AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

右仙腸関節障害による劇痛にはトラマールが、残存する慢性痛には局所の針が効果あった自験例(68才、男性)

2022-03-29 | 腰背痛

1.主訴 右仙骨部の劇痛(右仙腸関節機能障害による)

2.現病歴


①令和4年3月20日
勉強会で立位と座位を繰り返しているうち、右腰痛出現。3時間すると座位から立ち上がることができなくなった。


②翌日

目覚めた朝、立ち座りは支障なかったが、仰向けに寝る際と、骨盤をわずかにひねるだけでもズッキンと息が止まるほどの激しい痛みを右仙腸関節部に感じた。ベッド上で仰臥位から上体を起こすだけで、仙腸関節にズッキンという激しい痛みが何回もくるので、それを思うと仰臥位になれなくなった。
横に慣れないので椅子に座ったままた眠ることにしたのだが熟睡できず心身ともに疲れ果てた。わずかな動きでもズッキンと痛むので、自分の骨盤に針を刺すのは困難たった。

③発症6日後

状態に変化がないので、近くの整形外科に行った。骨盤のX線をとるも大した所見なく、鎮痛剤を処方。自宅にあったロキソニン60mgを3T飲むもまったく痛みが止まらなかったことを伝えると、トラマール(麻薬に近い強力鎮痛剤)を処方された。午後6時にトラマール服用し、午後7時半~翌日午前○時半まで5時間久しぶりに仰臥位で熟眠できて、精神的にも少し落ち着くことができた。しかし起床後して間もなく右仙腸関節部の激しい痛みが再発。我慢できないので自宅にあったロキソニン4T(本来の最大内服量は3Tまで)を服用。すると間もなく寝返りがうてるようになり、明け方から朝にかけて4時間痛むことなく睡眠できた。

④発症7日後

午前9時に起きてみると、仰臥位から座位へ体位変換時、ギクッとする時が半減していた。その日は、骨盤の痛みを感じつつ、痛い痛いと言いつつ、仕事したが非常に身体が疲れ、午後7時にはトラマール服用して就寝した。

⑤発症8日後

深夜に目覚めたが、仰臥位から座位への体位変換時、ギクッとする痛みは8割減になっていた。そこで本日整形の2度目の受診日だったがキャンセル。本当は仙腸関節ブロックをしてほしかったのだが、それを言えない雰囲気だったたため。

⑥発症9日後
右仙腸関節部に、持続的な重だるい痛みを感じる時間が長い。とくに目覚めて起き上がると痛む。椅子に座っている分にはあまり痛まないが寝そべると、その後起きてからがつらい。ただしギクッした痛みは消失し、トラマールを服用するほどの痛みにはならない。
これまで仙腸関節を矯正する体操をいろいろ試したが、あまり効果なかった。

⑦発症10日後 
右仙腸関節部に円皮針やせんねん灸をしてみたが、あまり効果はなかった。そこで最後の手段ということで3寸#8針を用い、自分自身で右仙腸関節と思えるところに刺針してみた。刺針部位が自分で確認できず押手もできないので、刺針も不確かになるのはしょうがなかったが、針体を2㎝残して骨膜に当たり、当たると同時に響きのような鈍痛を感じた。自分自身で施術するので、正しくマトに命中させるのは難しく、数時間後に痛みは再発した。3時間後再治療。骨膜への針響を得て、仙腸関節体操を少々行い、5分置針して抜針。するといつもやってくる重だるい持続痛は大幅に軽くなった。半日経た現在、痛みは再発していない。

 

3.感想

①これまで何度も慢性の仙腸関節障害の患者を診てきたが、針でうまく治療できていたように思う。しかし仙腸関節障害で身動きできない劇痛になることもあることを身をもって知った。


②トラマール使用→熟眠できたこと→痛みの悪循環の遮断と心身安定といった流れがあった。トラマールはありがたかった。ただし慢性持続性の痛みは消えず、これも非常に苦しいものだった。この種類の痛みに骨膜に至る針が効果があり、針のありがたさを実感した。


③かつて代田文彦先生が、骨膜の針響は拡散性が強いという言葉を思い出した。すなわち厳密にツボに当たらなくても、針で症状と似た痛みを再現させれば効果ある。今回の治療効果は6時間以上たった現在も持続中である。針のありがたさが身にしみた。

 


膝痛に際してのⅠa抑制とⅠb抑制から考えた針灸治療 ver.1.1

2022-03-29 | 膝痛

膝関節痛を訴える患者の多くは、大腿四頭筋が過緊張している。いわゆる大腿四頭筋強化運動を行わせても効果が今ひとつなのは、四頭筋力低下ではなく過緊張(=過収縮)によるものだろうと考えている。この四頭筋の緊張緩和には、運動学的方法であるⅠb抑制とⅠa抑制を利用した方法がある。

1.Ⅰb抑制理論による鶴頂刺針 

Ⅰb抑制とは筋の持続的伸張などでゴルジ腱器官を興奮させることにより、Ⅰb線維を介して、目的とする筋の緊張が低下する現象。筋腱の骨付着部などゴルジ腱器官の集まる部位を針灸などで刺激すると、これと連なる筋の緊張緩和すること。

1)症状
歩行時の膝関節上縁部痛。ただし患者は膝蓋骨部が痛むと訴えるとが多い。

2)病態
歩行時は四頭筋が緊張収縮して膝蓋骨も挙上する。この動作の酷使により大腿直筋は常に緊張を強いられるので。大腿骨-膝蓋骨間に強い牽引力が生まれ、大腿直筋停止部症が生ずる。

3)針灸治療
膝蓋骨上縁の圧痛(+)時に実施。単に圧痛ある膝蓋骨上縁にある鶴頂穴に刺針しても効果はない。大腿直筋をなるべく伸張させた姿勢(すなわち仰臥位で股関節屈曲、膝関節屈曲位)で、鶴頂の圧痛(2~3カ所)を探し、単刺または施灸する。これにより大腿直筋緊張が緩み、筋長が伸びるので膝痛が軽減されることが多い。これはⅠb抑制の機序を利用したものである。




2.Ⅰa抑制理論によるハムストリング緊張

拮抗筋を緊張させることで、目的筋の緊張を緩める方法。大腿四頭筋を緩めるには意図的にハムストリング筋を緊張させる。
橋本敬三の操体法は、「動かしやすい方、気持ちの良い方へ動かす」という運動健康法だが、これも患側の筋を直接操作するのではなく、健側(=拮抗筋)の筋を動かすことを治療方針としている。これもⅠa抑制理論といえる。

1)症状
歩行時の膝関節上縁部痛。ただし患者は膝蓋骨部が痛むと訴えるとが多い。

2)病態
歩行時は四頭筋が緊張収縮して膝蓋骨も挙上する。この動作の酷使により大腿直筋は常に緊張を強いられるので。大腿骨-膝蓋骨間に強い牽引力が生まれ、大腿直筋停止部症が生ずる。


3)運動の方法
長座位で、膝下にタオルを丸めたものを置き、膝でこのタオルを押しつける。1回15~20回、これを1日2~3セット行わせる。この運動はリハではパテラセッティングとよばれている。足関節を持ち上げれば大腿四頭筋の筋力増強にも有効だが、四頭筋以上にハムストリングを鍛えるのに適している。

治療室で行うには、もっと効果のある方法で行いたい。


膝窩筋腱炎の針灸治療 ver.1.6

2022-03-08 | 膝痛

筆者はかって、<膝窩痛に対する委中刺針の体位 Ver. 1.4>2014.7.28 を発表したが、その後に内容がかなり充実してきた。ともに、このタイトルが内容にふさわしくないものとなったので、内容を大幅に追加するとともにタイトルを変更することにした。

 

1.膝窩筋とは
     
膝窩筋は、膝窩部にある小さな筋なので、大して重要な役割もないだろう考えられてきた。しかし最近、本筋は<膝ロックを解除する>重要な機能があることが分かってきた。

 膝窩筋の起始は大腿骨の外側顆、停止は脛骨の上部後面にある。歩行動作の間、膝は完全伸展位になることはない。しかし立位を保持しようとすると膝関節は完全伸展位になる。この時には脛骨の外旋を伴うことで、膝をある程度固定できる。膝の完全伸展位では、体重を骨で支えていて、膝部筋はほとんど使っていない。特に意識せず立位になっている者に対し、イタズラで膝窩を軽く押しただけで膝折れ状態になり驚かせた経験をした(させられた)者もいることだろう。

完全伸展位にある膝を歩行開始モードに移行させる役割をするのが膝窩筋になる。言い換えれば、膝ロックを外すのが膝窩筋の役割である。  
 

2.膝窩筋腱炎の症状
   
近年、膝窩筋は膝関節の完全伸展モードから膝屈曲モードに切り替わる起動装置(スターター)としての役割があることが判明した。
①大腿四頭筋筋力低下があれば膝折れしそうになる。
②膝折れによる転倒を回避しようと、四頭筋を瞬間的に緊張させる。ことのとで、脚がつっかえスムーズに前に進めなくなる。(足が棒のようになる)
③歩行再開のためには、膝完全伸展モードから膝屈曲モードへの切替が必要。
④そのために膝窩筋が緊張する。 
⑤ただし折れや膝ロック状態を治すには、根本的には四頭筋の筋力をつける必要がある。

筆者は以前、片側の膝関節亜脱臼(自己診断)で、膝痛となり安静を保ったので四頭筋筋力の廃用性萎縮が起きていたのだろう。歩く動作ではあまり支障なかったが、階段を下りる際、片膝関節が完全伸展状態となり、階段を下ろうとする動作をストップさせた。最も苦痛だったのは、バスを降りる際で、階段の最下段と道路には結構な段差があり、また次々と降りる人がいるので急かせられることで、転倒しないよう懸命だった。四頭筋の重要性を再認識したのであった。


  

  

 

※足底筋の機能:足の底屈。アキレス腱が断裂しても、足底屈ができるのは、足底筋の収縮による。足底筋は、前腕部の長掌筋と同じく、現代人にあっては必ずしも必要とされていない。足底筋や長掌筋の役割は、足底筋膜や手掌筋膜の緊張をたかめるためである。たとえばサルが四つ足で歩いたり、木に軽々と登ったりする時に機能している。体操の選手が、鉄棒や吊り輪をする時、手にはプロテクターをはめて手掌を保護する必要があるが、サルなら不要だということ。
猫が四つ足の爪を出したり引っ込めたりできるのも、足底筋や長掌筋の作用による。

  

 
 

 

3.膝窩筋腱炎の針灸治療
   
異常がある場合、膝関節90度屈曲位にて、膝窩横紋中点(委中)あたりに圧痛硬結を触知できる。このシコリは膝窩筋由来のものである。上図で、膝窩中央に委中があり、それが足底筋上にあるように描かれている。しかし90度膝屈曲位にすると、委中の直下感ずる筋シコリは膝窩筋になると思った。腹臥位で膝窩横紋中央を探ってもシコリは発見できない。膝窩中央に委中はあるが、実際の反応は委中ではなく委陽など膝窩横紋のどこにでも出現し、反応点は1箇所とは限らない。
 

   
これは膝窩筋を緊張させる肢位である。上図の膝窩附近の断面では、腓腹筋が描かれているが、これは膝窩横紋のやや下方からの横断図であろう。膝窩横紋の委中外方からの直刺刺針時では腓腹筋やヒラメ筋は関与しない。

   

4.内合陽穴について

   代田文誌「鍼灸治療基礎学」には「委中の下方2横指のところに合陽穴を定め、その内方2横指の筋肉中に内合陽穴を定める。座骨神経痛や膝関節炎の場合の圧痛好発部位であり、臨床上必要な治穴」と説明されている。
 内合陽穴は澤田流を勉強している方ならば周知の穴であるが、どういう病態の時に、本穴に圧痛硬結反応が現れるのか私には不明だった。内合陽は
脛骨神経の走行上ではなく、腓腹筋内側頭だとしても、ここに限局的に圧痛硬結が出る機序が分からなかった。

しかし内合陽もまた膝窩筋の反応点となることは、改めて解剖学書を見ると明らかになる。つまり膝窩筋腱炎の病態のバリエーションだろうと思う。代田文誌らが坐骨神経痛ではなく膝窩筋炎だと判断できなかったのは、当時の医学知識としてはやむを得なかった。

最近正座姿勢ができず、膝窩が痛むと訴える65歳男性の患者の治療を経験した。立膝位で委中刺針を行ったが、珍しく効果不十分だった。どこが痛むのかを患者自身の指頭で押さえるように指示すると、まさしく内合陽を押さえた。そこで膝90度屈曲位のまま、内合陽の強い圧痛硬結に2寸#4程度で手技針すると、治療直後からかなり正座できるようになった。