粗忽な夕べの想い

落語の演目(粗忽長屋)とモーツアルトの歌曲(夕べの想い)を合成しただけで深い意味はありません

自主避難は正解?

2014-01-07 12:06:12 | 過剰不安の先

1月3日福島民友というローカル紙のトップ記事が波紋を呼んでいる。題して「自主避難して正解」という刺激的なもので10回の連載が予定されている。福島民友は福島民報とともに福島県内では他紙を圧倒する新聞購読シェアを誇っている。したがってその県内での影響力は侮りがたいといえる。

3日の記事内容はネット上のあるブログに書き起されていた。しかし、読んでみて自主避難のどこが「正解」なのかさっぱりわからない。

[ケース1]35歳主婦の場合

小学生二人の子どもたちとともに昨年秋福島市から兵庫県西宮市へ、県外避難者のための住宅借り上げ制度を利用して移住した。しかし夫は地元に留まっている。

避難してから、放射線について調べ「やはり福島は危険だった」と思った。

今は子どもらが砂遊びをしていても安心していられる。

福島市に残る夫(37)には負担を掛けているが、やはり避難して良かったと思っている。

彼女は子どもの被曝による甲状腺ガンの懸念に対しても「検査した機関は原発事故との関連を否定したが

「うちの子は何もないとは言い切れない。後悔したくなかった」と考えている。

「子どもらが砂遊びをしていても安心」というのが「正解」だとしたら、その「根拠が弱い」気がする。「後悔したくない」というのがどちらかというと本音ではないか。ただ、後悔せずにすむかはこの先の話である。

[ケース2]52歳元設備業男性の場合

相馬市から滋賀県栗原市へ家族で避難した。

「裏切り者」「もう仕事はないよ」

相馬に一時的に戻ると、同業者からは厳しい言葉を投げ付けられる。しかし、(彼は)意に介さない。

「仕事もいいが、家族に健康被害が出たらどうするんだ」これも「健康被害が出たらどうするんだ」という将来の不安が先行している。

二つのケースを見ると、「将来このまま福島にいると、健康被害がくるかもしれない」という不安から逃れるためということが自主避難の大義名分のようだ。そう言い聞かせて納得している感じだ。ただ、犠牲にしているものもある。1の女性は夫との別居生活、2は地元での仕事だ。

どうも、こうしたケースを新聞の連載でいくら繋ぎあわせても「正解」になり得ないような気がする。新聞社の意図はどこにあるのか、今後の展開を見ないとよくわからない。新聞社自身が福島は危険でこのまま居続けると健康被害が訪れると認識しているのだろうか。

この記事の締めくくりに福島大学准教授の談話が添えられているが、相当鋭い分析をしている。

「自主避難者は職場や古里を捨てたのではという後ろめたさを感じている人が多く、避難が正しかったと思いたい気持ちが強い。

 地元で健康被害などがあれば、避難が正当化されるという考えもみられる」と指摘し、「自主避難者に『避難は悪いことではない』『間違ってない』と言ってあげるなどの支えが必要だ」と話す。

「地元で健康被害などがあれば、避難が正当化されるという考えもみられる」…う~ん、自主避難者はそこまで「期待」しているのだろうか。だとしたら、とても不健全で非常に「ねじれた感情」などと書いたらいいすぎだろうか。

連載の1回目だから地今後同展開していくかよくわからない。ただ、この記事の登場を多くの自主避難者や反原発派の人々が注目しているのは確かだ。ネットではこのような記事を歓迎して、意気があがっているようだ。それだけ、ここへきて自主避難者や反原発派への世間の見る目が厳しく、風当たりも強いことを実感しているのではないか。

記事にある通り、自主避難者は3万人ほどだ。福島に踏み留まっている県民は190万人にも上る。まるで大多数福島県民を敵に回して、こうした記事を敢えて掲載する狙いはどこにあるのだろうか。まさか、この新聞が「地元の被害を期待」しているわけでもあるまいに。

自分自身、自主避難は一つの選択肢であって、個人の自由な意思だと考える。県外に住む自分が敢えて口幅ったい物言いはできない。ただ、「正解」「不正解」などと断を下す性格のものではないと思う。判断は個人個人のものだ。何年かして本当に本人にとってよかったか、いや子どもにとって。

つい、先日自分が書いたブログを思い出す。4日のテニス選手のマリア・シャラポワに関してだ。彼女の両親もチェルノブイリ事故での「自主避難者」である。当時汚染地ベラルーシのゴメリに住んでいて事故4ヶ月後に遠く離れた西シベリアへ移住した。ゴメリで彼女の母親は妊娠していて、移住後に娘マリアを出産した。

シャラポワはそれを十分意識していて、福島の事故の時に被曝に悩む日本国民特に福島県民に対して、こんな熱いメッセージを送った。「大丈夫!だって私はチェルノブイリの近くに住んでいた両親から生まれたのにこんなに元気よ」自主避難者の娘としての一つの答えともいえる。事故後27年の重みを考えるとこの言葉はある意味「正解」といえるかもしれない。

福島民友の連載にシャラポワは登場しないのだろうか?