NA現代針灸治療

NAとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

慢性気管支炎と気管支喘息に対する治喘の強刺激 ver.1.1

2022-05-21 | 胸部症状

2006-04-08 01:48:16

1.慢性気管支炎の概要

気管支炎には急性と慢性がある。ただし急性気管支炎は医療機関での治療が効果的なので、針灸で取り扱うのは慢性にほぼ限られてくる。なお慢性気管支炎の診断は、検査数値では決まらない。主訴が咳嗽・喀痰であり、「痰の多い状態が年(特に冬場に)に3ヶ月以上毎日あり、2年以上続く場合」と定義される。
慢性気管支炎の病態生理は、文字通り気管支の炎症で、気管の改変が起こり、気管支の粘液分泌過剰となる状態である。40才以上の喫煙者に好発。
なお慢性気管支炎・肺気腫・気管支炎は呼吸通路の狭窄による呼吸障害という点で共通性があり、一括して慢性閉塞性肺疾患(COPD)とよばれる。

気管支拡張症との鑑別:咳嗽・喀痰は気管支炎と同じ。多量の痰と血痰が特徴。慢性気管支炎は気管支全体の破壊なのに対し、気管支拡張症は中等気管支の変性拡張。
肺気腫との鑑別:老人男性の喫煙者に多いという点は慢性気管支炎と同じ。ただし肺気腫の主訴は息切れで、樽状胸郭を認める。肺の老化現象で、肺胞壁の破壊により、終末気管支以下の肺胞壁が以上に拡大し、縮まない状態。


2.気管支喘息の概要

気管支粘膜が炎症を起こして腫脹している状態がベースにあり、わずかな刺激で気管支痙攣と浮腫を起こし、咳・喘鳴・呼気性呼吸困難を起こす疾患。35才以下に多いのが外因性(アトピー性)で、35才以上に多いのが内因性(感染性)である。
内因性の方が難治である。

喘息様気管支炎との鑑別:本来が気管支炎であり咳嗽喀痰が主。しかし気管支からの粘液分泌増大し、喘息様の呼吸困難があるかのように見える。小児に多い。風邪の二次感染で生じ、治癒しやすい。(本症を小児喘息と判断して針灸を行うと、針灸治療成績が極端に上昇する誤りを犯す)

心臓喘息との鑑別:左心不全が進行すると左心に溜まった血液を拍出する力が弱まり、結果として肺鬱血状態になる。また血液中の水分が肺に浸出(=肺水腫)して息切れや呼吸困難が生ずる。とくに夜間は全身に貯留した体液が血管内に戻り、循環血液量が増えるので心臓に負担がかかり、夜間発作性呼吸困難を生ずる。この別名が心臓喘息である。心臓喘息は呼気吸気性呼吸困難であり、サラッとしたピンクの泡沫状痰を呈する。気管支喘息は呼気性呼吸困難を呈し、無色透明のネバッとした痰が出る。


3.慢性気管支炎と気管支喘息の現代医学的治療

両者とも対症治療となる。慢性気管支炎で、痰が出る時には去痰剤を、呼吸が苦しい時には気管支拡張剤を、熱がある時は抗生物質を投与。タバコをやめさせることが重要。気管支喘息は、気管支の炎症を抑え喘息発作を予防する目的で、必要十分な量の吸入ステロイドを使用。それでも発作が起きた場合には気管支拡張剤を使用する。


4.慢性気管支炎と気管支喘息の針灸治療

1)針灸の需要
慢性気管支炎を医療機関でも治すことは難しいが、コントロールは可能なので、針灸の需要はあまりない。一方気管支喘息に対しては、20年ほど前までは盛んに針灸が行われたのだが、現代医療の進歩により、吸入ステロイドを使用するようになってから、針灸来院患者は激減している。

2)針灸の方法
肺と気管支は副交感神経優位内臓であり、交感神経優位臓器と異なり、理論上は臓器関連のデルマトームに異常所見は検出できない。
副交感神経優位の時に症状が悪化する。現代医療でも症状増悪時に、気管支拡張剤(交感神経刺激作用)を使うように、針灸でも身体全体として交感神経優位にすることが治療となる。針灸治療は、交感神経緊張を緩める(=リラクセーション)のイメージが強いが、ここでの治療は交感神経緊張を亢める(=リフレッシュ)治療が必要となる。
たとえば入浴でリラクセーションには、ぬるめの湯に長時間つかるのがよく、リフレッシュには、立って熱いシャワーを短時間浴びるのがよい。また咳を鎮め、痰を排出させやすくする方法として背中を強打することは日常よく行われることである(逆に、悪心ある者に対して嘔吐を促すには背中をさする。これは副交感神経優位にして胃の逆蠕動を誘発させる)。
針灸も同様で、リラクセーションには伏臥位や仰臥位での置針法がよく、リフレッシュには太い針や熱い灸の短時間刺激がよい。

強刺激という立場から治療点はどこでもよいが、星状神経節を刺激する目的も兼ねて、座位にて大椎や治喘を刺激するのが適切である。具体的には中国針を用いての速刺速抜を何ヶ所か行い、灸ならば小豆第大の艾しゅ5壮である。淺野周氏は、温灸用モグサをつかっての透熱灸を推奨している(「北京堂」ホームページ)。

注意すべきは全体としての刺激量である。強刺激の治療は、あっさりと5分間程度で終わらせるべきで、これを越えると刺激量過多となる。治療直後は、よく効いて感謝されても、その晩に悪化して信頼を損ねかねない。これは新人針灸師がよくやる失敗でもある。

刺激を与えている最中は深呼吸をさせると促通効果が得られて治療効果が増す。喘息の誘発因子が肩こりのこともあり、肩こりのある者では、この治療も併用した方がよい。 

5.追加:大椎を冷やす道具(2022.5.21)

喘息発作時には大椎や治喘・定喘に強刺激を与える治療が効果的なことが知られている。喘息発作時は副交感神経優位状態であり、患者は起座位になると呼吸が楽になる(交感神経優位に誘導)することを患者が無意識的に自覚しているからである。老人に多いことだが銭湯で熱い湯船に入る際、その湯を桶ですくって自分の頸肩に何杯もかけたものだった。これにより交感神経優位に誘導すると熱い湯船に入ることができるようになる。

これと同じ理由で、暑い時期に涼む方法として、大椎あたりを冷やすことが知られている。ただ冷やすといっても冷やした濡れタオルでは、すぐにぬるくなってしまう問題があった。本日ネット検索をしていたら偶然に大椎あたりを冷やす装置(レオンポケット3)がソニーから発売されていたことを知った。板状の半導体熱電素子の一種であるペルチェ素子を使うもので、ある方向に直流電流を流すと、素子の上面で吸熱(冷却)し、下面で発熱(加熱)する。ただし冷却効率は低いのでワインクーラーにはよいが冷蔵庫に使うには力不足である。ペルチェ素子の金属板を直接ちょうど大椎あたりに接触させることで涼感を得るというアイデア商品だが、ソニーが販売しているので驚きだ。これも大椎刺激の効果にお墨付きを得た感じ。








箱灸の自作 ver.1.2

2022-05-20 | やや特殊な針灸技術

本記事は2013年に発表し、2022年5月に一部修正した。

代田文彦先生は、質問に答える形で、「灸頭針は手間の割合に効かないネ」と漏らしたことがあった。灸頭針を日常の針灸臨床に取り入れるには、燃焼中の艾の落下や、煙やニオイの問題を考慮するなら、ハードルが高いものとなる。現在では灸頭針に代わり箱灸が普及してきたようである。置針した上から箱灸を行うことで灸頭鍼の代用となるかもしれない。箱灸であれば、艾の落下の危険性はないし、艾に炭化艾を使えば煙の問題も解決できる。

箱灸、心地よいということで患者受けがいいようで鍼灸治療院経営の手段としてはいいのだが、はたして治療効果という点ではどうなのだろうか。

これは実際にやってみなければ分からないということで、私も箱灸治療を開始してみた。箱灸は市販品もあるが、試作品ということで簡単に、かつローコストで製作することを心がけた。箱灸時に使うモグサの熱量と、箱灸の密閉空間の大きさの関係は本来ならば、いろいろ試作品をつくって最も適切なものを採用すべきだろうが、今回は一発勝負で行った。それにしては最大温度、加熱持続時間、心地よさなどすべて適切にいった。

本原稿は、多くの鍼灸の先生にご覧頂き、実際に制作している方も多くいることに驚かされた。お互いに頑張ろうという気になり結構なことである。

1.箱灸の製作

1)金属網:既製品の流し用の金属網。直径13.5㎝、深さ4㎝(100円)
この「流し金属網」はロングセラー商品で、いつでも入手できる。

2)木製外箱:既製品の物入れ用の木箱 外寸:縦18.5㎝ 横12.㎝ 高さ8.5㎝(100円)  
3)金属網を載せるため、木箱の底中央を、10.5㎝×10.5㎝カット。
4)木製フタ:既製品直径18㎝の調理用の木製落としぶた(100円)。この両サイドをカット。箱の幅に合わせて横12㎝とした。

5)熱が加わる部分にアルミホイールを巻き付け、アルミ粘着テープ巻き付け。
 以上で基本的構造が完成。制作材料費ほぼ300円。

6)箱灸に使用する艾は、初めは灸頭鍼用モグサを固く丸めて使ったが、すぐに燃焼終了してしまうので、中国棒灸を長さ1.5~2㎝程度にカットして使用。一度に2個燃焼させると適温となる。燃焼時間も10分間程度と丁度良い。
中国棒灸は1本約21㎝で、約80円。これを12カットに切った。1度に2個使うので、1回のコストは13円程度。

 

 

上の写真では、ヤニ汚れを簡単に拭き取れるように、粘着アルミテープとアルミホーイルをクリップ止めしている。ヤニはアルコール綿で簡単に拭き取れる。頑固なヤニは、マニキュア除光液を使えば取れる。使ってみて分かったのは、クリップ止めしたアルミホイールは必要なかった。その代わり蓋の裏側にも粘着アルミテープを貼っている。

 


2.箱灸の改良


この箱灸を何回か使ってみて分かったことは、箱灸の長辺が長すぎるために、箱灸を患者の腰や背中に置くと、グラぐらつき、両サイドに空間が空きすぎるということが判明した。箱の長辺を短くするのは大変なので、箱の長辺に山型の切れ込みをいれると安定感が増した。また両サイドを板で塞ぐことで熱が逃げない工夫をした。

箱灸製作の要点は、①モグサと皮膚との距離が6㎝前後であること、①皮膚に開放した箱灸面は、10㎝×10㎝前後だということらしい。
以上できあがってみると、いかにも図工作品のようなので、見栄えをよくするため、カラースプレーでチョコレート色に塗装した。


3.箱灸の使用感

1)しっかり加熱すると症状が改善すると思える患者数名に対して、臍部、仙骨部に箱灸を実施すた。その際、置針した上から箱灸をするので、灸頭鍼に近い治効が得られると思う。概ね患者は「気持ちが良い」というが、1名は家に帰ると具合が悪いので、今後使いたくないという者がいた。高齢女性で、強いて言えば熱証に属するためだろうか。またストレス性頻尿の患者に使ったが、頻尿自体に改善はみられていない。


2)「治療した晩はポカポカと腰が温まって、患者はどうしたワケかと不思議に思ったが、そういえば本日は箱灸したので、それが理由か」と、次回来院時に私に申告した者は2名もいたことには驚いた。要するに長時間温感が続くらしい。これは一般的な赤外線照射10分間では起こらないことである。箱灸は、赤外線ではマネできない価値をもつ治療手段であることを思い知った。


3)全体として箱灸の使い勝手は悪くないが、従来の治療にプラスする形で箱灸を使うとなれば、どうしても治療時間は長びく。私が鍼灸治療に要する時間は、ほぼ30分程度としているので、これに箱灸の時間が追加することは苦痛である。いくら患者受けがいいからといって、万人にやるわけにはいかない。あくまで「冷え」に対する治療手段として限定的に行うことになるだろう。


4.箱灸に使うモグサについて

秋頃から箱灸を使い始めたが、その時は直径1.5㎝、長さ21㎝の中国押灸をカッターで16等分し、一個の長さを1.3㎝程度とした。一度にそれを2片づつ使って温めた。これで10分強は温熱が持続した。室内が煙くなったら、窓を開けたり換気扇を回したりして室内の換気に努めた。



しかし冬になって室温が下がるので、この方法はとれなくなった。コスト高になるが、煙の出ない炭化灸(商品名は温暖、
釜屋製品)を使うことにした。ちなみに、480個で11,130円(税込)だった。温暖は、直径0.7㎝、長さ一個一個が小さいので、熱量も不足しがちなので一度に3個使うことした。それでも煙が出ないので、いつ燃焼終了したのかも分かりづらかった。苦肉の策として、現在は押灸片1個、温暖2個を使用することに落ち着いている。押灸片を併用しているのは、コスト削減と燃焼状況モニターのためである。 
 本稿とは別に、「箱灸2号機の自作」2016/10/17 10の記事がある。

 

 

 


石川日出鶴丸著 「滑伯仁ノ『十四経絡発揮』ノ現ハレルマデ」の要点 ver.1.7

2022-05-17 | 古典概念の現代的解釈

本書は石川日出鶴丸が、針灸を専門とする医学者でない、わが国の一般の医学者に対して、針灸医学の大要を説明するためにまとめられた。本著作は、日本皮電学会発行ということで現在絶版であり、またカタカナ表記であることもあって、読んだことのある者は少ないと思われる。内容は基本的であるが、そうだったのかと感心させられる内容が所々に見受けられた。本稿ではそうした内容を紹介する。

 

石川日出鶴丸 原著 倉島宗二 校訂 昭和51年5月1日 日本針灸皮電学会刊

1.米占領軍の針灸按等医療類似行為禁止令に抵抗した石川日出鶴丸
 
石川日出鶴丸(1878-1947)は、東京帝大医学部を卒業後に京都帝大で教授となり、生理学教室を主催し、そこで求心性自律神経二重支配法則を発見して注目を浴びた。また東洋の伝統医学である針灸についても深い関心を示し、その治効原理と經絡経穴の本態の解明に着手した。その研究は、京都帝大から三重医専校長に移ってからも引き続き展開され、針灸の臨床面まで手を拡げた。昭和18年には鍼灸臨床の研究グループ龍胆会を主催した。龍胆会会員は、主座:石川日出鶴丸、幹事:藤井秀二、郡山七二、清水千里、代田文誌ほか11名という蒼々たるメンバーだった。

 
昭和22年、米占領軍は、日本の医療制度審議会に対し、針灸按等医療類似行為の禁止令が伝えられたが、その一方で米占領軍当局代表者のアイズマンは、著明な針灸研究者として石川教授を選び、針灸の学理的根拠の有無に関して十二項目にわたって質問し、さらに臨床実験を臨検して興味をいだくようになり、代表者アイズマン自らも針治療を受けて満足した。その結果、米占領軍の針灸禁止命令は、再教育の実施という条件つきで解除された。ご子息の石川太刀雄は、御尊父の研究をさらに発展させ「内臓体壁反射」を発見した。

 

2.中国伝統医学の欠点
 
中国伝統医学の考え方を徹底的に学理的に考察すると信用できないものとなる。いろいろとこじつけることもできようが、それは屁理屈にすぎない。実に狭い経験から組み立てた理論をもって、それが妥当性を有するや否やを実験的に吟味しないで無理に一般的に適用しようと試み、理論の権力をもって強制的に押しつけてしまったので、はなはだしい誤解に陥っている。


かくして事実を誤るだけでなく、正常な学問の発達を妨げたことは、その罪のまことに大いなるものがあるが、これに類似することは西洋の医学史の中にも現れている。それゆえに西洋医学はある見方をすると、医学者ではなく理髪者や屠獣者の中から起こったと解されないでもない。

しかし彼らが医学をどうすることもできなかったと同様に、古代中国医学は決して排斥すべきものでなく、之を正しい道に導くように改造せねばならない。それを正しく改造するように読み直すことが、私は中国の医書を読むコツだと考えている。

 

3.陰陽における太陽、厥陰の意味合い 

陰陽にはそれぞれ三段階がある。陽は太陽・少陽・陽明に区分できるが、陽明とは太陽と少陽を合わせた状態であって、陽の全発する姿であるとする。


陰には太陰・少陰・厥陰があるが、ダニエル・キーオン著<閃く經絡>によると、「厥」は側面が開けた山があって、山陰に隠れた太陽が山際から出てくるこさまを示しているという。鈴木達彦らの研究によれば、体内における陰陽の不均衡状態で、外界から導入されるべき気が体内深部に停滞して尽きいる状態で、行き場を失った気は身体の上部や表層に出て発作を起こした状態と考えられている。(鈴木達彦他「厥の原義とその病理観」日本医史学雑誌、第58巻1号、2012)


厥陰とは陰気の最も甚だしい太陰と少陰の合わせた状態で、陰が尽きる状態であるかのようだが、支那の語で「尽きる」とは尽滅根絶の意味ではない。たとえば易に「碩果(せきか)不食」(大いなる樹果ありて食らわず)という言葉がある。手の届くところにある枝に実っている果実は食べられてしまうが、高い枝の先端の実は最後まで食べられずに残っている。この実はやがて地面に落ちるが、やがてその種から発芽して、再びつながって発展していくとしている。

註釈:地球からみて全く太陽光の反射がない月のことを新月とよぶが、中国語でも同じく新月という。上記内容を筆者(私)は次のように図で表現してみた。

 

この内容を、次のような螺旋で表現で示すこともできる。ここでは対数螺旋を使ってみることにした。対数螺旋は自然界にも多く見られる螺旋である。たとえば獲物を捕るための鷹の運動パターン(獲物を一定の角度で見続ける)、水の渦巻、巻き貝など。以下の図は、鈴木学氏の助言を受けて完成させた。

 

※六経弁証による山陰三陽の順番

六経弁証とは、おもに寒冷性の外邪により、疾病が発生するときに用いられ、病が身体のどの深さにあるのかの分類である。病の重さにより陽から陰へと一方向に移行するもので。これによれば、陽明は太陽・少陽よりも陽性が少なく、厥陰は太陰・少陰よりも陰性が多いと解釈している。このような陰陽の基本的概念にも中国医学には統一性がなく、疾患のタイプに応じてどの弁証理論を使うか選択しなくてはならない。

 

4.心包の相火とは 

心を君火とすれば、心包は相火(しょうか)である。相火とは宰相の「相」のことである。元来、宰相とは中国の王朝において皇帝や王を補佐する最高位の官吏を指したのが始まりで、内大臣に相当した地位だった。宰相は戦後に首相という名前に変わった。すなわち相の中の代表が首相という意味である。
「相」のの語源は「木+目」で、「木の種類や樹齢を丁寧に目で観察する」ことからきていいて、それが「人を見る」という意味に変わった。いわゆる人相であって、顔の美醜や好き嫌いではなく、「人間として持って生まれた性格、その後の育ち方、自分の律し方、多くの人を正しく指導できる本質」を見ることをいう。

 

5.心の役割 

心が憂えると心包の相火が宣(よろこ)ばない。心が喜ぶと相火が甚大となる。心は喜憂などの心情の宿るところで、今日の「こころ」と同じ意味である。ただし心は君主のように、じっとしているものなので、心情の変動は心包の働きによっている。ゆえに「心包は臣使の官なり喜楽出づ」と唱えられている。
 
筆者註釈:理性をつかさどるのは脳であって、心ではない。心拍数を変化させる情動こそ心の機能である。なお脳を起点として体幹四肢に至る流れを、nerveといい、解体新書では神経と訳出した。神とは意識のことである。

 

 

6.三焦は「決瀆の官、水道これより出ず」とは

「瀆」には、①水路を通す溝(=用水路)と、②けがすという意味(冒瀆といった表現)の2つの意味がある。これは用水路に、どぶの水を流すことで、汚くするという着想から成り立っている。「決」は、堤防が決壊するという場合の決で疏通するという意味。すなわち 決瀆とは、用水路の水を流すという意味で、それは三焦の役割だとしている。
 
三焦とは体温を一定内に保持する役割があり、体温維持との環境下で初めて他の臓腑の生理的機能が営まれる。上焦は霧のように、中焦は瀝(したたたり)のように、下焦は瀆(≒排水路)のごときという表現がある。

 
筆者註釈:この意味するところは、蒸し器内部を想い浮かべるとよい。上焦である蒸し器上部は、熱い水蒸気に満たされていて、下焦である蒸し器下部には熱湯がある。中焦部にすだれを置き、そこに食物を置けば、蒸されて軟らかくなる。蒸し器で温めるということは、食物の成分が下に滴りおちるので底の湯も汚れていくる。この液体としての水が水蒸気となり、冷やされて再び水に戻るという循環を「水道」とよぶ。水道には水を尿として排泄するという意味もある。

経穴の一つで前腕背面ほぼ中央に四瀆穴がある。四瀆とは、中国に水源を発して直接海に注ぐ四つの大河をいう。すなわち長江、黄河、淮(わい)水、済水のことである。なお中国で単に「河」といえば、黄河のことを称した。水源を発して直接海に注ぐ川(《爾雅》釈水)を指す。四瀆は三焦経にあり、三焦経は水を処理する作用があるとされることから、この名がつけられた。



 

5.白い生命・赤い生命

中国医学によれば、陰陽の気が凝ってできたものが気または血で、気は空気や水蒸気のようにガス状であり、血はこれを凝縮して液体となったものであると定義している。
中国医学でいう血とは、動脈血・静脈血のほかにリンパ液その他の体液をも含めていうのであろう。我々が吸う空気や吐き出す空気や水蒸気も気である。呼気とともに水蒸気が吐き出されて冬季などでは白い霧となるのを見て、中国民族は白い生命と名付けていた。同様に彼らは動脈血や静脈血を見て、赤い生命と名付けていた。血液が全部体外に流出して体内に血液が乏しくなると死亡してしまう。同様に白い生命がでなくなって呼吸運動が止まると死んでしまう。

 
筆者註:現代おける死の三徴候とは、心臓拍動停止、呼吸停止、および脳機能の不可逆的停止を示す瞳孔の対光反射の消失をもって3徴候死としている。(脳死はこの限りではない)

 

 

6.動脈と静脈

 
当時も血管には静脈と動脈の区別があった。ただし現代の意味とは異なり、脈搏を触知できるものを動脈、触知できないものを静脈とよんだ。当時、動脈を流れ出た血液は、砂原に水を注ぐように動脈から身体組織の中に浸みこむと考えたので、心臓へと環流する血液の流れがあることを知らなかった。

栄血衛気(気は衛し血は栄す)とは陰に属する「血」は中を栄(=栄養)して経絡中を運営する。つまり十二経脈の循環路を正しく順に一回りする。陽に属する「気」は外を衛(まも)ることでつまりは皮膚に充つる。衛気は経脈の外を行くもので、しかも昼は陽経を流れ、夜は陰経を流れるという。

 

筆者註:江戸時代後期の医師、石坂宗哲は、解体新書などで西洋の解剖学に初めて触れて自分達が教わった内容と非常に異なることに驚き、気血營衞の「営」が流れているのを動脈、「衛」が流れているのを静脈だという玉虫色の説を考えた。これは西洋医学の理論は、名前は異なっているが、基本的な考えは、わが『内経』の医の道の考え方と大きく異なるわけではないと考えたため。けれどもこれは間もなく否定され、西洋解剖学の方が正しいことに落ち着いたのだった。

 

7.横隔膜の意義

内臓は胸腔臓器と腹腔臓器に分けられるが、その境界を「隔膜」と称した。隔膜は、腹腔の汚れたものが、心・心包・肺の臓まで犯さぬよう遮断する働きがあると考えた。呼吸運動の関係あることは古代中国医学ではあずかり知らぬ知らぬことだた。

 

 

8.十四経発揮が現れる以前の中国医学の歴史

元来、中国では鍼治・灸治・煎薬(=湯液)服用の三種類の治療法があった。ただし素問霊枢の時代では、服餌(服薬+食餌)療法はさほど行われておらず、鍼術のみが盛んに行われていた。治療法中、服餌法は1~2割、灸法は3~4割、残りが鍼治療だった。『内経』は医学理論の基本であり、学説は経脈学が中心だったので、鍼術が医術の根本だったのだ。 湯液が盛んには行われなかった理由だが、その頃は薬物の発見が少なかったので、本草学が進歩しなかったのだろうと思っている。当時の鍼術は、現代の鍼術にとどまらず、外科手術をも含めた内容であって、鍼といえば外科の手術道具の総称だった。
 
現在に伝わる古代九針である鑱(さん)・員・鍉・鋒(ほう)・鈹・員利・豪・長・大の各鍼の中で、前五者が外科刀である。後の四者はいずれも鍼であると記述されているが、これは誤りあって、次のよう修正したいところである。

現在に伝わる古代九針は用途別に次の3種に大別できる。
①皮膚を切開するために破る鍼→鋒鍼・鈹鍼・鑱鍼。これは今日の外科刀に相当。
②鑱(さん)鍼・員鍼 →擦る・押すなど刺さない鍼。
③員利鍼・豪鍼・長鍼・大鍼→今日でいう鍼術に用いる鍼。刺入する用途。


しかるに後世になるほど内科的な医学が進歩してきた。非常に多くの薬品や薬物が発見され、湯液療法が大進歩を遂げた。そのため経絡学によらない療法も続々と現れてきた。当時の鍼術(外科手術を含めて)は危険だったが、湯液療法は鍼術ほどの危険はなかったため、經絡学中心の中国医学は動揺し、時代とともに行き詰まりを生じるようになった。

 

医学書は、時代を下るほど沢山出されるようになた。出版されるようになった。中には『内経』を基礎としないものも現れ、『内経』を基礎とする内容とともに混然として、ただ実際の療法のみを並べ立て、知識を雑然と記すだけになった。無論、立派な本も発行されたのだが、医学が発達するほどに議論が乱雑になり一貫したものがなくなった。

これを整理するための方法として、第一の方法としては雑然とした知識の中から誤ったものを取り除いて、正しい確かな知識だけを選び取り、新しい学理でまとめ上げることであるが、不幸なことに系統的に整列を行って中国医学をまとめ上げようとする者は中国に現れなかった。


第二の方法としては、その頃行われた医学の理論を一つにまとめ上げることだった。この流れから旧来の經絡学的主知主義によって新たなまとめ方をしようという運動が処々に起こりかけた。つまりできるだけ内経の理論に拠ろうと志した。これによって十四経絡の学問がまとまったのだが、それでもまだ充分といえないものがあった。

そこで元の時代の至正元年(西暦1341年)、滑伯仁はこれらの書物とくに素問(骨空論)・霊枢(経脈篇本輸篇)・甲乙経・金蘭循経により經絡兪募穴の詳しい説明を施した。
兪募穴でいう兪とは輸の意味で気血の輸入輸出する中心点とい。募は集まるという意味で気血の集まる意味で、これは任脈を始め胸腹部の陰経において臓腑に当たる経穴をいう。

 

この滑伯仁の著書を『十四経発揮』という。これは手の三陰三陽と足の三陰三陽の十二経と、奇経八脈中の督任両脈を加えて十四経になる。十四経が、とくに発起・揮発させるのが目的だから発揮との名称になった。本書は良書として四方の歓迎を受けることとなり、後世人にまで愛読されることとなった。私は雑然たる医学を纏めるために在来の学説の膠着した滑伯仁の努力を否定するものではないが、前述した第一の方法を選ぶべきだと思う。 滑氏の態度では、学説の進歩というものがまったくないからだ。


筆者註:『黄帝内経』が原点となり、時代を経て新たな知識が加わってその改修版が多数現れ、逆に何が正しいか混乱状態となった。そこで改めて原点に立ち返って、『黄帝内経』の理論に戻って共通理解を得たということだろう。『十四経発揮』は、現代では古典鍼灸入門の定番だが、種々の力関係のせめぎ合いを良しとせず、基本的合意部分を整理した内容ということだ。十二正經に奇経であるはずの任脈・督脈を加えたことで基準線を得ることとなり、経穴を学習しやすくなったとはいえよう。

主知主義とは、人間の精神を知性理性・意志・感情に三分割する見方で、知性理性の働きを 意志や感情よりも重視する立場のことである。本稿では、観察や実験的手法によらず、頭の中だけで組み立てられた思想といった意味合いで用いられていると思う。

 

 

 

 

 

 


片頭痛に対する知見と鍼灸治療の考察 ver.1.1

2022-05-15 | 頭顔面症状

1.三叉神経血管説の概略

何らかの原因で、視床下部のセロトニン分泌量が減少すると、三叉神経末端からCGRP
(血管拡張物質)を放出され、血管拡張により炎症が拡大。セロトニン減少の原因させる原因は不明だが、遺伝性体質の他に、ストレスや疲労、月経周期、天候などの影響がある。

普段仕事で緊張している時は、脳内セロトニンも多量に分泌されているが、週末に寝すぎなどリラックスしすぎると、脳がセロトニンを出す必要がなくなったと判断して量を減らしたために片頭痛が起きやすくなる。したがって片頭痛の予防には、リラックスするのではなく、リフレッシュするような活動をするほうが効果的だということで、坂井文彦医師は、後に示す片頭痛体操を考案した。

2.片頭痛薬の発達

1)従来的消炎鎮痛剤
いわゆる「痛み止め」。片頭痛の痛みは神経因子+血管因子の複合であるが、この神経因子に対する作用のみになる。血管因子に対しては無処置であるから、鎮痛効果に乏しい。

2)酒石酸エルゴタミン
一世代前の片頭痛の特効薬。30年前頃筆者が病院勤務だった頃は、「カフェルゴット」服用が定番だった。主成分はカフェインで、これには血管収縮作用がある。拡張しようとしている血管を、拡張させないという予防効果がある。しかし拡張し、拍動性頭痛となった後は、それを改善させるだけの力はない。カフェルゴットはトリプタン製剤の普及に伴い需要が減り、2022年販売終了した。

3)トリプタン製剤
現在の主流薬。 片頭痛が始まるときは、三叉神経からCGRPが脳の表面の硬膜に向かって放出。すると硬膜は、炎症と血管拡張をおこし、片頭痛発作が起こる。トリプタン(商品名イミグラン) は、三叉神経からCGRPを放出させるのを止める画期的な薬で1988年発売された。三叉神経終末からの血管拡張物質(CGPR)放出を止める作用がある。すなわち血管因子の痛みの連鎖を停止させる作用がある。拍動性の痛みも鎮痛できる。

4)レイボー錠
2022年商品名レイボー錠が販売開始。三叉神経からCGRPを放出させるのを止めるという点ではトリプタンと同じだが、トリプタンのように血管収縮作用がないので、虚血性心疾患狭心症などの患者でも使うことができる。

 

3.片頭痛の鍼灸治療各説
  
緊張性頭痛の圧痛点は後頸部やコメカミ部に出現することが知られ、この部の刺激で治療効果が得られることは周知のことだった。一方、片頭痛に対しては薬物療法で治療するのが定石だった。しかしわが国における頭痛の第一人者ともいえる坂井文彦医師は、片頭痛時も後頸部に圧痛点が出現することを発表し、以来圧痛点に関心の目が向けられるようになった。


1)C3の高さの頭板状筋(=下風池)の治療

坂井は、ある患者の診察から、C3C4の頭板状部のしこりが続くと片頭痛が起こりやすくなることを発見した。なおこの部位はツボでいう下風池に相当している。これまで緊張性頭痛時に好発する圧痛点は、今回の圧痛点よりも下方に位置するものだった。片頭痛に、なぜ下風池に圧痛点が出現するのだろうか、坂井は次の仮説を立てた。

①「片頭痛圧痛点」は、片頭痛の脳血管から首の表面の神経に伝わってくるのではないか。換言すると、脳の中で起こっていることが神経を通じて体の表面まで伝わってきた場所ではないか。

②片頭痛に悩む人の脳には、痛みの記憶回路ができてしまい、それが「片頭痛の圧痛点」 として首に反映されているのではないか。そして、片頭痛の記憶が増えてくると、脳は 記憶の引き出しから、「片頭痛で痛い」という信号を出しやすくなる、その信号を探知するための窓口が「片頭痛の圧痛点」であろう。

後頸部を治療点にするという点では緊張性頭痛と片頭痛に共通性はあるが、その一方で緊張型頭痛は逆に軽い運動や散歩をしたほうが血行がよくなり症状が緩和するのに対し、片頭痛は  身体を動かしたりマッサージしたりすると痛みがひどくなることがよくある。片頭痛がリラックスするような動作でかえって悪化するのは、脳がセロトニンを出す必要がなくなったと判断し、量を減らしたために起きる。
したがって片頭痛の治療は、単にリラックスするだけでなく、ストレッチ体操などリフレッシュするような活動をするほうが片頭痛の予防には効果的になる。
 

2)片頭痛体操(坂井文彦) 
 
非発作時に行う。朝夕一回づつ、それぞれ2分間程度の体操で首の硬さがほぐれる。頭板状筋を収縮させる動作は、片頭痛を悪化させる要因になってしまう。頸を左右に回す代わりに、体幹を左右に振ることで、頭板状筋のストレッチ動作を行わせようとするものになっている。
非発作時の片頭痛患者の後頸部に筋硬結・圧痛点を術者が指で圧迫すると、鈍痛ときに鋭い痛みを感ずる。このような場合、圧痛点を押圧しつつ頸部回旋のストレッチ状で圧痛点を押圧すると、筋硬結・圧痛が消失するという。

3)下風池に刺針しての頭板状筋回旋ストレッチ法

確かに上の方法は、患者が自宅で行うには良い方法だろうが、鍼灸院内で行わせるとすれば、治療者の技術が関与するものであってほしい。そこで、坐位にて下風池から頭板状筋の圧痛硬結に刺針後、術者は被験者の頭をホールドしながら同筋をストレッチさせるように回旋した後、雀啄刺激するのが良いと思う。

頭板状筋の機能は、頭蓋骨の伸展もあるが、主作用は左右回旋である。頭板状筋はC3~Th3あたりの棘突起を起始として、風池~完骨の後頭骨から側頭骨乳様突起に停止する。したがって、頭板状筋停止部に対する主治療点は、下風池(C3棘突起外方2寸) が妥当になる。

 


4)天柱ブロック


※天柱穴:C1C2椎体間の外方1.3寸、頭半棘筋、大後頭直筋刺激。

間中信也(脳神経外科医)は、頭痛56症例に対し、診断名別に天柱ブロックの効果を検討した。疾患名に関係なく、半数程度の患者に天柱ブロックが効果的なのが判明した。片頭痛に対しては8例中2例に頭痛がほぼ消失した。効果の持続時間は、数時間10%、半日~1日30%、数日36%、1週間12%、それ以上8%、不明(不定)4%だった。これは局所麻酔の有効時間をはるかに上回る治療効果だった。 
 (間中伸也著、頭痛診療ツールとしての鍼灸技法の応用、臨床神経 2012:52:1299-1302)


   


5)三叉神経-大後頭神経症候群としてC1~C3後頸椎部への刺激  

片頭痛の痛みは、神経性因子と血管性因子の複合である。前者に対する治療とは、脳動脈に分布する三叉神経の治療をいう。頭蓋内については針灸で直接的にアプローチはできないから、  三叉神経-大後頭神経症候群の治療と同じように扱う。
それには頸にある上位頸神経(C1~C3)へ刺激を加え、上位頸神経の興奮を取り除くような針が有効だとする見解がある。

坂井は「C3の高さの頭板状筋の圧痛点を押圧する」というが、なぜ片頭痛時に、この下風池に圧痛が現れるのかの機序は説明されていない。また間中信也の天柱ブロックも、天柱に行う必然性はあまりないようだ。これが鍼灸師的発想であれば、後頸部に多く刺針することになるのだろう。治療効果は別として、どのツボがなぜ効いたのか分からないことになるのだ。

 


 
6)足趾間刺針とグロムス機構刺激 

   
筆者が病院の東洋医学科に在籍した鍼灸初学者の頃、鍼灸症例検討会の報告資料(先輩達の残した症例報告数千例)を熱心に読んでいた時期があった。そして「上衝タイプ(のぼせて赤ら顔)の強い頭痛には、足指間の最大圧痛部を刺激すると頭痛が改善した」との報告が多いことに驚いた。 


一方。自分なりに患者の足趾間圧痛を多数触診して判明したのは、足指間の最大圧痛点は、第3第4指間に出現することが多いことだった。圧痛が多いのは、この部が内側足底神経と外側足底神経が合わさるところで神経腫が存在しやすい部によるものだろう。神経腫そのものは病的なものではないが、過敏点になりやすいという事実がある。ただしこの部は正穴が存在しないので、筆者はこれを内侠谿と名付けた。実際の臨床では内侠谿に限定することなく、足趾間の最大圧痛点に2~3分間置針する。これだけで痛みが取れてくることを多数確認できた。



「頭が割れそうだ」という入院患者に対し、左右の内侠谿のみに置針すること数分で、痛みがなくなった例を数例経験した。ただし日常の鍼灸臨床で弱い慢性頭痛に対しては、あまり効果がなかった。
針灸が効果あるか否かは、治療時の頭痛が拍動性か非拍動性かに関係し、非拍動性のタイプは有効となる場合が多いように思う。                                              

   
足趾間の圧痛点に刺針で頭痛が改善する理由は、グロムス機構の機序が考えられる。グロムス機構については、代田文誌・石川太刀雄の活躍していた時代に、さんざん論じられた。
グロムス機構とは、動脈脈吻合あるいは動動脈吻合部のことをいう。一般的に血液循環は動脈→毛細血管→静脈と移行するが、全部の血流が毛細血管まで達するのではなく、一部は小動脈から小静脈へとショートカットする。この血行動態の変化を起こす水門に相当するのが、
グロムス機構である。グロムス機構の性質として、例えば1カ所の水門が閉じると、それが全身のグロムスの水門も閉じられるという仕組みがある。つまり足母趾部グロムス水門を閉じると、脳内のグロムスも閉じ、血流減少するという機序が考えられるということである。

 

 


針灸院における外反母趾の診療 ver. 3.1

2022-05-12 | 下肢症状

外反母指の針灸に関しては、「外反母趾のテーピングと針灸治療」(2006.7.9)で発表。その後三度全面改訂し2019.6.19がver.3.0となった。さらに2022年5月14日ver3.1として部分改訂した。

1.外反母趾の定義

足母趾の中足指節関節(MP関節)の外反(小指側に傾く)状態。中足基節関節角が「15度以上」を外反母指とする。この15度以上という数値は厳密なもので、医師は角度を測って外反母趾か否かを判断する。外反母趾の高度なものは、第2趾と重なる。男女比は、1:10 で圧倒的に女性に多い。     

中足基節関節角:正常=15°未満、 軽症=15°~20°未満、 中等度→20°~40°未満、 重度=40°以上

 

2.外反母趾の進行 

1)距骨下関節の過回内(オーバープロネーション)        

歩行時の接地は、まず踵後方→足底外側→母趾側へと体重は移動する。 小趾側から接地するのは衝撃吸収の役割からで、この時、距骨下関節は回内運動が起きている。回内運動することは生理的だが、過回内状態になると、重心が土踏まず方向に片寄るので、足の横アーチが崩壊して<開張足>になる。なお距骨下関節回内に筋は関与しない。 

 

 

地面を蹴るのは拇趾腹ではなくなり、第2趾MP関節底部に代償される。この部には接地部はウオノメやタコができやすい。  

 

2)浮き指       

常に靴を履いた生活スタイルでは、母趾で地面を蹴って前に進む能力が乏しくなる。拇趾を屈曲する力は、長・短母趾屈によるが、この二筋の筋力が低下する。これにより立位では母趾が宙に浮いた状態になる。これを<浮き指>とよぶ。  




3)母趾の外反・内旋の強制     

歩行時の体重移動が土踏まず側に片寄った状態では、母趾内側に体重がかかり、地面を蹴るようになるので、母趾の内旋を強いられる。この状態が外反母趾である。     
※ハイヒールや先細りの靴を履くのが原因とする説もあるが、履かない者でも外反母趾になる者は多いので決定的要因とはいえない。

 

3.症状、所見   

①母趾MP関節が突出し、靴との接触でバニオンとなり、発赤して腫脹。       
※バニオン bunion: 靴との接触で母趾MP関節内側部が滑液包炎を起こし、発赤腫脹して疼痛を生じる。  
②開張足(足の幅が広く、扇状に広がる)   
③足の横アーチの消失(土踏まずの消失)  

④外反母趾になると歩行時に足趾に体重負荷がしにくくなる。第2趾MP関節底部で体重を支持すことになるので、圧痛や自発痛、鶏眼・タコ等が出現しやすくなる。


3.針灸院でできる外反母趾の治療(浮き指に対して)

現代医学での保存療法の目的は、痛み少なく日常を過ごせることと、また外反母趾の進行を防ぐことが治療目標。外反母趾の外科手術は数週~2ヶ月の入院が必要で、一方再発率15%。外反拇趾の手術となると患者にとっては大ごとに違いないので、保存療法でどうにかならないかといろいろ模索しているので、針灸は一応の需要のある治療になっている。

前述したように外反拇趾は、①距骨下関節の過回内→②浮き指→③母趾の外反・内旋の強制、といった順序で完成する。これに対する針灸治療だが、①に対してはアプローチの手段がない。②の浮き指治療は、拇趾底屈力の強化になり、長拇趾屈筋と短拇趾屈筋の収縮力増強を目的とする。③の母趾の外反・内旋の強制の是正は、テーピングによる治療になるだろう。

1)短母趾屈筋に対するトリガーポイント刺針(森田義之氏による)    

短母趾屈筋は内在筋(筋は足底に存在)で、起始は拇趾基節骨底の両側、停止は主に立方骨下面。母趾MPの屈曲作用。  

 

2)長母趾屈筋に対する腱ストレッチおよび筋腹への治療

①ストレッチによる治療(「かわせカイロプラクティック」HPより)

②長拇趾屈筋トリガーポイントへの治療

長母趾屈筋は外来筋(下腿に筋が存在。足底にあるのは長拇趾屈筋の腱のみ)で、起始は腓骨後面の下方2/3・下腿骨間膜の下部、停止は母趾の末節骨底である。母趾IP関節の屈曲と足内反(拇趾側を上げる)作用。要するに筋本体自体は下腿後側の中央縦中央線のやや外側あたりになる。長母趾屈筋に刺針するには陽交または承山から深刺する。   

 

③タオルギャザー筋力訓練

外反母趾変形に対する効果は乏しい。足底筋の筋力強化にはタオルギャザー訓練(長・短母趾屈筋の訓練) が行われる。これは座位で床にタオルを敷き、その端を足指でつかみ、前にたぐり寄せる動作をさせる。長・短母趾屈筋は、足の横アーチ形成 に関係している。母趾内転筋横頭の筋力低下は、開張足を招くので、この筋力低下防止の目的で足指ジャンケンを行わせる。履物としてはゲタやゾウリなど鼻緒のついたものを使うようにする。

 

 

4.母趾の外反・内旋の強制のキネシオテープによる矯正  

キネシオテープによる矯正直後から、外反母趾はかなり矯正されるが、勿論のこと変形矯正作用はない。つまりいくらテーピングしても治す力はない。それにテーピングを行うことは接着剤が皮膚の角質層を剥がすので、連続使用にも向かない。要するに応急処置としての用途であって、自宅にいる時は補装具を使うということになるだろう。キネシオテープでの矯正目的は母趾の外反制限と母趾内旋制限である。

距骨下関節の過回内矯正や開張足の矯正目的には、足底矯正板の使用が本質的かもしれない。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 


古代九鍼の知識 ver.1.4

2022-05-10 | 古典概念の現代的解釈

これまで古代九鍼についてはあまり関心がなかったが、勉強し直してみると結構興味深いものがあった。古代九鍼のうち刀をもつタイプは、西洋医学のメスなどに改良進化したが、切ることは医行為とされているので、今日の鍼灸師は毫鍼以外は使う機会がなくなった。擦ったり押圧したりするタイプ(鑱鍼・圓鍼・鍉針)は、現代医学では興味対象外らしいが、針灸師の創意工夫により、今日には小児鍼として使われるに至った。

現在、古代九鍼について知るには柳谷素霊著「図説鍼灸実技」があり、近年では石原克己氏代表の「東京九鍼実技研究会」の活動がある。なお同会の著書として緑書房刊「ビジュアルでわかる九鍼実技解説」がある。それ以外にほとんど知識は得られない。まあ国家試験の出題範囲なので、ある程度の学習は必須となっている。

はり師きゅう師の国家試験の要点プリントは、次のように整理している。誰が考えついたのか、語呂が実に巧みである。
①破る鍼:鈹鍼(ひしん)、鋒鍼(ほうしん)、鑱鍼(ざんしん) 語呂「秘(鈹)宝(鋒)山(鑱)を踏破(破)」
 ※鑱鍼には刺さないタイプもあり、これが今日の小児鍼の原型。
②刺入する鍼:毫鍼、圓利鍼、長鍼、大鍼  語呂「強(毫)引(圓)に刺入してちょう(長)だい(大)」
③刺入しない鍼:鍉鍼、圓鍼  語呂「庭(鍉)園(圓)に侵入せず」

 

1.古代九鍼の形状と用途

1)鑱鍼(ざんしん)


 

①形状
「鑱」とは先が細く尖っているという意味で、ノミのこと。確かに上右図写真「古今医統」に載っている形は、長さ1.6寸で矢尻のような形をしており、押しつけて内出血を出すのに適している。 

しかしながら「類経図翼」で示されているのは左図の方で、今日鑱針といえばこちらの方を指していることが多い。洋裁に用いる筋立てヘラのような平らな金属片で鋭利な尖端部分を皮膚に押しつけるようにして刺激する。これは今日の小児針の原型といえる。下の写真もヘラ様の形の鑱針で、意外に大きいものであることが理解できる。



②用途

もともとは外科的用法として、打ち傷での内出血を出す際に使われた。この用途としては鋭利な尖端部分を軽く迅速に連続的に皮膚に押しつけたり血絡上に打ち付けたりして皮膚を切開する。皮膚病や浮腫状態の治療に用いた。

補法としての使い方が、現代小児鍼の原型になり、皮膚を摩擦したりする。


補法:虚弱体質、小児消化不良。小児神経衰弱、異 嗜症、青便、遺尿症、発育不良、不眠等。

瀉法:夜泣き、夜驚症、神経異常興奮、赤眼、上衝、頭痛、歯痛、肩癖、炎症、鬱血、充血、神経痛等

 

2)圓鍼(円鍼)

①形状
「円」はもとは「圓」と表記し、どちらも”えん”と発音する。圓は「口」+「員」からなる。員そのものも口の丸い鼎(古代の三つ脚の青銅器)の意味だが、とくに丸いとの意味を示すため、圓と表記することにした。圓は丸いという意味で使用頻度の高い漢字だったので、もっと簡単に表記したいという要望から口(くにがまえ)の中に|(たてぼう)を書くことにした。しかしこれでは類似の漢字と区別しづらくなり、「円」に変化したという。なお円の対義語は「方」で四角いものをいう。卑近な例としては「前方後円墳」などがある。長さ1.6寸。尖端は卵型。

※圓鍼(上写真)のことを員利針と誤って表記して販売する業者がいるので注意。   

②用途 

分肉(皮下組織と表層筋との間。皮下組織を白肉、筋肉を赤肉と区別した際のその中間層)を按じたり擦ったりする。現代のマッサージとしての用途。現在あまり用いられないが、經絡治療家は使う。補的に使うには、鍼体や鍼柄頭を使う。
瀉的には擬宝珠(「ぎぼし」手すりや欄干部につけたネギの花の形をした伝統的装飾)の尖端で、こすりったり触れたりして刺激を与える。

 


3)鍉鍼



①形状
「鍉」は「金」+「是」の合成で、是とはまっすぐの意。すなわち、まっすぐな金属棒のこと。長さ3.5寸。尖端は直径1.5㎜の球形。分肉を按ずる。

写真右は、柄の中にバネが入っており、押圧で針先が後退する。
②用途
今日の銀粒のような使い方をする。經絡治療家の中には、經絡を鍉鍼で押さえて補瀉手技を行う者がいる。

 

 4)鋒鍼(三稜鍼)

①形状
「鋒」とは、△に尖った矛(ほこ)のこと。転じて三角形の切断面をもつ刺絡鍼を意味する。矛は刺すと斬るの両法を目的とした武器で今日では「矛盾」の故事として広く知られている。矛がやがて槍(やり)や長刀(なぎなた)に分化した。長さ1.6寸。

②用途
江戸時代頃まで、鍼医は、現代のような毫鍼での刺針よりも、鋒鍼で皮膚にできた腫物をの切開排膿するのを主な仕事としていたらしい。熱を帯びた腫れ物の場合、熱を瀉し、血を出し、癰(「よう」はれもの)熱を主どり、經絡痼(「こ」長病や持病)痺を治するに用いたという。水腫の水を抜くのにも用いた。

近世まで、一般西洋医師においても瀉血鍼として使わていた。


中国や朝鮮では、熱症ことに小児の原因不明な熱症に対して爪端穴および十井穴に取穴した。邪気発散泄瀉を目標に刺して著効することがしばしばある。

瀉法をするには經絡の迎隨を考え迎にして鋒鍼の身体を刺手につまみ迎源跳鍼する。

乳幼児の瘀血を刺絡するのに用いた鋒鍼が起源だと考えられている。江戸時代の小児科針医で小児針をやっている処は限られていた。もともとは乳幼児に対し、磁器の破片を用いて細絡から刺絡するような強刺激が普通に行われていた。しかし1912 年に施行した法律で、鋒鍼のような刃物による刺絡が禁止されたことや、藤井秀二(医師)の実家が今日行われているような軽刺激の小児針をやっていたことが発表されたことなどで、江戸中期には現在普及している小児按摩のような鍼法に変化し、大阪を中心に鍼灸家に広く普及するに至った。  

 

5)鈹鍼

①形状
長さ2.5寸。刀型の刺絡鍼ないしやり型の鍼。

②用途
膿を出す用途。ねぶとや膿瘍の切開に用いる。刺すのではなく、切る目的。今日の外科刀に相当。鋒鍼に比べ、多量の膿を出す必要がある場合に使用された。

 

 6)員利鍼(円利鍼)

 



①形状
1.6寸長。鋭くて丸い鍼、尖端の直径がやや厚くなっている。「員」の意味は上記の員鍼の項目を参照。「利」は「禾」+「刀」の合成したもので、稲束を鋭い刀でサッと切る意味がある。即ち「利」とは、すらりと刃が通って鋭いさまのこと。
時代とともに員利鍼の形状は二つあって、
徳川時代以降の鍼柄は珠(球状)であって鍼体の中身部がやや太めになり、鍼尖が鋭利に磨かれている。毫鍼と比べ、鍼柄と鍼体が太い。 

②用途
昔は暴気に対して用いられるとされ、別の文献では痺症に対して用いられるともされる。痛みが激しいときにリウマチ様症状に用いる。脳血管障害による片麻痺、言語障害、気滞血瘀などにも用いられた。要するに緊急時の激しい症状に適応があった。

 

7)毫鍼:毛のように細い鍼。現在の鍼治療で用いられている鍼。(詳細省略)

 

8)長鍼



①形状

「とじ針」のように長い鍼。とじ針とは、編み物用の先の丸い針のことで、縫い始めや縫い終わりの際、毛糸を布片の中にしまい込むために用いられる。普通は長さ2寸~3寸くらいの鍼を使うことが多いが、時には5寸7寸9寸あるいは1尺の鍼を刺すこともある。一般に4寸位から長鍼とみて差し支えない。

 ②用途
筋肉や間質組織に深く刺す、あるいは結合組中を水平に刺す。 坂井梅軒(=豊作)の横刺で刺す時は、押手の母指示指で皮下組織をつまみ、その持ち上がった中を鍼が進む。

肩井部の僧帽筋をつまんで背面から前面へと透刺する。五十肩時、肩髃から刺入して肩峰下をくぐらせる。上腕外側痛時は肩髃から曲池方向に刺入、大腿外側痛時は、風市から陽陵泉方向に水平刺し、下腿外側痛時は陽陵泉から懸鐘方向に水平刺する。

 

9)大鍼

①形状

太鍼ともいう。長さ4寸、太さは20~100番と太いのが特徴。多くは銀製。日本では鉄鍼が多い。

②用途

母指や示指の爪でグッと押さえ爪の晋第により鍼が盛り上がるように刺入する。夢分流打鍼法のように、小槌で叩打して切皮する方法もある。数呼吸後に抜針。関節に近い浮腫組織に用いる。

③火鍼としての使用

馬啣鉄(馬の口にくわえさせて手綱をつける金具。耐熱性がある)を使って製造したものを使う。不導体で鍼柄を包み、真紅になるほどゴマ灯油の中で焼く。その直後に一気に刺入する。熱いので押手は使えない。

わが国においてはもっぱら腫瘍潰瘍に用いる。排膿目的(膿をもっている部の皮膚は痛みをに鈍感になっているので火鍼ができる)。灸頭鍼も火鍼に類する。

現在の#30程度のステンレス製中国鍼を火鍼用として使ってみると、1~2回の使用で脆く使えなくなってしまう。火鍼にはタングステン・マンガンの合金の鍼が適しているといことである。タングステンは電球のフィラメント(赤く光って発熱する部分)に使われていることもあり耐熱性がある。

 

2.当時の九鍼使用時の医療感染問題

現代ではほぼ毫鍼、長鍼、大鍼3種の形式の鍼だけが残り、今日でも使われている。他の鍼は、やや洗練さた形とはいえない。
鋒鍼・鈹鍼・鑱鍼は今日の皮下注射程度ないしそれよりも太い。この鍼の太さにも関係するが、鍼治療の初期の時代、医療感染の問題に言及されねばならない。感染症が起きたことを疑わせる状況であっても、当時は間違った鍼を刺したとか、正しくない場所に刺したとか、間違った診察の結果にそうなったとかのせいにされている。(ニーダム著「中国のランセット」)