忘れさられている観点があるから代弁しておこう。
みな「スルー」を打算的なものと解釈しているようだが、実態はもっと酷い。
戸賀崎さんの時も言ったことだが、運営としてスルーするのは組織の機動性を貶めるばかりか、本人を苦しめる残酷なやり方である。
断腸の思いでも何でも、組織として何らかの処分をしてケジメをつけるのはメンバーを過剰な攻撃から守るための優しさであり思いやりである。
今回のことであれば、半年間程度の研究生降格、選抜凍結、兼任解除あたりで禊のチャンスを与えてやれば、まだ本人にも努力のしようがあるだろうが、スルーではどうしようもなく手が詰まる。
どうやら最近の運営にはメンバーを守るつもりがないらしい。
酷なことをする。
これが本当の「自己責任」の意味であろう。
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Google先生に聞けば何でも教えてくれる時代において、隠し事してどうする。
アイドルや、そのファンはピエロか。
違う。
これは政治でも企業のブランドマネジメントでも同じこと。
みんながわかっているのに、玉虫色で決着つけようとしても、そんなもの何の役にも立たない。
逆に、自分達を貶めるだけだ。
AKB48はタダでさえいろいろ批判されるが、自分達の進む道を信じなければ何もできない。
誇り高く生きよ!!
誇り高く生きるとは、条件によって人生を生きるということではなく、信念によって生きることをいうのだ。
信念は君達を貧しくも、孤独にもするかもしれない。
だが、それが君達の人生を気高いものにする。
美しくも、素晴らしくもするのだ。
変わりたくない人へ
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/d37210581b47b4c5f7349e05ad43a429
ググタス黒歴史記念!咲子師匠、あやりんに贈る『風は吹いている』
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/7d18beac2c9b79c9486e83f4dc7618f3
今のAKBを容認する人はヤクザ支援者ですね
ギャグで言われているのだと思いますが、敢えて釣られてみます。
ANNを聞いてないので詳しく知りませんが、秋元康の愛情表現でしょう。
二人は相思相愛・溺愛の師弟関係であり、「恋愛総選挙」のような番組を企画・提供しているように、
茶番劇を自作自演して、ファンを不快にするまでが、ワンセットの演出です。
最近のAKBはある一面、秋元康&秋元自作の人造ロボットであるアンドロイド指原が、
グルでファンを不快にさせシラけさせているようなものですから。
二人別々なら無視すればいいだけのことですが、
秋元康が愛情を捧げ操るアンドロイドと化している以上、
いくらファンが退治しようと頑張っても二人は一体化しているので、
物理的に隔離できないから面倒なわけです。
仮に退治して潰したとしても、秋元康によって何度でも機会を与えられ、
アンドロイドを意図的に再生させることができるわけです。
渡辺麻友の1位はそんなAKBに対するファンの想いによって、一矢報いた結果です。
秋元康は「恋愛禁止なんて言ったことない」と仰せられますが、
平嶋夏海と米沢瑠美が辞退したとき、以下明言しましたよね。
「AKBのメンバーである以上、恋愛禁止は守らなければならない。だからAKBを去らざるを得ない」と。
秋元康は狡賢ですから、発言の自己矛盾を承知のうえでの「確信犯」なわけで、
矛盾への「反感」を熱量に変換(炎上茶番商法)することも含め、すべて「計算づく」なわけです。
ただ、秋元康&自作アンドロイドによる炎上茶番劇の副作用&汚点は、
実際のところ、矛盾への反感を燃料源にするサプライズよりも、
その副作用(不誠実・無責任・信頼喪失)が蔓延する「シラけ・不快・あきらめの空気」が
AKBを覆ってしまったことです。
予定調和を壊す役割のはずの炎上茶番が常習化して、炎上茶番自体が「予定調和」になり、
いわば麻薬を注入しなければ生きていけない、「薬物常習の中毒者」状態になったのです。
秋元康は自作アンドロイドへの寵愛を優先し、AKBの核心を曲げてしまった。
これは総合プロデューサーとして、最大の失態です。
AKBが大切に受け継ぐべきだった「ガチ・マジを体現する共通理念」の
核心部分まで、ねじ曲げてしまった。
秋元康は、渡辺麻友を「伝統的アイドル像を受け継ぐシンボル」としていますが、
これも違和感ありますね。「アイドルになるために生まれてきた渡辺麻友」という印象付けは、
秋元康の意図する演出によるところが大きい。
どちらかというと現状では柏木由紀のほうが、正統派アイドル(プロのアイドル)に近いイメージだと思います。
もともと、ひきこもりでアニメヲタの麻友は、正統派とは程遠い、
ある意味、「しょうもない」不器用な人間です。
でも不器用なりに、それ故、渡辺麻友は、「アイドル道」という「人間道」を、全うし続ける。
操られるアンドロイドではなく、そこに「人間の誠実さ、真摯さ、美しさ」(=AKB魂)がある。
「人間だからこそ」、共感できるんです。
それこそが、「AKBの価値」、「人間の価値」であり、「生きる」ということでしょう。
秋元康が自作アンドロイドを利用して操る炎上茶番路線への「シラけ」「不快」「あきらめ」と、
誠実・信頼・責任を全うすることを理念とする「人間・渡辺麻友」に象徴される支持のせめぎ合い。
だからこそ、渡辺麻友への支持は、深く重いものだということです。
私たちにできることは、渡辺麻友に代表される理念を取り戻すことです。
あらためて、オールマイティーだった大島優子の存在の大きさを痛感しますが、
私たちにできることは、渡辺麻友を頂点に押し上げたAKBファンの想いを、
未来へ繋げることです。
反社会的集団とのレッテルを張られつつある現実にいい加減に気づいた方が良い。
いまだに「麻友のようなスタンスではつまらない」と言っているようでは、未来はない。
これまでの不誠実な対応に対する副作用は、これからが本番。
http://news.infoseek.co.jp/article/cyzo_20140806_564241
「AKB48は、スキャンダルが報じられても、大マスコミは黙認。ネット以外で大騒ぎになることはありません。しかし広告業界においては、ストレートに影響が表れる。特に、昨年末の元AKBグループ総支配人・戸賀崎智信氏の脱法ハーブ騒動(記事参照)時は、広告業界に『もうAKB48は使わないほうがいい』という空気が充満していた。実際にこの報道により起用を見送った企業もあるようですから、今年、大きく順位を下げたのは、この騒動も一因といえます」
まさしくおっしゃる通りです。
小保方捏造詐欺では、ついに自殺者まで生んでしまいました。
脱法ハーブも「危険ドラッグ」に名称も決まり、麻薬よりも危険で害の大きいことも広まってきました。
誤っていることを認められない運営やメンバーは、いずれ滅んでいくことでしょう。
誠実・信頼・責任を伴わない不誠実なプロジェクトは、強烈な副作用に見舞われるでしょうし、ここ1~2年の不誠実な実態は、すでに副作用としてAKBを蝕んでいます。
私たちはそうした逆風の中、麻友をはじめとした、誠実・信頼・責任を全うし続ける人間を応援し、守らなければなりません。
世の中の話題といえば、ねつ造、偽装、嘘、薬物、ドラッグのようなスキャンダルばかりでAKBも渦中です
こんなときだからこそ誠実正義のまゆゆが1位になったことにみんなが喜ぶのは当然ですよね。正義が勝ち悪は退治される。ねつ造、偽装、嘘、薬物、ドラッグのようなスキャンダルでしか話題を作れないAKBにはうんざりです。どんどん退治したいですね
京楽が期待通りの役割をして安心しましたが、主さんのAKB離れとAKBの内紛騒ぎとが関連あったりして・・。
①
◆AKB48選抜総選挙が醸し出す民主主義のジレンマ ~たった1%の組織票~
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/5884c53443b8c74e6554d3747b9c44a8
>>なぜ事前に組織戦を仕掛けることができなかったのか
>>全投票数の1%を動かせればトップが変わった
これについて私は、コンドルセのパラドックスの事例も挙げて、この問題点を主張しました。
主旨としては主さんの上記コラムと同じ意味合いです。
②
◆アンチではなく「水を差す」人々は必要だ
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/c922fe16261afb88ccd8ad4e95cc8f18
>>集団的高揚を得るために適度な空気は必要であるが、組織や集団が空気に支配されて閉鎖性を高めていくのを防ぐために、水を差す人は必要だ。
>>「水を差す」人々をアンチと蔑視するのではなく、重要な役割を担っていると考えるべきなのだ。
これについても、私はスタンスを明確にしたうえで、「チェック機能、不信任案の提出をテーマにすることは、組織として極めて健全なあり方であり必要だ」と述べました。
主旨としては主さんの上記コラムと同じ意味合いです。
・・・・・・・・・・・・・・・
これらを踏まえたうえで、AKBファンの民意が示された。
③
◆渡辺麻友おめでとう!http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/949caa5ade71570e559b8cd931230c32
>◆私自身は「渡辺麻友が1位でならねばならない」とは考えていなくて、「渡辺麻友が1位でなければならないと考えるファンが渡辺麻友を1位にした」、このことについて感動した
>◆総選挙にて渡辺麻友1位にするべく推しメンの「境界」を超えて結束し、また渡辺麻友1位に歓喜するファンの姿に民主主義の芽生えを見た
①②のジレンマを経て、③の民意が示された。
それは大いに感動できるものだった。
私が言いたかったことは、端的にまとめれば、一連の流れでの主さんのコラムと同じ主旨を述べたまでであり、これをもって「総まとめ」します。
>>選挙期間中の本店運営の投票誘導
「運営の投票誘導」という言葉は、取り消していただきたいですね。麻友は決してゴリ推しされて優遇されてきたメンバーではありません。
そんなこと言われれば、こちらもこう言いたくなります。むしろこちらのセリフですよ。
さんざんゴリ推しされ、「秋元康の寵愛でVIP待遇続き」のあなたの推しこそ、特別扱いでしょう。
米平騒動を思えば、本来解雇されるべき事例だったのですよ。秋元康が「AKBのメンバーである以上、恋愛禁止は厳守すべき」と公式にコメントしたのです。その時の無念さ、悔しさは忘れません。一方で、指原騒動に対するVIP扱いのギャップに対する憤りを永久に忘れてはならないと心に刻んでいる多くのAKBファンの想いを軽視してはなりません。「恨まれて当然」という世論が形成されるのが、むしろ自然であり健全です。
解雇されるべき過ちにも関わらずゴり推しを受け優遇され続けていることの不公平さに比べれば、今回の麻友への運営のバックアップなどは、その100分の1にも過ぎません。
そもそも、正しいことをひたむきに頑張ってきた麻友を運営がバックアップするのは、誠意ある人間なら当然の心情でしょう。
その程度のことで「誘導」などと批判される筋合いはありません。
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/c922fe16261afb88ccd8ad4e95cc8f18
ちなみに、私のハンドルネームも、この時期に次々連投されていた小林よしのり氏のコラムに
とても共感したことから付けたものです。
「あんな奴を頂点にしたら組織は壊れるぞ」「大義や民意を重視し、民主的に制御すべきだ」
「チェック機能や不信任案を発動すべきだ」、こうした民意を形成し得る状況かどうかは、非常に大切です。
超絶大好き5%、好き5%、どちらでもない10%、嫌い30%、超絶大嫌い50%
(メンバーBの支持率)
超絶大好き4%、好き50%、どちらでもない40%、嫌い5%、超絶大嫌い1%
上記例で、「超絶大好き」に投票されるのがAKB総選挙だとします。この場合、Aが勝利します。
だからといって、「嫌い」「超絶大嫌い」という大多数の民意(想い)を反映できないような集団であれば、
その集団は死んだも同然です。
80%に嫌われる人物が園長先生に選出されたら幼稚園が不安定になり崩壊することくらい、
幼稚園児でも「感覚的に理解できる真理」です。とても単純な話です。
Kazuさんは、「支持率」という「民主集団の基本概念」を軽視しすぎていませんか?
「5%に愛されれば95%に嫌われても構わない」という「集団論理」では、
現実の「社会集団」は上手く回りません。某惨敗テレビ局の、「見たくなければ見なくて結構」と同じです。
ただの「居直り強盗」ですよ。
まあ、「AKBは何でもあり」の「反社会的集団みたいなものだ」と居直れば、それも有りですが。
そうした空気が許せないから、私は「麻友に代表される価値観がAKBファンに支持されることの重要性」を
言っているのです。
死刑囚にも支持者は存在します。野々村議員にも支持者は存在します。
みるきーがスキャンダルを何度も繰り返そうが、支持者は存在します。
決して彼(彼女)支持者の存在や価値観を否定するわけではありませんが、
5%の信者を制御するためには、バラバラに散らばった断片を集めて、
5%以上の民意を形成しなければなりません。
そして、渡辺麻友には、それだけの器があったということです。
それが不満だからといって、いつまでも麻友の頂点にウダウダ愚痴をこぼしても逆効果です。
同時に、「○○退治」というテーマ(「野々村議員退治」「麻原彰晃退治」)を設定することは、
非常に有意義です。「○○退治」という語彙がAKB的に不適切なら、
ニュアンスは若干異なりますが、「打倒○○」でも良いでしょう。
AKBファンにとってどれほど意義深いものなのか、この1年は引き続き各所で主張し、広めていきます。
私はkazuさんの価値観自体は、一切否定しません。
ただ、その価値観に多くのファンが共感できるかどうかは、別問題です。
私も共感できる部分はもちろんありますが、そうでない部分もあります。
そうでない部分(副作用に対する危惧)に対して、AKBへの想いを主張しているだけです。
Kazuさんの主張通りにAKBが舵を切ったら、ただの「甘えたワガママ集団」になり、
もはや「集団であるべき意義」は薄くなると思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下、名前を書き忘れましたので再稿します。
(補足)
>◆私自身は「渡辺麻友が1位でならねばならない」とは考えていなくて、「渡辺麻友が1位でなければならないと考えるファンが渡辺麻友を1位にした」、このことについて感動した
>◆総選挙にて渡辺麻友1位にするべく推しメンの「境界」を超えて結束し、また渡辺麻友1位に歓喜するファンの姿に民主主義の芽生えを見た
>「○○は退治されるべき」という「民意」を「AKBファンが形成しうる環境にあったこと」に「価値がある」ということです。
これについても、私個人が「〇〇は退治されるべき」と主張しているのではなく、「○○は退治されるべき」という「民意」を「AKBファンが形成しうる環境にあること」にこそ、「価値がある」と言っているのです。
国会に例えれば、「〇〇総理大臣は退治されるべき」と言っているのではなく、「〇〇総理大臣は退治されるべきだ」という不信任案(テーマ)が提出されて、世論や民意を形成しうるような、「健全なチェック機能を働かすことが必要だ」、ということです。
「〇〇は選抜落ちすべきだ」「〇〇は圏外に落としてあげるべきだ」、こういうテーマが形成しうることが重要です。
「私個人」が、「みるきーは選抜落ちすべきだ」と主張しているわけではなく、「今回はみるきーを選抜にするべきではない」という民意(想い)が形成しうる状況にあることに「価値がある」、と主張しているのです。
今回、みるきーを選抜から外すことに成功したことは、AKBファンのファインプレーでしょう。
同じように、評論家、運営、ファンの想い(民意)を結集させて指原退治を目指そうという流れにこそ、AKBの希望であり、「大きな価値があった」と主張しているのです。
だから、「〇〇退治」のような民意の問い方(チェック機能、不信任案の提出)をテーマにすることは、組織として「極めて健全なあり方」なのです。
総選挙は反対票(マイナス投票)はできません。
95%の不支持(想い)を形にするには、やはりテーマ(世論・民意)の象徴となり得る対象が必要であり、麻友への支持と、退治されるべき対象への反対票が、今回の選挙では鮮やかにAKBファンの民意(想い)となって表れた。
だから、この民意(AKBファンの想い)は、最大限に尊重されるべきであり、今回の結果をAKBの未来の為に生かさなければなりません。
上記についても、「私個人」がそのように主張したいということではなく、そういう「想い」が「AKBファンの民意として形成されること」に価値がある、そういう状況が健全である、と主張しているのです。
「〇〇を押し上げよう」という民意形成と、「〇〇は退治されるべき」という民意形成は、民主組織において、同じくらい重要な考えです。
今回の総選挙で、両方の想いが見事にマッチングしたことは、「AKBファンの民意(想い)の勝利」、といえるでしょう。
繰り返しになりますが、「私個人」が「民意はそうであるべきだ」と主張しているのではなく、「AKBファンの想いの結集として、そうした民意が形成され、それが結果に結びついたことに価値があると主張しているのです。
好きなモノを好きと言った奴が一番ガチでマジと違ゃうんか?
他人貶めるための連携のどこら辺にガチやマジを感じとるのよ?
それがアンタらがファンになったAKBの原風景なんか?
>よしりんファンさん
もはやワケワカメな領域に突入してる印象は拭えんのですが…
「ガチ」や「マジ」を否定するつもりが無いのなら、投票で意思表示すらしていない「AKBの発展を想う」ファンによる「民意」ってなんなんすかね?
いつものように麻原オウムを例に出してますが、麻原オウムはAKBGの総選挙と何の類似性があるんでしょう?
麻原オウムは4~5%の民意を得ていたから似ているとでも言いたいんすかね?
自分が主張してるのは95%の民意が5%を覆せないとしたら95%のガチやマジを先ずは疑えといこう事です。
これを歪みと受け取られるならAKBGもいよいよなんでしょうな。
総投票数の上限は決まっているので、どこかに投票の濃い所が出来れば別の所に薄い所が出来るのはAKBGの選挙システムでは避けられない事なのは当然ですよね?
自分の推しに投票することを諦めたファンが投票数の薄い所の犠牲を受け持ち、票数を水増ししてもらった側はそれによって得た利益を一方的に享受するわけです。
>◆総選挙にて渡辺麻友1位にするべく推しメンの「境界」を超えて結束し、また渡辺麻友1位に歓喜するファンの姿に民主主義の芽生えを見た
この「推しメンの「境界」を超えて結束し」ってところが自分が書いた「『差し置いてまで』する投票だからこそ、投票する人のガチやマジを問うことが出来る。」にリンクするわけですよね?
ここで質問です。
自分の推しに投票することを諦め他押しに一方的な利益を享受させる投票行動をさせる動機って何なんでしょう?
実際の選挙で考えてみましょ。
どうしても落としたい候補がいるから選挙協力して欲しい。
それを受ける動機とは?
もう言うまでもないすよね。
AKBGの選挙でも他押しに投票するのは相応の見返りがある場合に限ってです。
自分は、「〇〇退治」のような民意の問い方(チェック機能、不信任案の提出)をテーマにすることで選挙協力させられた存在に、どれだけの利益を与えられるかが組織として「極めて健全なあり方」だと思うのです。
○○を退治したらどうなるかってのは未来への期待なんで見返りが確定しているわけではないですよね。
実際、須田柴田松村対するバッシング(票を局所に固めた反動)は一部では起きましたから。
犠牲を強いられた側に対する見返りが確実に担保出来ない(不果実な未来に由来するため)のが、AKBGにおける○○を落としたいがための協力に内在する問題でしょう。
AKBGの選挙システムではマイナス票は存在しません。
それでも誰かを誰かの犠牲によって貶めようという行為は、人を呪わば穴二つ、決して手を出すべきではない危険な領域だったと主張したいのです。
一応書いときますけど、今回の選挙でAKB48ファンが指原を退治するために団結したのだとは自分は考えていません。
>◆私自身は「渡辺麻友が1位でならねばならない」とは考えていなくて、「渡辺麻友が1位でなければならないと考えるファンが渡辺麻友を1位にした」、このことについて感動した
>◆総選挙にて渡辺麻友1位にするべく推しメンの「境界」を超えて結束し、また渡辺麻友1位に歓喜するファンの姿に民主主義の芽生えを見た
>「○○は退治されるべき」という「民意」を「AKBファンが形成しうる環境にあったこと」に「価値がある」ということです。
これについても、私個人が「〇〇は退治されるべき」と主張しているのではなく、「○○は退治されるべき」という「民意」を「AKBファンが形成しうる環境にあること」にこそ、「価値がある」と言っているのです。
国会に例えれば、「〇〇総理大臣は退治されるべき」と言っているのではなく、「〇〇総理大臣は退治されるべきだ」という不信任案(テーマ)が提出されて、世論や民意を形成しうるような、「健全なチェック機能を働かすことが必要だ」、ということです。
「〇〇は選抜落ちすべきだ」「〇〇は圏外に落としてあげるべきだ」、こういうテーマが形成しうることが重要です。
「私個人」が、「みるきーは選抜落ちすべきだ」と主張しているわけではなく、「今回はみるきーを選抜にするべきではない」という民意(想い)が形成しうる状況にあることに「価値がある」、と主張しているのです。
今回、みるきーを選抜から外すことに成功したことは、AKBファンのファインプレーでしょう。
同じように、評論家、運営、ファンの想い(民意)を結集させて指原退治を目指そうという流れにこそ、AKBの希望であり、「大きな価値があった」と主張しているのです。
だから、「〇〇退治」のような民意の問い方(チェック機能、不信任案の提出)をテーマにすることは、組織として「極めて健全なあり方」なのです。
総選挙は反対票(マイナス投票)はできません。
95%の不支持(想い)を形にするには、やはりテーマ(世論・民意)の象徴となり得る対象が必要であり、麻友への支持と、退治されるべき対象への反対票が、今回の選挙では鮮やかにAKBファンの民意(想い)となって表れた。
だから、この民意(AKBファンの想い)は、最大限に尊重されるべきであり、今回の結果をAKBの未来の為に生かさなければなりません。
上記についても、「私個人」がそのように主張したいということではなく、そういう「想い」が「AKBファンの民意として形成されること」に価値がある、そういう状況が健全である、と主張しているのです。
「〇〇を押し上げよう」という民意形成と、「〇〇は退治されるべき」という民意形成は、民主組織において、同じくらい重要な考えです。
今回の総選挙で、両方の想いが見事にマッチングしたことは、「AKBファンの民意(想い)の勝利」、といえるでしょう。
繰り返しになりますが、「私個人」が「民意はそうであるべきだ」と主張しているのではなく、「AKBファンの想いの結集として、そうした民意が形成され、それが結果に結びついたことに価値があると主張しているのです。
「ガチ」や「マジ」を否定するつもりはありません。
ただ、前に例を挙げたよ
うに、オウム信者も「ガチ」や「マジ」で麻原に忠誠を誓い、「一人でも多くの市民をポア(殺害)しよう」と努力してサリンを開発したのです。
だから、その「ガチ」や「マジ」に対して、ファンの民意(想い)を形成することが大切です。オウムのサリン製造のように、95%に支持されない「ガチ」であれば、それは、95%の民意(想い)を何らかの形で示す対象(場)が必要です。
島田が「体重120kgのアイドルを目指します」「これからはデブドルの時代です」と5%の支持で1位になったところで、95%の想いが反映されないグループは、歪みが大きすぎて、多くのファンが去っていくことでしょう。
いずれにしても、kazuさんに代表される価値観の主張があるからこそ、逆に麻友をAKBの民意(想い)の結集として1位に出来たことは、本当に素晴らしいことだと思います。
主さんも、もし麻友が1位になれなかったら、永遠にAKBのコラムを書くことはなかったかもしれません。
AKBGの総選挙において恋愛解禁を目指すなどと公約(どころか発言すら無し)を掲げたメンバーは居ないのでね。
当然公約を掲げる投票対象が居ないんだから、AKBGを恋愛解禁にと投票したファンも居ない。
ここ、重要なんで。
AKBGの選挙にとってマジョリティが何なのかを考えなければならない。
コンドルセのパラドックスを説明するための一般的なモデル(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%95%E7%A5%A8%E3%81%AE%E9%80%86%E7%90%86)もよしりんファンさんが提示したモデルもAKBGの選挙を説明するには不適当。
待遇に天地の格差がある選挙序列を取り合うだけに、実際の投票となると単純な2推し以下の選好順序が反映されるかどうか極めて疑わしい。
だから2推し以下の選好を問わない1票には1人だけ投票する。
当たり前の投票方法の1票に1人だけど、一般論として集団の選好順序に悪影響を与えるかどうかは置いといて、AKBG内の文化とは好相性だと思う。
1推しに入れる一票を差し置いてまで別のメンバーに投票する。
この『差し置いてまで』する投票だからこそ、投票する人のガチやマジを問うことが出来る。
ガチやマジを尊重するAKBG内文化にこれほど適した投票方法はない。
実際に投票せずに○○は△△が良かったなどというガチやマジを問われてない意見はAKBG内文化としては尊重される事はない。
メンバーのガチやマジに対し、ガチやマジで投票したその1推しファンの票プラス1推しに対する投票を差し置いてまで他のメンバーにガチやマジで投票した他推しファンの票。
ガチやマジを問われた投票のみがAKBG内文化において尊重されたり意味を持ったりするのが当然である。
以上を踏まえて、
例として挙げられた島田&松村の件(例としてなので当然似たような他のケースも同じ)
なぜ問題なのか理解できませんな。
彼女らのファンとアイドルに対する価値観は違えど、ガチやマジを尊重するAKBG内文化を共有してるなら祝福してあげるのが当然の助動詞。
気分よく選挙シングルのセンターを務めてもらって、それ以後は運営選抜のセンター様に務めていただくだけ。
AKBG以外の人間にどう思われようとそれがどうだというのか?
島田や松村は選挙シングルだけのセンターでありAKBGのセンターは運営が決めた○○だ!と主張すれば良いだけ。
ガチとマジが導いたAKBGの有り様を肯定してやるのがAKBGのガチやマジじゃないのか?
ガチとマジで推し上げられた島田や松村を、AKBG以外の人間の目を気にして「退治されるべき」と主張するなら、AKBG内文化が尊重するガチやマジに対して唾する行為だ。
このような言動や行為が行われるとしたら、自分はそれにこそAKBGの衰退(それを支えてきたガチやマジの)の表れしか感じない。
>◆私自身は「渡辺麻友が1位でならねばならない」とは考えていなくて、「渡辺麻友が1位でなければならないと考えるファンが渡辺麻友を1位にした」、このことについて感動した
>◆総選挙にて渡辺麻友1位にするべく推しメンの「境界」を超えて結束し、また渡辺麻友1位に歓喜するファンの姿に民主主義の芽生えを見た
>「○○は退治されるべき」という「民意」を「AKBファンが形成しうる環境にあったこと」に「価値がある」ということです。
結局、1&2番めと3番めは全く違う主張だと思うんよね。
主さんはAKBGから離れてたって書いてたから、選挙期間中の本店運営の投票誘導とかもしかしたら知らない?
まぁ、自分も退治でAKB48ファンが結束したとは思ってないけど。
>今のAKBの状況なら、私が指原推しだったとしても、今年は麻友に投票したと思います。
一応これにも答えておきます。
前田敦子卒業以来の事実を語った上でなら良いのよ、誰に投票するかは個人の自由なんで。
前田卒業以来運営は渡辺麻友をセンターに遇してグループの象徴としてきたんやから。
運営はAKBGは正統派アイドルグープであり恋愛禁止であり人間としての高潔さを重んじるから渡辺麻友をセンターとしてシンボルにしている事実を。
自分が指推し以外でも運営がシンボルとして担いでいる渡辺麻友に投票するのはリソースの無駄と考えるわ。
というかセンター適正が高いメンバーのグループに対する貢献度って考えなおされるべきって考えてるんで。
>>恋愛禁止は当たり前のことであり、掲げること自体が低次元だという考えに全く同意できません
これはAKBに対して言っているのではなく、麻友が「そんなのは最低限のルールであり、
守って当たり前であり、掲げるまでもない」(暗に「恋愛云々の低次元なゴシップで振り回されている場合ではない」
と発言したことに対して、これだけ崩壊している恋愛禁止条例でさえ、
「掲げるまでもない当たり前の次元」と言い切れる麻友を、賞賛する意味で言ったのです。
周囲がこれだけ「恋愛禁止条例を理念として掲げるのは困難だ」と言う状況でさえ、
「私(たち)は、恋愛云々の低次元なゴシップで振り回されている場合ではない」、
そう言い切れる麻友が支持されることは、「AKB最後の希望であり砦である」と言いたいのです。
>>常に○○の勢力が与党でなければいけないという身勝手な考え
>>万年野党でなくてはいけないという理屈は全く受け入れられないですね
誤解ですね。これはkazuさんへのコメントでも書きましたが、
“私個人が”コンドルセのパラドックス(少数支持率勢力が大きな影響力を持つ状態)
はAKBにとって良くない状態だ、という主張をしたいのではなく、
「AKBを取り巻く環境(ファンや運営等)」が、そういう状況ではダメだという「民意」を形成しうることが大切、
と言っているのです。
例えば、島田晴香が、「デブドルという新しいジャンルを切り開くために体重80kgを目指します」と宣言して、
それに対する支持5%、不支持95%としましょう。総選挙では支持5%が結集して、15万票集めることも可能です。
そうして島田晴香が麻友を破って、1位になったとしましょう。
AKBファンは“デブドル”を望んでいる、AKBはそういう価値観を支持している、と誤解(曲解)されてしまうわけですよ。
松村香織は素晴らしいメンバーであり、私も応援はしていますが、もし彼女が総選挙で2連覇でもしたら、
AKBを取り巻く空気はどういうものになるか、想像に難くないでしょう。
私個人が、松村を支持・応援するということと、彼女が総選挙で1位になって、
彼女がAKBの価値観を代表していると曲解されることは、分けて考える必要があります。
いくら総選挙の結果は「1曲のポジションを決めるだけのもの」と主張しても、
AKBを取り巻く環境は、そうは解釈してもらえません。
“私個人が” 島田晴香や松村香織が1位になっては困る、野党でなくてはいけない、
麻友(に代表される概念)が勝つべきだ、と主張しているわけではなく、
「AKBを取り巻く環境(ファンや運営等)」が、そういう状況ではダメだという「民意」を形成しうる環境であることが大切であり、
「私の個人的見解」を主張したいのではなく、「どういう民意を形成できるか」、ということが「大切」である故、
現状のAKBを鬱うマジョリティによって、今回の総選挙で「民意が形成できた」ことに対して、
「民主主義の勝利」だと主張しているのです。
麻友の勝利が、AKBに絶望していたマジョリティにどれだけの希望を与えたか、
私個人がどうかではなくて、AKBを取り巻く多くのファンの「想い」が壮絶な「まゆゆコールを「沸き起こしたこと」に、
「AKBとして非常に価値がある」と言っているのです。
私個人は、指原を評価しているし応援しているメンバーの一人でもあると何度も書きましたが、
私個人の想いがどうかは別として、彼女が連覇して「指原スタイルがAKBを代表するかのような曲解は勘弁」、
「そういう状況が続いてはダメだという「民意」をAKBファンが形成しうる環境であることが大切で」あり、
渡辺麻友という存在に多くのファンが共鳴し、「麻友にどうしても勝利してAKBファンの民意を示したい」という想い、
その一連の背景と結果が結びついたこと、コンドルセのパラドックスが解消されたこと、
それらが、AKBにとって最重要であると主張したいのです。
今のAKBの状況なら、私が指原推しだったとしても、今年は麻友に投票したと思います。
どんな集団でも、たとえば生徒会長やクラブ活動の部長を投票で決めるとき、
「自分が支持する人」と、「この人が集団のシンボルであってほしいと思う人」が異なり、
後者に投票することは、民主社会では、ごく普通のことです。
だから、渡辺麻友という存在がなければ、AKBは一気に崩壊した可能性があります。
現状のAKBを鬱うマジョリティファン層の「想い」(民意)を形成しうる対象がなければ悲劇です。
そこで、AKBファンの想いを体現しうる「渡辺麻友」という素晴らしい人物を「理念」のシンボルとして掲げることで、
「民意」を形成しうる環境を整えることができたのです。
誤解を招く言い方で申し訳ないけれども、その一方で「指原退治」というテーマを形成できたことは、
非常に意義のあることだと言いたいのです。「私個人」が、指原は退治されるべきだと考えているわけではなく、
「指原は退治されるべき」という「民意」を「AKBファンが形成しうる環境にあったこと」に「価値がある」ということです。
その解釈を誤解されると、いつまでたっても論議は噛み合わないと思います。
↓私が言いたいことは、こちらで主さんが主張されていることと、まったく同義だと思います。
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/949caa5ade71570e559b8cd931230c32
◆私自身は「渡辺麻友が1位でならねばならない」とは考えていなくて、
「渡辺麻友が1位でなければならないと考えるファンが渡辺麻友を1位にした」、
このことについて感動した
◆総選挙にて渡辺麻友1位にするべく推しメンの「境界」を超えて結束し、
また渡辺麻友1位に歓喜するファンの姿に民主主義の芽生えを見た
ただそれはあくまで、その社会や集団に「明確なビジョンや理念」が背景にあってのことです。
それが運用できていない状態で、少数支持率勢力が社会や集団をかき混ぜるのは、
非常に危険であり、組織を非常につまらなくします。
それと、“私個人が”コンドルセのパラドックスはAKBにとって良くない状態だ、という主張をしたいのではなく、
「AKBを取り巻く環境(ファンや運営等)」が、そういう状況ではダメだという「民意」を形成しうる環境であることが大切、
と言っているのです。
「私の個人的見解」を主張したいのではなく、「AKBを取り巻く環境(ファンや運営等)」が、
「どういう民意を形成できるか」、ということが「大切」である故、
現状のAKBを鬱うマジョリティによって、今回の総選挙で「民意が形成できた」ことに対して、
「民主主義の勝利」だと主張しているのです。
そして、あの壮絶な「まゆゆコール」は、「AKBの民主化」に希望を感じた
「マジョリティの歓喜」を代弁しているのです。
より強そうなメンバーの足を引っ張る程度に考えて下さい。
無学なもんで言葉自体知らんかったですが実に面白い(湯川学風)。
AKBGの多元化については改めてと書いていたんで。
AKBGでは(単純な)最高支持率者が絶対的与党である必要性は必ずしも必要ではない理由で行ってみますか。
皆さんは実際の政治で選挙する時、一番重要な論点は何だと考えますか?
まぁ、色々と答えはあると思うんですか、一番根源的なものになると共同体の資源配分(抽象的な)じゃないですか?
これのより公平(共産主義ではないので平等ではない)な配分を巡って立候補者が戦う。
先進国でも所得の再配分について、累進課税や社会保障なんか議論されてますよね。
対してAKBGです。
選抜総選挙によって資源の配分具合が争われてますか?
争われてませんよね?
AKBGの総選挙は選挙順位によって予め決められている資源配分の分捕りあいをするもじゃないですか!
そしてそれは、本来民主的な選挙によって選ばれた統治者が全体を満足させるために行う資源配分とは程遠い、上位への資源配分の極端な偏りを特徴とするものです。
この点がAKBGと実際の政治との大きな違い、そして多元化の根源的原因でしょう。
例えば選抜16人の順位と名前を記入し1位16P~16位1P与えられる投票システムを採ったとしましょう、
果たして1位に自分の推しメンを書き2位以下に順当と予想される上位メンを書きますかね?
自分なら資源配分に極端な偏りがあり一つの順位低下が推しメンの未来を決定しかねないような状況で2位以下に無難な上位者の名前などは書きはしない。
2位以下には上位に来そうもないと予想されるメンバーを書いて、一つでも自分の推しメンの順位を上げようとします。
えーいそれならとベタに総当りの一騎打ちでコンドルセの投票方法を利かせたれとも考えるかもしれません。
しかし渡辺麻友vs指原莉乃をやったとして簡単に渡辺麻友が勝つと思いますか?
自分が二人以外の推しなら、渡辺麻友と比べて恐らくアンチの多いであろう指原莉乃に投票することによって、自分の推しvs渡辺麻友の一騎打ちが実現する可能性を減らします。
こんなのは渡辺麻友vs適当な研究生でも同じことです。
本来政治が争うべき最重要課題である共同体の資源配分が極端に上位者に偏ると予め決まっていてその分捕り合いをするAKBG選抜総選挙において、コンドルセのパラドックスを排除するように心を砕くのは逆に無秩序を促進させます。
明らかな強者から最初に排除していくことが弱者の最適戦略になりますからね。
以上がコンドルセのパラドックス上等!とAKBGなんてそもそも多元化するのが当たり前やんの個人的立証でした。
多元化についてはもうちょっと続く…。
まったく話が噛み合っていない。
意図的に僕の意志を無視して発言を続ける気ならもうこれ以上あなたと関わるのは止めにしますがその方がいいですか?
あなたの考えている僕の概念とは一体何を指して言っているのか?
僕は
恋愛禁止条例に反対していない。寧ろ掲げろと言っている。
恋愛したいなら辞めるべきという点でも意見が一致している。
なぜそういう部分を無視した発言を繰り返すのか。
少女だから許しているのではないという話も他でしましたよね?
人権侵害だからダメだとも言ってないのに何で僕の意図を無視するんですか?
貴方が言いたいことをダラダラ並べることが目的ならご自身のブログででも2chにスレ立てでも勝手にすればいいでしょ。
一般論の話をする前に目の前の論者に向けた発言をして下さい。
僕の目を見て対話をして下さい。
貴方が恋愛禁止など掲げる程のものでもないと言ったからその必要性について語ったのですよ。
結局貴方はまた理念という位置づけに戻してるじゃないですか。
また、民意についても「渡辺麻友おめでとう!」のエントリでの僕の発言を読み返して下さい。
民意が示されたこと自体を僕ははっきりと肯定しています。
常に○○の勢力が与党でなければいけないという身勝手な考えを言葉にするのはやめた方がいいと言っているのです。
そういう態度をすれば本来貴方の意見に賛同して助けてくれるはずの仲間が嫌悪感を示し去っていきますよ。
それは貴方にとっても推している麻友達にとっても不幸なことじゃないですか?
このままでは対話を続けることができません。
最低限僕が発言したことと矛盾するような言いがかりをするのはやめて下さい。
・A推し 5%
・B推し 4%
・A・B以外推し 91% (これを「C推し」とします)
<質問2> C推しの人に質問です。あなたはAとBのどちらを支持しますか?当選してほしい(頂点に立ってほしい)ですか?
・Aを支持 10%
・Bを支持 90%
AとBの「どちらを支持するか」という点に集約すると、
・Aを支持 5.0%+(91%×10%) =14.1%
・Bを支持 4.0%+(91%×90%) =85.9%
しかし、実際の投票は、
・A推し =5.0% Aに投票
・B推し =4.0% Bに投票
・C推し(BよりもAを支持) 91%×10% =9.1% Cに投票
・C推し(AよりもBを支持) 91%×90% =81.9% Cに投票
推しメンへの投票が前提の総選挙では、得票数は単純に考えれば、
推し率5.0%のメンバーAが、推し率4.0%のメンバーBに勝利するでしょう。
しかし一方で、全体の91%を占める圧倒的多数派層であるC推しは、
Aへの支持(10%)よりも、Bへの支持(90%)のほうが圧倒的に大きいわけです。
つまり、「全体支持率14.1%」のメンバーAが、「全体支持率85.9%」のBに勝利してしまう。
この「最高支持率者が敗者になる」「低支持率者が勝者になる」という、
「民主主義の根底を揺るがす脅威」が、「コンドルセのパラドックス」です。
ニュアンス的には、「ノイジーマイノリティがサイレントマジョリティを凌駕し、民主主義を脅かす」
「悪貨は良貨を駆逐する」というイメージに近いです。
極端な事例として、麻原彰晃へのカルト的な支持が暴走し、社会を混乱させたオウム事件も挙げられます。
さらにAKB総選挙の場合は、「一人一票ではない」わけですから、
より一層、「コンドルセのパラドックス」が起こりやすくなるわけです。
中には一人で数千票も投票しているファンもいますから、得票率5%(15万票)のAは、
実は5000票×わずか30人の支持者のみだったということも、仕組みの上では起こりうるわけです。
これを打ち破るには、最高支持率者である「B」に勢力を仕向けなければなりません。
今年の総選挙のように、「最高支持者である麻友が勝者であって然るべきだ」
「コンドルセのパラドックスは解消すべきだ」「それが民主選挙なのだ」という、
「AKBファンの民意を形成する」という類のものです。
だからこそ、「誰が頂点に相応しいか」という事前調査で「圧倒的な43%」という支持を得ていた麻友が、
民主的手段によって今年頂点に立ったことは、非常に大きな価値があるのです。
「最高支持率者が敗者になってしまう」という、反民主主義的なコンドルセのパラドックスの脅威を打ち破り、
「最高支持率者が民主的に勝者になった」ということですから。
総投票数300万票として、麻友の得票は本来なら、300万票×頂点支持率43%=129万票あっても良いわけです。
しかし実際は、推しメン投票によって、当然ながら各推しメンバーに分散されるわけです。
これは様々な価値観への支持を明示するというメリットもありますが、
副作用の一つが、「最高支持率者が敗者になる」という「民主主義の否認」≒コンドルセのパラドックスです。
もし麻原彰晃が立候補したら、信者20人が1000万円(約1万票)お布施して20万票で、
AKBセンターとして尊氏のマーチを踊らせることも可能です。
総投票数300万票、総投票者100万人として、わずか20人の支持(頂点支持率0.002%)で、
43万人の支持(頂点支持率43%)の麻友を破ることもできるのです。
昨年の総選挙は、そうした「コンドルセのパラドックス」によって、民主選挙が半ば崩壊してしまった。
冒頭の例で言うなら、「全体支持率14.1%」のメンバーAが、「全体支持率85.9%」のBに勝利してしまった。
その犠牲者が昨年は大島優子や渡辺麻友だったわけですが、
問題の本質はもっと深刻であり、「多数派の民意が選挙結果に反映されない」という、
「民主選挙崩壊の脅威」こそが、組織にとっては「最も深刻な問題」であったわけです。
私は歴代頂点の前田敦子も大島優子も指原莉乃も渡辺麻友も、同じくらい功績を評価しているし、
「個人的な好み」で言えば、その次元に達したメンバーであれば、
誰が頂点でも与党でも異論はありません。その点は誤解しないでくださいね。
私が言いたいのは、それとは別の文脈であって、
「民主主義の観点から見たときに、コンドルセのパラドックスは組織の安定を脅かす」
「ノイジーマイノリティの影響力を大きくなりすぎて、アナーキズムに陥るのは危険だ」
「運営は守るべき職務を放棄するな」と言っているだけです。
その「居心地の悪さ」「不安定さ」の解消、「民主選挙破綻の脅威」からAKBを救う意味でも、
「麻友ファン+AKBファンの合作」によって、コンドルセのパラドックスを打ち破ったことは、
非常に大きな価値があるのです。
「ファンの民意」によって、AKBの民主主義は守られたわけですから。
私たちにできることは、総選挙に限ったことではありませんが、
いびつな「コンドルセのパラドックス」を回避するための民意を形成し、
運営に圧力を掛け続けることです。
本来ならば、運営が「居心地の悪さ」「不安定さ」を重く受け止め、制御すべきなのです。
しかし、実際は逆なわけです。恋愛禁止条例の崩壊を黙認してきたことは、
そうした「運営の放棄」を象徴するその典型の一つです。
だからこそ、崩壊を食い止めるために、「ファンの民意」を創り上げる必要があったのです。
そして、これらの「多くの想いを受け止めるに相応しいメンバー」として、
渡辺麻友の存在とその勝利は、「AKBの宝」なのです。
特別なことでも何でもありません。
むしろ、そうした不文律(文化)が存在しない集団のほうが、「特別」で「異常」です。
日本人が当たり前と思っている常識でも、別の国では特別で非常識なことは多々あります。
というより、あらゆる生物に共通する事例なんて皆無でしょう。
外の世界から見れば「特別」であることは、どんな社会でも「普通」に存在することです。
「特別なことが存在すること自体」が、「普通のこと」であり、
「特別なことが存在しないこと」は、逆に「異常」で危険なのです。
「アナーキズム」の無政府状態なわけですからね。
大相撲は全体の5%程度の関取(十両以上)でなければ結婚すら禁止ですが、
それがおかしいというなら、力士を辞めるか、力士を続けながら「正々堂々」と結婚宣言して、
人権侵害だと訴えればいいんです。
「高校球児は長髪にしてはいけない、髪を染めてはいけない」などとは、法律にありませんが、
当たり前の不文律として私たちの心に刻まれているのです。
それがおかしいというなら、髪を染めてロン毛で「正々堂々」甲子園に出たらいいと思いますよ。
「堂々と誇りを持って表現出来ないようなことであるならば、改めなさい!」
そうやって青少年の背中を押すのが、大人の役目です。
サラリーマンがアロハシャツで営業をしてはいけないなどという法律はありませんが、
「身だしなみ」は甲子園同様、人間の最低限のモラルです。
それでも「アロハシャツで営業するのが俺のスタイルだ」「それがモラルだ」というなら、
「正々堂々」とアロハシャツで大切な得意先を回ったらいいだけですよ。
しかしながらAKBもそうですが、個人商店ではない以上は、
(個人商店ですら債権債務者等のステークホルダーは必ずいるので迷惑はかかりますが)、
組織の看板を背負っているわけですよ。
社名入りの組織の看板を背負いながら(AKBのTシャツを着ながら)、
「私はアホです」と貼紙をして街中を歩いているようなものです。
そんなに恋愛が大切だというなら、後ろめたいことは全くないはずですから、
「正々堂々」宣言してすればいいのです!
「正々堂々」と宣言できないということは、「後ろめたい気持ちがあるから」でしょうが!
そんなものを「少女だから」と擁護したり、炎上に利用したりするのは、
幼稚なんですよ。まさに厨二病。
それこそが、「運営はメンバーを守る意識がない」という、このコラムのテーマですよ。
そうやって、運営は逃げているのです。
自由や個性を尊重するということと、現実逃避の末路としてアナーキズムに陥らざるを得なくなり、
「制御不能となった失態」を混同してはなりません。
恐ろしいのは、そうした失態の末路としてアナーキズムを否定しない勢力がいることです。
中高生世代メンバーがそう考えるのは仕方ないとしても、大人までもがそう捉えるのは、
精神年齢が「厨二」のままだからか、もしくは現実逃避しているか、どちらかです。
だから芸能界は「幼稚のまま」の、「非常識で狭い世界」なんですよ。
いい年した大人までが、「中学生の精神年齢のまま成長しない」非常識な業界。
だから一部の強運でブレイクした人間以外は、「社会の最底辺」として扱われるばかりか、
業界自体が、犯罪・薬物・人格崩壊・スキャンダル漬けの温床になるわけです。
ハーブ中毒が社会問題になっていますが、戸賀崎氏の件の「対応の仕方」を見れば、
「AKBは社会的集団としての対応をしません」と背中に貼っているようなものですよ。
芸能界での成功なんて99.9%は運であり、もちろん残り0.1%の努力なくして成功は有り得ないわけですが、
「AKB」という肩書き無しに自力で狂った世界で生き残っていけるかといえば、
個人戦ではよほどの才能と運に恵まれない限り、全く無理ですよ。
前田敦子や大島優子ですら、あくまでAKBブランドの上に成り立ってきたのです。
それに較べれば、恋愛禁止条例を理念としてファンと共有し、
一生懸命汗を流して頑張り、意識を高く持ってAKBの活動と向き合えば、
特別な技術や才能がなくても、AKBでは共感して背中を押してくれるファンが大勢いるのです。
なのにわざわざAKBを汚してまで、既存の下衆な芸能界に呑み込まれるべく舵を切る運営は、
アホとしかいいようがありません。
だからこそ、そうした世界観とは堂々と対峙し、ブレずに人間として美しさを求道し、
「人間の道」を歩む渡辺麻友が、AKBファンの民意として総選挙という手段で頂点に立ち、
それに呼応する壮絶な「まゆゆコール」が自然発生的に湧き上がったことは、
非常に意義の大きなことなのです。これこそが、「人間の勝利」です。
そんなに恋愛が大切だというなら、後ろめたいことは全くないはずですから、
「正々堂々」宣言してすればいいのです!
「正々堂々」と宣言できないのであれば、どうぞAKBとは離婚して、
「誇り高き」恋愛にまい進してください。そういうメンバーは、その恋愛を心から応援いたします。
僕とkazuさんを一括りにしている意味がわからないです。
僕は理念として恋愛禁止条例を捉えている主さんの考えに準じた意見を言っているのに対してkazuさんはルールとして(及びその運用方法について)の恋愛禁止条例を語っていると思います。
それに対してよしりんファンさんは掲げるような事自体が低レベルだと仰るということは理念として捉えているわけではないということですよね。
理念であるからこそ、それに沿わない人間は辞めればいいという理屈が通るのであって、ただのルールだというならもっと多様な考え方を認めざるをえないでしょう。
ルールを破っていいと言っているのではなく、あくまで多様な考え方を持つ自由があるということです。
憲法でなく法律ならばその時々の時世に合わせて変えていくのは普通のことでしょ?
にも関わらずご自身の独善的な意見が絶対与党ではなければいけないなんて恥ずかしげもなく堂々と言えることにビックリしてしまいます。
恋愛禁止は当たり前のことであり、掲げること自体が低次元だという考えに全く同意できません。
そして麻友が言ってもいないことを勝手な解釈で利用するのは止めてほしい。
彼女は自分自身が恋愛禁止を守るということを言っただけですよね?
僕はそういうことをしっかり言葉にして示し後輩に背中を見せていることに対して麻友は立派だと思っていますが、よしりんファンさんのやっているのは拡大解釈して自分の論理に利用しているだけじゃないですか。
既婚者が貞操を守る話と花盛りの少女たちに恋愛をさせないということが同列であるわけがない。
明らかに条件が違う上にkazuさんも指摘しているように恋愛禁止条例自体は一般的な常識からすれば否定されてしかるべきものであるという前提条件がまったく理解できてないですよね。
当たり前のことではなく特別なことなんですよ。
特別だから間違っているのではなく、特別なことだから特別な位置づけをしろと言っているのです。
ルールを守ることが当たり前であるということと恋愛禁止条例をどういう位置づけにするかは別個の問題のはずなのにそれを一緒くたにして語るからおかしな話になるのです。
あと何度言っても理解してもらえないようですが、ここでコメントをしている人間に恋愛禁止条例を否定している人間なんていません。
恋愛は自由だなんて言っている人もいませんから。いい加減そういう主張をされるのはやめてくれませんかね。
僕は指原が恋愛を肯定してなどいないと何度も言ってきたつもりですが、結局よしりんファンさんには伝わっていないということなんでしょうね。
多様な意見が生まれるような組織というのはそれを意図して創りだそうとして不断の努力をしていかなければ生まれないと思いますよ。
人々は放置していれば勝手なことをやり始めてバラバラになってしまうなんてことを心配する前に放置していれば同調圧力で一極に集中してしまうことを懸念するべきです。
一部の野党が暴走するとか言っている前に健全な野党を生み出す努力を怠ってきた怠慢の結果が今の日本の政治じゃないですか。
一党独裁が腐敗を生み出すことこそ歴史的事実ではないですか?
何度でも繰り返しますが僕は恋愛禁止条例を肯定しています。
恋愛したければグループをやめればいいという意見にも何ら反対などしていません。
グループに残ったのであれば恋愛禁止を受け入れる意志があると判断しているだけです。
個人的にはそう思っても皆がそれを理解するのは困難だろうと思うから可視化された場所で何らかのアクションが必要だろうと言っているのです。
その為にも理念であるべきだと考えているのです。
正確に言えば理念は別のものにしてその直下に置いて理念を体現する役目として位置づけるのが良いと思っていますが、殆ど理念として位置づけるのと同義と考えてもらっていいです。
そこに多様な価値観が入り込まないようにするには理念である必要があるのです。
逆を言えば理念でもないようなものに対して恣意的に絶対性を持たせる様な意見は否定されるべきだという話です。
絶対的である必要があるというのならばその論拠を明示するべきです。
法体系において絶対的に揺るぎないと位置づけられる基本となる人権や義務はきちんと憲法に書かれています。
その例外となる(制限される)ようなものを法律によって規定していくのが順当なルール作りというものです。
「ルールを守ることが正しい」ということに絶対性を見る考えは理解できます。
しかし、よしりんファンさんはそこにご自身の主観を加えて拡大解釈しすぎています。
今現在ルールを犯しているわけでもなくグループに対して貢献しているメンバーに対して万年野党でなくてはいけないという理屈は全く受け入れられないですね。
主さんがおっしゃられることが、すべてです。
一般家庭においても、妻子がいれば、第三者との恋愛は禁止です。
妻子を捨てても恋愛を優先したい、不倫してでも男(女)遊びを優先したいのなら、堂々と離婚すればいいのです。そして堂々と再婚すればいいのです。
恋愛禁止条例を否定したいのなら、AKBとは堂々と離婚を宣言するばいいだけのことです。
そして、AKBを凌駕するだけの存在になればいいのです。
結婚も二股も不倫も同時進行で出来ればいいというかもしれませんが、世の中、そんな都合の良いことばかりではありません。
AKBも恋愛も男遊びもすべて同時進行でしたいのであれば、AKBと堂々と離婚して、自力でやりましょう。
都合よいときだけAKBに甘えておいて、何でもかんでも思い通りになるわけがありません。
そんなメンバーは是非、AKBと離婚していただきたい。
離婚は決して悪いことではありません。AKBファンを馬鹿にしてまでしがみ付かれても困ります。
大相撲は関取になるまで結婚すら許されていません。
どの業界においても、他の業界からすれば特異なルールや不文律は、大なり小なりあるものです。
国によっては一夫多妻制の国もあります。でも日本は違います。だから日本の理念に基づくべきだし、それが嫌なら、それが許される国に行けばよいのです。
とにかく、恋愛禁止条例を否定したいなら、どうぞAKBと堂々と離婚して頂きたい。それすらも覚悟なきメンバーは、AKBに必要ありません。
そして、そうした気持ちを持ったAKBファンが常に与党であるべきです。
「常にAKBファンの多数派であること」が重要です。
対立する概念があっても良いのです。
ですが、そうした勢力は、あくまで「野党」(マイノリティ)であるべきです。
「多様性を認めること」と、「理念なき多元社会」を混同してはなりません。
「暴走・多元化した野党勢力(マイノリティ)を与党にしてはいけない」という想いが多数派(マジョリティ)であるうちは、
何とかなるでしょう。
しかし「暴走した多元社会」を容認するあまり、偏った野党勢力の一部が組織を蝕み、
集団の心臓部を破壊してきた悲劇は、人類の歴史を振り返っても100%明らかです。
私は妻子がいますので、新たな人間との恋愛は禁止です。
それを破るということは、妻子だけでなく自らの人生を裏切るということです。
「恋愛は尊いものだから」という言い訳は通用しません。
AKBも同じです。
麻友の発言の通り、そんな低次元なことは、そもそも掲げて言うまでもないことです。
恋愛も薬物も未成年の飲酒・喫煙も、自己責任でやりたければAKBを辞めればいいだけです。
ファンもそういう概念を支持したり、そういうメンバーを応援したければ、
AKBファンを辞めて、「保守的な談合ありき」な、「既存の低俗な芸能界」を楽しめばいいだけです。
芸能界はクレジットカードすら作れないほど、世の中のあらゆる業種の中でも「最底辺」ですからね。
1000人のうち999人は人生が崩壊してしまうほど汚れた世界です。
だからこそ、AKBは既存の芸能界とは最低限の繋がりにとどめるべきなのです。
あくまで、既存の芸能界とのつながりは「手段」にとどめるべきであって、目的であってはなりません。
麻友の発言のように、「そんな低次元な概念の是非を問うているようではダメ」、
そういう概念を支持するファンが「AKBファンの与党であるべき」なのです。
私はkazuさんやgenkiさんの概念が「一定の支持を得ている」ことは理解しますが、
好き嫌いで言えば、私が最も嫌う概念であり、だからこそ、そうした概念を絶対に与党にしてはいけないという想いで、
私は「麻友に代表される概念」を支持し、対抗勢力を支持するファン層を再起不能に徹底的に潰すべく、
あらゆる活動をしてきました。
Kazuさんやgenkiさんの概念が「一定の支持を得ている」以上は、なお一層、
「麻友に代表される概念」に対する支持拡大に、今後も意を強く決するのです。
今回の総選挙は、「積年の麻友への想いと支持」+「私が最も嫌悪する概念や勢力を撲滅する」という、
強力な二つの想い(テーマ)がリンクし、その想いが結実した最高の瞬間でもあったのです。
「AKBはそうあるべき」というファン想いの結集が、総選挙という「民意」によって、
麻友を勝利に導いたこと、その象徴として「まゆゆコール」が爆発したこと、実に感慨深いものです。
麻友は、わざわざ恋愛禁止を掲げて是非を問うこと自体がレベルが低くナンセンス、
「そんな低次元の論争をしてるようではダメ」という、実にすがすがしく、誇り高い概念です。
Kazuさんやgenkiさんの概念が「あっても良い」とは思いますが、
あくまでそうした概念は「野党」であるべきで、「与党」であるべきではない、
そうした想いを抱くAKBファンが「常に多数派であるべき」と願うファンが最大公約数であるべきです。
Kazuさんやgenkiさんの概念は、好き嫌いで言えば、私が最も嫌う概念であり、
だからこそ尚更、そうした「既存業界の保守的で低次元な概念は受け入れられない」というAKBファンの想い、
「既存の汚れた業界の保守的談合政治・カルテル」に呑み込まれる運営」に対する「AKBファンの不信任」が、
渡辺麻友を1位に押し上げた面もあることは、実に意義深いものです。
そして、「AKBは麻友に代表される概念こそが与党であるべき」という「AKBファンの想いの結集」が、
総選挙という「民意」によって、麻友を勝利に導いたこと、
「まゆゆコール」として爆発したこと、実に素晴らしいことです。
麻友への支持は、「業界の談合・カルテルに迎合するAKB運営」に対する、
「不信任決議投票」の側面もあったわけですから、スキャンダルをスルーすればするほど、
運営が「業界の談合・カルテルに迎合」を強化すればするほど、麻友への支持は今後拡大の一途でしょう。
来年の総選挙も、麻友(に代表される概念を体現しうるメンバー)を勝利させ、
この法則を「AKBファン与党」の「規定路線」にすること、
「そうしたいと想うAKBファンが常に与党であること」が今後も重要です。
morita813さんへのコメントの続きからです。
スポンサーとは運営はメンバーの処分については消極的で問題ないのでは?
本人とスポンサーの間には入るだろうけど、どうするかは本人次第なんで。
どんな違約条件も突っぱねて思う通りの行動はとれるんじゃないかと。
ただ、あくまで恋愛禁止の下の強制ではない体裁は整えないと大問題になります。
genkiさん
>スルーをやむなしとするのは恋愛禁止条例の旗を下ろしたのと同義ではないですか?
新しいAKBG内文化を創っていく事だと思います。
方向性としては成文法から慣習法に変えていく事だと。
運営の一連の対応見てると、そう持って行きたいと考えているように感じます。
>kazuさんの意図を読み切れている自信はありませんが
自分の意図は運営の対処や反応は正しいので、それを前提として新しいAKBG内文化を創っていくのが生産的だというものです。
例えば、禊は誰かが禊と認めてくれなければ意味が無い。
それなら新しく禊になる行為を共有していく…とかね。
「巨人軍は紳士たれ」や「清く正しく美しく」などは抽象的な表現ですが、何が紳士的かとか何が清く正しく美しいのかと問えば世間の一般常識に沿うものになるでしょう。
対して恋愛禁止は、世間は歳相応に恋愛することは人間の成長にとって好ましいぐらいでしょうから、真っ向反対とは言わんまでも沿ってはいません。
そしてプライバシーの最たるものである個人の恋愛事情を間接的にでも世間に知らしめるのは問題大アリです。
それと関連して謝罪するのは違反の存在を認める事だし、ペナルティを与えるのも違反の存在が前提になる。
以上が前提条件。
もともと運営は、運営公式に違反を認めてペナルティを課す事は出来ない(間接的プライバシーの暴露)と考えていたんでしょう(直接運営に恋愛禁止違反で解雇はいないですよね)。
かと言ってメンバーに謝罪してもらうのは、メンバーの父兄から抵抗があったんじゃないですか?
実際初期の頃は活動辞退(別件名目の内々での処理)が定番だったんで。
でもAKBGが売れてきて大口のスポンサーがつくと事情が変わった。
どんな契約を交わしているかは分からないけれど、活動辞退の自己都合退職ではスポンサーとの違約条件をメンバーとその家族だけが形式上被る事になる。
指原事件以降紆余曲折あったけれど、秋元Pの万策尽きたの言葉は本音なんでしょうな。
主さん
>ペナルティを課す以外の解決方法を模索してきた
ここは自分が運営『公式』にを抜かしたんで解りづらくさせたけれど、運営目線からすれば選挙とじゃんけん以外の人事権を握ってますんで非公式ならいくらでもペナルティは課せますし、課したはずです。
ファン目線からは、多元化も含めて色々あるので別の所で。
ただ短く言えば、呉越同舟による内ゲバ的連帯なんて生産性のカケラも感じませんね、自分は。
今、須田柴田松村が主に容姿についてそんな雰囲気になってますね。
>AKB48はこれまでの常識を覆す方向に舵を切ってよいのではないかと思います。
どんな代償があっても俺ルールで押し通すんだ!と言うのは分からなくはないです。
完全ガチで行くなら峯岸以上の事態も覚悟の上で。
少しでも介入アリなら現状のググタス発表と変わりないでしょうから。
しかしあまりに独善的な印象は拭えませんけどね。
morita813さん
スキャンダルの関係者との交渉について。
交渉相手との立場の強弱はありまが、お互いに同等の対応しか出来ないのが基本だと考えます。
世間一般常識は恋愛自由で突っぱねられたら、俺ルールでAKBG側だけ対処するのは無理。
佐藤亜美菜の時のように相手が譲歩してくれたら手の打ちようもあるんですけどね。
でも亜美菜はスルーでしたっけ、合コンだけならイメージ低下だけで済むから一緒に謝ることは出来たろうに。
この時のポイントは相手のコメントを引き出せれば、ググタス経由で運営の公式見解とする必要がない点です。
飲酒喫煙深夜徘徊等の社会モラル違反も同様に相手と同等レベルの対応が基本。
飲酒の鬼頭桃菜は店側とジャニが警察沙汰を恐れたらお手上げ。
深夜徘徊の村重は条例違反程度なんでググタス即消去でまとめサイトなどを通しての謝罪だけ勝ち取れたんじゃないですか。
しかし、成年メンバーが未成年のジャニに飲酒させたらどうするんやろう?
このケースなら運営のあり方はわかりやすいか…、って考えるだけアホらし。
スキャンダルが頻発していた時期も僕はAKBから恋愛禁止条例が消えたと感じたことはありませんでした。
しかし今は残念ながら恋愛禁止を掲げているとは言えなと感じています。
処分をしなくなったから恋愛禁止がなくなったと感じるのか?
確かにそれもありますがファンは表向きの処分がなくても内部で処分をしていることを知っています。(運営は意図的に何度となくそれを示唆してきましたからね)
問題は内向きのルールとしての機能ではなく外向きに恋愛禁止条例を明示することによるメンバーの保護機能が完全に失われたということだと思います。
スルーをやむなしとするのは恋愛禁止条例の旗を下ろしたのと同義ではないですか?
また、これは以前から主張していることですが恋愛禁止条例はメンバー自ら掲げるのでなければただの抑圧的なルールでしかなくなってしまいます。
今の状態でたかみなに「AKBは恋愛禁止です」と発言させられますか?
配慮のある処分というのは、メンバーの人気や実績を詳細に鑑みて検討する必要がありますが、スキャンダルの詳細を考慮する必要性はあまりありません。スキャンダルの内容による処分の基準を示しているわけでもないですし。
スキャンダルを起こしたとき相手が芸能人だった場合、相手のイメージの低下などからメンバーに処分を下すことはやめてほしいと要請が来るはずです。また、メンバーが広告に採用されている子だった場合、スポンサーや広告代理店から処分を下すことはやめてほしいと要請が来るでしょう。
ここで運営はメンバーのためには、相手側と頑張って話し合いをする必要がありますが、現在の運営は真剣に全力で話し合いを行っているように見えません。たとえ処分を下せないとしても、正式に謝罪をすることは相手側に認めさせるとかそのような努力をしているとは思えない。相手側の言い分を受け入れて、早く場を収めたいとは思っていても、メンバー本人のことをどれほど考えているのか疑問です。
>運営は恋愛禁止に対しては違反を認めてペナルティを課すことをいかに避けるかに腐心してきた!
AKB48の高度成長期が過ぎた後は、ペナルティを課す以外の解決方法を模索してきたと思います。
真っ先に考えられたのは、ファン離れによる間接的な社会的制裁です。
端的に言えば、握手会や選抜総選挙による審判ですが、これはすぐにうまくいかないことがわかりました。
推しメン・システムを基盤に持つAKB48の握手会や選抜総選挙は、全体の意思をうまく反映できません。
5%の得票で指原が1位となったことが決定打でした。
当時、盛んに叫ばれたのは、指原1位を阻止するために6%を組織化できないAKB48コミュニティの全体性の欠如です。
間接的な社会的制裁方式では、AKB48コミュニティの多元社会化が進み、全体性が失われる結果となってしまう、という話は当Blogで過去何度も繰り返されてきた議論ですが、しかし、今年、渡辺麻友が1位を取ったことは素晴らしい出来事だと私には見えました。
AKB48コミュニティには、新しい物語を創造し、共有する力がある、と思わせる出来事です。
上記の創造力の観点から、私は、AKB48はこれまでの常識を覆す方向に舵を切ってよいのではないかと思います。
>ペナルティを与えるということはどんな罪を犯したかを確定させないと不可能なはずです。
>相手の裏アカウントの内容が暴露された状態で、どんなコメント出してケジメをつけさせますか?
ガチで行ったらよいと思うのです。
赤裸々にすべてを語る必要があるとは思っていません。
本人の想いを語ればいいのではないですか。
自分への自信を無くす出来事が何度かあって、
アイドルの道を歩むことに悩むときがありました。
自分の弱さを受け入れることができず、
ファンのみなさんを裏切る形になってしまったこと、
本当に申し訳なく思っています。
ですが、自分が本当にしたいことは何かを考えた結果、
ここで頑張りぬきたい、アイドルとしての道を歩みたいと思い、
気持ちを新たに、そして強くしました。
許してくださいとは言いません。
ですが、私は一生懸命にがんばります。
もし、少しでも私を応援して頂ける方がいる限り、
いけるところまで走り続けたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。
このくらいのことを言われれば、私は逆に応援したくなります。
恋愛をしたいのであればすればグループを辞めてすればいいし、恋愛OKのグループに行けばいいのです。
それでも許せない人はいるでしょうけれど、人間だれしも後悔することはありますし、迷惑をかけるものです。
私は「カルマを抱えて生きろ!」と言うよりも「荷物をみんなで分かち合おう」と言う方が好きです。
その方がきっと新しい物語を創造できるでしょう。
無責任に見えるからかねぇ~。
しかし、スルー主義がその在り方を必ずしも表しているとは限らない。
スルーすること自体は事務手続きのひとつにしか過ぎんからね。
「目に見えてることが全てじゃねーんだよ」
最近割りとマジにスルー主義に文句たれてる奴らがAKBG界隈の雰囲気悪くしてると思わんでもない今日この頃です。
村重の問題が自分の想定していた通りの決着を迎えそう(後はペナルティ待ち)です。
そろそろ運営が何を考えているのか結構ハッキリしてきたと思いませんか?
『最初』から、多分運営は恋愛禁止に対しては違反を認めてペナルティを課すことをいかに避けるかに腐心してきた!
注)『最初』からというのはスルー主義が確立してからではなくて、恋愛禁止が確立してから以降全て(初期には例外もあるかもしれんが)です。
>組織として何らかの処分をしてケジメをつける
>今回のことであれば、半年間程度の研究生降格、選抜凍結、兼任解除あたりで禊のチャンスを与えてやれば、
渡辺美優紀の件ではこの手の意見は結構見ました。
よく簡単にそんな事が言えるなと思ったんで聞いてみたかったんですよね。
ペナルティを与えるということはどんな罪を犯したかを確定させないと不可能なはずです。
相手の裏アカウントの内容が暴露された状態で、どんなコメント出してケジメをつけさせますか?
わざわざ無実の山本彩のググタスを使ってスルー主義を宣言したわけです。
運営は新しい事務手続きのコンセンサスを得たいと意思表示していると思うのですよ。
さっさと話をそちらの方に進めていって、その先へ…。
そちらの方が生産的でしょう。
>>誇り高く生きよ!!
>>誇り高く生きるとは、条件によって人生を生きるということではなく、信念によって生きることをいうのだ。
>>信念は君達を貧しくも、孤独にもするかもしれない。
>>だが、それが君達の人生を気高いものにする。
麻友の頂点は、まさにこの姿勢、ぶれない「誇り高き人間道」、これが長年の蓄積の上に、ついに明確な形として報われた。このことを喜びたいですね。あらためて麻友おめでとう!
最近のAKBは、あまりにも「人間道を踏み外した芸能茶番」が多すぎた。「芸能茶番」そのものが悪いのではなく、価値のある茶番ももちろんあるけれど、「人間道を踏み外した芸能茶番」ばかりだったからこそ、不快極まりなく、冷めてしまったわけです。
みるきーはアイドル性云々以前に、誇り高き人間道を麻友の頂点から何か感じてほしいと思います。スキャンダルを慰め合ってどんなに正当化しようとも、行き詰まる。MNBを牽引した一人の貴重なメンバーがこうした状況になったのは残念だし、今のまま仮に復活したとしても、喜べないファンは多いでしょう。
麻友の頂点に込められたAKBファンの想いを、運営もメンバーも、かみしめてほしいと思います。
ただ、みるきーには酷なようですが、私は同情する気持ちにはいまだになれません。確かに運営のみるきーへの対処は醜いですが、本人の甘さとその後の態度に対して、情を捧げる気持ちにはなれません。
本来なら山本彩と共にトップ7すら狙える位置にいたはずの彼女が、今回選抜落ちした意味は重いと思います。
運営がどんなにダメでも、本人とファンは出来ることがあったはず。ファンは総選挙でそれを示してくれた。
今年の総選挙は、AKBの炎上や茶番の象徴となっていた、不祥事をスルーしたり笑いにしたりして、メンバーがことごとく票を下げて、正直、胸のすく想いです。
選挙のシステム上、極端に言えば99%に嫌われても1%に狂信されれば押し上げられる仕組みですが、それでも票を減らした。炎上茶番商法や「大人の事情」でスルーしたり有耶無耶にしたりするやり方の限界でしょう。
多数派のファンは、小汚い既存芸能ショーではなく、「人間の道」を見たいのです。
みるきーだけが悪いわけではないですが、本人にも落ち度があるのは事実だし、みるきーが大人の事情を盾にして誠実な対応から目を背けるのであれば、ファンもメンバーも厳しい目で接してほしいと思います。
まとめサイト等で情報はそれなりに追ってます。
対症療法的落ち度の指摘を受けるのは仕方がないけれど、原因療法をAKBGに求めるのはどうなんだろう?と心苦しい。
それは社会的にも解決が難しい事なんで。
自分の意見としては、時期や言葉の厳密な意味としての誤用など批判もあったようだけれど、HKT支配人の尾崎さんのググタスが近い。
今回の事でAKBGは日常を麻痺させられてしまった。
出来る限りの対症療法を行い、AKBGの日常を一日でも早く取り戻すことが社会的にも果たすべき責任なんだと考えている。
ただ再開するにしても、明確な対策を示すこと絶対条件で、安全面はもちろんのこと、それがAKBの社会的責務でしょう。
最近の不祥事の対応を拙さは、社会的責務を果たしているとは到底思えません。AKBが信頼を取り戻すためには、今後こそ社会的責務を果たす必要があります。
そして、明確な対応が果たせるなら、もう一度ファン、メンバー、運営が団結する一つの希望になるはずです。
本当に誰でもよかったのなら、それこそ計画的な犯行ということになる。
罪は余計に重い。
握手会はAKBにとって最大の強みにして最も弱い部分です。
強さと弱さは表裏一体で、AKBはそのような危ういバランスの上に成り立っています。
そこからリスクプレミアムを得ていたのです。
リスクが顕在化したのですから、落ち着くまでは時間が必要でしょう。
今、人間の弱さとでも言うべき一面が前に出てきていると思います。
電子掲示板やまとめブログとそのコメントを見ると、直後という事もあり非常に感情的な反応が数多く見受けられます。
悲惨な事件なので当然です。
しかし多すぎるなと感じます。
いわゆる「熱狂」。
複雑な現実が単純な言葉で語られている。語り合っている。
非常に個人的な事ですが今回の件を受けて、ファン同士が(或いはスタッフやメンバーも含めて)コミュニケーション出来るWEBサイトを作ろうと決意しました。
本気でやろうと思えば活動はWEBに留まらないと思いますが、どこまでやるのか、どこまでできるのかは分らないです。
0から勉強したいと思います。
私達が昔対話した「握手会・接触イベントの倫理的問題」が、今回の事件で再浮上してきそうで。
なにより被害者が出てしまったことが、AKBシステムを応援してきたものとしてつらい。
やっぱ選挙はオモロイですわ。
最終順位予想とか書きたいんですが、その前に一点だけ。
中森明夫のツイッターにもあったけど、渡辺麻友が報われないという論調。
なんでこんな見当違いな考えが出てくるかなー?
AKBGで目指すべき頂点、最高の栄誉は運営選抜の単独センターの座でしょ。
前田敦子の卒業以降に運営選抜単独センターに複数回選ばれたのは渡辺麻友だけ。
AKBGのメンバーの中で一番報いられているのが渡辺麻友なのが当たり前の事実。
元々総選挙は運営選抜に対する不満から始まったもの。
運営の選抜基準では評価が低くなりがちな個性や才能に、それなりの序列を与えてあげるのが選挙の存在意義。
だから運営選抜のセンターと選挙選抜のセンターが違っている方が望ましいんですよ。
それでは速報の雑感。
ある程度予想はされてたと思うけど去年以上の速報重視でした。
でも去年の傾向もあるし、選抜圏内に残れるメンバーは絞りやすいんではないすかね。
速報から選抜圏外に落ちるのは兒玉遥森保まどか二村春香かな。
選抜に上がって来るのが小嶋陽菜須田亜香里宮脇咲良と予想。
木崎ゆりあは完全移籍直後なのが選挙では裏目に出るでしょ。
柴田松村須田は選抜入りの箱推しを確実に受けるし、二村春香のヲタが猛アピールに成功した。
スロースターターで本番爆上げの実績がある宮脇に先行されると差し切れるかどうか。
渡辺美優紀もスキャンダル直後で立て直し期間が取れなかったのが同様。
北原は速報勝負で絶妙の位置につけた。
本人に責任のないテラスハウスと中堅がいい発言程度しか落ち度がなかった実力者。
TV出演で若手アンダー起用の不満を持つ古参ヲタなんかの支援票を受ける可能性あり。
1~16位までの順位は、もう少し考えてから。
1位になりたい気持ちは負けない!
AKB魂を見せ付ける!
力強く、清々しい宣言です
今年こそ まゆゆを栄光の1位にしたいですね
恋愛禁止の話ばかりしててもアレなんで、選挙の話しましょ!
世間は選挙の話題で盛り上がっている…のかな?
まぁ、主さんには選挙用の新しいエントリ書いて欲しいっすね。
つーことで、そんなん要らんわと言われること覚悟で、自分の速報発表前選挙予想を。
1 柏木由紀
2 渡辺麻友
3 指原莉乃
4 松井玲奈
5 松井珠理奈
6 山本彩
7 宮澤佐江
8 島崎遥香
9 小嶋陽菜
10 高橋みなみ
11 須田亜香里
12 横山由依
13 川栄李奈
14 宮脇咲良
15 木本花音
16 松村香織
理由をダラダラと。
柏木は扱いの悪さによるヲタの反発と速報前に意外性のある予想するならこの人かなと。
指原は陣営の慢心と本人の握手対応の不味さによる人気低下。
でも1~3位は自分の願望は大抵裏目に出るから天邪鬼したもの。
玲奈はSKEのまとめサイトとか見ると総大将扱いなんよね。
本来の人気順位は珠理奈より上かと。
山本彩は推されてることと渡辺美がコケた事による箱推し票の一本化。
宮澤佐江はヲタが去年の並のアツさを維持してれば今年は劇場版の上積みがあるんでたかみなこじはるを計算上は超える可能性。
島崎遥の票は謎なんで、今年は1期生の壁は超えてもらわんとという自分的な期待でここ。
横山は、握手人気がどうなんか。
ホントはJRに続いて欲しいメンバーなんやけどね。
須田は横山が握手人気が順位に影響するなら超えれるかも。
SKE箱推し票と軟体芸でのブレイク。
13位以下は激戦。
速報発表前なら新興勢力の希望が常連を打ち破る方に賭けたい。
川栄は握手人気の低迷はあるけれど速報前なら激推されの新規票に期待。
宮脇はHKTが生え抜き選抜を望むならこの人、と自分の願望。
木崎はAKB移籍でSKE箱推し票を減らすと思うんよね。
SKE箱推しがセンター候補3番手に選ぶなら木本でしょう。
あと、HKTに兼任してきた個人的願望。
松村は選抜に入りたいとハッキリと意思表示したし、SKE箱推し票は集まるっしょ。
渡辺美は山本彩とのツートップ争い終結で箱推し票を失い選抜落ち。
以上、速報前の予想でした。
恋愛禁止の言質とってるかって、そういう事を言い出すと後出しで何でも出来るわけで…。
でも常識的に考えて、会いにいけるアイドルとしてファンと接触する機会が多いAKBGにとって、18歳以下のメンバーの恋愛スキャンダルは活動に大きな制限を課される可能性が出てくる。
通常は小中高大学生社会人と世代ごとに分けられて恋愛に対するモラルは課されるのが普通。
でも、ローティーンから20代までのメンバーが所属するAKBGでは、一番低年齢のメンバーに合わせてモラルを課すしかない。
だから恋愛は20代のメンバーであっても、タテマエとして禁止されてる可能性は高いと思う。
またアイドル黎明期から、少なくとも自分の記憶に残ってる80年代のアイドルから、恋愛スキャンダルはネガティブなのが一般常識でしょう。
AKBGも、ウエンツ瑛士と疑惑のあった大島優子は卒業記念シングルまで運営選抜の単独センターは無し。
運営選抜次世代センター候補の、渡辺麻松井J島崎遥三銃士大和田まで恋愛スキャンダルは無いんでしょう。
運営選抜の人事に一番方針が現れると考えるのが普通なんで、AKBGは恋愛禁止を尊重していると受け取るのが妥当かと。
恋愛禁止条例に対する主さんの主張は、共同体主義を実践する時の理念としてのものなんでしょうね、恐らく。
この辺は論者の趣味趣向が表れる所で、全体主義よりから自由主義的自己責任まで解釈の仕方も色々で泥沼化。
まぁ、結論を求めるのは野暮ってもんですな。
とは言っても、AKBG運営がどう考えているかを推察してやることは出来るわけで。
最優先は社会常識として、高校生以下と18歳未満のメンバーの恋愛禁止。
恋愛禁止を遵守している運営選抜センターと、それに以下に連なる他のメンバーの序列。
以上のグループ内秩序を維持する事が、最初から現在までの目的と自分は判断してます。
一番出世してしまったんで結局のところ指原の処遇になってしまうけど、グループ内価値観において最大の罰を課され、また運営選抜の序列では冷遇され続けている。
だから指原はグループ内で相応のポジションを維持してるわけで、運営的にはグループ内秩序に気を配ってる印象ですね。
実際のスキャンダル対応について、一番信用を失うのは都合の良い時は釈明して都合の悪い時はダンマリを決め込む事。
何時でも一定の対応を取るために、言動にまともな責任を持たない芸能スキャンダルに対外的な運営としての公式的対応は取らない。
対内的には、慣習法としてグループ内価値観によるペナルティーを課す。
具体例として、白のケースは山本彩宮澤佐木下春など、ググタスやツイッターで個人的に釈明の機会を貰える。
黒のケースは小林香鬼頭渡辺美など、グループ内序列の低下。
運営の公式対応が無いからスルー主義と誤解されてるだけで、同じ対応を繰り返すことにより慣習法化させ公式対応が無くてもあるのと同じようにしていく。
スルー主義ではなくて、グループ内価値観が恋愛禁止を尊重しているようにスキャンダルにも向き合っている。
運営のあり方は実際に運営しているだけあって、そりゃー現実的でしょう。
でも現実に対応していかなけりゃ、当然その先も無い訳です。
運営の恋愛禁止に対するスタンスがグループ内秩序維持であっても、それが続いていく限り共同体主義的な理念に昇華する可能性は残されていくはずなんで。
批判する権利があると勘違いしてる、おかしな人が増えてる気がします。
>恋愛禁止について述べた通り、当事者と、実際の被害者の間の問題なので、
ただ単に気分を害した、つまり自分の正義に反するという理由で批判して、
足を引っ張る動きに加担するのは、社会にとって損失となる事がこの先出てくる可能性が高いと思います。
指名していただいたので、敢えて吊られてみますね。
私はAKBという「集団」に対する興味(≒期待)は、ほとんど無くなりました。
一例として、先日のSSAでも、みるきーが客席に向かってスキャンダルの消化放水パフォーマンスで笑いを取っていましたが、
運営もメンバーもファンも、こういう茶番の連発を容認できる人だけAKBを支持してくれればいいということですから、
私のような、こうした茶番を微塵も面白いと思えない人間はAKBから求められていないし、
逆に私もAKBという集団に対して、求めるもの(≒期待)は、もう無いのです。
近年は、こんなのばかりですからね。恋愛にしても、もう好き勝手、自由にすればいいんじゃないですか。
「ほとんど」興味が無くなったと書いたのは、AKBは運営、メンバー、ファンらの共作と考えるのなら、
大島優子無き6月の総選挙で、AKBの重要な共作者であるファンの支持がどういう傾向で現れるか、
少し興味が残っているからです。
可能性はまずないでしょうけど、もし麻友が圧倒的支持を得るようなら、
あるいは麻友、珠理奈のいずれかが1位+山本彩を含めた3人がトップ5を占めるようなら、
(私にとっては)AKBという集団に、まだ未来を感じるでしょう。
ただ今の流れからすれば、麻友のようなガチマジ真摯なアイドル道よりも
不祥事茶番ネタを楽しめるメンバーやファンが求められるのでしょうから、
それがファンの選択であるなら、(皮肉とかじゃなくて)それこそが
「運営、メンバー、ファンの共作によるAKBそのもの」なわけだし、
そこに興味(≒期待)や面白さを感じることができない私のような価値観を持った人間は、
逆にこちらもAKBに求めるものは、もう何も無いのです。
もちろん、想い入れのあるメンバーが在籍している以上は、彼女らを今後も個別には応援はするでしょう。
でもAKBという「集団」に対しては、語るべきもの(≒期待、求めるもの)は無くなった、ということです。
AKBより、そっちに舵を切ったらどうか。
よしりんファンさんが典型ですが、自分が気分を害したから、自分が被害者であり、批判する権利があると勘違いしてる、おかしな人が増えてる気がします。
恋愛禁止について述べた通り、当事者と、実際の被害者の間の問題なので、ただ単に気分を害した、つまり自分の正義に反するという理由で批判して、足を引っ張る動きに加担するのは、社会にとって損失となる事がこの先出てくる可能性が高いと思います。
小保方さんの件は佐村河内と違って実質的な被害者が社会にいません。
叩く事で可能性の扉を閉ざすのはおかしい。
被害者は研究費を出してる理研なので、当事者で決めればいい。
国民が被害者であるという考え方をした時は、国民が叩く相手は研究費を無駄使いした理研であるべきです。
恋愛禁止についての話で、運営と事務所と本人と客の関係と全く同じ事だと思いませんか。
どうもこの感じで社会におかしな人が増えると、株式会社が世紀の大犯罪で死者が多数出る事件を起こした時に、
株主にも責任の一端があるので、無限責任を負うべき、
という論調になりそうです。
このブログとかは、そうならない為の記事を書きそうだったんですけど、もう期待できないという事なんですかね。
これって良くない?
アイドル関係で今年一番良いと思ったニュース。
私の主張してきた、ソニーにまかせとけば、万事OKの典型みたいな話。
次元が一つ上の世界になってきたと思いませんか?
もういいんじゃないか。
結局、このブログは妄想に固執するあまり事業の邪魔をしてるんですよ。
支持の根拠が自分の妄想の中にしかなく、客観性にかけるので、同じようなタイプの人間が自己を正当化するのを助長している気がします。
つまり、アンチを生んでいると思います。
AKBという虚像に対する妄想なら問題はないだろうけど。
ここの主は、今後、乃木坂について一切触れない方が良いんじゃないですか?
ファンはメンバーではなく事務所と交渉しろ。応じない事務所のアイドルは応援しなければ良い。
地下アイドルはファンがパトロンだから、ファンとアイドルで決めれば良い。
AKBのように地下から売れた場合、後からついたファンが事情も知らずに、初期にファンとメンバーで決めた決まりごとにただ乗りして、本人とそれについて交渉もせず、事情も聞かず、ネットで批判するのはどう考えても筋違い。在宅の妄想は口を出すな。
栄の一期ぐらいまでは、メンバーもファンとの間でルールを決めたという感覚はあるはず。
難しいのは二期以降。
自分で決めたルールではないけど、漠然としたルールはすでにあって、そこから個別にファンと信頼関係を築くにはもう売れ過ぎている。
原則論としては、二期生のパトロンは一期生と一期生のファンだと考えられるから、二期生全体に対して統一したルールを一期生が自分達のファンと話しあって定めるべき。
二期生の処分等については一期生が責任を持って行い、ファンがそれについて不満を持つなら一期生と交渉すべき。
もうAKBとは関係ない話だが、これからアイドル事業を行う人は、こうすべきでないか。
たくさんあった歌劇団が廃れて唯一残ったのが宝塚。
たくさんいた男性アイドルが廃れて唯一残ったのがジャニーズ。
たくさんあった人形じょうるりが廃れて唯一残ったのが文楽。
AKBは文化になりそこなったのではなく、これから劇場アイドルが隆盛して、廃れて、その先の話ですよ。私の頭にあるのは。
五千人いたら多様な人材だし、社会における可能性も広がる。
ファンも、アイドル一人に対して二人しかいない方が幸福に違いない。
メールを送れば直接返って来る方が幸福じゃないですか?
十万円を使う人が二十人で一人を支えても良い。
地下アイドルはそうなってる。私信とかも普通。
AKBも昔は直接本人に電話ができた。
その距離感だと、恋愛禁止がどうかは、本人に直接聞いて、本人が決めれば良い。
だけど、中学生の子にそんな事決められないし、ファンもガチで口説く人がいた。
当時は。
今は、中学生でもアイドルという文化を分かってるし、ファンも分かってるから、自己責任で自由に活動できる土壌ができた。
AKBのおかげです。
ありがとうございました。
AKBはもう一世代前の制度なんですよ。
五千人の素人のアイドルの中から利益を見込める子を見付けられる会社ってソニーだけでしょ?
だから乃木坂ではなく、ソニーを応援してる。
X21はエイベックス、橋本かんなは吉本で、ソニーが動かない。まだ利益が出るとは思ってないらしい。無念。
今のAKBは多数のファンを持つメンバーに対して百万円を使った人が、他のファンに対して優越感を得られるシステム。携帯ゲームでいうとグリーの時代です。もう廃れる。
パズドラのようなコンテンツのクオリティ勝負。
もしくはラインのような親密なコミニティ。の時代ではないか。
恋愛禁止について基本的な疑問。
乃木坂の運営は恋愛禁止だと言ってないはず。
そう言ってるメンバーがいるだけ。
乃木坂は契約の内容が人によって違うので、全体が恋愛禁止なのかは分からない。
AKBで恋愛禁止のスローガンをプロデューサーが掲げても契約は各事務所とメンバーは個別にしている。ここにいる人達は各事務所が恋愛を禁止してるという言質をとってないんじゃないかと思うんですけど、根拠は何なんですかね。
でも自分は、メンバーを守るという観点で、運営のスルー主義はベターな方法やと考えてます。
スキャンダル対応で再優先で考えるのは(メンバーを守るためにも)相手の事だと思うんですよ。
渡辺美にとって最悪なのは、渡辺美やAKBGの対応に反応して相手に危害が及ぶ事(AKBG側の対応前なら文春側の責任も問える)のはずです。
相手がだんまりを決め込んでるのに、迂闊な対応は出来なくないですか?
今回のスキャンダルは相手が芸能人かグレーで対応を交渉し辛く、かと言ってAKBG側から一方的な対応も出来ない、言ってみれば今回のような事例のためにスルー主義に至ったような典型やと。
そして運営はスルー主義のために慎重に段階を踏んでるとも思います。
山本彩の完全に白の事案でスルー主義を広めた(絶対に山本彩のググタスは運営の検閲済みだって!)。
元HKT佐藤支配人を原因(メンバー五人の脱退)のほとぼりが冷めてから処分し、ルール違反を犯したものは罰を課せられる状況に達した時点で罰する。
公式な発表が出来ない(相手の対応がない時点で無理)なりに出来る限りの対応を愚直にやってると思うんですよ。
「大人の事情」と言うのは簡単ですが、問題に向き合うことができなくなってしまった根底にあるのは何なのか?
それこそが最も根の深い闇であり、悲しく恐ろしい問題の本質に感じます。
この巨大集団はいったい何を目指し、どこに向かっているのでしょうか?
誰かが、何らかの声を挙げてほしいんですよね。
極端に言えば、たとえそれが恋愛自由化提案であったとしても、何事であれ、
各所から声が挙がり、そこから様々な論議に発展した上での方向性であれば、それ方がマシです。
最高幹部だった戸賀崎さんですら、自らの不祥事で発信できない現実があるとしたら、
最後の砦は秋元康しかいないですよね。
彼がAKBを諦めたらAKBは終わりですが、あまりに巨大になりすぎて、
物理的にも時間的にも疲弊しきって、動きようがないのが現実かもしれません。
戸賀崎さんの件ですでに諦めていた面もありますが、
今回の件でさらに懸念が確信に変わり、怖くなってきました。
組織がこのような状態で、いくら個人に成長を求めても、無理がありますからね。
渡辺美優紀のようなメンバーが、今後たくさん出てくるのを覚悟しなければならないと思うと、心苦しいです。
過去を振り返っても仕方ありませんが、当時19歳で「私のことは嫌いになってもAKBは嫌いにならないで」と、
すべてを背負うが如く言い切った前田敦子、紅白という日本を象徴するイベントで予定調和をぶっ壊して
卒業を宣言した大島優子、あらゆる大人の事情を超越したガチは、奇跡の存在だったんですね。
例えば、渡辺麻友や高橋みなみや松井珠理奈らに、万一大きな不祥事が降りかかったと仮定しても、
戸賀崎さんと同じく、ファンへの発信は許されず、行き詰まるのかもしれません。
そうだとしたら残酷だし、辛いですね。
柏木も河西も宮澤も、本当はファンにメッセージを発信したかったのかもしれません。
同様に2年前に発覚した指原のスキャンダルが、もし今発覚したとしたら、どう対処したか。
運営はスルーを徹底したのではないでしょうか。
当時、運営から発信の場を与えられることで問題と向き合い、自身の言葉で伝えた彼女でさえ、
今のようにスルー徹底を運営から指示されたら、意思を一切発信できず、
逸材を潰すことになったのではないでしょうか。
峯岸も指原も晒し者にされて、自業自得とはいえ当時は酷だなとも思いましたが、
今のAKBの実態を思うと、それこそが厳しくもメンバーへの優しさであり、愛だったのでしょうね。
そう考えると、スキャンダルを起こしたこと自体は、個々で猛省してもらわないと困りますが、
その後の渡辺美優紀の行動に対して、「誠実ではない」として個人を責めたとしても、彼女はどうしようもない。
渡辺美優紀(メンバー個々)の人間性や意識の問題ではなく、
ほぼ100%、その背景にある「組織の責任放棄」、という問題に行き着きます。
北朝鮮では、いかなる人間の意志さえ、体制の指示には逆らえないし、
オウム真理教であれば、教団からの指示であれば人殺しの実行さえ、逆らうことはできないのですから。
ストレートにいえば、AKBが重視する責任の重さは、
「大人の事情を守ること」>>>>>「メンバーを守り成長を促すこと」>「ファンの期待に応えること」なのでしょう。
「自己責任」という言葉は、言うならば、「すべては問題を起こす個人が悪いのであって、組織としては責任を負いません」、
とも解釈できるわけで、一見、個々の自由を尊重するが如く、聞こえは良いですが、
人という財産に最大限依存するAKBのような「集団エンターテイメント」というジャンルにおいては尚更、
個人が責任のすべてを被り、組織から消されることも否定しないという、
実に冷徹で、恐ろしい概念なのかもしれません。
↓私も当初、不本意ながら心情的には、以下のような気持ちを抱いてしまいました。
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http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/ea854ba7bd0c3c1f300f624ca48032a2
いくら運営の管理下とはいえ、渡辺美優紀は、どうしても心情的に擁護する気持ちになれません。
ファンの信頼に欺いて恋愛禁止条例を破ったのなら、
逆に運営に造反してでも、自らのメッセージを出すことはできる。
ファンに対しては欺けても、運営には従う。
そんな渡辺美優紀を支持できるファンだけが彼女の周囲に残り、精鋭化する。
悲しいですね。いくら理不尽な世界とはいえ、それはもう人間というよりも、
北朝鮮の軍隊が如き、権力にコントロールされたサイボーグとしての渡辺美優紀ですから。
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その一方で、渡辺美優紀がどうしてもメッセージを発信したい、
ファンもそれを強く求めている、互いが求めているにもかかわらず、
運営がメンバーに対して「自ら発信したら解雇するぞ」、
ほどの圧力を掛けているのであれば、もうメンバーは人間ではなく、
北朝鮮政権下のサイボーグ軍隊も同然でしょう。
ファンの信頼関係とは完全に断絶された、別世界に生きる権力の部品たるサイボーグです。
運営トップ格でAKB最大級の功労者である戸賀崎さんですら、
自らの不祥事に対する「発信を拒絶せざるを得なかった」背景があるのだとしたら、
もはや恋愛禁止条例の解釈や是非、いかに問題に向き合うかの次元ではなく、
ファンへの一切の発信を許されない北朝鮮並の言論統制下にある、
あるいはそういう暗黙の空気が現場に存在している、
そんな現状のAKBグループを、心から楽しめる人なんているんでしょうか?
http://www.spatio21.com/
何かの参考にはなるかな?
くれぐれも凸はしないで。
運営には運営の都合があるでしょう。もちろん守るためにやっているのです。メンバーだけではなく、様々なステークホルダーを守らねばなりません。
しかし、私が言いたいのは「守るべきものが違う」ということです。メンバーを守るための施策が実際には守れていないばかりか逆効果になっている可能性についてもっともっと時間をかけて考えるべきです。まだまだ足りない。
失敗にならないようにプロセスやルールを作るのではなく、(失敗を推奨するのではなく)失敗を許容し、メンバーおよびスタッフ、そしてファンの成長を促す方向に舵を切るべきです。
人は失敗に学ぶのです。刻々と変容する世界で、成長しない組織が生き残れますか。失敗を許容しない組織に明日はありません。
法務やコンプライアンスなどの言いなりになってはいけません。何においても意思と知恵をもってのぞむべきです。運営が失敗を恐れていては、何かを生み出そうというモチベーションも創出されないでしょう。
組織の本当の変化は中の人でなければ起こせません。言動を正当化するための正しい理由なんていりません。変化を起こすため、意思と知恵をもって行動して欲しい。
と、いうことを自分にも言い聞かせてこのコメントを終わりにしたいと思います。
それでもなおそれを選択せざる(選択させざる)を得ない状況下にあるというのが、実際の所じゃないでしょうか。
前に山本彩が、運営の指示を無視し、google+にてスキャンダルを完全否定したことがありましたが、結果的にそれが今回の「スルー」を際立たせているのも事実です。柏木や宮澤の時も、自身の言葉でちゃんと伝えたかったはずです。
今回も自分の言葉でメッセージを伝えることが許されるなら、そうしたはずだと思います。
その選択のチャンスすら与えられない、重いペナルティーと見るべきじゃないでしょうか。
なんにしてもスルーが一番つまらないのに、そのつまらない手をなぜ一番とらなそうな秋元さんが選択しているのか興味があります。なんかの伏線すかね。
ファンが怒るべきは運営がメンバーを守ることを疎かにしていることですよ。
少なくとも峯岸の事件までは運営側に守る意思を感じたし、その点について運営を評価していました。
指原や峯岸はスキャンダルと向き合っていたから今よりマシだったなんて発言を見ると今更何言ってるんだよと思わずにはいられません。
管理、コントロールしない自由さにより生まれてくるメンバーの成長(確変)を組織の側が利益として享受しながら、そこからこぼれた人間のケアをしないのは怠慢以外の何物でもないですよ。