AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

斜角筋緊張による非整形外科症状(枝川直義医師の治療)

2011-05-17 | 全身症状

1.なおさん注射
開業医の枝川直義(故人)は、筋緊張部位に希釈ステロイド希釈液を注射する方法で、さまざまな機能性の愁訴の治療にあたっていた。このことは、枝川が著した単行本「ドクトルなおさんの治療事典」や医道の日本記事「なおさん」(昭和59年1月号~昭和62年2月号に連載)で知ることができる。とくに後者の「なおさん」は、鍼灸師向けに、ユーモアあふれる文章で書かれていて面白く読める。 
※「なおさん」は、治すのだ、という意味にも「治さない」という意味にもとれ、さらに直義という彼の名前と通ずるところがある。これも枝川のユーモアだろう。

2.頸部筋のコリがもたらす非整形外科症状
枝川が記した項部筋(頭半棘筋・頭板状筋)と側頸筋((前斜角筋・中斜角筋・肩甲挙筋など)の緊張がもたらす症状が多様なことには驚かされる。基本的には、これらの部の筋の圧痛の有無により最終的な治療点を決定している。
斜角筋といえば、胸廓出口症候群の一つである斜角筋症候群がよく知られているのだが、それに留まらず留まらず、非整形外科的症状を生ずることは興味深い。

個々に症状個々に対する治療点を整理するが、項筋をK、側頸筋をSと表記する。
1)耳鳴(一側性):K+S
2)くしゃみ、鼻水:K+S
3)鼻閉:K+S
4)咽痛・微熱:K+前頸部(胸骨舌骨筋、胸骨甲状筋、輪状甲状筋、下咽頭収縮筋など)
5)口内炎:K+S+胸鎖乳突筋下顎部の前縁(顎二腹筋後腹か?)+その前方の頸筋(外頸静脈の走行部) 
6)眼痛、コロコロ感:K+S+側頭筋+肩井穴付近の僧帽筋+肩甲間部筋
7)悪寒(発熱なし):K+肩甲間部筋
8)こじれた風邪症状:K+S+頸前方の諸筋
9)発作性の動悸:K+S+肩甲間部筋
10)期外収縮:K+S+左Th1~Th3背筋

 

 

3.斜角筋のコリを診る体位の工夫
枝川の使うのは、副作用が問題とならないほどの微量のステロイド希釈液であるが、やはりステロイドを入れた方が効き目があるという。鍼灸師は、これを真似できないが、筋を伸張状態にさせた状態で刺針するという促通法を併用することで、これに近い効果が出せると私は考えている。

項部の半棘筋や頭板状筋への刺針は、要するに天柱や風池から深刺するということで、これまでも数多く語られてきた訳で、この技法については、改めて記すまでもないだろう。これに対して、斜角筋への刺針法は、胸廓出口症候群としての神経絞扼障害のほかは、あまり注目されなかった。前・中斜角筋の図を示す。

 

この斜角筋を伸張させるには、トラベル著「トリガーポイントマニュアル」の伸張法が参考になる。斜角筋を診るには、後頸三角(僧帽筋、僧帽筋、鎖骨に囲まれた三角領域)を広げた方がよいので、トラベルは患側の手を尻の下に入れる体位の工夫をしている。その上で健側の手を頭に当て、患者みずから頭部を回転・側屈させて、前・中・後斜角筋を伸張させるという。

側臥位にすると斜角筋自体には刺針しやすいが、伸張状態にはできないので、トラベル図の方法が合理的になる。


特効穴の効き具合の印象(2)-下上半身

2011-05-09 | 経穴の意味

01 △梁丘:胃痙攣、腹痛→動物実験で、大腿神経を刺激すると、胃腸の蠕動運動に影響を与えることができた。なお胃は痙攣痛を起こすことはなく、現代では胆石痛のことだとされる。 
02 △足三里:自然治癒力を高める、食欲不振→動物実験で、深腓骨神経を刺激すると、胃腸の蠕動運動に影響を与えることができた。自然治癒力を高めるとの印象はない。 
03 △裏内庭の施灸:食あたり→私は牡蠣による食中毒となったことがある。裏内庭に灸するも、二壮目から熱く感じた。三壮やったが腹痛変わらず。しかし雑誌(鍼灸OSAKA)の自験例では、確かに効果あったことが報告されている。 


04 ◯三陰交:生殖器疾患→①三陰交がS2デルマトーム上にあることで八髎穴と同様の用途があるが、患者自身で灸できる部位である。
②子宮頸部平滑筋の緊張を緩める。ただし最近の研究では、針による月経痛鎮静 作用は、子宮収縮程度を弱めるのではなく、関連痛の鎮痛によるものだとしている。すなわち脊髄神経の興奮緩和が針の治効理由である。
③三陰交の皮神経支配は伏在神経(知覚性)である。伏在神経は大腿神経の枝で、大腿神経は腰神経叢(L1~L3)からの枝である。腰神経叢からは腸骨下腹神 経や腸骨鼡径神経が出て、鼡径部や下腹部を知覚支配しているので、これらの痛みにも有効なことが予想できる。
④妊娠初期に三陰交刺激は禁忌となっている。これは、子宮頸部を緩めることで、堕胎につながるのではないだろうか。 
05 △至陰:逆子→施灸すると数時間、子宮体部の緊張が緩む。この間に自然に逆子矯正できる余地が生まれる。このチャンスを生かせないと効かない。 

 

06 △裏内庭:食あたり→直腸~下部大腸あたりの平滑筋の緊張を緩める効果。八髎穴と同様の効果だが、患者自身でできる部位である。
07 ×照海・復溜:足冷→足冷者の、冷えている足部へ刺針施灸しても効果がない。健常 者であれば軸索反射が起こり血流改善にもなるが、その機構が働かないのが、そもそも の足冷の原因である。 
08 ×築賓:下毒→下毒穴として、沢田流では肩髃や築賓が知られているも実効は乏しい。
09 ×地機:糖尿病→地機に針灸するだけで糖尿病が改善できれば、誰も苦労しない。 
10 △血海:不妊症、生理痛、子宮内膜炎→大腿神経刺激なので、結局は腰神経叢刺激になる。治療効果としては仙骨神経叢刺激である三陰交の方が勝る。


11 ◯委中刺絡:腰痛→膝窩静脈の血流改善により、二次的に腰椎周囲の血流を改善する。
12 ×光明:眼精疲労→下肢にある光明穴が、なぜ目に効くのかは、名前からの連想であろう。
13 ◯足臨泣・太衝:頭痛→上衝タイプ(のぼせて赤ら顔)の非拍動性の強い頭痛には、太衝や足臨泣などの足指間穴への置針(実際には足指間の最大圧痛部を刺激)は効果がある。弱い頭痛では効果がない。 
14 △条口:五十肩→条口から承山方向への深刺。肩甲骨内旋筋の筋緊張を緩めることで、肩甲骨上方回旋の可動性を改善するのであって、肩甲上腕関節の可動域制限には、あまり効果ない。 
 


   


   

 


特効穴の効き具合の印象(1)-上半身

2011-05-04 | 経穴の意味

 針灸治療には特定症状に有効であるとする特効が伝承されている。特効穴を実際の針灸臨床に使ってみると、効くことも効かないこともある。臨床経験が長くなるにつれ、効きそうもないツボは、初めから使わなくなってくる。
 ところが成書では、何も進歩しないまま、百年一日のごとく特効穴が羅列されている。針灸臨床の初心者は各人が、一つ一つ自分で確かめて一喜一憂せざるを得ないわけで、いつまでも知識の蓄積ができない。大いなる時間の無駄である。
そこで上半身と下半身の2回に分け、代表的な特効穴について私なりに、 ◯=効く △=効くことがある
×=まず効かないのランクづけをすることにした。ただし私見であることをお断りしておく。
特効穴が症状部近隣にあるもの、体幹部にあるものは省略した。

01 ×尺沢:咽頭痛  
02 ×孔最:肛門疾患 
03 ×温溜:歯痛 
04 ×曲池:糖尿病、皮膚病。沢田流では下毒穴として、曲池・臂臑・肩グウ・築賓などが 知られているが、 その根拠は伝わっていない。皮膚の痒みに対して、下毒穴への施灸は、自分の経験では効果があった試しがない。
05 △人迎の置針:血圧低下→反射的kに血圧降下の程度起こるが、せいぜい10~20mHg
程度であり、その効果も持続しない。安くて安全な降圧剤が入手できる以前の昔には有用 だったかもしれない。むしろ人迎は、咽痛に効果ある。

06 ×少海:耳鳴 目の充血  
07 ×陰ゲキ:狭心症 心悸亢進症 
08 ×神門:狭心症、ヒステリー、神経衰弱、便秘→心経の原穴である神門は、「神」が 出入りする重要な門という意味がある。古代中国人の考えた「心」とは、 私は現代でいう大脳辺縁系のことで、情動本能を 主る機能があると考えている。(大脳新皮質の思考力や想像力は肝、運動機能中枢と伝導路は脳)。このような点から、ステリーや神経 症が主治となるようだが、実際の効力には乏しい。気が滅入る(気欝)になると腸管の気の通りも悪くなり便秘もするが、この便秘に対しても神門の灸は、実際にはほとんど効果ない。

追伸:平成23年5月15日に行った勉強会の席上、参加者2名の先生から、便秘に澤田流神門の灸(3~5壮)が効く確率は5割程度あるという意見があった。施灸直後に排便はないが、1週間後の再診時に聞くと、あの晩に排便があったと報告するという。ただし治療作用は、1回の排便のみだとのことで、根本的な便秘症が治るわけではない。

09  △少衝:人事不省 狭心症→指先強刺激であれば覚醒作用もあるだろう。狭心症に対 しては、手のどの井穴からもよいが、本来針灸不適応である。 
10 ゲキ門:肋膜炎 喀血 心臓病 

11   ◯内関:乗物酔い→海上自衛隊では、乗り物酔い防止として内関あたりに磁気を貼るという。横隔膜の緊張を緩める作用があるので、心疾患・吐きけ止め・シャックリに適応がある。 
12 ×中渚:頭痛、耳鳴→中渚への置針は、耳鳴りに効果あるという者もいるが、効いた  試しがない。
13 ×左陽池:自然治癒力を高める→「三焦は原気の別便」(難經)とされ、陽池は三焦 の原穴ということで、澤田腱は三焦主治の最重要穴として重視した。また人身の右を陰 となし左を陽となすとする素霊の説から、左陽池に灸した。しかし沢田健に師事してい た代田文誌先生も、装飾的だとしてやがては使わなくなった。     
14  ◯
和リョウ:眼科疾患→側頭筋緊張を緩めるので眼精疲労に有効
15  △耳門:耳鳴→耳鳴りには無効。しかし顎関節部に位置し、顎関節症や顎関節症に随 伴した耳鳴には有効なこともある。


16  ◯腰腿点:腰痛→治効機序は不明だが、効くことが多い。効果持続時間は短い。
17  ◯身柱:疳の虫→身柱の灸は、ちりげ(散り気)の灸という別名がある。疳の虫とは、不機嫌で心身落ち着かない状態(=小児神経症)で、とくに顔面部の興奮状態をいう。気が頭顔面部に集まった状態で、これを散らす役割が、ちりげの灸である。頸部交感神 経緊張状態を緩める効果であろう。
18  ×ア門:脳溢血で舌に障害のある言語障害(施灸) →中国文献では有効だというが病   院針灸以外、行う機会がない。構音障害の治療は、現代医学では非常に困難である。 
19  △百会:不眠症、肛門疾患、蓄膿症、肥厚性鼻炎→百会は鎮静作用、前頂は興奮作用 がある。百会に灸すると開眼していてもリラクセーションを意味するアルファ波が出る(筑波 大報告)。鼻炎の針灸は、鼻粘膜を支配する三叉神経第1枝を興奮させることが根拠と なっているので、前頂よりも上星やシン会の方が効果がある。