AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

伏在神経痛の針灸治療と膝OAとの鑑別

2012-07-27 | 膝痛

ネット上で、ある医者が冗談半分に、「膝OAと伏在神経痛の鑑別がつくのであれば、膝OAも針灸保険治療に認めてあげる」と発言していた。
変形性膝関節症は、高度な膝の変形の者を除き、だいたい針灸がよく効いてくれるのであって、来院患者も多い。一方、伏在神経痛はマレな疾患であるが、膝関節内側を下行するので、膝関節痛との鑑別が問題となる。

1.伏在神経の走行
伏在神経は、純知覚性の神経で、大腿神経の最長枝である。 伏在神経はは筋を運動支配しない。大腿動脈は大腿部においては前面にあるが、下腿部にあっては後面になる。つまり前面→内側→後面となり、この動脈走行を保護しているのが内転筋管とよばれる構造である。伏在神経は、大腿動脈とともに縫工筋の下に位置する内転筋管内に入るが、途中から大腿動脈と分かれ、膝関節内側の表層に出て、次の2枝に分かれる。
1).膝蓋枝:縫工筋を貫き、膝関節下内側の皮膚に行く枝
2).内側下腿皮枝:下腿の内側および足背内側の皮膚に分布

2.伏在神経痛と圧痛点
伏在神経は、次の2カ所で神経絞扼を生じやすいので、治療ポイントとなる。。
1).伏在神経が内転筋を貫く処(≒陰包) 
2).伏在神経の膝蓋下枝が急に走行を変える処(≒曲泉)

3.伏在神経痛と膝OAの鑑別
伏在神経痛でも変形性膝関節痛でも、膝内側の痛みを訴え、立ち座り、階段昇降痛も両者に共通して生ずる。伏在神経痛が変形性膝関節症と異なる点は、膝関節部に圧痛点はみらず、痛みは表在性で、ピリピリ・ヒリヒリ・チクチクする点や、自発痛・夜間痛があることである。
要するに、伏在神経痛を過去に診療した経験があれば容易なことであっても、単に書物等で知識として学んだだけでは身につかないということだろう。伏在神経痛がマレな疾患(筆者であれば10年に1回遭遇程度)のため経験するチャンスが少ないのである。

伏在神経痛の治療は、大腿内側の圧痛点に刺針し、神経絞扼している筋の緊張を緩めることにある。膝OAや鵞足炎での膝内側痛は、第一義的には伏在神経の興奮によるのだと思う。表在性の痛みなので、皮内針が効果的である。


脊椎圧迫骨折には一行刺針と安静 Ver.1.2

2012-07-17 | 腰背痛

筆者はかつて「脊椎圧迫骨折には一行刺針と安静」としてブログを発表した(2006.5.3)。そこ頃までは脊椎圧迫骨折は3週間~4週間程度の入院にての安静+鎮痛剤治療が普通だったので、開業針灸師がこの治療を手がける機会は少なかったと思う。

しかし最近高齢者の脊椎圧迫骨折を治療する機会があった。なぜ入院しないのかと質問すると、「入院すると筋肉も落ち、脳も刺激されないので、寝たきりになる恐れがあると医者に言われた」との返事だった。

最近、政府は医療費の高騰からか、なるべく入院期間を短くする方針にあるようで、圧迫骨折も一環なのだろうと思った。これは開業針灸師が脊椎圧迫骨折の治療ができることになるので、大いに歓迎する。圧迫骨折は鍼灸の最適応症の一つだと筆者は確信している。
前回のブログ内容に加え、刺針の要領と、実際の症例を加筆し、追補版として紹介する。

1.症状、病態
大部分は骨粗鬆症が基礎にあり、転倒やくしゃみなどをきっかけとして椎体が上下に薄くなったように骨折したもの。受傷と当時に骨折部を中心に激しい痛みが生じて座位や歩行が困難になる。ときには寝返りも困難になる。
大部分は安定骨折であって、脊髄症状は呈さない。下部胸椎と上部腰椎に好発。

2.所見
圧迫骨折部に相当する椎体棘突起の圧痛や叩打痛(+)

3.鍼灸治療
1)痛みは脊髄神経後枝の興奮によるものなので、圧痛ある棘突起直側に寸6~2寸の3~5番針で置針5分行う。伏臥位になれない場合には、左右の側腹位にて同じ部位に置針する。この方法で、症状は非常に軽減することが多い。

その際、重要となるのは、脊柱傍の正確名な圧痛点の把握である。圧痛点でない部位に刺針しても効果は期待できない。腰が痛いことイコール腰椎の問題とは限らない。予想外に胸椎上に圧痛のあることが少なくない。圧痛点は一カ所とは限らない。

使用針は2番以下では効きが悪い。棘突起直側にゆっくりと刺針するのだが、ある程度の深さまで刺針したら、硬い組織に触れるので、この部位まで針先をもっていくこと。軟らかい組織に刺針しただけでは効果は得られない。

起立筋等、背腰部筋に対する刺針は、治療意義が薄く、指圧マッサージは無効なことが多いと思う。

2)よく失敗するのは、患者自身が「非常に改善した」と考えて、トイレに行くなどで歩行した場合である。鍼灸治療で解除されたはずの筋の保護スパズムが、突然再来して治療前の症状に戻ってしまうことがある。このような場合、再び同じような針をしても、有効な治療にならないことが多い。
 針をして楽になった場合であっても、患者に「単に痛みをとっただけで、治ったわけでないこと。歩くと再び悪化すること」をきちんと伝えることが重要になる。

3)入院を要するほどの激しい痛みでも、針治療で案外簡単にとれてしまうのが普通である。ただし治療の根本は安静であり、食事とトイレ以外はベッドで寝ているよう指示する。トイレはベッド脇に設置したポータブルトイレを使用のこと。安静にしているだけで痛みは自然に軽減してくる。ただし針治療するとその回復に要する時間が短縮できると考えている。

4.症例報告
脊椎圧迫骨折の鍼灸治療の実際例を紹介する。

1) 93才、女性。
2)
診断:第7胸椎圧迫骨折
3)現病歴:過去数回、脊椎圧迫骨折を経験。大腿頚部骨折のため手術も経験。若い頃と比べ、身長は10㎝縮んだ。円背強い。今回は7日前から理由なく突然腰背痛が生じ、痛みで体動不能となった。
病院で、第7胸椎圧迫骨折と診断され、自宅で安静にしているよう言われた。それから1週間経過するも、寝返りをうっても背痛で、トイレのため、やっと起き上がるという状態。医師からもらった鎮痛剤は飲んでも効果なく、鎮痛の座薬も無効とのこと。

4)鍼灸治療(往療) 

①初回:座位や伏臥位になれないので、右側臥位にて診察。Th5~Th10棘突起直側に強い圧痛あり、ここに4番針にて1分間ほど置針。抜針後、左側臥位にして同治療実施。最後に、Th5~Th10の棘突起間に、7.5㎝のキネシオテープ固定。※治療直後効果を求めない→痛みをとると患者は動くので、より悪化する危険性がある(過去に何回も失敗した経験がある)
②2回(翌日):痛み不変とのこと。前回同治療実施。
③3回目(3日後):痛み不変。5番針で1.5~2㎝刺針しても、骨にぶつかったという感触は得られても、硬い組織に当たったという手応えが得られず、治療効果も得られなかったので、8番針に変更。治療ポイントは同じ。
④4回目(4日後):痛み半減。座ることができ、起きて歩けるようになった。むしろ寝ていると痛く、夜睡眠も不足するとのこと。前回と同治療に加え、寝ていて痛む部位を指示させ、そこに軽く手技針。その圧痛点にロイヤルトップ貼。
⑤5回目(5日後):前回の針は非常に痛かったとのことで、8番→4番に元に戻した。4番で一行刺針しても、今回はツボに当たった手応えを感じた。痛むエリアが以前と比べ縮小、Th6~Th7一行のみとなった。
⑤6回目(6日後):やはり寝返りで痛むとのこと。肩甲骨棘下窩部中央(天宗)に強い圧痛点発見。これは後枝症候群の一環かと考えて、頸椎部を触診し、C7Th1レベル一行に強い圧痛点を発見。ここにも刺針。直後から寝返り時の疼痛は大幅に減少した。

 

以下略 






 


自律神経失調症の針灸治療理論と守備範囲

2012-07-10 | 精神・自律神経症状

最近の針灸勉強会でK宮先生が、小林弘幸先生著「なぜ「これ」は健康にいいのか?」サンマーク出版、2011.4 のことを紹介した。小林先生は交感神経と副交感神経がシーソーのように一方が上昇すると他方が下降するといった単純なものでないことを記し、とくに副交感神経興奮性を上げることの重要性をいろいろな例をあげて説明している。
まずは、この著書から重要部分を抜粋し、その意味するところを図示(自作)することにしたい。

1.交感神経と副交感神経のバランス 
従来から、人間を含む動物の身体は、活動的な日中は交感神経が支配し、夜にリラックスする ときには副交感神経が支配するというように、相反する働きをもった2つの自律神経が、交互に身体を支配することで身体機能が保たれている。交感神経優位と副交感神経優位のブレが生理的範囲から逸脱したものが自律神経失調症である。
  
身体が最もよい状態で機能するのは、交感神経・副交感神経ともに高いレベルで活動している時である。ともに活発に活動しているという条件範囲内で、交感神経やや優位状態と、副交感神経やや優位状態といったバランスシーソー状態が生じている。次の状態は病的である。

交感神経緊張↑↑ and 副交感神経緊張↓↓  ‥‥身体各所の不調者の大部分。感染症等。

交感神経緊張↓↓ and 副交感神経緊張↑↑ ‥‥鬱病傾向 
交感神経緊張↓↓ and 副交感神経緊張↓↓  ‥‥健康状態は悪くないが不活発。体力なし。
       

 

2.交感神経緊張症(sympathicotonia  ジンパチコトニー)
ストレス → 交感神経緊張状態 → 血流障害による諸症状。
脈拍の増加、高血圧、高血糖、痛み、コリ、不眠、いらいら、便秘、食欲不振、歯槽膿漏、痔疾、傷が化膿しやすいなど。

3.副交感神経緊張症(vagotonia,parasympathicotonia ワゴトニー)

身体を休めるほか、消化と排泄なども優位になる。この状態で免疫機能が高まるが、これが破綻するとアレルギー現象になる。副交感神経緊張症は全身的なものであるが、その人の体質的弱点へ特に強く症状を呈してくる。 
①動眼神経:めまい・立ちくらみ
②迷走神経:嘔気、胃の不快感、食欲不振、心臓衰弱感、遅脈
③気管支:喘息様症状、乾咳
④末梢血管や皮膚:蕁麻疹、皮膚の痒み
⑤情緒:元気が出ない、不眠、ため息、生あくび、物忘れ

 4.自律神経失調症の針灸治療方針
1)西條一止先生の考え方
西條一止先生は、自律神経と鍼灸治療の関係をライフワークとし、一定の生理学的変化を見い出した。筆者の理解できる範囲で、その要点を箇条書きにすると次のようになる。
①副交感神経を興奮させることが治療となる。その方法とは、浅刺・呼気時・座位の刺激である。浅刺・呼気時・座位の刺激は、臨床では治療開始時と治療終了時の場面で行う。
浅刺:刺激部位は、皮膚・皮下組織である。筋を刺激しないこと。体幹よりも四肢末梢の方がよい。臨床的には外関を使う。
呼気時:副交感神経機能は、呼気時に高まる方向に、吸気時には低下する方向に働く。
座位:姿勢による交感神経機能は、臥位<座位<立位の順に高くなる。

②副交感神経が興奮すると、それに引っ張られる形で交感神経も興奮してくる。


③しかし副交感神経緊張者の場合、副交感神経を緊張させることを意図した治療をしても、交感神経は興奮せず、副交感神経緊張になりすぎるので注意が必要である。


④交感神経を興奮させるには、長座位にての低周波通電を行う。気管支喘息・咳・片頭痛・鬱症状などは、この方法が適している。

 
2)筆者の考え方
筆者の日常行っている現代鍼灸を中心とし、その観点から西條先生の方法を眺めるならば、その方法も変化してくる。鍼灸来院患者で最も高頻度なのは、関節痛・神経痛・筋肉痛であろう。これらは一括して体性神経症状と捉えることができる。鍼灸治療は神経や筋肉  を刺激する、いわゆる「現代鍼灸」的手法で行うとすれば、愁訴部位を中心とした解剖生理学的な要所に行うのであって、これで解決できることが多い。これらの症状は自律神経的な要素があまりないので、西條先生の方法を使う必要はない。
  
①交感神経機能興奮の針灸治療
交感神経緊張傾向のある患者は非常に多い。現代に需要の多い按摩マッサージ指圧の得意分野は、ストレス・疲労の回復であって、これらは交感神経緊張に分類されるのであり、浅刺・呼気時・座位の法則が成り立つ。
經絡治療派であれば、西條流を取り入れることは比較的抵抗ないのかもしれないが、多くの鍼灸師は、伝統的経験的に仰臥位・伏臥位での、浅刺・多取穴・置針を行うことで患者の需要に応え、生計を営んできた。これは患者にウトウトするような眠気をさそうもので、副交感神経の興奮レベルをあげることを意図している。副交感神経興奮させることにより、それと拮抗関係にある交感神経緊張を緩めるという考え方である。ただし新理論では交感神経興奮状態と釣り合う状態にまで副交感神経の興   奮性をあげるというのが新解釈になる。
  
②副交感神経機能興奮の針灸治療
交感神経緊張と比べると数は少ないが、副交感神経緊張状態の者(喘息、アトピー、鬱傾向)を治療する機会も時々あるだろう。これは、良く言えばリラックス状態、悪く言えば気合いが欠けている状態である。
気管支喘息者は、夜間に呼吸困難発作が起こることが多く、起座呼吸することで呼吸苦が軽減することが知られている。これは夜間は必然的に副交感神経優位になるから発作が起きやすく、座位になることで交感神経優位に導き、症状軽減させているでのある。深夜に鍼灸治療を行うことは困難なので、筆者は熱いシャワーを短時間、首肩に浴びるこよう指導し、良い効果をあげている。
治療院来院時では、交感神経優位にもっていくことを考え、座位で大椎付近に強刺激(米粒大灸7壮程度の有痕灸や太針による刺激)を行うことにしている。
  
③自律神経失調と針灸の守備範囲 
器質的疾患の多くは、同時に自律神経失調的症状を呈するのは珍しいことではない。この場合、器質的疾患を治療することで自律神経失調症状となった根本原因は取り除かれ、自ずと自律神経失調症状も改善するのである。
病の原因として自律神経の問題を過大視するわけにはいかないだろう。自律神経失調症に対して鍼灸が効くといった言い方は、「自律神経の生理的ブレ」から少々逸脱した状態にのみ対処できると捉えるべきであり、これが鍼灸の守備範囲なのであろう。    
感染症は勿論、ステロイド使用ししている気管支喘息、アトピー性皮膚炎、鬱病などの根本原因を副交感神経緊張に求めることは無理があり、針灸治療の適応疾患とはいいづらい。