おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

太平洋ひとりぼっち

2019-10-07 06:21:54 | 映画
「太平洋ひとりぼっち」 1963年 日本


監督 市川崑
出演 石原裕次郎 森雅之 田中絹代
   浅丘ルリ子 ハナ肇 芦屋雁之助
   神山勝 大坂志郎 草薙幸二郎

ストーリー
1962年5月12日深夜の西宮港に、二人の親友に見送られてヨットに乗り移った青年・堀江謙一がいた。
この22才の青年のあやつるヨットは、“マーメイド号”という、長さ5.88メートル、幅2メートルのもの。
風のみで走るように設計された船は、39時間も大阪湾内を浮きつづけたあげくやっと北風に乗り、大阪湾を乗りきることができた。
しかし太平洋の荒れが彼を待っていた。
食べものは吐くし、ヨットはキリキリ舞い、しかしその代償として、最も恐れる巡視艇にみつからずにすんだ。
彼の行為は日本の法律では許されず密出国となるのだ。
悪天候と体力の消耗、それに狐独との戦いは、人間の限界を越したものである。
憧れの太平洋に出た日、台風三号に襲われた。
大きな巻き波にふりまわされるヨット、苦しい戦いは、堀江青年の苦心の錨操作できりぬける事が出来た。
二日二晩の苦悩は彼に母国への郷愁と、孤独感を残した。
飲めない酒に心をまぎらわそうとするのも、そのためだ。
食事はカン詰を副菜に、水不足のため、ビールで飯を焚いた。
ハワイを過ぎた頃、マーメイド号は一万トン程の貨物船に出会った。
無精ヒゲで真黒にやけた小さな日本人が片言の英語で渡りあう姿に船上の人々は驚嘆の目をむけた。
パスポートの提示を要求されて、危うくこぎ去った堀江青年は目指すサンフランシスコに近づいたのだ。
碁盤の目のようにまたたいている街の灯、長い光の列を目前に、「お母ちゃん、僕きたんやで」青年堀江謙一は操舵席に両足をふんばって立ち、大声で叫けんだ。
百日に及ぶ太平洋征服の夢が今実現したのだ。


寸評
堀江謙一青年による西宮、サンフランシスコ間の太平洋単独横断航海の快挙は少年の僕を驚かせた。
堀江謙一は1962年のこのニュースによってヒーローの一人となったのだが、当時の僕はこれが蜜出国による違法行為だったとは知らなかった。
当時のサンフランシスコ市長が「コロンブスもパスポートは省略した」と、尊敬の念をもって名誉市民として受け入れたため、日本国内のマスコミ及び国民の論調も手のひらを返すように堀江青年の偉業を称えるものに変化したため、僕はその賛辞の事しか記憶にないのだ。
サンフランシスコ市長もなかなか粋なことを言うものだ。
たしか、1か月の滞在も許されたはずだ。

太平洋横断とは関係なく、敷島紡績(現:シキボウ)が、同社商標の人魚マークを入れてくれれば帆を一式寄付するとの申し出をして、堀江謙一はその申し出を受けるとともに船名も「マーメイド」にしたらしい。
社会人となった僕はこの「マーメイド」の商標を付けた商品を敷島紡績から許諾を受け、商品を製造販売する会社に勤めることになった。
商品は夏用の肌着だったが、ギフトケースにはマーメイド号の写真が大きく印刷されていた。
しかしその写真はたぶん「マーメイドIII号」だったように思う。
そんなこともあって堀江謙一という名前は僕の記憶の中に鮮明にある。

この作品は石原プロの制作でもあるし、石原裕次郎は大のヨット好きだからヨット操作のシーンは手慣れたものでリアリティを感じる。
船内のシーンなどはスタジオプールで撮影されたものだろうが、実写との組み合わせで効果を上げていた。
太平洋に浮かぶ小さなヨットの周りには何もない。
島も見えず、ほかの船もいない。
文字通り孤独を象徴するシーンだが、そんなロケ現場を獲得するのに苦労したのではないかと思う。
まさか本当に太平洋の真ん中で撮影したわけではないだろうに。
嵐の中で悪戦苦闘する場面もいいけれど、僕は何度かある太平洋にポツンと浮かぶシーンが好きだ。

航海の様子とリンクするように出港までの出来事が描かれるが、家族とのやり取りがなかなか良い。
森雅之、田中絹代の両親は脇役として流石の存在感を見せ、妹役の浅丘ルリ子もセリフは少ないのに鋭い目線で印象的だ。
それに比べると石原裕次郎の大阪弁は如何ともしがたい。
僕が大阪育ちのせいでもあるが、関西なまりと言うには余りにも違い過ぎるイントネーションに違和感があった。
実際の堀江青年のイメージとも異なるけれど、ヨットに賭ける情熱だけは伝わってきた。
何年も経ってこの映画を思い出すとき、僕の脳裏に思い浮かぶのはインタビューに応じる家族の姿と、ラストシーンで眠りこける裕次郎、堀江青年の姿である。
送り出した家族の不安だった気持ちと戸惑い、事を成し遂げた青年の心底疲れ切った様子が僕の記憶としていつまでも残っていたことになる。