湘南文芸TAK

逗子でフツーに暮らし詩を書いています。オリジナルの詩と地域と文学についてほぼ毎日アップ。現代詩を書くメンバー募集中。

ランドスケープを表現する

2014-09-29 00:30:00 | イベント
昨夜は、メディアーツ逗子2014プログラムのひとつ、キリガヤ本社背後の山肌に映し出されるFALLSを見に行きました。

noTempoさんによるデジタル技術を駆使した動的な空間なのだ。

滝が落ちたり昇ったり。人の動きによっても形を変えます。

地形や水流を表現した部分を、さまざまな小説から抜き出してみました。
樹木の緑や、山肌の代赭色や、砂浜の白が、絵具刷毛の先で黒い地面のあちこちになすりつけられているようにみえる (吉行淳之介「風景の中の関係」)
突然水ぎわに走りよった奔馬が、そろえた前足を踏み立てて、思わず平首を高くそびやかしたように、山は急にそそり立って、沸騰せんばかりに天を摩している (有島武郎「生まれ出づる悩み」)
関東山地の山々が雲をかぶって、髪を振り乱した女のように覗きかかっていた (大岡昇平「武蔵野夫人」)
硯を立てたような山容である (林芙美子「浮雲」)
両側から荒鉋で削りとったような尾根 (深田久弥「四季の山登り」)
すっかり葉の落ち尽くした無数の唐松の間から、灰色に曇った空のなかに象嵌したような雪の浅間山が見えて来た (堀辰雄「菜穂子」)
臥した牛の背のように悠揚として空に曳くながい稜線 (森敦「月山」)
夜が更けるにしたがって黒い山々の尾根が古い地球の骨のように見えて来た (梶井基次郎「闇の絵巻」)
少しの水の捌け口があると、そこへ怒りをふくんで激しく流れ込んだ (室生犀星「あにいもうと」)
水面にはたえず条理のない波綾が立っていた (尾崎翠「第七官界彷徨」)
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俳句と写真

2014-09-28 00:05:41 | 文学
ふわっふわの毛ばたき…じゃなくて、ふっさふさのパンパグラスです。秋ですね。

俳句の季語はひとつ残らず写真に撮ることが出来る (片岡義男「遠い雷、赤い靴」より)
俳句と写真といえば、こんな考察も。
写真と映画の違いは、俳句と小説の関係に似ている (乙一「ZOO」より)
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現代詩的なダンス

2014-09-26 02:05:54 | イベント
9月21日に逗子文化プラザフェスティバルパークで、こんな即興ダンスを鑑賞しました。2つの肉体による詩だと思いました。
 narural phenomenon
詩とは、精神と現実とが沸騰的交渉ののちに沈殿して生じた結晶である(ルヴェルディ)
詩とは、人生に対する人間の反応を記録するための精密装置である(マクニース)
詩とは、人間のもっとも完璧な話以外のなにものでもない。人間はそのなかで、真理を述べ得るにもっとも近くなるのである(アーノルド)
弱々しいもの。吹かなくったって飛んでいってしまうもの。かすかなもの。あるかないかよくわからない程のもの。強く色のついていないもの(川崎洋)
今日では、確かな現実、歴史的現実をだれも信じない。人が信ずるのはそうなるかもしれない詩的現実である。詩を養うものは真実ではなくて懐疑である。詩や生を信ずることのむずかしさが詩を育てている(シニスガルリ)
言語の〈意味〉よりも〈価値〉に重点を置いて描写されるものを「詩」と呼び、〈価値〉よりも〈意味〉伝達に重点が過剰に置かれた描写を散文と呼ぶ(吉本隆明)
ヒット曲の振付をみんなで踊るのは散文的なダンスといえるかも
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作者の意図

2014-09-24 10:49:28 | 日記

逗子の景観まちづくり瓦版の最新号(第31号)無料配布中です。
ここに載っている「自転車で巡る逗子」全文をご紹介。
 ツール・ド・逗子というイベントに関わって六年になります。「知らない逗子を発見!」というサブタイトルを付けて、毎回市内のポイントを紹介してきました。亀岡八幡宮を起点に、各自いくつかのポイントを自転車でめざし、まちの景色を楽しみ、その場所に触れて帰るイベントです。今までに、披露山公園、逗子マリーナ、和賀江島、久木大池、郷土資料館、旧脇村邸、六代御前の墓、五霊神社、岩殿寺、法勝寺などの魅力的な場所、市内に散在する石碑や彫像などをクイズのポイントにしました。参加者からは「逗子に住んで長いけれど初めて行った」「行ったことはあったけれど知らなかった」などの声があり、新しい逗子を発見する楽しみ方を提案できている実感があります。
 自転車という移動手段は、歩くと遠い場所にもガソリンを使わずに行くことができ、まちの中の草花や新しくできた店が目に入り、気になれば自由に停まって見ることができます。自動車と違ってまちの音を聞くこともできます。海岸沿いなら波の音、川沿いならせせらぎの音、夏の蝉の声や秋の虫の音。こうした音も、逗子の景観の一部だと思います。
 逗子はちょうどよい距離感とサイズ感で、自転車からの景色が楽しめます。狭い道や少ない駐車場という自動車にとって不便な要素も、自転車ならさほどデメリットになりません。自転車でまちの景観を楽しみ、自転車がまちの景観になる――そんな逗子になることを願って、今後もツール・ド・逗子を続けていきたいと思います。

Aが頼まれてリライトさせていただきました。リライトした文章は、筆者のSさんはじめ関係者に見て頂いてご了承いただいてから掲載してもらいました。
下の方に載せるカットも描くように言われたので こんなふうに載せてねと説明してお渡ししたのですが…
最初の写真のリボンに隠れている絵を見るとおわかりのようにトリミングなしで、私が塗った部分全てが載せられています。楽屋裏を覗かれてるみたいで恥ずかしい
編集協力をしている文化の会のメンバーの一人と街で偶然会った時に立ち話で「周囲も出した方がロードバイクの疾走感が出ていいと思う」と、確かに言われはしました。その時「お任せします」と言いましたけど、こんなにノートリで載るとは思っていませんでした。希望的観測で都合よく考えてしまいました。へたくそな絵の扱いにこだわってうるさい市民のレッテルが貼られるのを警戒して、良くいえばお渡しした先のことは担当する団体・部署を信用して、何も言わなかったことを悔いています。
私だったら「こういうふうに載せるけれどいいですか?」と、発行前に一度ゲラを見せますけどね。
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逗子銀座通りのプロジェクションマッピング

2014-09-23 09:18:54 | イベント
プロジェクションマッピング国際コンペ、市民交流センターの展示、延命寺あかり計画、亀岡八幡宮のシアンブルーは終わりましたが、メディアーツ逗子は続いています。見慣れた逗子の商店街がちょっと新鮮に見えます。
今日までやっているのは、うつくしきもの松屋ショーウインドウの着物プロジェクションマッピング。

↓昨日、市民交流センターからINEYA店内に引っ越してきたJam Jar Fairies。

このフェアリーは、メディアーツの会期が終わる9月28日まで逗子にいます。
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メディアーツ逗子プロジェクションマッピングショー

2014-09-22 00:09:24 | イベント
夕闇が彼らの足もとからわずかに立ち籠めて来た
(小川国夫「施療病室」)
淡い闇が風に吹かれる膜のように都市の上をさまよい流れていた
(村上春樹「タクシーに乗った男」)
どこか甘い匂いがするような、しっとりとした闇だった。掌を広げると、闇のベールの感触がつかめそうだった
(小川洋子「冷めない紅茶」)
影は影に融けて地を占めている
夜空の色は平静な藍を失って、深い納戸いろに濁っていた

(三島由紀夫「金閣寺」)
文学における闇の表現からの~

圧倒的な光の表現だ
昨日と一昨日、逗子小学校校舎の形に合わせた映像を投影するプロジェクションマッピングショーがありました。
このショーは各回ごとに市の内外から訪れた約千人の人々が楽しく鑑賞するイベントであると同時に、国際コンペになっています。
今年は16作品の中から写真のChaos and Order(ベルギーのアーティストさんの作品)がグランプリに選ばれました。
闇から光のアートが生まれ、混沌から秩序が生まれるのです
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今月のオリジナル作品最終回

2014-09-21 01:44:24 | オリジナル
今月のTAKオリジナル作品のテーマは「秋」でした。まあ、途中からそう決めたんですけどね 来月もお題を決めて競作したいな。
Aは普段季節を意識して詩を書かないので、秋の詩を書いたのは多分生まれて初めてです。でも秋は自分が生れたこともあっていちばん好きな季節。
それにしては真ん中辺が全部ネガティブで情緒的ではありませんけど。センチメンタルなのが苦手なもので
写真は、Yの字に枝を広げた樹木が並ぶ丘の上の景色。長柄桜山古墳群があるあたりです。海と空が一望できる気持ちのいい古墳なのです。

再び両手を差し伸べる季節

丸く柔らかく生まれてきた身に光だけ浴びて
明るく澄んだ空へ瑞々しく伸びていけたなら
神様もいらない地球の一部

しかし全てがいびつなこの世界では
そんな伸びやかな人生は許されない
風雨に倒され地面に体を擦りつけ汚れて傷だらけ
堅い頭蓋でも守ることができなかった脳味噌は騒音でいっぱい
疑念を吸い込んだ暗くて重たいスポンジだ
今や私は呼吸する傷口
この世界についた傷そのもの
他人の自惚れを許さない狭量な人類に包囲され
屈辱的な物事が日々塩のようになすりつけられる
休みなくひりつく生きた傷
生まれた時に付けられた名前には意味が見えない

でも地に根を張って左右にぐいと枝を伸ばす一本の木のような
名前の頭文字を見ていてふと思い当たった
寒風熱風になぶられうんざりしているが
まだ私は空に両手を伸ばそうとしている
無理に着こなすしかなかったお仕着せを脱ぎ捨てよう
空に向かって両手を挙げた形の私の頭文字に
頭から被せてすぽんと心地いい衣を着せてやろう
そして丘に登るのだ
そこには私が生まれた季節の
暑くも寒くもない風が吹いている
頂上で眼下を見下ろしたいんじゃない
両手を天へと広げ、上を仰ぎ見たいのだ
秋色のワンピースを着て
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今月のオリジナル作品パート2

2014-09-20 01:01:06 | オリジナル
Tの詩とイラストです。

秋の夜

銀杏の葉の散り積もった道を 明るい月光が照らし出している
更に透明な夜が来る

太古の 人になった者達が見える
洞穴に住み 獣の皮をまとい
木の実を 魚を 貝を採り
冬が来る前に たくさんの干し肉を作り
薪を集め 火を起こす
雪の匂いのする日は 互いに身を寄せ合い 穴の奥で眠る
ふいに目覚めた一人と目が合ってしまう
一瞬 体は熱くなり 震えている者の心が伝わる
彼らは時を隔てた遠くの者達とも瞬時に交信していたのだ

突然
携帯の着信音が鳴り響く 「幻想交響曲」
星の瞬く下 私の交信が始まる    彼らはもういない
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御霊神社例大祭

2014-09-19 21:25:34 | イベント
昨日は鎌倉の御霊神社のお祭。海沿いに自転車を走らせて、見に行きました。

まず御霊神社境内で鎌倉神楽奉納。すごい数の見物客とカメラ。

14時半からは県の無形文化財、面掛行列。

お面をかぶった行列の最後尾は妊婦さんと産婆さん。妊婦のおかめさんが産気づいたふりをしたりして、この二人なかなかコミカルです。
御霊神社の境内には明治時代、国木田独歩が住んでいたことがあるそうです。
帰りに細い路地を抜けて海に出る途中「最後から二番目の恋」に出てきたカフェ坂の下発見。

この場所で平日の昼間なのに、外に行列ができてる~
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ナーンタリの秋

2014-09-18 02:39:27 | オリジナル
9月2日の投稿で、毎月TとAとKそれぞれのオリジナル作品を掲載していくことをお約束しました。まずはKの詩です。

詩に添えた写真はフィンランドの小都市ナーンタリの情景です。夏場は保養地としてに賑うこの街も、秋を迎え街行く人にもめったに出会わないほど静まり返っていました。そんな中、ナーンタリ教会前広場のカラスだけは秋の柔らかな陽を浴びて実に快活に飛び回り、季節外れの観光客であるKを楽しませてくれました。カラスたちの生き生きとした様子にKは、秋とは夏のざわめきを鎮め冬の寒さに耐える前に一時の安らぎをもたらしてやろうという大いなる存在の計らいではないかと思えてきたのでした。
今年の猛烈な暑さに耐え忍ぶ毎日、秋を恋うる気持ちが募ると、この情景が浮かんできたのです。実はこの自由気ままな様子で飛び回っていた鳥がヨーロッパに住むカラスであったと知ったのは後の後のことでした。
 ナーンタリ教会
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