扇子と手拭い

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次々に貴重なお宝が

2014-07-31 11:38:06 | 日記
▼米朝師の情熱を綴る
 桂米朝師匠と言えば、上方落語のみならず今日の落語界全体の代表である。名人芸を披露する傍らで、先の戦争で途絶えかけた上方落語を復興、数々の落語全集をまとめるなど学者肌の文化人でもある。その米朝師匠が落語に注ぐ情熱を綴った貴重な記事を見つけた。

 学生時代に米朝師匠の落語をナマで聴き、衝撃を受けたのがきっかけで今日まで50年間、交流を続ける落語研究家小澤紘司の寄稿文。「米朝落語のお宝蔵出し」(7月24日付日経)である。以下は要約と加筆、小見出しはブログ筆者。

▼想像の世界に遊ぶ
 米朝師匠の「米朝落語全集」増補改訂版(全8巻)がこのほど完結。小澤はその手伝いをした。初めてのナマの落語で想像の世界に遊ぶ楽しみを知った。落語の感想や質問の手紙を出したところ、見ず知らずの学生に丁寧な返事が返って来た。うれしくなって手紙を出し続けると、毎回欠かさず返事をくれた。

 これが縁で文楽や狂言などについても教えを乞う。物事の考え方についても大きな影響を受けた。大学卒業後、小澤は損害保険会社に入社。初めて給料をもらった時、洋菓子を持って挨拶に行ったことを夫人は長く覚えていていた。結婚式の仲人も師匠夫妻で、損保会社役員を退任した後も交流が続いた。

▼米朝家の2階の書庫
 師匠は1996年に重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受け、2009年には文化勲章を受章。このころから、小澤による師匠の資料整理が始まった。米朝家の2階の書庫は天井から床まで壁全体が作りつけの本棚になっている。

 そこにはおびただしい蔵書があり、和綴(と)じ本、芸能研究書、大阪ことばや郷土文化の資料、自筆のノートや原稿とその掲載本、放送台本の他に出演プログラムやポスターであふれている。本棚の前には段ボール箱15個がはみ出して積んであった。

▼幻の「一文笛」を発見
 これらを一つひとつ開いて整理する作業から始めていったのだが、資料整理は本と文献を置き直し、本棚に並び替えるだけでは終わらない。長年にわたって細かくノートにつづった内容を、誰でも読めるようにして、師匠の考え方や情熱を次の世代に受け継いでもらうことが資料整理の大きな役割である。

 今まで無いと言われていた師匠自作の落語「一文笛」の原稿が意外なとろから出てきた。12年11月15日のことである。別室にある古いSPレコードやオープンリールの録音テープを整理しようと片付けている時、雑多な書類の中から見つかった。

 その日の夕食時に米朝師匠は原稿用紙を手に取って眺めながら「うん、書いた覚えはあります」と一言。

 
▼19歳の「病牀日記」も
 その後、弟子たちが師匠を囲んだ酒席で、「一文笛」の原稿用紙を見せたところ、「これは米朝一門のお宝です」と大いに喜ばれた。このお宝原稿が、今回の全集第8巻の巻頭を飾ることになったのである。

 また、師匠自筆の「根多帳」や、自作の新作「莨(たばこ)道成寺」「淀(よど)の鯉(こい)」の台本、さらに19歳で軍隊に入隊して間もなく腎臓炎を患い入院生活を余儀なくされた時の大学ノート2冊からなる「病牀(びょうしょう)日記」も見つかり、所収することができた。


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