2月に入って、もう立春も過ぎましたが、昨日今日はまた寒波の影響で、本当に寒いです。
それでも、玄関前の紅梅のつぼみも膨らんできて、季節はノロノロとした足取りでも、確実に動いているように見えます。
最近は疲れがたまってきて、今日も病院に行くのが遅れ、Fのベッドに着いたのは午後1時40分でした。
最近Fは、血腫を取る手術も癒えてきたので、それまでかぶっていた帽子が外され、ボサボサになった髪の毛が目立つ痛々しい姿になっていました。
でも今日は、Fの顔が、今まで見たことがないほど悲痛な表情になっていたので、一目見て胸を突かれました。
顔を左に向けて、眼を大きく見開いて、じっと一点を凝視しているかのような姿を見ていると、私にはFが自分の今の状況がよくわかっていて、それを嘆いているとしか思えませんでした。
ドキッとしました。
額や手に触れると熱もあり、痰を吸引しに来てくれた看護師さんに聞くと、37.1度とのことでした。
それでもFは、私が声をかけると眼を向けて、顔も少しこちらに向けてくれました。
でも眉間のしわは深く刻まれたままで、悲しそうな表情は変わらず。
私も、いつものようにICレコーダーで声を聞かせるような気にはとてもなれず、なんとか表情を和らげようと話し続けました。
やがて少し表情も緩んできて、私の問いかけにも瞬きでこたえてくれて、ようやくほっとしました。
数日前から、私が「聞こえているね、聞こえていたらパチッとして」というと、Fはパチッとしてくれるようになっていました。
初めは偶然かと思いましたが、普段はあまり瞬きをしないのに、私が問いかけるたびにパチッとしてくれるので、間違いなく理解できるようになっていると思います。
そう思ったもう一つの出来事は、前回のD先生からの電話のことを録音して2月3日に聞かせた時、先生の名前のところで突然Fが大きく眼を開き、息を荒げたからです。
でもそれは、自分の手足が前のように動かず、声も出せない状況を理解し始めたということでもあります。
それで、何か考え込んでいるような暗い表情になっていたのでしょう。
前回書きましたが、数日前にも、Fは顔を横に向けて、右の目頭には涙もためて、じっと凝視しているのを見て、ひょっとして理解し始めたのではないかなという恐れも感じたのですが。
いたたまれない気持ちで、私がFの手を取って慰めたり励ましたりしていたら、やがてFは疲れてきたのか眼を閉じて、ウトウトし始めました。
それでもまた不安になるのか、周期的に眼を見開いたりするので、「ずっと横にいるからね」「必ずよくなるからね」と声をかけ続けていたら、ようやく眼を閉じて眠ってくれました。
私も緊張がほぐれて一気に疲れがでて、休憩室へ移動しました。
40分ぐらいぼーっと休んでから、Fのところに戻ると、体の向きを変えてもらっていました。
まだうつらうつらしている様子でしたが、声をかけると眼を開いて、じっと見返してきました。
でも時折その眼をそらして、どこか遠くを見るような表情をしたりするので、意識が戻ってきたという嬉しさの一方で、どうしたら絶望からFを救えるのかがわからない私の無力さを痛感していました。
Fはまだ、眼の前に手をかざしても追わない時もあるので、視覚はまだ十分戻ってきたわけでもなさそうですが、耳は間違いなく聞こえていて、私の話す言葉も理解できつつあるようです。何か話そうとするのかウーウーと声をだす時もあります。
そうだとすると、もう単に一方的に呼びかけるだけでは不十分ですね。
どのようにしたら、Fの今の気持ちをケアできるのか、恐怖や悲観を和らげて、リハビリへと心を切り替えてもらうにはどうすればいいのかが問題になってきます。
私にはまだその方法は見つかりません。
でも、Fはやさしさとともに極めて理性的な女性です。手探りででも、Fにさらに寄り添って、辛くてもなんとか自分で乗り越えていってくれるように、支えていく方法を見つけたいと思います。
午後6時になって、ようやくFは、いつもの穏やかな顔になって眠り始めました。
しばらく目を開けないか見守ってから、私は駐車場に向かいました。
早く春の日差しと温もりが、Fの心にも訪れるようにと願わずにはいられない1日でした。
それでも、玄関前の紅梅のつぼみも膨らんできて、季節はノロノロとした足取りでも、確実に動いているように見えます。
最近は疲れがたまってきて、今日も病院に行くのが遅れ、Fのベッドに着いたのは午後1時40分でした。
最近Fは、血腫を取る手術も癒えてきたので、それまでかぶっていた帽子が外され、ボサボサになった髪の毛が目立つ痛々しい姿になっていました。
でも今日は、Fの顔が、今まで見たことがないほど悲痛な表情になっていたので、一目見て胸を突かれました。
顔を左に向けて、眼を大きく見開いて、じっと一点を凝視しているかのような姿を見ていると、私にはFが自分の今の状況がよくわかっていて、それを嘆いているとしか思えませんでした。
ドキッとしました。
額や手に触れると熱もあり、痰を吸引しに来てくれた看護師さんに聞くと、37.1度とのことでした。
それでもFは、私が声をかけると眼を向けて、顔も少しこちらに向けてくれました。
でも眉間のしわは深く刻まれたままで、悲しそうな表情は変わらず。
私も、いつものようにICレコーダーで声を聞かせるような気にはとてもなれず、なんとか表情を和らげようと話し続けました。
やがて少し表情も緩んできて、私の問いかけにも瞬きでこたえてくれて、ようやくほっとしました。
数日前から、私が「聞こえているね、聞こえていたらパチッとして」というと、Fはパチッとしてくれるようになっていました。
初めは偶然かと思いましたが、普段はあまり瞬きをしないのに、私が問いかけるたびにパチッとしてくれるので、間違いなく理解できるようになっていると思います。
そう思ったもう一つの出来事は、前回のD先生からの電話のことを録音して2月3日に聞かせた時、先生の名前のところで突然Fが大きく眼を開き、息を荒げたからです。
でもそれは、自分の手足が前のように動かず、声も出せない状況を理解し始めたということでもあります。
それで、何か考え込んでいるような暗い表情になっていたのでしょう。
前回書きましたが、数日前にも、Fは顔を横に向けて、右の目頭には涙もためて、じっと凝視しているのを見て、ひょっとして理解し始めたのではないかなという恐れも感じたのですが。
いたたまれない気持ちで、私がFの手を取って慰めたり励ましたりしていたら、やがてFは疲れてきたのか眼を閉じて、ウトウトし始めました。
それでもまた不安になるのか、周期的に眼を見開いたりするので、「ずっと横にいるからね」「必ずよくなるからね」と声をかけ続けていたら、ようやく眼を閉じて眠ってくれました。
私も緊張がほぐれて一気に疲れがでて、休憩室へ移動しました。
40分ぐらいぼーっと休んでから、Fのところに戻ると、体の向きを変えてもらっていました。
まだうつらうつらしている様子でしたが、声をかけると眼を開いて、じっと見返してきました。
でも時折その眼をそらして、どこか遠くを見るような表情をしたりするので、意識が戻ってきたという嬉しさの一方で、どうしたら絶望からFを救えるのかがわからない私の無力さを痛感していました。
Fはまだ、眼の前に手をかざしても追わない時もあるので、視覚はまだ十分戻ってきたわけでもなさそうですが、耳は間違いなく聞こえていて、私の話す言葉も理解できつつあるようです。何か話そうとするのかウーウーと声をだす時もあります。
そうだとすると、もう単に一方的に呼びかけるだけでは不十分ですね。
どのようにしたら、Fの今の気持ちをケアできるのか、恐怖や悲観を和らげて、リハビリへと心を切り替えてもらうにはどうすればいいのかが問題になってきます。
私にはまだその方法は見つかりません。
でも、Fはやさしさとともに極めて理性的な女性です。手探りででも、Fにさらに寄り添って、辛くてもなんとか自分で乗り越えていってくれるように、支えていく方法を見つけたいと思います。
午後6時になって、ようやくFは、いつもの穏やかな顔になって眠り始めました。
しばらく目を開けないか見守ってから、私は駐車場に向かいました。
早く春の日差しと温もりが、Fの心にも訪れるようにと願わずにはいられない1日でした。