湘南文芸TAK

逗子でフツーに暮らし詩を書いています。オリジナルの詩と地域と文学についてほぼ毎日アップ。現代詩を書くメンバー募集中。

沈黙の詩パート6

2016-03-31 00:04:40 | オリジナル
共通テーマ「沈黙」でAが書いた詩を投稿します。

   無口な君
最初に君を見たとき
もの言いたげな口許に惹かれた
なのに無口で
世界のあちこちに
髪の毛のアンテナを立てて
今日も静かにパソコンを見ている
画面から顔を上げてこっちを見たから
訊きたかったことを質問すると
君は答えに詰まる
キュートな寝癖の下の
頭蓋骨が硬すぎるのか
いつも言葉に詰まって
唸ってから黙るのだ
語彙を選んで呼び出そうと
しゃべる代わりに腕を振る
握った拳を開いて指を動かしたりする
仕草だけが饒舌で笑ってしまう
君もテヘッと一声笑い
わたしの傍らに来る
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色の詩パート7

2016-03-30 00:00:19 | オリジナル
共通テーマ「色」でTが書いた詩を投稿します。

不在のあと

あなたが不在になって
世界は白黒になった
音や香りにも色がなくなった
私の中へ音は響かなくなり
香りで思い起こされるはずの記憶は浮かんでは来ない
輪郭線だけが日常の中で動き
中身は次第に透明になっていく

突然 色が戻ったのは
孫が生まれ はじめて抱いた時
あなたと暮らした時間が
形と重みをともなって私の腕の中にあった

エネルギーのすべてを使って泣く声が
私の空洞を埋め
乳のにおいが
確かな記憶をよみがえらせてくれた
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沈黙の詩パート5

2016-03-29 00:00:31 | オリジナル
共通テーマ「沈黙」でSが書いた詩を投稿します。

鏡の沈黙

黙っていると
女は死んじゃうんだ
前へ前へ踊り続ける女が言う

あの木で
首をつりたい と言うと
死ぬなんて死ぬ時のために
とっておくコトバよ
とおなじ女が言い放った お皿をふくように 軽く軽く

腹の底でねむっていたもう一人のわたしに相談すると
そとへ出るからウツになるのだ
鏡を見習え
でんとかまえておれ
とのことである
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色の詩パート6

2016-03-28 01:17:16 | オリジナル
共通テーマ「色」でSが書いた詩を投稿します。



すぐうつむく
うつむいてしまう
真っ赤な服を 着せられる
ジャズピアニストはピアノの一部になりたいと
ピアノの蓋になってしまう
レコーディングではない
ライブなのだ
たくさんの眼がかれを見つめている おびえきっているらしい
「わたくしを見ないでください」
社長には耐えられない
「何だってえ?」

アフターケアーのない神さまの道しるべは白いインクで書かれている始末
この天才白人ジャズプレイヤーを
見せたい社長は考えこむ
このお馬鹿さんをブロンドの長髪に それとも頬いっぱいに濃い髭 大きな口髭などどうだろう
シャツも靴も赤いのを
ジャズピアニストB.Eは
コクトーの「美よりも速く走る」
オートバイを持っている と知らされる
「何が何だか分からない 分かりたくもない」
「耳だけでいいですだってえ?」
社長は悲鳴をあげたが
「おれはあきらめない」と言いだした

悲惨なB.Eらの晩年
モダンジャズにハッピーエンドはなかった 廃れたのだ
さむい路地にときたま訳知りの
鳩がきて かれの残滓をつついている

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初めて自転車@逗子

2016-03-27 08:30:18 | イベント
第10回子どもフェスティバルのイベントのひとつ、じてんしゃあんぜん教室が昨日開かれました。子どもたちが200人も参加して、ちょっと寒かったけれど元気いっぱいで、自転車の乗り方やルールを学びました。写真は、まだ乗れない子向けの初めての自転車コーナー。

このイベントを企画運営している歩行者と自転車のまちを考える会のメンバーが、逗子を自転車が走っている描写が出てくる小説第一号を教えてくれました。
桜山部落の西の端近く、唯一室の小さなはなれを借りて居る横須賀勤めの若い技師がある。夕方毎に、駅から自転車で伏見になって疾風の如く走せ帰る
(徳冨蘆花「富士」より)

この記述が紹介されている「手帖」によると、明治32年のことだそうです。当時は自転車というものが珍しかったんでしょうね。

じてんしゃあんぜん教室は昨日だけでしたが、子どもフェスティバルは今日もやっています。
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林京子「谷間」

2016-03-26 07:16:16 | 文学

高速道路の下に埋まる谷間の街は、Aがみつけてくれた海岸の街の丘陵地にありました。二百数十年のむかしには、谷間一帯の人家は約四十軒だったそうです。百年経って十数軒が増え、戦後一挙に千三百数十軒という数に膨張。近辺に、国鉄の駅が増設されたからです。(林京子「谷間」より)
「高速道路」とあるのは横浜横須賀道路、通称横横のことです。作者は横横ができるので沼間から立ち退いて桜山に移りました。それまでの間、この地域の歴史に興味をもち、のどかさ静けさを愛していたのでした。
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色の詩パート5

2016-03-24 09:24:26 | オリジナル
共通テーマ「色」でTが書いた詩を投稿します。



ダリアの真紅
海に落ちる夕陽の朱
血の色の水彩絵の具を
画用紙に落とす
日頃閉じ込めていたものが
そのにじみの中へ流れ込む
憎しみ 嫉妬 恨み
自分の輪郭線が歪むのが嫌で
私の中の一番遠い細胞へ
封じ込めている想い
それでも時々
細胞が騒ぐと 色を塗る
初め赤 その次に黄色
紫 緑 青といろいろ塗っていく
微妙な色合いが出て
流れ出た想いは薄まって消えていく

むき出しの自分が絵の中にいる
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詩人による偽詩人小説

2016-03-23 22:23:03 | 
主人公がメジャー詩人になってしまうストーリーと共に詩についての豊富で的確な叙述が面白くて、四元康祐著「偽詩人の世にも奇妙な栄光」を楽しく読みました。
詩に関する記述の一部を引用します。
その過程で人々は発見した。詩の、ほとんど無限と言ってもよい在り方を。(中略)そこにはなにか素晴らしいものの気配があった。普段は日常の秩序や合理性によって抑圧されている、生命の爆発的な歓びが息づいていた。

情景描写が詩的なのもこの小説の大きな魅力です。夕暮れ時の描写を2か所から引用しますね。
陽射しはゆっくりと背を伸ばし、昭洋の足もとに達そうかという直前に立ち止まり、それからなにかに急きたてられるかのような早足で夕闇へと遠ざかって行った。
物音の反響が奥行きを増し、誰かが誰かに呼びかける声があてどなく消えてゆく。家路を急ぐ足音が、はたから空へ吸いこまれてゆく。そのくせ歴史は前後の広がりを失って、過去も未来も悉くいまこの一瞬の現在へとせり上がってくるかのような、そんな春の夕暮れ(後略)
詩人が書いた小説をけっこう読んでるんですけど、その中で暫定ベストかも。
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沈黙の詩パート4

2016-03-22 09:35:46 | オリジナル
共通テーマ「沈黙」でAが書いた詩を投稿します。

Within the sound of silence
私が空返事してる間に
足元を通り過ぎる舗道に
君のスピーチが落っこちて
踏み切りまで転がっていって
電車が起こす風でさっと散る
S&Gが昔歌ってた
People talking without speaking
People hearing without listening
People writing songs that voices never shared 
スルーされても平和な顔で
君は歩きスマホを始める
薄いマシンの中に広がるのは
「リアル」なんて茶化されてる現実より
もっと広大な沈黙の虚構宇宙
ポール・サイモンだって
半世紀も前に諦めちゃったんだ
実弾を込めようとか
撃ち込もうとか計画して
真剣に話して聞いて書いたら
一緒にいられなくなっちゃう
だから眼を合わせずに
苦しい息で隣を歩きながら
ばれないようにそおっと
君の尻尾の先を握る
     *英文はすべてSound of silenceから引用

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竹宮惠子のマンガ革命

2016-03-21 14:39:32 | 文学
私の、少女マンガのための小さな革命は、『風と木の詩』を連載させることだった(竹宮惠子「少年の名はジルベール」より)
著者にとって「風と木の詩」と「地球へ…」の2作により昭和54年度の小学館漫画賞(少年少女部門)を受賞したことが革命の勝利だったのだと、具体的にひしひしと伝わってくるノンフィクション。そこに至るまでの新進漫画家としての10年間の出逢い・苦悩・奮闘を描いた青春記です。
創作について述べられた箇所を、下に引用します。
あなたに、「つらい」という感情があったときに、「大丈夫? どうしたの? 元気出して」と、誰かあなたの友達が励ましてくれたとしよう。気にしてくれたのは嬉しい、でも何かが違うと感じないだろうか。その少ないやりとりには含まれない、もやもやとした大きなものが心のどこかにあって、むしろこちらのほうが大きいという落差に気が付く瞬間。そもそも私は「つらい」のだろうか……とそこさえも疑い、のみ込んでいる状態かもしれない。しかし、このもやもやを突き止めない限り、なんだか一歩も前へ進めない……。その霧のような塊のベールをはぐように、絵にしたり、文字にしたり、セリフにしたりといった作業が創作の原動力の一つなのではないか。はぎとってみて、目の前にその形が見えるものとして現れたときに、作ったのは自分なのに、自分で驚いてしまったり、ショックを受けてしまったり、不思議と癒されたり、全然違うと思ったり。めんどくさいといえば、非常にめんどくさい作業だ。でもこれをしないと心が前に向かない。そして、その私にとってのもやもやの正体が、読者にとっても、突き止めたかった感情の大きな部分であったということもあるのだろう。たぶんそれが、「伝わる」ということなのかもしれない。

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