おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

父、帰る

2019-10-31 09:01:16 | 映画
「父、帰る」 2003年 ロシア


監督 アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演 イワン・ドブロヌラヴォフ
   ウラジーミル・ガーリン
   コンスタンチン・ラヴロネンコ
   ナタリヤ・ヴドヴィナ

ストーリー
母とささやかに暮らしている、アンドレイとイワンの二人の兄弟。
ある夏の日、家を出ていた父が12年ぶりに突然帰ってきた。
写真でしか見覚えのない父の出現に、混乱する兄弟。
しかも父は家長然とした態度でいろいろ仕切りはじめ、しばらく息子たちと旅に出ると言い出す。
翌日の朝、父と兄弟の3人は釣り竿とテントを積み、車で遥か北部の湖に浮かぶ無人島を目指して出発した。
目的地までは3日かかるらしく、父は息子たちに男としての強さを教育しはじめる。
その余りに粗暴な教え方に、イワンは時折歯向かってみるが、その度に押さえ付けられるだけだった。
アンドレイは次第に父を慕っていくが、イワンは憎しみが募るばかり。
そんな中、無人島に到着。
兄弟は一時間だけの約束でボートで湖に出るが、イワンが魚を捕ることにこだわり、遅刻。
父は激怒し暴力をふるう。
我慢できなくなったイワンは逃げて塔の上に登るが、追いかけてきた父が転落死してしまう。
兄弟は泣きながら父の遺体を運び、無人島を脱出するが、陸地についたとたんボートが流されてしまい、遺体は湖の底へと沈んでしまうのだった。


寸評
物語は、きわめてシンプルに見える。
12年間も消息不明だった父親が、ある日突然、家族のもとに帰ってくる。
父親は、ふたりの息子を小旅行に連れだし、大人になるための試練を与え教育する。
兄はそんな厳しい父親を受け入れていくが、弟は事あるごとに激しく反発し、やがて父親を受け入れられない弟の行動によって悲劇が起こるというものである。
この映画では、時代背景や社会状況を示す場面が全くない。
ローカル色豊かな所を走っているので登場人物もごくわずかだ。
社会活動が全く描かれず途中の町は死んでいるようだし、立ち寄ったレストランには客はおらずウエイトレスが一人いるだけだ。
映画は父親の強権行使を描き続け、道中で弱虫と言われていた弟が反抗的になり強く見えてくるのに対し、父親を受け入れつつある兄は弟に指示されているように見えてくるという逆転現象を引き起こしている。
そして象徴的な物として二つの塔が出てくる。
まず冒頭では、塔から湖に飛び込めるかどうかをめぐって兄弟の間に亀裂が生まれ、その塔の上で、母親が飛び込めない弟を慰め受け入れる。
そして、父親と兄弟がたどり着いた無人島にも、同じような塔がある。
その塔では、まず父親と兄がその塔を共有し島を見渡す、やがてそこで父親と弟が対峙することになる。
特に弟への関わり方が象徴的なもの感じさせる。
冒頭の塔の場面は包み込むような母の愛の表現であり、島の塔の場面は自分を犠牲にして息子を救うという父親による愛の表現だったと思う。

息子たちは憶えのない父親と12年ぶりに対面する。
父親の味を知らない僕には、彼らが抱く感情を想像することができない。
祖母と母との生活にはなかった力強いものを感じたのか、それとも居なかった時には上手くいっていた生活をかき乱す存在でしかなかったのか。
疑問とか謎を抱えたまま物語は進行し、それらが解き明かされることはない。
それがこの映画の特徴だ。
父は12年間もどこへ行っていたのか、なぜ帰って来たのか。
なぜ島へ向かっているのか、向かう途中で誰に電話しているのか。
父親が掘り出したものは何だったのか。
最後になっても、このあっけなさは何なんだと思わせ、また全てを明らかにせず、そしてそれにもかかわらず最後に子供たちに心底から「パパ!」と叫ばせている。
ドラマは日曜日から始まって土曜日に終わるだけでなく、そのラストが最初のシーンに繋がって、輪廻するような構造になっている。
冒頭で兄弟は家族で撮った古い写真で父親を確認し、ラスト兄弟が発見した写真には父の姿はない。
父親は帰ってきたのではなく、兄弟が父親を召喚したようにも見えてくる。
深読みするとどこまでも読み続けることができる作品だ。