもしれない。

 

4.睛明と球後

1)解剖と取穴

①睛明:内眼角の内一分。鼻根との間。睛明の直下3㎝には上眼窩裂と視神経管がある。上眼窩裂とは、眼窩底の内方にある孔で、ここから三叉神経第1枝、動眼・滑車・外転神経、眼静脈も出る。神経管とは視神経が通る孔である。

②球後:外眼角と内眼角との間の、外方から1/4 の垂直線上で「承泣」の高さ。

2)臨床のヒント

睛明

①掃骨針法の創案者の小山曲泉(1912-1994)は、眼痛を訴える患者に対して、「眼球自体を指圧するのと、眼窩内に指を折り曲げて按圧するのとでは、どちらが快痛であるか」を術者が問うと、文句なしに「骨を圧重した法が気持ちよい」と返事すると記している。このことから、小山は3番~5番で圧痛方向に刺針して軽く雀啄して必ず快痛の響きがあるように刺針した。

②この記述を追試するため、私は眼の疲れを訴える患者の何例かに閉眼させ、眼窩内に指を折り曲げて按圧してみて、眼窩内筋の圧痛硬結を感じとれるポイントを探してみると、上睛明のやや外方であることを発見した。眼精疲労時、自分自身で無意識で母指と示指で鼻根部をつまむように押圧している。この押圧部が鍼灸治療でも重要になるのではないかと思った。
睛明と睛明の5ミリ外方を刺入点として圧痛硬結に向けて刺入すると、しっかりと硬い筋中に刺入でき、眼に響くという手応えを得た。眼窩内の骨にぶつかるまでこのシコリに向けて4番針で約2㎝刺入、5分間置針してみた。患者は眼球部に重い感じがしたという。さらに閉眼したまま、上下左右の眼球運動を数回指示した。(眼球運動の際は、なにも刺激感がなかった)。施術後は、眼のスッキリ感があったという。この時触知したのは外眼筋や眼瞼挙筋だと思えた。 

③郡山七二は、眼窩内刺針には、鎮静作用もあると記し、鎮静法として内眼角付近からの眼窩刺針を第一に推薦した。郡山は、柔軟な細針を少し曲げて眼球の外壁に沿って、彎曲しつつ挿入するので、眼球に分布している内外上下直筋や上斜筋、すなわち動眼神経、外転、滑車等の各神経の異常を調整するのを目的とした。郡山は内眦、外眦、中央部の3点に限って行った。(郡山七二「現代針灸治法録」天平出版)

球後

①球後とは、眼球の後という意味がある。中国では内眼病の治療穴として用いられている。
深刺すると下眼窩裂に入る。下眼窩裂が眼窩下神経(三叉神経第2枝の分枝)が通る部であって、三叉神経第2枝刺激という点では眼窩下孔(=四白)刺激と同じ意味合いになる。
針を眼窩に沿わせて針尖を内上方に向けて眼球奥に刺入できれば毛、様体神経節や、長・短鼻毛様体神経などに影響を与える。これらは眼に対する副交感神経刺激になる。わさびを食べると、鼻にツーンと辛さを感じ涙が出るのは、鼻毛様体神経興奮による。       

②中国の唐麗亭は、病が眼の深部にある時は、眼の周囲部の浅刺は効果的ではなく、睛明穴と球後穴(毎回交代で一穴を使用)の深刺を採用した。針は30号あるいは32号(和針の10~8番相当)の3インチを使用。この2穴は30分間置針する。抜針時、出血を防止するため、針根部を圧迫して3~4回にわけて小刻みに抜針するようにする。(唐麗亭:三種刺法在眼病的応用、「北京中医学院三十年論文選」、北京中医学院編1956~1986、中医古籍出版)

 

5.挟鼻

1)解剖と取穴

鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央。三叉神経第Ⅰ枝分枝の鼻毛様体神経刺激。
※鼻毛様体神経:知覚神経で鼻背、鼻粘膜(嗅覚部を除く)、涙腺に分布。揮発成分を含むワサビを食べると鼻がツーンとし、涙が出るのは、鼻毛様体神経刺激による。

 

2)臨床のヒント

①鼻周囲皮膚と鼻粘膜は三叉神経第Ⅰ枝支配である。本神経に強刺激を加えれば交感神経を緊張させ、血管収縮を引き起こすので、鼻閉や鼻汁に対しても効果がある。

③慢性鼻炎や慢性副鼻腔炎は文字通り慢性なので、持続的に反復刺激(半月~2ヶ月の自宅施灸)を与える方がよく、それには灸が適し、施灸痕が目立たずに三叉神経第Ⅰ枝を刺激するという意味から、挟鼻の針とともに上星や囟会への施灸を併用することが多い。施灸により長期間良好な状態を保つ間に、鼻粘膜の修復が行われ、施灸中止後も、症状は消失状態を保つことができる。

治療院では置針し、それに円皮針をしておくのもよい。顔に円皮針を貼るのは見た目が悪いと思う患者に対しては、マスクで隠すよう指導するとよい。

※挟鼻刺針は技術的に容易である。挟鼻刺針と同様に三叉神経第Ⅰ枝刺激になる攅竹から睛明への水平刺は伝統的方法だが、難易度が高く皮下出血も起こりやすい。

④患者自身でできる方法として、上唇鼻翼挙筋部マッサージがある。鼻稜の外縁を指頭でこすると、プチプチした感触が得られるので、何回か指頭でこすりつけるようにマッサージすると、次第にプチプチもなくなり、症状もとれてくる。このマッサージにより、鼻腔が開いて呼吸しやすくなる。ただし持続効果に乏しい。上唇鼻翼挙筋自体は顔面表情筋の一つ(顔面神経支配)だが、同部を知覚支配している鼻毛様体神経を刺激することになり、涙分泌を増やすので眼精疲労にも有効である。

 

 

 

  

 

 

 

 

 


現代鍼灸でのツボの効かせかた②下肢編 ver.1.2

2021-06-01 | 経穴の意味

前回、<現代鍼灸でのツボの効かせかた①上肢編>を記した。今回は第2弾として②下肢編を書き現してみた。

 

1.陽陵泉と懸鐘

1)解剖と取穴

①陽陵泉は、腓骨頭の前下方直下で長腓骨筋上を取穴。
②懸鐘は、腓骨頭と外果を線で結び、外果から1/5の短腓骨筋中にとる。

2)臨床のヒント

①両穴とも深部に浅腓骨神経が走行しており、も坐骨神経痛の部分症状である浅腓骨神経痛の治療点となる。

②下腿外側痛とくに腓骨頭直下の痛みに対する治療で陽陵泉刺針を行うが、直刺しても意外に下腿外側に響かすことは難しい。だが仰臥位にて陽陵泉から足三里方向に1㎝寄った処から刺入し、ベッド面に直角に刺入すると、下腿外側に響かせることができる。このことから、陽陵泉の刺針とは長腓骨筋TPsに対する刺針とみなすこともできる。

③懸鐘は短腓骨筋のトリガーポイント部に相当するので圧痛が多発しやすい。懸鐘部分の下腿筋膜による浅腓骨神経は神経絞扼障害を起こすことがある。

④深・浅腓骨筋には、足関節を底屈機能がある。足関節捻挫の代表的なものに、前距腓靭帯捻挫があるが、傷ついた足関節捻挫であっても、腓骨筋群(長・短腓骨筋)などが足関節をしっかりと支えているとグラつかずに歩行できる。このことは慢性外側足関節捻挫の治療のヒントになる。


  
2.地機と築賓

1)解剖と取穴

①地機は、下腿内側、脛骨内縁の後際で陰陵泉の下方3寸に取穴する。ヒラメ筋の起始部になる。刺針すると、ヒラメ筋に入り、深層には後脛骨筋・長趾屈筋・長母趾屈筋がある。
②内果の頂とアキレス腱の間の陥凹部に太谿をとり、その上5寸に築賓をとる。築賓は腓腹筋上にとる。

2)臨床のヒント

①下腿後側筋深部筋の、筋停止部は足底部にあり、筋の起始は下腿後側の上1/2までにある。 筋を緩めるには、筋の骨接合部を刺激するのが有効であり、刺針部位も下図の緑部分になる。

②下腿後側深部筋は単関節筋である。足関節を底屈する時、下腿後側深部筋は収縮する。ゆえに地機の筋硬結を触知するには、足底屈姿勢にするのがよい。実際には、患者の足底を自身の対側の下腿内側中央あたりに、ぴたりと付着させる姿勢にさせ、地機の硬結探索および施術を行うとよい。

 

③腓腹筋は膝関節と足関節との2関節を経由して起始停止がある2関節筋である。腓腹筋を緊張ささせるには、膝関節を完全伸展させる(できれば足関節も背屈させる)必要がある。ゆえに築賓の筋硬結を調べるには伏臥位で膝伸展位で行うことが合理的になる。

 

④膝を伸ばした状態で「アキレス腱を伸ばす体操」をすると腓腹筋が伸張され、膝をやや曲げた状態で行うとヒラメ筋が伸張される。ヒラメ筋刺針はこの肢位にて行うと効果的になる。

3.三陰交

1)解剖と取穴

下腿内側で内果の上方3寸で、脛骨内縁に三陰交をとる。三陰交から直刺すると後脛骨筋・長趾伸筋に入り、深刺すれば長母趾屈筋に入る。深部には脛骨神経がある。

2)臨床のヒント

①一般的には坐骨神経痛の部分症状である脛骨神経痛の時に、対症療法として使うことが多い。

②生理痛に対して三陰交の灸や皮内針などの皮膚刺激をするのは、伏在神経の興奮を遮断しているからだろう。 伏在神経(知覚性)は大腿神経(知覚性・運動性)の枝で、大腿神経は腰神経叢(L1~L3)からの枝である。腰神経叢からは腸骨下腹神経や腸骨鼡径神経が出て、鼡径部や下腹部を知覚支配しているので、これらの痛みに有効なことが予想できる。 

③三陰交がS2デルマトーム上にあるので、八髎穴とくに次髎と同じような用途がある。
八髎穴と同様の効果をもつ下肢遠隔治療穴に裏内庭があり、裏内庭は急性食中毒による下痢・下腹部痛すなわち下行結腸・S状結腸・直腸の痙攣に効果があるのではないか。

③三陰交は子宮頚部の緊張を緩める効果もあるようだ。安産の灸として出産が間近になると施灸する習慣があるのはこの効果を期待したもの。妊娠初期に三陰交刺激が禁忌とするのは、子宮頸部を緩めることで、堕胎につながるのではないだろうか。これに対し、逆子に効果あるとされる竅陰穴への施灸だが、これは一過性に子宮体部の緊張を緩める作用があると考えると納得がいく。  

④三陰交部から脛骨神経を直接刺激するのは、覚醒脳開竅法の下肢痙性麻痺に対する常用穴である。

 

4.足三里と脳清

1)解剖と取穴

①足三里は、外膝眼(膝蓋骨下縁と脛骨外側の陥凹部)の下3寸、前脛骨筋上にとる。深部に脛骨神経がある。

 

②足関節背面には、3本の腱(内側から外側に向けて、前脛骨筋腱・長母趾伸筋腱・長母伸筋腱)がある。足関節背面から2寸上方に脛骨を触知し、その外方にある長母趾伸筋腱に脳清(新穴)を取穴する。

 

2)臨床のヒント

①足三里(足)の適応症は、直接的には前脛骨筋の筋疲労である。足三里など、下腿前面の前脛骨筋外縁が脛骨に接する部の圧痛を探し、深刺し前脛骨筋の起始部骨膜に刺針、そのままゆっくりと足関節背屈の自動運動を行わせると、針の上下動により前脛骨筋の収縮を観察できる。(急激な関節背屈運動では深腓骨神経の針響きは非常に強くなり、針体も曲がりやすく折針の危険もある)
ただ、どういう場合に前脛骨筋に疲労を感じるかといえば、ランニングなどの激しい下肢運動をした時は当然として、大して運動していない場合でもコリを感ずる時があって、これは今のところ必ずしも胃の状態の反映といえないように思う。


②清脳の適応症状は、局所である下腿前面下部の重だるさである。脳清は直刺するとすぐに脛骨にぶつかるので、刺針方向は腓骨方向に45度の斜刺。置針したまま、長母趾伸筋腱中に入れる。そのまま母趾の背屈自動運動をゆっくりと少しずづつ行わせると、刺針部に針響を与えることができる。脳清とのツボ名から、頭をすっきりする効能がありそうに思うが、施術して効いたという感触がない。

 

5.失眠

1)解剖と取穴
踵骨隆起中央。脂肪体を介して踵骨がある。



2)臨床のヒント

①通常であれば立位や歩行に際し、踵中央が床に圧迫された際で、踵が痛むことはないが、原因不明だが踵のクッションである脂肪体が減少し、弾力を失っている場合、痛むようになる。  脛骨神経分枝の内側足底神経踵骨枝が、踵骨底と床に圧迫されて痛むのが直接原因。

②安静にして脂肪体の増殖を待つ。対症療法としては、踵部を覆う非伸縮性テーピングで脂肪体が広がらないように土手をつくる。歩行時はさらにヒールカップ、または靴のインソールの踵部分をくり抜いた靴底を自作し、体重負荷の免減を図る。

 

 

③類似の疾患に足底筋膜炎がある。しかし足底筋膜炎は踵骨隆起の中央が痛むのではなく、踵の前縁に圧痛があり、母指を他動的に背屈させた肢位にすると痛み再現する。

 

6.条山

1)解剖と取穴

五十肩に対し、健側の条口(足三里の下5寸で前脛骨筋上)から承山(委中の下8寸で腓腹筋がアキレス腱に移行する部)に透刺

2)臨床のヒント

五十肩に対して条口から承山への透刺をするという方法は、いわゆる中国の古典鍼灸に記載はなく、清の時代以降に発見されたらしい。わが国にはいったきたのは、1970年代頃である。

 坐位で、健側の条口から承山に透刺するには少なくとも4寸針が必要となる。透刺が必要となるとは、脛骨と腓骨間にある骨間膜刺激が重要なのかと考えたこともあったが、健側の条口から承山方向に1寸程度直刺でも効果はあるようだ。刺針したまま何回か患側肩関節の自動運動をさせると、次第に肩関節外転角が広がってくる現象をみる。しかし効かないことも多く、効いた例であっても、その効果は当日止まりということが少なくない。

いずれにせよ、五十肩になぜ条山穴刺針が効果あるのか不思議だった。中華民国、中国中医臨床医学会理事長の陳潮宗の研究によれば、この刺針が肩甲上腕関節の動きよりも肩甲胸郭関節の増加し、肩甲骨上方回旋がしやすくなる効果があるらしいことが判明した。

肩甲骨上方回旋を増大させる私流の方法は、甲下筋や前鋸筋の収縮力抑制をはずす目的で、膏肓を刺入点として肩甲骨と肋骨間に3寸針を刺入しつつ肩関節外転90度位にての肘の円運動を行わせる運動が効果的だと思っているが、3寸針を入れることは患者にとって抵抗感があるだろうから、その代用として条山穴刺針があると私は思っている。

 

7.委中

1)解剖と取穴

膝関節90度屈曲位で、膝窩横紋中央。膝窩筋中にとる。

2)臨床のヒント

①委中といえば四総穴の<腰背は委中に求む>が有名だが、腰背痛患者の治療には腰背部局所に施術する方が手っ取り早く確実性もある。

②膝窩痛を訴える患者に対しては、膝関節90度屈曲位(立ち膝位)にさせて委中付近の圧痛硬結の触知を試みる。圧痛硬結を触知でき、硬結を押圧すると非常に痛がることをもって、膝窩筋腱炎と診断する。この体位のまま、委中付近の硬結中に刺針すると、強い響きを生ずる。雀啄後に抜針。伏臥位で、症状部である委中に刺針してもスカスカした感じ(膝窩筋が収縮していない)となり、治療効果も乏しい。



③人間は膝関節完全伸展位で立っている際は、あまり筋肉に負担がかからない。ゆえに筋疲労しにくい。立位から歩行するため、まずは膝関節伸展位から膝軽度屈曲位にモードを切り換えねばならない。この切替スイッチを膝窩筋が行っている。歩行時中は、常時膝屈曲位になっている。歩行中に膝完全伸展になると膝ロック状態となってスムーズに前方に進めなくなる。これは四頭筋筋力低下時に、膝折れ防止を回避するため起こりやすくなる。

④足底筋は、大腿骨の外側顆の上方で、腓腹筋の外側頭の領域と膝関節の関節包から起こり、腓腹筋とヒラメ筋の間を走って下方へ向かい、アキレス腱内側縁で停止する。アキレス腱断裂時でも、足の底屈できるのは、足底筋収縮のため。足底筋は本来、足底筋膜を緊張させる役目があり、この機能により硬い地面を平気で歩けるようにしていた。
上肢で足底筋と機能が似ているものに長掌筋がある。サルは長掌筋が緊張すると手掌腱膜を緊張させ、これにより手掌が硬くなって、容易に木登りしたり枝にぶら下がったりできるようになる。猫の爪の出し入れも長掌筋の機能。
足底筋も長掌筋もヒトにとっては、無くともよい筋とされる。