昨日は地域にあります北野天満宮の夏祭り。7月25日に必ずありますので、平日の場合は、皆様、勤めを休んで朝から汗だくで準備です。子供会、婦人会、壮年会、老人会、町内会の総力を結集。1つの町内に年齢性別に会が組織されているのですが、交代でまわってきます役員さんや幹事は大変です。暑く暑くて、昼間からビールがグビグビすすんでいます。
夕方になり始まりますと多くの参拝客で境内は満杯。露店、ビアガーデン、盆踊りなどで大盛況。子供達も頑張って太鼓をたたいておりました。
が、終了後の後片付けが、また大変。帰宅したのが11時半。伝統行事を受け継ぎ、継続させていくのは難しいことです。
それにしても毎日暑すぎる昨日、全国で一番高い気温を記録しました舞鶴は今日も37度。昨年あたりから、全国の気象情報でも舞鶴は兵庫県豊岡市とともに気温が伝えられ、有名になりつつあるような気がします。
さて、日曜日に海水浴へ子供2人と行ってきましたよ。車で20分位で海に行けるのは都会の人にとって羨ましいのでしょうか?しかし、この暑いのに海水浴はきついような気が・・・。
でも、まだまだ気持ちは若いですよ。当日は波がそこそこ高く、浮き輪を使った、まるで子供版サーフィンは結構面白いものです。子供2人は怖がらずきゃーきゃー喜んでおりました。
私は顔が真っ赤。首筋ヒリヒリ。数日後、鼻のてっぺんがズルむけ。背中はTシャツを着ていたのでセーフ。今度の日曜日はプールだそうです
今日は地域の月1度の不燃物回収の日で、私はごみの分別を監視する当番で早朝より立会い。やはり気になるのは日頃、皆さんが飲まれているアルコール類の空き瓶や空き缶。当然、ビール系飲料が多いのですが、銘柄をよく見てみますと、より安価な第3のビールと言われています「キリンのどごし生」が黄色でよく目立ちます。そして、糖質?%オフの文字も。健康を気遣いながら、価格志向のビールが支持されているようです。今はどの銘柄もおいしく造られていますから、私も何でも飲みます。
さて、その他の酒類に目を移しますと、まずは日本酒や焼酎。季節にも関係があるかと思いますが、空き瓶は殆どゼロ。パック酒が普及していますから仕方がありません。4合瓶などの冷酒瓶も無し。逆にワインはそこそこあります。この状況から見えるのは、おいしいお酒を自宅でゆっくりと楽しむ時間がないのかなあ~と
今、思い出しました。1升瓶がないのは、5月末に行なわれた資源回収で皆さん出されたのです。そして、案外、自宅にたまっているもんです。当店に持ってきてくださる方もいますしね。地域の不燃物回収日に酒の1升瓶を何本も出すと「大酒飲み」と思われてしまうのも恥ずかしいという気持ちもありますよね。
原油価格高騰で採算がとれないため、全国”一斉”休漁。価格上昇分を政府に補填して欲しいと漁業関係者の方が訴えています。当地、舞鶴でも漁業は盛んです。お陰で新鮮な魚を買うことができます。私は魚業界のことは全然知りませんが、他の食品のようにコストON方式で卸、小売価格に転嫁できないものでしょうか?。市場の”競り”。需給バランスのみで決まってしまうから、実勢価格にならないのかもしれません。ふと、われわれ酒類業界と比較してしまいがちですが、こちらは既に街の酒屋さんの相次ぐ廃業が続いております。よく蔵元さんから「業績に対し、社会や周りのせいにしてはいけない。自分がどうありたいのか。真剣に考えれば活路は開けてくる。」と度々言われています。漁師さんの苦悩は明日になれば違う創造に変わるかもしれません。私も魚大好きなので頑張ってください。
バタバタとした毎日。昨日は久しぶりに8時に閉店後、帰宅。食事後、録画しておいたNHK番組を1人ゆっくりと見ました。
火曜日の「プロフェッショナル・・」ではヤクルトスワローズの宮本選手について。プロ野球選手としては決して大柄ではなく、守備力のみを評価されていた頃、当時の野村監督に「二流の超一流になれ」といわれて、脇役でもチームにとって必要な選手を目指したプロとしての努力は練習のみでなく、理論についてもノートにびっちりと書かれていました。今や選手会の要職、そして日本代表チーム主将として活躍中です。
そして、水曜日の「その時歴史が動いた・・」では江戸時代の俳人、松尾芭蕉について。当時、和歌の「お遊び編」として俳諧が流行しておりましたが、芭蕉は17文字で表現される写実的な情緒感を旅を通じて見事に表現。「古池や・・・」「五月雨を・・・」といった有名な句を残し、俳諧を和歌に匹敵する文化へと押し上げました。
二人に共通するのは、深く考えることです。プレーの1つ1つを、また、語句の表現を。気づき考えることの大切さ。プロとは頭のいい人でないと務まりませんね。
日本の夏といえば、その1つに「高校野球」がありますね。この時期になりますと予選が始まり、母校の対戦結果が気になる方も多いのではないでしょうか。
私の母校は5年制の工業高専。実は私も硬式野球部に在籍しておりました。当時は3年生の時に主将を務めた人が5年生時に監督に就任する慣習でしたので「20歳の学生監督」でした。決して強くはありませんでしたが一生懸命に練習しましたよ。
今は選手の父兄の方が監督だそうですが、昨日、初戦を城南高校と対戦し、なんと10対1でコールド勝ち。初戦突破は久しぶりのような・・・。とても嬉しいものです。「もしかして甲子園に出場するかもしれへん」なんて希望も!次の試合も期待していますよ。