筆者はかつて「脊椎圧迫骨折には一行刺針と安静」としてブログを発表した(2006.5.3)。そこ頃までは脊椎圧迫骨折は3週間~4週間程度の入院にての安静+鎮痛剤治療が普通だったので、開業針灸師がこの治療を手がける機会は少なかったと思う。
しかし最近高齢者の脊椎圧迫骨折を治療する機会があった。なぜ入院しないのかと質問すると、「入院すると筋肉も落ち、脳も刺激されないので、寝たきりになる恐れがあると医者に言われた」との返事だった。
最近、政府は医療費の高騰からか、なるべく入院期間を短くする方針にあるようで、圧迫骨折も一環なのだろうと思った。これは開業針灸師が脊椎圧迫骨折の治療ができることになるので、大いに歓迎する。圧迫骨折は鍼灸の最適応症の一つだと筆者は確信している。
前回のブログ内容に加え、刺針の要領と、実際の症例を加筆し、追補版として紹介する。
1.症状、病態
大部分は骨粗鬆症が基礎にあり、転倒やくしゃみなどをきっかけとして椎体が上下に薄くなったように骨折したもの。受傷と当時に骨折部を中心に激しい痛みが生じて座位や歩行が困難になる。ときには寝返りも困難になる。
大部分は安定骨折であって、脊髄症状は呈さない。下部胸椎と上部腰椎に好発。
2.所見
圧迫骨折部に相当する椎体棘突起の圧痛や叩打痛(+)
3.鍼灸治療
1)痛みは脊髄神経後枝の興奮によるものなので、圧痛ある棘突起直側に寸6~2寸の3~5番針で置針5分行う。伏臥位になれない場合には、左右の側腹位にて同じ部位に置針する。この方法で、症状は非常に軽減することが多い。
その際、重要となるのは、脊柱傍の正確名な圧痛点の把握である。圧痛点でない部位に刺針しても効果は期待できない。腰が痛いことイコール腰椎の問題とは限らない。予想外に胸椎上に圧痛のあることが少なくない。圧痛点は一カ所とは限らない。
使用針は2番以下では効きが悪い。棘突起直側にゆっくりと刺針するのだが、ある程度の深さまで刺針したら、硬い組織に触れるので、この部位まで針先をもっていくこと。軟らかい組織に刺針しただけでは効果は得られない。
起立筋等、背腰部筋に対する刺針は、治療意義が薄く、指圧マッサージは無効なことが多いと思う。
2)よく失敗するのは、患者自身が「非常に改善した」と考えて、トイレに行くなどで歩行した場合である。鍼灸治療で解除されたはずの筋の保護スパズムが、突然再来して治療前の症状に戻ってしまうことがある。このような場合、再び同じような針をしても、有効な治療にならないことが多い。
針をして楽になった場合であっても、患者に「単に痛みをとっただけで、治ったわけでないこと。歩くと再び悪化すること」をきちんと伝えることが重要になる。
3)入院を要するほどの激しい痛みでも、針治療で案外簡単にとれてしまうのが普通である。ただし治療の根本は安静であり、食事とトイレ以外はベッドで寝ているよう指示する。トイレはベッド脇に設置したポータブルトイレを使用のこと。安静にしているだけで痛みは自然に軽減してくる。ただし針治療するとその回復に要する時間が短縮できると考えている。
4.症例報告
脊椎圧迫骨折の鍼灸治療の実際例を紹介する。
1) 93才、女性。
2)診断:第7胸椎圧迫骨折
3)現病歴:過去数回、脊椎圧迫骨折を経験。大腿頚部骨折のため手術も経験。若い頃と比べ、身長は10㎝縮んだ。円背強い。今回は7日前から理由なく突然腰背痛が生じ、痛みで体動不能となった。
病院で、第7胸椎圧迫骨折と診断され、自宅で安静にしているよう言われた。それから1週間経過するも、寝返りをうっても背痛で、トイレのため、やっと起き上がるという状態。医師からもらった鎮痛剤は飲んでも効果なく、鎮痛の座薬も無効とのこと。
4)鍼灸治療(往療)
①初回:座位や伏臥位になれないので、右側臥位にて診察。Th5~Th10棘突起直側に強い圧痛あり、ここに4番針にて1分間ほど置針。抜針後、左側臥位にして同治療実施。最後に、Th5~Th10の棘突起間に、7.5㎝のキネシオテープ固定。※治療直後効果を求めない→痛みをとると患者は動くので、より悪化する危険性がある(過去に何回も失敗した経験がある)
②2回(翌日):痛み不変とのこと。前回同治療実施。
③3回目(3日後):痛み不変。5番針で1.5~2㎝刺針しても、骨にぶつかったという感触は得られても、硬い組織に当たったという手応えが得られず、治療効果も得られなかったので、8番針に変更。治療ポイントは同じ。
④4回目(4日後):痛み半減。座ることができ、起きて歩けるようになった。むしろ寝ていると痛く、夜睡眠も不足するとのこと。前回と同治療に加え、寝ていて痛む部位を指示させ、そこに軽く手技針。その圧痛点にロイヤルトップ貼。
⑤5回目(5日後):前回の針は非常に痛かったとのことで、8番→4番に元に戻した。4番で一行刺針しても、今回はツボに当たった手応えを感じた。痛むエリアが以前と比べ縮小、Th6~Th7一行のみとなった。
⑤6回目(6日後):やはり寝返りで痛むとのこと。肩甲骨棘下窩部中央(天宗)に強い圧痛点発見。これは後枝症候群の一環かと考えて、頸椎部を触診し、C7Th1レベル一行に強い圧痛点を発見。ここにも刺針。直後から寝返り時の疼痛は大幅に減少した。
以下略