その中の「ジュニア期のスポーツ」の項で、思わず、そうだったのか、なるほど~と、わが身に照らして深く感じ入った記述あり。
「運動と人格的発達」の箇所。
「運動遊びで、『できた!』とか『やった!』といった達成経験を積んだ子どもは、自分はやればできるという『運動有能感』を持つようになる。その結果、運動好きになるとともに、行動面でも高い積極性や協調性を示すようになる。
しかし、一生懸命やっても上達しなかったり、負けたりという経験を繰り返すと、自分はだめな人間だという『運動無力感』を持つようになる。その結果、運動嫌いになるだけでなく、劣等感が強く、何事にも消極的になってしまう。」
後者はまさに、暗い子ども時代をすごしたワシの姿そのもの。
さらに、それを増幅させたのが学校体育であった。
「運動から受けるこのマイナスの影響は、指導者や集団の雰囲気が、他者より上手であることや、勝つことを重視する『成績志向的雰囲気』を持つ場合に特に顕著になる。
この時期に形成された強い運動無力感は、成人になってからの運動参加を大きく阻害することが明らかにされている。」
ワシがこうした「運動無力感」の呪縛から逃れるには長い長い時間が必要であった。
47歳で始めたランニングは、たとえレースでも基本的には競争ではなく自分との闘いであり、マイペースをいかにつらぬけるかの勝負なので、ワシ向きといえる。
そういえば、レースでたまたま知り合った人と談笑するうちに、学校時代は体育が1とか2だったり、スポーツぎらいだった、という人が案外多い。
あの宗兄弟も長距離走に出会うまでは、かけっこは遅いし運動が苦手だったと聞く。
というわけで、今さらながら「走ってよかった」と感謝の念とともに、きょうは朝と夜の2回走。
朝8km、42分。ラスト1マイル6'54"、心拍175。
夜13km、ビルドアップで1時間14分、心拍161。