AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

脱毛症に関する最近の知見と針灸治療 ver.1.2

2023-12-14 | 皮膚科症状

現代医学の脱毛症に関する研究と治療は、この十数年間に長足の発展をとげた。病理機序がかなり明らかになったということは、馴染みのない医学単語が頻出することでもあり、鍼灸師も改めで勉強し直す必要性を感じる。効果のある新薬が出てきたことは、針灸治療する上での考察のヒントにもなるだろう。

脱毛症は、男性型脱毛症(AGA:Androgenetic Alopecia)と円形脱毛症が2大疾患になるが、現在では女性型脱毛症についても関心がもたれるようになった。針灸治療は円形脱毛症に効果のあることが判明しているので、本稿では、この2大疾患についてコンパクトに整理し、円形脱毛症は針灸治療についても言及する。(なおAGAは鍼灸適応症として認識されていない)

 


1.男性型脱毛症(AGA:Androgenetic Alopecia)

1)原因
 わが国で抜け毛や薄毛に悩む者は、1300万人といわれるが、その大半はAGA。男性ホルン分泌が原因。遺伝8割。
 
2)病態生理
   
①ヘアサイクルの短期化

毛は生えてきたら、ある一定期間はえ続け、やがて抜け落ちる。これを毛周期(ヘアサイクル)という。髪の毛の1本1本には独立したヘアサイクルが存在し、全体として混然一体となっている。AGAでは毛周期が短縮し、毛髪が十分太く長く育たないうちに成長期の初期段階で抜けてしまう。
一生涯に繰り返しできるヘアサイクルは約40回と決まっている。ヘアサイクル期間は、常者なら3~5年だが、AGAでは100日程度と極端に短くなるので、短期間にヘアサイクがカウントされ、規定の回数に達すると、以降は髪の毛は生えてこなくなる。
   
②悪玉テストステロンの生成
       
AGAには血液中の男性ホルモンのテストステロンが、毛乳頭にある5α還元酵素と結合し、DHT(ジヒドロテストステロン、通称悪玉テストステロン)を生成。

3)治療薬
   
①プロペシア内服
DHTには発毛抑制作用がある。DHT生成をブロックする治療薬がプペシア。AGA治療薬として日本の厚生省認可した唯一の薬。
  
②デュタステリド・フィナステリド内服
5α還元酵素を阻害することで DHTの合成を阻害。男性ホルモンの影響を弱くする作用。本来は前立腺肥大の薬として開発された。
  
③ミノキシジル塗布
毛包に作用しタンパク質の合成と細胞増殖を促す。休止期に入っている毛髪を成長期に移行させる薬。4〜6か月薬を継続すれば効果が実感できる。商品には育毛剤リアップなどがある。薬局などで購入できる手軽さがある。ミノキシジルには発毛効果はあるが、使用中止すと作用もなくなる。元々は高血圧薬として開発されたもの。男性型AGAとして効果が認められたが、後に女性用AGAにも効果があることが判明し適応が拡大された。


2.円形脱毛症  Alopecia areata
 
1)原因

ウイルスや細菌を排除するリンパ球が、毛根を「異物」と誤認し攻撃し、毛根が炎症を起す。毛の根元が細くなったり、途中で切断したりする。脱毛機序は、ヘアサイクルとは無関係。かつては精神的ストレスに由来するとされた。これはストレス→交感神経緊張→頭皮の血収縮→末梢の血流障害という病態生理を想定したものである。現在では以前ほど精神的要因重視されていない。

2)症状・所見

突然頭髪の一部が円形、楕円形に脱毛。健康部との境界は明確。毛髪を引っぱると簡単に抜ける。抜けた髪を観ると、根元ほど細い毛で、感嘆符(!)が特徴。
進行期:毛根を異物をみなしたリンパ球が集まり攻撃 →炎症が起こり脱毛する。
固定期:毛が抜けて止まる →自然に新たな毛が生えてくるか否かは予測困難
 
3)AGAと円形脱毛症の相違点

4)分類と予後  
    
単発型と多発型が多い。十人に一人は生涯に一度は経験する。
①単発型:10円玉ほどの脱毛が、1~数個できる。自然治癒が多いが再発しやすい
②多発型:単発型が融合した状態。単発型と同様、自然治癒が多いが、再発しやすい。
③汎発性:多発型を繰り返して全身の毛まで抜ける。治療的予後は不良。


 

 

※全頭型円形脱毛症の症例(32才、女性)

本患者は脱毛症だと訴えるものの見た感じでは頭髪は正常のように思えた。しかし自らカツラをとると、驚いたことに頭皮の3/5ほどに頭髪がなく、ところどころに髪が密集している状態。治療室にて灸点数カ所を刺激し鎮静作用のある体鍼を併用すること数ヶ月。目立った効果ないので、家庭用電気灸器を購入させ、毎日頭皮数十箇所に灸するよう指示した。それから頭皮の状態は急速に改善したとのことで治療終了。
本患者は1年後再来。編み物に熱中しすぎたせいか3ヶ月ほど前からまた髪が抜けてきた(左頭維のやや前方、2×3㎝の楕円)という訴えだった。カツラをとるように指示すると、これは地毛だということで非常にびっくりした。よくもここまで回復したものだ。


※多発型円形脱毛症の自験例(56才、男性)

針灸学校の非常勤教員をしていた一時期、学科主任と折り合いが悪く非常にストレスを感じた時があった。すると間もなく円形脱毛症を発症。毎日パラパラと頭髪が落ち続け、広汎な円形脱毛症となった。外見はどうでもよかったが、寒い時期だったので頭が寒いことを初体験した。
何も治療しないうちに髪は抜けにくくなり、春頃には頭皮が全体的に髪で隠れるようになった。明らかに精神的ストレスが原因と思われた症例だった。


5)円形脱毛症の現代医学的治療
  
①セファランチン服用

始まったばかりで小範囲しか脱毛していない場合に使用。本剤には抗アレギー作用、血流促進作用、末梢血管を拡張、末梢循環障害改善があり副作用が少ない。経過が長引くようなら脱毛部にステロイドを局所注射。
  
②局所免疫療法

広く脱毛して6ヶ月以上も続いている場合、本療法が適応になる。かぶれを起こす特殊な薬品(SADBE、DPCPなど)を脱毛部に塗って、弱いかぶれの皮膚炎を繰り返し起こさせる治療法。1~2週に1回実施。T細胞を毛根ではなく炎症部分に集めるのが狙い。有効率は60%以上。現在最も有効な円形脱毛症の治療法。平均3ヵ発毛が見られる。自費診療。
  
③振動圧刺激
    
最近の研究では、振動圧刺激が薄毛治療に効果があることが明らかになった(ヘアメデカルグループ・日本医科大学形成外科・株式会社アンファーの共同研究)。毛髪を生やそとするシグナルを出す毛乳頭細胞に、超音波でブルブル…と振動圧を与えたところ、無刺の場合と比較し、この細胞が約1.3倍細胞が活性化した旨。
    
もともと「マッサージで血行が良くなると髪にも栄養が行きわたって良い」といったモノのいい方は、何となくあったが、血行促進が発毛効果につながるいうエビデンスはなかった。今回の実験によって刺激による血行促進ではなく、刺激そのものが細胞に働きかけ、発毛に効果的だということがわかった。発毛剤によく含まれる成分ミノキシジルを細胞に投与しても、振動刺激と同じように1.3倍程度細胞が活性化し、振動との併用では平常時の1.5倍ほどに効果がアップすることが判明した。

 

3.円形脱毛症の針灸治療
   
1)脱毛部への施灸

現代医学の局所免疫療法と似たような考えに、脱毛頭皮部に対する施灸がある。脱毛部が直径1㎝以内の時はその中央に半米粒大灸3~5壮する。脱毛部が直径2㎝大のは脱毛面境界部を1㎝間隔で単刺し、半米粒大灸を中心あたりに2箇所行う。脱毛部が直径㎝以上の時は鍼は単刺を同様に行い、境界部に3~4箇所施灸する数か月後に治癒する。(木下晴都著「最新針灸治療学」)
   

ただし治療期間が長くなる。自宅施灸治療はどうしても続けるのか困難になる。このような場合、私はカツラ用 のクシ(ブラシ部分が金属でできており先端は丸くなっている。500~1000円程度) 頭皮を叩くよいアドバイスしている。梅花針や七星針では消毒に難があるため。

 

2)閻(えん)三針

1980年代、北京灯市口病院の中医師、閻世燮(エン・スーシェ)が考案した特殊な頭針療法。脱毛症は結局、自律神経の乱れから起こるとして、自律神経を調節する作用のある治療として考案された。有効率80%と大変な効果があると中国で評判になった。円形脱毛症に対する下記穴を梅花針、毫鍼等で刺激する。
この治療法は毎日のように針治療に通うことを原則としているが、日本では週一回の治療でなければ長期的な通院ができないという事情から、明治鍼灸大学と共同研究で、体鍼と併用する治療法を確立した。
     
灸頭針もよく行われるが、これにはちょっとした秘密がある。灸頭針の場合でも皮膚面に対して水平刺するが、皮膚から出た部から針を直角に折り曲げるのが秘密で、一見すると頭皮に直刺しているように見える。そして灸頭針を行うようにする。
   
① 生髪(しょうはつ):風府と風池をつなぐ線の中心
② 防老:百会の後ろ1寸:針尖を斜め前方に向けて鍼柄が患者の頭皮と平行に成るように皮膚に沿わせる。得気を確認すること。
③ 健脳:風池の下5分:鍼尖を下に向けて0.2寸(約3ミリ)刺入する。このツボは頭皮中にあり、ぴったりに刺入しなければ効果が薄い。


※信頼性の乏しかった、かつての中国発毛剤の報告

1980年代、我が国では中国製の「101」という発毛剤が一大ブームとなった。有効率が97.5%という触れ込みだが、背後に日本人の仕掛け人がおり、それに週刊誌が飛びついた結果だった。しかし使用者にカブレがおこるという事例が多々あり、ブームはあっという間に終わった。今になって振り返れば、カブレが起こることは局所免疫療法に類似したものがあるといえるかもしれない。

同じ類のもとして、以後も禁煙香(禁煙に効果あるとする薬草を嗅ぐ)や痩身に効果ありとする海草石鹸などが評判となったが、効果の有無は不明のまま、大衆に飽きられてブームは下火になった。中国からの医療ニュースは、とかく眉唾が多いので相手にしないことが一番である。 

 

4.女性型脱毛症の治療薬について

女性ホルモン「エストロゲン」が加齢によって減少し、 ホルモンバランスが乱れることによって起こる脱毛症。早い人では女性ホルモンが減少し始める30代半ばから抜け毛が増える。頭頂部と前頭部(髪の生え際)から薄毛が始まるのが特徴の男性のAGAとは異なり、髪が細く弱っていき、かつ全体的に薄くなる。
外用薬ではミノキシジル(休止期に入っている毛髪を成長期に移行させる塗布薬)が女性型ともに有効であることが海外の臨床研究で明らかになった。一方、女性型脱毛症には、男性ホルモンの影響を止める作用であるデュタステリド・フィナステリド内服は効果が認められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

 

 




イボ・ウオノメ・タコに焦灼灸、水イボにはせんねん灸 ver.1.3

2022-09-04 | 皮膚科症状

1.尋常性疣贅(いぼ)   

1)イボの概要

手指や足底にできる。円形~楕円形で皮膚から小さく隆起。小さく硬い良性腫瘍。痒みや痛みはない。ヒト乳頭腫ウィルス(ヒトパピローマウイルス HPV)が皮膚の傷口から侵入し、表皮の最深部にある基底細胞に感染し増殖したもの。接触感染だが感染力は弱い。


2)イボへの焼灼灸

いぼの頂点に施灸するが、基底層に灸熱が到達しやすくするため、なるべく角質層  を削っておく下準備を行う。半米粒大にして壮数を増やすような焦灼灸を行う。連日おこなった方がよいが、2回目以降の治療では、痂皮をカットしてから施灸するとよい。(参考:岡田明三「皮膚疾患の灸療法いぼ・魚の目・たこについて」医道の日本、平成16年11月号)
イボに対する焦灼灸の治療的意義は、灸熱刺激で、患部の温度を90℃くらいに高め、急速にタンパク変性を起こさせ、組織を炭化させることにある。炭化とは、タンパク質の最終加熱状態で、熱傷による痂皮(=かさぶた。死滅組織が組織から剥がれかかっている状態)のことだと説明される。

 イボ、水イボ、ウオノメには古来から焦灼灸が使われてきたということだが、この具体的な意義は、基底層にまで高い温度の灸熱を加えて組織を炭化させることにあるようだ。イボと水イボはウィルス感染症で、魚の目は機械的刺激によるものだが、治療法そのものは同じようになる。というのは、ウィルスの構成物質も一種のタンパク質であるためで、焦灼灸の適応となるからである。もっとも焼灼灸で治療するには、手間がかかるので皮膚科に任せる方がよいだろう。

 

2.伝染性軟属腫(水いぼ)                                                           

 

1)水イボの概要

 まだ免疫力不足状態の4~7才の子供に多くみられ、他の部位に次々にできる。伝染性軟属腫ウィルスが皮膚に付着、ウィルスは真皮にまで潜りこむ。感染した真皮の細胞は風船のように膨らみ、さらに細胞分裂を繰り返して増殖していく。風船のような細胞が集まることで、その部分がプックリと膨らみ、中に水が入っているかのような外見になる。真珠のような白からピンク色の湿疹。
実際に入っているのは、液体ではなく白い乳液状のもので、この中に伝染性軟属腫ウィルスがある。引っ掻いたりつぶしたりすると、このウィルスが外に飛び出し、他部位に接触することで感染が拡大する。感染力は弱いが、尋常性疣贅よりは強い。数個~十数個できるのが普通。他者との接触や、タオルや衣類を介しての接触感染もある。痒みや痛みはない。数ヶ月~半年で自然治癒。


2)水イボへのせんねん灸治療

水イボの頂点に施灸するが、角質層が厚くなっておらず、また患者が小児に多いこともあって、通常の透熱灸は実施しがたい。せんねん灸などのを行っても効果がある。隔日施灸4~5回で自然落屑する。
ヨクイニン(ハトムギの殻をとった漢方薬)を服用させるのも有効なことが確認されているが速効はしない。
皮膚科でピンセットでつぶす手もあるが非常に痛い。

 

3.鶏眼 corn(通称、ウオノメ)

1)ウオノメの概要

特定の部位に圧迫や摩擦が繰り返し起こることで生じる。皮膚の防衛反応による角質の肥厚。中央部は芯のようにクサビ型に真皮内にくい込んでいるので、押圧など真皮にある知覚神経の刺激を受けると痛む。

 2)ウオノメの治療

皮膚科の治療では、皮膚表面から表皮を削り、表皮の最下層である基底層までカミソリなどで角質を削り取る。ここには知覚神経がないのでカミソリを使っても痛まないが、すぐ下には真皮があって知覚神経があるので、ここには触れないようにすることが重要。 

皮膚の厚さは、0.6mm~3mmと異なっていて均一ではなが、平均すると1.5mm程度。 その中で表皮は、わずかに0.2mm程しかない。その表皮も4層に分かれ、最表層の角質層は0.02㎜とラップ一枚程度の厚さである。

※ 皮内針は、真皮内にまで水平刺し、皮下には至らない。ちなみに表皮・真皮を合わせて厚さが約1.5~4.0mmであるといわれている。セイリン円皮針の長さは最長でも1.5㎜なので、やはり皮下組織までは入らない。ゆえに体動しても置き針がチクチク痛むことはない。マイナーな存在だが皮下組織まで刺入するための針もあり、これを皮下針とよぶ。
皮下組織の深部には深筋膜と筋層があり、針はこの層まで刺入すると響きを与えることができる。運動針刺激は、深筋膜刺激を目的としている。


尿素軟膏療法といって、尿素希釈駅を塗布するのは、カンナのようにゆっくりと角質を削り取る方法である。スピール膏やイボコロリのようにサリチル酸溶液を塗布するのも、角質を軟化腐食させる方法である。ただしこういう治療方法も手段に過ぎず、重要なことは
基底層のウオノメの白色の芯を除去することである。患者に余計な痛みを与えず、効率よく基底層のウオノメの芯をとるには、歯科で使うような電動ドリルが必要となるだろう。

針灸院では、表面の角質層をなるべく薄くナイフ等で削き落とした後に施灸する。角質化した部分(半透明にみえる部)から艾炷がはみ出さない大きさの艾炷で、焦灼灸を行う。焦灼灸を繰り返すうちに、施灸面は縮んで硬化し、またヤニが付着してベタベタしてくる。角質化している部分は焦げて黒く炭化していく。毎回の施灸は、しっかりと炭化させるまで行う。ただし一度に取ろうとして過剰に行うと、周辺の火傷が発生してしまう。大きさにもよるが、1~2週間のうちにとれると思う。取れた後は、クレーターのような穴が空くが、次第に肉が盛り上がって埋まっていく。(増田真彦:いぼ・魚の目・たこの鍼灸施術、出典は同上)

ウオノメとタコの昔からある治療法に、皮膚表面から表皮を削りとる方法が行われてきた。カミソリをつかって注意深く、神経の通っていない基底層まで削る。皮膚を削る道具として皮膚科では定番があって、貝印のカミソリ長柄ゴールドアルファが使われているという。
ウオノメは、深部中心にある白い芯を除去しなければならないが、それには歯科で使っているような電動ドリルのような道具の簡易版(リューターという。数千円で購入できる)の使用が便利である。
 

 

 


4.腁胝(べんち 通称タコ)


1)タコの概要

特定の部位に圧迫や摩擦が繰り返し起こることで生じる皮膚の防衛反応による角質の肥厚。表面が固くなるだけなので押圧痛(-)。感覚が鈍くなっていることの方が多い。足の裏など体重がかかりやすい部にできるが、広い面に対する圧迫ではタコとなり、ポイント的に強く圧迫を受ける場合には、ウオノメとなる。タコが悪化してウオノメとなることもある。

 タコの治療は、角質層をナイフなどで削り、その上で尿素配合クリームを塗布することになるだろう。


2)タコの棒灸+焦灼灸治療
   
まず棒灸などを使い、腁胝表面を広範囲に加熱し、軟化させる(熱を加えることで、皮膚表面のタンパク質が変性して柔らかくなる)。つぎにタコの部分を削ったのち、米粒大の2倍の大きさの艾炷を、腁胝部にまんべんなく、皮膚表面が褐色に変化するまで施灸する。3日ほどで痂皮ができる。1週毎に黒くなった痂皮をカットして、同様の方法で施灸する。
 (岡田明三:皮膚科疾患の灸療法-いぼ・魚の目・たこ-について、医道の日本、H16.11)

 

 

 

 


ひょうその灸の速効自験例

2021-04-03 | 皮膚科症状

1.瘭疽(ひょうそ)とは

手足の爪周囲におこる急性の細菌性爪囲炎(bacterial paronychia)。爪傍と指腹が発赤腫脹し、激痛を起こす。

指腹部の脂肪組織は、物をつまむときの安定性を高めるために線維性の隔壁で仕切られており、そこに感染が起きると内圧の上昇によって、端知覚神経が圧迫され痛みを発する。とくに化膿するとより内圧の上昇が起こるので痛みは非常に強くなる。

治療は通常は抗生物質内服だが、重症の場合には爪切開で排膿させることになりかねず、それを思うと患者は恐怖だろう。


2.瘭疽の自験例(67歳、男)

4~5日前から左母指の爪甲根部内側にさかむけができ、指先でさかむけを剥こうとしたが痛くて中止した。昨日夕刻からさかむけ部分と、その付近の爪元に持続性の痛みを感じ、
母指腹を押圧しても痛みを感じる状態。昨夜は痛くて十分眠れなかった。瘭疽(ひょうそ)である。

翌朝、痛む部分には腫脹・発赤があった。ボールペンの先で圧痛点を探してみると下の写真3カ所に強い圧痛を発見した。ここに小灸をすえようと思った。

 


もう30年以上前のことになるが、足母趾爪と指腹奥全体が痛んだ瘭疽ができ、数日間痛み続け歩行も難儀になったことがあり、入江靖著「灸治療夜話」にあった瘭疽の深谷灸法をしたことがあった。するとその直後から痛み半減し、数日で治癒した経験があった。ひょうその灸の効果に驚いたものだった。


爪部分の灸点に、ゴマ灸をてみると、1壮目から熱さを心地よい感じ、2壮目からはさらに熱く感じ、3壮を終えると我慢できぬ熱さに。結局計3壮実施。

また爪甲根部右の少商穴あたりの圧痛点と母指腹橈側圧痛点に、ゴマ大灸をしてみると1壮目から我慢できないほどの熱さになったので各々1壮とした。行い、治療直後、持続性の痛み半減し、局所押圧時の圧痛は2~3割減となった。半日経た現在、自発痛ほぼ消失し、局所押圧時の圧痛も5割以下となった。翌日の夜には、自発痛と圧痛ともに消失した。結局、灸したのは一回だけ。

灸の適応症は数ある中でも、本疾患に対しては確実に大きな効果をもたらすことが多い。医者が知ったら、さぞ驚くことだろう。


3.瘭疽の深谷灸法

患部の指爪を横に3等分し、上 1/3の処にできる線の中央に施灸。半米粒大の灸を多壮する。悪ければ熱さを感じない。熱さを感じるまで施灸。1日2回朝夕施灸、1壮目で熱く感じるまで継続する。なおこの治療法は、爪水虫にも効果があるという。

 

 

 

 


アトピー性皮膚炎に高温の温熱刺激は有効か?Ver1.3

2017-05-21 | 皮膚科症状

高熱に加熱した器具を、数秒間皮膚にあてるという治療は民間療法として以前から知られていた。熱した金属のコテで皮膚を軽く叩く平田内蔵吉(くらきち)の平田心療法、線香を金属の筒に入れ、皮膚を擦過する伊藤金逸のイトオテルミーなどである。これらは、独自の道具を購入する必要があることや、熱した道具で皮膚を擦する動作を数十分繰り返し行うという手間のかかる施術であったことで、広く普及するには至らなかった。

しかしこの度、アトピー性皮膚炎に特化したこと、誰でも手軽にできること、大したお金もかからないことなど、実施のハードルが低い方法が考案された。以下に紹介する「カユキモチー」や「ペットボトル温灸」は、従来の知熱灸と原理的には同じような刺激となるが、簡便性に勝れている。

 

1.アトピー性皮膚炎のかゆみに、「カユキモチー」
 
平成28年2月28日放送東京MXテレビ放送の、「ナイトスクープ」において、”ある人にしか伝わらない謎の快感”という題目で、アトピー性皮膚炎の者の皮膚に、熱水の入った小袋を布でくるんだものをつけると、非常に気持ちよいという内容を放送していた。報告者は近藤滋氏。その内容を以下にまとめる。


①ウイダーインゼリーのような容器(ピースパック=アルミをコーティングしたプラスチック製容器)の中に水を入れ、電子レンジで温めて熱水にする。この時、容器内は水で満杯にする(もし空気が残っていると、電子レンジ内で空気が膨張して爆発する。)

電子レンジのワット数によっても異なるが2分~5分で、70°~80°になるまで加熱する。

※本ブログを見た、カユキモチー発案者の近藤滋氏から直々にメールが届いた。パウチの袋で、アルミ材質のものは電子レンジに入れると、火花が出てNGである旨。アルミが使われていないスポーツ飲料(アクエリアス)等ならOKであるとの内容だった。

カユキモチーの作り方(近藤滋氏)

http://ameblo.jp/kayu-kimochie/


②その容器をフリースでくるみ、ガーゼ袋に入れる。痒いところに当てる。健常者であれば単に熱く感じるだけだが、アトピー者は、次第に熱さが増す→うっとりするほど痒く気持ちよくなる→熱くなる、との過程をたどるので、熱く感じたら直ちに容器を取り除くようにするというもの。なおこの熱水を入れた容器のことを、報告者はカユキモチーと名付けた。


③報告者自身がアトピーなので、転地療法と自然食品、それにカユキモチーにより克服した。皮膚の状態が正常になるにつれ、上記方法では、単に熱く感じるだけで、気持ちよい感覚はなくるとのこと。


 

2.ペットボトル温灸

若林理砂(針灸師)は、容量約300CC入りのペットボトルに、100CC水を入れておき、それから沸騰した湯を200CC徐々に入れて、湯温を70~80°にしておく。これを「ペットボトル温灸」と称した。刺激すべき部位にペットボトル温灸を当て続けると次第に熱くなるので、熱さに我慢できなくなったら皮膚から離すようにする。この動作を数回繰り返す。適温とする温度は、カユキモチーと同じになることが興味深い。

ペットボトル容器を使うというアイデアはナイスだが、実際に皮膚をこすってみると、ペットボトルと皮膚との間の接触部分が小さく、熱をじんわりと与え続けつつ滑らすのは難しかった。

 


3.アイロンによる加熱

三井とめ子創案。タオルなどを患者の体に置き、その上からアイロンをかけるように注熱する。次第に局所に熱さを感じ「アチチ」と体を逃げるくらいに熱くなるまで続ける。刺激の強さは患者の状態を見て施術者が調節し、およそ1時間かけて全身に施術することが基本。特別の道具を使わず、使い勝手もよいことなど、優れたアイデアである。ノンコードレスアイロンを使うと使い回しもよい。いずれにせよ、自分一人でできる範囲は限られるので、家族や友人にやってもらう必要があるだろう。

 
4.熱いシャワー療法の利点と欠点
   
アトピーで痒いところに、熱いシャワーを浴びせるという方法は、以前からネット上で有名な方法だった。このシャワーの温度は本人が適温だと感じるものだが、45°~50℃となる。この方法も、非常な快感を得ることができるという。

 しかし熱い湯が皮脂を落とす。皮膚バリアーがなくなるので、皮膚がカサカサになり、有害であるという見解もある。前述のカユキモチーやペットボトル温灸、アイロンによる加熱では、このような欠点は見あたらないことになる。 


5.ヒートショックプロテイン(高温熱治療の理論)

 
皮膚に対する熱刺激は、なぜアトピー性皮膚炎に有効なのだろうか。これは熱ショックタンパク質(Heat Shock Protein、HSP:ヒートショックプロテイン)が関係しているらしい。細胞が熱等のストレス条件下にさらされた際に、細胞を保護するタンパク質の一種ので、ストレスタンパク質とも呼ばれる。

      
ヒートショックプロテインがダメージを受けた傷や異常細胞の修復を行ったり免疫力を高めてくれることで、肌の荒れが治まるという傷ついた細胞を修復する機能がある。皮膚への加熱で、なぜ至上の快感が得られるのは、β-エンドルフィンが関係しているともいわれる。
 
西村淳著の実録小説「南極料理人」の中で、しなびた野菜を50℃の湯で洗うと、シャキッとするという内容を発見した。なお50℃の湯とは、指を3秒間触れることのできる程度の熱さだという。

この機序を著者の西村は説明できなかったが、平山一政氏(スチーミング調理技術研究会代表)は次のように説明づけた。野菜の新収穫後の野菜の細胞の水分は少しずつ失われていくが、少しでも乾燥するのを防ぐため、野菜表面の気孔は閉じた状態になる。これが”しなびた状態”である。この状態であっても50℃の温水に入れると、ヒートショックで葉の表面の気孔が開き、失われていた水分が瞬時に吸収されてシャキッとした収穫直後のような状態に戻る。同様の現象は、アサリの砂抜きにも応用できる。あさりはの塩水につけて最低2~3時間寝かせて砂抜きしないと食べれられないというのが従来の常識だった。れも50℃の温水に5分~15分ほど漬けておくだけでお湯が濁るほど砂が出て食べられる状態になるという。この現象について平山氏は次のように説明している。アサリを
50度のお湯に入れると、ヒートショックを受けて身を守ろうとする。すると水分を最大限に吸収し身を殻から押し出してくる。付着した異物や汚れを排除しようとする挙動だと考えらる。

 


   


掌蹠膿疱症の局所刺絡治療

2011-04-12 | 皮膚科症状

掌蹠膿疱症の患者2名の針灸治療を行い、好結果を得たので報告する。


1.症例
頸痛を主訴として40才台女性患者が来院した。両手掌一面に、水虫のような鱗屑が十カ所にできていた。医師から掌蹠膿疱症だといわれている。痒みはない。足底にも同様の症状があったが手掌ほどではない。

実をいうと私は不勉強でこの時まで、この疾患を知らなかった。早急にネットで調べると、「原因不明だが免疫系に問題があり、感染性ではない」という内容だったので、とりあえず安心して施術することにした。

掌蹠膿疱症は、皮膚病であり、手掌や足底に圧痛硬結はみらないので、刺絡を思いついた。アトピー性皮膚炎に対して、局所の刺絡が効果的な場合があるので、本症にも両手掌からそれぞれ十カ所程度刺絡し、紙絆創膏で止血した。

1週間後再診、水虫様のカヒは半減していたので、同様の処置を実施。さらに1週間後来院し、2診目のさらに半分程度となった。しかし以降は来院休止となった。

後日、治療中止した理由を聞く機会があった。患者自身、掌蹠膿疱症に刺絡は非常に効果あることは認めるが、手掌からの刺絡は痛いので、治療されるのが恐怖だったと語った。
あれから約1年後、別人の掌蹠膿疱症患者が来院した。迷わず手掌刺絡を実施した。本例も手掌皮膚は非常に改善したのだが、痛すぎるという理由で治療3回で頓挫してしまった。
手掌部の刺絡は有効だが、痛いのが欠点である。刺絡ではなく、ジャンボローラーのような刺激ではどうなるか、工夫する余地はあるかと思う。 

2.掌蹠膿疱症とは
1)掌蹠膿疱症は手掌、足底を中心に発生する膿疱様の発疹を主徴とする疾患である。

2)皮膚所見:手掌、足底を中心に粟粒大から米粒大の無菌性の膿疱様の発疹が多発。この周囲にIgAの免疫グロブリンが沈着してる。発疹は手背、足縁、足背、四肢、体にも発生するが、乾癬様になるため、しばしば尋常性乾癬と誤診される。

3)本症の10%:胸鎖関節、胸骨と肋骨との間の関節を中心に激しい関節痛(IgAの骨関節部沈着による)
経過:増悪と寛解を繰り返しながら、次第に悪化する。痛みのために身動きができなくなったり、睡眠不足にもなる。

4)ビオチン 
これまで掌蹠膿疱症は、よく分からない疾患の一つだった。なお不明な面はあるが、免疫内科医前橋賢により、ビオチン(ビタミンB7)欠乏症が原因であり、ビオチン欠乏となる原因は、腸内細菌の悪玉菌優位にあるとの研究報告が提示された。悪玉菌優位になる原因には、抗生物質の長期投与、不良な食生活、長期の下痢、ヨーグルト過剰摂取(ビフィズス菌はビオチンを破壊する)などがある。
治療は、ビオチン内服+痒みがとれるまで希釈ステロイド外用薬となる。

5)異種タンパク
食物中のタンパク質がアミノ酸にまで分解される手前の状態が異種タンパクである(まれに歯科金属性の詰め物が唾液と反応してイオン化し、それが表皮や粘膜のタンパク質と結合して異種タンパクとして作用することもある)。とくに肉や卵に含まれるタンパク質は、分解されにくく、その形状を維持したまま腸管に到達し、これが腸内の悪玉細菌の好物となって、悪玉菌が繁殖する。さらに悪玉菌は腸内粘膜を損傷させ、その損傷した腸管粘膜から異種タンパクは内部に侵入しようとする。身体側はこれを異物と判断して、IgE抗体やIgA抗体を多量につくって阻止しようとする。この抗体が悪さをする。 

6)ストレス
ストレスがあれば免疫力低下するので、ストレス対策は種々の疾患治療に有効となる。脊柱や骨盤の左右差を整えたり、項背部の筋緊張を緩めることは、一定の意義はあるかと思うが、これは非特異的作用であり、メイン治療法とはならないであろう。

3.皮膚病と刺絡治療について
皮膚病については分からないことが非常に多く、それ以上に皮膚病の鍼灸というのも分からないことが多い。各所で様々な鍼灸治療が行われているが、治療自体に統一性は見いだせず。どの治療法であっても効く場合と効かない場合があるからである。

こうした状況であっても、皮膚疾患に対しての刺絡は、ある程度の有効性が見込めるもと考えている。刺絡には、血行改善のほかに毒素排出の意味がある。アトピー性皮膚炎に対して刺絡治療が行われており、これも効くことも効かないこともあるようだ。この場合、毒素とは蔡篤俊医師によれば、異種タンパクだということで、湿吸治療には、異種タンパクを排泄する作用があるという。

アトピー性皮膚炎が抗体産生過剰+皮膚セラミド異常という2つの問題をかけえるのに対し、掌蹠膿疱症は症状部位も限定され、抗体産生過剰のみ問題と捉えられる。これはアトピーに比べ、治療しやすいのではないだろうか。 

筆者の行った治療は、手掌への刺絡を数回のみであり、1回治療でも効果がみられた。出血量も少なかったので、異種タンパク排泄作用はあまりないと思えるが‥‥。掌蹠膿疱症は、アトピー性皮膚炎以上に刺絡が有効なことを経験する。