湘南文芸TAK

逗子でフツーに暮らし詩を書いています。オリジナルの詩と地域と文学についてほぼ毎日アップ。現代詩を書くメンバー募集中。

七里ヶ浜西田幾多郎歌碑

2018-10-17 18:23:03 | 湘南
逗子から国道134号線を江ノ島方面に向けてサイクリングしていると、いつも混雑している江ノ電の踏切が。
 鎌倉高校前一号踏切
「スラムダンク」の聖地巡礼者さんたち。特に台湾からの観光客に人気なんだって。
その少し手前、七里ヶ浜を見下ろす国道の歩道上に西田幾多郎博士記念歌碑が建っています。

2016年に閉館した鎌倉近代美術館鎌倉館と同じ坂倉準三による設計で、岸壁の係船柱みたいな形だな~と思ってましたが、汽船の換気塔を模したデザインなのだそうです。碑裏に同郷の友人、鈴木大拙が寄せた文も彫られています。
 傍らの説明板
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ノグチ・イサムとヨネ・ノグチ

2018-02-17 10:39:08 | 湘南
《こけし》は1950年代後半頃まで中庭やテラス、前庭などいくつかの場所に置かれた後、しばらく倉庫で保管(その間は別の作品が展示替えされながら中庭に置かれていた)されていたのを、1991年の改修の際に修復を経て、新しい台座とともに中庭に設置されたのだった。(「たいせつな風景」24号 長門佐季「表紙作品解説 イサム・ノグチ《こけし》より)
 今、葉山の中庭に置かれたイサム・ノグチの『こけし』の前に立つ。
 鎌倉の中庭では覚えなかった新鮮な感動と喜び、私の勝手な解釈によれば、この作品は、1950年から51年の来日時、日本の石を使って製作された最初の彫刻のひとつであり、土を使った陶芸作品や和紙や竹を用いた照明彫刻に先立つ作品であるように思う。(「たいせつな風景」24号 岡崎和郎「イサム・ノグチの『こけし』に寄せて」より)


一昨年3月末の鎌倉館閉館に伴い、神奈川県立近代美術館葉山館の中庭に引っ越したこけし。1952年に鎌倉館にやってきてからの40年間にもちょこちょこ動かされていたんですね。
イサム・ノグチの父である野口米次郎は国際詩人ヨネ・ノグチです。明治38年から鎌倉の円覚寺蔵六庵に仕事場を持ちました。イサムの母を主人公にした映画「レオニー」では、イサムを身籠っているレオニーを置いて日本に帰国し、レオニーとイサムが来日したら他の人と結婚していた酷い奴っぽく描かれているみたいですけどね。
父に憎悪の念を抱きながらも、芸術家として、また日米に生きた境遇に共感し、父の人脈にも助けられ、心の底では慕っている。もしかして、ヨネあってのイサムであり、イサムあってのヨネであったのかもしれない。二つの立方体を跨ぐように直方体が載ったヨネの墓は、イサムがデザインしたと伝えられている。(三田評論2013年4月号 加藤三明「ヨネとイサム・ノグチ―二重国籍者の親子」より)
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知っ得!ずし検定作成中

2017-07-28 19:20:39 | 湘南
逗子全域を一つの大きな「自然の回廊」と見立て、散策やハイキングを楽しめる道としてつなぐ整備を進める「自然の回廊プロジェクト」。その一環として設置が進んでいる案内板のひとつが富士見橋のたもとに。

知っ得!ずし検定プロジェクトチームでは現在、自然の回廊案内板にリンクしたご当地検定を、まずは択一の初級問題から作成中です。例えばこんな内容。
東海道の脇街道として人馬の往来を支えた浦賀道(うらがみち)の一部だった旧田越橋の場所に現在架かっている橋の名前は?
①渚橋 ②富士見橋 ③新田越橋 
   答え② 
 
問題集が完成したあかつきには、解説も掲載する予定です。上の問題の解説はこんな感じ。
葉山に御用邸ができた明治27年(1894年)、田越橋と呼ばれていた木橋が何度めかの落橋でなくなっていた場所に、富士見橋が架けられました。一本上流側に既に田越橋が新設されていたので、別の名前になったのです。という訳で、選択肢③の「新田越橋」という橋はありません。
養神亭には徳富蘇峰、日夏耿之介、芥川龍之介、山村暮鳥、大岡昇平などの文人が宿泊しました。
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海街diary逗子のロケ地

2016-05-21 00:14:27 | 湘南
今夜地上波初放送の「海街diary」は鎌倉が舞台の映画で、極楽寺付近の映像がいっぱい出てきます。でも山猫亭の場面は逗子ロケなんです。
 ビーチマフィンが山猫亭に変身!
ちなみに山猫亭の近くにあるらしい設定の海猫食堂は、江の島ロケです。
同じく是枝裕和監督作品で葉山や横須賀でロケした「歩いても歩いても」の方が、設定と心情に怖いような深さがあって更に好きなんですけどね…。
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鎌倉文士御用達二楽荘

2016-02-27 15:11:21 | 湘南
内田正泰記念アートギャラリーを訪れた時、鎌倉のこんなところにも行ってみました。
 二楽荘(小町2-7-2)
川端康成、大仏次郎といった鎌倉文士ゆかりの創業82年になる老舗中華レストランです。

中島京子の直木賞受賞作「小さいおうち」にも登場するし、伊集院静と夏目雅子も訪れていたんですよね。
…とかいろいろエピソードだけ言っておきながら、おいしいフレンチトーストが食べたくてランチは近くのブランチキッチンに行っちゃったんですけどね

次は二楽荘の前までじゃなく、中まで伺います
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大澤珈琲店&サードエイジ文学専科

2015-11-09 09:55:55 | 湘南
来月末に発行予定の「ずしゼロ・ウェイストNEWS」の取材で大澤珈琲店に行ってきました。
今年9月に池田踏切のところにある新しい建物の2階にオープンしたカフェ&自家焙煎珈琲豆店です。
 明るくて落ち着く店内。
店名を冠した大澤ブレンドは、ブラジルのほんのり甘い完熟豆がベース。

山の根1丁目2-33 GAビル2F 10:00~19:00 (木)定休 祝日の場合は翌日休み

そうそう、今月から始まるサードエイジ連続講座のことも考えなくっちゃ。Aが担当する文学専科逗子ゆかりの文学は来月ですけどね。
逗子のまちの発展変化といわゆる作家の時代的変化を掛け合わせると、こんな3章立て講座になりそうです。
 第1章 文豪の時代
  保養地としての急速な発展
 第2章 文士の時代
  関東大震災を機に住宅地化
 第3章 芥川賞作家の時代
  利便性と自然のバランス
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「陽だまりの彼女」ロケ地

2015-10-22 01:44:06 | 湘南
新車の試走を兼ねて、兎さん(泉鏡花文学碑)に会いに、大崎公園へ。文学碑には鏡花の俳句が刻まれています。
 秋の雲 尾上のすゝき 見ゆるなり
映画「陽だまりの彼女」と同じようなアングルで写真を撮ってみました。


撮影時にはジャングルジム、ブランコ、銀杏の木が設置されています。映画の中では「銀杏公園」だったんですよね。
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鎌倉コアンドル

2015-08-02 00:03:39 | 湘南
観光客が多過ぎて、敬遠しがちな鎌倉小町通り。ですがここだけは入っておかねばとコアンドルに行ってきました。
 
店前に重ねないで停めてねと言われたので、自転車2台を前後に並べて駐輪。
 大仏次郎が足繁く通った店なのだ。
47年前のホテルオークラのレシピを忠実に守り続けたデミグラスソースで調理した懐かしい昭和の味、特製ハヤシライスと特製ビーフシチューを食べました。
ビーフシチューにはソラマメとクリが入っているのが特徴。

 小町通りの稀有な名店。
内装は創業時からほとんど変わっていないそうです。


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逗子開成中学ヨット部のポスター

2015-07-02 01:07:02 | 湘南
新逗子駅北口からホームに向かう連絡橋の壁面に、ヨット練習を写した大きなポスターが並べて貼られています。

駅利用者は「すごーい!2020東京五輪のセーリング会場が江の島に決まったからかな?」って感じで、眺めながら通っていきます。
これは、47都道府県を訪ね2020東京五輪をめざす子どもたちを応援するパナソニックビューティフルジャパンプロジェクトという4Kテレビ広告の一環で、神奈川県では逗子開成中学ヨット部を訪ねたということのようです。

ホームにも逗子開成中学ヨット部員が写ったポスターが。
こんな立派なものとは対極的なチラシを転用したお粗末なものを、便乗して投稿させてもらって申し訳ありません
私たちの会も市民交流センター内にポスター貼ってもらいました。

赤い画鋲で留めてもらっているのが気に入ってます。
センターの担当者さん、ポスターに合わせて画鋲の色を変えるという洒落たことをしているようです
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渚ホテルの朝食

2015-06-20 00:40:59 | 湘南

江藤淳の随筆集「渚ホテルの朝食」の中から、本のタイトルになったエッセイの一部を引用します。
渚ホテルからは海水着のままで海に行けるようになっていた。それも気分を浮き立たせる一因だったが、それ以上に昂奮させられたのは、浜辺の磯の香りとホテルのなかの匂いとの対照だった。
 ホテルの匂い、これこそきっと西洋の匂いというものに違いない。それは一歩渚ホテルに足を踏み入れた瞬間から、あたりに充満していた。部屋のベッドにも、バス・ルームの西洋式のバス・タブにも、日常自分の周囲に漂っているのとは異質な匂いがあり、それが譬えようもなく快かった。
 ひょっとすると、それは、洗濯が行き届いてアイロンの利いた、リネンの匂いに還元されるものだったかも知れない。翌日の朝、ダイニング・ルームに行くと、眼の前に置かれた純白のナプキンから、まさにその匂いが漂い出しているように思われたからである。
 永橋為成さん描く逗子なぎさホテル
嗅覚が刺激される文章です。上の絵を描いた永橋さんと共に逗子文化の会で重要な役割を担っている田中さんは、なぎさホテルで結婚式を挙げたのだそうです。
文芸評論家・江藤淳(1932~1999年)は、湘南中学で石原慎太郎の一級下でした。昭和55年から亡くなるまで、鎌倉西御門に居住しました。
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