クリスマスイブ2日前の木曜日の午後9時頃、いつもより、八津菱電機華厳寮203号室に着いた沢村イズミ(24)は、田中美緒(22)に電話をしていた。
「イズミさん、今日早いね、いつもより」
と、美緒は楽しそうに話す。
「ああ、今日は少し疲れたから、早めに戻ってきたんだ」
と、イズミは、少し気を抜いて話している。
「美緒の声が聞きたくて、だから、早く戻ってきたんだ」
と、イズミが言うと、
「ほんと!わたしの声が聞きたくて、わざわざ早く帰ってきたの?」
と、美緒は、うれしそうにはしゃぐ。
「そうさ。美緒の声を聞くと、疲れが和らぐからさ」
と、イズミが言うと、
「じゃあ、いっぱい聞かせてあげるー。わー、わー」
と、はしゃぐ美緒。
「はははは・・・美緒はおもしろいなあ」
と、イズミはこころから喜んでいる。
「美緒、そういえば、イブの夜、会うだろ?」
と、イズミは、なんとはなしに聞いている。
「うん。もちろん、そのつもりだよー」
と、美緒は上機嫌で話している。
「俺、もう、プレゼント用意したぜ。今日出張帰りにデパートに寄って買ってきちゃった」
と、イズミが言うと、
「へーそうなの?わたしはねー。内緒!」
と、美緒は言う。
「内緒かー・・・ま、イブの夜を楽しみにしているよ」
と、イズミが言うと、
「うん。楽しみにしててー」
と、美緒は上機嫌で話している。
「こうやって話していると、今からでも、逢いたくなるな」
と、イズミ。
「うん。今から来る?それでも、いいよ」
と、美緒。
「うーん、俺がまだ、学生だったら、今ので、絶対に行ってるけど・・・今は社会人だから、明日を考えて、辞めておく。けっこう、つらいけど」
と、イズミ。
「わたしも逢いたいよー。イズミさーん」
と、美緒はうれしそうに言う。
「まあ、我慢我慢・・・それにイブの夜には、俺、行きたいところがあるんだ。だから、美緒、行き先は俺に任せてくれるだろ、イブの夜」
と、イズミ。
「うん。任せる任せる。イズミさんのこと、全面的に信頼してるから」
と、美緒。
「ふ。美緒のこと・・・最後までしっかり抱いてないし」
と、イズミ。
「そうだね。わたしもイズミさんに最後まで抱かれたい」
と、美緒。
「こういいながら、明日の夜、行っちゃったりして」
と、イズミ。
「イズミさんがそうしたいなら、それでも、いいよ」
と、美緒。
「まあ、大人だから、イブの夜まで、我慢するよ」
と、イズミ。
「イズミさん、強いんだね。えらいえらい」
と、美緒。
「ほめられちった」
と、イズミも美緒のしゃべり方が移ったよう。
二人の電話は、いつまでも、熱く続くのでした。
クリスマスイブから2日前の木曜日の午後10時頃。ガオはミサからの電話を受けていた。
「もしもし、ガオくん?」
と、リサが話す。
「はい。ガオです。リサさんですか・・・リサさんから、電話をくれるなんて、俺感激です」
と、ガオ。
「ねえ・・・イブの夜、会えるかしら・・・あなたとイブの夜を一緒に過ごしたいの。ホテルを取って、一晩中ベッドの中で・・・」
と、リサは単刀直入に話す。
「それは・・・いいですよ。でも、イブの夜なら・・・ホテル、僕に取らして貰えますか・・・実はリサさんと一緒に見たいイベントがあって・・・」
と、ガオも素直に話す。
「そう・・・いいわ。それはあなたに任せるわ・・・明日中にどのホテルに行けばいいか、留守電に入れておいて・・・そして、イブの夜に待ち合わせましょう」
と、リサが話す。
「もしもし、ガオくん・・・」
と、リサが改まって話す。
「はい、なんですか、リサさん」
と、ガオ。
「わたし、あなたのすべてが好きだったわ。ほんとうに、あなたのすべてが・・・だから、イブの夜は、あなたのすべてをわたしに頂戴。いいわね」
と、リサは言う。
「ホテルで一晩中裸で過ごす・・・それがどういう意味か、わからない僕でもないですよ」
と、ガオは言う。
「ふ。そうね。ガオくんは、大人だもんね」
と、リサ。
「イブの夜を楽しみにしてるわ。明日中に留守電、絶対よ。今日はあまり時間がなくて、ごめんね。じゃ」
と、リサは手短に言葉にすると、電話を切った。
「なんかいつものリサさんと、今日のリサさんは、違ったな・・・なにか、決意の電話みたいだった・・・いつもの感じが、全然なかった・・・」
と、ガオは少し訝しんだ。
「いつもは余裕って感じなのに・・・今日は何か切羽詰った感じだった・・・なにか、仕事でトラブルでもあったかな」
と、ガオは思っていた。
「しかし、イブの夜か・・・お互いが傷つかない形で、どうにか、出来るのかな・・・俺・・・」
と、ガオは思っていた。
「それとも、意志が流されて・・・いつもみたいに攻めこまれたら、思わず、彼女を抱いてしまうかもしれない・・・」
と、ガオは思っていた。
「とにかく、イブ次第だ・・・」
と、ガオは思っていた。
同じ頃。東堂賢一の妻愛美は、娘アイリのマンションに来ていた。
「それでママ、家出してきちゃったの?」
と、愛美と、一緒にお茶を飲んでいたアイリは、愛美の家出の経緯を聞いて、少し驚いていた。
「妻の気分を毎日害する旦那なんて、旦那として失格です。とにかく、わたしの旦那としては、大失格!」
と、愛美は愛美なりの哲学があって、家を出てきたようだった。
「男が外で働けるように、女は家の中全般やっているんです。だから、男が家の中に帰ってきたら、家の中を治めている女の気分を害してはいけないの」
と、愛美は話す。
「男も女も家の中においては、同格です。ただ男はいい気にさせておいた方が動かしやすいから、時に下手に出ることもあるだけ。意識の上ではむしろ、女の方が上なの」
と、愛美は話している。
「家の中を治めているのは、女なんだから、家の中では女のほうが上なのは、むしろ自然なことでしょう?違う、アイリ」
と、愛美は、お茶を白ワインに代えてくれとリクエストしている。
「それをあの人は、なんにも、わかっていない・・・しかも、キャバクラの女から電話のかかってくる携帯を使い続けて、腹が立つったら、ありゃしない!」
と、愛美は怖い顔をして話している。
「だから、わたしが壊してやったのよ。わたしが壊さなければ、絶対にあのひとは、あの携帯を理由をつけて、使い続けるつもりなんだから・・・」
と、愛美は怒りながら話している。
「あのひとは、いつもそう。理由をつけては、自分のやりたいことをしていたいだけなの・・・そういう理由を見つけるのは天才的なんだから、あのひとは・・・」
と、愛美は白ワインを飲みながら、話している。
「確かに、若いころは、そこが魅力的だったわ。くるくる頭の回転も速いし、やるとなった時のパワーはそれはそれはすごいし・・・」
と、愛美は、白ワインに少し酔いながら話している。
「あなたのことだって、一生懸命に守ってきたんだから、パパは・・・彼は何を置いてもあなたを守ったし、かわいがってきたのよ・・・」
と、愛美は、今度は、アイリの話に切り替わっている。
「そのアイリがこんなにやさしく、美しく成長して・・・そして、タケルくんみたいな、素敵な男性を見つけて・・・」
と、愛美は、アイリの今現在の話に移っている。
「アイリはタケルくんとうまくやってる?今度のイブはどんな風に過ごすの?」
と、愛美は、アイリに聞いている。
「それが・・・タケルは八津菱電機のお仕事で、今、ニューヨークに・・・1月末まで、帰ってこれないの・・・」
と、アイリは説明している。
「え?そんなに帰って来れないの・・・」
と、愛美はポカンとしている。
「でも、でも、ね。タケルはすてきなイブのショーを準備してくれたの。実は・・・」
と、アイリは、愛美の耳に、祐の優への告白ショーについて、こそこそしゃべる。
「17歳の少年が、17歳の少女に、愛の告白ですって・・・」
と、愛美は目をかっと見開いて驚いている。
「ね。素敵でしょう。そのプロデュースをわたしに頼んでくれたのよ・・・一生にたった一度しかない17歳の思い出作りを・・・」
と、アイリは夢心地になっている。
「まあ、わたしの56歳の思い出も一生に一度だけなんだけど・・・まあ、いいわ。わたしもそのショーを一緒に堪能するわ。いいでしょう?アイリ」
と、愛美も半分夢見心地。
「さ、今日はもう寝ましょう・・・いつも通り、アイリの部屋に布団敷いて寝ていいかしら・・・」
と、愛美は、アイリの部屋に、何度も泊まりに来ているらしい。
「ええ、もちろん!」
と、笑顔になったアイリは、とってもいい表情をするのでした。
クリスマスイブを明日に控えた金曜日の午前7時頃。アイリの部屋の電話機が鳴る。
「はい。東堂です。あ、パパ・・・うん。大丈夫、ママ来てるから・・・随分怒ってたわ・・・今ダイニングで朝食作ってくれてるけど。うん」
と、アイリの部屋に愛美の様子を気にして、東堂賢一が電話をかけてきたらしい。
「そうねー。多分だけど、イブの夕方には、パパの元へ、帰ると思う。そういうひとだもん。イブの夜はパパたちと過ごすわよ。だって、いつものパーティーがあるじゃない」
と、アイリは楽観的に答えている。
「もちろん、わたしは行けないけどね。ちょっと別口の用事があるの・・・だから、悪いけど、今回も辞退させて・・・ごめんね、パパ」
と、アイリは嬉しそうに話している。
「そうだな。娘が楽しそうに話しているのに、それを邪魔するようなパパには、ならないよ・・・わかったわかった。おとなしくイブの晩を待つとするよ」
と、東堂賢一は、娘のアイリに白旗をあげていた。
「じゃあ、アイリも元気でな。よい、クリスマスイブを。メリークリスマース」
と、言ったところで、電話は切れた。
「巣立った娘は、なかなか、帰らんもんだなあ・・・まあ、いい。とにかく、愛美の居場所もわかったし・・・パーティーのメンバーも確保しなければいけないし」
と、東堂賢一は、気合を入れ始めた。
「そうか。愛美はイブの晩に帰ってくるとしたら、エイイチの相手として、白戸優里ちゃん(32)を推薦することを明確にしておけば、いいわけだ」
と、東堂賢一は考えている。
「ふむ。とにかく、今日中に、彼女を確保しておこう。あ、あと愛美へのクリスマス・プレゼントも用意しておかないとな・・・よし、すぐ出よう・・・」
と、東堂賢一は、あたふたと家を出ていった。
クリスマスイブを明日に控えた金曜日の午前12時頃。清華女子高校の鈴木優(17)は、なんとなく、窓の外の空を見ていた。
「明日が、なんとなく、不安・・・」
そんな風に思っている。
「でも、タケルさんの頼みだし・・・」
そんな風に考えている。
鈴木タケルのニヤリとした顔を思い浮かべる。
少し心が暖かくなる。
思わず微笑む。
「大丈夫。彼がきっと守ってくれる」
そう思えた優は、笑顔になって、立ち上がっていた。
同じ頃。京王高校の滝田祐(17)は、なんとなく、窓の外の校庭を見ていた。
「明日、僕、がんばれるかな?」
そんな風に思っている。
「でも、タケルさんが、「お前なら大丈夫だ」って言ってくれた」
そんな風に考えている。
鈴木タケルのニヤリとした顔を思い浮かべる。
少し心が暖かくなる。
思わず微笑む。
「大丈夫。タケルさんの言った通りになる」
そう思えた祐は、笑顔になって、立ち上がっていた。
同じ頃。アイリとマミとアキは、Cafe 「Cou cou」で、昼食を食べていた。
「だから、明日の午後は、わたしのマンションで、17歳の恋愛告白ショーがあるのよー」
と、アイリはテンションマックスで、アミとマキの二人に説明していた。
「もちろん、タケルがかなり動いて話をまとめてくれたんだけど・・・でも、告白は、これは生ライブだから、失敗もある、息を飲むショーなのよ」
と、アイリは、少し大げさに話している。
「まあ、それに女の子は、タケルのいとこの鈴木優ちゃんで、これがほんとにお人形さんのように、かわいいの」
と、アイリは楽しそうに話している。
「そして、告白の本人は、京王高校期待の星、イケメン少年の滝田祐くん・・・17歳なのよー・・・」
と、アイリは楽しそうに話している。
「一生に一回の17歳のクリスマスイブ・・・その日に、ふたりの17歳の思い出が出来るの・・・イケメン高校生と美少女高校生の・・・」
と、アイリは説明を終えると、
「だから、明日の午後、わたしのマンションに来ない?」
と、アイリが聞くと、
「行く行くー」「行く行くー」
と、マキとアミは、目をハートマークにして、大声で、叫んでいた。
クリスマスイブを明日に控えた金曜日の午後4時頃。リョウコは公安の「攻性コンピューター室」で、さらにリサについて洗っていた。
昨日、アジトにセットされていた爆薬から、幾ばくかの情報がもたらされたからだ。
その線でリサを追っているが、状況ははかばかしくなかった。
「あの爆薬は、ごく一般的なモノだし、線を辿るには、不都合だわ・・・何かリサさん、痕跡を残していないかしら・・・」
と、何の気もなしに覗いたファイルに、大事な情報が隠されていた。
「って、言うことは、リサさんの目的って・・・」
と、驚愕した瞬間、リョウコは、佐伯涼(40)にまた、肩を叩かれた。
「そういうことだ。もっとも、その情報を復活させたのは、今、アメリカでCIAと仕事をしてくれてる、鈴木タケルくんだよ」
と、涼は言う。
「え?今、なんて?」
と、リョウコは驚愕する。
「鈴木タケルくん・・・そのうち、君の親戚になるんだろ。彼」
と、涼はさわやかな笑顔で、そう言う。
「あのー、えーと、彼は一般人のはずじゃあ・・・」
と、リョウコは混乱しながら、言葉を出す。
「ま、リョウコには、そういう関係だから、隠してたんだが・・・一度、日本でも、我々は接触を持っている。彼の洞察力は超一級品だ。使える男だ、彼は」
と、普段人を褒めない涼が、べた褒めだ。
「今回の件でも、君とガオくんを守るために、彼に動いて貰ったんだ。正解だったよ。その手が一番」
と、涼はさわやかに笑う。
「あいつニヤリとしてるぜ、きっと、寒いニューヨークでさ。あいつ、唯一寒さを苦手にしてるからな」
と、涼はおかしそうに笑う。
「今回の件では、彼にすべてを読み解いて貰った。リサの目的も、リサの所属も、そして、リサの目指しているモノも、すべてね」
と、涼は真面目そうに言う。
「それがすべてビンゴだった。だから、俺達も先手先手で動けたんだ。今頃CIAも動いて、ある人物を確保している頃だろう」
と、涼は真面目に言う。
「今、ニューヨークは、夜中の2時だ。寒いぜー。きっとくしゃみしてるぜ、アイツ・・・」
と、涼はおかしそうに笑った。
同じ頃。ニューヨークはミッドタウンに鈴木タケル(27)の姿があった。ニューヨークは、その時、深夜2時過ぎだった。気温はマイナス3度Cだった。
「12月のニューヨークなんて、来るんじゃなかった。アークッショ!」
と、タケルは寒さにガタガタ震えながら、鼻をかみまくっていた。
「だいたい知恵をあげるだけでいいって言ったのは、君じゃないか。実働部隊はあんたらが、やるって言ってたじゃん」
と、タケルは隣を歩いているマリー・スイフト(30)に、思い切り愚痴っていた。
「でも、あなたが確認するのが、一番確実だって、そう言ったのも、あなた自身でしょう?」
と、笑顔のマリー・スイフトは、タケルと行動するのが、楽しくってしょうがないらしい。
「ここだわ」
と、屈強なCIAのエージェント達が数人先導しながら、あるビルに入っていく。
そのビルの12階のとある部屋。エージェント達は簡単に鍵を開け、部屋に侵入すると、ひとりの男を見つけ出した。
「タケール!」
と、エージェントのヘッドの男がタケルを呼んだ。
タケルはその男を眺めると、親指を突き上げ、グッジョブポーズをした。
同じ頃。公安の「攻性コンピューター室」では、リョウコと涼の話し合いがまだ続いていた。
「多分、今回、リサの所属組織は、リサに関する、とある情報をリークするだろう。そうなれば、リサはもう日本にはいられない。彼女は数日中に帰国することになるだろう」
と、涼が話している。
「もう、我々がリサに会うことは、金輪際ないだろうな。次に会う時は、彼女は整形をしているはずだし、俺たちにはわからないさ」
と、涼は話している。
「とにかく、この仕事はゲームオーバーだ。処理終了。あとは、司法取引がなされて、決着がつく」
と、涼は話している。
「とにかく、リョウコは、身体を休めておけ。明日と明後日、クリスマス休暇をやるから、ゆっくりいい思い出でも作っておけ」
と、涼は笑う。
「それから、鈴木タケルには、ありがとうを言っておくんだな。あいつ、遠いアメリカから、君とガオって奴を守ってくれたんだからな」
と、涼は言うと、そのまま、笑いながら、部屋を出ていった。
「このわたしが、タケルさんに守られていたなんて・・・」
と、リョウコは、自分の身体を抱えながら、驚愕の表情を崩せなかった。
クリスマスイブを明日に控えた金曜日の午後5時頃。リョウコの兄、弁護士の東堂エイイチ(30)は、早めに自宅に帰宅していた。
「クリスマスか・・・いやな季節だ」
彼はいち早く、自宅に戻ると、シーバス・リーガルを煽っていた。
「賢一おじさんに、明日は昼間から飲もうって言われて、快諾したけど・・・まあ、イブなんて、俺には関係ないし・・・それしかないよな・・・」
と、エイイチは、さらに落ち込んでいた。
美田園美奈に、イブの誘いを断られて、エイイチの心の傷は、大きかった。
一度、誘いをオーケーされたことが、さらにエイイチの心の傷を大きくしていた。
「まあ、彼女にも、理由はあったんだし・・・でも、希望なんて見せないで欲しかった・・・」
エイイチは、さらにシーバス・リーガルを煽ると、哀しさで涙がこぼれた。
BOZZのスピーカーからは、エルビス・プレスリーの「ブルークリスマス」が流れている。
「冗談じゃないぜ・・・。ほんと、ブルークリスマスだな。今年も」
エイイチは、さらにシーバス・リーガルを煽り、涙を流していた。
クリスマスイブを明日に控えた金曜日の午後6時頃。沢村イズミ(24)は、内緒で、田中美緒(22)のアパートに来ていた。
「やっぱり、来ちゃった・・・なんて言ったら、あいつ、うれしがるかな」
と、イズミは、かなりルンルンの気分だった。
出張が直行直帰でよくなったおかげもあって、イズミは、スーツ姿のまま、田中美緒のアパートまで、来てしまったのだった。
ピンポーン!と呼び鈴を押すと、ガチャ!という音と共にドアが開けられる。
と、涙顔の美緒が現れる。
「美緒」「イズミさん・・・」
と言葉が交わされるが、すぐに美緒は、顔をそむける。
「美緒、どうした?」
と、イズミが言うと、美緒の向こうに肌色の風景がちらりと見える。
「イズミさん、ごめんなさい。今日は帰って・・・」
と言うと、泣き顔の美緒は、ドアをすぐに閉める。
「美緒・・・」
というイズミの声に、
「ほんと、ごめんなさい。今日は帰って・・・」
という美緒の言葉だけが響いた。
イズミは、立ち尽くしたが・・・そのイズミには聞こえていた・・・美緒の部屋から聞こえる、くぐもったような、男の声が。
(つづく)
→物語の主要登場人物
→前回へ
→物語の初回へ
「イズミさん、今日早いね、いつもより」
と、美緒は楽しそうに話す。
「ああ、今日は少し疲れたから、早めに戻ってきたんだ」
と、イズミは、少し気を抜いて話している。
「美緒の声が聞きたくて、だから、早く戻ってきたんだ」
と、イズミが言うと、
「ほんと!わたしの声が聞きたくて、わざわざ早く帰ってきたの?」
と、美緒は、うれしそうにはしゃぐ。
「そうさ。美緒の声を聞くと、疲れが和らぐからさ」
と、イズミが言うと、
「じゃあ、いっぱい聞かせてあげるー。わー、わー」
と、はしゃぐ美緒。
「はははは・・・美緒はおもしろいなあ」
と、イズミはこころから喜んでいる。
「美緒、そういえば、イブの夜、会うだろ?」
と、イズミは、なんとはなしに聞いている。
「うん。もちろん、そのつもりだよー」
と、美緒は上機嫌で話している。
「俺、もう、プレゼント用意したぜ。今日出張帰りにデパートに寄って買ってきちゃった」
と、イズミが言うと、
「へーそうなの?わたしはねー。内緒!」
と、美緒は言う。
「内緒かー・・・ま、イブの夜を楽しみにしているよ」
と、イズミが言うと、
「うん。楽しみにしててー」
と、美緒は上機嫌で話している。
「こうやって話していると、今からでも、逢いたくなるな」
と、イズミ。
「うん。今から来る?それでも、いいよ」
と、美緒。
「うーん、俺がまだ、学生だったら、今ので、絶対に行ってるけど・・・今は社会人だから、明日を考えて、辞めておく。けっこう、つらいけど」
と、イズミ。
「わたしも逢いたいよー。イズミさーん」
と、美緒はうれしそうに言う。
「まあ、我慢我慢・・・それにイブの夜には、俺、行きたいところがあるんだ。だから、美緒、行き先は俺に任せてくれるだろ、イブの夜」
と、イズミ。
「うん。任せる任せる。イズミさんのこと、全面的に信頼してるから」
と、美緒。
「ふ。美緒のこと・・・最後までしっかり抱いてないし」
と、イズミ。
「そうだね。わたしもイズミさんに最後まで抱かれたい」
と、美緒。
「こういいながら、明日の夜、行っちゃったりして」
と、イズミ。
「イズミさんがそうしたいなら、それでも、いいよ」
と、美緒。
「まあ、大人だから、イブの夜まで、我慢するよ」
と、イズミ。
「イズミさん、強いんだね。えらいえらい」
と、美緒。
「ほめられちった」
と、イズミも美緒のしゃべり方が移ったよう。
二人の電話は、いつまでも、熱く続くのでした。
クリスマスイブから2日前の木曜日の午後10時頃。ガオはミサからの電話を受けていた。
「もしもし、ガオくん?」
と、リサが話す。
「はい。ガオです。リサさんですか・・・リサさんから、電話をくれるなんて、俺感激です」
と、ガオ。
「ねえ・・・イブの夜、会えるかしら・・・あなたとイブの夜を一緒に過ごしたいの。ホテルを取って、一晩中ベッドの中で・・・」
と、リサは単刀直入に話す。
「それは・・・いいですよ。でも、イブの夜なら・・・ホテル、僕に取らして貰えますか・・・実はリサさんと一緒に見たいイベントがあって・・・」
と、ガオも素直に話す。
「そう・・・いいわ。それはあなたに任せるわ・・・明日中にどのホテルに行けばいいか、留守電に入れておいて・・・そして、イブの夜に待ち合わせましょう」
と、リサが話す。
「もしもし、ガオくん・・・」
と、リサが改まって話す。
「はい、なんですか、リサさん」
と、ガオ。
「わたし、あなたのすべてが好きだったわ。ほんとうに、あなたのすべてが・・・だから、イブの夜は、あなたのすべてをわたしに頂戴。いいわね」
と、リサは言う。
「ホテルで一晩中裸で過ごす・・・それがどういう意味か、わからない僕でもないですよ」
と、ガオは言う。
「ふ。そうね。ガオくんは、大人だもんね」
と、リサ。
「イブの夜を楽しみにしてるわ。明日中に留守電、絶対よ。今日はあまり時間がなくて、ごめんね。じゃ」
と、リサは手短に言葉にすると、電話を切った。
「なんかいつものリサさんと、今日のリサさんは、違ったな・・・なにか、決意の電話みたいだった・・・いつもの感じが、全然なかった・・・」
と、ガオは少し訝しんだ。
「いつもは余裕って感じなのに・・・今日は何か切羽詰った感じだった・・・なにか、仕事でトラブルでもあったかな」
と、ガオは思っていた。
「しかし、イブの夜か・・・お互いが傷つかない形で、どうにか、出来るのかな・・・俺・・・」
と、ガオは思っていた。
「それとも、意志が流されて・・・いつもみたいに攻めこまれたら、思わず、彼女を抱いてしまうかもしれない・・・」
と、ガオは思っていた。
「とにかく、イブ次第だ・・・」
と、ガオは思っていた。
同じ頃。東堂賢一の妻愛美は、娘アイリのマンションに来ていた。
「それでママ、家出してきちゃったの?」
と、愛美と、一緒にお茶を飲んでいたアイリは、愛美の家出の経緯を聞いて、少し驚いていた。
「妻の気分を毎日害する旦那なんて、旦那として失格です。とにかく、わたしの旦那としては、大失格!」
と、愛美は愛美なりの哲学があって、家を出てきたようだった。
「男が外で働けるように、女は家の中全般やっているんです。だから、男が家の中に帰ってきたら、家の中を治めている女の気分を害してはいけないの」
と、愛美は話す。
「男も女も家の中においては、同格です。ただ男はいい気にさせておいた方が動かしやすいから、時に下手に出ることもあるだけ。意識の上ではむしろ、女の方が上なの」
と、愛美は話している。
「家の中を治めているのは、女なんだから、家の中では女のほうが上なのは、むしろ自然なことでしょう?違う、アイリ」
と、愛美は、お茶を白ワインに代えてくれとリクエストしている。
「それをあの人は、なんにも、わかっていない・・・しかも、キャバクラの女から電話のかかってくる携帯を使い続けて、腹が立つったら、ありゃしない!」
と、愛美は怖い顔をして話している。
「だから、わたしが壊してやったのよ。わたしが壊さなければ、絶対にあのひとは、あの携帯を理由をつけて、使い続けるつもりなんだから・・・」
と、愛美は怒りながら話している。
「あのひとは、いつもそう。理由をつけては、自分のやりたいことをしていたいだけなの・・・そういう理由を見つけるのは天才的なんだから、あのひとは・・・」
と、愛美は白ワインを飲みながら、話している。
「確かに、若いころは、そこが魅力的だったわ。くるくる頭の回転も速いし、やるとなった時のパワーはそれはそれはすごいし・・・」
と、愛美は、白ワインに少し酔いながら話している。
「あなたのことだって、一生懸命に守ってきたんだから、パパは・・・彼は何を置いてもあなたを守ったし、かわいがってきたのよ・・・」
と、愛美は、今度は、アイリの話に切り替わっている。
「そのアイリがこんなにやさしく、美しく成長して・・・そして、タケルくんみたいな、素敵な男性を見つけて・・・」
と、愛美は、アイリの今現在の話に移っている。
「アイリはタケルくんとうまくやってる?今度のイブはどんな風に過ごすの?」
と、愛美は、アイリに聞いている。
「それが・・・タケルは八津菱電機のお仕事で、今、ニューヨークに・・・1月末まで、帰ってこれないの・・・」
と、アイリは説明している。
「え?そんなに帰って来れないの・・・」
と、愛美はポカンとしている。
「でも、でも、ね。タケルはすてきなイブのショーを準備してくれたの。実は・・・」
と、アイリは、愛美の耳に、祐の優への告白ショーについて、こそこそしゃべる。
「17歳の少年が、17歳の少女に、愛の告白ですって・・・」
と、愛美は目をかっと見開いて驚いている。
「ね。素敵でしょう。そのプロデュースをわたしに頼んでくれたのよ・・・一生にたった一度しかない17歳の思い出作りを・・・」
と、アイリは夢心地になっている。
「まあ、わたしの56歳の思い出も一生に一度だけなんだけど・・・まあ、いいわ。わたしもそのショーを一緒に堪能するわ。いいでしょう?アイリ」
と、愛美も半分夢見心地。
「さ、今日はもう寝ましょう・・・いつも通り、アイリの部屋に布団敷いて寝ていいかしら・・・」
と、愛美は、アイリの部屋に、何度も泊まりに来ているらしい。
「ええ、もちろん!」
と、笑顔になったアイリは、とってもいい表情をするのでした。
クリスマスイブを明日に控えた金曜日の午前7時頃。アイリの部屋の電話機が鳴る。
「はい。東堂です。あ、パパ・・・うん。大丈夫、ママ来てるから・・・随分怒ってたわ・・・今ダイニングで朝食作ってくれてるけど。うん」
と、アイリの部屋に愛美の様子を気にして、東堂賢一が電話をかけてきたらしい。
「そうねー。多分だけど、イブの夕方には、パパの元へ、帰ると思う。そういうひとだもん。イブの夜はパパたちと過ごすわよ。だって、いつものパーティーがあるじゃない」
と、アイリは楽観的に答えている。
「もちろん、わたしは行けないけどね。ちょっと別口の用事があるの・・・だから、悪いけど、今回も辞退させて・・・ごめんね、パパ」
と、アイリは嬉しそうに話している。
「そうだな。娘が楽しそうに話しているのに、それを邪魔するようなパパには、ならないよ・・・わかったわかった。おとなしくイブの晩を待つとするよ」
と、東堂賢一は、娘のアイリに白旗をあげていた。
「じゃあ、アイリも元気でな。よい、クリスマスイブを。メリークリスマース」
と、言ったところで、電話は切れた。
「巣立った娘は、なかなか、帰らんもんだなあ・・・まあ、いい。とにかく、愛美の居場所もわかったし・・・パーティーのメンバーも確保しなければいけないし」
と、東堂賢一は、気合を入れ始めた。
「そうか。愛美はイブの晩に帰ってくるとしたら、エイイチの相手として、白戸優里ちゃん(32)を推薦することを明確にしておけば、いいわけだ」
と、東堂賢一は考えている。
「ふむ。とにかく、今日中に、彼女を確保しておこう。あ、あと愛美へのクリスマス・プレゼントも用意しておかないとな・・・よし、すぐ出よう・・・」
と、東堂賢一は、あたふたと家を出ていった。
クリスマスイブを明日に控えた金曜日の午前12時頃。清華女子高校の鈴木優(17)は、なんとなく、窓の外の空を見ていた。
「明日が、なんとなく、不安・・・」
そんな風に思っている。
「でも、タケルさんの頼みだし・・・」
そんな風に考えている。
鈴木タケルのニヤリとした顔を思い浮かべる。
少し心が暖かくなる。
思わず微笑む。
「大丈夫。彼がきっと守ってくれる」
そう思えた優は、笑顔になって、立ち上がっていた。
同じ頃。京王高校の滝田祐(17)は、なんとなく、窓の外の校庭を見ていた。
「明日、僕、がんばれるかな?」
そんな風に思っている。
「でも、タケルさんが、「お前なら大丈夫だ」って言ってくれた」
そんな風に考えている。
鈴木タケルのニヤリとした顔を思い浮かべる。
少し心が暖かくなる。
思わず微笑む。
「大丈夫。タケルさんの言った通りになる」
そう思えた祐は、笑顔になって、立ち上がっていた。
同じ頃。アイリとマミとアキは、Cafe 「Cou cou」で、昼食を食べていた。
「だから、明日の午後は、わたしのマンションで、17歳の恋愛告白ショーがあるのよー」
と、アイリはテンションマックスで、アミとマキの二人に説明していた。
「もちろん、タケルがかなり動いて話をまとめてくれたんだけど・・・でも、告白は、これは生ライブだから、失敗もある、息を飲むショーなのよ」
と、アイリは、少し大げさに話している。
「まあ、それに女の子は、タケルのいとこの鈴木優ちゃんで、これがほんとにお人形さんのように、かわいいの」
と、アイリは楽しそうに話している。
「そして、告白の本人は、京王高校期待の星、イケメン少年の滝田祐くん・・・17歳なのよー・・・」
と、アイリは楽しそうに話している。
「一生に一回の17歳のクリスマスイブ・・・その日に、ふたりの17歳の思い出が出来るの・・・イケメン高校生と美少女高校生の・・・」
と、アイリは説明を終えると、
「だから、明日の午後、わたしのマンションに来ない?」
と、アイリが聞くと、
「行く行くー」「行く行くー」
と、マキとアミは、目をハートマークにして、大声で、叫んでいた。
クリスマスイブを明日に控えた金曜日の午後4時頃。リョウコは公安の「攻性コンピューター室」で、さらにリサについて洗っていた。
昨日、アジトにセットされていた爆薬から、幾ばくかの情報がもたらされたからだ。
その線でリサを追っているが、状況ははかばかしくなかった。
「あの爆薬は、ごく一般的なモノだし、線を辿るには、不都合だわ・・・何かリサさん、痕跡を残していないかしら・・・」
と、何の気もなしに覗いたファイルに、大事な情報が隠されていた。
「って、言うことは、リサさんの目的って・・・」
と、驚愕した瞬間、リョウコは、佐伯涼(40)にまた、肩を叩かれた。
「そういうことだ。もっとも、その情報を復活させたのは、今、アメリカでCIAと仕事をしてくれてる、鈴木タケルくんだよ」
と、涼は言う。
「え?今、なんて?」
と、リョウコは驚愕する。
「鈴木タケルくん・・・そのうち、君の親戚になるんだろ。彼」
と、涼はさわやかな笑顔で、そう言う。
「あのー、えーと、彼は一般人のはずじゃあ・・・」
と、リョウコは混乱しながら、言葉を出す。
「ま、リョウコには、そういう関係だから、隠してたんだが・・・一度、日本でも、我々は接触を持っている。彼の洞察力は超一級品だ。使える男だ、彼は」
と、普段人を褒めない涼が、べた褒めだ。
「今回の件でも、君とガオくんを守るために、彼に動いて貰ったんだ。正解だったよ。その手が一番」
と、涼はさわやかに笑う。
「あいつニヤリとしてるぜ、きっと、寒いニューヨークでさ。あいつ、唯一寒さを苦手にしてるからな」
と、涼はおかしそうに笑う。
「今回の件では、彼にすべてを読み解いて貰った。リサの目的も、リサの所属も、そして、リサの目指しているモノも、すべてね」
と、涼は真面目そうに言う。
「それがすべてビンゴだった。だから、俺達も先手先手で動けたんだ。今頃CIAも動いて、ある人物を確保している頃だろう」
と、涼は真面目に言う。
「今、ニューヨークは、夜中の2時だ。寒いぜー。きっとくしゃみしてるぜ、アイツ・・・」
と、涼はおかしそうに笑った。
同じ頃。ニューヨークはミッドタウンに鈴木タケル(27)の姿があった。ニューヨークは、その時、深夜2時過ぎだった。気温はマイナス3度Cだった。
「12月のニューヨークなんて、来るんじゃなかった。アークッショ!」
と、タケルは寒さにガタガタ震えながら、鼻をかみまくっていた。
「だいたい知恵をあげるだけでいいって言ったのは、君じゃないか。実働部隊はあんたらが、やるって言ってたじゃん」
と、タケルは隣を歩いているマリー・スイフト(30)に、思い切り愚痴っていた。
「でも、あなたが確認するのが、一番確実だって、そう言ったのも、あなた自身でしょう?」
と、笑顔のマリー・スイフトは、タケルと行動するのが、楽しくってしょうがないらしい。
「ここだわ」
と、屈強なCIAのエージェント達が数人先導しながら、あるビルに入っていく。
そのビルの12階のとある部屋。エージェント達は簡単に鍵を開け、部屋に侵入すると、ひとりの男を見つけ出した。
「タケール!」
と、エージェントのヘッドの男がタケルを呼んだ。
タケルはその男を眺めると、親指を突き上げ、グッジョブポーズをした。
同じ頃。公安の「攻性コンピューター室」では、リョウコと涼の話し合いがまだ続いていた。
「多分、今回、リサの所属組織は、リサに関する、とある情報をリークするだろう。そうなれば、リサはもう日本にはいられない。彼女は数日中に帰国することになるだろう」
と、涼が話している。
「もう、我々がリサに会うことは、金輪際ないだろうな。次に会う時は、彼女は整形をしているはずだし、俺たちにはわからないさ」
と、涼は話している。
「とにかく、この仕事はゲームオーバーだ。処理終了。あとは、司法取引がなされて、決着がつく」
と、涼は話している。
「とにかく、リョウコは、身体を休めておけ。明日と明後日、クリスマス休暇をやるから、ゆっくりいい思い出でも作っておけ」
と、涼は笑う。
「それから、鈴木タケルには、ありがとうを言っておくんだな。あいつ、遠いアメリカから、君とガオって奴を守ってくれたんだからな」
と、涼は言うと、そのまま、笑いながら、部屋を出ていった。
「このわたしが、タケルさんに守られていたなんて・・・」
と、リョウコは、自分の身体を抱えながら、驚愕の表情を崩せなかった。
クリスマスイブを明日に控えた金曜日の午後5時頃。リョウコの兄、弁護士の東堂エイイチ(30)は、早めに自宅に帰宅していた。
「クリスマスか・・・いやな季節だ」
彼はいち早く、自宅に戻ると、シーバス・リーガルを煽っていた。
「賢一おじさんに、明日は昼間から飲もうって言われて、快諾したけど・・・まあ、イブなんて、俺には関係ないし・・・それしかないよな・・・」
と、エイイチは、さらに落ち込んでいた。
美田園美奈に、イブの誘いを断られて、エイイチの心の傷は、大きかった。
一度、誘いをオーケーされたことが、さらにエイイチの心の傷を大きくしていた。
「まあ、彼女にも、理由はあったんだし・・・でも、希望なんて見せないで欲しかった・・・」
エイイチは、さらにシーバス・リーガルを煽ると、哀しさで涙がこぼれた。
BOZZのスピーカーからは、エルビス・プレスリーの「ブルークリスマス」が流れている。
「冗談じゃないぜ・・・。ほんと、ブルークリスマスだな。今年も」
エイイチは、さらにシーバス・リーガルを煽り、涙を流していた。
クリスマスイブを明日に控えた金曜日の午後6時頃。沢村イズミ(24)は、内緒で、田中美緒(22)のアパートに来ていた。
「やっぱり、来ちゃった・・・なんて言ったら、あいつ、うれしがるかな」
と、イズミは、かなりルンルンの気分だった。
出張が直行直帰でよくなったおかげもあって、イズミは、スーツ姿のまま、田中美緒のアパートまで、来てしまったのだった。
ピンポーン!と呼び鈴を押すと、ガチャ!という音と共にドアが開けられる。
と、涙顔の美緒が現れる。
「美緒」「イズミさん・・・」
と言葉が交わされるが、すぐに美緒は、顔をそむける。
「美緒、どうした?」
と、イズミが言うと、美緒の向こうに肌色の風景がちらりと見える。
「イズミさん、ごめんなさい。今日は帰って・・・」
と言うと、泣き顔の美緒は、ドアをすぐに閉める。
「美緒・・・」
というイズミの声に、
「ほんと、ごめんなさい。今日は帰って・・・」
という美緒の言葉だけが響いた。
イズミは、立ち尽くしたが・・・そのイズミには聞こえていた・・・美緒の部屋から聞こえる、くぐもったような、男の声が。
(つづく)
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