私の歌舞伎遍歴 -ある劇評家の告白ー

2012-12-18 08:36:22 | 日記

渡辺 保著   演劇出版社刊

歳の差が経験の差に結びつくのは当然の話だが、歌舞伎の名優の演技を劇場で実際に観たかどうかはどうしようもないのだが、どれほどのものだったか思っただけで口惜しい思いに苛まれる。
例えば、十五代目の市村羽左衛門は観てもいないし、音吐朗々だと言われている美声も聞いていない。初代中村吉衛門には辛うじて間に合った。花道でみた脛の美しさは憶えている。しかし、観たのはたった二度だった。
先々代の勘三郎が大根(と、お袋達は言っていた)から、押しも押されぬ名優に化けた過程はつぶさに観た。そして、先代の勘三郎が親父に段々似てきて、ここで名人になるかという期待が潰えた口惜しさも味わった。
しかし、あの役者の見得は以後誰も継承していない、その素晴らしかったことと言われても……観ていないのだから、唯、口惜しいと思うしかない。なんとも口惜しい思いをするしかない本である。不遜なようだが後は著者の天命を超えて長生きし、「何代目の見得は、今の役者には到底真似できない」と呟く以外にこの口惜しさを買い解消できる方法はない。
せめて十年早く生まれていたのならば、一緒に相槌を打てたのに……。


コメントを投稿