AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

疲労倦怠の針灸治療

2006-05-31 | 精神・自律神経症状

1.疲労・倦怠の原因
 疲労・倦怠はとりとめのない概念なので、問診や理学的検査だけで鑑別することは難しい。「実地医科の会」の統計による疲労・倦怠の原因は、風邪症候群60%、精神疾患30%、器質的疾患10%だったという。
 針灸来院患者では、急性の疲労倦怠や発熱疾患はあまり来院しないので、上述の風邪症候群はあまり考えなくてよいので、だいたい次のように整理できる。

 ①基礎体力不足(老化現象含む)
 ②精神疲労 生理的、病的(鬱病、神経症)
 ③症候性(貧血、慢性肝炎、慢性腎炎、糖尿病、甲状腺機能低下症など)
 ④薬の副作用(降圧剤、ジギタリス、アルコール症、睡眠薬中毒など)

2.針灸治療パターン
 上記分類で③と④は、医療施設での検査で容易に判断できるので、疑わしきは医師の診察を受けることを勧めることになる。それ以外で①は肉体疲労、②は精神疲労であり、これらの疲労回復に必要なのは十分な休養であり、とくに睡眠の改善がポイントになる。
 もちろん低栄養や体力(運動能力)不足があれば、この方面からアプローチすべきで、とくに高齢者の診察では重要になってくる。

3.精神疲労と針灸治療
 持続性の疲労で、頭痛、不眠、苦悩などがあり、肉体疲労がなく、十分な休息がとれている場合には、精神疲労を疑う。
 人間の本能(食欲、睡眠欲、性欲、集団欲)は大脳辺縁系が支配しているが、大脳皮質の過剰興奮は本能を抑圧する方向に働き、精神不安を惹起する。睡眠は疲労倦怠に対する最大の良薬とされる。
 睡眠にはノンレム睡眠とレム睡眠があるが、ノンレム睡眠の意義は大脳皮質の疲労回復であり、この睡眠が不足すると本能が不安定になるので神経症性不眠の状態になる。したがって針灸は神経症性不眠の治療と同じく、向精神作用を狙って実施する。
 ノンレム睡眠には第1度(うとうと)~第4度(ぐっすり)まであるが、眠っているようであっても、呼びかけに返事できる場合が多いので、第1度レベルの睡眠だと思える。ノンレム睡眠は最初に現れる睡眠なので治療室内で誘導することができる。
 具体的には睡眠誘導を目的として、頭皮や項部の圧痛硬結部に置針10~20分間置針する。

4.肉体疲労と針灸治療
 日中の活動時は誰でも交感神経優位となっているが、この状態が過剰になったり、睡眠不足で疲労が蓄積すると慢性的な身体疲労状態になる。レム睡眠には骨格筋弛緩の役割がある。ただしレム睡眠は、眠りについて90分ほど経過して初めて出現するので、治療室のベッド上でレム睡眠状態にすることは不可能で、副交感神経優位に誘導する針灸を行う。基本的に身体の筋肉が弛んでリラックス状態にもっていくには、伏臥位での背部兪穴置針や起立筋の吸玉(乾吸)を行う。

5.低栄養と体力不足
 私事になるが、この度「介護予防運動指導員」講習会(30時間)に参加し、いくつもの新しい知識を得ることができた。低栄養と体力不足の問題は、針灸治療とは直接関わりがないが、内容の一部を紹介する。
1)低栄養
 中年期においては、生活習慣病予防のため、いわゆる粗食・少食が推奨されている。しかし70才以上の老人が、老化の進行を遅らせるためには、中年期とは逆に、油脂類や動物性タンパク質をきちんと摂取することが大切である。高齢者女性では、コレステロール値が高いものの方が生命予後がよいことが分かってきた(高齢者男性では優位差なし)。
 栄養度は、血清アルブミン値を調べることで推定できるが、最大歩行速度とアルブミン値は正比例の関係にあることが知られ、食物摂取だけでなく、運動習慣をつけることでアルブミン値が上昇することもわかってきた。
 一方認知機能はビタミンB6やビタミンB12、葉酸の血中濃度と比例し、摂取量が少ない者ほど、機能低下することも分かってきた。

2)体力不足
 体力とは、筋力・バランス・柔軟性・協調性などの要素の集合したもので、体力不足は老年症候群を惹起する。この改善にはウエイトマシンを使った運動メニューが用意されている。従来の常識とは異なり、高齢者であっても筋力アップが可能で、それには高負荷低反復運動が推奨できるとのことであった。

 





乾吸治療には副交感神経緊張効果がある

2006-05-16 | 精神・自律神経症状

1.針灸治療システム内の吸玉の位置づけ
 吸玉の歴史は非常に古く、インドや中国では紀元前から行われていたという。西洋には11世紀頃十字軍の東洋派遣の際に持ち帰って普及したらしい。吸玉は何も東洋医学だけのものではないのである。
 吸玉には乾吸と湿吸がある。乾吸とは、単に吸いつける方法であり、湿吸とは刺絡した後に吸玉を使って陰圧にし、静脈血を積極的に吸引する方法である。
 東洋医学において、湿吸は瘀血を出す治療であることは明瞭だが、乾吸の効能に関する記述はあまりないようである。たとえば伏臥位で、背部に置針したり、吸玉したりするが、その使い分けはどのようにすべきなのだろうか?

2.乾吸の適応とは
 乾吸は、皮膚や皮下組織の牽引という物理的刺激と、皮下出血を起こすという化学的刺激がある。
1)皮下出血効果
 一度生じた皮下出血は、血管内に戻ることはなく、組織に自然に吸収される。これは組織の自然修復力に依存するので、灸治療における灸痕治療と同じように、修復が完全に終了するまで、この部に数日の間、継続的に自然治癒力を発揮させることができる。
 しかしながら陰圧が弱い時や陰圧時間が短い時に皮下出血は起こりにくいので乾吸効果の必須条件とはいえない。また皮下出血は外見上は宜しくないことなので、副作用というべきものかもしれない。

2)皮下組織の牽引効果
 乾吸を体験すれば分かるが、吸いつけた直後に一種の爽快感が得られる。そして5~10分後に乾吸をはずすと、こんどは解放感が得られる。
 吸いつけけている最中は、交感神経が緊張しており、取り外した直後は、その反動で副交感神経緊張になっているのだと考えている。一種のバルサルバ Valsalva 効果であるが、その主目的は取り外した後の効果である副交感神経緊張にある。つまり交感神経緊張亢進状態に適応があるといえる。

 たとえば患者に上腕屈筋を脱力させるとき、「ハイ、力を抜いてください」との指示で脱力させるのは難しく、肘を保持しつつ「今から腕を力いっぱい上に挙げてください」と言った後、つぎに「今度は腕の力を抜いてください」と言った方がうまく脱力できるのと同じことであろう。

 


胸鎖乳突筋緊張を弛める刺針法

2006-05-09 | 頸腕症状

 頸部痛を訴える者では、後頸部筋は当然ながら、胸鎖乳突筋の緊張をみることが少なくない。緊張の有無は、本筋を母指と示指でつまむようにするとわかりやすい。むちうち症、精神緊張では、胸鎖乳突筋緊張は高頻度にみられる。
胸鎖乳突筋緊張を弛めるには、通常の刺針では効果的ではないので、独特な工夫が必要である。

1.5分針にての多数単刺
 代田文誌は、5分針を使い、胸鎖乳突筋に多数単刺術で刺針したという。このことは、1995年5月28日、日本針灸師会学術講習会にて代田文彦氏が「父の治療を見学していて」と題して報告したものだが、刺針肢位に関しては言及してない。

2.頭をマクラから持ち上げた肢位にて刺針雀啄
 仰臥位。胸鎖乳突筋を緊張させるため、患者に少しだけ頭をマクラから持ち上げるようにさせる。外頸静脈をさけつつ、乳様突起の下、2.5~5㎝の点で胸鎖乳突筋の上部を針治療する。側屈の可動域を調べてみれば、改善されているはずである。
(C.CHANN著、木村昭人ほか訳「筋々膜痛の臨床」)

 その他に、「胸鎖乳突筋をゆるめるには、本筋全体に多数刺針する」といった内容が書いてある本があったのだが、出所は忘れた。

 私は一通り追試してみたが、伏臥位での5分針にての多数単刺は効果不明、頭をマクラから持ち上げさせての刺針は患者の負担が大きく実用的でないことを知った。また胸鎖乳突筋を緊張させての刺針がようだろうと考え、仰臥位で頭を横を向かせての刺針を試行したこともあるが、明確な効果はなかった。

 結局、胸鎖乳突筋(および斜角筋や肩甲挙筋など側頸部の筋も含めて)の緊張を弛める実用的な方法は、寸6#3程度の針を用い、座位にて圧痛硬結を目安に数カ所刺針、その状態で頸の左右の回旋動作を行うという運動針法に落ち着いた。

PS:上図の赤×印に置針した状態で運動針することは、指圧マッサージ的手法であって、鍼灸治療としてスマートさに欠ける。そこで座位にて胸鎖乳突筋付着部の完骨穴のみに刺針し、そのまま首の左右回旋運動を指示すると、次第に可動域が増すようになることを発見した。胸鎖乳突筋の緊張に対して、この方法でも効果がある。


古代中国医師は気血水を、どう考えていたか

2006-05-04 | 古典概念の現代的解釈
 鍼灸古典を読んで常々思うことは、「これはこうだ、こうなっている」という記述に終始し、なぜそうなのかという疑問の手がかりがない、ということである。
気血水にしても同じである。一応古典派の間の共通認識を簡便に記すと、つぎのようになる。
 血:現在でいう血液と同一
 水:津液ともよぶ。血液以外の生理的体液
 気:気と水を動かすエネルギー

 では古代中国医師は、なぜそう考えたのだろうか。以下に私の個人的見解を述べる。血液を器に入れて放置(血沈検査と同じ)すると、上下二層に分かれる。現代では上層の淡黄色の液体は血漿成分、下層の暗赤色の液体は血球成分であることが知れているが、中国人は上層のは水、下層のは血だと考えた。
(また出血した血を放置すると、ペースト状に固まることを知り、瘀血のイメージを得た)

 二層に分かれたのは放置していたからであり、血液が動いていれば二層に分かれることはない。生体内では血液が循環しているから二層に分かれることはなく、血液を動かしている力を考え、気という概念を完成させたのだろう。その結論の正しさはともかくとして、観察による事実から論理的に考察していたと思われる。

 
気・血・水を、どう考えるべきかは、稿を改め、考察していきたい。