筆者は以前「兪募穴治療の是非および腹痛に対する針灸の適否」と題したブログを記したが、簡単にまとめ過ぎて内容に不満があった。同様の内容を、丁寧に説明しつつ、移行分節治療についても及言する。
手元に一冊の本がある。F.ディトマー・E.ドブナー共著、間中喜雄訳「内科的疾患の神経領帯療法」医道の日本社、昭和42年3月5日初版とある。すでに絶版になってしまった。神経療帯療法は、ヘッドの過敏帯発見(1898年)に始まる。ディトマーは体表-内臓反射という新しい反射路を発見し、あるデマトームに刺激を加えると、その分節所属の内臓に反射経路を通して神経興奮が伝わることを動物実験で証明した。要するにドイツにおける内臓対壁反射の理論と臨床応用について記されていて、内容的には石川太刀雄著「内臓対壁反射」と類似しているが、治療自体は希釈局麻剤注射で行う。
「内臓対壁反射」は、網羅的なのに対し、神経領帯療法の本は、コンパクトにまとめられている。とはいいつつも、初学者にとっては難解である。この本の中核であり、かつ針灸治療に応用できる部分を、分かりやすく説明したい。
1.オレンジ色の領域
上表で、オレンジ色の部分は、交感神経性の内臓体壁反射部分である。これを胸腰系とよぶ。例えば、心臓の反射は主として体壁のC8~Th3交感神経性デルマトーム上に出現する。オレンジの内臓は、交感神経→交通枝→脊髄神経を経由し、体幹背面においては脊髄神経後枝反応として起立筋に、圧痛硬結反応を呈する。また脊髄神経前枝反応として胸腹面において胸骨傍と腹直筋に圧痛硬結反応が出現する。
従って、古典的な兪募穴をペアにした施術は、当たらずも遠からずといった感じで実用的な治療になるであろう。
※肺の内臓体躄反射は、上表ではTh1~Th5領域の交感神経反応となっているが、実際には副交感神経優位の臓器であって、交感神経反応は目立たない。つまり肺(気管・気管支も)の針灸治療に、肺兪や中府を刺激するというパターンは効果的ではない。
上図で上肢・下肢の反応帯である×印は、オレンジ色内にあることが知れる。上肢はC8~Th1の脊髄神経系が支配するが、一方で内臓治療に対して上肢や下肢を取穴するのは、交感神経性デルマトームに影響を与えることで、治効を生むと考えられる。
2.水色の領域
頭部と仙骨部に水色領域がある。これは頭仙系と称される副交感神経優位の反応帯である。
1)仙骨から出るのは、骨盤神経とよばれる副交感神経性の神経である。この治療には、骨盤神経刺激目的で、八りょう穴が使われる。
2)頭部の水色領域に印がついているのは、基本的に胸部にある内臓である(ただし心臓は、交感神経・副交感神経の両方の強い支配を受ける)。脳神経12対のうち、副交感神経成分をもつのは、動眼・顔面・迷走・舌咽の4神経であるが、内臓治療という観点からは迷走神経刺激が中心になる。迷走神経は、体幹深くを走行するため、直接的な刺激は難しいが、例外的に耳介中央部の肺区部分に表在性に分布しているので、肺区刺激が使われる。これが痩身耳針の治効機序の説明となっているが、本来的には種々の疾患への治療に用いられる理論的ベースとなるものであろう。
体幹内臓の病変により生じた交感神経反応は、閾値以上であればTh1交感神経→C1~C8体性神経に漏れ、項部~後頭部の痛み・コリ反応としても出現し、Th1→三叉神経に漏れて、顔面部の痛み・コリ反応としても出現することがある。この反応パターンもヘッドやポッテンジャーにより、以下のように報告されている(下記図表は、石川太刀雄著「内臓体躄反射」より抜粋一部改変したもの)。頭顔面部に反応帯をもつ内臓は、限定的であることがわかる。これが頭針法の理論的追求の糸口になるのではないか。
3.黄緑色の領域
一般的には、横隔神経の反応とされる。つまり横隔膜隣接臓器刺激→横隔膜刺激→横隔神経刺激となる。内臓の疼痛閾値は比較的高いので、少々の異変では自覚症状は出現しない。しかし横隔膜の閾値は低いので、横隔膜隣接臓器の病変は、その臓器自体の自覚症状よりも早期に、横隔神経の反応として出現し、その交感神経性デルマトームであるC3C4反応として、頸肩部症状が出現しやすいということである。それがミオトーム反応として出現すれば頸肩コリとなる。
4.移行分節について
シャイト Schidt は 、脊髄と交感神経幹のある一定の場所(主にC8,L2分節で、S2分節も多少関係)に、移行分節なるものがあることを生理学的に実証した。移行分節とは、脊髄神経系と自律神経系を統合する唯一の分節をいう。内臓・体表の双方の反射的関係を持ちうる、要するに交差点のような処だという。
具体的には、C8やL2分節を刺激すると、自律神経系に影響を与える力が強く、内臓治療に役立つということである。
5.動脈血管壁に対する刺激
冷え性や、阻血性疾患に対して患部を環る動脈血管壁、とくに拍動部への刺激が針灸治療では多用されている。動脈血管壁刺激の意義は何となく理解できるが、なぜ拍動部なのかは常々疑問に感じていた。
本書「神経領帯療法」では、<血管周囲注射法>と称して、大動脈の外膜の自律神経叢の遮断(短時間の交感神経切除術といえる)を目的としている。周知のように動脈血管壁にある平滑筋は、交感神経のみにより支配されており、交感神経緊張時には、動脈血管壁内径を狭める役割をする。交感神経をブロックすれば、動脈血管内径を縮小する要因がなくなり、末梢循環の促進と該当動脈血に灌漑される骨格筋の緊張増大(著者らの考え)をもたらす、ということであるが、拍動部を狙って注射する訳ではない。
1)鎖骨下動脈周囲注射
たとえば狭心症の際、左鎖骨上窩において左鎖骨下動脈の血管周囲注射を行う。すると左上肢の反射的な血管痙攣の緩和と、反射的な筋の過緊張も緩める。本術式は中枢に原因のある機能的または器質的循環障害(たとえば脳卒中)の療法に必須のものである。ただし技術的難易度が高く、初心者が安易に試みるべきでない!
2)大腿動脈周囲注射
伏在裂孔または大腿筋膜卵円窩に、1~1.5㎝の深さで行う。下肢の循環障害に奏功する。
3)膝窩動脈・後脛骨動脈周囲注射
膝窩にて、約1㎝の深さで行う。患者は注射後、快適な温感と筋の弛緩を、下肢と足に感じる。