A.顔面痙攣
1.症状
一側の顔面が長期間、強く痙攣する状態。目の周り(特に下瞼)の軽いピクピクした痙攣で始まり、次第に同側の上瞼・頬・口の周りなどへ広がる。痙攣の程度が強くなると、顔がキューとつっぱり、引きつれる状態になる。ひどい場合、耳小骨のアブミ骨筋(顔面神経支配、鼓膜に張力を与えている)が過剰刺激され、カチカチという耳鳴が生ずることもある。
当初は緊張した時などに時々起こるのみだが、徐々に痙攣している時間が長くなり、一日中ときには睡眠中も起こるようになる。自分の意思とは関わりなく顔面が動く、ということで気ぜわしく対人関係や仕事に苦労する。ストレスなどでも誘発される。自然に治癒することはほとんどない。
2.原因<神経血管圧迫>
脳血管の異常走行により、脳幹より出る顔面神経に脳の血管がぶつかり、動脈拍動のたびに顔面神経が刺激されている状態。脳血管異常走行の原因としては、加齢、脳動脈硬化、先天的動脈奇形など。
3.現代医学の治療
1)ボツリヌス菌毒素注射
ボトックス(ボツリヌス菌希釈液)の眼瞼や口角周囲の痙攣部への注射。持続効果は3ヶ月前後で、繰り返しの注射が必要になる。
※ボツリヌス毒素は、食中毒をおこして随意筋を麻痺をさせ、重症では横隔膜運動も麻痺して致死的になる。この作用を利用し、本菌を使って筋の運動麻痺を起こさせるのがボトックス注射。ボツリヌス菌毒素注射は、美容整形として皮筋を麻痺させることで、顔面のシワとりにも用いられる。
※顔面シワ取りのボトックス注射で自死に至った例:30代女性。ある医者に頼みもしないのに(サービス精神からなのか)シワ取り目的でボトックス注射をされた。その直後から顔面の一部が動かなくなり違和感を感じるようになった。この状況を医者に伝えると、自然に良くなるといわれた。しかしいつまで経っても症状は変わらず、その医者も自分を避けるように逃げまわるようになった。症状が改善しないので、色々な医療施設をめぐった。当院にも来院し、3~4施術するも無効と判定し来院中止。その数年後、弁護士からこの患者が自死したことを知らさた。現在裁判の準備中だということだった。私も資料としてカルテを提出した。
ボツリヌス注射の薬効は施術して数日でジンワリと効いてくるはずので、直後から顔面麻痺したとなれば顔面神経に重大で不可逆的な損傷を与えたのだろう。一生忘れがたい経験だった。
2)手術「微小血管減圧術」
顔面神経を圧迫している血管位置を少しずらせて固定させる手術で、根本療法になる。手術後遺症として、数%~10%程度の者に聴力の障害がおこる(顔面神経と内耳神経と並走行している。手術中に内耳神経にストレスがかかるのが原因)。三叉神経痛と眼瞼痙攣の手術原理はよく似ている。
4.針灸治療
かつて代田文誌は、顔面麻痺に対する鍼灸は、無効と記していた。しかし30年ほど前に、ペインクリニックにおいて若杉式穿刺圧迫法が考案された。本法は針でも応用できるか否か試してみた。すなわち茎状突起の傍の顔面神経孔(=翳風)への針タッピング術の開発により、痙攣の程度を減ずることができることを知った。と同時に限界も示した。顔面神経孔から顔面神経が出てくるが、本神経は基本的に運動神経なので知覚はなく、針が命中しても痛みや響きはない。そこで針先が顔面神経に当たったか否かは、低周波通電した際、顔面表情筋が攣縮するかどうかで判定する。
翳風の名前:「翳」とは鳥の羽に隠された部位のことで、翳風とは風を避けるための羽の意味となる。翳風は外耳や耳垂に隠された位置にあることで、このように例えたのだろう。
1)神経ブロック 若杉式穿刺圧迫法
関東逓信病院ペインクリニック科では顔面神経の主幹を神経が頭蓋底を出た部位で針を使って圧迫する治療法を創案した。痙攣が止まっている平均有効期間は9.3 カ月。痙攣が再発してもすぐにブロック前の強さにもどるのではないので,年に1 回程度治療を行う症例が大部分である。ブロック後の痺期間は平均1.3 カ月で70%以上が1ヶ月以内に麻痺は回復する。
2)顔面神経直接刺激する針治療
① 2寸以上の中国針を使用。治療側を上にした側臥位。
② 翳風を刺入点として茎状突起に針先を誘導する(方向を誤ると、強い刺痛を残す)
③ 針先が骨に命中したら、3分間のコツコツとタッピング刺激を与える。その後7分間置針し、再びふた3分間タッピング刺激。治療時間は20分程度。
上記の治療を行うと痙攣が軽減することが多かったが、その持続期間は数日間であり、その後は再び針治療が必要になるという点で、本家のような治療効果が出せないことをしった。刺針方向を間違えると強刺痛があることも実施を難しくさせた。患者にとって手間と経済的負担が大きいだろう。
B.眼瞼痙攣
1.眼瞼痙攣患者の苦い経験
私は針灸学生時代に、眼瞼痙攣は顔面痙攣の軽いもの、あるいは顔面痙攣の初期だと教わった記憶がある。代田文誌の著書にも、顔面痙攣は鍼灸で難治だが、眼瞼痙攣ならば改善することがある旨が書かれている。しかしこれは誤った記載だった。そもそも眼瞼痙攣というからには、眼瞼がピクピクと痙攣する病態だと早合点していたのも間違いだった。
ある日、上瞼が上がらず前が見えないという患者(30歳、女性)が来院した。テレビを観るには、音声でだいたい把握しておき、時々横目で画面をチラリと見るのだという。私は眼瞼痙攣だとは把握できず、初回時はヒステリーだと考えた。
珍しい症状だったので、色々調べてみて、数回治療後に、この症状が本態性眼瞼痙攣であることを発見した。もっとも診断ができても治療は効果なく、この眼瞼痙攣患者は、鍼灸を二十回ほど受けたが、ほとんど成果が得られなかった。念のため中医鍼灸ではどうかと思い、中医鍼灸の専門施設にも紹介したが、これも成果に乏しかった。
その後、別の眼瞼痙攣患者が来院した。この患者も針灸はあまり効果なかったが、そうした中でも最も効果あったのは1.5吋#30中国針にて、眉の1㎝ほど上方から、眉と平行に水平刺し、滑車上神経や眼窩上神経に響きを与えたものだった。施術直後は眼が開いたが、効果持続時間は2~3時間だった。一時的に交感神経緊張状態に誘導したのが効果の理由だと思えた。
顔面痙攣も針灸で治療効果をあげることは容易ではないが、眼瞼痙攣はそれ以上に難しいことを実感した。顔面痙攣の類似疾患に、眼瞼ミオキアがある。これは自然治癒しやすいので、本疾患で針灸治療効果を判定することはできないだろう。
眼瞼痙攣となる疾患には、顔面痙攣の初期、眼瞼ミオキミア、本態性眼瞼痙攣がある。
2.眼瞼ミオキミア
1)病態生理と症状
眼瞼ミオキミアはまぶたの一部(下眼瞼が多い)が痙攣する。通常片眼に起こる。一方、本態性眼瞼痙攣は両眼の上下眼瞼とも等しく痙攣する。ミオキミアは不規則で持続時間が長い小さな不随意運動で、自覚的にはピクピクとした感じが一般的である。下位運動神経に異常な電気活動が生じるため、その支配下にある筋線維が安静時に群発して興奮することによって起こるとされる。これが眼輪筋で起こると、眼瞼ミオキアになる。顔面神経が支配する眼輪筋の一部に異常な興奮が発生することで生じる。通常数日から数週間で、自然に治まる。
※ミオキミアとはは不規則で持続時間が長い小さな不随意運動のこと。
2)原因
顔面神経が支配する眼輪筋の一部に異常な興奮が発生することで生じる。特段の原因はない。健康な人でも長時間書類を注視したり、パソコン操作などがもたらす眼精疲労や、寝不足の際に一時的に感じられることがある。
3)木下晴都の針灸治療
木下晴都は春先に3年間、毎年眼瞼振戦を経験してたが、3年目の時に自身に次の治療を行い、著効を得たという。振戦を起こす右下眼瞼3点に、3~4㎜刺入した後、刺激を強める意味で針を左右に回旋するという旋捻を5~6回行って抜き取る手技だった。翌日は振戦依然と存在したが、3日間続けると全く消失した。患者にも実施し、すべて症状の回復が早いことを確認した。
2.本態性眼瞼痙攣
1)原因
パーキンソン病と同じく、大脳基底核の運動制御システムの障害。間代性・強直性の攣縮が両側の眼輪筋に痙攣が起こる。40歳以降の女性に多い。
※大脳基底核=大脳皮質の底にある白質中の灰白質部分。随意運動の発現と制御の役割。
2)症状
初期:まばたきが多く、目が開けにくい、眼がショボショボするのでドライアイと誤診されやすい。眼瞼が痙攣するというより開けにくい。
進行期:両側性に、羞明感、目の乾燥、目を開けていられない、下眼瞼のピクピク感出現。次第に上眼瞼に拡大。左右両方に進行性の眼瞼痙攣が出現。
重症時:眼を開けていられない。視力があるにもかかわらず生活上は盲目と等しくなる。
下眼瞼のピクピク感といった症状が現れ、次第に上眼瞼に拡大。左右両方に進行性の眼瞼痙攣が出現し、開瞼障害をきたして、視力があるにも拘らず生活上は盲目と等しくなることがある。進行は緩徐だが、自然軽快はまれ。
3)治療
初期症状には、痙攣した眼瞼部に対してのボトックス(ボツリヌス毒素希釈液)注射を数カ所に行うことが有効。薬液量が少なすぎれば効果不十分で、多すぎれば患側口角も麻痺し食事に際して飮食物が漏れてしまう。ただし運動麻痺が起こるのは、注射数日後からであって、症状改善度をみながら薬液量を調整するということができない。運動麻痺は3ヶ月程度続く。瞼が開けられなくなれば有効な治療に乏しく、眼輪筋を切除する治療しかない。この手術により眼は開けやすくなるが、ボトックス注射の回数が減るわけではない。針灸治療は、ほとんど無効である。