AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

咽頭・扁桃症状の現代鍼灸

2021-07-26 | 耳鼻咽喉科症状

咽喉科の現代鍼灸について紹介する。今回は「咽頭・扁桃症状の現代鍼灸」について記し、次回「喉頭症状の現代鍼灸」について記す。

1.咽喉の概要
咽喉とは咽頭と喉頭を併せた総称である。ざっくりいえば、鼻の奥が上咽頭、口の奥中咽頭、の仏のすぐ奥が喉頭、その奥が下咽頭である。

 

それぞれのパートごとの支配神経・症状・代表疾患を表にまとめた。咽頭症状は主に「痛み」であり喉頭症状は「咳と声がれ」である。すなわち咽は痛むが、喉は痛まない。下表には治療点も付記したが、これについては後に改めて説明する。

2.咽頭狭窄感

1)鑑別

針灸で適応なのは、痛みによる嚥下困難(舌咽神経興奮)であり、扁桃炎がその代表。嚥困難の中には、「食物がつかえる」ものがあり、食道の器質的疾患と心因性の場合がある。    

2)機能性咽頭狭窄感に対する舌骨上筋・広頸筋のストレッチ手技
   
耳鼻科での検査で異常がみつからない咽喉狭窄感といのは、咽喉に異常があるのではなく、咽喉部とは直接関係のない、頸部運動機能と関係する前頸部の筋緊張がもたらした自覚症状のだろうとする意見がある。以下に示すのはYoutubeで発見した舌骨上筋・広頸筋のストレッチ手技だが、追試してみると効果的だったので紹介する。
  
①仰臥位。前頸上部の胸鎖乳突筋そして胸鎖乳突筋の内縁部を術者左手の母指以外の4指でく押圧する。
②その状態のまま右手の指先で顎下部を軽く押圧する。
③左手で前頸部の筋や皮膚の動きづらくしているので、右手指で顎下部を押圧しても指はあり沈まないが、そこを強めに押圧することで舌骨上筋をストレッチさせ、コリを軽くするとができる。本法は事実上皮下筋膜ストレッチ法でもある。

2.急性扁桃炎
 
1)概念        
   
咽頭を輪状に取り巻き、細菌やウイルスの消化道入口以下への侵入を防いでいるリンパ組織がある。多くは感冒による免疫低下時での細菌の二次感染で、これらリンパ組織に炎症が起きた状態をいう。
 
2)症状・所見
   
高熱(39℃以上)、嚥下時痛(唾液を呑み込む際の咽痛←舌咽神経痛による)
開口して口蓋扁桃肥大と発赤をみる。顎下リンパ節腫脹し、押圧で痛みを感じる
 

3)急性咽頭炎との相違点
     
扁桃炎とは口蓋扁桃に強く出現した咽頭炎をいう。すなわち咽頭炎の一部に扁桃炎がある。ただし急性咽頭炎では微熱であり、扁桃炎のような高熱は起きない。また咽頭炎では咽頭あるが、唾液を呑み込む際の嚥下痛はない。

3.咽痛に対する鍼灸治療
発熱に対する治療は、鍼灸より消炎鎮痛解熱剤の方が効果的。
 
1)洞刺 
       
扁桃炎の中心は口蓋扁桃の細菌感染症状なので、対症療法として咽頭を知覚支配している舌咽神経を鎮静させることができても、その効果に限界はあるが、舌咽神経の鎮としては洞刺が知られている。
 洞刺には、血圧降下作用、気管支拡張作用、そして今回の治療意図でもある咽痛鎮静作のあることが発見された。人迎部に3㎜皮内針を皮下針的に斜刺し固定すると、おおむね24時間以内に鎮痛効果が得られる。(渡辺実:扁桃炎・口内炎の簡易療法、医道の日本 昭58.8)
 

2)舌咽神経刺針
    
舌咽神経は、舌根部~咽頭、外耳道、鼓膜を知覚支配している。これらの領域の痛みにしては舌咽神経刺の適応がある。舌咽神経ブロックという神経ブロック手技はあるが、鍼これをマネしてみても症状部に針響を与えることは難しく、筆者は下耳痕刺針で、下耳痕ら直刺2~3㎝で鼓室神経を刺激を与える方法を行っている。なお鼓室神経は、舌咽神経分枝。扁桃炎では咽痛が生ずるが、ひどくなると中耳あたりまで痛くなるのはこのため。
(下耳痕穴=深谷伊三郎の定めた難聴穴とほぼ同一部位。深谷はここに灸をするが、当然がら刺針しなければ咽や中耳に響きを送ることはできない)

 

 

3)口蓋扁桃刺
(郡山七二「針灸臨床治法録」、三島泰之「今日から使える身近な疾患35の治療法」より)
   
①意義:口蓋扁桃周囲の静脈鬱血の改善と舌咽神経痛への対処
②術式:座位。患者を大きく開口させ、患側口蓋扁桃の位置を視認。2寸#5(細い人は寸6#3)を使って、下顎角のやや前方で下顎骨の裏骨縁から口蓋扁桃に向けて刺入。鍼先を口蓋扁桃にもっていく。鍼先が口蓋扁桃から外れた場合、痛みやしびれがした舌先や舌根周りに感じる(三叉神経第3枝下顎神経刺激)ので、このような場合刺し直す。
③効果:急性扁桃炎には1回の施術で嚥下痛は解消するので鍼の効果を実感してもらえるチャンスである。慢性症で扁桃肥大したものでも、少々気長に治療継続すれば縮小する。

 

 

4)合谷多数浅刺(柳谷素霊「秘法一本針伝書」)
  
①取穴:直径1寸3分位の丸竹を患側に握らせた状態で、第1中手骨と第2中骨の底間の硬結下際部に合谷をとる。

②体位:正座させ、両手を膝上大腿部に置き、腹部に力を入れさせ、健側の手も強く握らせ、かつ全身に力を入れるように指示する。
  
③刺針:寸3#2を使用。針先をやや上方硬結様横絡の下縁に入れるように傾斜させて刺入。刺針深度は1分くらい、深くとも2分以内。細指    術法、すなわち反復的に皮膚に刺針、そして直ちに入れ直す。皮膚が発赤するまで行う。  

④針響:針先が皮膚に触れて直ちに針響が上腕の方に感通することがあれば、それ以上深くさない。そうならない場合、徐々に刺すか、抜いてやり直す。針響が前腕に響くか、さらに上腕に上り、咽喉に達すれば成功。喉に至らなくても、反復刺針し、穴部が赤したり軽く血滲むようになれば、喉病患は軽減する。ことに扁桃炎に効あり。
  

※筆者見解
合谷部皮膚刺激する治療として有名なのが、桜井戸の灸で、これは面疔に対する合谷多灸を行うもの。施灸で顔面痛が頓挫するも帰宅中の列車の中で痛みがぶり返すと、車中で自分で合谷に灸したという。合谷部皮膚刺激の治効は、合谷部が特異的に橈骨神経皮枝の覚支配であることと関係がありそうだが‥‥ 


<下肢内側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討 ver.2.1

2021-07-11 | 腰下肢症状

柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」には、下肢内側の病の鍼の記載がないが、現代鍼灸での方法を説明することにした。


1.大腿内側痛の概要 


1)大腿内転筋の解剖

大腿内側には次の5つの大腿内転筋群がある。すなわち恥骨筋・長内転筋・短内転筋・大内転筋・薄筋であり、いずれも閉鎖神経支配である。なお閉鎖神経とは、腰神経叢から起こり、骨盤の閉鎖孔を貫通して大腿内側の皮膚と大内転筋の運動を支配している。

 

 

2)閉鎖神経痛の治療

L4棘突起下外方4寸で腸骨稜上縁に力鍼(りきしん)穴をとる。ここからの腰椎突起方向への深刺で腰神経叢刺激になる。閉鎖神経(L2~L4)は腰神経叢から出る枝なので、理論的には深刺で、大腿内側に響かせることができる。健常者でこれを再現することは難しいのだが、閉鎖神経痛患者では、本神経が過敏になっているので、
理論的には可能である。


3)大腿内転筋の筋膜痛

5種類の大腿内転筋のうち、とくにどの内転筋が緊張しているかをまんべんなく押圧して調べる必要があるが、患側を下にした側腹位で、押圧すると圧痛が捕まえやすくなると思う。(少し強く押圧するだけで患者は非常に痛がるので注意)

①大腿内転筋で、最大の筋力をもつのは大内転筋である。
→陰包付近の圧痛を調べる

 

②長坐位で開脚し、上体の前屈を行うと、大腿内側恥骨寄りに太く隆起した筋緊張を感じる。これは長内転筋である。

 

この筋を緩めるには、局所である足五里や陰廉などに刺針したまま運動鍼を行うとよい。具体的にはパトリックテスト肢位で刺針し、股関節の内転外転運動を行うようにする。


2.閉鎖神経痛の症例(57才、男性)

主訴:左大腿内側痛
現病歴:
元来健康だったが、2週間前、自宅でエアロバイクのペダル漕ぎトレーニングをやり過ぎたせいか、左大腿内側に痛みを感じるようになった。私のブログ<グロインペインの鍼灸治療>を読み、これかもしれないと思って当院来院した。職業柄、日中は立ち仕事をしている。
所見:左大腿内転筋群と内側広筋上に圧痛あり。同範囲の撮痛も陽性。鼠径部に圧痛なし。
      立位で腱側の下肢を床から挙げ、患側のみで立つと、ふらつき、膝折れする。
アセスメントと治療:
 ①鼠径部周囲に圧痛がないのことで、グロインペインを否定。
 ②圧痛は左大腿内側中央に広がる→大腿内転筋群の筋膜症。   
   治療は、患側下にしたシムズ肢位で、大腿内側圧痛点数カ所に置針5分。
  (この肢位にすると大腿内側圧痛を把握しやすい)
  ③立位患側片足立ち困難→ シムズ肢位で左大腿四頭筋とくに内側広筋の筋膜症。
  症状をもたらしているのは大腿内転筋だが、内側広筋まで影響を受けていることによるのだろう。
    治療は、仰臥位股関節屈曲かつ膝関節屈曲位置にして四頭筋伸張肢位にて血海・下血海に置針。 (この肢位で四頭筋刺激するとⅠb抑制され、反射的に筋弛緩できる)
治療効果:
 治療直後は、いくらか痛み減少した程度。3日後の再診時もいくらか症状軽くなった程度。

第四診
  大腿内転筋と内側広筋への刺針は前回通り。  
 大腿内側にラケット状に知覚過敏(=撮痛陽性)があること、大腿内転筋群は閉鎖神経支配なことから、閉鎖神経興奮を考えた。閉鎖神経は腰神経叢から起こり、大腿内転筋を運動支配するとともに、大腿内側の皮膚知覚を支配している。今回の症状は、ペダル漕ぎ運動で内股に刺激を与えすぎたせいだろうか。
 

治療:
閉鎖神経は、腰神経叢の分枝なので腰神経叢刺激として外志室刺針を実施。
この結果、症状は半分以下となっている。
局所である大腿内側の大腿内転筋刺激が効いたのか、大腿内側の皮膚刺激が効いたのか判然としないが、大きなカテゴリーでは閉鎖神経症状になっている。
 
※閉鎖神経の筋支配ゴロ:「閉鎖病棟、大胆!町内で外泊」
閉鎖病棟(閉鎖神経)、大(大内転筋)胆(短内転筋)、町内(長内転筋)で外(外閉鎖筋)泊(薄筋)

 

他の治療の検討:

本症例では実施していないが、閉鎖神経の神経絞扼障害部位が閉鎖孔を貫く部位だとすると、この部に鍼先を誘導しなければならないだろう。それにはシムズ肢位にて、3寸#8を使い、坐骨結節の内端を刺入点とし、骨の内面に沿わせて深刺する。鍼は仙結節靭帯を貫通し、内外閉鎖筋・閉鎖膜中に入れることは可能である。

 

3.中殿筋トリガーポイント由来の大腿内側痛(67才、男性)

2年前から右下半身に力が入らず、坐位→立位の際、立ち上がるのが困難になった。疼痛は右大腿内側なので、閉鎖神経痛を疑い、外大腸兪や腰宣へ置針するも、深部に筋硬結を見いだせず針響も得られなかった。やむを得す低周波通電をするも効果なし。第2診でも同様の治療を行うも無効だった。
第3診目で、大腿内側痛は腰部ではなく臀筋からくるのかもしれないと思い、大殿筋・中殿筋・小殿筋のトリガーポイントの放散痛図を改めて見てみると、中殿筋の放散痛は大腿内側にも生じていることを発見。患側上の横座り位にて、中殿筋に深刺すると、筋の硬いコリを感じ、また大腿内側に放散する針響も得られたので、抜針。直後から立ち上がりが楽にできるようになった。

 

 

 


橈骨神経低位麻痺による下垂指の鍼灸治験

2021-07-04 | 上肢症状

1.橈骨神経の高位麻痺と低位麻痺

肘より上部である手五里付近の神経絞扼障害では橈骨神経高位麻痺になり下垂手となる。
橈骨神経は肘を過ぎたあたりで浅枝(知覚枝)と深枝(運動枝)に分かれるが、深枝走行で手三里あたりの神経絞絞扼障害では下垂指となる。

 



2.橈骨神経低位麻痺(=後骨間神経麻痺)
 
1)橈骨神経深枝(運動枝)は前腕背面の三焦経に沿って走行する。橈骨と尺骨間には骨間膜があり、橈骨神経深枝は骨間膜の後にあることから、後骨間神経の別称がある。橈骨神経深枝の運動麻痺を後骨間神経麻痺ともよぶ。 
 
2)橈骨神経低位麻痺を生ずる神経絞扼を受けやすい部をフロセ(Frohse)のアーケードとよぶ。回外筋入口の狭いポケットのような隙間があり可動性が少ない。そこに橈骨神経深枝が入るので、回外筋の緊張が橈骨神経深枝を絞扼し、運動麻痺が起こる。

 

 

3)橈骨神経低位麻痺では下垂指 Drop Finger が起こる。手関節の動きは障害を受けない。
下垂指の症状:指伸筋・小指伸筋の麻痺により、各指のMP関節が伸展不能となる。ただし手関節、PIP・DIP関節は動く。橈骨神経浅枝は正常なので、知覚障害は生じない。

4)後骨間神経麻痺の原因は、ガングリオンなどの腫瘤、腫瘍、Monteggia骨折(尺骨の骨折と橈骨頭の脱臼)などの外傷、神経炎、運動過多による絞扼性神経障害である。麻痺の程度と予後はシェドンの分類に従うが、上肢の骨折や挫創などで神経断裂の疑いがなければ、1~3ヶ月保存療法で経過をみる。


3.橈骨神経低位麻痺による下垂指の鍼灸治験(46歳、男性、画家)
 
1)主訴:右指が伸ばせない

2)現病歴
当院初診の2週間前から、急に右指が真っ直ぐに伸ばせなくなった。とくに示指と中指が伸びない。手関節の動きは正常。握力も左45㎏、右41㎏と問題なし。5年以上前に右尺骨神経麻痺で当院受診し、軽快した既往がある。

3)診断:橈骨神経低位麻痺(後骨間神経麻痺)

4)治療方針
神経絞扼部と予想するに置針20分。患側曲池の下2寸。長・橈側手根伸筋の深部にあるフロセのアーケード部(回外筋付近)から4~6カ所選んで1~1.5㎝刺入。低周波通電を試行し、指が最もリズミカルに伸展するポイントを何ヶ所か見つけて置針低周波通電(1~2ヘルツ)を20~30分間実施。あたりをつけて1~2㎝刺針してパルスをつなき、指が伸展するポイントの発見に努める。たとえば環指が最も動いた状況であれば針を橈骨方向に刺針転向すると中指や示指は最も動くように変化させることができる。
補助的に橈骨神経高位麻痺の神経絞扼部である手五里や、天鼎から腕神経叢をねらって刺針。これらに対しても20~30分間低周波置針。
 
5)経過と意見
これまで週1回のペースで4ヶ月半治療した。現在、最も指が伸びなかった示指・中指ともに、検者の軽い抵抗に逆らって伸張筋力を獲得している。本患者はシェドンの分類では軸索断裂に相当すると思えた。外傷歴はないので神経断裂ではなく手術の対象にはならない。後骨間神経は知覚成分を含まないのでチネルサインでの神経断端部の確認はできなかった。
下垂指は下垂手と比べて障害範囲は狭いが、だからといって下垂手より治りやすいということはない。 

 

 

 


橈骨神経高位麻痺による下垂手の針灸治療 Ver.3.0

2021-07-03 | 上肢症状

今から5年ほど前に筆者は「橈骨神経麻痺には消濼の強刺激刺針」と題したブログを書いたが、今読み返せば、不備な内容になっていることを発見した。ここに全面的に書き換えることにする。

1.橈骨神経の走行の要点

 

 

2.上腕部橈骨神経

腕神経叢より起こり、上腕外側の橈骨神経溝を下行(代表穴は消濼・手五里)し、上腕骨外側上顆(曲池)に向かう。橈骨神経は前腕へ向かうすべての伸筋、外転筋、回外筋を運動支配し、手関節や指関節の動きに関与する。上腕外側部圧迫や上腕骨骨折、ハニムーン症候群(長時間、新婦を腕枕)
では、橈骨神経高位麻痺として下垂手になることが多い。

※下垂指:総指伸筋・小指伸筋の麻痺により、各指のMP関節が伸展不能となる(手関節、PIP・DIPの動きは正常)
※下垂手:下垂指状態に加え、長短橈側手根伸筋(←手関節背屈作用)も麻痺し、手関節運動不能、MP関節運動不能、PIPとDIPの関節運動は正常。

橈骨神経高位麻痺では前腕橈骨側から手背部橈側皮膚の知覚低下が起こるが、前腕橈側は筋皮神経の皮膚知覚支配と重複しているので知覚麻痺は目立たない。しかし手根背側の合谷穴付近は橈骨神経の固有支配領域のため、限局した知覚低下をみる。

3.末梢神経麻痺の分類(シェドン分類)

C線維を除く末梢神経の構造は、有髄線維であって「ニシンの昆布巻き」のようになっている。昆布の中心にあるニシンが軸索、昆布自体が髄鞘である。末梢神経損傷の原因により、損傷の程度は異なる。損傷の程度は次の3つに分けられる。

 

1)ニューラプラクシー(一過性伝導障害)

圧迫などで一時的に神経が麻痺しただけの場合。軸索は正常だが、髄鞘(=エミリン鞘)が脱髄し、末梢に興奮が伝達されない。数日~数週間で回復する。長時間正座した場合に生じる足のしびれは、この最も軽いタイプ。


2)軸索断裂


軸索の連続性が損なわれているが、髄鞘の連続性は保たれている。断裂部から末梢はワーラー変性してしまう。髄鞘がつながっていれば、1日1㎜の長さで軸索が伸び、切断部末端側と出会えば神経は再構成される。これをつながって回復することが多い。打撲や骨折でよくみられる。

※ワーラー変性:
切断端部より遠位の軸索が、神経細胞体からの連続性が断たれ、切断された軸索や髄鞘が変性に陥る状態。

3)神経断裂

鋭い刃物やガラスで切ったり、刺したりして、神経が完全に切断されている。
近位断端から、再生軸索は伸長を開始するが、遠位断端までの間に間隙があることが多く、神経の自然回復は望めない。そのため、間隙を埋めるための神経縫合術、神経移植術が必要となる。

 

4.橈骨神経高位麻痺の針灸治療

1)病態把握

四肢の麻痺で最も高頻度なのは橈骨神経麻痺で、なかでも橈骨神経高位型の一過性伝導障害または軸索障害が多い。このタイプは、上腕外側中央部における長時間の神経圧迫によるものである。

針灸治療するに際しては、外傷歴の有無を確認する。神経断裂は外傷性なので、針灸の適応はない。


2)橈骨神経高位麻痺の針灸治療の方法と効果


「麻痺は虚証なので補法の鍼灸をする」という治療原則があるが、実際にはその通りにはいかないようだ。私は脳卒中後遺症の鍼灸である醒脳開竅法の方法と、「楊再春ほか著、今川正昭訳:神経幹刺激療法⑤、医道の日本(昭58年4月)」の記事に準拠し、圧迫が予想される部を中心として橈骨神経への直接刺針を行っている。


楊再春らの報告は次のようである。
患側上の側臥位。肘関節をやや屈し、手掌を下に向け、自然に胴の脇につける。圧迫原因部位である上腕外側中央部(消濼、手五里)に求め、太針で1寸ほど直刺して刺針転向法を用い、橈骨神経を直接刺激する。橈骨神経に針が触れると、前腕の伸展、手指の伸展が起こり、母指・示指・中指に向かう触電感が放散する。


基礎体力のある若年者のニューラプラクシー型の急性橈骨神経麻に対し、上記方法を行ると、治療直後から大幅な筋力向上が得られ、1~2週間で全治した症例が過去に2例があった。ある程度の自信をもってパーキンソン病をかかえる老人の急性橈骨神経麻痺に対しても同様の治療を行ってみた。しかし今回はほとんど効果がなく、治療3回で中断した。結局その老人は2ヶ月ほどかかって自然治癒したのだった。この者は、おそらく軸索断裂型だったのだろう。


5.橈骨神経高位麻痺と誤診した症例

寝ていて起きたら橈骨神経高位麻痺による下垂手になったという患者(69才、男)で発症3ヶ月後になって来院した患者がいた。外傷歴がないので神経断裂型と判断したが、それにしても回復が遅い。 

筆者が考える低位型の針灸治療ポイントとは、神経絞扼部であるフロセのアーケード部分(手三里付近)あたりに刺針、ただし運動神経なので電撃様針響は得られない。他に高位型に準拠して侠白にも刺針。両穴には低周波置針通電20分実施。念のために腕神経叢部(天窓)にも低周波20分置針を行ってみた。週2回治療ですでに3ヶ月経過しているが、目立った回復はみられていない。それでも整形医師は「しばらく様子をみましょう」とのことである。

 その数ヶ月後、患者本人から電話連絡があった。神経内科専門医の見立てで、「神経性筋萎縮症」ということだった。これは難しい診断で、専門医が言うには、整形外科医で診断するのは難しいとのこと。整形外科医にその旨を報告すると、「お役に立てなくて、ごめんね」と言ったという。神経性筋萎縮症であれば、さらに保存療法で様子をみてよい。

神経性筋萎縮症について簡単にまとめる。

①概念
一側または両側上肢の激痛で始まり、1~3週間後、痛みが改善するとともに、上肢の挙上困難と萎縮を認める。多くは原因不明である。ウイルス感染が主病因と推測されている。診断は針筋電図による

②治療
治療は特別なものはなく、予後がよいことから投薬を行わずに経過観察してもよい。予後は、90%以上が良好に回復する。36%が1年以内、75%が2年以内、89%が3年以内に改善する。