AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

神経領帯療法と内臓治療

2016-07-28 | 総論

筆者は以前「兪募穴治療の是非および腹痛に対する針灸の適否」と題したブログを記したが、簡単にまとめ過ぎて内容に不満があった。同様の内容を、丁寧に説明しつつ、移行分節治療についても及言する。

手元に一冊の本がある。F.ディトマー・E.ドブナー共著、間中喜雄訳「内科的疾患の神経領帯療法」医道の日本社、昭和42年3月5日初版とある。すでに絶版になってしまった。神経療帯療法は、ヘッドの過敏帯発見(1898年)に始まる。ディトマーは体表-内臓反射という新しい反射路を発見し、あるデマトームに刺激を加えると、その分節所属の内臓に反射経路を通して神経興奮が伝わることを動物実験で証明した。要するにドイツにおける内臓対壁反射の理論と臨床応用について記されていて、内容的には石川太刀雄著「内臓対壁反射」と類似しているが、治療自体は希釈局麻剤注射で行う。
「内臓対壁反射」は、網羅的なのに対し、神経領帯療法の本は、コンパクトにまとめられている。とはいいつつも、初学者にとっては難解である。この本の中核であり、かつ針灸治療に応用できる部分を、分かりやすく説明したい。


1.オレンジ色の領域

上表で、オレンジ色の部分は、交感神経性の内臓体壁反射部分である。これを胸腰系とよぶ。例えば、心臓の反射は主として体壁のC8~Th3交感神経性デルマトーム上に出現する。オレンジの内臓は、交感神経→交通枝→脊髄神経を経由し、体幹背面においては脊髄神経後枝反応として起立筋に、圧痛硬結反応を呈する。また脊髄神経前枝反応として胸腹面において胸骨傍と腹直筋に圧痛硬結反応が出現する。
従って、古典的な兪募穴をペアにした施術は、当たらずも遠からずといった感じで実用的な治療になるであろう。
※肺の内臓体躄反射は、上表ではTh1~Th5領域の交感神経反応となっているが、実際には副交感神経優位の臓器であって、交感神経反応は目立たない。つまり肺(気管・気管支も)の針灸治療に、肺兪や中府を刺激するというパターンは効果的ではない。

上図で上肢・下肢の反応帯である×印は、オレンジ色内にあることが知れる。上肢はC8~Th1の脊髄神経系が支配するが、一方で内臓治療に対して上肢や下肢を取穴するのは、交感神経性デルマトームに影響を与えることで、治効を生むと考えられる。

2.水色の領域

頭部と仙骨部に水色領域がある。これは頭仙系と称される副交感神経優位の反応帯である。
1)仙骨から出るのは、骨盤神経とよばれる副交感神経性の神経である。この治療には、骨盤神経刺激目的で、八りょう穴が使われる。
2)頭部の水色領域に印がついているのは、基本的に胸部にある内臓である(ただし心臓は、交感神経・副交感神経の両方の強い支配を受ける)。脳神経12対のうち、副交感神経成分をもつのは、動眼・顔面・迷走・舌咽の4神経であるが、内臓治療という観点からは迷走神経刺激が中心になる。迷走神経は、体幹深くを走行するため、直接的な刺激は難しいが、例外的に耳介中央部の肺区部分に表在性に分布しているので、肺区刺激が使われる。これが痩身耳針の治効機序の説明となっているが、本来的には種々の疾患への治療に用いられる理論的ベースとなるものであろう。

体幹内臓の病変により生じた交感神経反応は、閾値以上であればTh1交感神経→C1~C8体性神経に漏れ、項部~後頭部の痛み・コリ反応としても出現し、Th1→三叉神経に漏れて、顔面部の痛み・コリ反応としても出現することがある。この反応パターンもヘッドやポッテンジャーにより、以下のように報告されている(下記図表は、石川太刀雄著「内臓体躄反射」より抜粋一部改変したもの)。頭顔面部に反応帯をもつ内臓は、限定的であることがわかる。これが頭針法の理論的追求の糸口になるのではないか。




3.黄緑色の領域

一般的には、横隔神経の反応とされる。つまり横隔膜隣接臓器刺激→横隔膜刺激→横隔神経刺激となる。内臓の疼痛閾値は比較的高いので、少々の異変では自覚症状は出現しない。しかし横隔膜の閾値は低いので、横隔膜隣接臓器の病変は、その臓器自体の自覚症状よりも早期に、横隔神経の反応として出現し、その交感神経性デルマトームであるC3C4反応として、頸肩部症状が出現しやすいということである。それがミオトーム反応として出現すれば頸肩コリとなる。

4.移行分節について

シャイト Schidt は 、脊髄と交感神経幹のある一定の場所(主にC8,L2分節で、S2分節も多少関係)に、移行分節なるものがあることを生理学的に実証した。移行分節とは、脊髄神経系と自律神経系を統合する唯一の分節をいう。内臓・体表の双方の反射的関係を持ちうる、要するに交差点のような処だという。
具体的には、C8やL2分節を刺激すると、自律神経系に影響を与える力が強く、内臓治療に役立つということである。

5.動脈血管壁に対する刺激

冷え性や、阻血性疾患に対して患部を環る動脈血管壁、とくに拍動部への刺激が針灸治療では多用されている。動脈血管壁刺激の意義は何となく理解できるが、なぜ拍動部なのかは常々疑問に感じていた。
本書「神経領帯療法」では、<血管周囲注射法>と称して、大動脈の外膜の自律神経叢の遮断(短時間の交感神経切除術といえる)を目的としている。周知のように動脈血管壁にある平滑筋は、交感神経のみにより支配されており、交感神経緊張時には、動脈血管壁内径を狭める役割をする。交感神経をブロックすれば、動脈血管内径を縮小する要因がなくなり、末梢循環の促進と該当動脈血に灌漑される骨格筋の緊張増大(著者らの考え)をもたらす、ということであるが、拍動部を狙って注射する訳ではない。

1)鎖骨下動脈周囲注射
たとえば狭心症の際、左鎖骨上窩において左鎖骨下動脈の血管周囲注射を行う。すると左上肢の反射的な血管痙攣の緩和と、反射的な筋の過緊張も緩める。本術式は中枢に原因のある機能的または器質的循環障害(たとえば脳卒中)の療法に必須のものである。ただし技術的難易度が高く、初心者が安易に試みるべきでない!

2)大腿動脈周囲注射
伏在裂孔または大腿筋膜卵円窩に、1~1.5㎝の深さで行う。下肢の循環障害に奏功する。

3)膝窩動脈・後脛骨動脈周囲注射
膝窩にて、約1㎝の深さで行う。患者は注射後、快適な温感と筋の弛緩を、下肢と足に感じる。




「灸基礎実技」教科書に補足したい内容 Ver.1.2

2016-07-10 | 灸療法

今から25年ほど前、鍼灸の資格が都道府県資格から国家資格になるというので、新カリキュラムに沿った教科書づくりが急務となった。科目ごとに、執筆担当教科の教科書が各専門学校に割り振られ、当時私の所属していた東京衛生学園専門学校では、鍼灸実技の教科書を1年以内に制作することになった。私も教科書づくりに加わった。とにもかくにも時間不足であって、内容には不備が目立つ。ここでは灸基礎実技の章に補足説明をする。


1.半米粒大の艾炷の大きさ

艾炷の大きさは伝統的に小豆大・米粒大・半米粒大・ゴマ大それに糸状大といった区分が行われてきた。なおこの中で最も使われる頻度の高い大きさは、半米粒大だとされている。米粒大や半米粒大の具体的寸法は成書により異なっているが、最も基準とすべき東洋療法学校協会編の教科書「鍼灸実技」によれば、米粒大艾炷の大きさは、「円錐形で、底面直径2.5ミリ、高さ5ミリ」とある。また半米粒大艾炷の大きさは、米粒大艾炷の半分としている。

半米粒大の艾炷の大きさが、底面積も高さも米粒大の半分という意味であれば、体積としては米粒大の1/7の艾柱になってしまうので、これは体積が1/2という意味だろう。では、その大きさとは、底面積が何ミリ、高さが何ミリとなるのだろうか。
計算してみるとr≒1、h≒4となり、底面直径は2ミリ、高さ4ミリほどとなる。

 

 


※「図説鍼灸臨床手技の実際」によれば、米粒大艾炷は直径2ミリ、高さ4ミリ、半米粒大艾柱は直径1ミリ、高さ2ミリとしている。

2.江戸時代頃の艾柱

本ブログを発表して数年が経過した今、一人の読者から、艾炷が「米粒大、半米粒大」となった歴史的経緯を調べれば発見があるのではないか」という意見を頂戴した。艾柱の大きさ区分というのは、針灸師にとっては余りにも基本的なことなので、こういった問題意識は返って思い至らないものだろう。

ただし歴史的経緯といっても、鍼灸学校非常勤講師を辞職して勝手に図書室に出入りできな現在の立場で、調べられるのはネット情報のみ。多くを期待せずネットで調べてみると、<『艾灸通説』について宮川浩也先生に聞く>(インタビュー猪飼祥夫)鍼灸OSAKA Vol.29 No.3(2013 aut.)を発見できた。

『艾灸通説』は灸法の概論書で、江戸中期に後藤椿庵が、父親の後藤艮山の医説を展開したものである。艮山は治療に灸を愛用していた。以下はこの書の内容から。

宮川:「米粒大」という言葉は、長野仁先生に教えてもらったが、『艾灸通説』の付録の「植木挙因に答うる書」に書いてある。ただしこれが初出かどうかは未詳。
後藤流では小さな艾柱をたくさんすえる、小艾柱・多壮が基準となる。その艾柱の大きさとは、鼠の糞・米粒・麦粒などの大きさとしたという。

私(似田)が思うに、一口に「鼠の糞」といっても、ドブネズミ10~20㎜、クマネズミ6~10㎜、ハツカネズミ4~7㎜といろいろあるので、これだけでは明瞭な寸法は分からない。また米粒よりも麦粒の方が大きい。なお江戸時代の一般人が家庭療法として行う艾柱の大きさは、指頭大だったらしい。

宮川:今日の艾炷の形は、円錐形だが、後藤流は紡錘形だった。皮膚に付く面が広いとすごく熱いが、狭くすればさほどでもなくなる。患者さんに負担をかけないようにという艮山先生の思いやりのたまものだろう。


3.艾の燃焼温度と皮膚に与える熱量

教科書どころか、鍼灸界においては、熱容量の概念が欠如しているらしい。是非とも教科書に載せたい内容を記す。

1)表皮温度
艾を燃焼させると、直下に熱が伝わるが、同一の艾炷を燃焼させても、作用させる物体により皮下に伝わる熱量は異なってくる。これはその物体のもつ熱容量に違いがあるからである。

熱容量大:熱が伝わりにくいもの。熱しにくく冷めにくい。土鍋、海など。
熱容量小:熱の伝わりやすいもの。熱しやすく冷めやすい。鉄鍋、陸地など。
  
生体の皮膚は海と同じく、熱容量が大きいので、熱しにくく冷めにくい。このため透熱灸のような数秒間の加熱では、皮膚温は殆ど上昇しない。すぐに透熱灸の熱は消えてしまうので、皮膚に加わる熱は比較的低いものになる。モグサ自体の燃焼温度は、半米粒大で百数十度(ちなみにタバコの火は700℃)とされるが、臨床上よく使われる灸の皮膚に加わる温度は、60~80℃と記憶しておけばよい。
 
2)深部皮下組織温度
      ΔT=Q/C     (上昇した温度)=(与えた熱)÷(熱容量)

少壮灸をすると、皮膚表面温度はわずかに上昇するが、深部皮膚温度は、ほとんど上昇しない。これは灸熱が生体に与えた熱量は、相対的には小さい(短時間、極小面積)ものであり、また皮下組織の基本成分が、水という熱容量の大きい物質である理由による。
あらかじめ赤外線灯などで皮膚を温めておいてから施灸すると灸は熱く感じる一方、冷えている部への施灸は比較的熱く感じない。

深部温度を上げるには、透熱灸の壮数を重ねれば(=多壮灸)よく、この原理を利用するものとして、ウオノメに対する多壮灸が知られている。しかしながら通常の皮膚に多壮灸をして深部温を上げることは、患者が熱さに耐えきれず、施術者の手間もかかるので行わないのが普通である。深部温を上げるには間接灸や赤外線灯などの方が適している。
  
※多壮灸:数多く壮数を重ねる(通常10壮以上)こと。何壮すえるかは、患者の熱感覚の変化により判断する。これまで表面的な熱さだったのが、急に奥に浸み通るようになったなど。
 

3)灸熱緩和器
なぜ施灸部周囲を押圧すると痛みや熱さが減ずるのか?
・注射が痛くなくなる裏わざ(TV「伊東家の食卓」より)
方法:注射される直前に、一分間指で注射される場所を強く押す。
・理由:長時間強くおされたことにより、一時的に痛点(痛みの感覚)が麻痺する。
・注意:感覚が麻痺して痛くないのは、直後2秒間です。2秒を超えると痛い。
理論背景:神経線維はその太さに応じて役割が決まっている。神経線維の分類と機能は次の通り。
        太↑ Aα:骨格筋収縮
             β:触覚・圧覚
             γ:筋緊張の程度を調整
             δ:痛覚(速い痛み)
             B  自律神経
        細↓   C  自律神経、傷み(遅い傷み)
        
施灸部の周囲を指で圧迫することはAβを刺激するという意味がある。すると傷み刺激(AδやCの興奮)を脊髄レベルで遮断することになり、灸熱が緩和される結果となる。針管を皮膚に強く押しつけるような押手をして刺針すると、刺痛が減ずるのも同じ意味である。