ランニングおやじの野望!

50歳を目前に突然走り始めた鈍足おやじランナーのトレーニング雑記です。

気になる言葉

2011-05-17 21:15:15 | ことば・歌

ポストの中に、電力使用量通知と一緒に、「東京電力からのお詫びとお知らせ」と記された紙片が入っていた。一読して、「なんだ、こりゃ」と叫んでしまった。

冒頭は定型的お詫びから始まる。
「福島第一原子力発電所の事故、および放射性物質の放出により、発電所の周辺地域の皆さま、広く社会の皆さまに大変なご心配とご迷惑をおかけし、心より深くお詫び申し上げます。」

言葉尻にこだわるようだが、この場合、「ご心配」をかけただの「ご迷惑」などという次元の話だろうか?
人々の生活と人生を根こそぎ奪い、日本全体の行く末に暗雲をもたらしている張本人がその程度の認識なのだろうか?
どうも「謝罪会見マニュアル」みたいなものがあって、「ご心配とご迷惑」が必須の常套句となっているようだ。

そして、「計画的な停電」により「大変なご不便とご迷惑をおかけしたことを重ねて深くお詫び」するとした上で、「より一層の節電にご協力をお願い」して結んでいる。

レベル7の原発事故iが今なお収束の見通しすらなく続行している真っ只中で、平然とこうした文書を出せる大胆さ、その強靭な神経に感服するばかりのオヤジである。


気持ちを切り替えるために、再起への真摯な応援歌として被災地の方々に熱く支持されているこの合唱曲を。
 
 ♪ あすという日が 

それにしても、児玉清さんの訃報には驚いた。大変な読書家でもあり、そのブックレビューをわが選書の指針と仰いでいたのに……。某老ロック歌手くらいのスケベ心をお持ちになっていれば、もう少し長寿を保ってくださったのではと惜しまれる。合掌。

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元気が出る歌

2010-11-22 20:24:26 | ことば・歌

明日は大田原マラソン。通算22回目のフル、毎年11/23に定例開催される大田原は6度目になる。

2005年のこの大会で初めて3時間半を切り、3時間28分27秒。その後5年間、足踏み状態が続き、結局まだ自己記録を更新できていない。
絶好調(と思われた)時には大幅更新をねらって後半大失速、の繰り返し。2年前の山口防府マラソンでも最後に崩れて3時間28分37秒、10秒とどかなかった。
その後は3時間半がなかなか切れず、ひさしぶりに好調で迎えた今年2月の東京マラソンも3時間30分6秒に終わった。

今の走力では多くは望めないにしても、「後半をしっかり走りきる」ことだけを目標に明日は走ろうと思うオヤジである。

スポーツ小説の名手3人の女性作家が競作した新刊短編集『シティ・マラソンズ』(三浦しをん・あさのあつこ・近藤史恵/文藝春秋)を読めば、マラソンはタイムだけではない、ということがジーンと胸にしみてくる。
だが、されどタイム。走るからには今の時点でのベストを自分に求めてしまうのも人情というものであろう。

ともあれ、今夜はワシが好きな元気が出る歌を聴いて、明日に備えよう。

 ♪ モーニング娘。のひょっこりひょうたん島

 ♪ 終わりなき旅 Mr.Children

 ♪ 負けないで ZARD

  ♪ あなたは幸せになる 藤田麻衣子

 ♪ アンパンマンたいそう ドリーミング


(追伸: 貴方のとっておきの「元気が出る歌」あったらぜひ教えてくだされ)
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JET STREAM

2010-11-04 22:31:25 | ことば・歌
この間テレサ・テンの歌「空港」を検索していたら、城達也氏の懐かしいナレーションが聞こえてきた。

遠い地平線が消えて ふかぶかとした夜の闇に心を休める時
遥か雲海の上を 音もなく流れ去る気流は たゆみない宇宙の営みを告げています
満天の星を戴く果てしない光の海を ゆたかに流れゆく風に心を開けば
きらめく星座の物語も聞こえてくる 夜の静寂(しじま)の なんと饒舌なことでしょうか
光と影の境に消えていった 遥かな地平線も 瞼に浮かんでまいります……

ああ、JET STREAM! 高校時代、ラジオから流れてくるこの格調高いオープニングナレーションに空想の翼を広げ、夜間飛行を夢想したのであった。一生懸命、この文章を書き取って暗記して。


それはさておき、本日は先週の土曜出勤の代休が取れたので刀水AC練習会に参加。平日の日中だから、圧倒的に女性が多数。昨日の祝日にも練習会があり、30km走を実施したとのこと。きょうも希望者は30km走。
1周1.83kmコース×16周+700m。序盤はkm5分半から入り、ビルドアップしていくという目標でスタート。
結果はあえなく大撃沈。5周目から集団を離れてkm5分でずっと行くはずが12周目から急落し、最後は全員に抜かれた。ナサケナイ。2時間42分かかって、ようやく30km地点にたどりつく。
高島平や仙台ではkm4分半で20kmやハーフを走るのに、なんで5分で30kmができないんだろう? しかも、5分半からゆっくり入っているのに。
「長い距離の場合、最後に上げていけるとダメージは残らないが、その逆だと心身のダメージが大きくなる」とコーチが言われたそのとおりになってしまい、帰路へろへろ状態でまたも「たけ先生」の整骨院にお世話になったオヤジであった。

前日の休日は妻のリクエストにより、上野・谷中界隈を下町散歩。練習会の日だったが、練習会も大事ではあるけれど妻はもっと大事である。
来週、アメリカから仕事のお客さまが見え、下町を案内するのでその下見をしたいということで。(妻は極度の方向音痴を自認)
あちこち歩き回ったなかで、最も印象深かったのは「旧岩崎邸庭園」。三菱の創始者・岩崎弥太郎が不忍池のほとりに買い占めた広大な土地に建てられた邸宅と庭園の一部が公開されている(重要文化財指定)。
何気なく見学すればあっという間に見終わってしまっただろうが、ボランティアガイドさんの解説がすばらしく、単なる知識の羅列ではなく気持ちがこもっていて、聴かせていただくほうも熱が入り、感動した。
今年は「龍馬伝」の影響で参観者が殺到し、この日もガイド聴講希望者多数で十数人ずつ3組に分けてのガイドとなった。

そもそも全然運動せずウォーキングもしなかった妻が、この3ヵ月ほど会社帰りに週3回筋トレするようになった。ジムではなく、整骨院で元々は肩こりや首の慢性痛に悩んで、近所にできたから行ってみたそうだが、ただ治療するのでなく筋トレをきわめて重視する先生で、やむなく頑張っているらしい。
そのへんの経緯は、妻本人のブログに詳しい。

で、その延長でウォーキングも始め先月はワシをお伴に皇居1周デビューも果たした。
家には通販で仕入れた10kmのダンベルやチューブなどがごろごろ転がり、すっかり以前とは違う様相を呈している。まあ、喜ばしいことであろう。

★オヤジの心を癒す昭和の歌 (59)
 楽あれば苦あり。人生あざなえる縄の如し。またも撃沈で傷心のおやじランナーの心になぜかこの歌がしみる。

 ♪ 長崎は今日も雨だった (内山田洋とクール・ファイブ/1969)

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『くじけないで』

2010-06-08 22:43:55 | ことば・歌

走れなくなって2週間。ストレスで、つい食べてしまいあっという間に+2kg。
59kg台に乗ってしまい、かなりマズイ(BMIも20を超え20.5)。

しかし、いまだに普通に歩くことさえままならぬ状態ゆえ、頼みの代替運動=ウォーキングやステップ(踏み台昇降)も今回は不可。
もっぱら体操と筋トレ、プールも腕だけクロールばっかりで、どうもあんまり楽しくないオヤジである。

そんな鬱々とした心境でいた時、手にしたのが「白寿の処女詩集」と銘打たれた『くじけないで』(柴田トヨ著/飛鳥新社)。その中から、「倅(せがれ)にⅠ」……

 何か つれえことがあったら 母ちゃんを思い出せ  

 誰かに あたっちゃあ だめだ あとで 自分が 嫌になる  

 ほら 見てみなせ 窓辺に 陽がさしてきたよ 鳥が啼いてるよ  

 元気だせ 元気だせ 

 鳥が 啼いてるよ 聞こえるか 健一


はい、聞こえます。元気だします。(笑) なんだか今は亡き母に叱られてるようだ。

著者略歴によると、柴田トヨさんは明治44年(1911年) 6月26日、栃木市生まれ。まもなく満99歳を迎える。現在、宇都宮在住。大好きだった日本舞踊が90歳を過ぎて腰痛で踊れなくなった時、詩に出てくる息子・健一さん(昭和20年生まれ)にすすめられて詩作を始めたそう。
産経新聞「朝の詩」に投稿して掲載されたのを機に常連に。自費出版した詩集『くじけないで』が1万部を超える「ベストセラー」。ラジオ深夜便に出演するなど話題となり今回の本格出版につながったとのこと。

どの詩にも「前へ、前へ」の気持ちがあふれていて、NHK朝ドラのヒロインみたいである。色気もあって、全然枯れてなんかいない。
とりわけ、この「秘密」という詩はスゴイ。  


 私ね 死にたいって 思ったことが 何度もあったの  

 でも 詩を作り始めて 多くの人に励まされ   

 今はもう 泣きごとは言わない   


 九十八歳でも 恋はするのよ  

 夢だってみるの  

 雲にだって乗りたいわ


まいりました。もう泣き言は申しません。前を見て、姿勢良くして出直します。

★オヤジの心を癒す昭和の歌 (41)   
 というわけで、夢みる白寿の乙女にこの恋歌を捧げます。  

 ♪雲にのりたい (黛ジュン/1969)
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めっせー字

2009-10-09 20:05:48 | ことば・歌


予備知識なしに、この書き文字を初めて見た時、いったい何だろうと首をひねった。
それでも、字を文字通り じーっと見つめていると何か思いが伝わってくる感じがする。
だいぶたってから、ようやく夢の中に「ありがとう」があることに気がついた。(ニブい……)

「文字職人」を自称する杉浦誠司さん(1976年、岐阜県生まれ)の作品。昨年末に単行本『夢・ありがとう』(サンマーク出版)を刊行して話題となり、今発売中の健康誌『安心』(マキノ出版)11月号にもカラーグラフで作品が紹介されている。

「僕は書道家ではありません。これまで書道は習ったことはありませんでした。(中略) いうなら、『文字職人』でしょう。だって、作品を見てください。学校の書道のテストでこれを書いたら、間違いなく0点ですよ。(笑) 僕はこの作品を『めっせー字』と呼んでいます。一期一会から学んだ感動を、僕なりのメッセージとして伝えたい。そんな気持ちを、僕の名前“誠司”(せいじ)にかけました。」(『安心』11月号)

3年前、最初に書いた作品が「夢(ありがとう)」。それまで家電量販店の店員や塾講師、ドラッグストア店長などさまざまな職を転々とし、仕事でも家庭面でも最もつらいことが重なった保険セールスマン時代に「めっせー字」を書き始めた。

「夢うつつになったときのこと。『夢』という漢字と、『ありがとう』というひらがなが頭の中で、まるでフラッシュバックのように浮かんできました。(中略) 翌朝……。あの朝のことを僕は一生忘れないでしょう。ぼーっとした目で、メモ用紙に書かれたふたつの文字をながめているうちに、『ありがとう』でできた『夢』という字が完成してしまったのです。自分でも驚きましたが、今まで味わったこともないくらいに、『これだ!』という確信に近い思いがふつふつと湧いてきたのでした。」(『夢・ありがとう』)

次々と出来上がる「めっせー字」を友人に見せると「おもしろい!すごい!」と絶賛され、口コミで広がり、2007年秋には地元で初の個展を開くまでに。人間、どこから道が拓けるか、わからないものである。

感化されやすいワシ、すぐマネしてみた。
自分にとって最も思い入れの強い漢字、といえば当然、「走」。
そのめっせー字は?
じっと見つめるうちに自然と脳裡に浮かんだのは「しあわせ」。
走れる幸せに感謝をこめて、しあわせを「走」のかたちになんとか書き上げ自己満足のオヤジであった。

杉浦誠司さん公式HP

日曜に「いすみハーフ」を走った以降は台風と諸事情が重なり、今週はまったく走れず室内補強のみ。明日からの3連休で、1週間後に迫った高島平20kmに向けて少しは上昇していきたいもの。

★オヤジの心を癒す昭和の歌 ⑧
 高校時代のワシがしびれた熱唱がこの歌。英語の歌詞なので意味はあまりよくわからなかったけれど、熱い思いは胸に響いた。
 ♪メリージェーン (つのだ ひろ)

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年賀状

2009-01-06 21:54:38 | ことば・歌

今年も多彩な年賀状を頂戴した。多謝。

中でも苦笑させられたのは、ワシ宛ではなく妻のほうに届いた某出版社さんからのもの。
話題になった「麻生読み」を織り込んで、出版不況に立ち向かう決意を述べたもので泣かせる。


今週は疲労抜きで芝生ジョグや高下駄歩き程度にとどめ、週末に刀水AC練習会と昭和記念公園30km走がやや強化的トレーニング予定。
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山頭火

2008-12-23 20:06:03 | ことば・歌
  
  分け入っても分け入っても青い山   

  うしろすがたのしぐれてゆくか   

  さて、どちらへ行かう風が吹く

山口県防府市は、放浪の自由律俳人・種田山頭火(1882ー1940)の出身地。といっても、実は今回マラソン参加で防府に行き初めて知ったオヤジだが。

前日受付を済ませて宿に向かう途中、駅前の市立多目的ホールに立ち寄ってみると「山頭火の部屋」という展示コーナーがあった。コンパクトにその生涯と作品を写真や遺品とともに紹介している。

山頭火といえば酒癖のイメージが強烈で、まともに作品を読んだこともなかったのだが、心に沁みるような句がいくつもあった。とりわけ、    

  この道をゆくよりほかはない草しげくとも

など、道を歌った句々が胸に響いてくる。

「家庭人」としてはどうにもならぬ破綻を繰り返し、「どうしようもない私が歩いている」の自句を地で行くような人生だったようだけれども、作品にはそれが魅力となるのがまた人生の妙かもしれぬ、などと珍しくしみじみ思ったオヤジであった。記念にオリジナルカレンダーを買った。


今年は1月の勝田フル撃沈に明け、今回の防府まで 計7本のフルを走り、フルに明け暮れた1年となった。去年までは初フル以来4年間で9本だったから自分でも信じられないフル漬けである。
防府で区切りをつけるはずが、結局再度の勝田にリベンジめざして臨むことになった。今度こそ。
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セラティの言葉 (最終回)

2007-08-07 20:30:00 | ことば・歌

★セラティ・きょうの言葉 (70)
  [オーストラリアの伝説的名コーチ、パーシー・セラティ(1895~1975) 著『陸上競技 チャンピオンへの道』(ベースボール・マガジン社1963年刊)より]


古代ギリシャ人がオリンピックの開会中は戦争を停止し、選手は肉体そのものの力を競い合うばかりでなく、優雅と美の極致を示すことを要求され、また同時に自作の詩を提示せねばならなかったという事実を思い起こしてもらいたい。

ところが、われわれ現代人の世界において、陸上競技がめざすものは美的なものというより肉体的なものに偏してきている。つまり、美しい立派な“芸術”よりは、勝利という結果のみが重視されるのである。

本書のねらいはまさに、この2つをいかに結合させるかという可能性を探ることにあったのである。

以上で、パーシー・ウェルズ・セラティ著『陸上競技 チャンピオンへの道』は結ばれている。(原著執筆は1959年、邦訳刊行は1963年)
記録や結果よりもその過程を重視し、何よりも自由と野生、人間解放の陸上競技を謳い上げたセラティらしい結びの言葉である。

今年2月に神保町の古本屋で幸運にもこの書と出会い、とりわけ感銘を受けた記述を中心に僭越ながら当ブログで70回の長きにわたり断続的に「連載」させていただいた。

若き日に本書と出会い多大の影響を受け、晩年のセラティをそれぞれに訪ねた高部雨市・山西哲郎両氏による共著『永遠のセラティ』(ランナーズ 1989年)も刀水ACのFコーチから貸与いただき読む機会を得、その後に山西先生ご自身から同書をご恵贈いただく幸運にも恵まれ、感謝あるのみのオヤジである。

今週末から約10日間、高校留学中の息子を訪ねて家族3人でメルボルンへ。市街からおよそ100kmのリゾート地・ポートシーにも足を伸ばし、セラティがこよなく愛した海辺と砂丘を走ってみたいものである。

準備などでいささか多事多忙につき、これにてしばし当ブログも「夏休み」とさせていただきます。暑さ厳しい中くれぐれもご自愛を。

朝、芝生の公園まで往復ジョグ6km+園内でクロカン走6km、1時間10分。流し5本、心拍153。そのまま駅まで小5息子を見送り(3日間の囲碁合宿)。
夜、プールへ。平・クロール各500m。

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気になる言葉

2007-08-02 22:48:11 | ことば・歌

近頃、非常に多用され、気になってしかたがない言葉がある。

「与える」という言い方である。

いわく、「たくさんの人に夢を与えたい」「感動を与えたい」「被災地の方々に勇気を与えたい」……新聞、TV、ラジオ、ネットや日常会話まで、あたりまえのように頻出する。

もう老若男女を問わず、かなり幅広く使われていて、違和感を覚えるほうが少数派かも。
ワシの感覚では、「与える」などというのは途方もなく傲慢・不遜の表現と感じるのである。どうもバブル景気に向かう頃からこの言い回しに接することが多くなったような気がする。

「ら抜き」(食べれる、見れる……)が大手を振って横行してもなお違和感をぬぐえないのと同様、「与えたい」への違和感もまたずっと消えることはないだろうオヤジである。

朝、いつもより速めのジョグ1時間(約11km)。ラスト1kmは4分半、心拍171。けっこうキツイ。
台風5号の影響か、強い雨が降ったかと思えば一転陽光が射したり、一日中不安定な天候であった。

★セラティ・きょうの言葉 (66)
  [オーストラリアの伝説的名コーチ、パーシー・セラティ(1895~1975) 著『陸上競技 チャンピオンへの道』(ベースボール・マガジン社1963年刊)より

前進運動自体は、一連の前へ進む波の動きやサイクル型の激しい動きの中に生まれてくるものである。

自然のありとあらゆるものが、鼓動・リズム・波型運動・盛り上がった動きと休息期、といったものに従って動いている。

選手は優秀な記録を出して自分の目的を達成しようとするのであれば、鼓動やリズムを体得し、自分の経験の中でそれを感じとるように努めなければならない。

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軽薄・重厚

2007-07-23 21:50:22 | ことば・歌

たまった新聞整理中、囲碁将棋欄に面白いコラムがあった。(7/10 朝日新聞夕刊)

「軽薄のススメ」と題して、一般的には良い意味で使われることが多い「重い」という言葉(重鎮・重厚・重要……)、しかし囲碁の盤上では多くの場合悪い意味で用いられるのだと。

(ここで盤面解説で「重い手」「軽い手」につき説明されているが、残念ながらワシには理解不能)
で、ともかく「盤上では『軽薄な人』になるのがいいかもしれません」と結んでいる。

そういえば、刀水ACでご指導いただいているFコーチが雑談の中で、日本語では「重」と「手」に高い価値が置かれ、「軽」と「足」は低く見られていると話され、なるほどと合点したことがあった。

ただし、ランニングでは一般的用法と異なり、「足が重い」「体が重い」などあまり良い意味では使われていない。この点では囲碁と相通ずるものがあるかも。

朝、休走。体操とその場腿上げ10分、心拍134。
夜、ステップ昇降45分、心拍104。(戸井十月氏によるインタビュー構成TVドキュメンタリー『全共闘』を見ながら)

★セラティ・きょうの言葉 (58)
  [オーストラリアの伝説的名コーチ、パーシー・セラティ著『陸上競技 チャンピオンへの道』(ベースボール・マガジン社1963年刊)より]

エリオット (ハギA註:セラティの「一番弟子」的存在、世界記録ホルダー) が初めて私の所へ来たとき、彼はすでに立派な強い身体をもっていた。

小さいときから激しい運動を好み、学校でボートを漕いだりしていたので、自然と人並み以上に強くなったのだと思う。

私は、彼がそれまでやってきたことを助長し促進させればよかった。

エリオットのよくやったものとしては、腕立て伏せ・仰臥脚上げ・懸垂屈腕・上体起こし、などがある。
彼はこれらの運動を厳密にスケジュールの中へはめていたわけではなく、たいがいは気の向くままにやるのであったーーただし、原則として毎日何かきつい運動をするようになっていた。

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