AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

肥満の耳針治療(耳針その2)

2021-12-17 | 全身症状

耳のツボでやせる方法は、いまから50年以上前にわが国で流行した。中国の耳チャートを用い、両耳介の飢点・口・食道・嘖門を刺激するものだが、発表されたデータに信憑性がなく経営重視だったので、もうオワコン(廃れた内容)だと思っていた。この内容については、<効果のない耳ツボダイエットver.1.3>2021.8.19 付の当ブログで発表済なのだが、これが早合点だった。

向野義人氏が科学的方法論をもって長らく痩身耳鍼の研究を続けたことが発端となり、今日では研究施設や大学ベースで科学的分析による研究が続けられていることを最近になって知り、かつての私の思い込みは誤りであることが判明した。冷汗三斗である。中国のように、ある日突然耳針チャートを発表し、このチャートに従って針治療をすれば、<診た、やった、効いた>という論法では、科学的とはいえない。まあこれは頭鍼法、手指針法の方向性でも同じことがいえるだろう。
今日の研究はノジェの方向性を追求するもので、中国の耳針療法とは異なっている。

なおこの稿をまとめるにあたり、最も参考にしたのは次の記事であった。尾崎昭弘、向野義人 他「耳鍼に関するこれまでの研究展開 ここまでわかった鍼灸医学・基礎と臨床の交流」第55回 全日本鍼灸学術大会 全日本鍼灸学会誌2006年56巻5号。 


1.ポール・ノジェによる耳鍼法の誕生


ノジェがリヨンで開業していた時、複数の患者の対輪(or対耳輪)に瘢痕を見つけた。これは古くから地中海沿岸に伝わる座骨神経痛の民間療法として行われているもので、対耳輪を火箸で焼灼する瘢痕だった。ノジェがこの方法を追試してみると同様の効果が出た(1950年)。  このことから耳介の対輪は人体の脊柱に相当し、その上の方が尾骨部で、耳垂部が頭部に相当する。
座骨神経の治療点が対耳輪の上の方になると推察した。

 ノジェは耳介刺激の法則性を探っていたが、1953年、ついに胎児に類似した人体の投影が存在することを発見した。これは「人体投影仮説」と呼ばれている。人体投影仮説は発生学を基礎としていて、耳介が人体の発生の段階で、外・中・内胚葉3分化を始めた初期段階の人体区分の特徴を併せ持ち、耳介に胎児に類似した人体の投影が存在するという考え方。耳のような狭い器官に3胚葉を区分することは、何を示唆するものだろうか。
内臓の迷走神経反応は、基本的に内胚葉として耳甲介腔に出現するとした。耳介の外胚葉や中胚葉の臨床応用は不明。

 

上に示した中国の耳介チャートはノジェのものとよく似ているが、異なっている部分のある。最大の違いは、ノジェは心臓反射点を発生学的見地から中胚葉領域に定めているのだが、中国式耳介チャートは、解剖学的位置関係として、耳介肺区の中央(すなわち内胚葉領域)の位置に心臓をもってきているのである。後年、中国はこの矛盾に気づいたためか、心臓反射点を消しており、心臓反応点が描かれていないチャートも多くなった。


2.耳介刺激の治効機序


耳介迷走神経刺激 → 肥満遺伝子、白色細胞組織であるレプチン発現 → 摂食抑制・脂質代謝改善 → 体重減少       
 
以上の作用機序から痩身耳鍼の治効理由を説明している。体脂肪から分泌され、食欲抑制作用のあるホルモンにレプチンがある。血中内にレプチンが入ると、視床下部の摂食中枢がレプチンを感受して満腹感が得られるので食欲抑制される。

 

耳鍼をすると、 塩に対する感受性が高まる者が多い。普段から塩味に鈍感な者は、塩の摂取量が多いので、水分貯留が起こっている。耳鍼をすると、塩分摂取が減ることで、利尿が起  こり、体重減少につながるという。
以前は、迷走神経支配内臓は、口鼻~咽喉~食道~胃とされていた。しかし最近、迷走神経枝は小腸や大腸まで伸びていることが判明した。
耳介肺区の皮内鍼によって、痙攣性便秘が改善すると向野義人が主張する根拠が見つかった。

耳介は身体から突き出た部位だる一方、帽子や衣服で覆われない場所なので、本来ならば凍傷になりやすい。しかしながら迷走神経が分布していることで内臓と同様、温度があまり下がらないような工夫がされている迷走神経の枝は主に内臓に広く分布しているがそれは身体の深層であって、針で選択的に刺激することはできないのだが、耳介は例外である。耳介は迷走神経耳介枝が分布していて直接刺激できる部位である。
緊張した時や恥かしい思いをした時など、耳介の血流が増えて赤くなり温度が高くなることがある。これは高くなった脳深部温度を放熱させて下げる目的がある。

耳介鍼刺激のヒト体重に及ぼす検討では、約70%の健常者に有意な体重減少を認めた。軽度~中等度肥満者(BMI26-28)では、95%以上の被験者3~6週間にわたる両側耳介刺激で明らかな体重減少を示したという。
なお耳鍼に食欲減退の効果が示される中、現在までに禁煙・麻薬中毒に対する耳針効果のエビデンスは得られていない。
 

3.向野義人氏の耳鍼痩身の方法 
   
耳介迷走神経支配領域の片耳の肺区に2本皮内針を入れる。1週間後に針をはずし、他方の耳の肺区に皮内針を入れる。このように左右の耳介を交互に刺激する。自律神経は両側支配なので片側刺激だけで十分効果があるという。一側に置鍼している間、もう一側の耳介は休ませておく。この方法により長期に衛生的に管理できる。向野氏は、一連の研究により次の結論をも導き出した。

①食欲は減少するが、痩身耳針を謳うほどの効果はない。
②痙性便秘にも効果ある。この作用は耳介神門と肺区に同様の効果がある。

 

 

4.小林良英氏の方法(小林良英:耳針法 耳針法の近世の集成、日良自律11号 より)

小林良英医師は、ノジェの門下生であるM.H.チョー (アメリカ在住医師)との討論会で次のことを確認した。
耳輪脚に沿って、その尖端の下ったところに少しクボミがある。これを「0(ゼロ)点」と仮称する。他の一つは外耳孔の上部内側部に「M84口」というツボがある。この2カ所に置鍼する。
ゼロ点部は迷走神経の分岐の集まるところで、その部を刺激することによって迷走神経が抑制される。このゼロ点とM84口の2点に中国製の円皮鍼(日本のものと比べて太くで長い)が皮内針を用いて絆創膏でとめている。1週間に1回取り替える。


5.窪田丈氏の耳鍼痩身治療


 通称クボタ式耳鍼は中国耳介チャートの口~上部消化器に相当する部分に、片耳6本と飢点、渇点を加えた計8点(両側治療で計16点)に皮内鍼・円皮鍼刺激を置く。一回治療で左右両方の耳に施術する。週に1~2回鍼を交換する。
片耳の耳甲介腔を鍉針などで押圧し、圧痛点を探る。鍉針を擦るように探すと、反応穴部の皮膚が凹む部がある。凹む部を数点見つけ、ここに皮内鍼をする。片耳あたり3~4本刺入。

私はクボタ式の幹部格に相当する先生に、クボタ式痩身耳針の施術していただいた体験をした。一度に計16本の皮内針や円皮針を入れたので、治療してもらった感は十分だった。その晩、酒を飲みに出かけたが、すぐに顔がほてり飲酒量が減ったことを記憶している。

※最近私は、40℃くらいの湯で温めた鍼管で、耳甲介腔全体をこする刺激を始めてみた。ライターで針管を熱するようすると、適温に加熱するのが難しい。患者自身が自宅でもできること、1日何度も手軽にできること、感染の危険性がないことなどのメリットがある。この評価には、しばらく時間がかかりそうである。

 

 

 

 

 

 


タナ障害の手技療法 ver.1.1

2021-12-17 | 膝痛

60歳女性で、片方の膝を曲げる度にバキンバキンと骨が折れるのではないかと思うほど大きな音がするとのことで来院した。タナ障害と診断したが、治す方針がたたず四頭筋をゆるめるような施術や四頭筋を鍛える運動法の指導をしたが、意外なことに3回治療2週間程度で自然に音がしなくなってしまった。以前に診たタナ障害は半年程度治療が必要だったので、これはうれしい誤算なのだが、反面残念でもあった。というのは、今度来院した時、試してみようと用意していた運動法があったからだ。今回、その運動法を紹介する。

1.タナ障害の概要


1)タナとは何か                                                                        


膝関節は発生途中でいくつかの滑膜による隔壁で分割されているが、生下時には単一の関節腔となる。この滑膜隔壁のなごりを滑膜ヒダ(=棚 タナ)といい、この障害をタナ障害(=滑膜ヒダ症候群)という。成人でも約半数の者の滑膜はヒダ状になっている。これがタナだが、押圧しても痛まない場合、治療の対象とならない。タナの存在自体は障害の原因にならない。

これまでタナ障害かもしれないと思った病態を何例か診てきたが、もうひとつ診断に確信がもてなかった。タナのイメージがつかめない。まあ,
が独学の悲しさ。そういった思いでいた時、何となく自分の右膝蓋骨の内下方縁の下方一横指の部の大腿骨関節面を指頭で圧をかけながら上下に動かしてみると、圧痛はないがグリグリとした可動性のある膜を触知できた。タナとはこのことなのかと思った。ただし圧痛はないので悪さはしていない模様。


2)病態生理と症状
   
軽微な外傷(打撲や捻挫など)や膝の過使用によるタナの慢性反復刺激により、滑膜ヒダが肥厚し、膝の曲げ伸ばしの際に関節の間に挟まったり摩擦されたりして炎症を起こすことがある。これが誘因となって、膝の屈伸でタナが膝蓋骨と大腿骨間に挟み込まれた時、バキッという音(必発)が生じる。痛みを伴う場合、「タナ障害」と診断される。確定診断は関節内視鏡による。

 

 


3)タナ障害の整形治療                                              

保存的治療が原則。鎮痛剤、温熱療法、大腿四頭筋のストレッチを指導(筋力増強を目的としてない)。これで改善しない例では関節鏡視下でのタナ切除術を検討するが、関節滑膜切除の外科手術に至るケースはまれ。


2.治療院でのタナ障害の運動療法

 
1)関学氏の運動療法

 

関学氏(柔整師)は、独自のタナ障害改善の運動療法 を考案した。
  
①立位、痛い側を前にして股を大きく前後に開く。

②患側の下腿と床は直角(上体は前へ行き過ぎない)。膝を軽く屈曲。健側の後足は踵を浮かす。この時、患側の大腿軸の延長上に膝蓋骨が位置するようにする。膝蓋骨が内旋(内側に寄る)しないように注意する。
③両手指を重ねて膝蓋骨の上を押さえ体重をかける。この時腰をやや低くし、上半身の重体重を乗せて前方に移動する。(膝を後に引かない!)
④後足を半歩前へ移動。再び③の動作を実施。③④の動作を1回として、計5回実施。
⑤直後からひっかかり感が軽くなることが多い。2週間は集中的に行わせる。
   
日常生活の中にも、こうした動作を組み込み、何回となく行うようにすること。

2)私の考察

 
この運動は四頭筋の筋力強化を目的とせず、膝蓋骨を足方向に強く圧迫することで、大腿四頭筋を伸張しているようであった。この筋が伸張すると、膝の曲げ伸ばしの際にも、膝蓋骨間に挟まったタナに加わる力が減少すると思えた。


このアイデアは、かつて代田文誌が昭和8年に発表したバネ指に対する運動療法に似ていると思った。以下は専門書で調べた内容。


屈曲した指関節を補助することなく自分で再伸展できるのであれば、鍼灸治療効果が期待できる。手関節掌側部の腱(深・浅指屈筋腱)
のところを、術者の母指で強く圧迫し、その状態で患者に指を全力で十回~数十回屈伸(グーパー)するよう命じる。
すると今まで自力では屈伸できなかった指が、突然に自力で屈伸できるようになる。

     
関学氏はこれと同じことを大腿四頭筋で実施しているのではないだろうか。膝蓋骨と大腿骨間に絞扼されたタナ部を、A1輪状靱帯で絞扼された腱腫瘤と同じような病態だと考えることにする。大腿四頭筋は強大な筋力をもっているので、両手で四頭筋の停止部を圧迫しつつ、同筋のストレッチをするのでなければ間に合わないのだろう。

3)小野寺文人氏の解釈

本ブログに対し、勉強会等でいつも協力していただいている小野寺文人氏から、コメントを頂戴した。専門書で調べた結果で、その通りだと思うので、以下に紹介する。
 「膝関節のトランスレーション・大腿四頭筋を含む前方組織の拘縮は、大腿骨を後方に変位させ半月板後節や滑膜に剪断力が加わる。後方組織の拘縮は大腿骨を前方に変位させ、半月板前節や膝蓋脂肪体に線弾力が加わる。つまり「オスグッドは膝への誤った体重負荷により、脛骨が前方にずれて膝関節の位置がずれてしまう結果」ではなく、「大腿四頭筋を含む前方組織の拘縮は大腿骨を後方に変位」することにより、脛骨が前方にずれているように錯覚するのではないでしょうか。要するに病態の中心となるのは、大腿四頭筋に問題があるといえるらしい。

ただし、実際の手技を行う場合、たとえ話として「脛骨を下に押し込む」というのは、妥当な表現だろう。