湘南文芸TAK

逗子でフツーに暮らし詩を書いています。オリジナルの詩と地域と文学についてほぼ毎日アップ。現代詩を書くメンバー募集中。

色の詩パート9

2016-04-03 08:00:03 | オリジナル
似たような写真ですみません。この時期はどうしても逗子の桜シリーズになっちゃいます
昨日アップした逗子4~5丁目の写真より川幅が狭いことから分かると思うのですが、ずっと上流沼間4丁目の田越川の桜です。

では、共通テーマ「色」でSが書いた詩と、それについて昨日の合評会で話し合ったことを投稿します。

無色の死神が

春はバスに乗って
万年筆を買いにいくべきだ
春は電車で精神科へいってはならない

食欲は夕方にならないと出ません
人類は 夕方になると何もできない ざまあみろって感じです
いま 世間では 歪んだファンタジイなどとさわいでいますが
私のファンタジイは歪んでいない
具体的とでもいいましょうか
体育館に大きらいなひとを集めてマシーンガンで皆殺しにしたいと夢想し続けている

そして老いた私は知っている
あおやみどりのいろのながい秋が
あっというまに萎れることを
そして ふすまのうしろで
無色の死神が凶器を持って待っていることを

 だから春は
 バスに乗って


:作者の弁 :評者の弁
 春と秋のことが書いてありますが、タイトルは秋寄りなんですね。
 秋は詩的な季節ですからね。
 3連目の「いろのながい秋」というフレーズに魅かれました。
 「あおやみどりのいろの」で切れて「ながい秋」で受けるつもりで書いたんですけど。
 え~? 違うふうに読んでました!
 誤読も現代詩鑑賞の要素。そう思って感心したことを自分の作品に活かしたらいいんじゃない?
 バスと電車には、どういう違いがあるんですか?
 バスはゆっくり行くけれど、電車は簡単にさっと到達するイメージ。春はバス、秋は電車。
 ということは、春寄りの詩なのでは?
 死期が近づいた作者にとっては終わりに向かう季節の方が重たいんです。
  第2連は、電車で簡単に精神科に行ったら言ってしまいそうな台詞を書きました。
 でも春の今はそうしないし、木の芽どきでも狂わないってことですよね。
 そして万年筆を買って書く。春はペンと紙があればいい、という詩です。
 やはりタイトルよりも能動的で前向きな詩ですよ。
コメント
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