おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

彼岸花

2020-02-04 13:55:15 | 映画
「彼岸花」 1958年 日本


監督 小津安二郎
出演 佐分利信 田中絹代 有馬稲子
   久我美子 佐田啓二 高橋貞二
   桑野みゆき 笠智衆 浪花千栄子
   渡辺文雄 中村伸郎 北龍二
   堀江平之助

ストーリー
大和商事会社の取締役平山渉と元海軍士官の三上周吉、それに同じ中学からの親友河合や堀江、菅井達は会えば懐旧の情を温めあう仲で、それぞれ成人してゆく子供達の噂話に花を咲かせる間柄でもある。
平山と三上には婚期の娘がいた。
平山の家族は妻の清子と長女節子、高校生の久子の四人で、三上のところは一人娘の文子だけである。
その三上が河合の娘の結婚式や、馴染みの女将のいる料亭「若松」に姿を見せなかったのは文子が彼の意志に叛いて愛人の長沼と同棲していることが彼を暗い気持にしていたからだった。
その事情がわかると平山は三上のために部下の近藤と文子のいるバーを訪れた。
その結果文子が真剣に結婚生活を考えていることに安堵を感じた。
友人の娘になら理解を持つ平山も、自分の娘となると節子に突然結婚を申し出た青年谷口正彦に対しては別人のようだった。
その頃、平山が行きつけの京都の旅館の女将初が年頃の娘幸子を医師に嫁がせようと、上京して来た。
幸子も度々上京していた。
幸子は節子と同じ立場上ウマが合い彼女の為にひと肌ぬごうと心に決めた。
谷口の広島転勤で節子との結婚話が本格的に進められた。
平山にして見れば心の奥に矛盾を感じながら式にも披露にも出ないと頑張り続けた。
結婚式の数日後平山はクラス会に出席したが、親は子供の後から幸福を祈りながら静かに歩いてゆくべきだという話に深く心をうたれて・・・。


寸評
中身は何もなくて、ただ単に父親が娘の結婚にやきもきするだけの話なのだが、それが上質のホームドラマに昇華している。
言い換えれば、名人による落語の人情話の様である。
ホロリとさせられたかと思うと、クスリと笑いを誘われる。
小津にとっては初めてのカラー作品とかで、赤いヤカンや赤いラジオなど赤に凝っていることに気づく。
居間のシーンでは湯呑に至るまで小道具をピタリと構図に収めている。
物の配置に最新の注意を払ったことをうかがわせるシーンも多く、小津の粘りを感じることが出来る。

浪花千栄子は当然としても、山本富士子の関西弁(京都言葉)も違和感がなく、ポンポン飛び出す二人の会話は楽しく愉快なものだ。
浪花千栄子の料亭の女将初が手土産をもって平山宅を訪問する。
その手土産を「つまらんものどすけど」とお手伝いに渡し、お手伝いが「ありがとうございます」と受け取ると、再び初が「あんさんにやおまへんで、当家のでっせ」と念を入れる。
お手伝いは「わかっております」と返事するのだが、このやり取りなどはまるで落語を聞いているような可笑しさがあって、このようなユーモアは随所にみられる。
平山はおしゃべり好きな初に閉口して、トイレにと言って席を立ち仕事を始めたりするシーンもそうだし、長居しそうな初がトイレに行くときに逆さに置いてあった箒をかけなおすのもそうだ(箒を逆さにするのは客人に早く帰ってもらためのオマジナイとされている)。
京都で旅館をやっているというこの親子は面白く描かれていて、可笑しい場面を独占している。
大映所属の山本富士子が初めての他社出演をしているが、美人女優として名高いだけのことはある艶やかさで、有馬稲子との対面シーンは美人女優かくあるべしといった華やいだもので、スター女優と呼ばれた特別な俳優さんがいたのだと思わせる。

平山一家の4人が家族旅行に出かけているシーンがあり、ボートに乗る姉妹とそれに手を振る両親の姿が描かれ、幸せで平穏な家庭を感じさせる。
その次のシーンでは、長女の節子に彼氏がいることが分かり、その結婚話に平山家は険悪ムードになってしまう。
娘の結婚話によって、幸せムードが一気に険悪ムードに変わってしまう激変ぶりを上手く処理している。
平山は他人の娘の男女問題なら冷静でいられるのに、いざ自分の娘となると冷静でいられない。
自分に相談もなしで結婚話が進んでいることにむくれる。
ふくれっつらの父親・佐分利信に対して、母親の田中絹代はわずかな微笑みを見せる。
娘の理解者となった母親として、横暴な父親に切れて居直り言い返す時の田名絹代の表情もいい。
田中絹代がこの映画の中で見せる微妙な表情は味がある。
男優人はいつものメンバーで、どこか風采が上がらないといった感じなのだが、女優さんたちは皆輝いている。
小津は男の気持ちを描いているようで、実は女優を美しく、可愛く描くのが好きなのかもしれない。
山本富士子のひと芝居で話がトントン拍子で進んでいくが、話をはしょった感じがなく上手く処理している。
ラスト―シーンでの浪花千栄子と山本富士子の掛け合いも絶妙のものがあり、名人芸を見る思いであった。