おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

丹下左膳餘話 百萬兩の壺

2019-10-23 09:43:09 | 映画
「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」 1935年 日本


監督 山中貞雄
出演 大河内傳次郎 喜代三 沢村国太郎
   山本礼三郎 鬼頭善一郎 阪東勝太郎
   磯川勝彦 清川荘司 高勢実乗
   鳥羽陽之助 宗春太郎 花井蘭子
   伊村理江子 達美心子 深水藤子

ストーリー
二万三千石の柳生の城では、百萬兩の隠し金が埋められている場所を記した絵図面を、こけ猿の壺に塗りこめてあることが判明し家老は喜ぶのだが、城主対馬守(阪東勝太郎)は浮かぬ顔でそんな事とは知らないから、江戸へ養子にいった源三郎(沢村国太郎)の婚礼の引き出物として持って行かしたと言う。
早速、家臣高大之進(鬼頭善一郎)がその壺を江戸の不知火道場にいる源三郎にもらいに行くと、兄の頼みと言う言葉を聞いて、自分に対する待遇の悪さに腹を立てていた源三郎は断わってしまう。
勢い余って、汚く疎ましく感じていた壺を新妻萩乃(花井蘭子)にいいつけ、たまたま通りがかりのくず屋(高勢実、鳥羽陽之助)に十文で売ってしまう。
貧乏長家に帰って来たくず屋の二人は、妻に先立たれた七兵衛(清川荘司)の独り息子安吉(宗春太郎)が金魚を入れるためにと、買って来たばかりの壺をあげてしまう。
七兵衛は、ヤクザ二人組をちょっとからかってしまった所から、帰宅時に待ち伏せされ刺し殺されてしまう。
矢場の主人をしているお藤(喜代三)と、その店の用心棒を兼ねて居候していた丹下左膳(大河内傅次郎)は、ヤクザの仕返しを用心して七兵衛を送ってやった手前、最悪の結果を招いてしまい何ともバツが悪い。
七兵衛の「安を宜しく頼む…」が気になり、二人して探した結果、店に連れて帰って面倒を見るはめになる。


寸評
擬似家族が織り成すホームドラマ風人情喜劇が展開するのだが、上質のコメディ映画を思わせる。
何よりもこれが1935年、昭和10年という先の大戦前の作品でありながら、ここまでの完成度を誇っていることに驚かされる。
セットもしっかりしたものだし、カメラアングルやカット割りは今見ても古さを感じさせない。

大河内傳次郎の丹下左膳と喜代三演じる射的屋の女将お藤の掛け合いが面白い。
自分の本当の気持ちを言えず、いつも真逆のことを言ってしまう。
お藤は子供なんて嫌いだと言いながらちょい安を可愛がる。
竹馬を買ってくれとせがむちょい安にダメだときつく言っておきながら、次の場面ではお藤が竹馬を教えているといった具合である。
二人は意地っ張りで口も悪く、いつも意見が対立している。
ちょい安を道場に通わせるという丹下左膳に対し、お藤は寺子屋にやると言い張る。
お互いに譲らないが、次の場面ではお藤の意見通りになっている。
左膳は強がっているがお藤には頭が上がらないようである。
そんな左膳とお藤を何度も描いているのだが食傷気味にさせない脚本と演出の良さがある。

女性上位は柳生源三郎も同様である。
彼は次男坊で婿養子に出され、兄に対してひがみ根性がある。
婚姻の品が茶壷一つという事でも肩身の狭い思いをしているのだが、その古い茶壷が騒動を巻き起こす。
源三郎はこけ猿の壺を探しに出るのだが、妻の荻野に「美しい妻のそばに居たい」と言って喜ばせておいて、射的屋で働く娘に軽い浮気心を抱く。
源三郎は頭の上がらぬ家にいるよりも外に出て女と遊んでいたいのだ。
その浮気がばれて奥さんにとっちめられるのは、源三郎でなくても経験のあるところだろう。
源三郎は柳生の次男坊だから新陰流の免許皆伝なのだが、実際の腕はどうやら大したことはなさそうで、道場破りにやって来た左膳に60両で負けてくれと頼んでいる。
源三郎は100万両の壺よりも自由の方がいい男で、婿養子の悲哀を沢村国太郎が飄々と演じていて面白い。

この映画を楽しく見ることが出来るのは、もちろん作品自体がしっかりと撮られていることもあるが、この作品の古さにあると思う。
これだけのテイストの作品をこの時代にも撮っていたんだという驚きが一層作品の価値を高めている。
今や伝説的スターである大河内傳次郎の丹下左膳を見ることが出来るのもその一端である。
ノスタルジーを感じながら見ることが出来、作品としての評価は制作された年代が大いに寄与している。
この頃の日本映画の水準は相当高かったのだと思うし、山中貞雄が30を前にして戦病死したのは惜しい。
戦争は若い才能を摘み取っていたのだ。