漱石の『坊っちゃん』が当時の雑誌『ホトトギス』に掲載されて100周年なんだそう。(明治39年=1906年、作者39歳)
きょう、小説の舞台とされる旧制松山中学、現・松山東高校では主人公に扮した先生により記念の数学授業が行なわれたとのこと。
漱石自身は28歳のとき松山中学に英語教師として赴任し、翌年には熊本の旧制五高に移っている。
というわけで、久々に、実に久しぶりで読んでみた。
まず驚くのが、100年も前の明治の小説が今でもすらすら読めること。
漱石と並び称される鴎外となると、まず読めない。格調高いとされる漢文調の文体はもはや正真正銘の古文。漢字検定の勉強にはいいかもしれないが、これを楽しんで読むのは至難のワザ。
漱石先生自身も、きっと楽しんで書いていたに違いない。ストーリーは単純明快で、向こう見ずで一本気な江戸っ子の坊っちゃんが、「おれ」の一人称で一方的に語り明かす、落語みたいな展開。
寅さんのような悪口セリフは立て板に水、けれど論理的ではなく議論もニガテで、結局腹黒の赤シャツ教頭や取り巻きの野だいこに腹を立ててぶん殴り、生卵をぶちまけて溜飲を下げ、そのまま東京に戻ってしまう。何も解決はしていないのだが。
漱石の孫にあたる漫画評論家・夏目房之介氏も、『坊っちゃん』は漱石自身が楽しんで書いた小説だと言っている。 (『孫が読む漱石』 実業之日本社刊)
「漱石は複雑で厄介な人間だから、こういう (落語の与太郎みたいな) 人物を造形しながらウップンを晴らしたのだろう。気晴らしだから、自分の体にしみこんだ江戸弁的な啖呵や負けおしみのリズムに、素直にのれる快感があるのだ。
坊っちゃんは、近代心理小説の登場人物がもつ厄介な『内面性』を、見事なほどもたない。だからこそ漱石は書いていて楽しかったはずなのだ」
うーむ、なるほど。そうだとすると、そういうふうな、作者が楽しく書けちゃう作品を、後年の「深い名作」群の合い間に気分転換に綴っていたら、原稿料も稼げたろうし、内臓を傷めて49歳で没することもなかっただろうに惜しい、と考えてしまうオヤジであった。
朝、芝生の公園で裸足走9回目45分、約7km。心拍123。前後のジョグと合わせて計14km、シューズ走のラスト1マイル6'55"、心拍160。
夜、新聞突き破りなど定番トレ。
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ご教示ありがとうございます。和太鼓と古武術は重なる部分が多いでしょうね。どちらも、表層の筋力によらず、身体の深奥からの動きということで。
新聞破りのほうは、近頃では、「突き」という感じよりも「打つ」「叩く」に近くなり、成功率は7割くらいに上がってきました。
早速なんですが,昨日は,秘伝の「新聞突き破り」の技を伝授していただき,ありがとうございました。 早速,やってみましたが,これは,難しい。最初の10回はまったく,歯が立たず,新聞紙を換えたり,持ち方,距離,拳の握り方など試行錯誤して,やっと30分後1発目が貫通しました。結局50回中成功したのは2回でした。いやー,これは,奥が深いですね。気合い,集中力,瞬発力のほどよい調和が必要かなと思いました。突然私が,「えぃー,やぁー」とやりだしたので,家族が何事かと集まってきました。家内は,運動音痴なので,にやにやしながら見てました。今度,娘に(大学生空手部,下宿)に,ぜひやらせたいと思ってます。終わって,手の甲がインクで真っ黒。当分,我が家から,夜な夜な,へんなかけ声が続きそうです。 以上報告です。
(私の場合は、たしか3日目でやっとでした)
手の出っ張った骨のあたりが印刷インクで真っ黒でしょ?(笑)
新聞を持ってる部分から先に破れちゃうことが多くないですか?
空手部の娘さんなら、もう百発百中でしょう。空手の正拳突きは、ボクシングの「コークスクリューパンチ」(『あしたのジョー』に出てました) のように、腕が旋回しながらえぐるように打つそうなので、おそらく穴がきれいに抜けると思います。
新たな「同好の士」のご登場に、また刺激を受けて意欲が高まっております。ありがとうございます。
これからも、新聞紙の在庫あるかぎり破りまくりましょう。